スペイン 風邪 は どうやって 終息。 日本はパンデミックをいかに乗り越えたか~100年前のパンデミック・スペイン風邪の教訓(古谷経衡)

スペイン風邪後の状況とコロナ後を比較して分かった勝利の方程式

スペイン 風邪 は どうやって 終息

正確な情報は政府のホームページ等で確認してください。 こんにちは。 noteを毎日更新している です! 突然ですが、みなさんは100年前に大流行した「スペイン風邪」をご存知ですか? コロナウイルスと似ている点が多くあり、過去の教訓から学べることがたくさんあるとされています。 そこで、今回はスペイン風邪の紹介と、今後のコロナウイルスの考察を行います。 世界人口の4分の1に相当する5億人が感染したとされ、死者数は1億人に達した可能性も指摘されている。 参照: 約100年前、今と同じようなパンデミックが起こっていたんです。 日本では、当時の人口5500万人に対し約2380万人が感染したとされています。 この事象を詳しく知ることで、コロナウイルスの未来が見えてくるかもしれません。 しかし、スペイン風邪の場合は違った。 スペイン風邪による死者の99%が65歳未満であり、半数が20歳から40歳の間であった。 要因の一つとして、1889年に流行した「ロシアかぜ」によって高齢者が免疫を獲得していたことが挙げられている。 当時生まれていなかった若年成人は、初めてウイルスにさらされ致死率が上昇したのではないかと。 後に、スペイン風邪の原因はインフルエンザウイルスだということがわかっており、若年成人の致死率が高い点はコロナウイルスと共通しているとは言えないでしょう。 その後、1918年秋に世界中で大流行。 また、翌年の春から秋にかけて再び世界で流行した。 2回目の流行では、1回目の流行と比べて10倍の致死率となった。 この原因は、正確には分かっていない。 そして、スペイン風邪にかかり生き残った人々が免疫を獲得したため、終息した。 当時、特効薬やワクチンが開発できず、免疫が打ち勝つまで耐え凌ぐしかなかったんですね。 また、インフルエンザのようにワクチンが出来れば、仮に流行したとしても緊急事態宣言を出す程ではなくなるでしょう。 他に終息する方法ってありますか?もしお考えがある方はコメントで教えていただけると嬉しいです! もし、終息する要因が本当にこの2つならめちゃめちゃ時間かかりますよね。 そこまで感染するのに、スペイン風のように3年ほどかかるでしょう。 また、ワクチンを接種できるようになるまで、開発・臨床試験など多くの関門を突破する必要があります。 現在、世界では急速にワクチン開発が進められていますが、もしワクチンが完成して誰が最初に接種すると思いますか? もちろん、医療従事者です。 つまり、ワクチンが完成し、接種が一般市民まで普及するまで早くても1年はかかるでしょう。 実際、でも、ワクチン摂取の順番を抽選制としています。 今後、1年から3年の長期的な感覚でコロナウイルスと戦っていくことになると僕は考えています。 そしたら今できることは何か? それは、医療体制の崩壊を防ぐことです。 つまり、『感染者を無くす』ことではなく『感染拡大を抑えること』です。 なぜなら、 ワクチンが完成するまで時間稼ぎをしなくてはならないから。 緊急事態宣言が発令されてから2週間経っても感染者は増える一方です。 つまり、ヨーロッパのようにロックダウンしないと感染者を減らす事はできません。 しかし、日本はロックダウン出来ません。 それならば、最低限の経済を回しながら感染者が増えていくことを受け入れるしかありません。 2021年のオリンピックすら怪しいのではないかと。 ただ、現在の危機的状況・これからのイメージが少しでも伝わっていれば嬉しいです。 来年就職をする僕にとって、これからの未来は不安しかありません。 ただ、少しでも早く日常を取り戻すためにも、今できることをやるしかありません。 みんなで『STAY HOME』しましょう! 今回、こちらの記事をとても参考にしました。

次の

エボラ対策 スペイン風邪はどうやって終息したの?

スペイン 風邪 は どうやって 終息

それはキャリアがいるからです。 弱毒だとなおさらですよね。 感染しても発病せず、そのウィルスを持ち続ける人や動物がいるのです。 それがじっと体内に潜んでいて変異を繰り返し、感染力が回復するのを待っているのです。 たとえば『スペイン風邪 弱毒』をキーにして検索して見て下さい。 ゾロゾロ出て来ます。 一例を下記に挙げておきます。 強毒性というのは極めて致死率が高く、100%に近いのです。 エボラ出血熱や鳥インフルエンザは罹かった個体が殆ど死んでしまいますよね。 このようなものを強毒性と称します。 スペイン風邪は結構生き残っているのです。 それが逆に感染を広げる結果になるのです。 エボラ出血熱が局地的な流行で治まっているのはキャリアが殆ど死んでしまうからだと推定されます。 そのうちに耐性を持ったキャリアが現われるとえらいことになりますね。 参考URL: ご回答ありがとうございます。 「強毒性」の定義についてURLを見させていただき、よくわかりました。 スペイン風邪のレベルでは「強毒性」などという表現は使わないのですね。 たいへん勉強になりました。 ただ、最初の疑問のスペイン風邪は1918年から数年で数千万人を殺したのに、そのあとは静かになっている理由はやはりよくわかりません。 ぼくに想像できるのは次のようなことですが、 ・スペイン風邪は香港型と力はそう変わらないが、戦争のストレスにより多くの死者を出した。 戦争が終われば普通のインフルエンザにすぎない。 ・感染力が強すぎたために、感染可能なほとんどの人に感染してしまい、免疫をつけさせてしまった。 香港風邪はそこまで感染力が強くないので、ほどほどに未感染の人を残すので後の年での再度の流行が可能。 じっさいのところどうなのでしょうか? 所謂「強毒型」インフルエンザウイルスはヒトインフルエンザには存在しませんし、HA蛋白開裂部位アミノ酸配列が難開裂型であるためスペイン風邪は弱毒型であると考えられます。 質問者様のおっしゃるとおり病原性の強さをうかがわせるいくつかの事例はありますが、現在流行しているH1N1よりも病原性が強い程度の話だと思います。 実際のところは研究中で分からないのですが、病原性についてはウイルスの復元は可能ですが、「ヒト」で感染実験をすることは不可能なので確実なことは今後も不明でしょう。 で、何故スペイン風邪が消えてしまったのかも分かりません。 1つの可能性として、流行の後多くの人にスペイン風邪の免疫ができたため大きな流行がなくなり、被害報告がなくなった。 また、ウイルス分離技術の確立がなされていなかったため、発見されなかった。 そのため一時的に歴史から消えたように見られたのかもしれません。 実際にH1亜型のウイルスは現在もヒトの間で存続していますから消えたとはいえないでしょう。 それよりもH2が消えたことのほうが不思議です。 >流行が長続きするには強毒性は不利になるのでしょうか? 不利になります。 毒性が強いと、感染者の他の人にウイルスをうつす機会が減ります。 調子が悪くて寝ていれば、他の人にうつすこともないわけです。 なので、感染拡大の機会は発症前のごく短い時間のみとなって、流行拡大には不利です。 逆に有利なのは、発症することはないがウイルスは感染し、排泄するというものです。 が、発症しなければ流行とはいえないでしょうから、ごく弱い症状したでず、「ちょっと調子悪いけどこのくらいで会社は休めない」と思うくらいの方がベスト(?)かと思います。

次の

スペイン風邪後の状況とコロナ後を比較して分かった勝利の方程式

スペイン 風邪 は どうやって 終息

人類の歴史上における 最大規模のパンデミックを引き起こすことになった スペイン風邪の 世界的な大流行においては、 1918 年 3 月から 1919 年 9 月という 1 年半ほどの期間にわたって ヨーロッパとアジアを中心とする 世界各地で ウイルスが猛威を振るい続け、 当時の世界人口の 4 分の 1にあたるおよそ 5 億人の感染者と 5000 万人の死者を出したと推定されていますが、 逆に言えば、 こうした スペイン風邪の病原体となった 変異型のインフルエンザウイルスは、 世界の隅々にまで 感染を拡大していって 人々の命をかつてないほどに多く奪っていくほどに 強力なウイルスだったのにもかかわらず、 なぜそのまま 永続的に世界中の人々を苦しめ続けることなく、 わずか 1 年半 という期間で姿を消して終息してしまうことになったのでしょうか? スポンサーリンク 弱毒性のウイルスへの変異と通常の季節性のインフルエンザへの融合 そうすると、まず、 スペイン風邪の 世界的な流行は、 大きく分けて、 1918 年の春にはじまる 第一波、 1918 年の秋にはじまる 第二派、 1919 年の春にはじまる 第三派という 三つの流行の波に分かれていく形で 感染拡大が進行していったと考えられることになるのですが、 このうち、 最初の流行となった 第一波の感染拡大の時期における スペイン風邪の致死率は それほど高くなかったと考えられていて、 スペイン風邪による 死者の多くは、ウイルスが 強毒株へと変異した後の 第二波と 第三波の感染拡大の時期に発生することになったと考えられています。 そして、このように、 スペイン風邪と呼ばれる 同じ感染症の原因となったウイルスが 数か月から半年という 比較的短期間のうちに弱毒株から 強毒株へと変異してしまうということは、 それとは逆に、 こうしたまだ 人間の社会の内に定着しきっていない 新型のウイルスにおいては、 比較的短期間のうちに、強毒株から 弱毒株への変異も 容易に起こり得るとも考えられることになります。 そして、 ウイルスの側にとっては、 宿主となる人間のことを死へと至らしめてしまうような 強毒性のウイルスは、本来、その ウイルスの種族の存続という面においては 必ずしも有利ではなく、 むしろ、 宿主となる人間が死に至ることがない程度に できるだけ長く感染状態を持続させていき、その間に、 次の感染相手へと乗り移っていくことができる 弱毒性のウイルスの方が 人間の社会の内に定着して 長く存続しやすいと考えられることになるのですが、 そういった意味では、 こうした 強毒性のスペイン風邪のウイルスは、 当初は、 人間の側が免疫を持っていないという ウイルスにとって非常に有利な条件があったために、 強力な感染力と致死率によって猛威を振るうことになったものの、 感染の拡大と共に、 人間の側にも徐々に 免疫を持った人々が増えていくことによって、当初の 圧倒的な優位性は 次第に減少していくことになり、 その後、 新たに変異していくことになったと考えられる 弱毒性のウイルスや、そうした弱毒性のウイルスと 互いに混じり合っていくことになった 通常の季節性のインフルエンザウイルスなどによって 感染の場を奪われていくことで 急速にその勢力を弱めていくことになっていったと考えられることになるのです。 スポンサーリンク 治癒者の増加による社会全体におけるウイルスに対する免疫力の向上 また、そもそも、 スペイン風邪の 世界的な流行においては、確かに、 数多くの死者が発生してしまうことになったものの、それと同時に、 それ以上に多くの治癒者も生み出されることになったと考えられることになります。 そして、 こうして 短期間の内に生み出されることになった スペイン風邪に対して 免疫を持つ数多くの治癒者は、その後の スペイン風邪の流行の期間においては、同じ病気への 再感染のリスクが 非常に低くなっていたと考えられ、 このようにして新たに生み出されることになった スペイン風邪の治癒者たちが、 人間の社会の内で、言わば、 感染拡大を防ぐ防波堤のような役割を果たしていくことによって、 その後の スペイン風邪の流行の広がりが 徐々に抑えられていくことになっていったとも考えられることになるのです。 人類の側の防疫対策による社会活動の停滞 そして、さらに、もう一つの要因としては、 こうした スペイン風邪の原因となった 変異型のインフルエンザウイルスは、 世界の人々の 社会生活を大きく歪めてしまうほどに 強力なウイルスであったがゆえに、 かえって 人間社会の内に長くとどまり続けることができなかったという見方もできると考えられることになります。 スペイン風邪のように 感染力も致死率も高い強力な 新型ウイルスが 世界的に流行してしまうことになると、 人類の側は自分たちの 社会を守るために、必然的に、それぞれの 国家や地域における 防疫対策と医療体制の強化へと乗り出していくことになります。 例えば、 1918 年の時点における 日本国内での スペイン風邪の流行においては、 本土への 海上輸送などを厳しく制限したことなどが一因となって国内における 感染拡大と致死率が 比較的低く抑えられていたという記録も残されていますが、 こうした 防疫対策などを通じて 人間の社会における 社会活動が停滞していくことにより、ウイルスが次第に 効率的に感染を拡大する場を失っていくことによって、 スペイン風邪の流行は 徐々に終息へと向かっていくことになっていったとも考えられることになるのです。 ・・・ 次回記事: 前回記事: 「」のカテゴリーへ カテゴリー• 844• 641• 118• 184• 550• 152• 204• 333• 278• 593• 338• 153• 143• 310• 240• 125•

次の