アリストテレスが理想とする国家の形は、国民が相互に理解しあい、共同して共通の目的に向かって邁進できるようなものであった。 またそれは自給自足のための条件を備え、他国からの侵略に十分立ち向かえる能力をそなえたものであった。 したがって国家は、大きすぎてもならず、小さすぎてもならない。 面積からすれば、山の頂上から国全体を測量できるほどの大きさであり、人口もまたそれに応じた適正な規模のものであることが理想とされた。 この考え方は要するに、アリストテレス以前におけるギリシャの都市国家のあり方を理想化しているのだとうけとれるのである。 アリストテレスはあのアレクサンドロス大帝の家庭教師として、いくばくかは大帝の気質に通じていたとも思われるのであるが、大帝が夢見た世界帝国のイメージとは全く無縁であったようだ。 アリストテレスが「政治学」を書いたときには、アレクサンドロスはすでに死んでいたが、彼の遺産である世界帝国は、ギリシャの伝統的な都市国家を過去のものとしていた。 それにもかかわらず、アリストテレスは伝統的な都市国家というものを、理想的な政治のあり方として信奉し続けていたのである。 国家と人民の関係について、アリストテレスはプラトンとは異なった考えをもっていた。 プラトンの理想国では、国家があまりにも強調される結果、個人というものにはいささかの自立性も残されず、家族も意味を失う。 アリストテレスはそれを、人間の本性に反すると批判するのである。 プラトンのいうように、婦人も子どもも共有ということになれば、息子たちは決して父親たちを尊重するようにはならず、また愛情というものを水臭いものにしてしまうに違いない。 人間の社会というものは、なによりも家族の情愛を基礎として、その上に成り立っているのであるから、家族を無意味にするような制度は人倫に反している。 これがアリストテレスの基本的な思想であったようだ。 このようにアリストテレスは、家族を基本にして政治のあり方を考えていく。 家族の単位である家が集まって村落が形成され、村落が集まって国が形成される。 したがって政治学は家族からはじめなければならない。 国家は発生的には、家族より後のものであるが、本性上は家族に優先するものである。 なぜなら人間の社会が十分に発達したものが国家であり、国家は全体として部分に優先するからである。 だが国家の存在理由はあくまでも、家族や個人が善を実現していく上で、理想的な条件を整えることのうちにある。 国家そのものが自己目的ではないのだ。 アリストテレスが国家の統治形態を論ずる部分は、彼の政治思想のハイライトをなすものである。 彼は統治形態を、一人による統治、少数者による統治、多数による統治にわけ、それぞれについて、良い統治と悪い統治とを論じている。 まず良い統治には、君主政治、貴族政治、立憲政治の三つの形態がある。 それに対して悪い統治には、僭主制、少数政治、民主性の三つがある。 それぞれ良い統治が堕落した形態とすることができる。 アリストテレスは本音では、君主政治は貴族政治よりも優れ、貴族政治は立憲政治よりも優れていると考えていたようだ。 だがそれは君主や少数者に優れた人物がいるという条件のもとでの話である。 実際としては君主は腐敗して僭主となり、貴族は自分の利害を優先するあまり大衆を搾取して、堕落した少数者による政治に陥る。 民主政治の特徴は、貧窮者の手に権力が握られ、彼らが富裕者の利害を無視するところにあるが、同じく悪い政治のなかでは、少数政治や僭主政治よりも悪の度合いが少ない。 こうしてアリストテレスは、実際の政治の経験の中から、民主政治を条件付で擁護する姿勢をもとっている。 アリストテレスがもっとも憎んでいたものは僭主政治であったようだ。 僭主が君主と異なるところは、一言で言えば、君主が名誉を欲するのに対して、僭主は冨を求める点だ。 君主は国民全体を衛兵とし外国に立ち向かうが、僭主は傭兵を蓄えて自分の利害のために武力を行使する。 その対象は国民であったりもするのだ。 また僭主はその大多数が煽動政治家であって、国民の支持を得て君主となりながら、一旦君主となるや、国民の利害を無視するものだ。 権力の交代を、アリストテレスは革命という概念で論じている。 革命は僭主政治を対象にしてもっとも起こりやすく、民主政治においては起こりにくい。 民主政治が腐敗して衆愚政治に陥ったとき、扇動者が現れて僭主となる場合があるが、それも長くは続かないというのが歴史の教えるところである。 このようにアリストテレスの政治を論じる視点は、一方ではギリシャの都市国家の歴史を踏まえ、他方では優れた政治家の資質をにらんで理想的統治をも論じるものとなっている。 彼がプラトンと異なる点は、現実を理想に従属させなかったところである。 アルストテレスの統治形態論は、その後のヨーロッパ人の政治思想にとって、知的枠組みの一つとして大いな影響を持ち続けたのである。 関連リンク: >•
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ギリシャの財政危機がイタリアに飛び火し、 いよいよEUが、きな臭くなってきた。 しかし、EU崩壊については、 この書籍『理想国家日本の条件』の中で、 総裁が次のように述べられている。 「今後おそらく、不況を通り越した大きな恐慌も来るだろうと思います。 その震源地は2つあって、イトツはヨーロッパです。 いま、統合に向かっているEUは、大きな破局を迎えるはずです。 (中略) どのような形を作っても、これはやがて崩壊します。 国が集まれば強くなると思って、問題のある国どうしが 欲得で集まっているのですが、 強い国が集まれば強くなりますけど、 ガタガタの国どうしが集まって強くなることは絶対にありません。 (中略) そして、もうひとつの震源地はアメリカです。 このアメリカにももっと大きな経済的後退が訪れます。 」 もちろん、この書籍が発行された1994年の時点での時事状況が 多少あるが、 最終章『新世界建設』でも、アメリカ合衆国の没落とヨーロッパの没落が、 予言されている。 この言葉を今読むと、現在のことを予言されていたのかと 思われて仕方が無いほどだ。 発刊から20年近く経ったこの書籍を改めて読みなおしてみると、 現在の世界の姿をあまりに的確に示していて、恐ろしいぐらいである。 第一回 東京ドームでのご生誕祭における、 エル・カンターレ宣言を収録した『信仰の勝利』を第一章に、 東京ドーム初のエル・カンターレ祭におけるご講演 『新世界建設』でしめくくられるこの書籍は、 前書きにあるように、 「宗教、哲学、政治、経済、法律、国際問題、仮定問題、医学、文明論、 マスコミ論、未来学としての予言など興南なテーマに言及しつつ、 高次元的視点から、国家レベルのユートピア論に取り組んだ」書籍として、 幅広く、そして、味わい深い書籍である。 幸福の科学を知る一冊として、 まだ読んだことのない方には、 ぜひ読んでいただきたい書籍である。 始めての東京ドームでの「エル・カンターレ宣言」ということであるが、「魂の本体」等と言っている。 「人間」でありながら、「神」であり、「仏」であると宣言し、「悟って」もいないのに、「ブッダ」・「悟った者」・「目覚めた者」・「覚者」と詐称している。 このものが、「エル・カンターレ」の「魂の本体」であったとしても、「本体」である以上、「体」に過ぎない。 「体主霊従」を宣言しているからには、「エル・カンターレ」と名乗っていることは、許されざる「人類未曾有の大悪・大罪」を犯している者である。 このままであるならば、この者は、死した後、一次元・二次元・三次元・四次元・五次元・六次元・七次元・八次元・九次元のどこにも居場所はないであろう。 「人間」における限界である「九次元」までに居場所がないのであるから、これまでの「人類における最大の犯罪者」の堕ちた、「無間地獄」や「コキュートス」といった「地獄・最深・最奧部」にも居場所はないということである。 「本霊」でもないのに、「エル・カンターレ」を詐称したこの者は、このままであるならば、この「物質界」での「肉体」を去った後、「霊界」にさえ、居場所なく、「地獄・魔界の者」、「修羅」、「餓鬼」、「畜生」、「人間」、「天」、「神々」、「菩薩」、「如来」にさえ捉えられず、姿・形を見せようとしても見えず、言葉を話しても聞こえず、働きかけても受けてもらえずという状態、「仏陀」・「仏」の真逆の状態にまで陥るであろう。 「天眼」・「天耳」・「他心」のいかなる通力にても捉えられず、「霊言」・「霊示」・「霊描」等のいかなる「霊界通信」をも不可能となるであろう。 一刻も早い、悔い改めを要するであろう。
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アリストテレスが理想とする国家の形は、国民が相互に理解しあい、共同して共通の目的に向かって邁進できるようなものであった。 またそれは自給自足のための条件を備え、他国からの侵略に十分立ち向かえる能力をそなえたものであった。 したがって国家は、大きすぎてもならず、小さすぎてもならない。 面積からすれば、山の頂上から国全体を測量できるほどの大きさであり、人口もまたそれに応じた適正な規模のものであることが理想とされた。 この考え方は要するに、アリストテレス以前におけるギリシャの都市国家のあり方を理想化しているのだとうけとれるのである。 アリストテレスはあのアレクサンドロス大帝の家庭教師として、いくばくかは大帝の気質に通じていたとも思われるのであるが、大帝が夢見た世界帝国のイメージとは全く無縁であったようだ。 アリストテレスが「政治学」を書いたときには、アレクサンドロスはすでに死んでいたが、彼の遺産である世界帝国は、ギリシャの伝統的な都市国家を過去のものとしていた。 それにもかかわらず、アリストテレスは伝統的な都市国家というものを、理想的な政治のあり方として信奉し続けていたのである。 国家と人民の関係について、アリストテレスはプラトンとは異なった考えをもっていた。 プラトンの理想国では、国家があまりにも強調される結果、個人というものにはいささかの自立性も残されず、家族も意味を失う。 アリストテレスはそれを、人間の本性に反すると批判するのである。 プラトンのいうように、婦人も子どもも共有ということになれば、息子たちは決して父親たちを尊重するようにはならず、また愛情というものを水臭いものにしてしまうに違いない。 人間の社会というものは、なによりも家族の情愛を基礎として、その上に成り立っているのであるから、家族を無意味にするような制度は人倫に反している。 これがアリストテレスの基本的な思想であったようだ。 このようにアリストテレスは、家族を基本にして政治のあり方を考えていく。 家族の単位である家が集まって村落が形成され、村落が集まって国が形成される。 したがって政治学は家族からはじめなければならない。 国家は発生的には、家族より後のものであるが、本性上は家族に優先するものである。 なぜなら人間の社会が十分に発達したものが国家であり、国家は全体として部分に優先するからである。 だが国家の存在理由はあくまでも、家族や個人が善を実現していく上で、理想的な条件を整えることのうちにある。 国家そのものが自己目的ではないのだ。 アリストテレスが国家の統治形態を論ずる部分は、彼の政治思想のハイライトをなすものである。 彼は統治形態を、一人による統治、少数者による統治、多数による統治にわけ、それぞれについて、良い統治と悪い統治とを論じている。 まず良い統治には、君主政治、貴族政治、立憲政治の三つの形態がある。 それに対して悪い統治には、僭主制、少数政治、民主性の三つがある。 それぞれ良い統治が堕落した形態とすることができる。 アリストテレスは本音では、君主政治は貴族政治よりも優れ、貴族政治は立憲政治よりも優れていると考えていたようだ。 だがそれは君主や少数者に優れた人物がいるという条件のもとでの話である。 実際としては君主は腐敗して僭主となり、貴族は自分の利害を優先するあまり大衆を搾取して、堕落した少数者による政治に陥る。 民主政治の特徴は、貧窮者の手に権力が握られ、彼らが富裕者の利害を無視するところにあるが、同じく悪い政治のなかでは、少数政治や僭主政治よりも悪の度合いが少ない。 こうしてアリストテレスは、実際の政治の経験の中から、民主政治を条件付で擁護する姿勢をもとっている。 アリストテレスがもっとも憎んでいたものは僭主政治であったようだ。 僭主が君主と異なるところは、一言で言えば、君主が名誉を欲するのに対して、僭主は冨を求める点だ。 君主は国民全体を衛兵とし外国に立ち向かうが、僭主は傭兵を蓄えて自分の利害のために武力を行使する。 その対象は国民であったりもするのだ。 また僭主はその大多数が煽動政治家であって、国民の支持を得て君主となりながら、一旦君主となるや、国民の利害を無視するものだ。 権力の交代を、アリストテレスは革命という概念で論じている。 革命は僭主政治を対象にしてもっとも起こりやすく、民主政治においては起こりにくい。 民主政治が腐敗して衆愚政治に陥ったとき、扇動者が現れて僭主となる場合があるが、それも長くは続かないというのが歴史の教えるところである。 このようにアリストテレスの政治を論じる視点は、一方ではギリシャの都市国家の歴史を踏まえ、他方では優れた政治家の資質をにらんで理想的統治をも論じるものとなっている。 彼がプラトンと異なる点は、現実を理想に従属させなかったところである。 アルストテレスの統治形態論は、その後のヨーロッパ人の政治思想にとって、知的枠組みの一つとして大いな影響を持ち続けたのである。 関連リンク: >•
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