いとあはれ。 枕草子『虫は』わかりやすい現代語訳と文法解説 / 古文 by 走るメロス

枕草子虫は品詞分解

いとあはれ

いろいろな場面で使われるらしい。 「やばい」とは違う意味だ。 筆者は使ったことがないが、エモいの意味について、2020年3月28日付の読売新聞を読んで目から鱗が落ちる思いがした。 三省堂の辞典編集で有名な国語辞典編纂(へんさん)者・飯間浩明氏いわく、 「エモいは、昔でいう『あはれ』だと思う。 素晴らしいと感じ時も悲しい時も、情感を込めて表現できる」 〈飯間さんによると、「いとあはれ」は今なら「超エモい」となる。 企画段階で、市の役人から「エモいの意味がわからない」という声があがったが、越谷市の魅力宣伝大使の益若つばさ氏に「エモいの認知度は高まっている。 使うなら今ですよ」と言われて、マップ作成に踏み切ったそうだ。 平安時代は「 あはれ」、「 をかし」、 ずっと下って昭和時代は「 すごい」、 平成時代は「 やばい」、 そして令和時代は「 エモい」だという。 平安時代の人間は、なんにでも「あはれ」を使う。 そのつど、なんとなく意味はわかるが、ボンヤリとした印象だ。 しかし、いわれてみれば「すごい」も「やばい」も、なんにでも使える言葉である。 そうか、「すごい」も「やばい」も「エモい」も、「あはれ」の子孫なのか、とストンと納得した。 「あ」から始まって、60回ほど続くそうだ。 2020年4月16日付は、その4回目「え」の回で、「エモい」が取り上げられていた。 〈 もともとは、パンクロックの一種、エモーショナル・ハードコアの略称「エモ」から来たといいます。 (中略)その「エモ」が「エモい」として一般化すると、必ずしも激しい気持ちを表すだけではなくなりました。 むしろ、静かに湧き起こってくる気持ちを表すようになりました。 いろいろな場合に使われるので、「意味が分からない」「曖昧だ」と評されることもあります。 でも、日本語にはずっと古くから、「エモい」に相当することばがあります。 古文の授業で習う重要単語のひとつ。 そう、「あはれ」です。 「あはれ」も、さまざまな場合に使われます。 秋の夕暮れを見てしみじみと抱く感情も「あはれ」。 心のこもった文章を読んで感じるのも「あはれ」。 さびしい気持ち、人を気の毒に思う気持ちも「あはれ」です。 千年前の宮廷人が現代によみがえったら、「いとあはれ」の代わりに「超エモい」と言うはずです。 古文の「あはれ」に相当する意味のことばは、ここしばらく失われていました。 私たちは「いいねえ」とか「すごいねえ」とかいうことばで代用していましたが、情感には欠けました。 それが、「エモい」の登場によって、古典に出てくる人たちと同じ情感を現代語で表せるようになりました。 歴史を遡(さかのぼ)るものさしを持っていれば、直近の時代の変化に右往左往せずにすむ場合がある。 「流行語」も、そのものさしの一つだ。 日本語の歴史のなかでは〈外来語が形容詞になるのは難しい〉という。 外来語由来の先輩として「ナウい」「エロい」「グロい」が挙げられていたが、たしかに、他に思いつかない。

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「超エモい」は「いとあはれ」の子孫である件|森往来のメモ~圏外の記録|note

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A ベストアンサー お邪魔します。 軟派と硬派を単純にイメージとしてとらえると、 軟派は、服装バッチリ、機会があれば、女の子にすぐ声をかけたり・・、硬派は意思かたく、服装だらしなく髪も自然体(?)。 それはあくまで見かけ上で、 軟派と硬派の違いは、日常社会生活に満足しているかどうかだと思います。 軟派は日常生活をすこぶる快楽的に過ごされますが、硬派と言われる人は、日常社会生活の矛盾なんかを一身で受け止め、それを変えなければと、自分自身に信条ずけしているんですね。 何事においてもそれが優先してきますので、どうしても日常のことはお留守になってきます。 こういったことが、硬派は融通がきかない、女の人に興味が無い、自己中心的だと評価されるのではないですか。 またそうした近寄りがたいものに魅力を感じる女性もいられるとおもいます。 軟派も硬派も大半はその人の人生の中の一過性のものだと思います。 昔軟派が今しっかり父さん、昔硬派がいくつなっても女にだらしないなんてのは日常茶飯事ですよね。 余計な事かもしれませんが、 もし質問者さんが、硬派の方とお付き合いされるのでしたら、その方の信条的な面まで立ち入らず、日常生活面だけをサポートしてあげれば相手の方は喜ばれると思います。 (今の若い人でこんな付き合い方で満足できるのか知らん?) ところで、現代の日本で、俗に言う硬派の人ってはたして何人いるのでしょうか? お邪魔します。 軟派と硬派を単純にイメージとしてとらえると、 軟派は、服装バッチリ、機会があれば、女の子にすぐ声をかけたり・・、硬派は意思かたく、服装だらしなく髪も自然体(?)。 それはあくまで見かけ上で、 軟派と硬派の違いは、日常社会生活に満足しているかどうかだと思います。 軟派は日常生活をすこぶる快楽的に過ごされますが、硬派と言われる人は、日常社会生活の矛盾なんかを一身で受け止め、それを変えなければと、自分自身に信条ずけしているんですね。 何事においてもそれが優先してきます... A ベストアンサー こんにちは、 そうですね、広義に「楽園」「ユートピア」という意味になる他、 「あの体験は桃源郷の境地だ」などと「絶世の境地」「類無い感じ」を表現しますね。 さて、こうしたものは諸説ありますので参考までにどうぞ。 原点は中国の伝奇、晋の陶淵明が記したと言われる『武陵桃源』あるいは「桃花源記」にあるとするのが一般的。 なので、「桃花源」とも呼ぶ。 中国には各地の不思議な話や伝説、小説(詩編)をまとめた本が多いのですが、そういったものの一つです。 対訳のサイトがありましたので見てみてください。 zero. たいへんなもてなしを受け、それが忘れられず、帰宅後再び捜してみたが、再度行き着く事はできなかった。 ーーーーー もともとは仙人だの不老不死だのという要素は無かったのだが・・、 後世に様々なテイストが加えられ、一種の「桃源郷都市伝説」が形成されていったと思われます。 ーーーーー さて、そこでポイントとなるのが時代背景。 「秦時代の難民」が祖先の人々、俗世を嫌った隔絶されたコミュニティ。 まるでカルト教団みたいですよね・・。 戦乱の世の難民を風刺した部分がこの物語の一つの側面かもしれません。 それから「桃」。 道教をはじめとして東洋では古くから「桃」は生命の象徴とされてきました。 根源的な女神「西王母」と桃は同一視され、さらに不老不死の仙人などの超絶的な存在の象徴となっていったのです。 併せて、自然の素晴らしさを表すものとなったと考えられます。 場所が日本ならさしずめ「桜源郷」になったかもしれません。 さらに、「再び訪れる事ができない」。 これは神秘性を表すシュチエーションとしてどんなものでもそうですよね。 西洋人にとってのジパングや、中国で言われた東海の蓬莱島も同様の「きっとある理想郷」の物語でもあるのです。 ーーーーー こうした要素が後世に「仙人の住む桃源郷」などの亜流を生み出し、「シャンバラ伝説」などのようにユートピアの象徴とされていったのでしょう。 ちなみに、おとぎ話の「桃太郎」もこの「桃源郷伝説」の一部が反映されてると考えるのも面白いですね。 興味があったら桃太郎の起源など調べてみると面白いですよ。 ーーーーー さてさて、実は「桃源郷」は実在する(?)。 中国湖南省にはちゃんとそういう名勝地があり。 jcbus. htm こんにちは、 そうですね、広義に「楽園」「ユートピア」という意味になる他、 「あの体験は桃源郷の境地だ」などと「絶世の境地」「類無い感じ」を表現しますね。 さて、こうしたものは諸説ありますので参考までにどうぞ。 原点は中国の伝奇、晋の陶淵明が記したと言われる『武陵桃源』あるいは「桃花源記」にあるとするのが一般的。 なので、「桃花源」とも呼ぶ。 中国には各地の不思議な話や伝説、小説(詩編)をまとめた本が多いのですが、そういったものの一つです。 対訳のサイトがありましたの...

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[副助]《動詞「そ(添)う」(下二)の連用形「そえ」から生じたという》名詞、活用語の連体形または連用形、助詞など種々の語に付く。 1 すでにあるものの上に、さらに付け加える意を表す。 …までも。 「風が吹き出しただけでなく、雨さえ降りだした」• 2 ある事柄を強調的に例示し、それによって、他の場合は当然であると類推させる意を表す。 …だって。 …すら。 「かな文字さえ読めない」• 3 (仮定表現を伴い)その条件が満たされれば十分な結果が生じる意を表す。 せめて…だけでも。

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