金曜 ロード ショー 天使 に ラブソング を。 金曜ロードショー「視聴率上がらんな~………せや!!!」

金曜ロードショー「視聴率上がらんな~………せや!!!」

金曜 ロード ショー 天使 に ラブソング を

デロリスはいつの日か有名になりたいと願う、しがないクラブ・シンガー。 そんな彼女にとんでもない災難が降りかかる。 ある日、とある殺人現場を目撃してしまったがために、ギャングから命を狙われる羽目に! そこで、裁判の日まで身柄を潜めることになったのだが、警察が選んだ隠れ場所とは……なんと修道院だったのだ!! 1992年の公開時は全米で大ヒットを記録し、ウーピー・ゴールドバーグの人気を不動の物にしたミュージック・コメディが『天使にラブ・ソングを』だ。 ウーピー・ゴールドバーグと言えば、映画デビュー作となった1985年のスティーブン・スピルバーグ監督による『カラーパープル』でアカデミー賞主演女優賞にノミネートされ、90年の『ゴースト/ニューヨークの幻』ではアカデミー賞助演女優賞を獲得している実力派女優。 それに加え、スタンダップ・コメディエンヌとしてアドリブとコメディの実力をも磨き、歌まで歌えるというマルチプレイヤーなのだ。 『天使にラブ・ソングを』は、そんな彼女のシリアス&コメディ&シンガーとしての才能のすべてを凝縮した、最高に贅沢な一作。 お世辞にも決して上手とは言えない聖歌隊がウーピー演じるデロリスと出会い、歌うことの喜びを知り心底楽しそうに歌い始めるシーンでは、観ているほうも一緒に歌い・踊りたい衝動に駆られるほど気持ちが弾み、心が躍動する。 音楽の持つパワーというのを改めて教えてくれる、永遠に色あせることのない名作だ。 1987年に初めて本作の映画化の話が持ち上がった際には、ベット・ミドラーがデロリス役を演じることになっていたというが、もしも彼女が演じていたら本作で歌われるゴスペルミュージックはまた別の物になっていただろう。 2009年6月にはウーピーをプロデューサーに迎え、ロンドンで舞台版が上演されて好評を博しているが、この舞台版を観たビヨンセは、自分を主演にリメイクを熱望するほど感動したという。 17年ぶりに息を吹き返し、ビヨンセのハートまで掴んだ『天使にラブ・ソングを』だが、今夜は明るくてチャーミング、クールでファンキー。 そんな人間的魅力あふれたシスター・デロリスがあなたの魂を揺さぶること間違いない!! シスターたちのハーモニーを聞けば自然と体が動き出す。 さあ、嫌なことは忘れて、今宵は思いっきりハッピーに楽しもうじゃないか! ネバダ州リノのカジノで歌うしがないクラブ・シンガー、デロリス・ヴァン・カルティエ(ウーピー・ゴールドバーグ)。 核は二流だけど、いつの日かビッグになりたいと願う、前向きで明るい歌姫だ。 ところがある日、デロリスは自分の愛人で地元のボスでもあるヴィンス(ハーベイ・カイテル)が組織の裏切り者を殺害する現場を目撃してしまう。 見てはいけないものを見てしまったデロリス。 そのデロリスの口を封じようと、ヴィンスは殺し屋を放った。 命からがら警察へと駆け込んだデロリスを、サザー・警部(ビル・ナン)は重要証人として扱い、裁判が始まるまで彼女をサンフランシスコの修道院にかくまうことにした。 修道院でデロリスを待っていたのは、厳格で院のお局として恐れられている修道院長(マギー・スミス)監視下による厳しい生活だった。 その厳しさは、祈りと奉仕の場であるはずの修道院をまるで矯正施設に変えていた。 臨時避難場所としてやって来たデロリスにとってこれは計算外。 そこで、デロリスは持ち前の気の強さと明るさ、そして前向きな性格を発揮し、これまで院長に抑えつけられてきた若い甘僧、シスター・パトリック(キャシー・ナジミー)やシスター・ロバーツ(ウェンディ・マッケナ)たちと友情を拡大。 ベテランのラザラス尼(メアリー・ウィックス)から聖歌隊のリーダーを引き継ぎ、ノリの良さと楽観的な性格を活かして一躍人気シスターの座をゲットする。 しかも、デロリスが聖歌隊のリーダーになってからというもの、修道院で流れる音楽や歌われる歌もこれまでとは一変。 歌のレパートリーにデロリスお得意のソウルやロックナンバーを加え始めたのだ。 しかしその頃、ヴィンスの放った殺し屋たちの執拗な手がデロリスに迫りつつあった。 <デロリス(シスター・クラレンス)> ウーピー・ゴールドバーグ(中村晃子) <修道院長> マギー・スミス(藤波京子) <ヴィンス> ハーベイ・カイテル(堀勝之祐) <シスター・パトリック> キャシー・ナジミー(さとうあい) <シスター・ロバート> ウェンディ・マッケナ(矢島晶子) <シスター・ラザラス> メアリー・ウイックス(河村久子) <サザー警部> ビル・ナン (玄田哲章) <ジョーイ> ロバート・ミランダ(西村知道) <ウィリー> リチャード・ポートナウ(千田光男) <監督> エミール・アルドリーノ <製作総指揮> スコット・ルーディン <製作> テリ・シュヴァルツ <脚本> ジョゼフ・ハワード <撮影> アダム・グリーンバーグ <音楽> マーク・シャイマン <美術> ジャクソン・デゴビア <衣装> モリー・マギンニス <編集> リチャード・ハルセイ.

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【天使にラブ・ソングを】|さかいさん。|note

金曜 ロード ショー 天使 に ラブソング を

金曜ロードショー、視聴者のリクエストに答えて放送するとのことで、まずは第一回目がこれでしたね。 不朽の名作って、こういう映画のことをいうんだろうなあと、私もしっかりリアルタイムで観ました。 【あらすじ】 ネバダ州リノのナイトクラブ「ムーンライトラウンジ」のクラブ歌手デロリスは、ネバダ一帯に縄張りを持つ大物マフィアのボス、ヴィンスの愛人。 だがある日、ヴィンスが裏切り者を始末する現場を目撃したため命を狙われる。 重要参考人として警察に保護された彼女は、ヴィンスの裁判の日までカトリック系の聖キャサリン修道院に匿われることになる。 尼僧として振舞うことを余儀なくされたデロリスは堅苦しい生活に辟易するものの、やがて聖歌隊の指揮者を任され、俄然、歌手としての本領を発揮する。 自身のノウハウから下手糞な聖歌隊を鍛え上げ、退屈な聖歌をモータウンの楽曲の替え歌にアレンジして派手なパフォーマンスを繰り広げ、保守的で厳格な修道院長との対立をよそに、一躍町中の人気者になる。 そして、最初は疎んじていた修道院のシスターたちと、歌を通じて徐々に友情を育み、固い絆で結ばれていく。 しかし、平穏な日々も束の間、警察内部の情報が漏れたことでローマ法王を迎えたミサの前日にデロリスがさらわれてしまう。 誘拐の現場に居合わせたために巻き添えでさらわれてしまい、デロリスの機転で逃げ出したシスター・ロバートの報告でデロリスの素性に対する疑いが持ち上がる。 修道院長の口から彼女の本当の素性を知らされた修道院のシスターたちは動揺するが、シスター・ロバートの勇気ある進言をきっかけに、例え本物の尼僧でなくとも自分たちを教え導き、歌うことの楽しさや素晴らしさを教えてくれたデロリスを救うべく、一丸となってヴィンスのアジトであるリノのムーンライトラウンジへ乗り込んでいく。 私か姉なのか…記憶が定かではないのだけど、ピアノが弾ける、ということで、伴奏係をどちらかがやったんじゃなかったかな…とうろ覚えながら、この曲のインパクトはすごく残っているし、この映画の曲、というのもちゃんと覚えていた。 金曜ロードショーで懐かしなあ、と思いながら見てみたけれど、私が覚えていたのは2の方だったようで、「え!こんな展開なの!」とびっくり… それでもどこか懐かしくて、破天荒で、「そこできっとこう!」という、先が読めるながらも面白いどたばたコメディーは、あっという間の二時間だった。 私は小学生のとき、2~4年生の3年間を担当してくれた先生は音楽にとても造詣の深い先生で、私達のクラスは『合唱』を体中に叩き込まれた。 なぜか他の学年は行っていなかったようなコンクールに出たり、人前で歌うことも多かったような気がする。 あの頃歌った曲の音程はいまでも簡単に思い出せるし、多分きっとハモって歌うことも可能だと思う。 更に中学生の頃に合唱部に所属していて、1年生の頃の顧問の先生の趣味もあって曲はいつも洋楽(特に多かったのはハンガリー語の曲)だった。 先生の練習は楽しくて、不登校だったなりに、がんばって部活は行っていたなあと思いだす。 …とはいえ部活でも三年生の先輩たちにいじめられていたので、途中からやっぱり、なかなか足が重くなってしまった時期もあるのだけど…。 『歌うこと』が身近だったこともあるからなのか、こういうゴスペル系の曲や、音楽が交わる作品は見ててとても楽しい。 見ていてとても好きだな、と思ったのが、デロリスが聖歌隊の指揮をとるように命じられて、 実際に全員の歌声を聴いたあと、みんなに歌を教えるシーン。 明かに周りの音を聞いておらず、自分の大きな声だけを出している人に対しても、 「あなたの声は素敵ね」と伝えてから「更にもっと、周りの声も聴けるといいわ」と説明するところ。 か細くて自信がなく、声を出せていない人に対しても微笑みかけて、「まずは目を閉じて…」とユーモアたっぷりなイメージトレーニングからするところ。 下手くそなのは目に見えていても、決してそれを馬鹿にしたり、下に見たりしないデロリスは、もうそれだけで立派なシスターに見えてくる。 その優しさや明るさ、自信、楽しさが伝播していくのがしっかりと伝わってくるのが、この映画の大好きなところだ。 歌を歌うこと、楽しむこと、笑顔でいること、好きなものを好きだということ。 それはすべて自由で、楽しくて、誰かが誰かにそれを教えることも、伝えることもできる素晴らしいこと。 それでも、社会の中にはルールがあって、規律があって、それを守ることも大事だけれど、 少しくらい変でもいいじゃない、楽しくやろうよ!というメッセージがしっかり伝わってくるのが楽しい。 いつまでも見れる映画、いつまでも大事に、愛される映画は、こういう作品のことを指すんだろうなあとしみじみ想う。 誰かが誰かを大事に想う、楽しい映画を沢山見たいなあ。

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【金曜ロードショー】映画『天使にラブ・ソングを…』今夜21時放送。視聴者からのリクエスト放送第1弾はウーピー・ゴールドバーグ主演のあの名作!

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金曜ロードショー、視聴者のリクエストに答えて放送するとのことで、まずは第一回目がこれでしたね。 不朽の名作って、こういう映画のことをいうんだろうなあと、私もしっかりリアルタイムで観ました。 【あらすじ】 ネバダ州リノのナイトクラブ「ムーンライトラウンジ」のクラブ歌手デロリスは、ネバダ一帯に縄張りを持つ大物マフィアのボス、ヴィンスの愛人。 だがある日、ヴィンスが裏切り者を始末する現場を目撃したため命を狙われる。 重要参考人として警察に保護された彼女は、ヴィンスの裁判の日までカトリック系の聖キャサリン修道院に匿われることになる。 尼僧として振舞うことを余儀なくされたデロリスは堅苦しい生活に辟易するものの、やがて聖歌隊の指揮者を任され、俄然、歌手としての本領を発揮する。 自身のノウハウから下手糞な聖歌隊を鍛え上げ、退屈な聖歌をモータウンの楽曲の替え歌にアレンジして派手なパフォーマンスを繰り広げ、保守的で厳格な修道院長との対立をよそに、一躍町中の人気者になる。 そして、最初は疎んじていた修道院のシスターたちと、歌を通じて徐々に友情を育み、固い絆で結ばれていく。 しかし、平穏な日々も束の間、警察内部の情報が漏れたことでローマ法王を迎えたミサの前日にデロリスがさらわれてしまう。 誘拐の現場に居合わせたために巻き添えでさらわれてしまい、デロリスの機転で逃げ出したシスター・ロバートの報告でデロリスの素性に対する疑いが持ち上がる。 修道院長の口から彼女の本当の素性を知らされた修道院のシスターたちは動揺するが、シスター・ロバートの勇気ある進言をきっかけに、例え本物の尼僧でなくとも自分たちを教え導き、歌うことの楽しさや素晴らしさを教えてくれたデロリスを救うべく、一丸となってヴィンスのアジトであるリノのムーンライトラウンジへ乗り込んでいく。 私か姉なのか…記憶が定かではないのだけど、ピアノが弾ける、ということで、伴奏係をどちらかがやったんじゃなかったかな…とうろ覚えながら、この曲のインパクトはすごく残っているし、この映画の曲、というのもちゃんと覚えていた。 金曜ロードショーで懐かしなあ、と思いながら見てみたけれど、私が覚えていたのは2の方だったようで、「え!こんな展開なの!」とびっくり… それでもどこか懐かしくて、破天荒で、「そこできっとこう!」という、先が読めるながらも面白いどたばたコメディーは、あっという間の二時間だった。 私は小学生のとき、2~4年生の3年間を担当してくれた先生は音楽にとても造詣の深い先生で、私達のクラスは『合唱』を体中に叩き込まれた。 なぜか他の学年は行っていなかったようなコンクールに出たり、人前で歌うことも多かったような気がする。 あの頃歌った曲の音程はいまでも簡単に思い出せるし、多分きっとハモって歌うことも可能だと思う。 更に中学生の頃に合唱部に所属していて、1年生の頃の顧問の先生の趣味もあって曲はいつも洋楽(特に多かったのはハンガリー語の曲)だった。 先生の練習は楽しくて、不登校だったなりに、がんばって部活は行っていたなあと思いだす。 …とはいえ部活でも三年生の先輩たちにいじめられていたので、途中からやっぱり、なかなか足が重くなってしまった時期もあるのだけど…。 『歌うこと』が身近だったこともあるからなのか、こういうゴスペル系の曲や、音楽が交わる作品は見ててとても楽しい。 見ていてとても好きだな、と思ったのが、デロリスが聖歌隊の指揮をとるように命じられて、 実際に全員の歌声を聴いたあと、みんなに歌を教えるシーン。 明かに周りの音を聞いておらず、自分の大きな声だけを出している人に対しても、 「あなたの声は素敵ね」と伝えてから「更にもっと、周りの声も聴けるといいわ」と説明するところ。 か細くて自信がなく、声を出せていない人に対しても微笑みかけて、「まずは目を閉じて…」とユーモアたっぷりなイメージトレーニングからするところ。 下手くそなのは目に見えていても、決してそれを馬鹿にしたり、下に見たりしないデロリスは、もうそれだけで立派なシスターに見えてくる。 その優しさや明るさ、自信、楽しさが伝播していくのがしっかりと伝わってくるのが、この映画の大好きなところだ。 歌を歌うこと、楽しむこと、笑顔でいること、好きなものを好きだということ。 それはすべて自由で、楽しくて、誰かが誰かにそれを教えることも、伝えることもできる素晴らしいこと。 それでも、社会の中にはルールがあって、規律があって、それを守ることも大事だけれど、 少しくらい変でもいいじゃない、楽しくやろうよ!というメッセージがしっかり伝わってくるのが楽しい。 いつまでも見れる映画、いつまでも大事に、愛される映画は、こういう作品のことを指すんだろうなあとしみじみ想う。 誰かが誰かを大事に想う、楽しい映画を沢山見たいなあ。

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