フェル ランド メンディ。 フェルランド・メンディの物語。レアル・マドリーの左SBを狙う新たな刺客。(森田泰史)

フェルランド・メンディのデータ

フェル ランド メンディ

名前:フェルランド・メンディ 生年月日:1995年6月8日 国籍:フランス&セネガル チーム:レアル・マドリード(背番号23) 身長:180cm 体重:73kg 利き足:左 ポジション:ディフェンダー 1995年生まれの現在24歳です(2019年時点)。 生まれはフランスですが、両親がセネガル人ということでフランスとセネガルの2つの国籍を有します。 オリンピック・リヨンでは22番をつけ、直近のフランス代表(ユーロ予選)とレアル・マドリードでは23番をつけてプレーしています。 身長は180cmで体重73kgと欧州では一般的な体型といえます。 経歴 フェルランド・メンディはフランスのパリ近郊にあるムラン・アン・イヴリーヌという地域で生まれました。 セネガル人の両親に育てられていましたが、父親はフェルランド・メンディが11歳の頃に他界しているそうです。 そんなフェルランド・メンディは2002年に『Ecquevilly EFC』というチームでサッカーを始めます。 その後、 2004年にフランスの強豪クラブ、パリ・サンジェルマンの下部組織に加入し、2012年までの8年間在籍します。 しかし、パリ・サンジェルマン在籍時のフェルランド・メンディは 14歳で腰に怪我を負い重度の関節炎になったそうです。 医師には 「サッカーを続けることはできない」と言われるほどの重傷だったそうで、その後長い間サッカーから遠ざかります。 それからメンディはリハビリを続け、 なんと約1年後には復帰を果たしました。 選手生命を脅かすケガから見事復帰を果たしたフェラン・メンディは、その後パリ・サンジェルマンの下部組織を退団し、FCマントワ78を経て ル・アーブルACの下部組織に加入します。 — 2015年 8月月9日午後2時41分PDT ちなみにル・アーブルはここ数シーズンリーグ・ドゥ(フランス2部リーグ)に所属していて、 過去にはフランス代表の選手も数名輩出している育成に定評のあるクラブです。 メンディは、そのル・アーブルでアンダーカテゴリーの試合やリザーブチームで経験を積み、 2015年4月のFCソショー戦でトップチーム(リーグ・ドゥ)デビューを果たします。 翌シーズン(2015-16)にはトップチームでの出場機会が増え始め、2016-17シーズンには公式戦38試合に出場、2ゴール5アシストをマーク。 左サイドバックのレギュラーに定着して結果を残します。 ル・アーブルでの活躍を受け、 2017年6月にはリーグ・アンの強豪オリンピック・リヨンへの移籍が決定。 フェルランド・メンディの強み ・スピードを活かしたドリブル ・左サイドからのチャンスメイク ・水準以上の守備能力 以下からフェルランド・メンディのストロングポイントを1つずつ解説していきます。 スピードを活かしたドリブル 足の速さはフェルランド・メンディの1つの武器です。 前方にスペースがあれば 大きいタッチのドリブルで敵陣の深い位置まで持ち運びチャンスが作れます。 さらに止まった状態からの 初速で相手選手をかわしたり、スピードに乗ったドリブルで相手ディフェンダーの間を切り裂くシーンも見られます。 左サイドの深い位置では素早いドリブルからの切り返しで相手選手をはがし、そこからのパスやクロス、シュートで得点に絡むプレーができる選手です。 左サイドからのチャンスメイク 左サイドからのクロスやパスもフェルランド・メンディの武器です。 クロスはボックス内にいる 味方選手の位置に合わせ、質の高いボールが供給されます。 左サイドからボックス内(もしくはボックス付近)に切り込み、ゴール前にいる選手にパスを通して得点をアシストするシーンも見られます。 また後方から前線の選手へのスルーパス、ロブパスを通す場面も見られ、 あらゆる場所からチャンスを作れるプレイヤーです。 さらに逆足(右足)のキック精度も高く、左サイドから内側に切り込んでシュートを打つシーンも見られます。 カットインもあるため相手ディフェンダーとしては対応が難しい選手です。 水準以上の守備能力 どちらかといえば攻撃に特化したサイドバックですが、水準以上の守備能力も兼ね備えたプレイヤーです。 相手のパスに対して素早く反応しパスをカットしたり、1対1の状況では裏をとらせない慎重な守備で隙があればボールを突いてロストさせたりするシーンが見られます。 特に スピード勝負を仕掛ける選手に強く、素早い対応で突破させずにボールを奪います。 足の速さはドリブル以外に守備でも武器となっています。 まとめ 今回はフェルランド・メンディ特集ということで経歴やポジション、プレースタイルを解説しましたがいかがでしたでしょうか。 ユース時代はフランスの名門パリ・サンジェルマンの下部組織に所属していて将来を嘱望されていた選手ですが、14歳で選手生命を脅かす怪我を負ってしまいます。 しかし、その後奇跡の回復で復帰を果たし、才能を開花させたフェルランド・メンディは2019年6月世界トップの名門レアル・マドリードに加入しました。 守備もできますが攻撃に特化したサイドバックで、レアル・マドリードではマルセロの後釜として今後数シーズンにわたり活躍が期待される選手です。

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フェルランド・メンディってどんな選手?経歴やプレースタイルを徹底解説【レアル・マドリード】|yasublog

フェル ランド メンディ

メンディは昨季リヨンで公式戦44試合に出場。 スピードあふれるオーバーラップ、さらにはサイドハーフやウィングとしてもトッププレーヤーとなれそうな確かな足元の技術を有する。 レアル・マドリーではその高額な移籍金もあって、DFマルセロの後継として左サイドバックのレギュラーになると目されている。 前日に行われたFWロドリゴの入団セレモニーでは、約2000人がレアル・マドリーの本拠地サンティアゴ・ベルナベウに集まったが、メンディのセレモニーではそれを上回る約3000人が駆けつけている。 白いユニフォームを身にまとってピッチに立ったフランス人DFは、フォトセッションで緊張のためかリフティングに失敗する場面もあったものの、しかし何度もエンブレムにキスをするなどしてクラブへの忠誠をアピールし、最後まで大きな歓声を浴び続けていた。 ピッチでのお披露目後、クラブ幹部のエミリオ・ブトラゲーニョ氏とともに記者会見に出席したメンディはまず、世界最高とも称されるクラブでプレーする喜びを口にしている。 「世界最高のクラブでプレーできること、このクラブのユニフォームを着られるとてもうれしく思う。 レアル・マドリーとともに、多くのタイトルを勝ち取りたい」 「ここまでたどり着くため、ずっと野心を抱え続けてきた。 自分の夢が叶うと信じ続けてきたし、それが現実になったんだよ。 僕は学ぶために、可能な限り出場機会を得るためにここにいる。 最大限の成果を挙げられたらと思う」 もちろん、この会見で集中した質問は、マルセロとの定位置争いだ。 メンディは自分の方がマルセロよりフィジカルが優れているとの指摘に対して、「まだユニフォームを脱いだ姿を見せ合っていないから。 彼と会って、話してみないとね(笑)」と冗談を言いつつ、レギュラーの座を奪取する意欲を示している。 「決定を下すのは監督となる。 どちらがシーズンを通してプレーするのかは、これから分かることだろう」 「自分がレギュラー、または控えになるのかは分からない。 僕は可能な限りの出場時間を手にするために、ここにいる。 マルセロのクオリティーは知っているよ。 レアル・マドリーで素晴らしいキャリアを築き上げた選手だし、彼から学ぶこともできるね」 また、同胞でもあるジネディーヌ・ジダン監督についても触れた。 「ジダンのようなレジェンドとロッカールームを共有できるなんて、誇り高い。 子供の頃から、彼のことを追い続けていたんだよ。 一緒に働けるなんて、格別だ」 「ここに到着したときには、ちょっとナーバスだったんだけど、ようやくレアル・マドリーの選手になったのだと実感している。 ジダンが監督なんて、本当に素晴らしいね。 彼はフランス語を話すし、僕の適応を助けてくれるはずだ」 レアル・マドリー入団を果たしたメンディだが、ここに到達するまでの道程は簡単ではなかった。 何となれば、フットボール選手になることを断念する可能性もあったのだ。 「15歳の頃、腰を手術しなくてはならなかった。 そのとき、もうフットボールはプレーできないと言われたんだよ。 それから車椅子で生活することを余儀なくされて、6~7カ月間、病院で歩くためにリハビリに励んだ。 そうして今、自分はレアル・マドリーにいるんだ」 「僕は謙虚さを失わず、ここまでやって来た。

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【ウイイレアプリ2020】フェルランド・メンディの能力と使い方【確定スカウト】|ゲームエイト

フェル ランド メンディ

メンディは昨季リヨンで公式戦44試合に出場。 スピードあふれるオーバーラップ、さらにはサイドハーフやウィングとしてもトッププレーヤーとなれそうな確かな足元の技術を有する。 レアル・マドリーではその高額な移籍金もあって、DFマルセロの後継として左サイドバックのレギュラーになると目されている。 前日に行われたFWロドリゴの入団セレモニーでは、約2000人がレアル・マドリーの本拠地サンティアゴ・ベルナベウに集まったが、メンディのセレモニーではそれを上回る約3000人が駆けつけている。 白いユニフォームを身にまとってピッチに立ったフランス人DFは、フォトセッションで緊張のためかリフティングに失敗する場面もあったものの、しかし何度もエンブレムにキスをするなどしてクラブへの忠誠をアピールし、最後まで大きな歓声を浴び続けていた。 ピッチでのお披露目後、クラブ幹部のエミリオ・ブトラゲーニョ氏とともに記者会見に出席したメンディはまず、世界最高とも称されるクラブでプレーする喜びを口にしている。 「世界最高のクラブでプレーできること、このクラブのユニフォームを着られるとてもうれしく思う。 レアル・マドリーとともに、多くのタイトルを勝ち取りたい」 「ここまでたどり着くため、ずっと野心を抱え続けてきた。 自分の夢が叶うと信じ続けてきたし、それが現実になったんだよ。 僕は学ぶために、可能な限り出場機会を得るためにここにいる。 最大限の成果を挙げられたらと思う」 もちろん、この会見で集中した質問は、マルセロとの定位置争いだ。 メンディは自分の方がマルセロよりフィジカルが優れているとの指摘に対して、「まだユニフォームを脱いだ姿を見せ合っていないから。 彼と会って、話してみないとね(笑)」と冗談を言いつつ、レギュラーの座を奪取する意欲を示している。 「決定を下すのは監督となる。 どちらがシーズンを通してプレーするのかは、これから分かることだろう」 「自分がレギュラー、または控えになるのかは分からない。 僕は可能な限りの出場時間を手にするために、ここにいる。 マルセロのクオリティーは知っているよ。 レアル・マドリーで素晴らしいキャリアを築き上げた選手だし、彼から学ぶこともできるね」 また、同胞でもあるジネディーヌ・ジダン監督についても触れた。 「ジダンのようなレジェンドとロッカールームを共有できるなんて、誇り高い。 子供の頃から、彼のことを追い続けていたんだよ。 一緒に働けるなんて、格別だ」 「ここに到着したときには、ちょっとナーバスだったんだけど、ようやくレアル・マドリーの選手になったのだと実感している。 ジダンが監督なんて、本当に素晴らしいね。 彼はフランス語を話すし、僕の適応を助けてくれるはずだ」 レアル・マドリー入団を果たしたメンディだが、ここに到達するまでの道程は簡単ではなかった。 何となれば、フットボール選手になることを断念する可能性もあったのだ。 「15歳の頃、腰を手術しなくてはならなかった。 そのとき、もうフットボールはプレーできないと言われたんだよ。 それから車椅子で生活することを余儀なくされて、6~7カ月間、病院で歩くためにリハビリに励んだ。 そうして今、自分はレアル・マドリーにいるんだ」 「僕は謙虚さを失わず、ここまでやって来た。

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