約7割の社員が職場に何らかの不満を持っているという調査結果がある。 不満の中身の半数近くは「業務遂行上の問題に関する不満」であり、次に3割近くは「職場内人間関係の不満」であった。 バブル崩壊後、売り上げが伸びない中、企業にとっては、経営として利益を出すためにどう効率化していくべきかが重要な課題となった。 具体的には働く人に対して「学歴も業績も問わない。 即戦力となる人材が可能な限り低コストでほしい。 ルーチンな作業をこなすのは高いコストのかかる正社員でなく作業量に応じて調整のきく非正規の社員で補いたい。 幹部候補として育てるためには途中で退職する可能性が低く、育てた後も長く貢献してくれるできるだけ若い人材の方がよい」という風潮があるとしている。 高度成長期時代、職場リーダーは、トップの意向を部下一人ひとりのやる気が出るように言葉を選び直して伝える一方、部下の不満をきちんと「提案」という形に仕立て直して経営側に伝えることをしていた。 その当時は様々な部署をローテーションで回らせ、その人の仕事ぶりや周りとの協調性に対する社内の「評判」を職場リーダーの登用に反映させていた。 職場リーダーは、親方-弟子関係と呼べるくらい深い付き合いを通して、仕事を教え、人との関わり方を通して人間力を高める指導を社員に行っていた。 これが有名な「徒弟制」である。 80年代後半、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた日本的経営の強さはこのようなリーダーシップの連鎖によって培われてきたからである。 バブル崩壊後の「超効率主義」的な考え方は、高度成長期時代の「人間力」を見てきた「評判」を度外視し、計数管理に強い人材を職場リーダーに据え、経営効率のために組織や業務の効率化を主導させた。 また90年代後半には「リストラ」という社員解雇への着手を通じて社員との「心理的契約」は崩れ、やる気を奪い、職場の元気を奪ったのである。 その後21世紀に入り、リストラという社員減らしに加えて、現存する社員の給与にも手をつけるために成果主義が導入された。 失敗が報酬につながるだけに、社員には、目標設定において無難な企画や短期的プロジェクトに終始しようとする姿勢が生じ、個人主義・短期志向に陥った。 また、仕事や人に余裕がなくなり、OJTや技術伝承がなかなか進まなくなり、職場(現場力)は衰退していった。 職場を衰退させるマネジメントの在り方の特徴としては ・行き過ぎた効率重視人材の登用 ・感情のない一方的なコミュニケーション ・職務不明確と過重労働を強いたストレッチ過多 ・ノルマ管理と結果のみへの着目 という傾向が見られた。 結果を出して初めて人間扱いされ、部下の状況や心情を配慮しない。 とにかく、業績必達のために、毎朝夕の会議で数字の到達状況と必達のための方法について報告を求める。 面談も評価結果と改善点を一方的に通達、成長という名の業績向上するための方法について問われる。 無限地獄の職場と化して、ワーク・ライフ・バランスとは名ばかりで長時間労働とサービス残業が蔓延した。 そんな職場がいたるところで見受けられる。 社員の安心安全は失われ、不安と危機を増大させる職場と化した。 そのような職場リーダーの下ではマネジメントそのものが機能せず、社員が育たず戦力化もままならない。 優秀な社員はモチベーションが低下、やる気を失い面従腹背に徹し言われたことしかやらない、また転職で職場を去るものも少なくない。 その結果、職場は荒み業績が悪化した。 社員の中にはメンタル不全を訴える人が増加した。 高度成長期においてはGDP成長率の伸び率は9~10%あった。 映画『ALWAYS 三丁目の夕日』に見られるように、今よりも良い生活を手に入れるため、人々は汗水たらして働く。 豊かになりたいという明確で迷いがなかった時代に出来た雇用人事システムは時代にマッチしていた。 しかしバブル崩壊後、GDP成長率が1%程度という時代に高度成長期の雇用人事システムを機能させることに無理はないのだろうか?働く人の心に寄り添わない企業にとって都合の良い雇用人事システムに書き変えたことが、職場(現場力)の衰退をもたらしたのではないだろうか? 次回は現在からこれからに向かって、社員がイキイキ働けるために日本的雇用人事システムの残すべきこと、変えるべきことについて触れていきたい。
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そんななか、さいたま市 埼玉県 と東海市 愛知県 は、「農園就労」で障がい者の雇用を生み出す事業スキームをもつエスプールプラス社と協定を結び、雇用創出支援に取り組んでいる。 両市長に、協定締結にいたった経緯や「農園就労」の効果について、話を聞いた。 民間企業の場合、対象労働者数に対して2. 当市では、社会福祉法人やNPO法人などの協力のもと、障害者の就労訓練や働く場の提供のほか、就労相談や障害者を雇用する企業の開拓などを、「障害者総合支援センター」で行っています。 「障害者の自立した生活」のひとつとして、企業への就労が考えられますが、まだまだ企業における障害者雇用は進んでいないのが現状です。 そんななか、多くの障害者に就労機会を提供する農園の存在を知り、運営主体のエスプールプラス社から話を聞くことにしました。 障害者雇用を進めたい企業と、一般就労を目指す障害者をマッチさせる効果的な事業だと感じました。 私は、「障害者の働く場づくりの推進」に向けて、さまざまな検討を重ねていたなか、この農園で働く障害者の定着率が高いことを聞き、障害者の働く選択肢のひとつになると考えました。 そこで、同社と協定を結び、障害者に事業の案内をし、複数回にわたって説明会を開催しました。 説明会の参加者のなかから、「ぜひ働いてみたい」と、多数の応募があったと聞いています。 昨年6月に新たに市内で開園した農園には、17社が雇用した105人が働いており、定員に達しました。 障害者本人や保護者からは、「企業に勤められて、本当に良かった」といった喜びの声があがっています。 今後も障害者が生きがいをもって働けるよう、多様な就労の機会が広がる取り組みを進めていきます。 当市は、さつき福祉会を中心とした社会福祉法人と連携し、障がい者が就労できる福祉事業所などを提供していますが、今後1、2年で定員オーバーになる状況でした。 そこで、新たな職場の開拓を検討していたなか、同じ県内の豊明市で「農園を誘致して障がい者就労を支援している」という話を聞き、運営主体のエスプールプラス社から説明を受けて、昨年4月に視察へ行きました。 障がい者をサポートする運営スタッフとともに、100人を超える障がい者が、やりがいをもって笑顔で働いていました。 企業の社員として、自立した生活を送れるだけの給料がもらえるため、「働く喜び」を感じているようでしたね。 その状況を見て、「当市にも農園をつくり、障がい者の経済的自立を支援したい」と思いました。 この農園就労の意義を市民や関係者に説明し、市内の企業へ事業を紹介したほか、農園用地の情報を収集し、エスプールプラス社と事業推進協定を昨年8月に締結しました。 締結後はさつき福祉会を中心とする市内の福祉関係者への事業説明のほか、障がい者を対象に就労希望者を募集。 その結果、いまでは定員の75人が集まり、そのうち約40人は市内在住者です。 収穫された農作物を、農園を利用している企業が福利厚生として従業員に配布することで、社内コミュニケーションの活性化にもなります。 今後は収穫した農作物を地域貢献や会社のPRに役立ててもらい、「自分の仕事が世の中の役に立っている」というやりがいを、多くの障がい者に感じてほしいですね。 社会福祉法人の声.
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こんにちは! 配慮はしてほしいけど、仕事に対して遠慮や忖度はしてほしくないって思っている中村です。 障害者雇用というと、みなさんはどんな言葉を思い浮かべますか? 僕が真っ先に思い浮べた言葉は『配慮』でした。 電話対応の配慮• 通院時間、通院日の配慮• 通勤時間の配慮• 仕事内容の配慮• 指示系統の配慮• 休憩時間の配慮 など、障害者雇用には様々な配慮があります。 僕も少ないですが会社、上司に配慮していただきながら働いております。 配慮していただいているおかげで、大きな不安や心配がなくストレスをためることなく健やかに働くことができています。 と、配慮してもらいながら働いている僕ですが、最近感じているのは「配慮は障がい者にとってスタートラインでしかない」ってことです。 今回は障がい者が働くために必要な配慮、そして、障がい者がイキイキとその人らしく働くために必要なことについて書いてみようと思います。 つまり、 障がいや病気を持つ人が健康的な人と同じ土俵に上がるために必要なのが配慮ということです。 もちろん、「障がいや病気がある=配慮が必要」ではありません。 仕事内容や仕事環境、一緒に働く人によっては配慮は必要ないかもしれません。 逆に、健康的な人であっても配慮が必要なケースもあるかもしれません。 なので、「障がいや病気がある=配慮が必要」と一概にはいえません。 ですが、障がいや病気を持つ人にとって配慮は健康的な人と同じように働くために必要最低限のことではあると思います。 配慮は働くための最低ラインでしかない 配慮は、障がいや病気を持つ人が働くために必要なことではあるんですが、それはあくまで最低ラインのことでしかないとも思っています。 というのも、障がいや病気に対して何かしら配慮されたからといって、その人の能力が存分に発揮されるわけではないですし、その人らしく働けるわけではないからです。 僕の話になりますが、僕は吃音症という言葉がつまってしまう症状があります。 なので、電話対応について配慮してもらい働いています。 これまで僕は電話対応さえどうにかなれば、自分らしく働ける、自分の力を余すところなく働けるなんて思っていました。 ですが、実際に電話対応の配慮をしてもらいながら働いてみて、自分らしく働けてるなんて感じませんし、自分の力を遺憾なく発揮できてるなんてびた一文も感じません。 もちろん、電話対応に対して不安やストレスを感じない点では、非常に快適に働けています。 でも、だからといってイキイキと自分らしく働けているか?と問われても、首を縦に振れないのが現状です。 障害者雇用で働きだした当初、僕は電話対応をしなくてもいいということから安心して働けてはいたものの、やりがいや楽しさを感じずにもやもやしながら働いていました。 ただ、 環境に適応し、周りの人と打ち解けていくことで、僕は周りの人を信用するようになり、周りの人も僕を信用してくれるようになりました。 障害者雇用に限らず、老人扱いされたり、子ども扱いされたり、女性だからと配慮されるような環境で、羽ばたける人なんていません。 障がい者も、老人も、子どもも、女性も、もちろん男性も、周りと同じように扱われることが、その人がその人らしく生きるために必要なことなのではないかと思います。 一方で、障がいや病気を抱えながら働く人も、周りにばかり頼っていてはいけません。 「配慮さえしてもらえれば…」「もっと信頼されれば…」最初はこんな風に考えてもいいでしょうし、配慮された環境の中で仕事に慣れるのも大切なことです。 ですが、配慮に頼りっぱなしでは自分らしく働くなんて不可能です。 配慮してもらうのであれば、配慮されるに値するだけの仕事をすることはもちろんですが、それ以上の価値を見出すべきですし、見出せる存在になる必要があると思います。 そうすることで、周りからも信頼されるようになりますし、自分らしく働けるようになるのではないかと思います。 障がい者として働くって結構難しいです。 「配慮があれば…」という考えが、どこかでその人の可能性を潰してしまっているということです。 何度も言いますが、障がいや病気を持つ人にとって配慮は必要不可欠なことです。 ですが、配慮ばかりに頼っているのでは、そこから先には進めません。 少しでも前に進みたいなら、配慮に頼るのではなく、配慮を超えるような成果を出したり、存在感を発揮することが必要だと思います。 と、書いてはみたものの難しいことなのであまり無理せずに地道に努力していきましょう(笑)•
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