人と同じように誕生し、学校に通い、卒業し、社会に出て働きという経歴を辿り、まさか自分が精神障害者になるなんて、誰も予想していなかったことでしょう。 双極性障害を発症した誰もがそう思うのではないでしょうか。 気がついた頃には、うつ病のような症状が出ており病院にかかったら双極性障害であることがわかったという人もいます。 「精神障害者」というと、少し前までは、精神面が弱い人がなる病気だと認識している人が多く、偏見や差別的な表現が現在よりも多くみられていました。 しかし、現在では、自分が病気であることを受け入れ、周囲の人にもそれを告知した上で社会生活を営む人も少なくありません。 職場や、学校、友人にもそれを伝えることで、働ける環境を配慮してもらったり、再発予防に協力してもらったりと、サポート体制を整えることで社会生活を営むことができる時代になりました。 双極性障害の芸能人 うつ病は、多くの人が知る病気ですが、双極性障害については、まだまだ世間の認知度の低い病気です。 しかし、現在テレビで活躍する芸能人でも、双極性障害を抱えている方もおられます。 バラエティー番組等で活躍している遠野なぎこさんは、双極性障害を抱える一人ですが、個人のブログではそのことを明かし、自分の状態についても綴っています。 その他の有名人・著名人 また、画家のゴッホや夏目漱石もこの双極性障害の疑いがあったようです。 障害を抱えることは生活のしづらさが生じ、大変なことですが、このような著名人や有名人が同じ悩みを抱えていると思うと希望を持つことができるのではないでしょうか。 このような有名人や著名人は、世間の視線を感じ、期待を背負って生きているわけですから、また違う苦労があるのかもしれません。 双極性障害と付き合うことは容易なことではありませんが、前向きに生活していくことで道は開けていくと思います。
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三島由紀夫(みしまゆきお、本名:平岡公威(ひらおかきみたけ)、1925年1月14日 — 1970年11月25日)は、日本の小説家・劇作家・随筆家・評論家・政治活動家・皇国主義者。 戦後の日本文学界を代表する作家の一人であると同時に、ノーベル文学賞候補になるなど、日本語の枠を超え、海外においても広く認められた作家である。 修辞に富んだ絢爛豪華で詩的な文体、古典劇を基調にした人工性・構築性にあふれる唯美的な作風が特徴。 晩年は政治的な傾向を強め、自衛隊に体験入隊し、民兵組織「楯の会」を結成。 1970年11月25日、楯の会隊員4名と共に自衛隊市ヶ谷駐屯地(現・防衛省本省)を訪れ東部方面総監を監禁。 バルコニーでクーデターを促す演説をした後、割腹自殺を遂げた。 この一件は世間に大きな衝撃を与え、新右翼が生まれるなど、国内の政治運動や文学界に大きな影響を及ぼした。 三島由紀夫は対人関係に過敏で、貴族的な選民意識を持ち、妥協を許さぬ完璧主義者であった。 祖母に溺愛され、母との情緒的な繋がりを持ちにくかった三島は、幼い頃にはケガをすると危ないという理由で女の子だけを遊び相手に選ばれている。 文壇デビュー当時の思うように売れない時期から、基底にある自己不確実感を覆い隠すようにボクシングやウェイトリフティングという肉体鍛錬に没頭した。 またそのうるわしい肉体とは対照的に、取り巻きなしでは飲食店に入ることすらできないという過敏性を示している。 その後数々の傑作を生み出し隆盛を極めたものの、40歳にもなると肉体的な老いを感じずにはいられなくなり、痩せ衰えることを極度に恐れた。 やがて国家主義的思想に自らの在り方を重ねていった三島は、劇的な自決により、美を保ったまま自らの人生に幕を下ろした。 太宰治(だざいおさむ、1909年6月19日 — 1948年6月13日)は、日本の小説家。 本名、津島修治。 自殺未遂や薬物中毒を克服し戦前から戦後にかけて多くの作品を発表。 没落した華族の女性を主人公にした『斜陽』はベストセラーとなる。 その作風から坂口安吾、織田作之助、石川淳らとともに新戯作派、無頼派と称された。 主な作品に『走れメロス』『津軽』『お伽草紙』『人間失格』など。 太宰は慢性的な虚無感や疎外感を抱えており、安定している時は自己愛的性格だったが、不安定時は感情統制が困難であったとされ、芥川賞を逃した時の怒りは常軌を逸していたという。 感受性が強く、なおかつ高い知能を持っていた太宰がパビナール依存に陥ったのはごく自然な成り行きだったかもしれない。 また、離人感や自殺念慮も有しており、自殺(心中)未遂を繰り返し、5回目で自殺完遂に至った。 28歳の時には精神科病院である江古田の東京武蔵野病院へ入院している。 シュルレアリスムの代表的な作家として知られる。 ダリは様々な精神障害の特徴を示しているが、その中核にあるのは歪なナルシシズムである。 自らを天才と言って憚らない自己顕示性と、奇矯な振る舞いの背後には、ありのままの自分を認められずに過ごした生い立ちが関係している。 ダリには同じ名前の兄がいたが、2歳でその人生を閉じており、ダリはその兄の写真を見る事を極度に恐れた。 両親の目の奥に、自分ではなく、死んだ息子への不毛な愛情を感じていたからである。 生涯にわたって自己喧伝の衝動に囚われ続けたダリは、『私は自分自身に証明したいのだ。 私は死んだ兄ではない、生きているのは私だ、と』と綴っており、愛情面の傷つきからくる繊細な感性と、誇大的とも言える自信は、創造的な営みの原動力となった。 ヘルベルト・フォン・カラヤン(Herbert von Karajan、1908年4月5日 — 1989年7月16日)は、オーストリアの指揮者。 1955年より1989年までベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の終身指揮者・芸術監督を務め、一時期それと同時にウィーン国立歌劇場の総監督やザルツブルク音楽祭の芸術監督などのクラシック音楽界の主要ポストを独占し、多大な影響力を持つに至った。 カラヤンは世界最高の指揮者として「帝王」の名を欲しいままにしたが、その気性から数多くの問題を引き起こした。 カラヤンはメディアに掲載される自らの写真を全てチェックし、認めたもののみ公表を許すなど、自分が最も理想的な姿で映し出されることを求めた。 1975年に不意打ちで写真を撮られた際にはカメラマンを殴りつけるという事件を起こしている。 またカラヤンは自らが貴族階級出身であることをあらわす「フォン」をつけて名乗ったが、パスポートには「ヘルベルト・カラヤン」とだけ記されていたという。 幾度にも渡るベルリン・フィルハーモニーとの対立に示されるように、カラヤンは少しでも意見を言う者や、従わないものには怒り狂い、徹底的に攻撃した。 世間の持つ「天才」、「帝王」という二枚目な「芸術家としてのカラヤン」と、「人間カラヤン」を同じように評価することはできないと楽員は述べている。
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現代社会においては常に何かしらのストレスと戦わなければいけません。 そうしたストレスは溜め込むことで身体の不調に直結し、命に危険をおよぼすほどになることもあります。 そんな精神疾患の中でも特別厄介といわれているのが「パニック障害」です。 明確な治療方法はなく、完治までに時間がかかる病として徐々に世間に認知されてきました。 しかし、まだまだパニック障害については知らないことばかり。 そこでここではパニック障害の原因や特徴、そして実際にパニック障害を抱えていた 現在もそうである と公表している芸能人・有名人についてご紹介していきたいと思います。 ぜひ最後までご覧になり見知を深めてもらえればと幸いです。 パニック障害の原因には多数の要因が考えられていますが、やはり日本人に多いのは「仕事のストレス」 また、人間関係でのフラストレーションも大きな要因となるようです。 そのほか外的要因としては喫煙や飲酒、カフェインの摂り過ぎなども挙げられています。 ただし近年の研究によってパニック障害を起こす方の多くは心理的要因によるものではなく、脳機能障害として扱われるというパターンもあるようです。 具体的には、『脳内のノルアドレナリン系の核にあたる青斑核におけるGABA系システムの制御機能障害』と呼ばれています。 治療には認知行動療法や薬物療法が推奨されていて、抗うつ薬が有効とされています。 また、専門機関による研究結果としてはやはりカフェインを中止することが良い結果をもたらすことがあるともいわれています。 定型的なパニック障害は、突然生じるパニック発作によって始まる。 本能的な危険を察知する扁桃体が活動しすぎて、必要もないのに戦闘体制に入り、呼吸や心拍数を増やしてしまう。 続いてその発作が再発するのではないかと恐れる「予期不安」と、それに伴う症状の慢性化が生じる。 さらに長期化するにつれて、症状が生じた時に逃れられない場面を回避して、生活範囲を限定する「広場恐怖症」が生じてくる。 パニック障害患者は、日常生活にストレスを溜め込みやすい環境で暮らしていることが多く、発作は、満員電車などの人が混雑している閉鎖的な狭い空間、車道や広場などを歩行中に突然、強いストレスを覚え、動悸、息切れ、めまいなどの自律神経症状と空間認知(空間等の情報を収集する力)による強烈な不安感に襲われる。 症状や度合は、患者によって様々だが軽度と重度の症状がある。 しかし軽・重度患者ともに発作が表れる時に感じる心理的(空間認知など)印象としては、同じような傾向が見られ、漠然とした不安と空間の圧迫感や動悸、呼吸困難等でパニックに陥り、「倒れて死ぬのではないか?」などの恐怖感を覚える人が少なくない。 先に挙げた自律神経症状以外にも手足のしびれやけいれん、吐き気、胸部圧迫のような息苦しさなどがあるが、それ自体が生命身体に危険を及ぼすものではない。 パニック発作の反復とともに、患者は発作が起きた場合にその場から逃れられないと妄想するようになる。 さらに不安が強まると、患者は家にこもりがちになったり、一人で外出できなくなることもある。 このような症状を「広場恐怖(アゴラフォビア)」という。 広場恐怖の進展とともに、患者の生活の障害は強まり、社会的役割を果たせなくなっていく。 そして、この社会的機能障害やそれに伴う周囲との葛藤が、患者のストレスとなり、症状の慢性化を推進する。 岡村隆さんは一時期「めちゃイケ」などの人気冠番組すべてから姿を消した時期があります。 その原因が精神疾患であり、症状からパニック障害ともいわれています。 本人から明確にパニック障害だったとは語られていませんが、メンタルによる休養ということは語られていますので併発型とされています。 ラジオに復帰したときに岡村さんは発症からの症状として、 「お金が足りなくなるという恐怖」 「仕事をしなくてはいけない…という圧迫感」 といった強迫性疾患の症状も見られ、逆に仕事に支障をきたすようになったと話しました。 実際にはお金がないというのは妄想であり、ストレスがそういう考えを生み出したと推測されます その様子を見ていた矢部さんが岡村さんに「休んでくれ」と頼み、岡村さんはそれでも休もうとしなかったため強制的に休止状態にしたと語っています。 入院中は「風呂に入らなくてもいい」「食事をしなくてもいい」という、思考停止状態にもなっていたと語っていますが、2ヶ月ほどの休養で現場に復帰することができました。
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