原潜の事故といえばソ連が有名ですが、最近になって色々分かってきたようです。 ーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーーーー CNN) ノルウェー海洋研究所は、30年前に海底に沈んだ旧ソ連の原子力潜水艦「コムソモレツ」から、異常に高い濃度の放射線が漏れ出していると発表した。 人や魚に危険が及ぶことはないとしている。 同研究所は遠隔操作方式の潜水艇を使って、約1600メートルの海底に沈んだコムソモレツを調査した。 その結果、換気ダクト付近の海水のサンプルから、最大で通常の80万倍の放射性物質セシウムが検出された。 コムソモレツは冷戦時代の1989年4月、エンジンルームで火災が発生し、ノルウェーのビュルネイ島から約200キロ南西の海底に沈んだ。 研究所は1990年代から同艦の監視を続けており、換気ダクト付近からの放射線の流出は過去にも検出されていた。 しかし前回コムソモレツの写真が撮影されたのは2007年だった。 ノルウェー放射線・原子力安全当局の専門家によると、換気ダクトから数メートル上で採取した海水からは、測定できるレベルの放射性セシウムは検出されなかった。 研究所が撮影した映像では、換気ダクトから白っぽい雲のようなものが流出する様子が確認された。 高い放射線が検出されたのはこの辺りだったことから、研究チームは放射線との関係を調べている。 通常の80万倍のセシウムは、毎回検出されたわけではなかった。 コムソモレツの監視は今後も続ける予定だが、放射線の値が危険な水準には達していないこと、汚染物質は海水に溶け込んですぐに希釈されること、これほどの深海に生息する魚はあまり水揚げされないことなどから、現時点で危険性はなさそうだと専門家は判断している。 ーーーーーーーーー引用終了ーーーーーーーーー.
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浮上航行中のK-278(1986年6月1日) 基本情報 運用者 艦種 級名 685型 マイク型 母港 艦歴 起工 1978年4月22日 進水 1983年6月3日 竣工 1983年12月28日 就役 1984年1月18日 最期 1989年4月7日に火災で沈没、犠牲者47人 除籍 1990年6月6日 現況 の水深1600mで大量の放射性物質が漏れ出す 要目 水上: 5,880 水中: 8,500トン 長さ 118. 4 m 幅 11. 1 m 7. 大深度潜航実験原潜である685型(計画名: , : マイク型)の1番艦として建造された。 同型艦はない。 艦番号は K-278であり 、また1988年には「コムソモレツ」の名誉艦名が付された。 来歴 [ ] 1966年8月、海軍総司令部は、第18中央設計局(後のルビン設計局)に対し、大深度潜航実験原潜「685型」の技術案作成を命じた。 N・クリモフ中央設計局長が主任設計官に任ぜられ、1977年以降はU・コルミリツィン局長が引き継いだ。 8年にわたる実験・設計作業を経て、1974年12月、閣僚会議と海軍総司令部は685型の建造案を承認した。 そしてその1番艦として、1978年4月22日、のにあわせて起工されたのが本艦である。 なお2番艦の建造も計画されていたものの、予算不足のため実現しなかった。 設計 [ ] 船体 [ ] 685型の模式図 上記の通り、本艦では従来のあらゆる艦を凌駕する大深度潜航が求められたことから、船体構造材には48T型が採用された。 この新素材の採用と設計の合理化により、大深度潜航に対応したにも関わらず、船体重量は従来の原潜と同程度になった。 なお設計上、安全潜航深度は1,000メートル、最大潜航深度は1,250メートルとされている。 構造様式は他のSSNと同様に複殻式とされた。 一方、船型については、同時期の他のSSNが涙滴型を採用していたのに対し、本艦では葉巻型に近くなっており、船体中央部は直径8メートルの円筒形、前部と後部は円錐形とされた。 円筒形の部分と前後部の接続角度はわずか5度である。 耐圧殻は7区画に分けられており、また2番目と3番目の区画は強化された耐圧隔壁によって他の区画と区切られて、非常時の「安全区画」を形成していた。 また内には脱出カプセルが備えられていた。 耐圧殻の開口部を少なくするため、705型で採用された耐圧司令塔や魚雷搭載ハッチなどは廃止された。 機関 [ ] 主機としては、とを1基ずつ搭載し、1軸のを駆動する方式とされた。 タービンは同世代のSSNであると同型である。 なおOK-650はソ連の原潜用原子炉としては第3世代にあたり、核燃料はUAl3、燃料棒は199本での量は160 kg、出力46 MWとされている。 その後、971型()や945型()にも搭載された。 また非常用に1基と112基1群のが搭載されている。 左右の水平舵の先端には防水カプセルに収めた補助が取り付けられており、水上を5ノットで走ることができた。 装備 [ ] 本艦は、大深度潜航の実験艦であると同時に、仮想敵の原潜や、大型水上艦、護送船団の阻止を目的とする攻撃原潜であった。 また更に、大深度潜航によって敵潜水艦の追跡・攻撃を不可能とできることから、有事に陸上の司令部が破壊されたのちにの指揮を引き継ぐ移動司令部としての役割ももっていた。 はMGK-305「スカット」が搭載された。 これは艦首の防水カプセルに収容されており、捜索・自動追尾・目標識別・武器管制・航法などの各機能を備えている。 探知距離は300キロとされた。 また671RTM型(ヴィクターIII型)で採用されたオムニブス型潜水艦情報処理装置が搭載されたほか、メドヴェヂツァー685型全緯度公開装置、ブフタ警戒装置、チビス・レーダー、モルニア-L自動通信システム、シンテズ衛星通信装置、アニス短波通信装置、コラ超短波通信装置なども装備された。 艦首には6門の水圧式が装備されており、SAET-60M魚雷、、超高速魚雷を2本づつ装填するのが通常であった。 また予備弾として、魚雷なら10本、ミサイルなら6本を搭載できた。 これらは海面レベルから深度1,000メートルまでの全深度において、単発はもちろん、斉射も可能であった。 艦歴 [ ] に建造が承認され、4月22日起工、6月3日進水、 12月28日に就役した。 就役後K-278は、大深度潜航の実験に積極的に用いられた。 には、深度1027mの潜航を実施したが、これは現在もなお戦闘用潜水艦の世界記録である。 事故 [ ] 、沖で演習中のコムソモレツの第7区画で火災が発生、艦は急浮上した。 電気システムがショートし、原子炉は緊急停止した。 圧搾空気システムから漏れが生じ、その結果、火災は拡大していった。 乗員は消火にあたったが、艦内は高温となり、消火に当たっていた乗組員が被っていた防護用ゴムマスクは溶けて顔面に貼り付いた。 緊急用呼吸システムが一部破損して一酸化炭素が入り込み、乗員の多くが一酸化炭素中毒になった。 拡大する火災を消す事は出来ず、酸素タンクと潤滑油タンクが爆発して耐圧殻が破壊され、艦内に大量浸水し、ついに艦は沈没した。 艦が沈没する際、乗員の多くは凍りそうな海面に飛び込み、ほとんどが凍死した。 この時、同艦に乗り組んでいたのは、経験の浅いセカンドチームであったため、事故に適切に対処できなかった、という見方もある。 艦長エフゲニー・ワニン大佐も、705K型()の艦長から転任して日が浅く、本艦に慣れていなかった。 火災の原因は現在も明らかではないが、第7区画の酸素濃度が高すぎたため、電気システムのショートが引き起こされた、という見方がある。 また、火災発生後、機密漏洩を懸念するあまり救助活動が遅れ、火災だけでなく、脱出後の海上の寒冷による死者も発生した。 艦が沈む際、最後まで艦に留まっていたエフゲニー・ワニン艦長以下5名が本艦に装備されていた脱出用チェンバーを使って脱出したが、艦長以下、乗員の誰も脱出用チェンバーの使い方を知らず、いざ脱出直前になってから、説明書を読んでいる有様だった。 チェンバーは海面に浮上したものの、あまりに急に浮上したため、中に乗っていた5名のうち4名は気圧障害で潰され即死、浮上時に気圧変化で開いたハッチから海面に放り出された。 スルサリェンコ准尉ただ1人が奇跡的に生き延びたが、彼も全身を骨折していた。 最終的に搭乗していた64名のうち42名が殉職した。 事故後 [ ] コムソモレツの沈没地点のノルウェー海北部は、有数の好漁場であった。 沈没当時コムソモレツは、2本の核魚雷を搭載していた。 この2本の魚雷の核弾頭の計12kgと原子炉の及びの漏出が発生した場合、漁場の汚染が発生し、700年に及び数十億ドルの被害に達すると推定された。 ノルウェーによる圧力を受けたソ連は「」とその母船として「」を派遣、コムソモレツの捜索に当たった。 1989年6月、ノルウェー海北部の水深1685メートル地点に沈没したコムソモレツを発見、深海作業で魚雷発射口6ヶ所と、沈没時に生じた亀裂3ヶ所が、ゴムとチタンのシールで覆われた。 1992年5月の調査では、艦体に複数の亀裂が確認され、そのいくつかは30から40cm幅に及び、原子炉の冷却パイプに達する可能性があった。 1993年8月に海洋調査が行われ、対流が発生していないことと生態系に急激な汚染が見られていないことが確認された。 但し、これは魚雷搭載ブロックの前方6mの幅に限定された調査に過ぎなかった。 1994年夏の調査では、プルトニウムの漏出が確認され、同調査でいくつかの亀裂は封印された。 1995年6月24日にはさらに艦体の亀裂の修復が行われ、1996年7月末に成功が宣言された。 ロシア政府では、2015年か2025年までは、生態系への影響は無視できるとしている。 しかし、今なお危険性は否定されていない。 1993年、コムソモレツを含む艦隊の指揮官であったチェルノフ海軍退役中将は、「コムソモレツ原子力潜水艦記念協会」を設立。 彼の指揮下にあった潜水艦乗組員の遺族に対する支援に当たった。 その後同協会は、全てのソビエト連邦及びロシアの殉職した潜水艦乗組員の遺族に対する支援組織となり、また4月7日は殉職した潜水艦乗組員の記念日となった。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 44-47. , pp. 286-291. , pp. 124-134. Pravda. 2009年4月24日. BBC NEWS JAPAN. 2019年7月12日. 2019年7月12日閲覧。 参考文献 [ ]• ; Moore, Kenneth J. 2004. Cold War Submarines: The Design and Construction of U. and Soviet Submarines. Polutov, Andrey V. Pavlov, Gregory Toker translator , Norman Friedman editor, English language edition , 1997, Warships of the USSR and Russia 1945-1995, [Annapolis, Maryland]: Naval institute press,. Wallace, Wendy, "", CIS Environmental Watch, Spring 1992. Montgomery, George, "", , Vol. 38, No. 5 1995• Romanov, D. , Fire at Sea: The Tragedy of the Soviet Submarine Komsomolets. Edited by K. Moore. Washington, DC: Potomac Books, Inc. , 2006. Note: Romanov was the Soviet submarine's deputy designer at the Rubin Design Bureau and he defends his agency's design against the Soviet Navy's initial claims that "numerous technical imperfections" caused the accident. Gary Weir and Walter Boyne, Rising Tide: The untold story of the Russian submarines that fought the Cold War, New York, NY: Basic Books, 2003 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 以下全て、欧文サイト。 Montgomery, George, 1995, "", Studies in intelligence, Vol. 38, No. www. deepstorm. 2011年4月6日閲覧。 www. deepstorm. 2011年4月6日閲覧。 www. submarines. narod. 2011年4月6日閲覧。 www. submarine. 2011年4月6日閲覧。 grinda. info. 2011年4月6日閲覧。 grinda. info. 2011年4月6日閲覧。 aqua. bmstu. 2011年4月6日閲覧。 www. submarine. 2011年4月6日閲覧。
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>原潜を撃沈すると放射能が漏れないでしょうか? 非常に長期の微量の核汚染が続きます。 >原子炉を使うと「リスク」が高くないでしょうか。 通常動力艦沈没時の燃料油汚染の方が環境負荷は高いでしょう。 >深海で沈められて原子炉を回収できないと…放射能漏れを考えると撃沈できるものでしょうか。 躊躇なく撃沈できます。 深海であるほど問題は小さくなります。 >世界中に原潜や原子力空母が蔓延したら果たして戦争は出来るのでしょうか。 軍艦や潜水艦は原子力を使わない事に出来ないでしょうか。 戦争はできます。 現に米英は原子力艦の実戦投入歴があります。 艦艇の原子力利用は禁止できません。 それができる世界なら、すでに核兵器は廃絶されています。 さて、福島原発事故は、全電源喪失で炉の冷却が止まったために核反応の暴走が起きたものです。 何とか冷却に成功したので、事態の一層の悪化は回避されました。 原子力艦の炉は原発よりずっと小型です。 しかも艦が沈む場合、炉は破損するとは限らず、炉が破損する大損傷を被った艦はすぐ沈むので、炉は必ず核反応暴走化前に海没します。 その後は、海水で実用上無限に冷却が続くので、冷温停止状態が維持されます。 核汚染は短期的な冷却水放出と長期的な核燃料から海水への放射性物質漏出ですが、冷温停止した小型炉ですから程度は限定的なうえ、海水の流れで拡散されて環境への影響は軽微です。 その後、炉は水圧や経年劣化で壊れていき、核燃料からの汚染は中期的にはやや増しながら長く続きますが、海水中の拡散で影響は深刻化しません。 人間の生活圏は海面以上ですから、沈没場所が深いほど影響は減衰します。 現に1970年代以前の事故で米ソの原潜数隻が深海に沈んだままですが、異常は伝えられていません。 ただし、長期微量の核汚染は間違いなく続きますから、海洋生物への影響等の不安はもちろんあります。 1989年4月7日 ソ連海軍(当時)のマイク型攻撃型原潜「コムソモレツ」の沈没事故 ノルウェー沖で沈没、引き揚げはされておらず核魚雷や原子炉からの放射性物質の流出が懸念されている。 一応、封印作業は定期的に行われている模様。 1968年 米海軍スキップジャック級原子力潜水艦「スコーピオン」の沈没事故 アゾレス諸島南西沖、深度約4,000mの海底に圧壊して沈没 投棄した魚雷が命中? 1963年4月10日 米海軍パーミット級原子力潜水艦スレッシャー沈没事故 深度2,560mで沈没 スレッシャーとスコーピオンに関しては深海なので問題は大きくないと言われている。 壊れ方にもよりますが、潜水艦の潜殻が割れても原子炉の収納容器が傷付かなければ余り放射線漏れは起こらないようですし、自動手動両方の閉鎖装置もあります。 また海水そのものが減速材兼冷却材になりますので、特に浅瀬でなければ数百メートルの海底に沈んだ場合は海底対流もあって表面には余り影響は無いとか。 実際に事故を起こして原子炉だけでなく核ミサイルもろともに海底に沈んだ原潜が米露合わせて七隻有りますが、その内の数隻は魚雷などが爆発して潜殻に割れ目があります。 既に引き揚げられたものも数隻有りますが、引き揚げられずに海底に沈んだままで漁場の近くに沈没した為に潜殻の割れ目などがゴムやコンクリートでふさがれているものも有ります。 いずれも今の所は深刻な放射線漏れは測定されてはいないですね。 沈めないよりは沈めた方が遥かに被害が少ないし、軍事的にも有効である程度の被害です。 原子力潜水艦の事故や沈没は今までも何度か起きています。 原潜以外にも海に落として行方不明になった核兵器もあります。 原子力発電所のような大型でも大量の燃料を搭載しているわけではないですし、被害が無いわけではないですが、地上の原子力発電所事故ほどの被害はありません。 もろもろの心配はありますが、今までの事故でも大きな放射線被害は報告されていませんし、もともと海水には極微量ながらウランなどが混じっています。 極微量といってもウランが45億トンほど総量で海水には混じっているとされているため、原潜の燃料程度が増えたところで誤差の範疇です。 とはいえ、積極的に海に捨てようとも、捨てても大丈夫とも言い切れないのも事実です。
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