神奈川県の海水浴場の海開きで自己紹介する「海の女王&王子」 出典: 朝日新聞 「検討させていただきます」「お邪魔させていただきます」、さらには要らない1字が入ってしまって「作らさせていただきます」……。 「させていただく」の使い方については、ビジネスシーンなどでも悩んでいる人が多いようです。 就活関係のサイトでも、気をつけるべき敬語の使い方としてよく取り上げられていて、「使うべきでないケースがある」「多用を控えるべきだ」と解説しているものもあります。 一般的な国語辞典は、「相手の許しを得て行う自分の動作を謙遜する時に使われる」としています。 「この道具、使っていいですよ」と言われて「では、使わせていただきます」と返すようなケースです。 広まったのは戦後だと説明している辞典もあります。 もともとの使い方について、敬語に詳しい東京外国語大名誉教授の井上史雄さんは「商売上のやりとりなどの場面で、自分と大きく身分が違わない相手への敬意を表すのに用いられた表現だった」と言います。 ところが戦後、人間関係が広がって流動的になり、身分の違う相手にも使われることが増えてきました。 さらに、相手の許可が要らない場面や、自分の一方的な行いについても、頻繁に使われるようになりました。 そうした背景には、この言葉が持つ便利さがあるようです。 動詞にくっつけるだけで、場面を問わずに「相手に失礼のないよう私は配慮している」ということを、あらかじめ示せるからです。 文法上、どんな動詞の後ろでも使える点も、重宝された理由の一つだと、井上さんはみています。 抵抗を感じる人がいるのは、なぜ? マイクを手に駅前で有権者に支持を訴える 出典: 朝日新聞 それではこの表現に抵抗を感じる人がいるのは、なぜでしょうか。 井上さんによると、敬語は「知識や情報」を伝えるのではなく、対人関係での「配慮の気持ち」を示すために使われます。 人間関係のあり方は時代によって変わりやすく、それに合わせて望ましいとされる表現も変わっていきます。 一方で、人が一度身につけた敬語についての「正しさ」の感覚は変わりにくいものです。 「させていただく」に違和感を抱くのは、その感覚から外れる場面で多用されていると感じるからだと言えそうです。 いずれにしても、丁寧だと感じるか、押しつけがましいと感じるかは、受け手ごとに違うでしょう。 正しいか誤りかはあまり気にしすぎず、配慮を相手に伝えようとする気持ちを表せていたなら、過剰でなければ使っても不快感は与えないのではないでしょうか。
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この敬語表現はまず芸能人が使い始めたように思える。 俳優やタレントは自主公演を除けばオファーがあってはじめて何かができる受け身な存在なので「〜する」よりも「〜させられる」ことが多い。 彼らにとっては「(〜の役)をさせていただく」というのは自然な表現だろう。 html これが、テレビを通じて敬語空白の人たちに広まったのだろう。 ところがこれを敬語として正しいかと聞くと多くの人が間違っていてこれはないと答えるのだ。 質問サイトはこんな感じである。 概ね否定派である。 つまり面接やビジネスシーンで使うと「これはないよね」と言われてしまうことがあるということになる。 「させていただく」は意思決定ができる範囲の差を示している。 「〜させていただく」人には自由意志はなく、つねに相手の許可が必要で、間接的に地位が低いことを表現している。 させていただくが増殖するのは自身で意思決定できない人が増えたからなのかもしれない。 ダンサーのように指名されて仕事が入るような人にはぴったりの言葉である。 しかし、就職活動のインタビューでは「部長をやらさせていただいた」はいろいろと問題がある。 この表現には「受身だった」含みがある。 自分が積極意的にやったわけではない。 周りからやらされたことになる。 過剰敬語を防ぐためにも「部長をやりました」もしくは「部長を務めました」くらいがよい。 さらに丁寧語のインフレもある。 旧来、取りあえず丁寧にしておきたい場合には、普通「です、ます」などを使っていた。 「させていただく」系を使う人たちにとっては「です、ます」では丁寧な感じがせず不安なのかもしれない。 だが、「させていただく」は、旧来の敬語を話す人たちには「過剰」だと考えられている()ので、ビジネスシーンでは使わない方が無難だ。 させていただくは「する」の使役形だ。 これに動詞「やる」を付けると問題が複雑化する。 どちらも英語に訳すと「do」になるが、使い方は微妙の異なる。 「やらさせていただく」は、「やる」+「する(使役)」+「いただく」となり重複ができる。 「やるする」という言葉はないので「やらせていただく」が正しい。 ところが形が複雑になると、正しいのか間違っているのかよく分からなくなる。 この分かりにくさが「さ入り言葉」が慣用的になんとなく使われてしまう背景にあるのだろう。 例えば「書くする」という言葉はないので「書かさせていただく」は間違いだ。 「食べする」という言葉もないので「食べささせていただく」もない。 しかし「動詞+させていただく」で覚えるとついつい使ってしまう。 伝統的な日本語では五段活用には「せていただく」を使い、それ以外の動詞には「させていただく」を使うののだそうだが、それが曖昧になってきているようだ。 「〜させていだたく」は、敬語として新しい形であるだけで、厳密には間違っているわけではないのかもしれない。 言語学的には「言葉は生き物である」と考えられており、ある社会方言的な敬語を間違っているというのは正しい態度とはみなされない。 だから、今後正しい用法として受け入れられる可能性はある。 しかし、過剰敬語でありビジネスシーンではなんとなく間違っているという印象があるのでビジネスの現場で使うのは避けた方がよいだろう。 Google Recommendation Advertisement.
次の5年ほど前に下記でベストアンサーをいただいた回答を一部書きかえて抜粋します。 自分では使いません。 でも、使いそうになることがあります(泣)。 以下は一部の抜粋(重言)。 【問1】下記の「~させていただく」のなかで、文法的に間違っているのではどれでしょうか。 【問2】下記の「~させていただく」のなかで、感覚的に許容できるのはどれですか。 1 相手が所有している本をコピーするため,許可を求めるときの表現 コピーを取らせていただけますか。 2 研究発表会などにおける冒頭の表現 それでは,発表させていただきます。 3 店の休業を張り紙などで告知するときの表現 本日,休業させていただきます。 4 結婚式における祝辞の表現 私は,新郎と3年間同じクラスで勉強させていただいた者です。 6 ビストロSMAPでの中居クンの口上 なんでも作らさせていただきます。 6 がいわゆる「サ入れ言葉」になっている。 ==============引用開始 使役の助動詞は、下記のように使う者が多いことから、五段活用動詞とサ行変格活用動詞の後では「せる」が使われ、上一段活用、下一段活用、カ行変格活用の動詞の後では「させる」が使われるという規則が見出されてきた。 これがいわゆる「さ入れ言葉」である。 「ら抜き」は以前から乱れの代表格として指摘されているものの、こちらは2000年代に入ってから取り沙汰されるようになった。 」でもおかしくない? そんな言い方はしないと思います。 やはり「サ入れ言葉」で、現段階ではまだ誤用扱いでしょうね。 なお、〈「する」よりも俗ないい方〉の「やる」と「〜せていただく」を組み合わせるのはどうなのか……という考え方っもあると思います。 ただ、ちょっと別の問題ですね。 どうも妙な流れになっているようなので、もう一度書きます。 詳しくは下記をご参照ください。 【やらさせていただく goo 辞書】 以下は一部の抜粋(重言)。 まず専門家の見解を引用しておく。 【読書感想文/『敬語再入門』(菊地康人/講談社学術文庫/2010年3月10日第1刷発行)】 ===========引用開始 【引用部】 ちなみに、五段活用の場合は本来「せていただく」ですが、「読まさせていただく」式の誤用も聞きます。 これも、もはや使役の原義をとどめていないということでしょう。 原義を忘れて謙譲語IIに向かうのなら、むしろ、一律に「さ」を入れるほうが簡単でいいのかもしれません。 195) うなってしまった。 当然、その形が「サ入れ言葉」と呼ばれていることを踏まえている。 それでいてこういう怖いことをアッサリ書けるのは、思考に柔軟性があるから。 ===========引用終了 〈五段活用の場合は本来「せていただく」ですが、「読まさせていただく」式の誤用も聞きます〉とのこと。 あんまり「誤用誤用」と言いたくないけど、専門家がこう書いているんだから、現段階では「誤用」でしょうね。 将来的には知りませんが。 ただ菊地先生は怖いことをサラリと書いている。 〈もはや使役の原義をとどめていないということでしょう。 原義を忘れて謙譲語IIに向かうのなら、むしろ、一律に「さ」を入れるほうが簡単でいいのかもしれません〉 たしかにそのほうがずっと簡明かもしれない。 使い分けができない人が増えれば、そっちになっていく可能性はある。 もしかすると、ラ抜き言葉と同様の泥仕合いになるのかも。 それはそれとして、現在の常識では、「サ入れ言葉」は誤用と言うべきでしょうね。 質問サイトでは「誤用ではない」と主張している人もいる。 「サ入れ言葉」の正体を把握した上で、〈一律に「さ」を入れるほうが簡単〉と考えるなら、それはそれ。 ところが、どうもそういうことでもないようだ。 まず専門家の見解を引用しておく。 【読書感想文/『敬語再入門』(菊地康人/講談社学術文庫/2010年3月10日第1刷発行)】 ===========引用開始 【引用部】 ちなみに、五段活用の場合は本来「せていただく」ですが、「読まさせていただく」式の誤用も聞きます。 これも、もはや使役の原義をとどめていないということでしょう。 原義を忘れて謙譲語IIに向かうのなら、むしろ、一律に「さ」を入れるほうが簡単でいいのかもしれません。 195) うなってしまった。 当然、その形が「サ入れ言葉」と呼ばれていることを踏まえている。 それでいてこういう怖いことをアッサリ書けるのは、思考に柔軟性があるから。 ===========引用終了 〈五段活用の場合は本来「せていただく」ですが、「読まさせていただく」式の誤用も聞きます〉とのこと。 あんまり「誤用誤用」と言いたくないけど、専門家がこう書いているんだから、現段階では「誤用」でしょうね。 将来的には知りませんが。 ただ菊地先生は怖いことをサラリと書いている。 〈もはや使役の原義をとどめていないということでしょう。 原義を忘れて謙譲語IIに向かうのなら、むしろ、一律に「さ」を入れるほうが簡単でいいのかもしれません〉 たしかにそのほうがずっと簡明かもしれない。 使い分けができない人が増えれば、そっちになっていく可能性はある。 もしかすると、ラ抜き言葉と同様の泥仕合いになるのかも。 それはそれとして、現在の常識では、「サ入れ言葉」は誤用と言うべきでしょうね。 質問サイトでは「誤用ではない」と主張している人もいる。 「サ入れ言葉」の正体を把握した上で、〈一律に「さ」を入れるほうが簡単〉と考えるなら、それはそれ。 ところが、どうもそういうことでもないようだ。 (略) あるかたは、「やらさせ」は「やらす」未然形の「やら」に「させ」がついたと主張する。 こちらは一理あるのかもしれない。 でもね……。 「やらす」を辞書で引く。 させる。 やらせる。 出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 凡例 大辞林 第三版の解説 ( 動サ五[四] ) 「遣らせる」に同じ。 そうだと思う。 「やらせる」は何かと言うと、「やる」の未然形の「やら」に「せる」がついてできた言葉だろう。 言葉の派生の歴史だなんだとむずかしいことを書くにはない。 「やる」を使役形にしたのが「やらせる」。 一般に誤用とされる「サ入れ言葉」とは少し違うかもしれないが、やはりヘンでしょうね。 「やらさせていただきます」だとアリの気もしないでもないが、「やらさせてもらう」とか「部下にやらさせる」だと異和感が強くなる。 「やらさせていただきます」だと異和感が弱く感じるのは、古いWikipediaにあった〈敬語(特に謙譲語)に不慣れな人が、過剰に敬意表現を並べてしまうために使われる〉せいで、妙なことになったのでは。 「サ」を外して「やらせてもらう」とか「部下にやらせる」とか「やらせていただきます」で十分でしょ。 そこに「サ」を入れても通じる……と考えるのは、やっぱ「サ入れ言葉」じゃないのかね。 あるかたは、「やらさせ」は「やらす」未然形の「やら」に「させ」がついたと主張する。 こちらは一理あるのかもしれない。 でもね……。 「やらす」を辞書で引く。 させる。 やらせる。 出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 凡例 大辞林 第三版の解説 ( 動サ五[四] ) 「遣らせる」に同じ。 そうだと思う。 「やらせる」は何かと言うと、「やる」の未然形の「やら」に「せる」がついてできた言葉だろう。 言葉の派生の歴史だなんだとむずかしいことを書くにはない。 「やる」を使役形にしたのが「やらせる」。 一般に誤用とされる「サ入れ言葉」とは少し違うかもしれないが、やはりヘンでしょうね。 「やらさせていただきます」だとアリの気もしないでもないが、「やらさせてもらう」とか「部下にやらさせる」だと異和感が強くなる。 「やらさせていただきます」だと異和感が弱く感じるのは、古いWikipediaにあった〈敬語(特に謙譲語)に不慣れな人が、過剰に敬意表現を並べてしまうために使われる〉せいで、妙なことになったのでは。 「サ」を外して「やらせてもらう」とか「部下にやらせる」とか「やらせていただきます」で十分でしょ。 そこに「サ」を入れても通じる……と考えるのは、やっぱ「サ入れ言葉」じゃないのかね。
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