ポニョ 津波。 「崖の上のポニョ」 裏話が深すぎる!!!

崖の上のポニョ

ポニョ 津波

「『崖の上のポニョ』は死後の世界を描いているのではないか?」そんな都市伝説の1つ目の理由は、以下のようなシーンから生まれたものと思われます。 物語の途中、津波が宗介の住む町を襲いますが、住民たちは無事生還。 さらには老人ホームの座ったままの老人たちの足が急に動くようになったり、水の中で呼吸ができるようになります。 これを大人は誰一人不思議に思わないのです。 一方で宗介は不思議に思いますが、宗介の母は「今は不思議なことがいっぱい起きているけど、後で理解することができる」と意味深な言葉を残しています。 この台詞の理由は「全員がもともと死んでいるからではないか」と憶測されています。 まだその事を知らないのは宗介だけであり、成長して気がつくことを想定してリサはそう伝えたのではないでしょうか。 ポニョは「人魚姫」からキリスト教色を除き、舞台を日本に置き換えた作品です。 ただ、宮崎監督は意図的にベースにしたわけではないようです。 しかし、子どもの頃に読んだアンデルセン童話『人魚姫』がポニョの発想のルーツだったと、ヴェネツィア国際映画祭の記者会見のインタビューで答えています。 人魚姫は魔法によって人間の姿になりますが、真実の愛を得られないために泡になって消えてしまいます。 ポニョも、大好きな宗介のために人間になりたいと願い、同じように宗介の真実の愛が得られないと泡となって死んでしまうのです。 宮崎監督自身が「5歳の子どもが理解できればいい」と語り、企画の段階から幼い子どもたちの愛と冒険を描くと決まっていた本作。 宗介が父親を「耕一」、母親を「リサ」と呼び捨てにしていることに、少し違和感を覚えますが、これは意図的なものだったようです。 鈴木敏夫プロデューサーによれば、宮崎監督の設定では、母親のリサ自身が宗介を一個人として自立するように育てているためだとか。 なかなか進歩的な母親像です。 そんなリサのアグレッシブな子育てに対しては、批判もありがち。 特に5歳の宗介を家に置き去りにして行く場面には、母親として無責任なのでは?という意見も。 しかし、宗介を一個人として育てているリサならではの判断で、自分が勤める老人ホームの人々を心配して駆けつけたい気持ちと、宗介に家に残って「嵐の中の灯台」として、帰る場所を守っていてほしい思いがよく表れています。 作中には月が印象的に登場しています。 公式ホームページによると、この月には3つの意味があるそう。 まず1つ目は、世界や引力のバランスに強く関係する存在。 地球のバランスが崩壊することによって、月が近づき、それによって引力のバランスが崩れ、海面上昇が起こってしまうのです。 そうして、街は海に沈んでしまったのでした。 2つ目の意味は、女性を表しているそう。 昔から月は女性の象徴であり、グランマンマーレが登場する夜にはいつも月の光に照らされていますよね。 3つ目は、月は人間の精神や生死に関係しているということ。 満月の夜の自殺者の多さや精神の乱れは、月齢と潮汐の関係も関わっているそうです。 これはやはり、『崖の上のポニョ』 が生と死を描いていることの暗示なのでしょうか……。 宮崎駿は500日をかけて512枚の絵コンテを作成しました。 絵コンテというのは映画の設計図であり、どのような映画でもカメラワークや役者の動きをみんなで共有するためのものですが、512枚になるほどの大量の絵コンテはなかなかありません。 これはスタッフ全員に宮崎駿が描く『崖の上のポニョ』のイメージを共有するためで、カラーで512枚の絵コンテを描いたとのことです。 さらには、本作ではCGが使われていないのを知っていましたか?これは「水グモもんもん」の水中表現や「やどさがし」の草木や風の表現など、ジブリ美術館で放映されていた数々の短編映画で培われた技術を、本作にも応用したために叶ったことだそう。 ここにも作画へのこだわりが見られますね。

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ポニョ都市伝説!死後の世界という決定的な証拠が流出…

ポニョ 津波

「『崖の上のポニョ』は死後の世界を描いているのではないか?」そんな都市伝説の1つ目の理由は、以下のようなシーンから生まれたものと思われます。 物語の途中、津波が宗介の住む町を襲いますが、住民たちは無事生還。 さらには老人ホームの座ったままの老人たちの足が急に動くようになったり、水の中で呼吸ができるようになります。 これを大人は誰一人不思議に思わないのです。 一方で宗介は不思議に思いますが、宗介の母は「今は不思議なことがいっぱい起きているけど、後で理解することができる」と意味深な言葉を残しています。 この台詞の理由は「全員がもともと死んでいるからではないか」と憶測されています。 まだその事を知らないのは宗介だけであり、成長して気がつくことを想定してリサはそう伝えたのではないでしょうか。 ポニョは「人魚姫」からキリスト教色を除き、舞台を日本に置き換えた作品です。 ただ、宮崎監督は意図的にベースにしたわけではないようです。 しかし、子どもの頃に読んだアンデルセン童話『人魚姫』がポニョの発想のルーツだったと、ヴェネツィア国際映画祭の記者会見のインタビューで答えています。 人魚姫は魔法によって人間の姿になりますが、真実の愛を得られないために泡になって消えてしまいます。 ポニョも、大好きな宗介のために人間になりたいと願い、同じように宗介の真実の愛が得られないと泡となって死んでしまうのです。 宮崎監督自身が「5歳の子どもが理解できればいい」と語り、企画の段階から幼い子どもたちの愛と冒険を描くと決まっていた本作。 宗介が父親を「耕一」、母親を「リサ」と呼び捨てにしていることに、少し違和感を覚えますが、これは意図的なものだったようです。 鈴木敏夫プロデューサーによれば、宮崎監督の設定では、母親のリサ自身が宗介を一個人として自立するように育てているためだとか。 なかなか進歩的な母親像です。 そんなリサのアグレッシブな子育てに対しては、批判もありがち。 特に5歳の宗介を家に置き去りにして行く場面には、母親として無責任なのでは?という意見も。 しかし、宗介を一個人として育てているリサならではの判断で、自分が勤める老人ホームの人々を心配して駆けつけたい気持ちと、宗介に家に残って「嵐の中の灯台」として、帰る場所を守っていてほしい思いがよく表れています。 作中には月が印象的に登場しています。 公式ホームページによると、この月には3つの意味があるそう。 まず1つ目は、世界や引力のバランスに強く関係する存在。 地球のバランスが崩壊することによって、月が近づき、それによって引力のバランスが崩れ、海面上昇が起こってしまうのです。 そうして、街は海に沈んでしまったのでした。 2つ目の意味は、女性を表しているそう。 昔から月は女性の象徴であり、グランマンマーレが登場する夜にはいつも月の光に照らされていますよね。 3つ目は、月は人間の精神や生死に関係しているということ。 満月の夜の自殺者の多さや精神の乱れは、月齢と潮汐の関係も関わっているそうです。 これはやはり、『崖の上のポニョ』 が生と死を描いていることの暗示なのでしょうか……。 宮崎駿は500日をかけて512枚の絵コンテを作成しました。 絵コンテというのは映画の設計図であり、どのような映画でもカメラワークや役者の動きをみんなで共有するためのものですが、512枚になるほどの大量の絵コンテはなかなかありません。 これはスタッフ全員に宮崎駿が描く『崖の上のポニョ』のイメージを共有するためで、カラーで512枚の絵コンテを描いたとのことです。 さらには、本作ではCGが使われていないのを知っていましたか?これは「水グモもんもん」の水中表現や「やどさがし」の草木や風の表現など、ジブリ美術館で放映されていた数々の短編映画で培われた技術を、本作にも応用したために叶ったことだそう。 ここにも作画へのこだわりが見られますね。

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『崖の上のポニョ』の全て。ポニョにまつわる都市伝説、トリビアを徹底解説

ポニョ 津波

ポニョの津波は「東日本大震災」の予言!? ポニョで問題となった 津波シーンだが、生き物のように躍動感のある波が壮大に描かれている。 この点は宮崎駿が兼ねてよりアニメで描いてみたいと思ってきたものであり、丹精な構図が特徴的だ。 津波はポニョが「生命の水」を解放したことにより海の生態系が動いたことが原因である。 街を飲むほど大きな津波だけに、当時は予想だにしない描写だったかと思う。 がしかし… 東日本大震災ではこれを彷彿とさせる、まるで 予言とも取れる大きな津波が被災地を襲った。 宮崎駿はナウシカやもののけ姫など「環境問題」にリンクした作品を手掛けることが多いが、ポニョも 未来を予言した作品のひとつだと囁かれているのだ。 そんな噂が大きくなり過ぎてか…震災直後。 「 津波を連想させる」との理由で放送が一時禁止されてしまった。 これに対し、宮崎監督は「 ポニョを悲観的なものにしたくなかった」ともコメント。 予言の噂は一切否定しているものの… 津波の描写がだいぶリアルなので彼の想像力と表現力の高さを感じずにはいられない。 ポニョへのおまじない 都市伝説によると、 ポニョはそうすけを死の世界に導く「 死神」だといわれているが… そのことに そうすけの母が気付いていたとされるシーンがある。 それは、ポニョが大きな津波とともに魚から人間になって現れた場面。 幼いそうすけは「ポニョが人間になって戻ってきた」と喜ぶ一方で、大人のリサはこの状況を冷静に受け入れていた。 これはリサが直感的に「 ポニョが死神である」と悟ったからだと推測される。 Sponsored Link その後、彼女はそうすけがポニョに連れていかれまいとするために「 3つのおまじない」を実行。 全部成功すればリサの勝ち。 このおまじないだが、これは文明の利器。 「水は出るかな?」「ガスはつくかな?」と最初の二つのおまじないは成功するものの、最後の電気がつかなかったため失敗に終わった。 和やかなシーンであるだけに 命の駆け引きが行われていたとは通常考えにくい。 が、宮崎アニメならばそのような意味が隠されていても不思議はないだろう。 「3」にまつわる予言が意味深すぎる! ポニョの物語では霊魂を表す数字とされる「 3」が様々なシーンで確認できる。 ポニョの隠れテーマの一つに「 輪廻」 生死を繰り返すこと という言葉があるが、それをこの数字が表しているというのだ。 まずそうすけの母、リサが乗る車のナンバープレート。 よく見ると「 333」になっていたことにお気付きだろうか? 宮崎作品では、過去にもナンバープレートへ 予言的に意味を含ませることがあった。 例えば「千と千尋の神隠し」。 千尋の両親が乗る車には「多摩」の摩をあえて略字体で表記していて、これは魔の世界に入ることを暗喩していたのだ。 ちなみに車のナンバープレートに書かれた数字の3は「 アセンデットマスター」と言われ、超越した人間と霊魂を表すといわれている。 今回、意味深くナンバープレートに3を施した理由。 それは「 ポニョ」という卓越した存在の予言だったと言うわけだ。 さらにさらに、ポニョは作中においてちょうど 3回だけ眠りについている。 一説では眠りにつくことで「 生まれ変わる」魔法がかかり、輪廻が成立するとのこと。 ポニョのお父さん、フジモトがしきりに「ポニョの眠り」を気にしていた理由はココにあったのだ。 最後に、ポニョの母グランマンマーレはそうすけに 3つの質問をする。 「あなたはポニョがお魚だったのを知っているか?」 「はい」 「ポニョはあなたの血をなめて半漁人になった」 「そっかぁ。 以下略 」 「ポニョの正体が半魚人でも大丈夫?」 「はい」 この時魔法をきちんと成立させるには、質問に対して「正しい返答」が必要だった。 そうすけはこの関門をクリア。 ポニョへの汚れなき愛を証明したことで魔法が成立したのだ。 このように、細かな部分を追求すると隠れたテーマと繋がる点が多く見つかる。 もちろん初見さんも楽しめる作品だが、 知識を入れて観ると新しい発見があるのもジブリ映画の魅力と言えよう。

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