モデルで女優の冨永愛(37)が3日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」(月~金曜正午)に出演。 MCを務める黒柳徹子(86)の直球質問に驚く場面があった。 オープニングでスタジオに登場した冨永が笑顔でポーズをとると、黒柳が「実は中学生のお子さんがいるシングルマザー。 一見クールビューティーな冨永さんですけど、今日はいろんなことを聞いてみたいと思います」と紹介した。 現在、モデルだけでなく女優としても活躍中の冨永。 1メートル79の長身に抜群のスタイルに、黒柳も「それにしても、おみ足が長い」とほれぼれ。 スタイルを褒めている中で、黒柳が突然「体重はどのぐらいか、うかがっていいですか」と質問。 冨永は「体重ですか?今は56、ちょっとですね。 体重聞かれたのは初めてですけど…」と少し驚いた様子も、笑顔で答えていた。 トップモデルとして活躍し続ける上でのプロのこだわりも告白。 「食事やトレーニングとか日々の積み重ねが大事。 ダイエットしているわけではないが、太らないようにとか、トレーニングをして筋肉をつけて、どういう体形にしたいかとか考えています」と語った。 ドレスって基本的には日本人の(体形の)ためにはできていないんですね。 お尻は、トレーニングをしていい形に維持することはできるので、サラッとした平面的な服を着ててもお尻が出ていると綺麗に見えるんです」と語った。
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冨永愛さんといえば、スーパーモデルとしてパリコレに出演! タレントとしてもバラエティでも引っ張りだこですが、 長渕剛さんとの不倫が噂されました。 週刊誌報道によると、深夜に都内にある長渕剛さんの豪邸に訪れていたとか 逆に冨永愛さんが小学生の一人息子さんとクラス一戸建てに長渕剛さんが深夜に訪れていたとか・・・。 スーパースターの長渕剛さんですが、 モテ男としても有名です! 60才近くなってもモテモテなんでしょうか? だとしたら、マジですごいです! 思わず週刊誌も読んでみました(笑)。 冨永愛さんも、バツイチのシングルマザーですが、 二股交際の相手になったり、有名政治家?との噂も。 また、2012年に出版した『『冨永愛という生き方』』 2014年に出版した『Ai 愛なんて大っ嫌い』では 壮絶な過去を告白しました。 そして、中学生で175センチを超える身長だったために 受けたイジメがまたえげつない! ・あだなが「宇宙人」 ・「死ね」と書かれた紙が机の中にはいっていた ・イスに敷いてある防災頭巾の中に画びょうが刺さっていたり、上履きの中に画びょうが入っていた さらに、 中学時代に手首を切る自殺未遂も! 3姉妹のお父さんが全員違うって、ちょっと想像できないですが、 思春期の女の子にとっては相当なショックだったと思います。 家にもほとんどいなかったという奔放でネグレクト気味のお母さんに対しては 甘えたいという気持ちと憎しみとが混在していたようです。 スーパーモデルとなった富永愛さんですが、 子供の頃は 身長が高いことがコンプレックスだったんですね。 高身長のためにウケたイジメは 男子と遊ぶことで克服したそうです! 冨永愛と長渕剛の週刊誌報道って? 2015年3月12日号の「週刊文春」によると 深夜に長渕剛さんの自宅と富永愛さんが息子さんと暮らす自宅とを それぞれの 愛車で行ったり来たりしていると報じました。 2014年に出版した『Ai 愛なんて大っ嫌い』の プロデューサーをした長渕剛さんとは 弟子と師匠という関係と言われていたけれど それ以上の関係にあるのではないかという情報に基づいての取材のようでした。 ただ、読んでみる深夜にお互いの自宅を行き来しているのは確かのようですが 記者を自宅に招き入れ説明した 長渕剛さんは不倫関係を完全否定。 彼女を女として対象には見ていない。 見れないですね と語っていました。 まぁ、不倫になってしまうわけですから、 男女関係を認める人はいないでしょうが(笑)。 冨永愛の一人息子と長渕剛の関係 長渕剛さんによると、2人が知り合ったのは 長渕家恒例の2011年暮れの餅つき大会に奥さんの志穂美悦子さんの友達 熊谷真実さんが冨永愛さんを連れてきた時だったそうです。 2011年のことで、冨永愛さんがスーパーモデルとしてだけでなく バラエティに出演したり多忙を極めて病気になっり 難しい年頃を迎えた小学生の息子さんの子育てなど色々なことに悩んでいる時期だったそうです。 そこから冨永愛さんのお母さんや一人息子さんとも 深い関係を築いていくようになったと。 そのことに関しては、 長渕家で家族会議も開き 「 みんなで富永愛さんと息子さんを支え合いながら生きよう」 と決めたんだそうです。 で、息子くんを空手道場に通わせたり 富永さんにも息子くん第一の生活をするよう お説教したりしていたみたいです。 家族会議までしたのは 富永愛さんの息子くんが 「 僕は生まれてこなきゃよかった」と言ったことが心に刺さったそうです。 小学生でそんなことを言うなんて 息子さんも、色々悩みがあったのかもしれません。 男同士の付き合いだから、信じられる大人になれるから頑張ろう と励ましたという長渕剛さん。 事実ならやっぱり 熱い男ですね! 冨永愛が土下座させられた元夫とは 富永愛さんの 元旦那さんは、2004年に結婚した元パティシエ。 2005年3月に長男を出産するも、 2009年に離婚しています。 その旦那さんがとても嫉妬深い人だったようで パーティでバニーガールの格好をした富永愛さんに大激怒! ひと目もはばからず土下座を強要されたのが、 離婚の原因ではないかと報じられました。 冨永愛と過去の彼!更に噂になったあの人って? 2012年には俳優の 塩谷瞬さんに 二股恋愛をかけられていたことが発覚し 当時、テレビで連日報道され 涙の謝罪をした塩谷瞬さんを初めて知った人も多かったはず(笑)。 でも、実は富永愛さんは、塩谷瞬さんと交際する前に 俳優を廃業し 参議院議員で新党ひとりひとりの党首(2015年現在)となった山本太郎さんとも 真剣交際していたそうなんです。 (ムムム) 富永愛さんは、山本太郎氏と上手くいかなくなっていた時期で その塩谷瞬さんと交際するようになったとのこと。 息子さんに男親が必要と考えたりしたようで 色々あったんですね、冨永愛さん。 <まとめると> 華やかなに見えるスーパーモデルとして活躍するようになるまでには 色々な過去があったということですね。 冨永愛さんの、恋愛関係については 書いてるうちに頭の中がゴチャゴチャしてきちゃいました。 2011年暮れの、長渕家恒例の餅つき大会に 色々な人間模様というのだけは分かりました。 長渕剛さんの言う 「 その頃仕事や事務所、子育てで色々悩みを抱えていた富永愛さん」 の相談相手になっていたという、その相談内容には もしかしたら、 山本太郎さんとのこともあったのかもしれません。 ただ、奥さんである志穂美悦子さんが入院中で留守のときや 小学生の息子さんも一緒の深夜の自宅の訪問というのは 誤解を生むことになると思いましたが。 冨永愛さんの息子さんとの男同士の約束もあることですし きっと、恋愛や不倫云々てことではないように思いました。 てか、そうでないと、みんな傷つきますものね。
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モデルでタレントのが初の自伝『Ai 愛なんて大っ嫌い』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を出版した。 冨永といえば、2012年に俳優のと料理研究家のとの三角関係が大きく報じられたが、その後もサバサバとしたキャラが受け、バラエティにも進出。 おしゃれでカッコよく、素敵な元スーパーモデルとして、またバツイチのシングルマザーとして活躍中のタレントだ。 そんな冨永は、さぞかしモテモテで、楽しい人生を歩んできたと思いきや、しかし全く様相が違うのだ。 許さない」 冒頭からこんな物騒な言葉が並ぶ冨永の幼少期はとてつもなく貧しかった。 母はとを繰り返し、3人姉妹の父親は全員違う。 また姉妹には関係のない男性が、常に入れ替わり同居するような生活だったという。 そして母親はネグレクト気味でもあった。 「母は、ほとんど家にいなかった。 どこでどういう仕事をしていたのか知らない。 (略)たまに帰ってくるときには、酔っぱらっていた」 小学校4年生のとき、学校でいじめられると言っても関心を示さない母。 「お母さん、 呼びかけても、呼びかけても、あなたは答えてくれない」 そんな母を憎みながらも、母に従うしか生きる術のない幼い冨永。 そして孤独感を深めていく。 「心はどんどん閉じこもってしまって、"本当のわたし"は、誰にも見せない、誰にも知らせられない、と思うようになった」 冨永へのイジメは小学校から、モデル活動を開始した高校時代になっても続いたという。 「学校は毎日、地獄のようだった」 不良には毎日のように肩口を小突かれ、なじられた。 にらんでんじゃねぇよ! この巨人女が!」 「モデルよりかプロレス行ったほうが有名になれるよって!! 冨永!」 小さい頃から背の高かった冨永は、その高身長もイジメのネタにされていた。 身長がこれ以上伸びないようにと、14歳のからタバコを吸った。 モデルとしては圧倒的に有利なこの特長は、しかし冨永のコンプレックスになったのだ。 「ここからいなくなれば、幸せな世界に行けるのかもしれない。 いじめもなく、やさしいお母さんとお父さんのいる世界に」 母に甘えたい。 本当の友人も欲しい。 それなのに誰も分かってくれない。 そんな感情が高ぶったある日、中学生だった冨永は自殺未遂を図ったという。 「わたしは包丁を持ったまま風呂場に入り、空の風呂桶の中で身体を折り畳んだ。 右手につかんだ包丁の刃を顔の前に立てて、しげしげとよく見た」 「左の手首に刃を押し当てた。 やろう。 右手に力を込めた」 しかし死ぬことへの恐怖に、冨永は自殺を思い止まる。 「裸でバスタブの中で膝を抱え込み、わんわん泣いた」 そして冨永はこのとき決意したという。 「みんな、みんな、ぶっ殺してやる!」と。 こうして冨永の人生が赤裸々に語られるのだが、しかしさらに衝撃的な記述が存在する。 「痛い! 痛い! 頸椎と足首に冷たい鉄枷をはめられて、その先には重たい鎖がぶら下がっている。 赤錆びて壊れたベッドの上で、わたしは身動きがとれない。 怖い! 怖い!」 「真っ裸の男二人が、ほくそ笑みながら。 わたしを万力で締め上げる。 皮膚が破れ、筋繊維が破裂し、骨が音を立てて砕ける」 直接的な表現こそないが、まるでレイプすら連想させる記述なのだ。 直後、「ハッと目が覚めた」とあり一見夢のようにも取れるが、しかしその後も「ぶるぶる震えが止まらない。 恐怖で震えが止まらない。 (略)わたしは喉が張り裂けそうなほどの叫び声をあげた。 涙があふれて止まらなかった。 失禁していた。 」と続き、単に怖い夢を見ただけとは思えないほどのリアルな恐怖を冨永が感じていることがわかる。 本書では現実とも夢とも明記されておらず、やはり、少なくともこれに近い体験があったのではないか、と思えるのだ。 「殺してやる。 絶対ぶっ殺してやる」 冨永は自分を見下した人間、そして母親への"復讐"と"怒り"。 そして貧しさから逃れたいとの一念から、15歳でモデルとなり、その後トップモデルへと駆け上がったという。 だがトップモデルとなった冨永は、その後いくつかの恋をして息子を授かる。 そして13年、過労のため入院した冨永は、毎晩息子と一緒に病室で寝るなど穏やかな時に人生を振り返り、こう思うのだ。 「わたしをなじったやつらのことや復讐心など、いつのまにか消えてしまっていることに気づいた」 「憎しみに明け暮れていた十代後半。 自分自身をのろい、自己を否定し、自身を愛してこなかったこれまでの生き方。 そして母への憎悪。 それらすべてが浄化されていくのを感じた」 なんとも壮絶な冨永の人生。 いまやモデルという枠を越えその生き方も女子たちから支持される存在となっている冨永だが、17歳にして世界デビューを果たした当時から十代とは思えないスケール感があり、すでにある種の凄みすら感じさせた。 カリスマという言葉すら安く思えるほどのあの存在感は、壮絶な人生と覚悟ゆえのものだったのかもしれない。 (林グンマ) あわせて読みたい•
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