「だいじょうぶだぁ」が始まるまえにいしのようこはドリフにゲスト出演。 志村けんが「今度『だいじょうぶだぁ』って番組をやるから来ないか」と誘った。 いしのようこは最初は それを丁重に断った。 しかし「3ヶ月勉強だから来いよ」と言われ、「絶対に自分にオチをつけないで」と条件を出して出演決定。 なおその条件は…。 志村けんは「よく笑う子が好きだった」からいしのようこをプッシュ。 いしのようこは3ヶ月間のつもりだったが 結局5年やった。 いしのようこと志村けん共演字交際をしており既に同棲もしていた説もあったものの二人は交際を否定。 志村けんも 「弟子の一人」というスタンスを崩していませんでした。 19-20くらいのときからずっと同棲、同棲、同棲。 3年毎に変わる同棲。 基本的に結婚しようと思ったら交際。 いま一番欲しいのは子供。 では何故志村けんは3年毎に同棲を終えるのか。 これは志村けんが2002年に出版した本に3年ルールの理由があると囁かれています。 実は志村けん、過去に同棲していた女性に浮気がバレたことが。 そのときに長い間 3年以上 同棲をしていたので事実婚扱いになると言われて当時の財産の半分を持っていかれてしまいます。 その事に強い後悔があり3年ルールが作られたのではとのこと。 2002年の本で暴露した事なので、いしのようこはその 志村けんの3年ルールによって破局をしたという説が一番有力。 いしのようこが二股も破局理由? 一時期はいしのようこが志村けんと坂上忍と二股をしたという説も…。 実際にいしのようこに志村けんと坂上忍の二股疑惑が持ち上がった当初、坂上忍は明言を避けたために取材陣は坂上忍本人ではなく坂上忍の母親に取材を押しかけてもいます。 また、後日坂上忍本人が 「二股かけられた」と暴露したとも言われていますが真偽は不明。 そのような因縁? のある坂上忍は2020年3月30日のバイキングにて志村けんの訃報を知って以下のようにコメント。 志村けん: 結婚しないのは なんでなの? いしのようこ: 吹き出す 志村けん:独身主義ってわけじゃないんだろ?だって いしのようこ:独身主義は卒業した。 昔はもうあたしは死ぬまで独身でいたいと思ってたのね。 絶対結婚はしたくないと。 志村けん:なんで?理由は?そんだけ言うなら理由だけ教えろよ、な? いしのようこ:なんで怒ってんのよ! 志村けん:さみしかろ?昼間仕事してる時良いけど夜帰ったら寂しかろ? いしのようこ:だってパートナーとかね、そういう人がちゃんといて信頼できてれば形はどうでも良い。 志村けん:結婚にこだわらないと。 紙一枚でどうのじゃないと。 なるほどな。 俺も今からできれば別居結婚とかさ、週3日とかだったら良いよな思う。 いしのようこ:えー。 なにそれぇ。
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芸人といえば、M1などの賞レースに出て結果を残し、そのあとは様々な番組のひな壇やネタ番組などにも出演しながら冠番組を狙うというのが、1つの正規ルートだ。 ドリフとサザンオールスターズ しかしその昔、それこそ漫才ブームが起きる前のお笑い芸人の活躍の場所は今ほど少なく、「お笑い芸人」という明確なポジションはなかった。 それよりは、「演芸枠」であり、古くは落語があり、大道芸があり、そして漫才やコントがあり、音楽もまたその1つであった。 お笑いの歴史に興味がある人は、こちらも併せて読んでいただきたい。 ドリフターズはもとはバンドである。 コミックバンドだ。 これで本当にいい曲を作って、ミュージシャン、アーティストと扱われるようになっていったのが サザンオールスターズだった、といえばわかりやすいかもしれない。 桑田佳祐さん自身も、最初のTV出演時、「ただの目立ちたがり屋の芸人でーす!」と発言していたが、音楽とお笑いが好きな大学サークルノリだったんだと思う。 『勝手にシンドバッド』はドリフでやっていた志村けんさんのギャグからだし。 その曲が平成最後の紅白歌合戦で締めくくられたことは感慨深かった。 桑田さんはいかりや長介さんから、 ガチでドリフ新メンバーに誘われていたという話があるし。 確執は報酬体系 その昔、演芸の主戦場は舞台であったが、ここにTVが入ってきた。 そこでスターだったドリフターズを見た志村少年は、いかりや長介に弟子入り志願し、高校三年の時から約7年間付き人として下積みを続け、 荒井注さんの脱退時に、見習いとしてドリフターズに加入した。 芸歴も年齢も一番下っ端だった志村けんさんが、のちに 全てをひっくり返していくことになる活躍ぶりはもはや書くまでもないところだけど、そんな志村けんさんといかりや長介さんの 確執について私なりの考察を。 志村けんさん、加藤茶さんがこれまで様々な番組で語っていた言葉から推測するに、確執というのは、 お金のことだったんだと思う。 ドリフターズの営業や出演費など、いかりやさんはかなり多めに受け取っていたと言われていて、それに対しメンバーが少し不満を持っていたと。 お金はどこでも確執の原因に ただ、これはミュージシャンも含め、 どんなグループやコンビでもあることで、特段珍しいことではない。 バンドなんかも、作詞作曲者だけがどんどん金持ちになって、共に歩んできたメンバーとの貧富の差が激しくなり、軋轢が生じ、ギスギスしてきて、 「方向性の違い」という理由で解散する。 もっと言えば、これは芸能界に限らず会社員でもあることで、「なんであいつがそんなにもらってんの?」という経験なんて、誰もがあるだろう。 上司や部下や同僚でも。 ただ、そういった問題につき肯定も否定もしてこなかったため、メディアがいろいろ書き立て、いつしか確執とされてきたんだと推察される。 裏を返せば2人の確執は、どのグループや会社員にでもある、そんな程度のもので、 精神的な結びつき、師弟関係が壊れるようなそれではなかったのだろう。 志村けんさんはその後さらなる活躍で、そんなこと気にならなくなるくらい、相当なお金を稼いでいっただろうし。 神回だった「金スマ」 先日の金スマの放送で、いかりや長介さんの 長男の言葉によって明らかにされた事実は、お笑いファンならずとも、かなり興味深いものだった。 いかりや長介さんは志村さんの番組を欠かさずチェックし、志村さんと話した何気ない会話を家族に披露するなど、実にリアルなエピソードであった。 そして、一番象徴的だったのが、最後のドリフターズの収録現場での出来事。 いかりや長介さんと志村けんさん最後の共演となったシーンだ。 これは、偶然近くのスタジオに居合わせていた 浜田雅功さんが立ち寄っていたことでも有名だけど、このとき、いかりや長介さんはこの日のことを 「みんな足並み揃えないんだよ全く。 …でも、志村だけがピッタリ合わせて来たんだよ」と家族に話したという。 この話には 衝撃を受けた。 最後のドリフのシーンは私も何度も見ているが、それには 全く気づかなかった。 なるほど、確かに改めて見てみると、 志村けんさんだけが、いかりや長介さんにピッタリと足並みを合わせているのがわかる。 映像では足元までは映っていないが、見た感じ、左右の足まで合っているようにも見える。 志村さんはこのことを 「リーダーですからね。 そのちょっと後をついて行くっていうのはずっとやってきましたから、もう癖になっているんでしょうね」 と話していた。 これぞ師弟関係だ。 この映像は、それを知った後で見ると、それぞれの個性が出ていてとても興味深い。 周りを気にせず1人自由気ままに言ってしまう加藤茶さん。 加藤が行くならいいだろう、と出て行く高木ブーさん。 適度にいかりや長介さんに合わせながらも、先に行く加藤さんを見て、間を取ろうとする仲本工事さん。 そして、師匠いかりや長介さんに歩幅までぴったり合わせる志村けんさん。 これは お笑いファンにはたまらない、衝撃映像だ。 検索すれば動画も出てくるので、ぜひ見てみてほしい。 私は、この場に浜田雅功さんが居合わせていたというところばかりに感心がいってしまっていたが、甘かった。 ここまでは気付かなかった。 これこそが、いかりや長介さんが感じていた「ダメだこりゃ」だったんだろうし、その中でも「志村だけがピッタリ合わせてきた」と嬉しそうに語る情景が目に浮かんだ。
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「本番直前に、静かに瞼を閉じるんです。 しばらくして彼が目をゆっくり開くと、そこにいるのは別人なんです。 凄まじい集中力でした…」(映画会社関係者) 新型コロナの影響で、映画『キネマの神様』の撮影は超厳戒態勢で進んでいる。 通常より距離を取ったスタッフの中心にいるのは、(72才)だ。 彼の険しい表情がはりつめた現場の緊張感をいっそう高めていく。 その様子は、「真剣勝負」という言葉がふさわしい。 『キネマの神様』は、松竹映画100周年記念作品。 人気作家・原田マハの小説を原作とし、山田洋次監督(88才)がメガホンを取る。 主演には、さん(享年70)と菅田将暉(27才)が起用され、志村さんにとっては、初の映画主演作になるはずだった。 主人公は、ギャンブルにのめり込み、妻や娘に心配をかけてばかりのどうしようもない父親で、彼にとってギャンブルと同じくらい愛を注いでいるのが映画だ。 ストーリーは、その男性の過去パートと現在パートが織りなされる形で進んでいく。 「3月中旬には現在パートの撮影が終了し、3月下旬から志村さんが演じる過去パートの撮影が始まる予定でした。 ところが初日に志村さんが撮影を突然キャンセル。 現場は騒然としました。 ただ、もっと驚いたのはその1週間後。 まさか、新型コロナで亡くなってしまうなんて…。 山田監督もショックのあまりしばらく何も手につかない様子でした」(前出・映画会社関係者) 不意に訪れた主役の降板は、作品をお蔵入りにしかねないほどの衝撃だったという。 しばらくして白羽の矢が立ったのが、沢田だった。 「沢田さんは所属事務所には事後報告で、山田監督から打診を受けてすぐに快諾をしたそうです。 沢田さんと志村さんは20代の頃からの盟友で、テレビや舞台での共演は数知れず。 1年半もの間、ラジオの冠番組を一緒に担当したこともあるほど、互いに認め合っていた存在でした。 さらにこの映画のプロデューサーは、沢田さんのマネジャーを長年務めていた男性の娘婿。 沢田さんは彼らの結婚式で乾杯の挨拶をしているんです。 それだけの縁があれば、断る理由が見つからなかったのでしょう。 1つめは、体形や髪形などは普段の沢田のままであること。 「髪を染めたりダイエットをしたりはしないということでした。 志村さんの風貌に似せることは、志村さんが作り上げた役を借りることになってしまい、失礼だという考えを持っていたようです。 製作側は沢田さんなりの志村さんに対する畏敬の念なのだとその思いを尊重しました。 衣装は沢田さんに合うように再考したんですよ」(前出・映画会社関係者) 2つめは、撮影以外の露出は控えたい、ということ。 「通常、映画の公開直前には、出演者がテレビにゲスト出演したり、雑誌のインタビューに答えたり、舞台挨拶に立ったりと、宣伝活動に励みますが、沢田さんはそれらには参加しないようです。 演じることだけに集中したい、代役で、志村さん以上に目立つことはしたくないという、彼の哲学でしょう」(映画製作スタッフ) 3つめの条件は、感染対策を徹底すること。 それは、沢田にとって「命がけ」ともいえるものだった。 「いま、現場では、専門家のアドバイスをもとに最低でも1時間に1回は換気をするなど、かなり厳しい感染防止対策がとられています。 大所帯のロケ中も、スタッフは沢田さんのそばにいて常に気遣いを欠かすことはありません」(前出・映画製作スタッフ) それは沢田が知識なくコロナを怖がっているからではない。 実は現在、持病を患っているからだという。 「沢田さん、スタッフに闘病を明かしたのです。 沢田さんはプライベートについてはもちろん、自らの体がつらいことや病気について話す人ではない。 それだけに現場の衝撃は大きかった。 しかも糖尿病だという。 命の危険もある中、この代役を受けてくれた心意気に言葉が出ませんでした」(前出・映画製作スタッフ) 新型コロナには、感染すると症状が重篤化しやすい人がいるとされている。 それは心疾患や呼吸器疾患、糖尿病といった基礎疾患を抱えている人だ。 糖尿病の場合、血糖値をうまくコントロールできないと、重症化や死亡のリスクが2〜2. 5倍にまで高まることが報告されている。 「沢田さんが病名を明かしたのは、現場でリスクを共有しなければ周囲に迷惑をかけかねないと感じたからでしょう。 もしも新型コロナにかかり、重症化となれば今度は映画の存続も危ない。 沢田さんとしては、自分自身のことよりも、それがいちばん心配だったのでしょう。 スタッフもその可能性があるとわかっていれば、念には念を入れて、対策を徹底できます」(前出・映画製作スタッフ) 誰もが危機感を抱くなか、現場の空気が緩むことはなかった。 「沢田さんは、相談したり、打ち合わせたりする前に、口をつぐんでじっと考える。 その様子に周囲の緊張感は高まっていく。 ただ、その空気がいい結果を生んでいるのも事実。 沢田さんの演技は非常に繊細で、約10年という役者としてのブランクをまったく感じさせません」(前出・映画会社関係者) 関係者全員が並々ならぬ意識で取り組んできた撮影は7月にクランクアップを迎える。 緊張感のある仕事の合間にも普段通りの私生活を送りながら挑み続けた沢田。 そんな彼を支えたのは妻の田中裕子(65才)だ。 「糖尿病を患う夫に神経を尖らせないわけにはいかない。 でも、田中さんは、あくまで自然体にふるまっていたようです。 あれだけ名の知れた夫婦ですが、電車で移動することも、毎日のように近所に買い出しにいくことも普通に行うようにしていた。 さすがにコロナを気にして移動は車だったようですが…。 今回は、演技について田中さんが沢田さんにアドバイスをすることもあったそうで、そうした会話も沢田さんを支えていたに違いありません」(テレビ局関係者) 撮影中も、夫婦で近所のスーパーへ出かける様子がたびたび見られていた。 最近、沢田の気持ちに変化が表れているという。 「沢田さんができる範囲で宣伝にも協力したいという姿勢になっているとか。 ひとりでも多くの人に広めたいという思いがあるのだと思います」(前出・映画会社関係者) 映画は来年公開される予定だ。
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