概要 [ ] 原作は、の『影の獄にて』 に収録された2作品、「影さす牢格子」()と「種子と蒔く者」()に基づいている。 作者自身ののでの、体験を描いたものである。 に出品され、グランプリ最有力と言われたが受賞は逃した。 あらすじ [ ] 、にあるレバクセンバタの日本軍俘虜収容所で、軍属カネモト()がの男性兵デ・ヨンを。 日本語を解する俘虜(捕虜)のジョン・ロレンス()は、ともに事件処理にあたった粗暴なハラ()と奇妙な友情で結ばれていく。 一方、ハラの上官で所長のヨノイ()は、日本軍の背後に空挺降下し、輸送隊を襲撃した末に俘虜となったジャック・セリアズ()を預かることになり、その反抗的な態度に悩まされながらも彼に魅せられてゆく。 同時にカネモトとデ・ヨンの事件処理と俘虜たちの情報を巡り、プライドに拘るの俘虜長ヒックスリー()と衝突する。 東洋と西洋の観、観、組織論が違う中、各人に運命から届けられたの贈りものが待っていた。 セリアズとロレンスはを無断で所持し、ヨノイ大尉に独房入りを命じられる。 セリアズもロレンスも一緒に戦ったことのある仲で顔は知っており、独房は隣り合っていた。 ロレンスは自分の彼女の話し、セリアズは昔、弟に悪い思いをさせてしまったことを回想する。 その日はで、セリアズとロレンスはハラに呼びだされた。 ハラは酔っぱらっていて、「ファーゼル・クリスマス」と叫び、セリアズとロレンスを釈放する。 ハラは自分をだと言い、これはプレゼントだと言う。 ハラの対応に怒りを覚えたヨノイ大尉は、捕虜の全員集合を命じる。 そこには病棟の捕虜も含まれており、これはに違反していた。 重症の捕虜が1人倒れて死亡し、捕虜を庇おうとする捕虜長を、ヨノイ大尉は刀で斬ろうとした。 そこへ、セリアズが歩み寄り、ヨノイ大尉にをした。 予想外の展開にヨノイ大尉は倒れこむ。 その後、ヨノイ大尉は更迭され、新しい大尉はセリアズを首だけだして生き埋めの刑罰に処した。 セリアズは弟のことを思い出しながら死ぬ。 大戦は終わり、時は1946年。 日本軍は負け、ヨノイ大尉は処刑されていた。 1946年のクリスマス、処刑前日を迎えたハラの元へロレンスがやってくる。 4年前のクリスマスのことを思い出し、2人は笑い話に花を咲かせる。 ロレンスが立ち去ろうとしたとき、ハラはロレンスを呼び止め「メリークリスマス。 メリークリスマス、ミスターロレンス」と叫ぶ。 キャスト [ ]• ジャック・セリアズ英軍少佐 - (青年期)/(少年期)• ヨノイ大尉(レバクセンバタ俘虜収容所所長) -• ハラ・ゲンゴ軍曹 -• ジョン・ロレンス英軍中佐 - 吹き替え:• ヒックスリー俘虜長 -• 拘禁所長 -• イトウ憲兵中尉 -• カネモト(朝鮮人軍属) -• カール・デ・ヨン(オランダ軍兵士) -• ウエキ伍長 -• ヤジマ一等兵 -• ゴンドウ大尉 -• 軍律会議通訳 -• フジムラ中佐(審判長) -• イワタ法務中尉(軍律会議審判官) -• 軍律会議検察官 -• 日本兵(俘虜収容所勤務) - ,• セリアズの弟 - 作品解説 [ ] をテーマにしたでありながら、戦闘シーンは一切登場しない。 また、主要な出演者はすべて男性という異色の映画でもある。 撮影はので行われた。 ハラ軍曹らに見られる当時の日本軍による捕虜に対する扱いや、イギリスなどにおけるへの蔑視行為や()におけるしごきなど、歴史の闇の部分も容赦なく描いている。 配役 [ ] 大島が「『』と『』に出た役者だけは使いたくなかった」と話した。 当初、ハラ軍曹役には やがキャスティングされていたが、緒形はスケジュールの都合、勝とは脚本の変更を要求したため折り合いがつかず、ビートたけしに変更となった。 ヨノイ大尉役も、、 、、らが予定されていたが、各々スケジュールなどが合わず、坂本がキャスティングされた。 また、セリアズ役にもや 、映画監督の甥で当時高校生だった等にオファーをしていたが、両者とも断ったため、セリアズ役はデヴィッド・ボウイが演じる事となった。 デヴィッド・ボウイはオファーを了承した後、2年間、体を空けて待っていたという。 演技 [ ] 台本をまったく覚えずに現場入りした坂本は当然上手くセリフが言えず、絶対に監督から怒られるシチュエーションを自ら作ってしまったが、監督はなぜか相手役に「お前がちゃんとしないから坂本君がセリフ話せないんだろう! 」と怒ったという。 この監督の一種の配慮により、たけしと坂本は無事クランクアップを迎えることができた。 演技についてたけしは、「NGは監督からほとんど出されなかったけど、代わりにアフレコはさんざんやらされた」と語っている。 これは、監督からオファーを受けた際「自分は漫才師であり、俳優でありませんから、きちんとした演技はできません」と前もって伝えていたことから、監督なりの配慮がされた結果と言える。 加えてたけしがNGを出すと、代わりに脇にいた助監督が叱られたというエピソードが残っている。 当時、たけしと坂本は、2人で試写のフィルムを見て、たけしが「オレの演技もひどいけど、坂本の演技もひどいよなぁ」と語りあい、ついには2人でこっそりフィルムを盗んで焼こうという冗談を言い合ったという。 また監督の大島渚はできない俳優を激しく叱責することで有名だったため、たけしと坂本は「もし怒られたら一緒にやめよう」と約束をしていた。 演出 [ ] 作品の終盤、反抗的な俘虜長を処刑しようと日本刀を抜いたヨノイ大尉()に、セリアズ英軍少佐()が近づき頬にキスをするシーンで、画面が微妙に揺れ動いているが、これは意図して行った演出ではなく撮影機材の故障により偶然生じたものであった。 その後に撮り直したものと比較して、画面が微妙に動く前者の方が心理描写を的確に表現できているとしてこれを採用した。 後に監督は「奇跡だよ」と周囲に語ったという。 たけしがドアを開けるシーンで散々リハーサルするもタイミングが上手く行かず、ついに監督が怒り出し、「このタイミング!このタイミングがこの映画で一番大事なんだ!」と怒鳴るものの、本番直前にドアは壊れてしまう。 仕方なくドアなしで撮ったが、直後にドアが壊れた件について監督が「え?何?ドア?あんなのどうでもいいんだ!」と答えて、たけしは呆然となったという。 製作費 [ ] 約600万ドル(当時約15億円 とも 、650万ドルとも 、16億円ともいわれる。 企画を始めた1978年は、が全額出資すると言っていたが 、資金集めは難航し 、日本国内だけでの資金調達は不可能で 、松竹は大島に「途中から外国で半分持ってくれる所を探して来い」と言った。 日本人でを買って出る人物がおらず 、製作に漕ぎ着けるまでに時間を要した。 『戦場のメリークリスマス』の製作とのオープニング上映作品を探していたのが、監督の『』買い付けで知り合った同作の・に『戦場のメリークリスマス』のプロデュースを打診し、ジェレミー・トーマスが『戦場のメリークリスマス』のプロデューサーになった。 ようやく資金の目途がついたら松竹は「もう製作には参加しない、配給だけやる」と言い出した。 大島がそこで諦めていたら全て終わりだったが、大島は全財産をはたき、個人的借金をして、日本側が大島渚プロとがから、ジェレミー・トーマスが外国側の製作費を全額の銀行から引き出した。 撮影地をニュージーランドの国内、またはニュージーランド領で行うということは、ニュージーランド側からの条件の一つだった。 、、三ヶ国の合作映画だが、ニュージーランドは金を出しただけで、基本的には日英合作である。 大ヒットした後、松竹は「製作もすればよかった」と言ったという。 反響・評価 [ ] 試写会で自分の演技を見たたけしは、「自分の演技がひどすぎる」と滅入ってしまったが、共演の内田裕也やジョニー大倉は「たけしに全部持っていかれた」とたけしの存在感に悔しがったという。 一方で、大島は周辺に「たけしがいいでしょう」と漏らし、同席した作家・に、滅入っているたけしを褒めるよう要請している。 後にたけしは「すぐれた映画監督というのは、その俳優が一番見せたくない顔を切り取って見せる人を言うんじゃないかな?」と、自分の演技を引き合いに大島監督の力量を絶賛した。 後日、ビートたけしは「坂本もオイラもこの映画に客観的に参加していた、映画がこけちゃえばいいとさえ思っていた。 ほかの役者のように大島監督からエネルギーを吸い取られるようなことはなかった」と語った。 テレビ放送では1984年12月23日に23. 考察 [ ] この節はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2012年7月) 日本人がメガホンを取った戦争映画ながら、表面的なメッセージ性は薄い。 しかし、日本軍の捕虜への待遇 と、その根底にある日本独特の「」、「・観」や「、」、明治以降の日本人が抱いた強い欧米への劣等感と憧憬 、そして、欧米人・日本人にある「意識・意識」、「心」、「誇り」、「死と隣り合わせの」(弟の歌う 「」の曲にのって描かれる、故国ののの「」)などがより尊く描かれ、また、それを超えた友情の存在とそれへの相克がクライマックスにまで盛り上げられていく。 また、後期の大島作品に底流する「異常状況のなかで形作られる高雅な」というテーマも、登場人物らの的な感情として(婉曲的ながら)描写されている。 特別番組 [ ] テレビ朝日では大島渚、ビートたけし、デヴィッド・ボウイなど勢揃いした特別番組が制作された。 オープニングでは「レッツ・ダンス」に合わせて若い男女が踊る中デヴィッド・ボウイが登場し、笑顔でビートたけしに握手を求めた。 エピソード [ ]• も俳優として撮影に参加しているが、すべてカットされた。 これは、きよしが言う予定だった台詞を別の役者によって撮影してしまった為である。 当時、坂本と同じ事務所に勤務し坂本の付き人をしていたが、捕虜役のエキストラとして出演している(「」1982年放送から)。 当時はまだ無名の俳優だったが日本兵役として出演している。 たけしは、スケジュールの関係でほかのスタッフらより早く撮影を終えてロケ地より帰国したことから、映画の情報をとして「」などで流布した。 一例を挙げると、大島が撮影に使ったトカゲが演出意図どおりに動かないことに腹を立て「お前はどこの事務所だ!」と怒鳴りつけたことや、差し入れのうな重をたけしらが食べてしまったことに坂本が腹を立て、かわりにたけしが手配したうな重を涙を浮かべながら食べていた、などである(後に坂本とたけしの対談で、「あの時俺は泣いていなかった」、「いや泣いていただろ」といったやりとりがあり、あのような状況は食事の話題が異様になると結論づけた)。 カンヌ映画祭受賞作の発表前日に、社の記者が「明日の朝刊に間に合わないから、今、受賞したという前提で喜びの写真を撮らせて欲しい」とたけしを訪れた。 翌朝、そのスポーツ新聞には、たけしの写真の横に大きな文字で「たけし ぬか喜び」と書いてあった。 たけしは、自身がパーソナリティーを務める『』で、このことをネタに自嘲気味にトークをした。 ラストでたけしがアップになり「メリークリスマス、ミスターロレンス」と言うシーンについて、後に『』でたけしは「オレのあの顔で世界が泣いたんだぜ」と自慢した。 しかし、にはそのシーンをちゃかされ、には「世界は泣いたか知らんがな、オレは笑ったわ!」と言われ、ネタにされた。 たけしが出演していた『』のコーナー、「」でも、「戦場の」というパロディコントが放送され、カンヌ映画祭で受賞を逃したところまでネタにしていた。 撮影中、坂本龍一がたけしの部屋を訪ねると、真っ暗な部屋の中のベッドで、天井までとどくかというほど本を積み上げて勉強するたけしの姿に出くわすという場面があった。 メイキング映像の製作も企画されたが、デヴィッド・ボウイが拒否したことから、大島も許可しなかった。 のアーケードゲームの『』の収録曲「Everlasting Resort」中に『戦場のメリークリスマス』のテーマソングに類似したメロディーが存在する。 受賞 [ ]• () - ()• (1983年) - ()• 日本映画大賞• 男優助演賞()• 監督賞()• 脚本賞(大島渚)• 音楽賞()• 優秀作品賞• 優秀監督賞()• 優秀助演男優賞()• 優秀音楽賞()• 優秀美術賞(戸田重昌)• 作品部門・話題賞 脚注 [ ] 注釈 [ ]• 「邦画フリーブッキング配収ベスト作品」『』(59年)下旬号、、1984年、 115頁。 新版『影の獄にて』、訳、新思索社、2006年。 映画版『戦場のメリークリスマス』同、2009年• 春日太一『天才 勝新太郎』(文春新書)• 『内田裕也 俺は最低な奴さ』(白夜書房)• の訃報に接し、談。 (2016年1月16日、(系列)内にて。 ゲスト大島渚 息子が初めて私の映画に関心を持ってくれた」『』1983年6月19日号、、 40-44頁。 : pp. 12 - 13• - ハラ・ゲンゴ軍曹のモデル。 - 「Forbidden Colours」(禁じられた色彩)は、『戦場のメリークリスマス』のテーマ曲「メリー・クリスマス ミスターローレンス」のヴォーカル・バージョン。 外部リンク [ ]• - 原作者のローレンス・ヴァン・デル・ポスト来日記念パーティー写真など。 - (英語)• - (英語).
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戦場のメリークリスマスの最後のシーン。 4年後、ハラ軍曹が処刑される前夜にローレンスと面会するシーンですが、最後にハラ軍曹が笑顔でメリークリスマスって言っていたのはどういう意味で しょうか? かつて自分がローレンスをクリスマスに釈放してあげたことから、本当は今度は自分を釈放してほしい、ということだったのでしょうか? 元々、かなり粗暴で、他の日本軍人たちは多少は英語を喋っていましたが、ハラ軍曹はずっと日本語を喋っていました。 なのに自分が俘虜になると英語を勉強して、喋るようになっていました。 これは立場が逆転して、欧米人に媚びを売ろうとしているのでしょうか? それとも本当は元々外国人とも仲良く?したいという気持ちがあったけど、日本軍人としてあのように振る舞っていたが、敗戦してその必要もなくなったので、本来の自分の姿になったのでしょうか? ハラ軍曹は死ぬ覚悟はできてると言っていましたが、本当に武士らしく死ぬ覚悟をしていたのか、それとも強がっていただけで本当は助かりたかったのでしょうか? みなさんの解釈を教えてください。 戦争が人を狂わせようとも、愛情を見失うとは限らない。 クリスマスがいつの時代も誰にも何処にも たとえ戦場であっても 変わらずに来るのと同じように、本能である愛情は平等・普遍で、人を隔てる後天的な感情 敵国の壁・人種の壁・文化の壁・民族の壁・偏見の壁 を超えられる その象徴がセリアズのヨノイへの抱擁とキス 、というような意味をタイトル『戦場のメリークリスマス』に込めていると考えています。 クリスマスはサンタクロースからクリスマスプレゼントを貰います。 ハラが処刑が決まっていたロレンスとセリアズを独断で釈放していましたが、この時ハラが自分の事をファーザー・クリスマス サンタクロース だと言っていたのは、釈放は俺からのクリスマスプレゼントだという意味と思われます。 最後のハラとロレンスの面会でもハラが「サンキュー、ファーザー・クリスマス」と言っていました。 これはロレンスがハラに会いに来てくれた事そのものをクリスマスプレゼントとして 2人の友情そのものを 、そのプレゼントを運んで来てくれたロレンスをサンタクロースに見立ててお礼を言っているんだと思われます。 2人の友情についての見解は下記リンク先で それは自分のかつてのクリスマスプレゼントのお返しととっていて、ハラとロレンスの確かに存在した友情の証 2人にしか分からないサンタクロースとクリスマスプレゼントの行って来いの関係 だとして喜んでいるんじゃないかと思います。 戦争が人を狂わせると考えているロレンスが ロレンスは皆が間違っていると言っている 、戦争中のハラの傍若無人な振る舞いは戦争で狂わされていたからで 戦後の憑き物が落ちたような姿がハラの本来の姿 、それは戦争に勝った方も負けた方も同じで、裁くべきではないと考えているようで 私なら今すぐあなたを自由にすると言っている 、そんなハラへの同情や裁く側の勝者の自分らへの自責の念のような感情 勝利が辛く思われる時があると言っている があって「神の恵みを」と言った言葉が涙声になってしまったんじゃないかと思います。 ハラもロレンスの悲しみ落ち込む心境を察知したので立ち去るロレンスを呼び止め、「ロレンス 戦時中の呼びつけるようなきつい言い方 、メリークリスマス。 メリークリスマス、ミスターロレンス 戦時中付けた事のないミスターを付け笑顔で優しく言う 」と言ったように思います。 この極端な言い方の変化は、戦時中と変わらぬ元気さと 自分の人生に後悔はないという意味にとれる 、戦後の憑き物が落ちた本来の優しさからで だからミスターを付けた 、それを合わせて全てが俺でそれを受け入れているから大丈夫だとロレンスを励ましたという感じに捉えています。 ラストカットのハラの笑顔もロレンスへの優しさがあるように思える そこにあるのはハラのロレンスへの思いやりと確かに存在した2人の友情への思いもあるように思います。 ハラの独居房にはお経らしきものが置かれていて、数珠を掛けてもいました。 剃髪もその一環かもしれませんが、元々なのかそんな自由があったのかは分かりません 戦争中もお経をあげていたので、それなりの仏教徒なのでしょう。 なので、戦後の憑き物が落ちたような温厚な人物に戻って、本来持っていた信仰心で救いを求めらて、納得はできないが仕方がないと受け入れられて覚悟ができたという見方ができますかね。 下記で最後の面会の場面を再現しつつ見解を書いておりますので、ちょうどご質問に合致するかと思います。 よろしければ一読ください。 更にそこに貼ったリンク先で『戦場のメリークリスマス』というタイトルの意味についての見解も書いています。 こちらもよろしければご一読ください。 僕はこの映画を中学3年の時に1983年に封切りの時に映画館で見た。 当時はビートたけし=たけちゃんマンというイメージが強かったので、 「なんで最後にたけちゃんマンの笑顔なんだ?この映画は全部、『オレたちひょうきん族』と同じように冗談だったということなのか?」 とさっぱりワケがわからなかった。 他の中学校の友達も、 「なんで最後がたけしの笑顔なのかわからない」 と言っていた。 この映画は女性が出てこずに男ばかりの映画で坂本龍一にボウイがキスするシーンがあることから、「ホモ映画」と見ることができる。 坂本龍一のヨノイ大尉はボウイの演ずるイギリス軍セリアス少佐と恋仲であり、たけしの演ずる原軍曹はトム・コンティの演ずるローレンス中佐と恋仲だったのだろう。 収容所で男たちはあのように争っていたが、本当は友情以上の何かを常に感じていたと解釈できる。 だから、原軍曹はローレンスをクリスマスの日に解放した。 それで、ラストシーンでもう一度「メリークリスマス ミスター ローレンス」と言ったのだと思う。 でも、この映画は1983年のカンヌ映画祭で作品賞の本命と見られていたものの、結局、作品賞を取ったのは今村昌平監督の「楢山節考」だった。 なんだが、審査員からは「あり得ない話だ」とか酷評されたらしい。
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【ストーリー】 第二次世界大戦下のジャワ山中の日本軍捕虜収容所を舞台に、極限状態におかれた男たちの心の交流を描いた人間ドラマ。 「愛のコリーダ」の大島渚監督が、デヴィッド・ボウイ、ビートたけし、坂本龍一といった異色のキャストで撮り上げた話題作。 1942年、ジャワ。 山岳地帯の谷間レバクセンバタに日本軍の浮虜収容所がある。 まだ夜が明けきらない薄闇の中日本軍軍曹ハラは、将校宿舎に起居する英国軍中佐ロレンスを叩き起こし、閲兵場に引き連れて行く。 広場にはオランダ兵デ・ヨンと朝鮮人軍属カネモトが転がされていた。 カネモトはデ・ヨンの独房に忍び込み彼を犯したのだ。 ハラは独断で処置することを決め、万一の時の証人として流暢に日本語を操るロレンスを立ち合わせたのだった。 そこへ、収容所長ヨノイ大尉が現れ、瞬時にして状況を察した彼はハラに後刻の報告を命じて、軍律会議出席のためバビヤダへ向かった。 【スタッフ】• 監督:大島渚• 脚本:大島渚、ポール・メイヤーズバーグ• 撮影:成島東一郎、杉村博章 【キャスト】• デヴィッド・ボウイ• 坂本龍一• ビートたけし• トム・コンティ• ジャック・トンプソン• 内田裕也 【情報】• 製作:日本、英国、オーストラリア、ニュージーランド• 上映時間:123分• 公開日:1983年5月28日.
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