曖昧さ回避 Dioとは、以下を表す。 Dio - で『』の意味。 Dio - の。 、元~のを中心に結成された。 本項のDIOの。 DIOあるいは、Dio - 『』の架の登場人物。 本稿で詳述する。 Dio - の()。 をさらに略したもの。 DIO - をしていた会社。 DIOの由来は「どこでもいつでもおください」から。 DIO - 「」に登場する。 後に-DIOと名をめる。 DIOとは、の「」の登場人物である。 第1部「」、第「」ではを務めた。 第6部「」まで、各部のに大きなを及ぼしている。 『一巡後の』 の第7部「」には彼の別の可性と思われる人物の ( Dio)が登場する。 また自身という噂もあり、が解明を急いでいる。 概要 本名はディオ・ブランドー。 第1部と第2部では「」、第から第6部までは「DIO」と表記される。 非常に容姿端麗かつ相手を心酔させるほどのや話術、驚異的な、さらに執念を併せ持ち一族に長年の因縁を残した宿敵。 第1部の「」でもある。 性格は上昇志向が強い野心で常に上をしている。 冷酷で支配することが。 の研究に熱心になる性質である。 また、第7部はそれまでのとはしたがであるがDIOに酷似したが登場している。 本名は 「」、通称は「Dio」となっている。 第1部• 「!!」• 「WRY! の貧民に生まれる。 に苦労をかけ死なせた自堕落な・を嫌悪していた。 にの形見のを売るよう命じをうに殺意が湧きを殺すことを決意。 少しずつを盛り衰弱したに、昔助けた恩があるというの養子になるよう言い渡される。 の死後、に養子として迎られ「一番の持ちになってやる」「だれにも負けない男になる」という野望を胸にの地位とを乗っ取る計画を立てる。 の食事にを盛るなどして計画を進行していく。 しかし7年後、計画がバレて追い詰められると、を被りをやめになった。 手下やを増やしていき、討伐のために駆けつけた使いの一行と戦う事となる。 であるとのの決着と死闘の末、に沈んだ。 エピソード• 「」と 訛りでで怒られる。 「 」と言われながら殴られる。 そして泣く。 「 」と悪の臭いを摘される。 「」と叫ぶのをで粉砕する。 :のちにが付けた正式名称は(・リパー・スンギー・) 第2部 直接の出番はいが、老ツォが年前ににしたの強さ、美しさ、に憧れを抱き、になるためを被る。 また、が生み出していたの生き残りが、のである世を殺している。 第3部 第1部から約年後。 首から下はの体を、からしたDIOはのもたらした「」によってを身につけた。 悪のにして。 その圧倒的な性に惹かれた者たちや、だが信用はできないに「」を頭部に植えてを抱かせた者たち、の賞稼ぎなど、中に部下を増やす。 代表格な側近は、の、参謀役の。 部下のはDIOを「悪の」と呼んでいる。 また部下のはDIOの餌のたちが嫌々ではなく自ら望んで血を吸われ死んでいるのを見て「の人望」と言った。 普段は呼び捨てで呼んでいたが後に「」と呼ぶようになる。 「」でのにも登場した。 この状態はスタの化の際に「DIO」と名付けられた。 第1部の頃から印的な回しが多くながらに好かれていたが、第も出てくるたびやたら、、名を生み出してくれるのでからのはとても高い。 「駄」• 「このDIOが生まれた時代はしか走っていなかった」• 「『』() 時よ止まれ」• 「WRYYーーーッ」• 「関係ない 行け」• 「」 DIOがしたでの血統の一族がに覚めだし、、ィ、にが発動した。 の念写により自らのを知られ、自分を倒しに来たたちに刺客を差し向け、にて迎え撃つ。 との直接ではによる攻撃や、を初めてとして使用した姿が多くの当時のにを与えた。 の最中にの血を吸い、全に体がなじみ最高に「!」になるも、プッツンしたにし、となった。 時を止めるを持つ。 またのもあり・共に最高を誇る人の。 精密な動作も可。 射程は10mという、近がな接近戦の中で脅威の長さがある。 時を止めている間にDIOが何かしても、のには「時を止められていること」自体を認識出来ないため、結果的に一のうちに状況が変化しているかのように見え、そのため訳が分からず「 」ということになってしまう。 DIOはたちとのの半年前にが時を止められるもある事を研究の際に発見し一、時を止めている。 時を止める事を認識、そして首のキズがなじむにつれて徐々に止められる長さが伸び、時に止められる時間は5。 の血を吸い、体が全になじんだ後は9。 いずれより長い時間、思いのままに止められるようになるという発言もある。 より詳細な内容は「 」を参照。 () 名の由来は、大9番の「隠者」。 「 A-辞典」にてのであると説明された。 遠く離れた場所にいる対を映し出す念写を持つ、の茨に似た形の。 同じを持つは、序盤は使いこなせておらず念写をする際にを壊していたが、DIOはを壊さずに念写しているがある。 またの1年前にと会っていた際には、の心の中にある探し人のをに念写していた。 が進むにつれの体がなじんでいるためか中盤以降で使用はい。 このは「」ではと明言された。 吸血鬼としての能力 不老の身体であり、人的な身体と再生がある。 DIOのの一部であるを相手の額に植え付けることにより自身に対する強な性を抱かせることが出来る。 を使用していない部下にDIOを深く心酔している者たちもおり、DIO自身の性も非常に高いと言える。 作り 第1部では(生死問わず)などにエを与えを作るを使用していたが、戦となった第ではとの区別が重要ではいため、血を与えを作るを新たに持つ。 がDIOの血を輸血してもになっていなかったが、DIOの意識がいという状況の違いがありとして意識し使用していないので化しなかったと取れる。 第1部で使用していたとを使う描写はい。 はを出させないための技である。 には効かない・自分の体を凍らすとに粉々にされるがある。 元がの体なので思うように使えないという見解もある。 は第1部で体液なので連射をする描写はなく、直線に進むのみなので少し動けばを回避できることが明されている。 には効かない、そして弾き返される可性がある。 ちなみには第で使用、「」での技として使用できるので連射が出来る。 第4部 植え付けた「」がDIOの死によってし、異形の怪物へと変貌してしまった村のが登場する。 またであるは、幼少時にでDIOがしたでが、それに伴う高熱などでの状態に陥ったことがある。 第5部 DIOの、がとなる。 はDIOのを持ち歩いている。 第5部はグの抗争なのでののようなであり、は血統とー血統の中間の存在である。 はDIOがの身体で作ったなのでのの痣と、やな雰囲気も受け継いでいる。 がからに、そして「」や「WRY」と言っていたり性格の一部がDIOにも似ている。 これは身体がなじむごとにと要素が混じってるからだと思われる。 第2部でが他人とくっつけた身体はいずれ元のに戻ると発言し、第で身体がなじむごとに化するということをDIOが説明している。 終盤で全になじんだ時は、では身体ののの痣が消えていた。 ちなみにではでは対面していないDIOとの特殊会話がある。 は受け継いだを夢のために使わせてもらうと言っており、以外のDIOのことも知っているようである。 この日が来るのを待っていたのかもとのこと。 DIOはに自分と同じものと遠いものを感じているがだとは知らない。 しかし気に入っている。 険悪な雰囲気はく、割と仲良くなりそうな親子である。 第6部• 「の者とは、「」を見た者の事だ………どんな犠牲を払っても、はそこへ行く」• 「どんな者だろうと、人にはそれぞれ、その個性にあったがある。 王には王の……人には、人の……それがという事だ。 も同様、 「強い」「弱い」のはない」 6部、とののにて登場する。 DIOいわくは「信頼できる友」。 はDIOのことを若くと述べている。 出会ったきっかけは、DIOがをめてをしていた際に、のを避けて閉館日のに潜んでいたDIOを追い出さなかったお礼としての障を治し、「矢」をしたこと。 1年後、がとあるの際に「矢」によってに覚め、DIOにについて話を聞くために会いに行き、その後もよく会う親友となった。 で凝った船のチュアを作って遊んでいたり、くつろいでいるDIOが見られる。 のちにDIOは「」へ行く方法を確るために、の助けが必要だとる。 6部にてDIOを心酔している部下のが、にDIOを殺されたをしようとする。 はでの記憶を抜き取って、DIOがっていた「」へ行く方法を記したを読んだの記憶を、「」を実現させようとする。 さらにが持っている「」(正確にはから生まれた)は重要な役割を果たす。 また、DIOのの、、が登場する。 5部のを含むと合計4人の子が確認されており、をへとブッ飛ばさせるに十分な衝撃を与えた。 たちはDIO自身が子育てをしていないが、へのための運命に引かれるように各所からフダに集まった。 DIOがを作ったのは味方を作るためだったようである。 は登場していないが、単行本によるとフダのどこかにいたかもしれないらしい。 第7部(Dio)• 「オレにマンハッタンをくれ!」• 「切り裂いた首のその傷はオレがいただ…。 WRYーーーッ。 そしてこれがそれを越えた線 このオレが!手に入れるこのへの「線」だ!」 Dio が登場。 いわく「のないでのDIO」。 は『スケー・ズ』(元々はディドのだったが後に自分のとして取り込んでいる)。 自分や様々な人・物を化させたり、が鋭くなったり、を放ったりすることができる。 下層階級出身だが、名門に育てられ界で認められた。 の名前は1部同様に。 姓は異なっており、ー姓はがと別れた後に名乗った姓に基づく。 を追い詰めたが、あと一歩及ばずに轢かれてした。 ラリッたように「!」と言う。 の消化を助けるためにのの要領で石を食う。 色々なをる。 の音が『ズ ギュゥゥゥン』になる。 もっと詳細な内容は『 』を参照。 ニコニコ動画でのDIO での大暴れが印強い。 戦においてを勤める事が多く、体が減った状態でのタンデムからのパニッシュメントやを使った大逆転劇などを結構な頻度で行っているため製造機の一人として数えられ、そんなには大抵「」というが付く。 また「」にはDIOを元にした変「」が存在する。 が凍り付くような場面になると、あるいは画面が止まってしまうと「」「時は止まる」などのが流れる。 「」ののにもなった。 にもの一人として登場。 のによりらを苦しめた。 では、を使用可ながのとなるか。 天国に到達したDIO 「」に登場するのであり、基本とは違うに存在するDIO。 顔にの模様があり、い肌、まである長、装はが。 によると者の氏からや肌の色は「のようなで」「何かを越したような色」と提案があり、い肌になったとのこと。 ではたちを倒しており的のに到達しているが、ではなく新たなを身に着けている。 基本での自分がに敗れたのを知ったDIOは、基本の支配をす。 スタンド能力 ・ヘブン 名の由来はDIOの「」の。 見たはの色がに変わっている。 は「 の上書き」。 DIOかが触れたものがDIOの望む通りにで変えられ、DIOが「消えろ」と望み相手に触れば消滅する。 死人を生したりすることもでき、DIO自身を回復する時にも使える。 ではを落としてくる時もあるが、自身がを使えるように上書きしたのかもしれない。 上書きを使った後は次に使うまで膨大な魂のをためる時間が必要。 の移動のである「同じに2つ以上の同一人物や物が出会うと消滅する」を効化することは出来ない。 の、の4をも効化する強なを持つ。 が「に到達できなくする」であり、DIOは「に到達する」で逆であるが共にに関係しているため、が一番初めにに気が付いた。 でに到達したDIOとの親子は敵対し、対戦で使える通常のDIOと対面した際には敵対していないとも思えるがある。 ディアボロの大冒険 の有志によってされた「」にもDIOが登場する。 敵として第1部のと第のDIO、さらに最高になDIOの3が存在する。 を代表する敵だけに、他の以上にを入れてされており、様々な特殊やがちりばめられている。 そして、「の大」を後新たに出現したへ行くと、ヴェネチの中にと共にDIOが登場、「」を探している、と告げられるが…。 DIO• 『』を発動し時を停止する。 効果時間は3で、その間はは論DIO以外の全てのが一切動かなくなる。 攻撃の対抗策については、ここでは。 DIOがいるフと同じフにはが一緒に出現するのだが、が近くにいるとDIOはよりを優先して攻撃する。 そしてを同士討ちで倒すと、後述の 最高になDIOへとし大幅なを果たす。 ちなみにこのときにだけ見られる専用のやによる特殊演出も用意されている。 遠からとして、を投げつけてくる事がある。 DIOがいるフでを念写(を発動)しようとすると、の代わりにDIOのが念写されてしまう。 こうなると、フのどこかにいるDIOを倒すまでが使用になってしまう。 のビンの中に時々入っている、をDIOに近づけるとをしてくれる。 そしてDIOといえば階段。 DIOが同じにいる時に階段を降りようとすると・・・ 「 おれは階段を降りたと思ったらいつの間にか」 最高にハイなDIO 、DIOが最高にな状態。 と同様でDIOがの血を吸った(同士討ちで殴り倒した)事でを果たした姿。 単純にになっただけではなく、本作では上述のDIOとはべ物にならないほど各が強化されているため(特に攻撃が3倍近くまで跳ね上がっている)、DIOと同じ感覚で戦いを挑むと簡単にる。 の時間も3から5に延びているので、対抗策を用意できないまま時を止められたら最期、と思っても差し支えない。 尚、こちらのDIOは念写に写り込まないし、同じにいても階段を下りられるので、これらの点に関しては一安心ではある。 ちなみにでは、最初からこちらのDIOが通常形態のDIOとは別にに登場する。 歴代担当声優• (のでのDIOの、も兼任)• (第版)• (第版)• (第版)• (第1部版)• (版、第1部版)• (版、) 関連動画 関連静画 関連商品 関連コミュニティ 関連項目 一般項目• (での・DIO)• ( )• 関連人物• の身体がなじむほど止められる時間が長くなるのは、この時を止める(止まった時の中を動ける)がもともとに固有のだったからなのではないか?とは思ってる。 言い換えれば、もし仮にがを発現したとすれば、それはそのものか、それに極めて近いのだったのではないか、と。 はのをの体から得た一方、は高祖のをその血と魂から受け継いでいて、終盤で先祖返りを起こした、とかね。 この解釈に従えば、は人としての生前から、他者から借りた・奪ったもので生きながらえ、自らを特徴付けてきたことになる。 その独特で強なさえもが実は借り物、というのは、の生きざまと整合するし、のといわれるよりも納得がいく気がするんだ。 あくまで私論だけどね。 1752 ななしのよっしん.
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モハメド・アリ永眠から、6月3日で2年となる。 ボクシング史上、最大にして最高のファイターの軌跡を辿ると共に、宿敵、ジョージ・フォアマン(69)に、ザ・グレイティストを語ってもらった。 享年74。 死因は敗血症ショックだった。 アリは、1942年1月17日、ケンタッキー州ルイヴィルで誕生した。 本名はカシアス・マーセラス・クレイ・ジュニア。 白人と有色人種が隔離されていた時代のアメリカにおいて、クレイの父は看板書きとして生計を立てていた。 12歳の頃、クレイは父がクリスマスプレゼントとして贈ってくれた自転車を盗まれる。 被害届を出しに行った折、対応したのがボクシング経験者である白人の警官だった。 その彼に誘われ、グローブを握る。 クレイは意気揚々と故郷に戻り、白人専用レストランに入る。 星条旗を背負って闘った金メダリストになら、肌の色は問題視されないだろうと考えたのだ。 だが、同店の店長はにべもなかった。 「ウチにはニガーに出す食べ物は無い。 出て行ってくれ!」 やるせなさと怒りに震えたクレイは店を立ち去り、オハイオ川に金メダルを投げ捨てる。 そして、プロに転向し、黒い肌がいかに優れ、美しいものであるかを証明するべく闘った。 ローマ五輪決勝 写真:アフロ チャンピオンになり改名 1964年2月25日、ソニー・リストンを下して世界ヘビー級王座を奪取。 デビューから3年半で頂点に駆け上がった。 彼が繰り返し述べた「Float Like a Butterfly. Sting Like a Bee(蝶のように舞い、蜂のように刺す)」というファイティングスタイルは、実に華麗だった。 世界チャンピオンとなった直後、彼は「モハメド・アリ」に改名する。 「クレイという名は白人の奴隷所有者から与えられたものだ。 我々は、いつまで黒い先祖の名を隠し、白人の姓を名乗らなければならないのか? 俺はイスラム教のなかに、服従された黒人が解放されることを感じた」 自身の名を変えさせたのは、差別体験が大きく影響していた。 蝶のように舞い、蜂のように刺す 写真:ロイター/アフロ ベトナム戦争への徴兵を拒否 その後、アリは世界ヘビー級タイトルを9度防衛。 しかし、彼の行く手を阻んだものは、リングで対峙する挑戦者ではなく、アメリカ国家であった。 自身をニガーと呼ばなかったベトナム人を尊重し、同戦争への徴兵を拒否したアリは1970年にタイトルを剥奪され、3年7ヶ月のブランクを余儀なくされる。 が、ベトナム戦争は不毛だったことが最高裁で認められ、リングに復帰。 合計3度、世界ヘビー級王座に就いた。 写真:ロイター/アフロ 引退後もボクサー時代の高揚感が忘れられず2度のカムバックを試みたが、いずれも老いを見せただけに終わる。 39歳でリングを離れてからはパーキンソン病に苦しみ、手足の振るえが止まらず、呂律も回らなくなった。 そんな状態でありながらも、アメリカ国民に愛され、1996年に催されたアトランタ五輪では、最終聖火ランナーを務めた。 が、没後2年になろうとする3月下旬、彼の地元テキサス州ヒューストンで、およそ2時間のロングインタビューに応じてくれた。 今、彼は牧師兼ユースセンターのオーナーである。 ハナはアリの病室を頻繁に見舞っていて、私にも連絡をくれていた。 亡くなる直前は、毎日のように彼女からアリの病状を聞いた。 だから、亡くなったこともハナから聞いたよ。 でも数日が過ぎ、アリは今でも自分の身体の中に生きている。 私の中に彼がいる、と思うようになった。 今日、この瞬間も、そう感じながら生きているよ。 アリの存在を知ったのはいつでしたか? 「私が16歳の時だった。 カシアス・クレイの本名で世界ヘビー級王者となり、ソニー・リストンやフロイド・パターソンと闘っていた頃さ。 彼のバックグランドについては、後に記事で読んだりして知ったが、当時はアリをTVで見て『強いボクサー』『頭が抜群にいい男』という印象を持っていた。 いつもショーマンシップに満ちていて、ジョークを言い、リングでは素晴らしく速い足の動きを見せていたね。 とても憧れていたし、尊敬していた。 」 写真:ロイター/アフロ 徴兵を拒否したアリの言動について アリが3度目の防衛戦に向け、トレーニングキャンプを張っていた1966年初春、ルイヴィル徴兵委員会から「徴兵猶予の1-Yから、アメリカ合衆国軍即時入隊可能の1-Aに引き上げる」という内容の通知が送られた。 だが、アリは言った。 」 (俺にベトナム人を殺す理由は無い 当時アリは、生まれ故郷の隣人たちが、白人たちからいかなる扱いを受けているかを語った。 「多くの黒人の若者が、白人からチェーンで殴られていた。 瀕死の重傷を負った者もいた」 「南部のどの地域でもそうだったが、ルイヴィルのホテル、レストラン、水道、映画館の大半は黒人に閉ざされており、隔離されていた」 「俺の真のリングは、アメリカの黒人の自由を奪い取る為のものだ」 アリは自らを貫き、リングを降りたのである。 中学さえまともに通わなかった私に教養を与えてくれ、ボクシングと出会わせてくれたんだ。 職業部隊には退役軍人がたくさん勤務していた。 学業を教えてくれる先生も、ボクシングのコーチも愛国者ばかりだった。 だからアメリカ合衆国への忠誠心を叩き込まれたし、私自身、アメリカ合衆国には感謝の気持ちでいっぱいだよ。 当時も今もね。 地元ヒューストンで犯罪に手を染めていた少年に、人生やり直す機会を与えてくれたんだ。 そのうえ、19歳でオリンピックの金メダリストになることができた。 私に愛国心が強いのは、当然のことさ。 だから、当時の私には、反アメリカを唱え、徴兵を拒否したアリの行為がよく理解できなかった。 私とは立ち位置が違ったが、彼は己の信念を貫いたんだね。 そうこうしているうちに、アリと戦うことになった。 」 撮影:Troy Taormina キンシャサでのアリvs. フォアマン戦 1967年3月の試合を最後にタイトルを剥奪されたアリは、1970年にカムバック。 翌年、当時の世界ヘビー級王者、ジョー・フレージャーに挑むも左フックでダウンを奪われての判定負け。 トップ選手だったケン・ノートンにも敗北を喫した。 ジョージ・フォアマンは、アリのキャリアに初めて土を付けたフレージャーが保持していた世界ヘビー級タイトルに挑み、王者を6度キャンバスに這わせ、2ラウンドで仕留めた。 更に、2度目の防衛戦ではノートンも第2ラウンドで粉砕した。 そのフォアマンの3人目の挑戦者となったのが、アリであった。 40戦全勝37KOのフォアマン(25歳)と、46戦44勝(31KO)2敗のアリ(32歳)とのファイトは、ザイール(現コンゴ共和国)がホストカントリーに名乗りをあげ、全世界に衛星中継された。 関係者もファンも、ほとんどがフォアマンの勝利を信じて疑わなかった。 フォアマンは直近の8試合で、全ての対戦相手を2ラウンド以内に沈めていた。 一方のアリは、デビュー以来コンビを組むトレーナーが「失った3年7ヶ月のブランクこそ、アリが最も伸びる時期だった」と話したように、既にピークを過ぎたと見られていた。 しかしアリはアフリカの地でザイール国民から熱烈な歓迎を受ける。 「アフリカには自分のルーツがある。 住民全員が兄弟だ。 フォアマンは、それまでのファイトと同様に重いパンチを振るい続けたが、アリはクリーンヒットだけは喰らわず、若きチャンプを消耗させていった。 そして第8ラウンド残り15秒。 疲れの見えたフォアマンにアリが右のトリプルを放つ。 次の刹那、身体を入れ替えながらダブルのワンツーをヒット。 王者は半回転しながらキャンバスに崩れ落ちた。 敗因は何だったと感じていますか? 「アリと対峙した1974年の10月30日の一戦は、プレッシャーに負けたとか、コンディションが悪かったとか、そんなことが理由ではない。 私は、世界ヘビー級タイトルに挑戦した一戦で、ジョー・フレージャーをKOしていただろう。 アリはそのフレージャーに負けていた。 アリとフレージャーとの試合は会場で見た。 2人目の挑戦者であるケン・ノートンも私が彼の顎を折ってのKO勝ちだった。 正直に言うが、フレージャー、ノートン戦は2試合とも私にとってEasyだった。 その2人に負けたアリは衰えている。 私がアリに負けることはあり得ない、そう確信して3度目の防衛戦を迎えた。 2ラウンド以内、長引いたとしても3ラウンドには仕留められるだろうと考えていた。 でも、アリはそれまでの対戦者とはまったく違った。 5ラウンドになって、私は疲れを感じた。 息遣いが荒くなったことが自分でも分かった。 リングで『俺のパンチをこれだけ浴びているのに、何故、彼は倒れないのだ?』と思いながら、私は疲労を蓄積させていった。 まさしく、それがアリの描いた作戦だったんだ。 そして、ご存知のように第8ラウンドにノックアウト負けさ……。 あの日のアリにあって私に無かったものは、経験だった。 すなわちキャリアの差が明暗を分けたんだね。 アリ戦の前まで、私にとって勝利=KO勝ちだった。 相手を倒して勝つことこそが重要だと信じていたんだ。 でも、アリからは、たとえ判定でも勝利することが大事だ、と教えられた。 今だからこんな風に話せるが、アリ戦での敗北は私を粉々に打ち砕いたよ。 負けるということが信じられなかったし、ザイールを去る時は、本当に打ちのめされていた。 自分は生きる価値のない人間だ。 人生の敗者なんだ、とさえ思った。 あれほど哀しかった経験はボクサー生活で無かったな。 時間をかけて自分を修復し、もう一度アリに挑めば今度はきっと勝てると考えるようになるまでには、時間を要した。 力任せにKOを狙うことよりも、ゲームプランを立てて、勝利を上げることを意識するようになったね。 」 アリから拳で教わったこと アリによって身命をも破壊されたフォアマンは、苦しみながら一つの答えに辿り着く。 「自分と闘った時、アリは2つの敗北を経験していた。 黒星から這い上がったからこそ、アリはより大きくなったのだ。 とはいえ、再戦すればきっと勝てる」。 どんな状況に置かれても、アリは自己を信じ、描いたゴールまで走り抜く強さを持っていた。 黒い肌も反米を唱えた行為も、ある層にはネガティブに映ったが、信条を曲げることは決してなかった。 アリはフォアマンに拳で「人の歩み」をレッスンしたのである。 やがて、フォアマンも同じように負けを糧として立ち上がる。 彼は人が好きだった。 アリ以上に他者から愛された人間っていないんじゃないかな。 本当にGreatだよ。 モハメド・アリと書いてアメリカ合衆国という国家をイメージするくらいの存在だったよね。 中国、日本、アフリカ、ヨーロッパ…誰もがアリを知っている。 アメリカの象徴でもあった。 本名、カシアス・マーセラス・クレイ・ジュニア。 19歳で出場したローマ五輪(1960年)でライトヘビー級の金メダリストとなる。 同年プロに転向し、20連勝を重ねて世界ヘビー級チャンピオンに。 9度の防衛に成功するも、ベトナム戦争への徴兵を拒否し、タイトルを剥奪される。 最高裁で無罪を勝ち得た後、カムバック。 1974年10月30日、ジョージ・フォアマンを下して世界ヘビー級王座に返り咲く。 その後、10人の挑戦者を退けるが、1978年2月15日、レオン・スピンクスに判定負けして王座転落。 7カ月後のリターンマッチに勝利し、3度世界ヘビー級チャンピオンとなった。 2016年6月3日没。 享年74。 生後間もなく同州のヒューストンに移り住む。 1968年に開催されたメキシコ五輪のヘビー級で金メダルを獲得。 翌年、プロデビューし、38勝無敗で世界ヘビー級チャンピオンとなる。 が、3度目の防衛戦でモハメド・アリに敗れ、王座を失う。 アリ戦後、ジミー・ヤングに2敗目を喫して引退するも、38歳にしてカムバック。 そして、45歳でマイケル・モーラーを下してWBA/IBF世界ヘビー級タイトルを奪還。 1997年11月22日、48歳316日でリングに上り、シャノン・ブリックスを判定で下したが、不可解な判定で黒星を喫する。 その試合を最後にリングを去った。 現在もヒューストン在住。 【この記事は、Yahoo! ニュース個人の企画支援記事です。 オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。 この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。
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デビッド・ボウイの妻や子供は?身長体重は?死去した病気とは? デビッド・ボウイの家族とは?妻の名前は?子供はいるの? デビッド・ボウイは、イギリス出身の世界的ミュージシャ。 『地球に落ちてきた男』『戦場のメリークリスマス』『ハンガー』など、映画にも数多く出演し、俳優としても一時代を築きました。 そんなデビッド・ボウイが、2106年1月10日に亡くなりました。 それは、8日に69回目の誕生日を迎え、同日8日に、自身の28枚目のアルバム『ブラックスター』が発売されたばかりのこと。 デビッド・ボウイのマルチミュージシャンとしての才能は、2000年に雑誌『NME』が、ミュージシャンを対象にしたアンケートで、「20世紀で最も影響のあるアーティスト」に選ばれるほど秀でたもので、多くのアーティストが彼の訃報にショックを受けています。 10年後に離婚するも、二人の間には、映画監督となった子供、ダンカン・ジョンズが誕生しています。 その後1992年にモデルで女優だったイマン・アブドゥルマジドと結婚し、2000年にふたたび子供を授かります。 それが、娘レクシー。 その後の離婚歴はないので、おそらくボウイの最期を看取ったのは、妻イマンと娘レクシーだったのではないでしょうか。 デビッド・ボウイの身長と体重は?死去した病気は何だったの? デビッド・ボウイは、還暦を過ぎても年齢を感じさせない、細身のスタイルで、抜群にスタイリッシュでした。 しかし、実際の身長は178㎝と、外国人としてはそれほど高くはありません。 体重は非公開。 中性的な魅力のあったデビッド・ボウイですから、女性同様、体重に関しては、相当ストイックだったようです。 一日60本もの煙草を吸うヘビースモーカーだったデビッド・ボウイ。 死因は「ガン」と発表されましたが、肺がんだったのではないかと憶測を呼んでいます。 ボウイは生前に遺灰を散骨して欲しいと希望したようで、遺体はすぐに火葬。 遺灰の一部は、デビッド・ボウイが気に入っていた、ニューヨーク州ウッドストック近郊のキャッツキル山地に撒かれるそうです。 デビッド・ボウイ出演映画「戦場のメリークリスマス」感想あらすじネタバレ!代表曲「スターマン」歌詞感想! デビッド・ボウイが出演した映画「戦場のメリークリスマス」の感想とあらすじ、ネタバレも! デビッド・ボウイ出演映画『戦場のメリークリスマス』(1983)は、日本が世界に誇るミュージシャン、坂本龍一のテーマ曲でも話題になりました。 大島渚監督がメガホンをとり、テーマ曲を担当した坂本龍一もヨノイ大尉役で出演しています。 時代は1942年、舞台は、当時日本の統治下にあった日本軍俘虜収容所。 イギリス人俘虜ジョン・ロレンス中佐(トム・コンティ)は、俘虜でありながら、日本をよく理解し、俘虜の中心的存在でした。 男ばかりの戦地ゆえに起こる何らかのトラブルも、最も権力のあったヨノイ大尉と俘虜側のリーダーのジョン中佐、そしてビートたけし演じるハラ軍曹の三人で何とか解決していました。 ところが、そこに新たなイギリス人俘虜(デビッド・ボウイ)を迎えた時から、ヨノイ大尉の心に変化が生まれ、彼に対する愛に似た感情に揺れ始めます。 正直なところ、この映画を初めて見た時には、まだ人間の感情の複雑さや人生の機微が分からず、映画の醍醐味を理解することが出来ませんでした。 年齢を経てこそ味わえる映画の円熟味!ビートたけしが最後に笑顔でロレンスに発した「メリークリスマス、ミスターローレンス!」。 この一言には、今もグサリと心突き刺されるモノがあります。 デビッド・ボウイが代表曲「スターマン」に込めた歌詞とメッセージ デビッド・ボウイの死去に際し、日本でも、彼に影響を受けた多くのミュージシャンが追悼文を発表しています。 中でもギタリストの布袋寅泰は「デビッド・ボウイがいなかったら今の僕はない。 音楽だけではなく、ファッション、文学、フィロソフィー、映画などのアートを全て彼から学んだ」とコメントを発表しました。 デビッド・ボウイの代表作である『スターマン』の中で、彼は「空でスターマンが待っている……彼はこう言っている。 子供たちをロックに夢中にさせるんだ!子供たちにロックを聴かせて、子供たちみんなをロックに合わせて踊らせるんだってね」……スターマン・デビッド・ボウイ!あなたのロックを聴いて踊り続けた子供たちは成長して、新しいスターマンとなり、新たな子供たちに夢と希望を送り届けています。 デビッド・ボウイが望んだ終の棲家「スターマンは今もみんなの心に生きている」 デビッド・ボウイは、15歳の時に、ささいな喧嘩が元で左目に重傷を負い、視力を失ったばかりか、瞳孔が開いたままの「オッドアイ」を患います。 ところが、ブルーの瞳とオッドアイによる黒い瞳は、ボウイの天性の美貌をさらに際立たせ、映画『戦場のメリークリスマス』でのイギリス人俘虜役は、この瞳あってこその当たり役でした。 かなりの日本通で、たびたび日本を訪れていたデビッド・ボウイは、歌舞伎の女形や様式美に魅了されます。 そのため、自らの舞台パフォーマンスに歌舞伎の早替りをいち早く取り入れ、世界中を驚かせました。 常に時代の先端を走っていたデビッド・ボウイは、少し生き急いだのでしょうか。 病気を患ってからは都会から離れ、ニューヨーク州ウッドストック近郊の山地に別荘を持ち、癒しを求めていたようです。 何よりプライベートを大切にしたデビッド・ボウイは、葬式も墓石もなしで、遺灰をこの山に散骨することを望みました。 『地球に落ちてきた男』は『スターマン』となって、世界中の子供たちに夢と希望を与え、再び地へと帰っていったのです。 しかしながら、デビッド・ボウイが遺してくれた「ロック・スピリット」は、彼亡き後もずっと人々の心に生き続けていくはずです。
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