ヨルシカ 言っ て 歌詞。 【ヨルシカ】「言って。」を考察してみた

言って。

ヨルシカ 言っ て 歌詞

独特な歌詞ですが内容としては 好意を持つ女性との別れ が描かれているのだと思います。 また、知っている方はMVをご覧いただくと気付くかもしれませんが、本楽曲は宮沢賢治の 『よだかの星』と世界観がリンクしています。 歌詞 一部抜粋 夕暮れた色 空を飛んで このまま大気さえ飛び出して 真下、次第に小さくなってくのは 君の居た街だ 靴の先に花が咲いた 大きな火の花が咲いた 心ごと残して征こう、だなんて憶う 3位 あの夏に咲け 楽曲の詳細 ヨルシカ1リズムに乗りやすい 「あの夏に咲け」 この疾走感がたまらない。 ヨルシカの作品は聴けば聴くほど深みが出てくる楽曲が多いですが、本楽曲は初見聴きでビビッとくるはずです。 また、軽快なリズムとは反対に歌詞は 「とても切ない主人公の心情」 が綴られています。 このギャップもおすすめの理由です。 歌詞 一部抜粋 君が触れたら、 た、た、ただの花さえ笑って宙に咲け 君が登って、て、 照れる雲も赤らんで飛んでいく 君がいるなら、 た、た、退屈な日々も何てことはないけど 君がいた騒々しい夏もさよなら 誰か応答願う オーバー 2位で紹介した「ただ君に晴れ」と対になる 「藍二乗」 この歌は本当にかっこよく尚且つ深い。 イントロから惹き込まれるメロディーと歌声に加え、楽曲のメッセージ性も凝っている。 「藍」というのは虚数単位の「i」 のことを指し、 これが二乗になることで 君がいない ということを表しているのです。 これに気付いたときは鳥肌が立ちました。 音楽としても詩としても 間違いなくおすすめの1曲です。 歌詞 一部抜粋 変わらない風景 浅い正午 高架下、藍二乗、寝転ぶまま 白紙の人生に拍手の音が一つ鳴っている 空っぽな自分を今日も歌っていた 感想 いかがでしょうか。 まだまだ紹介したい楽曲は多数ありますが、最低限押さえていただきたい楽曲集でした。 選曲しつつ、改めて良楽曲の多さに関心。 また、ヨルシカを聴くときは洗練された歌詞にも注目して、考えながら聴くことをおすすめします。 独特な世界観を楽しめると同時に、更にヨルシカワールドにハマり込んでいくいくはずです。

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【ヨルシカ/雲と幽霊】歌詞とMVの意味を徹底解釈!「言って」で亡くなった男の子と重なる!?

ヨルシカ 言っ て 歌詞

最近よく口ずさむ曲がある。 ヨルシカの『言って。 予備知識は全く無く、YouTubeで見付けたこの曲は、5000万回近く再生されている、人気のある曲だった。 テンポのいい、ポップなメロディラインに、刹那的な歌詞で表現されている。 MVでは、シンプルな線で描かれた、可愛い女の子が、階段の踊り場で、踊りながら歌っている。 思わず口ずさんでしまう、ギターのメロディラインは、一度聴くと耳から離れない。 スマホの画面をタップする時に、このメロディで、トントンしてしまう事もある。 曲の歌詞は、「言って」から始まるのだが、次に出てくる「いった」は、ひらがなで歌われている。 ゛言った゛が最初に考え付くが、その後の歌詞には繋がらないような気がした。 ゛行った゛や゛逝った゛も考えられた。 これだけで、切ない気持ちになってしまう。 常々日本語は、漢字、ひらがなとカタカナを使う複雑な言語だと思っていた。 そして、同じ読み方でも、漢字によって、意味が違ってくる言葉がたくさんある。 ここで、ひらがなで、「いった」を選んだ事によって、聴く人に、いろいろな解釈をされる歌詞になってくるんじゃないかと思った。 MVでは、「言って」の部分は殆んど、ひらがなで「いって」の吹き出しになっていて、同じく観て聴いている人によっても、また違う解釈になってくるように思う。 どんどん聴いていくと、最後の方に出てくるのは、「逝った」だった。 伏せんとして、 「あぁ、いつか人生最後の日、君がいないことを」 という歌詞がある。 私の解釈としては、不可能なのだけれど、最初の「いった」は、君が、゛逝った゛事を゛言った゛けれど、゛行った゛のかもしれないんじゃないかと思った。 なぜなら、 「 あまり考えたいと思えなくて 忘れてたんだけど 」 と続くからだ。 「盲目的に盲動的に妄想的に生きて 衝動的な焦燥的な 消極的なままじゃ駄目だったんだ」 という歌詞にも、繋がる気がする。 そして最後の、 「もっとちゃんと言って」 に繋がると思った。 または、゛言って゛ほしかったけれど、゛逝って゛しまったのか、とも考えられる。 歌詞を読むにつれ、いろいろ考えさせられる内容だと思った。 この曲の中で、一番好きなのは、 「明日十時にホームで待ち合わせとかしよう」 という歌詞。 急に、学生時代のような、懐かしくて甘酸っぱい感じがする。 そして私は、ヨルシカを聴く年齢層ではないんだろうなと思わせられる。 でも、口ずさんでしまう魅力的な曲。 この曲は、もう、逝ってしまった君に、その事を最後、 「もっと、ちゃんと言って」 と言っている、切ない曲だった。 投稿いただいたコメントはロッキング・オンが公開可否審査を行った上で掲載します。 コメントの前に、かならずを読んでください。 音楽文事務局が不適当と判断したコメントについては掲載しない場合がございます。 また、一度掲載されたコメントも、音楽文事務局の判断で削除させていただく場合がございます。 ご了承の上ご利用ください。 コメントの掲載基準や掲載可否についてのお問い合わせにはご対応いたしかねます。 ご了承ください。 利用規約に違反している可能性があるコメントを見つけた際は、当該コメントの「…」ボタンより「報告する」を押してお知らせください。 お知らせいただいたコメントは1件ずつ確認し、対処いたします。 犯罪予告や名誉棄損、侮辱、信用棄損、業務妨害罪などに該当する場合など、コメントの内容によっては警察に通報する場合があります。 本コメント機能はベータ版となります。 予告なく終了する場合がございます。 ご了承ください。

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もう君が逝ったことは気づいてるんだ... ヨルシカ「言って」の歌詞の意味を徹底解釈

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言って あのね、私実は気付いてるの ほら、君がいったこと あまり考えたいと思えなくて 忘れてたんだけど 盲目的に盲動的に妄想的に生きて 衝動的な焦燥的な 消極的なままじゃ駄目だったんだ きっと、人生最後の日を前に思うのだろう 全部、全部言い足りなくて惜しいけど あぁ、いつか人生最後の日、 君がいないことを もっと、もっと、もっと もっと、ちゃんと言って あのね、空が青いのって どうやって伝えればいいんだろうね 夜の雲が高いのって どうすれば君もわかるんだろう 言って あのね、私実はわかってるの もう君が逝ったこと あのね、わからず屋って言うんだろうね 忘れたいんだけど もっとちゃんと言ってよ 忘れないようメモにしてよ 明日十時にホームで待ち合わせとかしよう 牡丹は散っても花だ 夏が去っても追慕は切だ 口に出して 声に出して 君が言って そして人生最後の日、君が見えるのなら きっと、人生最後の日も愛をうたうのだろう 全部、全部無駄じゃなかったって言うから あぁ、いつか人生最後の日、君がいないことがまだ信じられないけど もっと、もっと、もっと、もっと もっと、もっと、もっと、君が もっと、もっと、もっと、もっと もっと、ちゃんと言って ひいらぎの解釈 あのね、私、実は気づいてるんだよ?君が死んだこと。 君が死んだことを受け入れてくなくて、考えないようにしてたんだけど。 何も見ないふりして、君が死んでいないと妄想しながら生きてきたけど そんな生き方じゃダメだったんだ。 この曲には、主人公の「私」と「君」の二人の登場人物がいます。 ここの部分、「私」は「君」に「君が死んでしまったことは気づいてるんだよ?」と、伝えています。 人間誰しも、本当に好きな人や、大切な人が目の前からいなくなってしまうと現実を受け止めたくなくなりますよね。 主人公はそのように、現実逃避していたのでしょう。 でも、現実逃避したままじゃダメだと今気付いたようです。 人生最後の日に君のそばにいられなくて悔しいな きっと、人生最後の日を前に思うのだろう 全部、全部言い足りなくて惜しいけど あぁ、 いつか人生最後の日、君がいないことを もっと、もっと、もっと もっと、ちゃんと言って ひいらぎの解釈 あのね、私もう知ってるんだよ? 君が天国に行ったこと。 「僕のことなんか忘れて」って君はいうだろうけど、 私は忘れられないよ。 わからず屋っていうだろうけど。 ほんとは忘れて楽になりたいんだけどね。 ここの部分は「いったこと」から「逝ったこと」に変わっていますよね。 おそらくここで主人公は「君」が本格的に私の前から消えたことに気づいたのではないでしょうか。 そして、「君のことは忘れないよ」と主人公は「君」に言っています。 いつまでも君を想っているから もっとちゃんと言ってよ 忘れないようメモにしてよ 明日十時にホームで待ち合わせとかしよう 牡丹は散っても花だ 夏が去っても追慕は切だ 口に出して 声に出して 君が言って ひいらぎの解釈 もっとちゃんと私に教えてよ? 私が忘れないように「僕は死んだ」ってメモに書いてよ? (君のお墓の前の)牡丹が散ったとしても君は私の花だ 夏が去って秋になっても君を思い出すよ。 口に出して、声に出して。 君がいう。 ここの部分、楽曲中ではテンポが上がり、主人公が吐露している様子を描いています。 主人公の「君が死んだことをわからせてよ」という切実な気持ちがうかがえますよね。 そして、後半の部分では「君のことは忘れられない」という主人公の思いを歌っています。 ちなみに追慕(ついぼ)という言葉は、亡くなった人、遠く去った人を思い出して懐かしく思うという意味です。 人生最後の日、君がいるなら愛を歌う... そして人生最後の日、君が見えるのなら きっと、 人生最後の日も愛をうたうのだろう 全部、全部無駄じゃなかったって言うから あぁ、 いつか人生最後の日、君がいないことがまだ信じられないけど もっと、もっと、もっと、もっと もっと、もっと、もっと、 君が もっと、もっと、もっと、もっと もっと、ちゃんと言って ひいらぎの解釈 人生最後の日、君がそばにいるなら きっと、私は君に愛の言葉を言うのだろう。 君を覚えていることが全部、全部無駄じゃなかったって言うから。 あぁ、でも君が人生最後の日いないことがまだ受け入れられない。 君がもっと、もっともっともっと... 私にもういないことを教えてよ? もし「君」が人生最後の日にそばにいたら、最後まで君に愛の言葉を言うだろう... 切ないですね。 曲の最後にして、主人公は「君」のことが好きだったことが明らかになりました。 「君」のことが本当に本当に好きだから、 主人公は「君」がいなくなったことを受け入れられないんですね。 「言って」という曲のまとめ この、「言って」と言う曲には、 誰しも、どんなに愛していても、必ず大切な人とは別れがくる。 お互いに同意しての別れもあるし、突然別れが訪れることもある。 では、あなたは日常生活であなた自身が、大切な人を失う可能性があると考えたことはありますか? 当たり前のように大切な人が近くにいると思っていませんか? どんなに嫌と思っても別れが訪れてしまうのはどうしようもないこと。 ではあなたはその別れまでに何をしますか? と言うような隠れたメッセージがあるのでしょう。 こんな素敵な曲を世に生み出してくれたn-bunaさんに感謝を。

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