こんにちは、ミュージカル大好きうたこです。 4歳からミュージカルを観続けていたおかげで、J-POPなどの普通の曲には全く馴染まずにミュージカルのサントラだけで生きてきました。 一時期は友達の友人でバンドの曲も聞きましたが……やはり続きませんね。 そんな私はブログを書いている時にも基本的にはミュージカルのサントラを流し続けています。 ミュージカルの歌は最高 ミュージカルの歌詞って、本当、 素晴らしいんですよ。 人の感情についてとか、人生についてとかを歌でさらっと表現しちゃうんですよね。 だからもう吸収もしやすいし心にじんわり響くんです。 で、私としては「このミュージカルのこの歌のこの歌詞が最高」みたいな話がしたいんですよね。 でも……ネット上で軽い気持ちで歌詞を掲載すると使用料が取られるのとかそういう話があったじゃないですか。 心配なので、どうしたら歌詞をブログに載せられるのか調べてみました。 ブログ上に違反なしで歌詞を載せる方法 日本では、日本音楽著作権協会(JASRAC)が歌詞をSNS等でつぶやくと使用料が発生する! と発言したことで話題になりました。 歌詞は著作物 歌詞は楽曲と一体の時には音楽の著作物になり、歌詞だけで見ても言語の著作物になってしまいます。 なので、歌詞は「著作物」として著作権法に守られているものになります。 コピーは絶対だめ 勝手に「著作物」をコピーすると、著作者の持つ複製権を侵害してしまうことになります。 丸々コピーして載せる時には、それこそ本当に使用料を支払わないといけません。 一言なら、OK ただし、歌詞のごく一部、一言だけをつぶやくのはOKとされています。 例えば、こんな曲があったとしましょう。 ていうか、無理ならキツイです。 歌詞そのままになるとだめ では、今度はこれです。 歌詞を載せたい時は「引用」で自分の意見をしっかり載せよう じゃぁ一体どうしろっていうの? そう、一つだけ許されている方法があります。 それが 引用。 公表されている作品に関しては、「引用」に限り著作物を利用することが許諾されると定められているようです。 よかった、歌詞を載せる方法、あるんだね!! ただし、2つのポイントを押さえなければなりません。 引用する著作物と引用される著作物が明確に区別されている これは、引用するものが明確に、パッと見で分かる! というようなことを示します。 引用される著作物が主、引用する著作物が従の関係にあること これは、歌詞がメインになっておらず、ブログの文章がメインで、歌詞はあくまでもサブでなくてはならないということです。 歌詞全文を引用でくくって掲載して、一言「最高」とつけるだけではコピーとなんら変わりがなくなってしまうということですね。 あくまでも、ブログで紹介したいという気持ちを込めてその他に色々書かねばならないということです。 JASRACに許可されているサービス ちなみに、JASRACと利用許諾契約を締結しているサービスであれば歌詞をコピーで掲載しても大丈夫みたいです。 ブログなら(2015年9月4日現在)• アメーバブログ• Seesaaブログ• textream• Yahoo! 知恵袋• Yahoo! ブログ• ヤプログ!• ライブドアブログ 知恵袋があるのは、この歌詞って何の曲でしたっけ? っていう質問が結構来るから・・・?w まとめ ということで、歌詞をブログに載せたい時には「引用」で、かつ自分の意見の方が主になっていれば大丈夫ということでした。 皆さん是非お気をつけ下さい。 (参考サイト:).
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たとえば 以前「楽しい」と感じていたことが楽しくなくなったなら、自分のいまの生活をよくよく見直してみた方がいい。 もしかしたら働きすぎなのかもしれない。 もしかしたら責任を負いすぎなのかもしれない。 さまざまなストレスや「やるべきこと」がのしかかっているのかもしれないし、自分で気づかないフリをしているだけですごく傷つく出来事があったのかもしれない。 前までなら「楽しい」だけで済んでいたことが、「辛い」や「苦しい」ばかりになってきたとしたら、自分の関わり方がすこしねじれてきてしまった可能性がある。 -------- とはいえ、「楽しかった」ことが楽しくなくなることには、ネガティブな側面だけでなくポジティブな側面もある。 より多くのことを知り、経験したことによって、自分が成長したという可能性もあるからだ。 いままでの刺激では足りなくなったり、もっと上を目指したくなったり。 あるいは別の何かに興味が移ったり。 興味の対象が移ることを世では 「飽き性だ」とか 「堪え性がない」とか 「三日坊主だ」とか、手を替え品を替え批判する向きがあるけれど、僕はそれを悪いことだとは思わない。 「いちど始めたら続けた方がいい」っていうのは、勤め続けてもらった方が得をする会社側の立場や、通い続けてもらった方が儲かるレッスン教師や、買い続けてもらった方が利益が出る業者たちが放つポジショントークだ。 人はどんどん変化していくし、それに伴って興味の対象が移り変わっていくことは当たり前。 だから、「前の楽しかったこと」よりも楽しい何かを見つけたら、他のことは考えずに飛び移るのがいいと思う。 たぶん、「あっちの方が楽しそう…」っていう気持ちを押し殺しながら「いままで楽しかったこと」を「これが楽しいんだから!」と自分に言い聞かせながらやり続けると、そのうちぜんぜん楽しくなくなるはず。 そうすると「楽しかったこと」も「楽しそうだなって思ってたこと」も、両方ともなくなってしまう。 そんなのってない。 まさに悲劇だ。 -------- 僕は、歌や芝居が大好きで、それが楽しいからこそ毎日毎日触れたいと思っている。 だけど、そうやって楽しいことにたくさん触れているからこそ、歌や芝居が「楽しくなくなる瞬間」がいとも簡単に訪れることも知っている。 あるときは共演者や演出家の言葉によって。 あるときには自分自身の行き過ぎた自己検閲によって。 「うまくなりたい」という気持ちが技術向上へのモチベーションにつながればいいが、「うまくなければいけない」が自分の心を殺すことにつながるのなら考えもの。 これはあくまでも僕の主義だから他の人に強要はしないが、「楽しいから」と始めた仕事が「楽しくなくなった」なら、やっぱりそれはおかしい状況だと思う。 たしかに、プロフェッショナルであれば越えなければいけない壁やハードルは高く、厚く、数も多い。 でも、やっぱりそれも「楽しく」越えたい。 仕事として越えなければいけない壁が「苦しさ」や「辛さ」しか運んでこないのなら、やっぱりどこかがおかしいのだと思う。 自分で自分を過度に追い詰めてはいないか。 もっと効率的な壁の越え方があるのではないか。 何も考えずにがむしゃらにやることで解決しようとしていないか。 「苦しいことこそ美徳」みたいな思考停止に陥っていないか。 「楽しい」ことは後ろめたいことでもなんでもない。 楽しいことは、いいことだ。
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バンドブームの中心的存在 ユニコーン ユニコーンはTHE BLUE HEARTS、JUN SKY WAKLER S 、RERBECCAなどのバンドブームの中心的グループであり、それまでになかった語彙や題材を用いた歌詞、 ジャンルを問わない音楽性でリスナーの心を掴んだ。 予想の斜め上を行くコスプレなど、ユーモアに溢れ時におもしろ可笑しくもあるユニコーン。 時代を席巻していた彼らだが1993年には活動を停止する。 同年に発売された楽曲 「すばらしい日々」をご存知だろうか。 この曲の歌詞は当時のユニコーンの心境を表している。 20代なのに達観した素晴らしい歌詞 その心情はバンドならではなく、懸命に働く大人にある共通な心を唄っているのだ。 この時まだユニコーンのメンバーは全員が20代。 だが、その達観した歌詞の表現と言葉の奥に含められた歌詞の意味には驚きを隠せない。 さらに、音でもユニコーンはメッセージを詰め込んでいる。 この楽曲のマイナーな曲調が歌詞をさらに助長しているのだ。 「僕らは離ればなれ たまに会っても話題がない」これは距離が遠いからではなく、近すぎるからこそなのだ。 長年連れ添った夫婦に会話がないのと同様だ。 お互いを知り尽くし、必要以上に距離を詰めすぎてしまったようだ。 「人がいないとこに行こう 休みがとれたら」この部分は大人気バンドであるがゆえの葛藤である。 ビッグになればなるほど、複雑な人間関係に巻き込まれていたのではなかろうか。 その中で、メンバー同士の関係性も変わってきたはずだ。 もっといい関係を築きたいと心では思っていても、環境によってはそういかない。 具体的かつ 現実的な言葉を並べているため、リスナーの心にまっすぐ届く。 仕事に真剣に向き合えば向き合うほど、周囲の状況や知りたくない現実が駆け寄ってくる。 ユニコーンは20代にして、その感覚を見事に歌詞に落としている。 未来から覗けば現在の自分は忘れ去られているのだ。 未来の自分に会うために 「すべてを捨てて」現在を生きている。 「すべてを捨てて」捨てるものの中には、現実から目を背け惰性で生きる心も含まれている。 そう、 ユニコーンは辛い現実に立ち向かう自分を称えているのだ。 楽しいことばかりではなくとも、忙しく汗を掻いて過ごす毎日は 「すばらしい日々」だとユニコーンは伝える。 TEXT 笹谷創 今回のコラムの歌詞.
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