最後 の 晩餐 裏切り者。 最後の晩餐に隠された裏切り者ユダの謎・秘密とは?キリスト/ヨハネ

ダヴィンチの『最後の晩餐』はなぜすごいのか?徹底解説!

最後 の 晩餐 裏切り者

絵の概要 レオナルド・ダ・ヴィンチ作「最後の晩餐」は、当時のミラノのルドヴィーコ・スフォルツァ公(ルドヴィコ・イル・モーロ)の依頼によりミラノのサンタ・マリア・デレ・グラツィエ聖堂修道院の食堂の装飾壁画として制作されました。 キリスト教美術における「最後の晩餐」の主題は、古くからあり、キリスト教教会、僧院、修道院の装飾壁画のひとつです。 絵はイエスが十二人の使徒に対し、「手で鉢に食べ物を浸した者が、わたしを裏切る」」と予言する場面で、それまでにない横一列の人物配置により、人物の表情と手の描き方により、多様な心理を描写しています。 近年の修復作業では、卓上には魚料理が描かれたことなどが判明しています。 絵画技法については、当時の壁画で通常用いられたフレスコ画法(壁に漆喰を塗り、乾かないうちに不透明の水溶系顔料を使用することで、絵を定着させる技法)ではなく、油彩とテンペラ(顔料を卵白と混合する技法)によって描かれています。 フレスコ画は、漆喰に絵の具が染みこむため、定着性がありますが、漆喰の乾くまでの短時間で描かなくてはなりません。 これに対して、壁画を油彩やテンペラで描くことは、絵の具の塗り重ねにより、質感などの描写力に優れるが、定着性に劣り、絵の具が剥離するリスクがありました。 ダ・ヴィンチは、絵の完成度を求め、このリスクがある技法を選らびましたが、完成後まもなく絵の具の剥離や遜色が始まりました。 また、食堂の湿気や時代によっては、食堂が馬小屋として使用されたことにより、ダ・ヴィンチ没後半世紀ほどのイタリアの美術史家ヴァザーリも、制作後数十年で剥離ひどくなっていたと記述しています。 さらに、第二次大戦時の空襲で建物の多くの部分が破壊され、壁画は無事でしたが風雨にさらされることになるなど、壁画の保存は極めて悪い状態がありました。 そのため、この傑作は制作当時の状態をわずかに残すのみの現在の状態になっています。 また、この完成当時の絵に関する資料がほとんどなく、16世紀から19世紀に行われた度重なる修復(欠落部分の補筆や加筆)により、ダ・ヴィンチが3年の歳月をかけて完成した、この絵の原型は想像するしかありません。 絵画史上の傑作であることはもちろんですが、現存していることさえも奇跡であると言われています。 ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」で特徴的なのは、それまでの宗教画にあった後光などを描かず、よりリアリティのある人物群像として描いたことです。 そこでは、イエスもユダも一人の人間ですが、考え抜いた構図と緻密な描写により、人間性と心理描写を高度に表現しました。 それまでの宗教絵画の概念を超えた革新的な絵画と言えます。 「最後の晩餐」絵のナゾと私見 以下の文章はダ・ヴィンチ「最後の晩餐」において、従来よりナゾとされる部分に関する個人的な見解です。 「ダ・ヴィンチ・コード」では、一般的には最年少のヨハネと言われている、イエスの向かって左の人物が、マグダラのマリアであり、イエスが妻帯していたとされています。 聖書では「イエスの愛しておられた者がみ胸近く席についていた」との記述があるのみで、人物名が特定されていませんので、こうした解釈ができます。 聖書を知らない人にとっては、この人物を少年と見るのはたしかに難しいと思います。 この人物の下絵と思われるデッサンがあります。 タイトルは「Head of a Young Woman」(若い女性の頭部)で、眉などダ・ヴィンチの女性を描く特徴があり、どうみても少年には見えません。 ルネッサンス期の画家アンドレア・デル・サルトの「最後の晩餐」は、横一列の配置や心理描写重視など、多くの点でダ・ヴィンチの影響を受けていると思われるますが、この絵では、少年として描かれたヨハネの手にイエスが手を重ねています。 「最後の晩餐」の絵でイエスが弟子に手を重ねるように描くことは、それまでには無かったことです。 アンドレア・デル・サルトのアイデアかも知れませんが、ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を見た影響であったとすれば、ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」のこの部分は、剥落後の修復で、現在のように感情表現が無いかのように、手を組むものではなく、当初はイエスと手が重なり合う、信頼と愛情を示す表現であったとも考えられます。 ダ・ヴィンチ「若い女性の頭部」デッサン アンドレア・デル・サルト「最後の晩餐」部分 次に、従来からナゾとされているイスカリオテのユダに関する考察です。 Wikipediaでは、「イエスを裏切った代償としての銀貨30枚が入った金入れの袋を握るとされる。 (ただし、マタイによる福音書では、イエスを引き渡した後で銀貨を受け取ることになっていたが、ダヴィンチは、聖書にある「手で鉢に食べ物を浸した者が、わたしを裏切る」の表現が難しかったためではないかと言われている。 」とありますが、ダ・ヴィンチに対して「表現が難しかったためではないか」は当たらないと思います。 ダ・ヴィンチは、完璧な表現を目指し研究を重ね、その成果により、あらゆる側面で他人から揶揄される要素を排除して、自身自身が納得できないと絵が描けない性格の人間だったからです。 ですから、歴史上の人物を描くには、聖書の記述を尊重し、人体は解剖学的にも正しいものを描きました。 このために納得できずに未完成となった絵画も多くありました。 また、もう一つのナゾである、イスカリオテのユダ背後に描かれているナイフを持った右手についても象徴的にユダの背後に描かれたものではないかとの曖昧な解釈のままです。 たしかに、イスカリオテという言葉は「短剣」(=イエスを後ろから刺す者)という意味ですが、これについて、次のように考えています。 ユダの下半分が剥落し、後世の修復により現在のようになっているが、当初はユダの左手は何も持たず、驚きの余り、鉢に浸した持っていたパンを落とした瞬間の描写であった。 また、右手は、聖書の記述にしたがって、金貨の入った袋を持たずに、ナイフを持っていて、身を乗り出したペテロの右手に押さえつけられている。 このために、ユダの姿勢はテーブル前方に乗り出し、顔は背後を見ようとしている。 そしてこの顔も、現在のような横顔ではなく、右後方からのものとなるため、ユダの顔は識別できない。 (したがってユダの顔は誰かに似ているということもない。 )このように解釈することで、絵の構図、解剖学的な人物描写、聖書の解釈とのつじつまが合うように思います。 以上の想像したことを元にして「最後の晩餐」復元をしてみました。 現在のように、やや静粛なものではなく、もっと劇的なものになりましたのでご覧ください。 ただし、この正否はあくまで想像なのですが、しっくりすると思いませんか? ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」部分復元 ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」部分復元 レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」原画 レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」復元 登場人物と表現(復元後の私見) 向かって左から、• バルトロマイ — イエスからもっとも離れた位置におり、イエスの言葉を聞き取ろうと立ち上がった様子に描かれている。 小ヤコブ — イエスと容貌が似ていたとされる使徒。 左手はユダを指差し、告発しようとしている。 アンデレ — 両手を胸のあたりに上げ、横で起こったことへの一瞬の驚きを表している。 イスカリオテのユダ — イエスの言葉に驚くと共に、ペドロにナイフを持った右手を押さえられて、振り向こうとしている。 左手は持っていた食べ物を落とした瞬間。 ペトロ — 右手でユダの右手を押さえ、身を乗り出し、左手を差し出して、イエスに告発しようとしている。 ヨハネ(マグダラのマリア?) — 聖書で「イエスの愛しておられた者がみ胸近く席についていた」と記されている人物。 左手はイエスの右手が重なり、右手は動揺を抑えようとするが、悲しみに体を傾ける。 イエス — 右手で ヨハネ(マグダラのマリア?)の動揺を抑えようとする。 左手は神の定めを受け入れることを示している。 十二使途が各三人づつになっているが、イエスは中央でひとり、動揺や怒り、悲しみなどの感情を示すことなく、静かに神の定めを受け入れている。 トマス — 大ヤコブの背後から顔を出しており、体部は画面ではほとんど見えない。 右手の指で天を指し、神のお告げかとイエスに問い掛けている。 左手はテーブルの上に置かれている。 大ヤコブ — 驚愕のあまり、両手を広げている。 フィリポ — 両手を胸にあて、「私たちがお守りします。 」というように心情を訴えかける。 マタイ — イエスの言葉の真意を年長者であるタダイ、シモンに問いかけている。 タダイ — シモンとともにマタイの問いかけに対する答えを話しあっている。 シモン — イエスの言葉を神のお告げと思うが、この先のことを計りかねているかのように、掌を上に向けて少し挙げている。 レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」 イタリアのデジタル画像処理会社HAL9000の.

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【ゴールデンカムイ】キロランケが死んだ?正体は黒幕の裏切り者なのか?【ゴールデンカムイ】

最後 の 晩餐 裏切り者

Contents• レオナルド・ダ・ヴィンチのここがすごい! 寄稿:ダ・ヴィンチ絵画の真髄とは? 「ダ・ヴィンチ・コード」という作品が世界的に注目され、一世を風靡しました。 死後、約500年経つ人物の作品に、全世界の注目が集まるということはすごいことですよね。 今なお現代の私たちに影響を与え続けているダ・ヴィンチの作品には、一体何が込められているのでしょうか?「ダ・ヴィンチ・コード」では、ダ・ヴィンチの絵に暗号が秘められていると、特に「最後の晩餐」がクローズアップされていました。 しかしながら、研究者の間では、信憑性がないとあまり相手にされていません。 では、ダ・ヴィンチの絵に暗号はないのかというと、そうではありません。 やはり深いメッセージが込められているのです。 ダ・ヴィンチがマエストロになって間もない22歳の頃、最初に描いた女性の肖像画を紹介しましょう。 ジネヴラ・デ・ベンチの肖像(1474) 能面のような、あるいは蝋人形のような、生気のない冷めた表情が特徴的です。 しかし、実は、結婚祝いの絵として贈られたものだといいます。 めでたい記念なのに、なぜダ・ヴィンチは、こんな無表情な肖像画を描いたのでしょうか。 実は、ジネブラの結婚相手は、後にフィレンツェ行政長官になるルイジ・ニッコリニで、地位はありましたが、年齢は倍あり、最初の妻と死別したばかりだったそうです。 一方、ジネブラは、まだ16歳の若さ。 ヴェネツィアの大使ベルナルド・ベンボに恋心を頂いたものの、その恋は叶うことはありませんでした。 おそらくお互い愛のない結婚だったのでしょう、ジネブラは失恋を引きずって田舎に引きこもってしまい、寡婦として寂しく生涯を遂げたといわれています。 ダ・ヴィンチの言葉を二つ紹介しましょう。 「自分の心の情動を、可能なかぎり身振りで表現していない人物像は、称賛に値しない。 」 「君の人物像の動作を、その人物の心の情動にふさわしいものにせよ。 つまり、もし君が怒っている人物を描くなら、顔がその反対の情動を見せたりせず、彼の内に怒り以外のものがあると判断できないような顔にせよ。 喜び、憂い、泣き、笑い、などについても同様である。 」 ダ・ヴィンチはジネブラの切ない心情を察知し、見事に肖像画に反映させていったのだと思います。 この虚ろな眼差しにもちゃんと意味があるのですね。 さて、表情以外にもう一つ着目すべきところは、背景に描かれている鬱蒼とした樹木です。 ネズという樹ですが、イタリア語で「ジネプロ ginepro 」、 トスカーナ方言で「ジネブラ genevra 」と呼ばれており、まさに「ジネブラ・デ・ベンチ」の名前を表しているわけです。 背景にも気を抜かずに仕掛けを入れる、ダ・ヴィンチ絵画の醍醐味はまさに全面に渡って意味が埋め込まれていることにあります。 ぜひ細部を見逃さずに、「これももしかして何か意味があるのかな?」と絵画鑑賞を楽しんで頂ければ幸いです。 寄稿:ダ・ヴィンチ学講師 Daヴィんち ダ・ヴィンチ学公式サイト: レオナルドの心と優しさ レオナルド・ダ・ヴィンチは私が最も尊敬する画家のひとり。 天才というとレオナルド・ダ・ヴィンチを思い浮かべる方も多いだろうと思う。 それくらいダビンチは多才であったし奇行も多く、また現在も人々を魅了しながらも謎に包まれたアーティストである。 ダ・ヴィンチの絵は深く、優しく大きな存在感で迫りくる。 本物に触れる事は、その時限りの感動を受けるだけではなく、人生や価値観さえ変えて自分を成長させてくれる。 それをダ・ヴィンチの絵は教えてくれる。 ダ・ヴィンチの絵では計算やトリック等の難解さが語られる事が多いが、ダ・ヴィンチの絵を見て感じる壮大な感受性や精神性、ダ・ヴィンチの心を受け取ってほしいと思う。 レオナルド・ダ・ヴィンチの有名な作品であるモナリザはどの方向から見ても、こっちを見ているかのように作られた作品である。 それは一体何を意味するのか、そもそも絵に意味は必要だろうか、 ダ・ヴィンチは観るものを模索させ成長させ優しく包んでいる。 万物に対する限りない興味と探求心を見せたダ・ヴィンチであったが、私がもっとも興味を持ったのはダ・ヴィンチの人間性である、このようなエピソードがある。 「ダ・ヴィンチは籠に入って売られている鳥を買い、その鳥を放してやった」 ダ・ヴィンチは命を大切に思う心優しい人物であり菜食主義者であった。 偉大な芸術は偉大な心から生まれるのだとダ・ヴィンチは教えてくれているようである。 文:ひよう 大自然の法則、宇宙の真理を追い求めた探究者。 「da Vinci」=「ヴィンチ村出身の」という名で語られるように私生児で、自然を友として暮らしていたとされる幼少期を持つレオナルドは、おそらく人と話すよりも樹々や水や空、鳥や動物、様々な小さき生命たちと心通わせていたことでしょう。 その彼が絵画という領域に夢中になったのは、必然に違いありません。 例えば流れる水を何度も習作しているのも、水をもっと知りたかったからでしょう。 その美しさにはどんな秘密があるのだろう、という想いが絵を描く引き金になることは、画家の宿命を持つ者に共通する点であるとしても、レオナルドのそれはプリミティブさとも重なる様な、超自然との向き合い方から来ると思うのです。 その傾向を確実に垣間見ることができるのは、なんと言っても「ウィトルウィウス的人体図」でしょう。 自然の美の法則を追求したレオナルドが数学的見地も合わせて、人体もその自然界の法則に当てはまる、宇宙の雛形であることを、素晴らしい正確性のドローイングで円と正方形に当てはめて証明しています。 人間は美しい自然の創造物であることを後世にまで伝えるとともに、自然の一部に過ぎないことまでをも教えてくれているのです。 飽くなき探究心から人体解剖まで率先して行ったことは驚愕の一面として語り継がれています。 然しながら、どのような骨格の上に筋肉がとりまき、またどのように内臓が収まっているかという、当時では知りえなかったであろう「秘密」を解き明かし、それ故のこの人体のラインであり立体であることまで調べ上げた彼のおかげで、現代のデッサンもこの真実から構築出来るよう受け継がれてきました。 また、追求は絵画のみにとどまらず、建築や科学にも及び、興味深いことには回転式の羽根を持つ空を飛ぶ機体を設計しています。 レオナルドが飛行をイメージする際に着目したのは鳥の羽根ではなく、まるでDNAの螺旋の一部のような、回転する渦でした。 彼は銀河を観ていたのでしょうか。 このように、美とはこの大自然の法則そのものだと、真から感じていたレオナルドの描く人物の多くに見られる理知的さは、奥深く解脱した静けさを兼ね備え、観るものの内側を整えてくれるような働きを持っています。 その反面、感情をあらわにした表情の習作などは、この社会を生きる私達を一様にハッとさせてくれることでしょう。 時空を超えて最も愛されている画家の一人である所以はここにあるのかもしれません。 文:ゆすらうめ レオナルド・ダヴィンチの作品紹介 「最後の晩餐」に込められた計算による美しさ 最後の晩餐は、レオナルド・ダ・ヴィンチによって描かれた、有名な壁画です。 誰しもが目にしたことのあるその絵には、計算によって作られた美しさがあるのです。 視線誘導、というテクニックがあります。 絵の中のものを意識的に配置することによって、見る人の視線を、自然に誘導するのです。 最後の晩餐の、最も目立たせなくてはいけないものは、イエス・キリストです。 背景の遠近感を出すための、立体物の延長線の向きを定める、消失点というものが絵にはあります。 レオナルド・ダ・ヴィンチは、この消失点を、イエス・キリストの額に配置したのです。 その証拠に、壁画のイエス・キリストの額には、釘をさした跡があるのです。 レオナルド・ダ・ヴィンチは、遠近法を、視線誘導のために使い、イエス・キリストを目立たせたのです。 また、最後の晩餐は、イエス・キリストの最後の晩餐を描いた作品なので、物語があります。 裏切り者がいた、というのは、「ブルータス、お前もか」という言葉で有名だと思いますが、この絵のなかにも、裏切り者がきちんと描かれているのです。 物語を知って最後の晩餐を見ると、また違った魅力を感じることが出来ると思います。 また、壁画は食堂に描かれたものなのですが、食堂の中に差し込む光の向きと、絵の中の光の向きが一致しているのです。 これは現地で見ないとわかりませんが、同じ空間にいるような錯覚さえ感じさせる、計算し尽くされた、名作なのです。 この作品はイタリアのミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂に描かれた壁画なのですが、実はとても壮絶な歴史を持っているのです。 まず壁画というのは、描かれた当時フレスコ画法という壁に漆喰を塗り、それが乾かないうちに顔料をのせる画法で描かれるのが一般的でした。 しかしレオナルドは遅筆だったので、この画法は使わず、テンペラ画法を採用しました。 しかしテンペラ画法は何度でも描き直すことができ、レオナルドに合っていたのですが、壁画には向いていませんでした。 そして湿気にも弱く、レオナルドが生前のうちに壁画の剥落が始まっていたと言われています。 その後も、この修道院が馬小屋として使用されたり、何度か洪水で水没もしました。 そして様々が画家によって過度な加筆・修正が行われるようになり、極め付けには、第二次世界大戦時に連合軍からの爆撃に合い、3年もの間、雨や風にさらされていたのです。 この修復では加筆はせずに、壁画に詰まったゴミや加筆された部分の絵具を取り除くなどの洗浄のみを行いました。 この修復のおかげで、新たにキリストの口がわずかにあいていたことや、キリストのこめかみ部分に一点透視図法で用いられた釘の跡なども発見されたのです。 文:akane ダヴィンチコードにも登場した謎多き作品 レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」はちまたで現代でもダビンチコードで有名となっている作品です。 最後の晩餐とは、イエスキリストが十字架にかけられてしまう前の晩に自分の12人の弟子たちとともにした夕食が描かれています。 その最後の晩餐の中で、イエスキリストが爆弾発言をします。 「この中に裏切者がいる」といった発言の瞬間を描いたのがこの作品です。 この絵の凄い所はいまだかつて解かれていない様々な謎が隠されているところで話題性があるところです。 キリストの隣の人が女性なのか美少年的な男性なのか、マリアなのか、ナイフをもっているのはなぜか、聖杯がないのはなぜか、などなどです。 そしてこの絵の進んでいるところは、裏切者とされたユダが他の弟子たちと同じように描かれているところです。 この作品の前に描かれているものは裏切者は離れて描かれていました。 まだだれが裏切者かわかっていないので一緒に同じように描かれたという点が素晴らしい表現だなと思います。 そして、このように裏切者がいるという好ましくない場面でも、絵の雰囲気が柔らかいです。 輪郭があまりはっきりしていないので、この好ましくない状況でも温かみが出るのでしょう。 そしてその温かみはイエスキリストのもつ暖かさを表現したかったのかなと思いました。 文:mariko s 「最後の晩餐」は思ったよりもずっと大きい作品で驚きました 私は、美術がとても好きなので一度でいいのでレオナルド・ダヴィンチの「最後の晩餐」を見てみたいと思っていました。 この「最後の晩餐」は、あまりにも有名な聖書の中でキリストが最後の晩餐で「12人の弟子の1人が私を裏切る」と予言をした時のシーンが描かれています。 そして、あらゆる技法を用いてキリストに注目が集まるように計算され尽くしています。 近年、修復された事や「ダ・ヴィンチ・コード」でも取り扱っているので、あまり絵画を知らない人でもこの作品は知っているという方が増えました。 レオナルド・ダヴィンチの絵画の中では数少ない完成されたものの一つですが、損傷が激しい事でも知られています。 損傷されていない状態でこれほど美しい絵画なので、損傷されていなかったらどれだけ美しかったんだろうと残念に思いました。 現在ミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会に収められています。 この教会は第二次大戦で大きな被害を受けていますが、この絵画は何とか被害を免れたというエピソードがあります。 「最後の晩餐」は無事でしたが、戦争でどれだけの芸術的価値がある作品が失われたのだろうと思わせるエピソードです。 文:るるるるん 煙のような技法、スフマート 絵画にどんなに疎い人でも、「モナ・リザ」を知らない人はまずいないでしょう。 レオナルド=ダ=ヴィンチは、その世界の絵画でもっとも有名な作品の作者で、主に15世紀に活躍したイタリアの芸術家です。 映画「ダヴィンチ・コード」でも知られるように、彼は宗教画などの絵画のみではなく、解剖学などあらゆる分野に精通しているオールマイティーな人物であり、その画力は解剖学のみならず、工学などの発明分野や科学論文などに、素晴らしい精密なドローイングの挿絵を残しているほどです。 学術的挿絵はモノトーンで「緻密、正確」な印象ですが、彼が描く人物や主に宗教画は、独特の印影と丸みを持った温かさが感じられ、テンペラ画の「最後の晩餐」などは、その背景にある物語には緊張感があるものの、絵画としては柔らかさ、キリストの大らかさが見事に表現されています。 「モナ・リザ」はその後に描かれた作品ですが、独特の印影はスフマートと呼ばれる、まるで煙のような微妙な色の重ね方がされており、この技法はダヴィンチが創始者であると言われています。 モナ・リザは、「値段のつけようがない」「値をつけるとしたら何兆円にもなるだろう」と言われている名画中の名画です。 今でも世界中の人を惹きつけてやまない微笑の女性を描いたダヴィンチ。 彼の絵画の数々は、多才な彼への敬意とともに、現代でも多くの人々から称賛され続けています。 文:有紀黎 白テンを抱く貴婦人 この展覧会に行ったのは私が関西から横浜に出てきたばかりの頃でしたが関西ではなかなかないような大きな展覧会ですごく感動しました。 レオナルドダヴィンチの名作の本物を観ることができる機会は人生の間に何回あるのでしょうか。 レオナルドダヴィンチの「白テンを抱く貴婦人」はそれほど絵心も芸術に対する関心もそれほどなかった私でもすごくキレイ!魅力的だと感じて何度もその絵画を観に戻ったぐらいでした。 確かチェチェリアという名前のフィレンツェの富豪の夫人だったと思いますがたぶんレオナルドダヴィンチもすごくこの魅力的な貴婦人に魅せられたのかもしれませんね。 他のダヴィンチ作品もすごく素敵で貴重なものばかりでしたがこの白テンを抱く貴婦人はその中でもすごく興味深い作品でした。 今度また観れる機会はあるのでしょうか?私が関西から関東に出てきて一番驚いたのはこのような大きな貴重な作品に頻繁に出会えることで美術館の多さもその点では関東に住んでいると素敵な美術館に行く機会は多いですよね。 そのスケールの大きさにやっぱり感動してしまいましたが私はその頃関西に住んでいて美術展自体も今ほどは行ったことがありませんでした。 ドラクロワの名画やヴィーナスの彫刻なども見て…そして、感動的な瞬間が…モナリザが目の前にあるんです!日本の展覧会ならたぶん平日でもすごい人だと思いますがルーブル美術館では人はまばらで本当に間近で観ることができました。 何人かの画学生がその前に座り込んでスケッチしていました。 よく聞く話でルーブル美術館のモナリザは贋作だという噂は本当なんでしょうか?私が見たあのモナリザは贋作でも本物でもルーブル美術館の中であの微笑に出会ったらやっぱり感動すると思うんです。 たぶん…本物だと思います。 そんなオーラをモナリザの絵画からすごく感じてしまいました。 文:まやにゃんす 「洗礼者聖ヨハネ」は、見ている人が思わずドキッとしてしまう絵画です。 『洗礼者ヨハネ』 レオナルド・ダ・ヴィンチ晩年の傑作と言われる「洗礼者聖ヨハネ」は、洗礼者聖ヨハネが真っ直ぐ、しかも不敵な笑みでこちらを見ており、思わずドキッとしてしまう絵画です。 この不敵な笑みはどこかモナリザに通じるものがあるのではないかと私は思います。 笑顔が描かれた作品はこの世界に無数にありますが、この不敵な笑い方はレオナルド・ダ・ヴィンチにしか描けないと私は思います。 洗礼者聖ヨハネは、領主の結婚を非難した罪で領主の妻の恨みをかってしまい、斬首されてしまいます。 この絵画は、そんな聖ヨハネがレオナルド・ダ・ヴィンチ独特の指を天に向けるポーズで描かれています。 これにはどんな意味があるのか、これもモナリザ同様ハッキリした事は分かっていません。 レオナルド・ダ・ヴィンチは様々な学問が得意だったので「万能の人」だと言われていました。 この万能の人が晩年これほどの傑作を描いたのですから、そこにはきっと想像もつかないほどの意味が隠されているのだろうと思います。 ですが、謎は謎のままだからこそ美しい部分もあると思うので、その意味を知りたいような知らないままでいいような不思議な気持ちになります。 「洗礼者聖ヨハネ」を始め、レオナルド・ダ・ヴィンチの作品はこれからも永遠に人々を魅了していくのだろうと思いました。 文:るるるるん レオナルド・ダ・ヴィンチの関連書籍.

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レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」に隠された5つの謎とは!

最後 の 晩餐 裏切り者

イエスの横の席の人物が 「イエスのすぐ隣には、弟子たちの一人で、イエスの愛しておられた者が食事の席に着いていた。 」 最初にご紹介する最後の晩餐の謎はイエスの横の人物についてです。 この書き出しで始まる有名な最後の晩餐で、裏切りの予告直後の場面をあらわしたものはヨハネの福音書。 多くの絵が、このヨハネによる福音書による記述にもとづいて描かれたと言われていますが ダヴィンチの最後の晩餐はちょっと異なる様相を呈しています。 それと言うのもヨハネの福音書には「その弟子が、イエスの胸もとに寄りかかったまま、『主よ、それはだれのことですか』と言うと」と言う記述があり、 最後の晩餐では主にイエスの隣のヨハネがイエスの胸もとにいる姿が描写されています。 しかしダヴィンチの最後の晩餐ではこの人物寧ろ距離をとっているのです。 何故あえて距離をとらせたのか?それはダヴィンチにとってこの人物はイエスの胸もとに寄りかかったままではいけないと思ったからだったのではないでしょうか? ヨハネと思われていた人物は 先程の最後の晩餐の謎について更に深く考えて見ますと、何故この一般的にヨハネだとされている人物がダヴィンチの中では胸元に寄りかかったままではいけなかったのかと言う疑問が浮かびます。 それはこの人物がヨハネではないからだという意見があるのです。 では誰なのか?その答えで多いのは「マグダラのマリア」です。 イエスによって回心した売春婦と言われるこの人物は当然女性で共観福音書 マタイ10:1-4、マルコ3:13-19、ルカ6:12-16 に記載される十二使徒は全員男性であるとされているのでこの最後の晩餐の13人の中にいるのは本来であれば不自然です。 しかしダヴィンチはヨハネの福音書の記述を基に最後の晩餐を書いたのであるとしたら、ヨハネの光景を描いたのだとしたらそこには14人いてイエスの隣に「愛した」マリアを置きました。 そしてマリアであればイエスとの間にとある理由から間を作ったのではないかと言われています。 聖杯とは さて、この最後の晩餐の謎を更に一段階掘り下げます。 ダヴィンチがマリアとイエスの間に間を作った理由とは、そこに二人の間の子供を本来であれば描いていたと言うのです。 そう言われると確かにマリアと思われる人物とイエスの間は他の弟子との距離よりも圧倒的な間が空いています。 それこそ間に人が一人いてもおかしくないような感じがします。 世界的ベストセラーとなった小説「ダ・ヴィンチ・コード」では、失われた聖杯とは、これまで言われていたようなキリストが最後の晩餐で用いた杯ではなく、マグダラのマリアとイエスとの血統、即ち二人の子孫を指すという新たな解釈が成されたのもこの絵を見ての見解ができます。 二人の間に作られた「V」字型の空間はイエスの血を受けた「聖杯」=マリアの子宮を意味し、即ち二人の間には子供が出来ていたことを指し示すと結論を出しています。 ユダについての謎 さて、続いてはこれまでの事からは少しはなれて少し違った最後の晩餐の謎についてみて見ましょう。 続いての謎はダヴィンチの最後の晩餐のユダについてです。 ユダは基本的に最後の晩餐でイエスを裏切った代償としての銀貨30枚が入った金入れの袋を持っているとされており、ダ・ヴィンチは聖書にある「手で鉢に食べ物を浸した者が、わたしを裏切る」の表現が難しかったため分かりやすいようにこうしたといわれています。 完璧な表現を目指し研究を重ね、その成果によりあらゆる側面で他人から揶揄される要素を排除して、自身自身が納得できないと絵が描けない性格の人間ダヴィンチがこれを欠けなかったというのもおかしな話ですね。 加えてダヴィンチは歴史上の人物を描くには、聖書の記述を尊重し、人体は解剖学的にも正しいものを描きました。 マタイによる福音書では、イエスを引き渡した後で銀貨を受け取ることになっていたユダがここで銀貨を持った絵をダヴィンチは何故描いたのでしょうか? イスカテリオのユダ 最後にこの最後の晩餐のユダの謎についてもう少し迫って終わろうと思います。 先程のユダについての謎のところで触れたようにダヴィンチの絵でユダが金入れの袋を持っているのは不自然です。 では何故そうなったのかと言いますと、ユダの下半分が剥落し、後世の修復により現在のようになっただけで、当初はユダの左手は何も持たず驚きの余り、鉢に浸した持っていたパンを落とした瞬間の描写であったと考えられるのです。 そして右手は聖書の記述にしたがって、金貨の入った袋を持たずにじつはナイフを持っていて、身を乗り出したペテロの右手に押さえつけられている姿になります。 このためにユダの姿勢はテーブル前方に乗り出し、顔は背後を見ようとしている。 そしてこの顔も、現在のような横顔ではなく右後方からのものとなるためユダの顔は識別できない。 ユダの顔は誰かに似ているということもない。 このように解釈することで絵の構図、解剖学的な人物描写、聖書の解釈とのつじつまが合うのです。 イスカリオテ(短剣)のユダこそがナイフを持ち、ペテロはそれを押さえつけていると考えるなら確かにおかしなナイフの向きではなくなります。

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