は世界遺産に選ばれており、教皇・ピウス2世を輩出したこともあって、町の規模の割には立派なドゥオモがあります。 観光客も多く訪れるオルチャ渓谷ゾーンの中心的な村ですが、そんな賑やかなピエンツァの旧市街から少し下りたところに、簡素なロマネスク様式の教会が残っています。 教会は11世紀頃の建築ですが、一番古いのは正面右にある丸い鐘楼。 教会右側は一度崩壊したこともあり、12世紀頃に再建されたそうです。 中は、角柱で支えられたアーチがある3廊式。 石がそのままで目立った装飾もない内部。 祭壇もとても簡素なものですが、入ってくる日差しに照らされて自然の美しさが際立ち、神聖ささえ感じられます。 右側の奥には小さな階段があり、そこを降りると小さな小さな地下礼拝堂が現れます。 こんな小さな地下礼拝堂なのに、後陣がちゃんとあるのが可愛らしいですね。 目立った装飾はないものの、正面扉の周りには幾何学模様が、その上には女性の彫刻がある二連窓、また右側面にある扉周りの果物などの模様が美しいです。 1925年の修復のおかげで、12世紀の趣を今もそのままに伝えてくれています。 ギャラリー(クリックすると拡大します).
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世界遺産のオルチャ渓谷、その中にあり、かつ単独でも世界遺産に指定されているのが、このピエンツァです。 オルチャ渓谷へ行きたいけれど、どこへ行こう?と初めて来られる方から聞かれたら、やっぱり「 王道 」はここ。 本当に小さい村ながらもッドゥオモ、可愛らしい路地、そしてオルチャの絶景も眺められる城塞の道など、見所がギュッと凝縮されています。 どこからピエンツァに入るかにもよりますが、周辺の景色も素晴らしい!丘の上に見えてくるのがピエンツァの旧市街で、近づくにつれテンションがUPします! 東西に長い旧市街の南側の真ん中に位置するのが、町の中心のピオ2世広場。。 小さな町の割には大きな大聖堂がありますが、割と簡素な造りとなっています。 この広場の名前にもなっている、この町出身の は、シエナのドゥオモの図書室や、ここピエンツァ大聖堂右横にあるお屋敷のオーナーであるピッコリーミニ家の出身。 1458年に教皇に選出され、翌年、元々コルシャーノという名前のこの町を、建築家に 「 理想都市 」 に作り変えるに命じたて出来たのが、今のピエンツァなのです。 大聖堂を背にして左側には、ピッコローミニ宮があり、現在はミュージアムになっています。 食事の間、音楽の間、個室などで当時の貴族の生活の様子が伺うことができますよ。 中だけでなく、南側に面した庭は必見!時間のない方も、入口から美しい柱廊で囲まれた中庭を覗いてみてくださいね。 一方、大聖堂を背にして右前に見えるロッジアがキレイな建物は、なんと市庁舎。 こんな歴史的な建物が市役所って本当にイタリアらしいですね。 このロッジアの下にはユネスコ世界遺産登録(1996年)のプレートがあり、ルネサンス人文主義を初めて適応させた町、などの登録の理由が書かれています。 絶景ポイントは大聖堂の左側から城壁上の道へ入って左に曲がったところ。 ここからはオルチャ渓谷のパノラマ広がっています。 奥に見えるのはトスカーナ第二の山・アミアータ山。 道沿いにてベンチがあるので、世界遺産の絶景を見ながら贅沢な時が過ごせますよ。 ここからの180度動画もどうぞ! そして、この道に入ってくる路地の名前がとても愛らしいんです。 幸運の通り、愛の通り、そしてキスの通り!恋人同士はもちろん、大事な人と歩きたい&記念撮影したくなりますね。 城壁上の道を東へ歩き切ると、旧市街端のジリオ門に着きます。 そこから西へまっすぐ伸びているのが、町を南北に分けるメインストリート・ロッセッリーノ通り。 ここにはB&Bやレストラン、エノテカ、チーズ専門店などが軒を連ねます。 ピエンツァの名産はペコリーノ(羊のミルクで作った)チーズ、少しクセはありますが、フレッシュタイプ(fresco)から熟成タイプ(stagionato までいろいろあるので、試食してお気に入りを購入してみてくださいね。 オルチャ渓谷をドライブすると、広大な原っぱに点々と見える白いもの=羊の群れもよく見られますよ。 このロッセッリーノ通りを西へ向かって歩き、左手にピオ2世通りを見てピッコローミニ宮を過ぎた隣が、サン・フランチェスコ教会。 清貧の聖人・フランチェスコの名前の教会はアッシジが一番有名ですが、イタリアではあちこちにあります。 1200年代に建てられたプリミティブな教会は中の装飾もほとんどなく、祭壇は石を切り倒したもの、朗読をする聖書を立てる台はいばらの形をした鉄製ととても個性的。 祭壇右側にはこれまたひっそりとした礼拝堂。 観光客は多いけれど、この教会の中だけはとても静かで別世界です。 ちなみにこの教会の右側は大型ホテルチェーンのルレになっており、教会の中庭を使った素敵なカフェがあります。 ロッセッリーノ通りの西の端は、ムレッロ門。 1944年戦時中に崩壊しましたが、1955年に再建されています。 ピエンツァの町を見下ろす天使たちの絵も可愛い。 この門を出て左にはツーリストインフォメーションがあり、無料の公衆トイレもその先の坂を下ったところにあります(標識が出ているので分かりやすいです)。 そしてムレッロ門の前はのどかな広場になっていて、地元民くつろぎの場(子供が遊べるちょっとした公園もあります)、広場から斜め前左右に出ている修道には、シエナやモンテプルチャーノとつながるバスの停留所があります。 なので、バスで来られる方のピエンツァ観光はムレッロ門が出発点となります。 ムレッロ門からそのままロッセッリーノ通りを直進せず、右折した路地を行くと城壁沿い道には、靴の工房などが連なり、見ているだけでもとても楽しいです。 一方、ロッセッリーノ通りより北側は路地が入り組む住宅の多い地域。 こちらにもやアート系の小さいお店がたくさんあります。 自由気ままに散策して、可愛いスポットを探してみて下さいね。 旧市街から徒歩5分くらいの場所に、また、オルチャ渓谷や南トスカーナの運転をお願いしているハイヤーさんはピエンツァ在住なので、ピエンツァ拠点だとハイヤーさんの拘束時間も有効に使えますよ。 ギャラリー(写真をクリックすると拡大します).
次のピエンの意味とは何なのか?JKや若者に流行の言葉の使い方を、例文でご紹介! まず、実際に使われている例を見つけた。 何やら、こちらは 「ぴえん顔」という表情らしい。 表情としては号泣。 つまり 「ぴえん顔」とは泣き顔の事なのか。 そして、気になるのが 「母になっただろ」という一文。 その言葉から察するに、「ぴえん」は対象を母にするという意味も含んでいるのだろうか。 玲叶がそれなりに成長して存在している時点で母は既にいるはずだが... いや、国プとは何なのだろうか。 そもそも例文が例文として不適切だった。 次の例を見ていこう。 ぴえん。 いろんな意味でぴえん。 わからない。 いろんな意味というか、本来の意味を教えて欲しい。 だが、ぴえんには捉え方の尺度が存在することが分かった。 ぴえん。 その3文字の中に沢山の意味が込められているらしい。 やはり受け取る側によって様々な解釈を生むという認識は間違っていないようだ。 もしかしたら今現在俺が抱いている思いもまた、ぴえんなのかもしれない。 ただやはり本来の意味が知りたい。 こちらはぴえんでは無くぴえんぴえんのようだ。 そんな感じで 色々と実例を見てみたがますます謎は深まるばかりだった。 特に悲しい時に限らず、嬉しい時に使われることもあるらしい。 ぴえんの意味 ぴえん って使う女は大抵問題あり — 新宿の女 bakausapipi 調べていくうちに、おおよそ理解したが やはり 「泣いている様子」を表現する際に使われるらしい。 女子高生の間では、字面や響きが可愛い言葉が流行る傾向にある。 悲しい時嬉しい時、どちらにおいても泣くほど感極まった事を表現したい場合は多々あるようだ。 そういった使い勝手の良さから流行しているようだ。 ただ、ここでまた新たな疑問が生まれた。 ぴえんの例文の使い方 おおよそ「ぴえん」の本来の意味は理解できたが、 何故か自撮りと共に使われる事が多い。 何故なのだろうか?「悲しいことがあったよぴえん」はまだ理解できるが、「ぴえん」のみの説明で自撮りを上げる意味が繋がらない。 自撮りを上げることは悲しい事ではないと思うが、 はたまた悲しい事があったら自撮りを上げる風習があるのか 一体どういうつもりで、「ぴえん」なのだろうか? どうやらこういう事らしい。 前提として、自撮りにおいて 「私可愛いでしょ?」は表に出してはいけない暗黙のルールがある。 自分の顔面に自信を持っている事を良しとしないこの日本では、自撮りに「私全然可愛くないよ」という旨の枕詞を添える事が美徳とされている。 その対極であればあるほど適している。 それはつまり「ぴえん」なのである。 私はもちろん可愛いから自撮りを上げるけど え... そんなこと言ったら反感買うから謙遜しまーす ん... 私ほんとブスすぎて泣きそう。 ぴえん つい最近、 地震が起きたら自撮りを上げて良いルールが改定されたのは記憶に新しい。 現在のぴえんバブルもまた、自撮りの大義名分として用いられているようだ。
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