「ジャイアニズム」という言葉。 実は、ドラえもんの登場人物、ジャイアン、剛田武の思想をジョーク的に捉えた俗語なんだそうです。 「お前のものは俺のもの、俺のものは俺のもの」 のび太やスネオから漫画やオモチャを取り上げて、よく言ってますよね。 このように、強者が発言を許される超利己主義の思想の事をジャイアン的理論「ジャイアニズム」と言うそうです。 怖いですね、恐ろしいですね。 震えあがりますよね。 笑 ジャイアン=剛田武はドラえもんの主要登場人物の一人。 のび太の友達で、スネ夫やしずかちゃんと共に無くてはならない存在です。 乱暴な性格で、同級生を殴り、漫画やオモチャを奪うなど他の同級生に比べて体格が大きく、ガキ大将です。 最近は減ってきましたが、昔はいましたよねジャイアンのような男の子。 今回は、そんなジャイアンについて現在の声優や名前の由来、名言や体重について紹介したいと思います。 ジャイアンの現在の声優は誰? ドラえもんは、2005年に25周年を迎えた事を機に前シリーズからリニューアルされています。 その際、声優陣の総入れ替えがありました。 ジャイアンの声優さんもその時に変わっています。 現在のジャイアンの声優さんは木村昴さん。 なんと、ジャイアンの役が決まった時、木村昴さんは14歳で中学生だったそうです。 このドラえもん新声優は、オーディションで決定しているので木村さんは、14歳にしてそれだけ実力があったと、言う事ですね。 しかも木村昴さん、かなりのイケメンで歌もうまいそうです。 元オペラ歌手のドイツ人の父と元声楽家の日本人の母を持つハーフで7歳までドイツで育っていて、ドイツ語も堪能だそうです。 ドラえもんの「きこりの泉」という話で嘘をつくと何ももらえないけど正直に答えると上位品がもらえるという秘密道具を使用した際に誤ってジャイアンが泉に落ちてしまいます。 そして綺麗なジャイアンになって戻ってくるんですが木村昴さんは、そちらの綺麗なジャイアンに似ている感じです。 ジャイアンの名前の由来は? 剛田武(ごうだたけし) あだ名:ジャイアン あだ名の、ジャイアンは体が大きく、乱暴なキャラクターという事からジャイアント(巨人・巨体)に、ちなんでジャイアンというあだ名が決まったそうです。 そのあと、このあだ名に合わせて本名の剛田武という名前を付けたと言われています。 ジャイ子の兄ちゃん、ジャイ子のアンちゃんで「ジャイアン」という説は小学館が否定しているようです。 どうやらジャイ子にも公開されていませんが一応本名があるようです。 ジャイアンの身長・体重などのプロフィールは? のび太の同級生にしては、体の大きいジャイアン。 さて、彼の身長、体重はどのくらいなんでしょうか? 身長:157cm 体重:70kg 10歳にしては、やはりだいぶ大きいですね。 ちなみにこの身長と体重は、芸能人で言うとハリセンボンの近藤春奈さんや森三中の黒沢かずこさんあたりの体系に近い感じです。 最初にも書いたように、ジャイアンは暴力的でいじめる側のタイプですが義理固く、涙もろい一面も持っていて映画では特に、のび太のピンチを救ったりもしてくれますよね。 将来の夢は歌手になる事というジャイアン。 本人に自覚はありませんが、破壊的な強度の音痴っぷりで時々開催される、ジャイアンのリサイタルには強制的に友達を参加させています。 のび太やスネオも、いじめられても結局ずっと友達ですし本当は頼りになる、兄貴的存在なのかもしれませんね。 ジャイアンの名言について さすがジャイアンという名言と暴言を集めてみました。 ではまずジャイアンの恐ろしい暴言から「お前のものは俺のもの、俺のものは俺のもの」 「いつ返さなかった!?永久に借りておくだけだぞ」 「さからうものは死刑!アハハいい気持ちだ」 「うるせえ。 勝ったものの勝だ」 「エラーなんかしたやつは、殺してやるから」 「ギタギタのメロメロのボロボロにしてやる」 「誰でもいいからいじめてやる!」 「ちょっとこい。 むしゃくしゃしてたとこだ。 一発殴らせろ」 ここまではっきりと暴力的で独占主義だと逆にすっきりしますね。 続きまして、ジャイアンの感動名言です。 「心の友よ!」 「友達に助けを求められて、知らん顔していられるか!!」 「俺は歩く!のび太といっしょにな!!」 男気と人情に溢れる名言を短く、的確に発言しています。 常日頃から、そう思っていないとこんなにはっきり言えないんじゃないでしょうか。 映画の時なんかは特に、ジャイアンは本当は、いいやつなんですよ。 最後に 「お前のものは俺のもの、俺のものは俺のもの」 とにかくジャイアンと言えばこの発言ですが実はこれには、秘話があります。 「のび太のハチャメチャ入学式」というお話でドジっ子のび太が無くしたランドセルをジャイアンが一緒に探してくれます。 ランドセルを発見してくれたジャイアンにのび太が「ジャイアンありがとう!」それに対するジャイアンの発言が 「当たり前だろう!お前のものは俺のもの、俺のものは俺のもの!」 なくしたものを一緒に探してくれた時に言葉でもあるんですね。 同じ言葉でも、使い方ひとつでこんなにも違った印象になるとは、いやきっとジャイアンが言うから成立するのかもしれませんね。
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木村が初めて、コーラに心を奪われたのは、小学6年生の時。 木村 地元のスーパーに輸入品の珍しいコーラが置いてあったんです。 『コーラっていろんなデザインがあるんだな』と思って、その後、気にして見るようになったんですよ。 すると、スーパーのオリジナルのコーラとか、世の中にはコーラと名の付く商品がたくさんあることを知ってなんとなく興味が湧いて、買い集めるようになりました。 コーラの瓶や缶は小学生のお小遣いでも簡単にコレクションできるんですよね。 そのうちに、一番有名なのがコカ・コーラで、季節や世界的な大イベントに合わせて限定のデザイン缶が発売されることを知って、王道であるコカ・コーラを攻めたくなって、新作が出たら買うようになりました。 で、それらを部屋に並べ始めたら、これが、めちゃくちゃカッコいいんですよ。 もともと赤色が好きだったから、部屋がどんどん赤で埋め尽くされていくことにすごくシビレまして(笑)。 収集を始めて17年、集めた総数は、缶800、瓶400の計1200点あまり。 旅先で見つけたものや、骨董店で手に入れたもの、ファンから贈られたものなどコレクションは、時代も生産地もさまざま。 だが1つ1つ違うことに意味があると木村は言う。 木村 同じコカ・コーラの瓶でも、短い期間しか販売されなかったレアな形があったり、缶にしても、国によって使っている塗料が違うので、赤の色が微妙に違ったり、大きなイベントがあった時にはコラボしたデザインが出たり、一つひとつにドラマがあるんです。 そんな木村の一番のお気に入りは、メキシコ湾で水揚げされた瓶。 木村 今、みなさんが目にしているコカ・コーラの瓶の形は1923年に特許を取得しているんです。 その1923年の刻印が入っている瓶が、数年前に、メキシコ湾の定置網漁船の網に引っかかって水揚げされて、巡り巡って、今、僕の自宅にあるんです。 もう、ロマンの塊ですよ! 100年近く海の中に眠っていた瓶が、なんで沈んじゃったのかも気になるけど、奇跡的に地上に上がって、それがメキシコ湾から東京湾近くの僕の自宅に来たんですから! 海底に長く沈んでいたので、石灰化して貝みたいになっちゃってるんですけど、それがまたロマンを感じさせるじゃないですか! 見ているだけで、100年近く前の息吹を感じますし、当時の人を身近に感じることもできる。 時代を越えて、自分の家にあるということにロマンを感じるんです。 コカ・コーラ愛が爆発するにつれ、歴史にも興味が湧いて、 「高校時代にはコカ・コーラの歴史をめちゃくちゃ勉強した」という木村。 そんな木村にとって、コカ・コーラは、 「タイムカプセルであり、タイムマシン」なのだと瞳を輝かす。 木村 コカ・コーラには約130年以上の人々の生活に根ざし、愛されてきたという歴史があります。 それだけに、第二次世界大戦の時の戦いの痕が残っている瓶とか、爆撃の熱に少し溶けた瓶とか、歴史を生き延びてきたものが残っていたりもするんです。 もはや歴史的資料ですよね。 そういうのを見ると、欲しいなって気持ちより、コーラってスゴイってリスペクトの気持ちが生まれてきて、タイムマシンに乗って過去に旅行したような気持ちになれるんです。 200以上の国や地域で販売されていて、現地の一般の人々が気軽に手を出せる価格設定になっているので、電気の通っていないような地域でも飲めたりするんです。 富士山の山頂にも自動販売機がありますし。 そのメジャーさもカッコいいし、憧れるんです。
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2005年、弱冠14歳にして、人気アニメ『ドラえもん』(テレビ朝日系)のジャイアン/剛田武役の声優に抜擢され、近年は、音楽原作キャラクターラッププロジェクト『ヒプノシスマイク』の中心人物の声優を務めるなど、活躍の幅を広げている木村昴。 30歳の誕生日である6月29日には、初のフォトブック『SUBA ROOTS』をリリース。 同誌の中でも、ひときわ目を引くのが「コカ・コーラ」への熱い思いを写したシーンだ。 歳を重ねると、とかく過去を振り返りがちになるけど、もちろん、原点に立ち返るのが大事な時もあるけど、30代は、それよりももっと前向きに、これから何ができるのかってことに頭を使いたいなって。 だから節目となる30歳に、これが最初で最後の機会だと思って、メモリアルブックという形で、一度、自分の過去をすべて語りつくしておこうかと。 僕を形作ってきたすべてのルーツをさらけ出して、ヌード写真はないけれど、フルヌードのような内容の一冊になってます!」 30歳の誕生日である6月29日にリリースした自身初のフォトブック『SUBA ROOTS』をこう説明した木村昴。 愛する家族、師匠、盟友、祖国ドイツをはじめとする自身が過ごしてきた思い溢れる場所など、自らのルーツを余すことなく納めた同誌において、その柱の一つになっているのが、木村が17年間にわたり収集したコカ・コーラコレクションの数々。 自作の棚に、世界各国、年代も様々なコーラの缶や瓶が美しく並べられた通称「コーラの部屋」の写真からは、木村のコカ・コーラに対する熱い思いと、意外な素顔が伝わってくる。 「一面真っ赤でしょう(笑)。 この部屋にいると、すごく気分が高揚するし、やる気がみなぎるんです。 イマジネーションも湧くから、曲や詞を書くのもこの部屋。 「地元のスーパーに輸入品の珍しいコーラが置いてあったんです。 『コーラっていろんなデザインがあるんだな』と思って、その後、気にして見るようになったんですよ。 すると、スーパーのオリジナルのコーラとか、世の中にはコーラと名の付く商品がたくさんあることを知ってなんとなく興味が湧いて、買い集めるようになりました。 コーラの瓶や缶は小学生のお小遣いでも簡単にコレクションできるんですよね。 そのうちに、一番有名なのがコカ・コーラで、季節や世界的な大イベントに合わせて限定のデザイン缶が発売されることを知って、王道であるコカ・コーラを攻めたくなって、新作が出たら買うようになりました。 で、それらを部屋に並べ始めたら、これが、めちゃくちゃカッコいいんですよ。 もともと赤色が好きだったから、部屋がどんどん赤で埋め尽くされていくことにすごくシビレまして(笑)」 収集を始めて17年、集めた総数は、缶800、瓶400の計1200点あまり。 旅先で見つけたものや、骨董店で手に入れたもの、ファンから贈られたものなどコレクションは、時代も生産地もさまざま。 だが1つ1つ違うことに意味があると木村は言う。 「同じコカ・コーラの瓶でも、短い期間しか販売されなかったレアな形があったり、缶にしても、国によって使っている塗料が違うので、赤の色が微妙に違ったり、大きなイベントがあった時にはコラボしたデザインが出たり、一つひとつにドラマがあるんです」 そんな木村の一番のお気に入りは、メキシコ湾で水揚げされた瓶。 「今、みなさんが目にしているコカ・コーラの瓶の形は1923年に特許を取得しているんです。 その1923年の刻印が入っている瓶が、数年前に、メキシコ湾の定置網漁船の網に引っかかって水揚げされて、巡り巡って、今、僕の自宅にあるんです。 もう、ロマンの塊ですよ! 100年近く海の中に眠っていた瓶が、なんで沈んじゃったのかも気になるけど、奇跡的に地上に上がって、それがメキシコ湾から東京湾近くの僕の自宅に来たんですから! 海底に長く沈んでいたので、石灰化して貝みたいになっちゃってるんですけど、それがまたロマンを感じさせるじゃないですか! 見ているだけで、100年近く前の息吹を感じますし、当時の人を身近に感じることもできる。 時代を越えて、自分の家にあるということにロマンを感じるんです」 コカ・コーラ愛が爆発するにつれ、歴史にも興味が湧いて、「高校時代にはコカ・コーラの歴史をめちゃくちゃ勉強した」という木村。 そんな木村にとって、コカ・コーラは、「タイムカプセルであり、タイムマシン」なのだと瞳を輝かす。 「コカ・コーラには約130年以上の人々の生活に根ざし、愛されてきたという歴史があります。 それだけに、第二次世界大戦の時の戦いの痕が残っている瓶とか、爆撃の熱に少し溶けた瓶とか、歴史を生き延びてきたものが残っていたりもするんです。 もはや歴史的資料ですよね。 そういうのを見ると、欲しいなって気持ちより、コーラってスゴイってリスペクトの気持ちが生まれてきて、タイムマシンに乗って過去に旅行したような気持ちになれるんです。 200以上の国や地域で販売されていて、現地の一般の人々が気軽に手を出せる価格設定になっているので、電気の通っていないような地域でも飲めたりするんです。 富士山の山頂にも自動販売機がありますし。 きっかけは、コカ・コーラ発祥の地であるアメリカ・アトランタのミュージアムを訪れたことだった。 「コカ・コーラの歴史に惚れこんでいる僕にとって、そのすべてが見られるアトランタのミュージアムでコーラを飲むというのが目標だったんですけど、昨年、アニメコンペティションに呼んでいただいて、アトランタに行くことができたんです! イヤー、たまげました! 仕事の合間に1日だけお休みをいただいて、そこへ行ったんです。 歴史に触れられるだけでも幸せだったけど、併設されているグッズショップがデパートみたいにすごくて、こんなもんまであるんだって、度肝抜かれるとともに、コレクター魂に火がついちゃって(笑)。 ミュージアムで、例えばコーラが初めて発売されたときに販売促進用に作られたグッズなどにも、瓶や缶と同じように、一つひとつに歴史とドラマがあることを知って、「熱いな」って思って。 レアなグッズを集めるようになったんです。 ただ、アトランタでは僕、実は、何も買って帰ってこなかったんです。 あれだけ楽しみにしていたのに(笑)。 それには理由があって、ボトルひとつとっても、アトランタ限定のものが40種類もあるんです。 全部持って帰るのは無理だから、10本くらいにしておくかって考えたんですけど、40本中30本は持ってないって思うとかえって悔しいじゃないですか。 だったら、全部買うか、1本も買わないかのどっちかだろうと。 憧れの場所に行けた興奮で胸がいっぱいになったこともあるけど、不思議な境地に陥りまして『建物の中のグッズ全部買います!』っていうくらいもっと有名に、もっとリッチになって、また戻ってきますわ!って(笑)」 そんなコレクター・木村昴の最終目標を聞いてみると、「世界中のコカ・コーラは俺んちにある! ですね。 夢はでっかいほうがいいですからね」と、ジャイアンのように壮大な夢を語り豪快に笑う一方で、コレクター歴17年で培った真摯な心境も語ってくれた。 「自宅には、先人から受け継いだコレクションもたくさんありますし、コレクターとしては、資料としてコレクションを次世代に残す使命があると思っています。 だから僕が死んだ後も、引き継いでもらえるようにしたいなって、そんな境地にも達してまいりました。 同時に、人に見てもらうのはやっぱりコレクターの喜びのひとつなので、僕が60歳くらいになったら、日本のどこかにコカ・コーラミュージアムを作れたらなと思っています」 もう1つ、音楽原作キャラクターラッププロジェクト『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-』をはじめ、ラップやヒップホップでミュージックシーンにおいても活躍中の木村が掲げている大きな夢が「コカ・コーラのCMソングを歌うこと!」。 「僕はコカ・コーラのどこが好きかとか、コレクションについて聞かれたら何時間でも話せるし、コーラ好きとして、これからももっと高いところに行きたい。 そして、『コーラと言えば木村昴』って言われるくらいになりたい。 そんな僕の存在が、ジワジワと、コカ・コーラボトラーズジャパンの人の耳に届いて、いつの日か、『あいつマジでコカ・コーラ好きらしいから歌ってもらうか』って言ってもらえるようになったらと。 それも目標にしています」 インタビューの最後、読者に向けて一言を聞くと、この場を借りて言いたいことがあるそうで…。 「僕がコーラ好きなことを知ってくれて、海外のお土産にコーラをくださる方がいるので、この場をお借りして、普段応援してくださるみなさんに、『コーラのプレゼントありがとう!』って言わせてください! なお、今後も引き続き募集中です(笑)。 日本のコーラはほぼコンプリートしていますので、海外でコカ・コーラを見かけた方は、ぜひ、事務所のほうまで送っていただけたら、すぐコレクションに入れさせていただきますので、よろしくお願いします!」 文/河上いつ子.
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