標高59mの高台にあり、頂上付近には大きな展望台があります。 ここからは、牡鹿半島、眼下に松島湾の島々を見晴らせます。 また、本町や多賀城から仙台方面へと続く町並み、さらには奥羽山脈までの眺望がすばらしく、四囲の展望が楽しめます。 明治33年 1900 には皇太子 大正天皇 御成婚祝賀会がこの地で開かれ、それを記念して桜の植樹が行われました。 「御慶事の記念桜や君ヶ岡」と詠 よ まれた記念樹は今はもうありませんが、君ヶ岡公園は、春には桜の名所として花見客で華やかな賑わいを見せます。 約400本のソメイヨシノは、若木が多いですが、花のボリュームは満点です。 また、昭和56年 1981 に植樹された30本も「四季桜」は、春の季節はもちろん、秋から冬にかけてもその木々に可憐な花を咲かせます。 君ヶ岡は、その昔、「きびがおか」と呼ばれていました。 その名の由来には、二つの説があります。 一つは、竹の水門 たけのみなと に上陸したと伝えられている日本武尊 やまとたけるのみこと に仕えていた吉備武彦 きびたけひこ の姓をとって吉備ヶ岡とするもの、もう一つは里人が黍 きび を栽培していたので黍ヶ丘と名づけられたというものです。 いつから君ヶ岡と呼ばれるようになったかは定かではありませんが、「きみがおか」という名称は「きびがおか」がなまったものではないかと考えられています。 昭和43年 1968 3月18日指定 指定面積約19.7万㎡大木囲貝塚は、塩釜湾に突き出た標高約35mの台地上にある縄文時代前期・中期の大規模な集落跡です。 「大木」は「だいぎ」と読み、かつて貝塚内に大きな木があったことがその由来ですが、残念ながらその木は枯れて現存しません。 この台地は古くから畑として利用されており、耕す度に土器のかけらや石器などが出てくるので、畑としては大変耕しにくい所だったそうです。 貝塚の発掘調査は、大正6年 1917 の調査を皮切りに、現在まで多くの研究者によって行われてきました。 調査では土器や石器、魚・動物の骨、貝殻がたくさん見つかっていますが、特にここから出土する縄文土器は「大木式土器」と呼ばれ、東北地方を代表する縄文土器の一つとして現在評価されています。 昭和43年 1968 3月には、貝層が現在も良好に残っていること、大木式土器の標式遺跡であることが評価され、約19.7万㎡もの広大な面積が国史跡に指定されました。 指定後、町では史跡公園化の整備と、整備に伴う発掘調査を行い、現在は地域の憩いの場として開放されています。 昭和61年 1986 8月には、集中豪雨 8・5豪雨 によって西側の斜面が大規模に崩落し、大量の縄文土器や石器、貝殻、魚・動物の骨が出土し、改めて大木囲貝塚の遺物の豊富さが確認されました。
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バーデ 入浴施設 バーデは水着で利用していただく、男女兼用の入浴施設です。 中心にあるフィットネスプールは、水中ウォーキングなどにご利用いただけます。 全国でも珍しい海水浴 うみみつあみ は、海水のお風呂で、健康増進やエステに効果が期待されています。 お風呂は12種類あり、海水浴、圧注浴、気泡浴、全身浴、歩行浴、冷水浴、ミスト浴、寝湯、打たせ湯、かぶり湯、サウナ、男女別浴室 ここのみ裸で利用 があります。 リラックスルーム 肉体や精神的な疲労から、リフレッシュしていただくところです。 「アクアリーナ」2階の海が見える絶好の場所に設けました。 アリーナ 360度の窓から光を取り込むなど、「明るく開放的」に設計した楕円形のアリーナです。 1周150mのランニングコースでは、海を眺めながらのランニングも楽しめます。 フロア面は、卓球、バドミントン、バスケットなどを常設して、大会が入っていない日なら、いつでも自由に使っていただけるように開放しています。 トレーニングルーム 35種類ものトレーニング・マシン(機器)を備えています。 これらのマシンは、運動機能の向上や回復に利用いただけるように目的に合った機器を揃えています。 尚、トレーニングルームは、事前に講習会を受けてからの利用となります。 エアロビクスコーナー• パワーアップコーナー• 体調チェックコーナー• リラックスコーナー フィットネススタジオ エアロビクスなどに利用いただいているスタジオです。 毎週、エアロビクスレッスンを行っています。 また、グループやサークルに貸出しもできます。 レストラン 海の見えるレストランです。 アクアリーナとは別に入口を設けておりますので、アクアリーナ利用者に限らず自由にご利用いただけます。 オープンシアター 芸術活動の場、利用者のコミュニケーションの場とする野外劇場です。 扇形の階段状になった座席は、約400席分。 自由な空間として、いろいろな利用ができるところです。 ご利用時間 開館日、ご利用可能時間• 開館日 毎週月曜日 月曜日が祝日の場合はその翌日 及び年末年始 12月28日から1月4日 を除く毎日• 個人で利用する場合は、特に事前に申し込む必要はありません。 使用したい区分に基づき料金をお支払いただいてからご入場ください。 アリーナの貸切りは町主催・町体育協会所属団体が行う年間施設使用調整会議を経て、予約・申込となります。• 貸し切り申し込み可能期間 フィットネススタジオ• 町内 利用したい日の1ヶ月前から受け付けます。 町外 利用したい日の3週間前から受け付けます。 注1 「町内」とは、利用する団体の方の過半数が町内居住者である場合をいいます。 貸し切り申し込み受け付け時間 10時から21時 冬期営業期は20時• 貸し切り申し込み受け付けの流れ• 利用の申し込みは、責任者が直接来館の上、申し込みの手続きをしてください。 施設利用料を納入してください。 申し込み受け付けの制限 次のいずれかに該当する場合は、施設申し込みの受け付けをいたしません。 また、利用確認後であっても利用の取り消し、もしくは利用の停止をさせていただきます。 公の秩序を害し、または善良な風俗を乱す恐れがあるとき• 施設の建物及び附帯設備等を損傷する恐れがあるとき• 当施設の管理上支障を及ぼす恐れがあるとき• 利用の権利を譲渡、または転貸したとき• 不当な手段によって、利用の許可を受けたとき• その他施設管理者が必要と認めたとき ご利用料金• 利用上のご注意• 貸し切り利用の場合は、利用期間中は必ず利用責任者を置いてください。 火災・停電・盗難その他の事故により、利用者に事故が生じた場合、当施設に重大な過失がない限り、その責任は負いかねますのでご了承ください。 所定の場所以外での喫煙及び飲食等は、固くお断りいたします。 施設利用終了後は、利用した当施設の附帯設備を原状に戻してください。 尚、諸設備・備品器具等を破損または紛失した場合は、実費を申し受けます。 施設使用時に発生したゴミは、お持ち帰り願います。 指定された駐車場以外に車を駐停車する事はできません。 交通のご案内・施設マップ• 自動車利用 仙台市中心部から県道23号線 通称産業道路 を北上。 陸上自衛隊多賀城駐屯地先の立体歩道橋がある交差点を七ヶ浜方向に右折し、2つ目の信号の交差点を左折し、4つ目の信号の交差点付近に駐車場があります。 無料駐車場完備• 電車・バス JR仙石線多賀城駅・下馬駅・本塩釜駅で下車し、七ヶ浜町民バス「ぐるりんこ」七ヶ浜国際村行に乗り、「アクアリーナ前」で下車。 タクシー JR仙石線多賀城駅より約20分。
次の標高59mの高台にあり、頂上付近には大きな展望台があります。 ここからは、牡鹿半島、眼下に松島湾の島々を見晴らせます。 また、本町や多賀城から仙台方面へと続く町並み、さらには奥羽山脈までの眺望がすばらしく、四囲の展望が楽しめます。 明治33年 1900 には皇太子 大正天皇 御成婚祝賀会がこの地で開かれ、それを記念して桜の植樹が行われました。 「御慶事の記念桜や君ヶ岡」と詠 よ まれた記念樹は今はもうありませんが、君ヶ岡公園は、春には桜の名所として花見客で華やかな賑わいを見せます。 約400本のソメイヨシノは、若木が多いですが、花のボリュームは満点です。 また、昭和56年 1981 に植樹された30本も「四季桜」は、春の季節はもちろん、秋から冬にかけてもその木々に可憐な花を咲かせます。 君ヶ岡は、その昔、「きびがおか」と呼ばれていました。 その名の由来には、二つの説があります。 一つは、竹の水門 たけのみなと に上陸したと伝えられている日本武尊 やまとたけるのみこと に仕えていた吉備武彦 きびたけひこ の姓をとって吉備ヶ岡とするもの、もう一つは里人が黍 きび を栽培していたので黍ヶ丘と名づけられたというものです。 いつから君ヶ岡と呼ばれるようになったかは定かではありませんが、「きみがおか」という名称は「きびがおか」がなまったものではないかと考えられています。 昭和43年 1968 3月18日指定 指定面積約19.7万㎡大木囲貝塚は、塩釜湾に突き出た標高約35mの台地上にある縄文時代前期・中期の大規模な集落跡です。 「大木」は「だいぎ」と読み、かつて貝塚内に大きな木があったことがその由来ですが、残念ながらその木は枯れて現存しません。 この台地は古くから畑として利用されており、耕す度に土器のかけらや石器などが出てくるので、畑としては大変耕しにくい所だったそうです。 貝塚の発掘調査は、大正6年 1917 の調査を皮切りに、現在まで多くの研究者によって行われてきました。 調査では土器や石器、魚・動物の骨、貝殻がたくさん見つかっていますが、特にここから出土する縄文土器は「大木式土器」と呼ばれ、東北地方を代表する縄文土器の一つとして現在評価されています。 昭和43年 1968 3月には、貝層が現在も良好に残っていること、大木式土器の標式遺跡であることが評価され、約19.7万㎡もの広大な面積が国史跡に指定されました。 指定後、町では史跡公園化の整備と、整備に伴う発掘調査を行い、現在は地域の憩いの場として開放されています。 昭和61年 1986 8月には、集中豪雨 8・5豪雨 によって西側の斜面が大規模に崩落し、大量の縄文土器や石器、貝殻、魚・動物の骨が出土し、改めて大木囲貝塚の遺物の豊富さが確認されました。
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