阿部 敏郎。 阿部敏郎

阿部敏郎 批判 というキーワード

阿部 敏郎

いま世界中が経済的な大打撃を受けています。 それは日本も同じことで日銀が金融緩和を発表しても、株価が下げ止まる気配はありません。 このような現象を見て、この先どうなってしまうんだろうという不安が社会全体を覆っているように見えます。 その一方で、このまま崩壊が進み、今までの金融システムや貨幣経済そのものが一旦リセットされればいいのにと、むしろワクワクした気持ちで見つめている不届き者(?)も少なからずいることでしょう。 僕もその1人かも。 この先何がどうなっていくのか、様々な分野の専門家たちが予想していますが、実際にどうなるかは神のみぞ知るといったところでしょうか。 人間の能力にはどんな困難をも乗り越えてしまうたくましさがあるので、今回のこの事態も時間とともに平常に戻っていくのかもしれません。 でも、元に戻らないものもあります。 それは人々の意識です。 突然にして平穏だった日々が奪われることで、それまでの自分の考え方と生き方に疑問を持つ人はその都度増えていきます。 何を頑張っていたのか、そしてその頑張りはほんとに必要だったのか、 何を求めていたのか、なぜ求めていたのか、 といった基本的なことに目を向け始める人たちもいます。 しかも今回のようなアクシデントとは別に、人間が生み出したAIやロボットのようなテクノロジーも、この先の考え方と生き方に否応なく影響を与えています。 たとえ社会がもう一度平穏な状態に戻ったとしても、いちど変わった意識は元には戻らないでしょう。 いままでの生き方に疑問を持った人が、それではどこに向かえばいいのか、どうしたらいいのか、生意気ですがそのことへのガイドが今生の役目だと思っています。 知らぬ間に培ってきた知識やノウハウは、まさに今この時代の為にあったと感じているのです。 ZENサンガのような取り組みが一定の成果を上げていることも、これからの活動に活気をもたらしてくれました。 天河神社の柿坂宮司や向禅師らの無条件のサポートを得られていることも、天からのプレゼントだと思っています。 これまで世界を動かしてきたある種のエネルギーがその役目を終えて、新しい形にシフトしようとしています。 何度も伝えていますが 恐れから愛へ 見せかけから真実へ コントロールから信頼へ 分離から全体へ これらがキーワードです。 このブログでもその要点をさらに言語化していきたいと思っています。 それはサンガメンバーにとっては、いま学んでいることの整理になりますし、メンバーでない方にも、進むべき方向へのヒントになることでしょう。 不肖阿部にも、この先何をしたらいいのかの具体的なインスピレーションが降りてきていて、必要な人物や情報がベストタイミングで現れています。 このような現象は、流れに乗っていることの証であり、なおいっそう力を抜いてお任せしていこうと思っています。 最後にもうひとつだけキーワードをお伝えしておきましょう。 闇のエネルギーから光のエネルギーへ このことについても、分かりやすく説明していきます。 模察と申します。 >その一方で、このまま崩壊が進み、今までの金融システムや貨幣経済そのものが一旦リセットされればいいのにと、 >突然にして平穏だった日々が奪われることで、それまでの自分の考え方や生き方に疑問を持つ人はその都度増えていきます。 そうですよね。 鍵は、私達ひとりひとりの意識をオール・リセットするか否かではないでしょうか。 私の過去の経験。 私が人から教わったこと。 私が学んできた制度や慣習。 私が得た財産や地位や名誉。 私と世界は分離している。 これらの頭から信じ切って一切疑うことがなかった観念や概念を疑って信じることを止めてみる。 忘れようとするのではなく、信じることをやめて意識をリセットする。 内側も外側も全てゼロ・ポイント 無 へ立ち返り、ゼロから全てを創造する意欲に目覚める意識が多ければ多いほど、新しい世界の現出の可能性は高まるのではないでしょうか。 模察と申します。 いろいろあるとは思いますが、 私だけが生き残れば良い。 他人はどうなっても構わない。 人間だけが生き残れば良い。 他の生き物はどうなっても構わない。 私の民族だけが生き残れば良い。 他の民族はどうなっても構わない。 私の国家だけが生き残れば良い。 他の国はどうなっても構わない。 私の宗教だけが生き残れば良い。 他の宗教はどうなっても構わない。 一人一人が、こんな意識を抱えてるから息苦しいのではないでしょうか? でも、こういう話を人にすると、中にはこんなことを言い返す人が..... 「私は違います!! 」 自分は他人とは違うという意識は、まことに根深いものですね.... 闇のエネルギーから光のエネルギーへ 世界全体の闇。 私の中の闇も。 いつのまにか抱えてしまった闇。 世代を超えて受け継がれてきた闇や、この人生で抱えてしまった闇。 なぜ人は闇に惹かれるのかなあ。。。 (私と私の周囲だけだったのかな) 苦しんでいるのに、それを手放そうとしない。 まるで自分のアイデンティティみたいに。 でも、自分が執着してるという見方がなかったからかな。 光を当ててみると、そこは空っぽ 抱えているものなんてない)でしょうね。 光をあてると言っても私ができることはその方を向くこと、あるいは光を遮らないことだけなんだろうな。 今でも闇に引っ張られそうになることもあります。 そんな時にここに訪れてること、サンガの存在が光の差す方向を示してくれています。 阿部さん みなさんありがとうございます。 本当にありがとう。 最近お気に入りの曲を紹介させてください(以前CMで使われてたみたいですが私は知らなくて) 歌詞が今の阿部さんのブログの内容にシンクロしているような気がして、メロディーも素敵です。 Nulbarich さんの NEW ERA(新しい時代)という曲です。 youtube. 緊急事態宣言は、まだ出ていませんし、感染のリスクは他国ほど深刻ではないようですから。 経済的な影響は避けられないでしょうが、その混乱もいつまでも続くわけではないような気がします。 特に、株価は人の気持ちが反映されやすいので、世界動向の影響を受けやすいのでしょう。 不謹慎かもしれませんが、戦争よりは世界が受ける打撃は少ないと感じています。 経済は打撃を受けていますが、少なくとも、物理的な損害はゼロです。 ワクチンや治療薬が開発されれば、また元の生活が戻って来ますが、戦争では生活そのものが破壊され、人々の心の中に大きな禍根を残すので、その修復は大変です。 それは、地震や津波、洪水などの自然災害でも同じで、物理的な損傷から立ち直るには、何年も必要です。 しかし、今回のような感染症の場合は、人命だけが脅威にさらされていますが、物理的な損傷は無いので、感染のリスクが去れば、直ぐに元の生活に戻ることができます。 データによると、罹患率に比べて致死率は、他の疫病に比べると低いと言えますので、人々の中に安心感が訪れれば、混乱は収まり、生産が再開されれば、経済的なことも落ち着いて行くことでしょう。 何よりも、この世界を支えている人々の心が損傷を受けないことが大切です。 物理的な破壊は、人の心をも破壊してしまい、心が受けた損傷は、癒えるのに時間がかかります。 移動制限や営業停止も、体験したことがないので、混乱が起きているようですが、内容的には戦争時の戒厳令とは違うので、それほど長くは続かないでしょう。 家に居て、常時、情報にも触れることができますし、インフラは正常ですし、食べ物に困る訳ではありません。 世界の混乱ぶりを見ると、そこに多くの問題点があることに気付かされますが、同時に、日本が培ってきた公共衛生の習慣や共同体意識が、自分たちを守っているということにも気付かされ、少なくとも、今後日本に緊急事態宣言が発令されることはないと見ています。 美ら海水族館も開館しましたし、ハウステンボスも一部遊べるようなので、他の施設も状況を見て、そうなって行くことでしょう。 世界が落ち着きを取り戻す日は、そんなに遠くないと感じています。 そして、このことがきっかけで、意識がシフトする人はするでしょうが、しない人はしないでしょう。 目覚めは、何がきっかけとなるか?は、ストーリー次第で、それは人間側が決めることではありませんし、何よりも準備が整っている必要があります。 しかし、このことがきっかけで、準備が加速することは、あるかもしれませんね。 災い転じて福となす、ですから、人生、何が幸いするかは、わかりませんから。 今は強風が吹き荒れていますから、先ずは、嵐に巻き込まれないように、自分を守り、嵐が過ぎ去るのを待ちましょう。 凪の日は、必ずやって来ますし、実際には、嵐の日よりも凪の日の方が多いのですから。 大型台風の時のように、個人の置かれた状況により、全く影響を受けない人もいるとは思いますが、世界の混乱が鎮まるまでは、やり過ごすことだと思います。 分離から協調、そして、融和へ。 この事態に困っているということは、既に、人々の心の中には国境などないのかもしれませんね。 それを意識していないだけで、人類はみな同じであり、兄弟である、ということが、心の奥底では、わかっている人は多いと思います。 イエス・キリストは、私たちを"神の子"と呼びましたが 早々に、ワクチンが開発されたそうで、そのニュースだけでも、混乱は小さくなり、近い内に、緊急事態宣言も解除になる可能性はあると思います。 短期間で、世界全体がグラグラと揺れましたが、倒壊するはずはありませんし、もうすでに出口は見えているように感じています。 夜の座禅会に参加し、スッキリしました。 目覚めてまた少し燻っている感じもありましたが、そんな時は奇跡のコース。 心を穏やかにする事に重きを置きます。 みぞおちの奥の方でぐじぐじしていたものはお昼ご飯を食べたりしてたらいつの間にか居なくなりました。 この場所や、サンガの場所、穏やかなエネルギーが満ちているところに心を持っていくようにしています。 改めて皆様、ありがとうございます! あと最近食器を洗いながら「なむびゃくだぎょう」を言っています。 なぜか洗ってると「はぁ〜」とか溜息でたり、変に疲れたりしちゃうから、その気持ちに行かないように笑笑 今日も穏やかでありますように。 >でも、元に戻らないものもあります。 >それは人々の意識です。 ですが・・・しょーじき、元に戻る、戻らない以前に、 今まで『根本的に』変わったこと、て、どんだけあるのかと疑問です。 『この自我システム』って、『根本的に』変わったこと、ありますか? もしかして、と思ってるのが、 >突然にして平穏だった日々が奪われることで、それまでの自分の考え方と生き方に疑問を持つ人はその都度増えていきます。 本当にそうなのかどうなのか、てのは とりあえず置いといて、まずは 「たった今起こって、繰り返されている『これ』でいい」 みたいに受け入れることが必要なのかも、て気がしています。 「自我『は』受け入れることができない」のように、よく聞きます。 「自我『を』受け入れる」のだとしたら、その通りだろうと思います。 『自我』が『個人的なもの』ではなく『システム』なのだとしたら、 たぶん、そのために作られたのではないでしょうか? なんだかんだで、皆、『同じ自我システム』を『使っている』ということ。 「自分が」「相手が」ではなく、誰もが『同じ自我システム』ということ。 >恐れから愛へ >見せかけから真実へ >コントロールから信頼へ >分離から全体へ 恐れも、見せかけも、コントロールも、分離も、人を傷つける方向に働くエネルギーですね。 (阿部さんが、闇のエネルギーと言っているのは、このことでしょうか?) それに比べ、愛、真実、信頼、全体は、エネルギー的に、けっして人を傷つける方向には働きません。 (そういう意味では、こちらは、光のエネルギーと言えるかもしれませんね) >>闇のエネルギーから光のエネルギーへ しかし、これは、簡単には起こらないようになっています。 もし、簡単に起こるなら、すでに人類は、愛、真実、信頼、全体に生きていることでしょうが、現実には、その反対の様相を呈しています。 これが起こるには、個人においても、世界においても、「受容」(アクセプタンス)が、キーワードになるでしょう。 「受容」(アクセプタンス)は、愛の究極の顕れです。 個人に、「受容」が起きると、大きな心の浄化が起こり、魂は、この宇宙に働いている全体のエネルギー(愛)に溶けてしまいます。 人は、いつか必ず肉体を離れます。 それまでの間、人生を受け入れ(愛し)、自分を受け入れ(愛し)、この世界を、この宇宙を受け入れ(愛し)、そして、その愛の表現として、自分の中の最良のものを表に出すことで、この世界の創造に関わることができれば、それが何であれ、魂は、自らの目的を達することができ、試練だと思っていたものは、もはや試練ではなく、苦しみだと思っていたものも、もはや苦しみではなく、人間として生きることは大きな歓びに変わることでしょう。 認めることでさえ難しいのが現実と言えますから、「受容」は更にハードルが高いと言えますが、強力なエゴマインドの収縮したエネルギーが、拡散して全体に溶けるには、エゴの溶解は必要不可欠と言えます。 「受容」は、エゴの溶解を促進します。 こうして、エゴの収縮したエネルギー(分離感)は、全体の拡散したエネルギー(源)に溶けてしまうので、魂は、魂の源と同化し、その時、自分は誰であるのか?何であるのか?が明らかになり、魂の自己探究は終わります。 この「受容」が起こるには、大きな試練や艱難に見舞われた時が、ビック・チャンスと言えます。 そういう時にこそ、「すべてはOK!」と受け入れられれば、意識が大きく変容するチャンスが訪れることでしょう。

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ブログ:かんながら

阿部 敏郎

阿部さんを全く知らなかった私の橋渡しをして下さったのが阿部さんのブログだった。 それがきっかけで先日、仙台の講演会参加させて頂いた。 講演会が始まる前、阿部さんが客席全体を見回していた時があり、客席の我々の中に阿部さん自身を見ていたのではと思った。 色々なユニークで有意義な話を聞くと、この時代に則したタイムリーな人だなぁとつくづく思った。 岩手から来たと答えた方をきっかけに阿部さんの大親友と言う岩手県出身のNSPの天野 滋さんの話が出た。 若い人は知らないだろう。 私の高校生時代はフォーク全盛期。 NSPは『夕暮れ時はさみしそう』と言う名曲を出した。 私も下手なアルペジオで真似た時があった。 私の記憶によると、天野さんは足が遅く運動会ではいつもビリだったとか。 一度、目の前の子がゴール直前に転んで、3位の旗のところに並ぶことが出来、優越感を味わったとか…。 そんなことで、結婚する時は足の速い人をもらおう…。 お見合いの席で『50メーター何秒ですか?』なんて質問をしよう…。 なんて話を、コンサート途中でしていたようである。 NSPの天野さんの話を聞いて、あの懐かしい時代に一瞬にして戻った。 それと同じように、我々の元々の光を思い出せば、上記と同じように一瞬にしてその時に戻れるのでないねか…と。 そんなこんなを思いつつ、阿部さんのブログには感謝です。 いつもありがとうございます。

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来るべき時代のキーワード:かんながら

阿部 敏郎

阿部さんを全く知らなかった私の橋渡しをして下さったのが阿部さんのブログだった。 それがきっかけで先日、仙台の講演会参加させて頂いた。 講演会が始まる前、阿部さんが客席全体を見回していた時があり、客席の我々の中に阿部さん自身を見ていたのではと思った。 色々なユニークで有意義な話を聞くと、この時代に則したタイムリーな人だなぁとつくづく思った。 岩手から来たと答えた方をきっかけに阿部さんの大親友と言う岩手県出身のNSPの天野 滋さんの話が出た。 若い人は知らないだろう。 私の高校生時代はフォーク全盛期。 NSPは『夕暮れ時はさみしそう』と言う名曲を出した。 私も下手なアルペジオで真似た時があった。 私の記憶によると、天野さんは足が遅く運動会ではいつもビリだったとか。 一度、目の前の子がゴール直前に転んで、3位の旗のところに並ぶことが出来、優越感を味わったとか…。 そんなことで、結婚する時は足の速い人をもらおう…。 お見合いの席で『50メーター何秒ですか?』なんて質問をしよう…。 なんて話を、コンサート途中でしていたようである。 NSPの天野さんの話を聞いて、あの懐かしい時代に一瞬にして戻った。 それと同じように、我々の元々の光を思い出せば、上記と同じように一瞬にしてその時に戻れるのでないねか…と。 そんなこんなを思いつつ、阿部さんのブログには感謝です。 いつもありがとうございます。

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