海外の反応 1. オーストラリア ゴールドコースト 男性 本当に悲しい知らせだ。 彼は私をたくさん笑わせてくれた。 天才的なコメディアンだった。 笑うために日本語を理解する必要など無かった。 安らかに眠れ、親愛なる友よ。 寂しくなるよ。 タイ チエンラーイ 男性 彼は人を幸せにする男だった。 安らかに🙏🏻 3. オーストラリア メルボルン 女性 なんて悲しいこと!彼は紛れもなく、コメディアンの象徴的存在でした。 シムラさん、安らかに眠ってください。 オーストラリア マイルズ 女性 何という悲劇的な損失でしょう。 どうか安らかに眠ってください。 私はいつまでもbaka tono(バカ殿)を愛しています。 タイ パッタヤー 男性 彼はタイでもとても有名でした。 安らかに眠ってください。 アメリカ合衆国 ニューヨーク 男性 「カトちゃんケンちゃん」は日本のテレビ番組の中でもかかさず見ていたことを覚えています。 とても悲しいです…。 『 加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』(かトちゃんケンちゃん ごきげんテレビ)は、1986年1月11日から1992年3月28日までTBS系列で毎週土曜日20:00 — 20:54(JST)に放送されていたバラエティ番組である。 通称は「 加トケン」また「 ごきげんテレビ」。 放送当時は「子どもに見せたくないテレビ番組」調査上位の常連であった。 カナダ トロント 男性 あまりにも突然で衝撃を受けています😞 彼は人を笑わせるのが好きな、本当に素敵なコメディアンでした。 コロナウイルスが憎いです。 台湾 新竹市 男性 スターであり、伝説であり、コメディアンの象徴であり、真の殿様だった。 安らかに眠ってください。 フィリピン アンヘレス出身(神奈川県在住)女性 彼の番組をよく見ていました。 心が痛みます 💔 😭 10. 香港 男性 志村どうぶつ園が放送されることはもうありません…。 安らかに 😞 😞 😞 11. オーストラリア キャンベラ 男性 彼は今、天国でおならをしているはず。 ブラジル マナウス 男性 ビッグケン、ご冥福をお祈りします。 アメリカ合衆国 サクラメント 男性 さようなら、Baka tono。 ブラジル カスカベル 男性 Totemo kanashii(原文ママ) 15. ベトナム ハノイ 男性 世界中にたくさんの笑顔を与えてくれてありがとうございました。 ご冥福をお祈りいたします。 国籍不明 女性 この訃報はコロナウイルスを真剣に受け止めるためのモーニングコールになるのでしょうか? 17. 国籍不明 男性 彼の番組から日本語を学んだ。 私にとって彼は理想的な日本語の教師だった。 アメリカ合衆国 シカゴ 男性 彼のユーモアセンスには驚かされたし、何度も笑わせてもらった。 日本人コメディアンの中で一番好きだったよ。 寂しくなるね。 ニュージーランド オークランド 男性 とても悲しいニュースだ。 日本に住んでいた90年代初頭に彼の番組をよく見た。 彼の スラップスティックは私の限られた日本語力でも理解しやすいものだった。 スラップスティック コメディの一種。 体を使ったギャグ。 「どたばたギャグ」などとも訳される。 チャップリンのそれなどが有名。 シンガポール 女性 嘘でしょ?信じられない…。 アメリカ合衆国 バーリントン 男性 Covid-19は良い人をたくさん殺している。 エクアドル グアヤキル出身(高知県在住) 男性 私の妻がショックを受けているようだ。 台湾 高雄市 男性 胸が張り裂けそう…。 私が思い浮かべる彼はいつも笑顔でした。 心からご冥福をお祈りします。 フィリピン ケソン 男性 さようなら、シムラさん。
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により70歳で急逝したさんは、日刊ゲンダイにも「令和特別号座談会」(昨年5月1日発行)と「人生のトリセツ」という企画で「志村魂」のメンバーの方と一緒にご登場いただいた。 普段はシャイで、決して多くを語るほうではなかった。 「オレごときがエラソーに語ることじゃない」といつも言っていた。 挨拶や時間を守ることには厳しかった。 10年以上前の話になるが、当時勤めていた出版社の月刊誌で志村さんの対談連載の編集を担当させていただいたことがあった。 毎号、ゲストを招くのだが「大御所は最後に現場入りする」という芸能界の慣例があるなか、志村さんは集合時間の30分前には取材現場に現れるのが常だった。 それでスタッフはいつも1時間前から待機していたのだが、1度だけ集合時間よりかなり遅れて現場入りした若い女性ゲストがいた。 そのタレントに対する全スタッフのいら立ちがピークに達し最悪の空気となる中、恐縮して涙目になって大声で謝りながらそのゲストが入ってきた。 志村さんの表情が一瞬スッと変わったのが分かった。 この時ばかりは肝を冷やした。 しかしいざ対談が始まってみると、予想に反して会話は大いに盛り上がり、それまでで一番面白いものとなった。 志村さんはいつも周囲のふるまいを冷静に観察していて、周囲に気付かれないようさりげない気遣いをされる方だった。 個人的な話で恐縮だが、その連載開始当初、初めて志村さんと酒席を共にさせていただいたとき「全員集合」直撃世代で志村さんの大ファンである私はうれしさのあまり舞い上がってしまい、泥酔してしまった。 そんな私を志村さんは「おまえはそうして人の話をちゃんと聞けないからダメなんだ!」と一喝。 その後、連載は2年近く続いたが、最後はその雑誌が休刊となり連載も終了となってしまった。 しかし志村さんがライフワークとして続けられていた舞台「志村魂」には毎年楽しみに通い続けた。 舞台の後は楽屋に伺い「いつかまた一緒にお仕事させていただけるよう頑張ります」と伝えると「おう」とはにかみながら答えてくださった。 2016年に肺炎を患ってからはたばこをやめ、以前よりはお酒も控えていると話されていた。 自分は芸人やタレントではなく、あくまで「コメディアン」であると自任していた。 生前、自らの最期について尋ねた時は「最期は舞台の上で死にたい」と語っていたが、3月17日に体調に異変が起こるまさに前日までテレビ局に収録に向かっていたことになる。 今回、あまりに突然の出来事に、多くの方と同じく私も言葉を失った。 もっと多くの話をお伺いし、それを伝えたかった。 志村けんさん、さようなら。 本当にありがとうございました。 安らかにお休みください。 (文・平川隆一/日刊ゲンダイ).
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今日は朝から本当にツラいニュース。 【コメディアンの志村けんさん死去 新型コロナ感染で肺炎発症】 新型コロナウイルスに感染して肺炎を発症し、入院して治療を受けていたコメディアンの志村けんさんが、29日夜、東京都内の病院で亡くなりました。 70歳でした。 ザ・ドリフターズでの『8時だョ! 全員集合』や『ドリフ大爆笑』や、それ以降の『バカ殿』『だいじょうぶだぁ』のことを書いている人は当然多くて、自分ももちろん子どもの頃からドリフを見て育った世代なので当然同じ思いはあるのですが、現在放送されている深夜の冠番組(24年前からタイトルを変えつつ続いてきた30分番組)もずっと見てきたので、"今の志村けん"を見ることが出来た番組が終わってしまうのが死という現実を突きつけられてツラい。 現在火曜深夜に放送されてきた『志村でナイト』。 深夜番組なので録画して、撮り溜まったら4本くらいを一気見というように見てきたのだけど、今は2月からの8本が未再生。 今現在はさすがに見て笑えるとも思えないので、見るのはしばらく先になりそうですが。 明日深夜に放送されるのが最終回になりそうな。 志村けんの冠番組の共演者がその時点でのお気に入りの人となっているのは特番の『バカ殿』『だいじょうぶだぁ』を見ていればわかるのですが、深夜の冠番組もだいたいそのままの人選。 ただ女性タレントが定期的に入れ替わっているのはわかるとして、実は共演の男性芸人も定期的に入れ替わっていて、しかも人選がなかなか絶妙。 今現在放送の『志村でナイト』からの大悟(千鳥)と柴田英嗣(アンタッチャブル)の起用は最初はちょっと意外だったし、その前の肥後克広・上島竜兵(ダチョウ倶楽部)は付き合いも長いのでともかく、それ以前には澤部佑(ハライチ)や三又又三(元ジョーダンズ)などの人選も。 そしてマンネリズムのお笑いというものを完成させてそしてやり続けた人で、後継者が見当たらないということ。 マンネリというのはネガティブに捉えられやすい単語だけれど、オチもわかっている数十年前からやっているスタイルでも今も同じように笑えるというのは本当にスゴいこと。 1食だけガツンとインパクトのある料理を出すのも難しいけれど、毎日食べるご飯と味噌汁で十分な満足感を与え続けるのはさらに難しい。 そしてこれはドリフ時代からの、セットを組んでのコント番組というものをやっている人が他に見当たらず、これもまた後継者がいないように思われてしまう。 今年は俳優としての活動予定も伝えられていて、"次の志村けん"が見られると期待もしていたのですがそれもすべて終わり。 本当に悲しい。 ありがとうございました。 さようなら。
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