ひゃく しょく や オーナー。 百色(ひゃくしょく)とは

中村朱美はステーキ丼佰食屋(ひゃくしょくや)社長!すき焼き店や経営方針とは?

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こんにちは。 マダム・アフロよ。 子供を産むことで今まで以上に 切実な問題となるのが 「時間」と「お金」。。 中村朱美・佰食屋(ひゃくしょくや)オーナーのプロフィール!• 中村朱美の夫は建築士!子供の病気は?• 中村朱美の3専門店の場所やメニュー・価格も! 目次• 中村朱美・佰食屋(ひゃくしょくや)オーナーのプロフィール! 中村朱美さんは1984年 京都府亀岡市生まれの34才。 現在は京都府の西京区に家族と くらしておられるみたい。 京都教育大を卒業した中村さんは 幼少中高校の教員免許と 秘書検定一級を持っておられるわ! その後、京都調理師専門学校大和学園で 広報として勤務した経歴も持つ中村さん。 当時の「食の広報」の食歴は 今の仕事に活かされているのかも!? 2010年には26才で結婚。 2012年9月には飲食や不動産事業を行う 「minitts」を設立。 2012年11月29日(いい肉の日)に 一日100食限定の国産牛ステーキ丼専門店 「佰食屋(ひゃくしょくや)」をオープン! その後、2015年3月には 「佰食屋(ひゃくしょくや)すき焼き専科」 2017年3月には 「佰食屋(ひゃくしょくや)寿司専科」も 開業されて、現在は3店舗を運営中! その特色は「ランチ営業のみ」! そして「100食完売次第営業終了」!! そうすることでスタッフの 18時完全退勤&残業ゼロが実現。 その結果、シングルマザーや高齢者、 障がい者の方も、心地よく働いておられるわ。 「深夜食堂」の篠塚忍さんとは対照的だけど どちらもキラキラと輝く素敵なママ・オーナーね!! スポンサーリンク 2. 中村朱美の夫は建築士!子供の病気は? 中村朱美さんの旦那さんは「建築士」。 この旦那さん、料理が趣味ということで 晩御飯に作ってくれた 「ステーキ丼」が めちゃくちゃ美味しかったみたい。 そのあまりの美味さに 朱美さんはそれを 人生の最後に食べたい 「さいごめし(最後飯)」 と呼んでいたそう 笑 結婚当初は普通のサラリーマンだった 旦那さん…定年後は自分のレストランを 持つのが夢だったんだけど、 それなら子供がいないあいだにやってみよう! と朱美さんが誘ったのが 今の 「佰食屋(ひゃくしょくや)」の きっかけだったんだとか。 ダメだったときは 旦那さんはタクシー運転手、 朱美さんは塾の講師でもしよう、と 発射したこの起業… ある意味、めちゃくちゃオトコマエね!! こうして「minnits」が設立されたのが 2012年の9月。 最初は大変なことも色々あったみたいだけれど その辺は「セブンルール」を見るとして、 その後はメディアに取り上げられるなど 順調に発展していった 「佰食屋(ひゃくしょくや)」。 主に旦那さんが運営しているという 不動産事業部である 「minitts home design」。 朱美さんはこちらの運営補助も しているという話だったけれど、 代表者の名前が朱美さんになっていたわ。 家庭の方も、分担は 「得意なことを得意な方がする」という ルールなんだとか。 なので、毎朝・毎夕 朱美さんは息子さんの リハビリもされているのね。 3店舗の「オーナー」でありつつ 家族との時間も確保… 優先順位を大切にした 働き方を模索していくことで 自身もスタッフも快適に働ける 職場環境づくりが整うことになったのね! 「私」がやりたくないことはやらせない。 そんな新しい「社長像」を 見せてくれる中村朱美さん。 これからも活躍して 社会全体の在り方にも 良い影響を与えていってほしいところね! 中村朱美の 「佰食屋(ひゃくしょくや)」などの 場所やメニュー・価格などについては 次のページへ進みます!.

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百色(ひゃくしょく)とは

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テレビ番組に特集された翌日に100人以上集まって周りの住民からも苦情が出てしまった事も整理券制度の導入するきっかけになったと番組内で明かしていました。 配布時間は「佰食屋(ひゃくしょくや)のホームページ」でも確認できます。 女性の起業を支援するために90社を超える民間企業・支援機関等で構成されるサポーター・パートナーとビジネスプラン発表会「LED関西」選抜されたファイナリス(アンバサダー)が一体になって起業を考えている女性や既に起業したけれど相談したい方、ビジネスプラン発表会に応募したい方のサポート、運営しています。 2017年1月24日に開催された「第3回 LED(レッド)関西」に2016ファイナリストとして出場した中村朱美さんは、「「小さな町の定食屋」から「世界中の人に愛されるお店」へ!」でLED関西ファイナリスト過去最多賞受賞。 LEDのファイナリストになった後は、料理を紹介するテレビ番組や雑誌の取材から働き方に注目した取材が増え、店長の意識しかなかった中村朱美さんは、LEDに応募することで成長でき、経営者になれたとインタビューで語っていました。 起業しようと思ったきっかけと「佰食屋(ひゃくしょくや)」のルール「会社は明日の責任を。 みんなは今日の責任を」とは? 「佰食屋(ひゃくしょくや)」のルール「会社は明日の責任を。 みんなは今日の責任を」とは? 周りにパワーを与えてくれるワーママを応援するプロジェクト「パワーママプロジェクト」のインタビューで会社のルールは「会社は明日の責任を。 みんなは今日の責任を」について・・・ 「会社はこれからの集客や広報に責任を持ち、お客様に沢山来ていただく努力をし、みんなを大切にします。 みんなはお客様が限られた時間の中で最大限満足していただけるよう、接客・調理・おもてなしの努力をし、お客様を大切にします。 」 という意味で従業員と私たち経営者の役割を明確に分ける中村朱美さんには「やりたくないことは従業員にやらせない」という信条がありました。 中村朱美さん幼い子供(長女・脳性麻痺で右手右足が少し動きにくい長男)がいるので「夜に働きたくない」から「従業員にも夜に働いてほしくない」や有給休暇も全部消化したい、年末年始は家族と過ごしたいという気持ちがあるために従業員の待遇にも反映させているそうです。 中村朱美が起業しようと思ったきっかけと業務内容は? 料理が趣味の夫・剛之さんが作ってくれるステーキ丼が美味しかった事から中村朱美さんは、私が死ぬ前に最後に食べたい料理という意味で「最後飯 さいごめし 」と命名していたそうです。 当時、定年退職後にレストランをやってみたいという夢を持っていたサラリーマンだった夫・剛之さんを中村朱美さんが「子どものいないうちにやってみよう!」と強引に誘ったのがきっかけで起業することに。 もし、ダメだったら1年でお店を辞めて夫・剛之さんタクシー運転手、私は教員免許があるので塾の講師になると決めた上で起業に挑戦したそうです。 2012年7月末に学校法人大和学園を退職し、2012年9月19日に飲食事業や不動産事業を行う「株式会社minitts」を設立。 現在、2児の母親でもある中村朱美さんは経営業務内容は・・・ 1日100食限定のお店「佰食屋(ひゃくしょくや)(ひゃくしょくや)」を初めとする「すき焼き」と「肉寿司」の飲食店3店舗の経営。 建築士である夫・剛之さんが主に運営している不動産事業部「minitts home design. 」の運営補助をしています。 中村朱美さんの主な個人業務は・・・• 約30人いる従業員の労務管理や財務会計業務• 買い出しや業者折衝• お店の営業以外の雑務全般を担当 など、従業員の中には小さな子どもがいる人もいることから子どもの突然の体調不良で仕事を休む場合の代打出勤役として、全店舗にいつでも勤務できるようにもしているそうです。 cm 体重?? kg スリーサイズ B?? カップサイズ?? facebook. nakamura0731 Twitter ツイッター ブログ Instagram インスタグラム 京都教育大学 教育学部卒業後は、学校法人大和学園に就職して事務職として働き、夫・剛之さんと出会ってから26歳で結婚。 子育てと仕事を両立させたいと考え、2人の子供に恵まれた中村朱美さんは、経営者になれば自分で自分のルールが作れるという考えに至った頃、料理が趣味の夫・剛之さんが作ってくれるステーキ丼を飲食店で働いた経験がゼロながら専門店としてオープン。 当初の「佰食屋(ひゃくしょくや)」は、1日で5人~10人しか客が来ないという日もあった為に泣く泣く食材を廃棄する日々が続きながらも試行錯誤を重ねて現在は、味と価格の安さが話題にあり連日超満員の人気店のオーナーとしてメディアにも取り上げられるようになった。 中村朱美の主な受賞歴• 平成27年度京都市真の「ワーク・ライフ・バランス」推進企業の特別賞• 第4回京都女性起業家賞の京都府知事賞(最優秀賞)• 第3回LED関西ファイナリスト過去最多賞受賞• 第4回京信・地域の起業家大賞最優秀賞• 第6回DBJ女性新ビジネスプランコンテストファイナリスト• 地域未来牽引企業に選定• JVA2018ワークライフバランス推進特別賞• 新・ダイバーシティ経営企業100選• はばたく中小企業・小規模事業者300社 2018• 第32回人間力大賞 農林水産大臣奨励賞.

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【幸せ食堂】ひゃくしょくや(佰食屋)中村朱美の働き方革命とは?残業ゼロのフランチャイズ(ガイヤの夜明け)

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食品ロスほぼゼロ、ひとり親や障害のある方も働くことのできる、1日100食限定の飲食店「佰食(ひゃくしょく)屋」で一躍注目を浴び、2018年末にはした、株式会社minitts代表取締役の中村朱美(あけみ)さん。 新しいコンセプトを考えた背景には何があるのだろう。 新店オープンを控える中村朱美さんを京都市に訪ねた。 京都市内には国産牛ステーキ丼の店をはじめ、すき焼き専門店、肉寿司専門店と、すでに3店舗ある。 なぜ4店舗目を開こうと思ったのだろうか。 しかも、今度の店は、100食の半分の50食だ。 2018年6月18日、大阪府の北部地震、そこから10日後の西日本豪雨。 祇園祭が始まる直前の「書き入れ時」に起こったので、飲食店やサービス業などは、深刻なダメージを受けたのです。 祇園祭にさしかかる頃に雨がやんだら、今度は、酷暑と言われる猛烈に暑い夏。 雨はやんで晴れたのに、今度は暑すぎて食欲もない。 じゃあ、毎日そうめんにしてしまおう、と思うほど。 8月下旬になって暑さが和らいで、やっとこれから今までどおりお客さんが来るやろうと期待していたら、台風が直撃して関西国際空港が浸水してしまいました。 9月も大打撃。 地震と大雨と酷暑より、台風の直撃のほうが影響が大きかったです。 100食売り切れなくて、50食や60食の日が4カ月も続くと、3店舗ありますので毎月200万ずつ程の赤字になります。 キャッシュフローが回らない。 請求書が払えないし、家賃も払えないというぎりぎりのタイミングに台風が直撃し、経営者として最初に考えたことは、家賃の高いところを解約しようと。 京都市内にある佰食屋の肉寿司専門店(佰食屋提供) 中村:はい。 ただ、一人一人の顔を思い出すと、もう本当に涙が出てきて・・・。 69歳でも採用してくれたと喜んでくれた方、ずっとアルバイトだったのに初めて正社員になったから頑張ろうっていう寡黙な方、これまで介護の仕事だった女性。 「ここでずっと働きます!」と言ってくれていたのに、そんな人たちを、災害でキャッシュフローが回らないという理由だけで「明日から来なくていい」なんて、一人一人の顔を見たら、もう涙が出て、私にはできひんって思ったのです。 災害とは言え、この赤字は経営者の責任だと考え、私と夫の2人、役員2人分の給与を1年分、全額、会社に返す決断をしました。 あと店舗の原価率の見直しと仕入れ食材の見直し、という形で、お肉の部位を変え、なんとか持ち直すことができて、10月1日からお客さまがまた来られるようになりまして。 今はもう、あとちょっとで赤字を返済できるところまできました。 もう二度とこんな思いをしたくないと思います。 佰食屋の国産牛ステーキ丼(筆者撮影) 「ない」ではなく「ある」に気づいた 売上を、減らそう 中村さんの視点は、お客さんが来ない、売れない、という「ない」から、災害があってなお、お客さんが50人も60人も来てくれるという「ある」へと変わっていった。 (100食の)半分の50人しかお客さん来はらへんかったと思っていたけれど、大雨や地震があっても、こんな日でも50人は来てくれはったんや!ということに気づきました。 最初から目標が50人だったら、災害が起こっても、何のダメージもなかったかもしれない。 いつもどおりに営業できていたかもしれないということに気づいたのです。 この会社で働き続けたいと言ってくれるみんなが会社にいて、みんなが安心して毎日穏やかな気持ちで仕事ができるためには、仕組みや環境を作るために 売上を減らすんがいいんや と気づいたのです。 集客にもドキドキしないし、50人はすごく無理な数字でもないし。 9月17日。 やめたらあかん、やり方を変えたらいいんや、と気づきました。 お店をつぶすのではなく、スモールサイズにしていこう、と決断しました。 中村:すごかったです。 味わってほしくないですね、誰にも。 最初の1日、2日はそんなにお客様が来られないと思わず100人分用意してしまうので、どうしても余ってしまう部分がありました。 なので、従業員のみんなが家に持って帰って、冷凍して食べていいよ、とか。 お店には冷凍庫がないので。 長期保存ができないので、ラップでまとめて次の日のまかないにしようと。 各店舗で捨てないように気をつけて。 お肉や野菜は次の日、もしくはその次の日に使い切る形で、捨てることはほとんどなかったです。 佰食屋は国産牛を塊で仕入れるので捨てる部分が少ない(歩留まりがいい)(佰食屋提供) 幼少時から家庭での「食べ残さない」厳しいしつけ 「佰食屋」には冷凍庫がない。 卵にヒビが入っても、お客には出さないが、ラップでくるみ、従業員のまかないで食べる。 徹底して「捨てない」。 中村さんのその考え方は、どこに由来しているのだろうか。 中村:その原点の話はあまりしないのですが、今回初めてに書きました。 幼い頃、父親が仕事でいないときは母と姉と3人でお昼ご飯を食べるんですが、スーパーの安売りで買ってきた1個30円のコロッケと白ご飯だけだったんです。 おなかがすいたらお漬物でご飯食べたりとか、片栗粉に砂糖を入れてお湯で溶いたくず湯を自分で作ったりして食べるような幼少時代でした。 外食もほとんど行かせてもらったことはなくて。 父がホテルのレストランでシェフをしていたこともあって、食べ物に関しても、幼い頃から「もったいない」をしつけられていました。 米粒1つ残しても、すごく怒るような父親でした。 食べ物の好き嫌いに関しても怒られていたのです。 中村:幼稚園のとき、トマトが嫌いだったのです。 「食べへん」と言ったとき、父親が大激怒して。 スーパーに行ってトマトだけ買ってきて「おまえの晩ご飯は今日からこれだけじゃ!」と言って大きなトマトを置かれて(笑)。 トマトを食べたとき「意外とおいしいやん」と思ったのです。 そのときからトマトが好きになって。 今もトマトが大好きなんですが、好き嫌いを許さない、出したものは全部食べなさいという教育を徹底的に実家でされてきたので、残すという概念がない。 そんなこと許されへんでしょ?というスタンダードがあったのです。 今でも外食に行っても、つまとかパセリとかを食べない人がいるんですが、全部食べてしまう(笑)。 何も残したくないというのは染みついています。 お店でも「もったいない、それラップしとこうよ」とか、「もったいないから後でまかないで食べといて」と言って、頻繁に口にしていると思うのです。 それは私だけの感覚ではありませんでした。 佰食屋、国産牛ステーキ丼のお店で従業員たちと談笑する中村朱美さん。 カウンターの上には店を訪れた著名人のサイン色紙が並ぶ(筆者撮影) 中村:飲食店で長年働いたことがある従業員から、提供しているご飯の量を減らしてはどうかという提案を受けたことがあるのです。 佰食屋すき焼き専科のすき焼き(佰食屋提供) 中村:当時、佰食屋すき焼き専科ではご飯の量を1人前240gにしていたのですが、お鍋にはお肉のほかに玉ねぎ半玉・焼き豆腐・青ネギ・麩と具沢山のため、食べきれずにご飯を残す方が大勢いらっしゃいました。 洗い場で働いている従業員は、その残ったご飯を毎日沢山捨てなければいけない。 それを捨てることが目も心も痛いから、ご飯を減らしてほしい と言われたんですよ。 食べたい人は「おかわり」というメニューがあるから、みんなちゃんと食べ切れるようにしてあげてくれませんか、と言われて。 厨房で食器を洗う人だからこそ気づけたことだなと思って、次の日から20グラム減らして220グラムでやっています。 導入後、ご飯の捨てる量減りましたか?と聞いたら「ほとんどなくなったのでこれでいいと思います」と。 たった20グラムで違うんですね。 中村:はい。 20グラムでも「食べ切れる」感じが変わるんやなと。 あまり減らしすぎてご飯足りひんというのも申し訳ないな、と。 いろんな年代の方、いろんな性別の方に食べてもらって、おなかのふくれ感をヒアリングしてから決めよう、と。 何歳ぐらいか、覚えていらっしゃいますか? 中村:一番古い記憶だと、3歳か4歳ぐらいから。 中村:食べ物の大切さ。 父親も貧乏で育っていたこともあると思うんですが、「もったいない」と。 私や姉が「めっちゃ、おいしい、これおかわり欲しい」と言ったら自分の分を全部くれるような人だったのです。 その代わり、残したらあかん。 必ず「いただきます」は言うことと、作ってくれた人への感謝の言葉を言いなさいと言われていたので、「ごちそうさまでした、おいしかったよ」までが家族の合言葉だったのです(笑)小さい頃から毎日繰り返されていた、そういった概念が、(私を)食の世界に引っ張ってきた1つかもしれないと思います。 中村:そう思います。 中村:はい。 そんな感じで成り立っているなと思います。 中村:貧乏だったからこそ、家で手作りすることに母親は頑張ってくれて、お菓子も家で手作りしてくれて、頻繁に。 買うよりも安いし、体にもいいし、というので手作りのお菓子は今でも「忙しいやろうけど、これ持って来たよ」と言ってくれます。 すごく器用で。 専業主婦だったので、無添加で安心な食べ物は幼い頃からずっと食べてきました。 添加物が絶対悪ではないですが、飲食店で出す食べ物は家で食べるものと同じ材料で作りたいと思っています。 見切り販売するより廃棄したほうが本部の取り分が大きくなるという仕組みだ。 中村さんは、これについてどう思うだろうか。 中村:あり得ないです。 大量に捨てるなんて本当にもったいない・・・。 食品メーカーにいるときも、スーパーと比べてコンビニは狭い店内で売り上げを上げないといけないから厳しくて。 週に5個売れなかったら定番棚から落とします、みたいな。 中村:すごい。 新製品が出たら社員がさくらで買いに行くメーカーさんもいるし。 中村:大変ですね。 2年前に取材をしたら、廃棄したほうが本部の取り分が大きいと。 中村:そうですよね。 結局、仕入れの金額を本部がもらうからということですね。 損益計算書上はなかったことになっているのです。 プラスマイナスゼロ。 実際にはオーナーさんが払っているから、見切りをすることによって年に400万以上(オーナーさんの実入りは)違うのです。 ということは、1人のサラリーマンの年収分なんですよ。 新店のインテリアは、妻の朱美さんが説明したコンセプトに基づき、夫の剛之さんが全部担当してくれたという(筆者撮影) 「ずっと棚に残ってるほうがよほど機会損失」 ある大手コンビニには「機会損失(機会ロス)」という合言葉がある。 売り上げを上げる機会を失う、ということだ。 欠品は悪。 常に棚になくてはならない。 中村:考えられないです。 そのコンビニの考えは、もう古いと思うのです。 売り切れたら機会損失と言わはると思うんですが、 ずっと棚に補充されているほうが機会損失、と思うんですよ。 「ずっとある」と思うと、人は購買意欲がかき立てられない。 ない日があるからこそ、あったとき買う気になるんですよね。 そういう波を、あえて企業が起こすのは、消費者の知らなかった幸福感を生む、と思っているのです。 中村:常にあったらラッキーと思わないんですけど、昨日はなくて「買いたかったのに」という人は、一週間後にもう一回チャレンジするんです。 あったら、その幸福感は、最初にあった可能性より2倍ぐらい大きい。 「今日は買えた、やったー!」「写真撮ろう!」と。 あるのが当たり前じゃなくて、このものに価値があると思える幸せを企業が提供することも「あり」なんじゃないかなと思います。 ものがないほうがものを大切にするし、ないほうがそのものに対する愛情も湧くし、皆さんが残したりしなくなるのにな、と。 機会損失という考えは間違っているよなといつも思うのです。 中村:そうですよね。 今は忘れかかってはいるけれども。 それがないといけないですよね。 中村:そう思います、本当に。 業績至上主義みたいな「利益を、利益を」という考えを、経営者の人たちが、いま一度立ち返って、何のための利益なのか、なぜずっと追い続けなければいけないのかと考える時機が来たと思います。 このままコンビニが同じようにやっていくと、確実にフランチャイジーがいなくなると思うんですよ。 脱退したい、新たに加入しない。 コンビニの数自体、確保できなくなって自分たちの首を絞めると思うんですよね。 中村:本当に。 消費者も、長い賞味期限のものを後ろから取ることもやめましょうと(笑)私自身は自分が食べるものに関してはあまり賞味期限を気にしいひんので、見切りを買えるものは買い、(棚の)前からちゃんと取るようにしていきましょうと言って実践しています。 食品メーカーの社員ですら知らないので。 中村:私も知らなかったです。 「もったいない」と言ってはいるけれども。 中村:自分の懐が痛まないからですね。 食べ物に関して言えば、メーカーから出たものは産業廃棄物(略して「産廃:さんぱい」と呼ばれる)。 彼らがコストを負担しているけれど、東京都世田谷区では、事業系一般廃棄物の廃棄コスト1キロ57円。 コンビニの方も食品メーカー勤務の方も「え? あれ産廃でしょ?」と。 税金には害を及ぼしていないと思っているので。 企業には好都合なのかなと。 中村:そうですよね。 その仕組みを皆さん知らないのも悪やな、と思いますよね。 知らずに悪に加担しているんですよ。 中村:消費者も働いている人も賢くならないといけないなと思います。 中村:そうですね。 たどりついたのは業績至上主義からの解放』出版の打診は、ほぼ同時期に、大手を含む3社から頂いたそうだ。 中村さんは、大手ではなく、4人で経営する小さな出版社「ライツ社」を選んだ。 ーコンビニで言うと、最大手が世間のいろんな声にたたかれていますけど、中村さんの本(著書)で、出版社3社からアプローチがあったときに、あえて大手を避けようという、選ばなかった理由は? 中村:私が株式会社を立ち上げたときも、飲食店をやろうと思ったときも、自分がハッピーになる選択肢を選ぼう、と決めていたのです。 出版社3社から声が掛かったとき、どなたと一緒に手をつないで歩んでいくのがハッピーになるだろうかということを、真剣に一人で考えました。 周りの誰にも相談せずに。 中村:今回お願いしたライツ社さんが、創業して2~3年の若い企業で。 編集長の方が昔に働いてはった本屋さんの本を、私は知っていたのです。 私が中学生の時に流行った大好きだった本を出版されている会社で勤務されていたそうで。 そこから独立して編集長になられたのがライツ社だったのです。 中村:ライツ社さんが目指されている方向性が、私たちとすごく近かった。 親近感が、いろいろなところであったんです。 売り上げだけ目標にするんじゃなくて、4人の出版社で、自分たちが幸せになるために、世界の人が幸せになるための本を、独自のものを出版していきたいと。 大手みたいにガンガン出版していくのでなくて、年に数冊だけ、ゆっくり大事に出版していきたいんです、と。 大手とはすごく違うと思ったのです。 一緒にやっていくとすると、「ガンガンします」というところやったら使い捨てみたいにされる可能性も。 私は、いつか本出すことが夢だったので。 中村:本が大好きなので。 自分の夢を一緒にかなえてくれる人は、同じぐらいの志やモチベーションがあってほしいと思ったので、フィーリングがマッチしたと思います。 編集長が来られたとき、絶対うちで出してほしい、と。 中村:そうです。 ほぼ同時期。 1カ月の中で3社から連絡があって。 中村:ライツ社さんと、もう1社とお会いしました。 同じ学校の同じ職員室にいはったというので。 中村:ねえ。 そういうことを知ると、ここ(ライツ社)にしてよかったなと納得します。 』(ライツ社)(中村朱美さん提供) 幸せを感じるのは自己決定権があるとき 中村さんは、「働き方のフランチャイズ」を広げていきたいと語る。 多くのフランチャイズは本部が儲かる仕組みだが、中村さんが考えているのは、本部が毎月のフランチャイズ料などを取らない「フランチャイズ」だ。 将来、食べ物に関わる商売の方や働いている方の、どんな社会を夢見られますか? 中村:私は、人が一番幸せを感じるのは自己決定権があるときだと思っているのです。 サラリーマンだったら自己決定権がなくて、文房具を買うにも稟議(りんぎ)書がいるとか、自分だけの判断でできない状況におかれている方がすごく多いと思うのです。 これからの日本や世界は、自分で幸せを切り開いていく時代だと思っているのです。 どこで働くかを自分で選べる幸せを皆さんに実感していただけるような世の中になってほしいなと思います。 これまでのフランチャイズって、サラリーマンよりルールが多い。 もっと自由なフランチャイズがあってもいいよね、と。 お母さん的な思考で、みんなの体の中に根菜類、豆類の栄養素を届けたいこともコンセプトに入っています。 そういうお店を全国に作っていくことで、食べる人の幸せはもちろん、働いている人も家族の幸せの時間ができたらもっといいよねと、全ての人が幸せになる仕組みを頑張って考えているところです。 中村:そうなんです。 ニンジンが根菜類で、ゴボウも根菜で、コマツナは男性の方はあまり選んで食べないと思うのですが、ビタミンCもありますし。 ゆでたらビタミンが流れてしまいますが蒸すと栄養素はとどまってくれるので、蒸したサラダ豆やヒヨコ豆も入っているんです。 中村:そうです、「働き方のフランチャイズ」です。 私たち本部の利益はほぼ考えていないのです。 毎月のフランチャイズ料取るの?とか言われるのですが、取るつもりはなくて、メニューの根幹になるソースや、味がぶれないための材料だけ本部から購入いただくようにしようと思っています。 そんなに短い営業時間で、50食しか売ってはいけないフランチャイズなんてなかったと思うんですよ。 中村:そうですね。 私たちは本社ビルを建てる気もなければ非生産部門を作る気もないのです。 年末年始は5日間休み。 年末年始は休みたい人が多いですので、しっかり休みましょうねと。 本部は本部で直営店を営業していますし、フランチャイズ加盟店から利益を得なくても十分成り立ちます。 中村:そうですね。 私が幸せと思うのは、ここで働いてよかったと私に言ってくれること。 それが一番幸せを感じるのです。 そのために頑張ろうと思って。 お金は後からついてくると思っていますし、今で十分です。 そんなに上を見ず、みんなの顔を見ながら仕事をしていきたいと思います。 新店舗の施工が進む中、インタビューを受けてくれた中村朱美さん(筆者撮影) 取材を終えて 2017年5月に初めて取材させて頂いてからの2年間。 2018年に、こんな大変なご苦労をされているとは知らず、雇用している人たちにやむなく辞めてもらわなくては・・・とおっしゃった部分では、思わず涙が出てしまった。 中村さんの目指す働き方や生き方が、社会で認められてきている。 働く人が幸せでいるために、あえて「売上を減らそう」とする考え方。 売上至上主義ではなく、そこで働く人が幸せになれる働き方。 この考え方が広がり、皆が幸せになれる社会。 想像するだけで笑顔になれる。 なお、中村朱美さんのご著書は、発売日の前日(2019年6月13日)に重版が決定した。 国連持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)が毎年発表している、世界のSDGs達成度ランキング。 2019年6月に発表された結果では、 デンマークでは、企業や行政はどのような取り組みを行っているのだろうか。 筆者が2019年に取材した6つの事例のうち、1つをご紹介したい。 デンマークのジェンダー・ギャップは年々縮まってきている によれば、デンマークのジェンダー・ギャップは年々縮まってきている(2019年1月報告、「OECD Economic Surveys Denmark」p50-51より)。 デンマークでは、グラフの赤線で示すジェンダーギャップは年々縮まってきている(2019年1月報告「OECD Economic Surveys Denmark」p50-51より) 2019年以前のOECDの報告でも、家事などの無償労働への参加時間は、デンマークの男性が最多で、一週間に3時間6分という結果が出ている(最も少ないのが日本の男性で一週間に40分)。 実際、一週間のデンマーク滞在期間中、「成人男性と子ども」という組み合わせを、平日・休日に限らず、多く目にした。 下記の動画は、平日の公園で遊ぶ父親と子どもたちの姿だ。 ボールで遊んでいる父子の他にも、通りすがる人たちに「父と子」が複数見られる。 デンマークでも、出産により昇給や昇進への壁が生じるのは女性 とはいえ、デンマークの女性はすべて万々歳、というわけではない。 前述のOECDレポートによれば、より高いポジションへの昇進や、より高い給与を得る昇給などのチャンスは、男性では子どもの有無に左右されない一方、女性は子どもがいることで昇進・昇給に壁ができることが示されている(2019年1月報告、「OECD Economic Surveys Denmark」p52-53より)。 男性(グラフ右)の場合、子どもがいても(緑)いなくても(青)稼ぐ金額に差はないが、女性(グラフ左)の場合、子どもがいる(緑)ことで高収入を得る上で壁になっている(2019年1月報告、「OECD Economic Surveys Denmark」p52-53より) デンマークでは、管理職のうち女性が占める割合は4分の1強 デンマークでは、管理職のうち、女性の占める割合は、全体の4分の1強に過ぎず、決して高くはない(2019年1月報告、「OECD Economic Surveys Denmark」p52より)。 とはいえ、日本の場合、デンマークの数値の、さらに半分程度と、よりいっそう低いのだが…。 管理職に占める女性の割合。 赤がデンマーク。 日本は左から2番目(2019年1月報告、「OECD Economic Surveys Denmark」p52-53より) デンマーク政府や王室をも動かす女性も登場 日本と共通する格差も見られるようなデンマークだが、デンマーク政府や王室をも動かすパワフルな女性も登場している。 写真中央、受賞するセリーナ・ユール(Selina Juul)(本人提供) 政府や食品企業に掛け合い、賞味期限表示の改善に取り組んだNPOの女性たち そして、セリーナと共に、賞味期限表示による食品ロスを減らすため、動いたのが、という、余剰食品をスマートフォンのアプリを介して低価格で提供するサービスを提供する女性たちだ。 デンマーク・コペンハーゲンにあるToo Good To Goのオフィス兼店舗(写真左、筆者撮影) 「賞味期限」は、品質が切れる日付ではなく、美味しさの目安に過ぎない。 だが、日本と同様、デンマークでも、誤解する消費者が多いという。 そこでToo Good To Goのマーケティング責任者、ニコライン(Nicoline Koch Rasmussen)とターニャ(Tanja Andersen)は、2019年2月、「賞味期限と消費期限の書き方キャンペーン」を実施した。 賞味期限が過ぎて、すぐ捨ててしまう消費者が多いので、その状況を改善しようと試みたのだ。 ニコライン(Nicoline Koch Rasmussen)(右)とターニャ(Tanja Andersen)(左)(筆者撮影) 最初にデンマーク政府(食糧庁)に連絡し、賞味期限表示の横に「多くの場合、賞味期限が過ぎてもおいしく食べることができます」と併記してよいかの確認をとった。 政府に表現のお墨付きをとってから、ユニリーバやカールスバーグ、オーガニックブランドや酪農協会のアーラという団体など、15企業と議論した。 食品のパッケージが新しく切り替わるタイミングで、賞味期限の横に「賞味期限が過ぎても多くの場合おいしく食べられます」という表示を入れることに成功したのだ。 2019年6月、小規模農場のオーガニック牛乳「ティーセ」が、四面ある牛乳パックのうちの一面を使い、 「ティーセ」が始めた賞味期限表示の説明。 「目で見て、鼻でにおいを嗅いで、舌で確認して、つまり五感で確認して大丈夫だったらOK」といった旨が書かれている(Too Good To Go提供) デンマークの成功にみならい、スウェーデンも賞味期限表示を改善 デンマークは、このような賞味期限の意味を消費者が理解し、食品ロスが減るように、行政と企業、NPOが協力して消費者啓発に取り組み始めた。 日本と同様、賞味期限表示は、デンマークでも表記が決められている。 法律の内容を変える、あるいは新たに作るのには年数がかかる。 が、たとえ法律を変えなくても、今、ここからできることはある。 彼女らは、政府や企業に必要性を訴え、彼らの理解を得てそれを実行したのだ。 これは一つの事例に過ぎないが、このことからも、「できるところからできることをやる」姿勢や、デンマークで「ヒュッゲ」と呼ばれる、居心地の良さや満足感のある暮らし方が感じられる。 今回の「賞味期限と消費期限の書き方キャンペーン」をする以前にも、デンマークでは、賞味期限を、ピンポイント表示ではなく、アバウトな時期を示す表示に変えることで、食品ロス削減に貢献したとのことだった。 2016年秋にスウェーデンの大学から来日した女性研究者に話を聞いた。 デンマークの成功事例を受け、スウェーデンでもそのような表示を始めたとのこと。 実際に、2019年、スウェーデンへ取材に行き、話を聞いてきた。 日本企業がSDGs先進国から学べることはとても多い このような、SDGsの先進国の事例は、SDGsへの取り組みを始めたばかりの日本企業にとって、非常に関心が高いようだ。 「海外の先進事例を教えて欲しい」ということで、食品関連企業始め、食品企業と取引している商社や、食品関連の研究機関、食品ロス削減のためのIoTやIcT技術を持つ企業、あるいは行政から委託を受けているシンクタンクなどから、面会でのコンサルティングのご依頼を頂いてきた。 筆者のオフィスまでいらして頂いた企業もあれば、筆者が先方へ出向き、複数の社員の方にお話したケースもある。 企業トップである経営陣への面会や、部署を横断的にまたいでの社内研修を請けた場合もある。 だが、依頼してくださる企業にとって、面会や研修は、日程や参加者の調整などに手間を要するし、コストや時間もかかる。 海外出張するにしても、予算や日数の関係で、かなわない場合もあるし、しょっちゅう行くわけにもいかない。 海外の食品ロス削減事例はメディアから発信されており、インターネット上で入手することはできるが、Google翻訳などの機能を使ったとしても、それなりの労力が必要だ。 そこで今回、で、このような海外事例や国内の取材を通して得た情報や学び、日本企業が参考にできることを、記事としてお届けすることにした。 これであれば、いつでもどこでも情報にアクセスして頂くことが可能になる。 筆者は、農林水産省の日・ASEAN食産業人材育成官民共同プロジェクト寄付講座の講師として、東南アジア10か国の大学にも定期的に出向いている。 今回は北欧の事例だったが、機会があれば、アジアの事例についてもお伝えしたい。 SDGsにこれから取り組む企業・行政や、海外出張などは予算などの関係でできないが、世界各国の先進事例を入手したい企業や行政の方などに、少しでもお役立てできるよう、食品ロスの観点から、SDGsの取り組みについてお伝えしていきたい。 どうぞよろしくお願いいたします。

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