いつくしみとは。 Vol.931 遠山雄 大山晃一郎(映画『いつくしみふかき』について)

神のいつくしみの主日・ミサ説教

いつくしみとは

皆さん、明けましておめでとうございます。 2015年はまことに感慨深い年でありました。 皆様よりお祈りいただき、また種々の形で助けていただきました。 あつく御礼申し上げます。 神様が小教区とわたくしを支え、 たすけ導いてくださったとしみじみ感じています。 2016年を迎えるにあたり、神様に心から感謝いたします。 教皇フランシシコは、この2015年12月8日、「無原罪の聖マリア」の祭日から2016年11月20日の「王であるキリスト」の祭日まで、約1年間を「いつくしみの特別聖年」と定めました。 教皇フランシシコはわたしたちが主イエスを通して現れた神のいつくしみをより深く悟り、喜びのうちに神のいつくしみを人々に伝え表すよう、わたしたちに呼びかけています。 神のいつくしみをより深く知るためには、よく祈り、聖書をより深く味わい、また聖体などの秘跡に心を込めて与からなければなりません。 HAPPY NEW YEAR 2016 [].

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神のいつくしみの主日・ミサ説教

いつくしみとは

2017年8月7日に出版いたしました! 「いつくしみ」の呼吸法について、「いつくしみ」のエネルギーの仕組みと活かし方やハートの呼吸法など 基本的なワークを交えて説明しています。 すべてが解決に導かれてゆく エネルギーの改善術「いつくしみ」の活用法を知り日常で活かすための実践本 2,700円[税込] 出来上がってきた本を見てびっくり!大きなサプライズがありました。 扉のページ(表紙の次ページ)に、導いてくれている存在たちからの深いメッセージが込められています。 「いつくしみ」とは、どんなものでしょうか? 手に取った人それぞれに浮かび上がってくるものがあると思いますので、楽しみにしていてくださいね。 内容 「いつくしみ」エネルギーについての説明、加えてそれを呼吸法とともに実生活に活かすための案内本です。 自分を輝かすためにはどうしたらいいのか? 問題を解決していくためにはどうしたらいいのか? 様々なことをより良い方向に導くために呼吸法のワークを実践しながら 「いつくしみ」のエネルギーを使っていく手法を、シンプルかつ明確に案内しています。 3冊シリーズの第1冊目です。 入門編の最後に ・ハートの呼吸法を勧める理由 ・「いつくしみ」を価値観の変化のために使う ・「いつくしみ」は利潤も作る ・「いつくしみ」の経過観察 ・次に向かうステップとして「いつくしみ」を使う理由 ・みんなが幸せに暮らすこと 内容 119ページ 定価 本体2,500円+税 250円 送料 2冊まで 180円 4冊まで 300円 6冊まで 350円 購入をご希望の方は、らいおんハート X Vision のみでの販売となりますので、お気軽にご連絡ください。 お問い合わせも受け付けております。 購入ご希望の方は、下のボタンをクリックし、メールフォームにお名前、ご住所 送付先 、冊数を明記してください。 お支払方法については、原則事前振り込みをお願いいたします。 振込先はトップページから見ることができます。 現金書留でも可能です。 入金確認後、送付いたします。 海外に住んでいる方はご相談ください。

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慈悲

いつくしみとは

において 慈悲(じひ)とは、他のに対してを与え、を取り除くこと()を望む心の働きをいう。 一般的なとしては、目下の相手に対する「あわれみ、憐憫、慈しみ」 mercy の気持ちを表現する場合に用いられる。 慈悲は元来、4つある()の徳目「 ・・・」(じ・ひ・き・しゃ)の内、最初の2つをひとまとめにした用語・概念であり、本来は慈(いつくしみ)、悲(あわれみ)と、別々の用語・概念である。 悲はサンスクリット語の「」に由来し、「人々の苦を抜きたいと願う心」の意味である。 これはキリスト教などのいう、優しさや憐憫の想いではない。 仏教においては一切の生命は平等である。 楽も苦も含め、すべての現象はの法則で生じる中立的なものであるというのが、仏教の中核概念であるからである。 この節にはが含まれているおそれがあります。 問題箇所をしして、記事の改善にご協力ください。 議論はを参照してください。 ( 2010年7月) 漢訳大乗経典を用いる仏教では、慈悲心を三種に説く。 「衆生縁」「法縁」「無縁」の三縁慈悲である。 いわば慈悲心の生起する理由とその在りかたをいう。 衆生縁とは衆生(しゅじょう、jantu,sattva)の苦しむ姿を見て、それを救うために、その衆生を縁として起こした慈悲の心。 すなわち、衆生の苦を抜き、楽を与えようとする心である。 法縁(ほうえん)とは、すでに煩悩を断じた聖人が、人々がはなりという理を知らずに、ただ苦を逃れ楽を得ようとあがくのをみて、抜苦与楽せんと思う心をいう。 無縁とは慈悲心の自然(じねん)の働きをいうものであり、それは仏にしかない心であるという。 この三縁の慈悲とは、第一は一般衆生の慈悲、あわれみの心をいい、第二は聖人、つまりやの位にあるものの起こす心、第三はの哀愍の心であると言える。 昔の人が俗世間的に慈悲の字を「茲心非心(じしんひしん)」と割って「この心、心に非ず」といい、自分の心を中心とするのでなく、相手の心を心として生きる。 いっさいの衆生と平等であるという自覚に生きることが慈悲であると説明するのは、このことである。 脚注 [ ] 注釈 [ ].

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