ピーター ビアード。 20世紀を代表する写真家 ピーター・ビアードが死去

イマン・アブドゥルマジド

ピーター ビアード

『ジャンクジャーナル(Junk journal)とは』 ジャンクジャーナル(Junk journal)という手帳を知っていますか? おもにアメリカ・カナダ・オーストラリアを中心に広まった『手作りの手帳』を指すようです。 この手作りの手帳が、とても アーティステックで面白いスタイルなんです。 古紙や印刷紙、ラッピングペーパーなどあらゆる紙を用いてつくる。 手帳本文には様々な紙がミックスして綴じてあり、表紙も手作り。 統一感というよりは、ミックス感の面白さ・味わい深さ重視。 コラージュ・スケッチブック・スクラップブック・手帳をミックスした要素をもつ。 手帳本体を作るところから、様々な素材で飾ったり書きこんだりして手帳を使うところまでを含めて、「ジャンクジャーナルを作る」こと。 ・・・といったことが、ジャンクジャーナルに当てはまるようです。 紙って、新しくても古くても、シワやシミがあっても破けていても、 それぞれに面白い んですよね。 古本に挟まっているレシートや、梱包材として使われたくしゃくしゃの新聞紙、黄ばんだ辞書の紙、絵ハガキが色あせたもの、映画パンフレットの硬い印刷面など・・・ フランス田舎町の蚤の市で買い付けました。 フランスアンティーク ペーパー5です。 流れるように美しい筆記体の文字やバードのエンボス、 破れや染み、くすみも、過ごしてきた時を感じられる素敵なペーパー。 はっきりとは分かりませんが、おそらく、何かの契約書と思われます。 ちょっとここで、ジャンクジャーナルを紹介した動画を見てみましょう。 コラージュやシールなどを貼りこんで、かなり楽しそうな手帳ですよね。 とにかく紙をまとめて綴じるだけでも、とても楽しそうなので、 私もいつか ジャンクジャーナル(Junk journal)を 作ってみたいなあと思います・。 使うモチーフだけ切り抜いて、手帳にワンポイントで貼ったり 色々楽しめそうです。

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ギャラリー ときの忘れもの ピーター・ビアード Peter BEARD

ピーター ビアード

サバンナと社交界のパーティー・アニマルとしてその名をとどろかせた伝説のカメラマン。 常にゴシップと恋愛が絶えない、プレイボーイの名を体現したような人物だ。 故デヴィッド・ボウイの妻イマン・アブドゥルマジドが1976年にファッション誌『ヴォーグ』で表紙デビューする前から、その魅力をいち早く見抜いた人物でもある。 ビアードの主な作品は、彼が撮影した写真に私的なメモや新聞や雑誌の切り抜きを貼り、その上にスケッチやドローイングを重ねて一冊の英国レッツ社製日記帳にまとめたダイアリー形式だったからである。 個人の日記が文芸作品ではなく、アートとして他者の鑑賞の対象になる、これが当時のアート界に衝撃を与えたわけである。 しかも、ビアードの写真は被写体も撮影場所も見る者の想像をはるかに超えていた。 撮影場所は1961年に移住したビアード第二の故郷、東アフリカのケニア。 被写体はそこに生き、死んでゆく人間や動物の野生の姿である。 ことに1965年に出版した『ジ・エンド・オブ・ザ・ゲーム』(日本では1993年刊行)は、1964年から'65年にかけてツァヴォ国立公園で乱獲された何千ものアフリカ象の屍の写真を核心に据え、資料写真や白人入植者たちの歴史文献をアッサンブラージュし、環境変化により死にゆくアフリカを記録したもので、フォトグラフィーとして、アーティスティックなドキュメントとして最高の評価を受けるのである。 「エコロジー」などという言葉が人の口にのぼる、はるか以前のことである。 その後、ケニアとエチオピアにまたがるルドルフ湖での、人とクロコダイルの壮絶な共生の姿を記録したフォトコラージュ・ブック『夜明けの瞼』(1973年)を著すと、ビアードは生活の拠点をニューヨーク州の東端、ロングアイランド島のモントークに移す。 そこで待っていたのは、めくるめくような、セレブ生活である。 '70年代のニューヨークの社交界は新しい血を求めていた。 それまでは東海岸の新旧富豪たちを中心に、有力政治家や、ハリウッドの俳優や歌手といった面子が集う閉鎖社会だったが、人権意識の高まりや、カウンターカルチャーの登場で、社交界も話題の作家やジャーナリスト、アーティストなどを受け入れることで活性化を図っていたのだろう。 そこに鉄道とタバコで財をなした立志伝中のファミリー出身で話題のアーティストが遠い東アフリカから帰ってきた。 ビアードは一躍'70年代ニューヨークの社交場「スタジオ54」のメインテーブルの主あるじになったのである。 ビアードは彼の作品の熱烈な礼らい賛さん者であったアンディ・ウォーホールやルーマン・カポーティ、ミック・ジャガーやジャッキー・オナシスとすぐに意気投合。 彼らのポートレートや、ストーンズのツアーの撮影をし、『ヴォーグ』誌ではファッションシューティングまで手がけるようになる。 画家フランシス・ベーコンとはお互いのポートレートを描きあう仲になるほどだ。 ハンサムな顔にスレンダーな体軀。 サファリジャケット姿の彼は「優雅で野蛮なダンディ」として若き日のトミー・ヒルフィガーやマイケル・コースらデザイナーたちにも影響を与える。 まさにファッションアイコンだ。 しかし、何不自由なく育ったという生い立ちのせいか。 青年時代を過ごしたアフリカのおおらかさのせいか。 彼には金銭感覚というものがまるっきり欠けていた。 そして当時のニューヨークにありがちな、ドラッグと女性関係の乱れがそれを増幅する。 その間も彼の作品の評価はうなぎのぼりで、日本を含む世界の美術館やギャラリーで展示、コレクションもされ、『Diary』(1993年)、『50Years of Portraits』(1999年)と重要な著作も次々に刊行されるが、作品を気軽に他人にあげてしまう癖のせいで、本人の手もとに残る作品は多くなく、モントークの家は未払いの請求書だらけになっていたという、影の目撃者まで現れる始末。 現在は散逸するコレクションを妻のネジーマが再収集しているという。 それでも自らの仕事、作品を「アート」だとは決して呼ばないビアードの頑固さは、ダンディズムの残光だろうか.

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ビアード(びあーど)とは

ピーター ビアード

『ジャンクジャーナル(Junk journal)とは』 ジャンクジャーナル(Junk journal)という手帳を知っていますか? おもにアメリカ・カナダ・オーストラリアを中心に広まった『手作りの手帳』を指すようです。 この手作りの手帳が、とても アーティステックで面白いスタイルなんです。 古紙や印刷紙、ラッピングペーパーなどあらゆる紙を用いてつくる。 手帳本文には様々な紙がミックスして綴じてあり、表紙も手作り。 統一感というよりは、ミックス感の面白さ・味わい深さ重視。 コラージュ・スケッチブック・スクラップブック・手帳をミックスした要素をもつ。 手帳本体を作るところから、様々な素材で飾ったり書きこんだりして手帳を使うところまでを含めて、「ジャンクジャーナルを作る」こと。 ・・・といったことが、ジャンクジャーナルに当てはまるようです。 紙って、新しくても古くても、シワやシミがあっても破けていても、 それぞれに面白い んですよね。 古本に挟まっているレシートや、梱包材として使われたくしゃくしゃの新聞紙、黄ばんだ辞書の紙、絵ハガキが色あせたもの、映画パンフレットの硬い印刷面など・・・ フランス田舎町の蚤の市で買い付けました。 フランスアンティーク ペーパー5です。 流れるように美しい筆記体の文字やバードのエンボス、 破れや染み、くすみも、過ごしてきた時を感じられる素敵なペーパー。 はっきりとは分かりませんが、おそらく、何かの契約書と思われます。 ちょっとここで、ジャンクジャーナルを紹介した動画を見てみましょう。 コラージュやシールなどを貼りこんで、かなり楽しそうな手帳ですよね。 とにかく紙をまとめて綴じるだけでも、とても楽しそうなので、 私もいつか ジャンクジャーナル(Junk journal)を 作ってみたいなあと思います・。 使うモチーフだけ切り抜いて、手帳にワンポイントで貼ったり 色々楽しめそうです。

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