明治神宮があるのは東京都渋谷区、JR山手線の原宿駅の真裏に位置しています。 アクセスの良さもあってか、初詣の参拝者はダントツの全国1位。 すぐそばにある原宿とともに、海外からも多くの人が訪れる観光スポットです。 明治神宮と隣接する代々木公園は、ともに都内に巨大な緑地帯を生み出しています。 その規模の大きさは皇居や東宮御所に匹敵するほどで、一般人が入れる場所としては都内最大です。 また神宮球場(正式名称を明治神宮野球場)を含む明治神宮外苑も、実は公式に明治神宮の管轄する敷地の一部になっています。 明治神宮に祀られているのが、明治天皇なのは誰もが知っていると思われますが、明治天皇の皇后であった昭憲皇太后も一緒に祀られていることは、あまり知られていないかもしれません。 昭憲皇太后はお茶の水女子大学の前身となった東京女子師範学校を設立したり、日本赤十字の発展に貢献したりと、近代女子教育や社会事業の信仰・発展に寄与されました。 明治天皇は第122代の天皇として、わずか15歳で即位しました。 孝明天皇の第二皇子で称号は祐宮(さちのみや)、諱は睦仁です。 明治天皇の代から「一世一代」とされ、天皇一人に対し元号は一つと定められました。 ちなみに「明治天皇」となるのは亡くなってから。 在位中は「今上天皇」もしくは「天皇」とのみ呼ばれるのが通例です。 明治天皇以前は、その天皇の人柄や時代を表す「諡号」が贈られていましたが、元号の明治を「追号」にした明治天皇という呼び名は、皇室史上初めてのことでした。 明治天皇の崩御が与えた大きな影響 勘違いされている人もいるかもしれませんが、明治神宮ができたのは、「明治」時代ではなく、「大正」時代。 明治天皇の崩御を受けて、記念事業の一環として建てられました。 直前まで公務を通常通りこなしていましたが、明治天皇の突然の体調悪化が報じられたのが7月20日、そのわずか10日後の7月30日に崩御が報じられるという、まさに突然の出来事でした。 新政府にとっても天皇の死は初めての一大事。 崩御や崩御後に関することについて、なんら法整備もされていない状況の中、葬儀が執り行われ陵墓が作られました。 君主の死は非常に大きな意味を持っています。 多くの人々に不安を与えるだけでなく、時にはクーデターや内戦にまで発展しかねません。 明治天皇の死の2年前にはイギリスのエドワード7世が、さらに2年前にはポルトガルのカルロス1世が亡くなっています。 ポルトガルではマヌエル2世が即位しますが、その2年後に革命により君主制が廃止。 他にもドイツ・オーストリアの共和制化や、ロシアの二月革命など、君主制が消えていく時代でもありました。 君主の死というものは、こうした不安要素も含めた重大事なのです。 天皇の崩御は政界だけでなく、国民にも衝撃を与えました。 ちょうど在位50周年へ向けた、記念行事も企画された頃で、明治という豊かな時代を作り上げた天皇は、国民にとっても大きな存在になっていました。 「天皇を記念した何かを残そう」という考えが起こったのは、ごく自然な流れだったといっても過言ではないでしょう。 最初に最も多く挙げられた記念事業は、当時数多く作られていた銅像の設立でしたが、建てられた後の雨ざらしの姿に反対の声も多く、結局は叶えられませんでした。 神宮の構想は、数多く挙げられた天皇を記念する事業の中の一つでした。 とはいえ「神社が記念物というのはどうか」という批判や、「宗教と記念物を結びつけるのはよろしくない」といった意見などもあり、すんなりとは受け入れられませんでした。 むしろ銅像や美術館といった施設の方が、受け入れられやすかったようですが、ありきたりの記念では明治天皇を称えるには不十分という思いもあったようで、なかなか方針が定まりません。 明治天皇を記念するということは、ある意味天皇個人だけではなく、明治時代そのものを記念するといった意味合いも含み、すでにあるような記念では物足りない気持ちが、多くの人の胸の中にあったようです。 最終的に採用されることでまとまったのが、神宮の内苑と記念物の外苑の両方をつくる案です。 どちらの意見も尊重した案にまとめることで、両者からの批判も抑えられる妙案でした。 当時買わされた覚書には、「神宮は内苑と外苑から構成される」こと、「内苑は国が、外苑は奉賛会が資金を賄い造営する」こと、「内苑は代々木御領地に、外苑は青山練兵場を利用する」こと、「外苑には記念宮殿・陳列館・林泉等を建設する」ことが盛り込まれました。 覚書が交わされたのは8月の20日、まだ天皇崩御から1ヶ月もたたないうちに決定しています。 覚書を交わす10日前後前には、おおよその草案ができていたのですから、かなり早い時期に方向性はできていたようです。 明治神宮の内苑・外苑は博覧会の会場予定地 こうした記念事業が行われる噂は、崩御の報が流れた直後から、新聞などで騒がれていました。 「神宮を建てるなら我が地へ」や「記念事業はぜひ私たちが」と、誘致に名乗りを挙げる自治体や団体も数多く出現したようです。 神宮の内苑・外苑は、どのようにして現在の場所に決定したのでしょうか。 実は内苑のできた代々木御領地も、外苑のできた青山練兵場も、すでに政府が「あること」のために抑えていた場所だったのです。 先ほども出てきた「在位50周年」の記念事業です。 すでに記念事業として「日本博覧会」を開催することが決まっており、その博覧会の会場として御領地の借用と練兵場を使用することが決まっていました。 周辺の土地の買収が進んでいたことも、両地を神宮内苑・外苑の予定地に決定する決定だのひとつになったのでしょう。 明治天皇を記念する一大事業のための用地は、こうして難なく選定・入手できる現在の代々木と青山に決定されたのでした。 博覧会から流用したのは用地だけではありませんでした。 博覧会会場に予定されていた施設には、学芸館・美術館・工業館・動物園・水族館・園芸館・式場・奏楽堂などがありました。 記念事業として挙げられた案の、ほとんどを含んでいることに気づきます。 博覧会そのものが、目的は違えども「記念」のための事業だったことが、こういった類似性を偶然にも叶えたのでしょう。 現在外苑に建てられている施設は、聖徳記念絵画館・明治記念館・明治神宮野球場・明治神宮外苑軟式グラウンド・明治神宮外苑アイススケート場・神宮外苑フットサルクラブ・明治神宮外苑テニスクラブ・明治神宮外苑ゴルフ練習場・明治神宮バッティングドームと、スポーツ施設が充実していますが、博覧会で予定していた美術館と式場が建設されています。 国立霞ヶ丘陸上競技場や秩父宮ラグビー場などは、明治神宮が管轄していない施設です。 未来に向かって変化し続ける外苑.
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