11 月 9 日 国民 祭典。 嵐が11月9日の国民祭典(祝賀式典)で奉祝曲を披露!曲名や作曲は?ネット配信やテレビ中継を調査!

「嵐」が奉祝曲披露 11月9日に天皇陛下ご即位奉祝祭典、参加1万人公募

11 月 9 日 国民 祭典

こちらは、天皇陛下即位祭典の国民祭典の一般公募抽選から外れた場合に、穴場の観覧場所についての記事です。 あわせてご覧くださいね。 関連記事: 天皇陛下即位の国民祭典・プログラム ここでは、天皇陛下即位の国民祭典・プログラムについて説明します。 センチュリーを特注で改造し、オープンカー仕様になっており、座面の角度などを工夫して沿道から両陛下が綺麗に見えるようになっているそうですよ。 天皇皇后両陛下のお姿を拝見できるのが国民にとって喜びの瞬間ですね。 座面の角度などを工夫して沿道から両陛下がきれいに見えるようになっているという。 第2部の一般公募は約1万人です。 また、天候・天災・不慮の事故などにより祭典が中止となる場合があります。 詳しい内容は随時、天皇陛下御即位奉祝委員会のサイトで公表されますよ。 天皇陛下御即位奉祝委員会サイト 嵐が祝福の曲を披露 嵐の櫻井翔さんは、主催者を通して以下のコメントをされています。 国民に寄り添い、想いを寄せておられる陛下に、日々の感謝の想いをお伝えし お祝いの会に少しでも華を添えられますよう 心を込めて精一杯のパフォーマンスをしたいと思います 祭典の総合演出を手がける黛りんたろう氏は 嵐の起用理由について 「国民的歌手であるということ。 幅広い世代に親しまれている。 アーティストとしての実績はもちろんだが、とにもかくにも国民に非常に親しまれている」 と話されました。 こちらは、YAHOO ニュースの嵐の記事です。 【嵐 即位祝う祭典で奉祝曲歌う】 天皇陛下の即位を祝う「国民祭典」が11月9日、皇居前広場で開かれることになった。 アイドルグループの「嵐」が、この日のために用意された祝福の曲を披露へ。 — Yahoo! ニュース YahooNewsTopics 天皇即位礼正殿の儀で嵐がパフォーマンスするみたい。 奉祝曲はアニメで有名な菅野よう子さんが作曲。 作詞は脚本家の岡田恵和氏が担当。 オーケストラ、ピアノ演奏、歌唱による3部構成で、ピアノを辻井伸行氏、歌唱を嵐が担当すると報じています。 オーケストラ、ピアノ演奏、歌唱による3部構成で、ピアノを辻井伸行氏、歌唱を嵐が担当する。 — ライブドアニュース livedoornews 一般公募方法・締切・当選発表について 1万人が一般公募 申し込みは1人1回で、2人まで応募できます。 応募期間:9月24日(火)13時~10月2日(水)23時59分 当落発表:10月17日(木) 一般公募申し込みは、天皇陛下御即位奉祝委員会のサイトのみで行っています。 大部分が大型映像設備による観となります。 必ず、応募規約を読んでから、応募ボタンをおしましょうね。 当式典のお知らせは天皇陛下御即位奉祝委員会のサイトから行なわれます。 またお問い合わせは、サイト内にある「お問い合わせフォーム」からメールをします。 そうすると、メールで応えてくれます。 ですが、混雑状況で返答は数日かかったり、問い合わせ内容によっては返答はできないこともあるようです。 当日の受付方法や、参加者注意事項は、当選者に詳しく通知されます。 応募ボタンを押すと、このような画面になります。 一般公募規約についての要点 天皇陛下御即位奉祝委員会のサイトから応募するには、Cookieを有効にする必要があります。 応募期間内に当応募サイトから必要な項目をご入力して、 必ず、応募者本人が登録する必要があります。 また、当選権利を譲渡・換金・転売することは禁じられています。 これらの行為が判明した場合、ご入場およびご参列の権利を無効となります。 子どもさんや、車椅子の方と同伴者についてなど、詳しくサイトの応募規約を読んで応募しましょう。 抽選と当選発表について 当選者の発表は10月17日 木 、当選連絡をもって通知とされます。 当選結果の個別なご質問(応募完了の確認、当選・落選について電話やメールなど)には返答はさないようですね。 しかし、天皇陛下御即位奉祝委員会事務局へのお問い合わせフォームも設置されています。 ただ、混雑状況や内容により、返信に数日ほどかかることもあるようです。 お問い合わせの内容によっては、返答がない場合もあるとのことです。 また、土曜日、日曜日、祝日はお休みとなります。 当選の權利の譲渡や換金、転売は禁じられています。 必ず、応募者本人が登録を行う必要があります。 当選無効となることもあるので、注意事項をよく読んで応募しましょう。

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天皇陛下御即位をお祝いする国民祭典|令和元年11月9日

11 月 9 日 国民 祭典

全日本鼓笛バンド・フォームバトン連盟 私たちは、今からおよそ60年近く前、昭和36年(1961年)、アジアで初めて開催される運びとなった第39回東京オリンピックを3年後に控えた年に、全日本鼓笛バンド連盟として発足しました。 「笛一本から誰でも音楽を」という強い思いから、日本近代音楽の父、山田耕筰初代名誉会長、舞踏家の伊藤道朗初代会長、徳川家子孫の徳川義親第2代会長の諸氏が中心となって創立されました。 現在では、NPO法人全日本鼓笛バンド・フォームバトン連盟として活動しております。 鼓笛演奏やバトン・トワリングにおいては、3つの信条、(1)私たちは、すなおに考えて行動しましょう。 (2)私たちは、仲よくしましょう。 (3)私たちは、清く、美しいことを尊びましょう。 を活動の支えとし、音楽を通して、皆と仲良くし、他人との調和を第一と考えております。 先頭は、江東区東砂「進藤学園きよし幼稚園」鼓笛隊の皆さんです。 続いて、千葉「CHIBAフォームバトン」、横浜「みどりフォームバトン」のバトン演技です。 バンドは、山梨「富士吉田トランペット鼓隊」の皆さんによる演奏です。 続いて、「YOKOHAMAフォームバトン」、神奈川「相模原フォームバトン」のバトン演技です。 バンドは、荒川区「荒川白梅鼓笛隊」の皆さんによる演奏です。 以上、幼稚園、小学生、中学生、大人も含む総勢277名の皆さんです。 東京消防庁音楽隊・カラーガーズ隊 東京消防庁音楽隊は、昭和24年に日本初の消防音楽隊として創立し、今年で70周年の記念すべき節目を迎えました。 昭和39年に開催された東京オリンピックにも参画し、開会式に加え日本人選手が金メダルを獲得した男子体操や重量挙げにおいても国家「君が代」を演奏しました。 昭和61年には、女性職員で編成された「カラーガーズ隊」が誕生し、音楽演奏に華やかなフラッグ演技が加わりました。 平成5年に行われた今上天皇のご成婚パレードなどの皇室関連行事での演奏のほか、国家的行事をはじめ、東京都や各地域からの要請により、年間300回以上の演奏活動を行っています。 また、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の成功に向け、積極的に演奏活動を行っています。 これからも、「地域と奏でる防災のハーモニー」のキャッチフレーズのもと、誰もが安全で安心して暮らせる「セーフシティ」の実現のために、演奏活動を通して防火・防災を呼びかけています。 本日は、国際的な友情をたたえた行進曲「海を越える握手」と、皆さんおなじみの「ドレミの歌」の2曲にのせて、カラーガーズ隊の演技をお贈りいたします。 指揮は、東京消防庁音楽隊、邉見浩史隊長です。 奥州江刺百鹿大群舞(岩手) 岩手県に伝わる鹿踊りは大別して「幕踊系」と「太鼓踊系」の2種類ですが、奥州市の鹿踊りは、太鼓踊系の流れをくんでいます。 太鼓系鹿踊りの特徴は、長い腰指し(ささら)を付け、締め太鼓をダイナミックに打ち鳴らし、自らが唱える念仏調の踊り歌にのって勇壮に舞うというものです。 八頭立てで群れをつくり踊ることから「八つ鹿踊り」とも呼ばれています。 八つ鹿踊りは、大きく行山流、金津流、春日流の三流派に分かれ、三つの流派のうち行山流が最も古い流派で、金津流や春日流は行山流から分派した流派だと言われています。 現在では、奥州市内に20の鹿踊り団体があり、これらは行山流と金津流に大別されます。 今回、演舞するのは、市内20団体のうち、12団体が流派を超えた群舞を披露。 奉祝行事は、4回目の出演。 百人を超える踊り手が一斉に太鼓を打ち鳴らし、躍動的に踊る様は圧巻で、多くの観客を魅了してきました。 鳥取しゃんしゃん傘踊り 「鳥取しゃんしゃん祭」は、昭和40年に始まり、鳥取市が最も賑わう大きなお祭りです。 毎年、8月13日から15日までの3日間で開催され、祭りの1番の見どころは、14日に行う「一斉傘踊り」です。 祭りの名称の「しゃんしゃん」とは、市街地の温泉で「お湯がしゃんしゃん沸く」と、傘の「鈴の音がしゃんしゃん鳴る」という2つの意味をかけて名付けられました。 祭りで踊られている「しゃんしゃん傘踊り」は、鳥取県無形民俗文化財に指定されている「因幡の傘踊り」を誰でも踊れるようにアレンジして、大衆化したものです。 鳥取駅前の中心市街地を約4000人の踊り子が「しゃんしゃん傘」を手にして踊り、色鮮やかな傘が同じ方向に揃う「一斉美」がとても魅力的です。 ぜひ、鳥取市へお越しいただき鳥取しゃんしゃん祭をお楽しみください。 しばた台輪(新潟) しばた台輪は、新潟県新発田市が指定する、民族文化財です。 台輪とは、まつりなどの祭礼行事でいう「まつり屋台」や「山車」に相当するものです。 この起源は、1726年に新発田藩6代目藩主である溝口直治公が、新発田総鎮守である「新発田諏訪神社」の祭礼を、より賑わいのあるものにするため『飾り人形の屋台を出すように』とのお触れが出されたことだといわれています。 台輪の構造は、御殿風の2階造りで、1階にはお囃子を奏でるお囃子方が入り、2階には人形が飾られています。 この人形をはじめ、台輪の背面を装飾する「見送り」と呼ばれる彫刻の部分などは、各町内により異なり、美々しく豪華なつくりとなっています。 一般的な山車は、四輪または二輪に大別されますが、しばた台輪は全国的にも例のない三輪構造となっています。 方向転換は、前輪を持ち上げ、後輪を回すことで行います。 このとき、持ち上げた前輪を地面に激しく打ち下ろす所作を「あおり」といいます。 「城下町新発田まつり」と称され、約290年の歴史を持つ新発田諏訪神社の祭礼は、毎年8月の下旬に行われます。 まつりを締めくくる「帰り台輪」の際には、全6町内のしばた台輪が集結し、一斉あおりを行います。 力の限りあおり続ける曳き手たちの勇壮な姿は、まつりの華として、大勢の観覧客の心を惹きつけています。 台輪を動かすきっかけとなり、町内の意気を合わせるために、独特の節回しで歌われる「木遣」、そして、お囃子方の演奏により鼓舞され、士気が最高潮に高まった曳き手たちが「あおり」を行います。 あおる度に周囲に伝わる激しい振動を、どうか皆様の肌で感じてみてください。 城下町新発田の心意気が、天皇陛下の御即位を盛大にお祝いするとともに、奉祝まつりに大きな華を添えます。 よさこい鳴子踊り(高知) 土佐の夏を彩る本家・高知のよさこい祭りは、毎年8月9日の前夜祭を皮切りに、10・11日の本番、12日の全国大会・後夜祭と4日間にわたって開催される「自由の国・土佐」で生まれたお祭りです。 よさこい祭りは、昭和29年、戦災と昭和の南海地震からの復興、市民の健康と繁栄、そして商店街の振興を目的に始まりました。 平成4年にスタートしたYOSAKOIソーラン祭りが本家・高知の子供とすると、子が孫を産み、そして孫が子を産みというように、日本各地はもとより今や29の国や地域で子孫を増やしています。 さて、今回栄えある「奉祝まつり」祝賀パレードに参加させていただくチームは、今年の第66回よさこい祭りで「よさこい大賞」を受賞した「とらっくよさこい ばいちふれ」です。 踊る人も観る人も喜び楽しみ合えるチームづくりをコンセプトに、「よいさ!ほいさ!」のテンポよくノリのよい掛け声のもと、踊り子と観衆とが一緒になって創り出す一体感は圧巻であり、よさこい祭りに欠かせないチームとして全国各地での遠征先においても人気を博しています。 一糸乱れぬ隊列美のもと、沿道の皆様を盛り上げ笑顔と元気をお届けする「とらっくよさこい」の世界感をどうぞお楽しみください。 稚児舞(東京) 今回の国民祭典では天皇陛下御即位御大典を奉祝して、大宮幼稚園とくまの幼稚園園児によるパレードと、亀戸浅間神社氏子の児童と緑ヶ岡幼稚園園児による浦安の舞を奉納させていただきます。 浦安の舞とは、「天地の 神にぞ祈る 朝なぎの 海のごとくに 波たたぬ世を」と、昭和8年に昭和天皇がお詠みになられた御製を、昭和15年(1940)に皇紀2600年をお祝いして当時宮内省楽部の楽長・多忠朝氏が作曲・振付をした神前神楽として代表的な舞の1つです。 昭和15年11月に全国の神社で奉納されたのが始まりで、現在も多くの神社で奉納されています。 子供から大人まで挙ってお祝いと皇室敬慕の念を表したいと思います。 東金ばやし(千葉) 昭和38年千葉県指定無形民俗文化財となった、東金ばやしについてお話をさせていただきます。 東金ばやしで主に演奏される四丁目通りばやしは、長唄ばやしをまねたもので、明治15年東金に逗留した5代目吉村伊三郎が滞在中、自らかって出て従来の曲目を長唄風に編曲したものと伝えられております。 特に四丁目は儀礼的な曲であり、神社の前を通るとき、山車、屋台が向かい合ったとき等に演奏される曲であります。 東金では昔から9つの部落で日吉神社及びお蛇ヶ池を信仰し、隔年に一度盛大に祭礼を挙行いたします。 夕闇せまる頃9台の山車が提灯に灯りをともし、たんぼ道をゆらゆら風にゆられながら東金ばやしを奏でて街中に帰ってくる様は、市民の楽しみでもあり、誇りでもあります。 東金ばやしは、演奏依頼も多く、千葉県で行われた若潮国体・関東ブロック芸能大会等県内各種公的行事でその芸を披露し皆様に喜ばれてまいりました。 盛岡さんさ踊り 盛岡さんさ踊りは毎年8月1日から4日まで開催される、勇壮な太鼓の音色と華麗な踊りの群舞が魅力の東北を代表する夏祭りです。 42回目を迎えた本年は4日間で253団体、のべ35,500人の方々にご参加いただき、盛大に開催いたしました。 盛岡さんさ踊りの起源は、盛岡市名須川町にございます、三つの巨石がある三ツ石神社の三ツ石伝説に由来していると言われております。 その昔、南部藩盛岡城下に羅刹という鬼が現れ、悪さをして暴れておりました。 困り果てた里人たちは、三ツ石神社に鬼の退治を祈願いたしました。 三ツ石神社の神様は、里人たちの願いを聞き入れ、鬼をとらえ、もう二度と悪さをしないよう、三ツ石神社の境内にある三つの巨石に、その誓いの証として鬼に手型を押させました。 諸説ございますが、これが岩に手、岩手、岩手県の名の由来だとも言われております。 鬼の退散を喜んだ里人たちが、手形の押された三ツ石のまわりを「さんさ、さんさ」と踊り回ったことが、さんさ踊りの始まりだとも言われております。 盛岡さんさ踊りは、2007年と2014年に「和太鼓同時演奏」の世界記録を樹立しており、世界一の太鼓パレードとして人気を博しています。 ぜひ勇壮な太鼓の音にも耳を傾けてください。 また、盛岡さんさ踊りの合いの手に「サッコラ チョイワ ヤッセ」との掛け声がございます。 この「サッコラ」を漢字に表しますと、幸せ、呼ぶ、来ると書きます。 奉祝まつりのお祝いとともに、本日ご来場の皆様に幸せが訪れますよう願いを込めて踊らせていただきます。 鹿島母ヶ浦面浮立(佐賀) 面浮立は佐賀県に数多く伝わる浮立芸能の一つで、赫熊をつけた鬼面を被り、締太鼓を肩からつるした法被姿の「かけうち」が笛、鉦、太鼓の囃子に合わせて勇壮に踊るものです。 起源は、耕作に害を与える怨霊を封じ込め、鎮魂と豊作を祈願する神事芸能であると考えられていて、全体的に勇壮な芸能でシャグマをつけた鬼面を被り踊るところから、戦国時代には肥前の竜造寺と豊後の大友氏の戦いにおいて、大友氏が肥前に侵攻して竜造寺側が危機に立った時、竜造寺の武将であった鍋島勢がシャグマ姿で奇襲をかけて勝利した戦勝祝賀に由来するという言い伝えもあります。 面浮立の型は3つの類型に分類され、直線的な力強い素朴な所作を主体とし、練り物的な古い要素が強い第1類、重心を落とし力強い踏み足を主体とする勇壮な第2類、踏み足の力が弱く舞踏化された第3類とされています。 母ヶ浦の面浮立は鎮魂的な所作を主体とする神事芸能として完成された第2類の面浮立の代表的なものと言われています。 戦時中及び戦後すぐは鉦の供出などによって一時期衰退しかけたこともありましたが、保存継承を行うことを目的に、昭和40年に母ヶ浦面浮立保存会を設立し、昭和52年には佐賀県重要無形文化財に指定されています。 現在は、毎年9月第2日曜日に鎮守神社の秋祭りへの奉納はもとより県内外で開催される様々な民俗芸能大会や各種催し物のアトラクションとして毎年数回の出演依頼があっています。 秋田竿燈まつり 東北三大祭りの1つとされている「秋田竿燈まつり」は毎年8月3日から6日の4日間、開催されます。 約270年の歴史を持ち、国重要無形民俗文化財に指定されている「秋田竿燈まつり」はお盆を前に邪気を払い、身を清めるねぶり流し行事として始まったと伝えられています。 米俵型の提灯を下げ、稲穂に見立てた竿燈には、五穀豊穣への祈りが込められており、最も大きい「大若」は提灯46個、高さ12m、重さ50kgにもなります。 大きな竿燈を力四分技六分と言われる絶妙なバランスで、手のひら、額、肩、腰へと次々と移しかえる迫力ある演技は圧巻の一言です。 夜本番では、笛の合図でお囃子が流麗な本囃子に変わると、提灯にろうそくを灯した約280本もの竿燈が会場の竿燈大通りを埋め尽くし、まるで黄金の稲穂のように揺らめき、真夏の夜空を照らします。 昼に行われる妙技会では、夜の雰囲気とは、うって変わって、町内の誇りを懸け、差し手と囃子方それぞれの技自慢たちが熱き戦いを繰り広げます。 秋田の夏を彩る、「秋田竿燈まつり」本番をぜひ間近でご覧ください。 能登のキリコ祭り「宇出津あばれ祭り」(石川) 能登町は石川県能登半島の北東部に位置し、人口は約17,000人の小さな町ですが、里山里海には、人と自然が共存する「日本の原風景」が今も色濃く残されており、日本を代表する農家民宿群「春蘭の里」や1,300年以上続く農村文化やあえのこと・キリコ祭りなど、伝統的な文化が多く残っています。 また、食材も豊富で里山では、石川県を代表するブランド牛「能登牛」を飼育し県内最大の産地となっています。 里海では、定置網や遠洋漁業が盛んで冬の味覚である寒ぶりや船内で急速冷凍される船内一尾凍結イカなどおいしい食材が豊富です。 そんな能登町の夏祭りの主役は「キリコ」と呼ばれる大きな奉燈です。 町内には年間約60ものキリコ祭りがあり、神輿の足元を照らす先導役としてまちを練り歩き、人々に担がれてゆらゆら揺れる様は、夏の夜を幻想的に彩ります。 キリコ祭りは、2015年に日本遺産「灯り舞う半島 能登~熱狂のキリコ祭り」に登録されました。 その能登のキリコ祭りの先陣を切るのが「あばれ祭」で、この祭りを皮切りに各地区で夏祭りが始まります。 始まりは寛文4年、今から355年前、能登の国宇出津村に悪病が流行したため、京都の祇園社から牛頭天王を招請して病魔退散を祈祷したところ、神霊と化した青蜂が悪疫病者を救いました。 喜んだ人々が、キリコを担いで八坂神社へ詣でたのが始まりとされています。 あばれ祭の開催日は毎年7月第1金、土曜の2日間、能登町の宇出津地区はこの祭りで沸き返ります。 1日目はキリコがメインとなり、高さ7m、40数本の奉燈が大松明の火粉の中を乱舞します。 2日目は神輿がメインとなり、2基の御輿を海や川、火の中に投げ込んで暴れる勇壮な祭りです。 輪島キリコ祭り(石川) 能登半島の先端に位置する石川県輪島市は、豊かな海と山々に囲まれ、白米千枚田に代表される世界農業遺産「能登の里山里海」が広がる静かな街です。 日本を代表する伝統工芸輪島塗や禅文化が息づく曹洞宗大本山總持寺祖院、千年の歴史ある輪島朝市などの伝統文化を始め、輪島ふぐや加能ガニ、海女採りのあわびやさざえなどの里海の幸を活かした輪島の食など、多彩な魅力に満ち溢れております。 平成27年4月には、「灯り舞う半島 能登~熱狂のキリコ祭り~」が初めて日本遺産に認定されました。 輪島市民は夏に行われる輪島大祭をとても楽しみにしています。 ふるさとを離れた子どもに親はこう言います。 「盆・正月にはこられなくても、祭りには帰ってこいよ」と。 8月22日から25日は、輪島が最も熱く燃えあがる4日間です。 神輿のお供にキリコと呼ばれる大きな奉燈が街を練り歩き、街中をところ狭しと乱舞します。 クライマックスには、大松明が燃えさかり、松明の周りを神輿が3周し、松明が倒されると、御幣と呼ばれる竹をめぐり激しい奪い合いが繰り広げられ、祭りはさらに盛り上がります。 回の奉祝パレードには、豪華絢爛な総輪島塗のキリコ2基が参加します。 伝統工芸「輪島塗」の産地である輪島市らしく高度な輪島塗の技術を駆使し、1年をかけて製作されました。 キリコには浮き字と呼ばれる吉祥文字が書いてあります。 2基のキリコには、「紅鏡赫」と「慶雲興」と書かれています。 「紅鏡赫」は、紅色に輝く鏡のように太陽が赤々と燃えるように昇っていく様を表し、「慶雲興」は、喜びの運気が雲のように立ち昇るという意味があります。 総輪島塗のキリコを皆様にご覧いただき、能登・輪島のキリコ祭りを体感していただきたいと思います。 久喜提燈祭り提灯山車(埼玉) 埼玉県久喜市の久喜市祭典委員会による久喜提燈祭り「天王様」の提灯山車の運行です。 埼玉県久喜市は、埼玉県の東北部に位置し、豊かな自然環境がありながら都心へのアクセスも良い場所にあり15万3千人の人口を有します。 市の花であるコスモスを始め、四季折々の花が咲き美しい景観にも恵まれた都市です。 久喜提燈祭り「天王様」は毎年7月12日と18日に久喜駅西口市街地を中心に盛大に行われています。 各町内から繰り出される山車は、昼間は人形や彫刻などの飾りつけをした華やかな人形山車として、また、夜には山車の四面に約500個以上の赤々と燃えるロウソクを灯した提灯を飾り付けた、「関東一」といわれる勇壮な提灯山車に様変わりし曳き回されます。 提灯山車の高さは約7.5メートルで、重ねる提灯の段数は10段以上、総重量は約4トンにもなります。 祭りのハイライトでは、掛け声とともに山車同士をぶつけあったり、回転をさせます。 威勢よく山車を曳く人々の姿は観る者を圧倒する迫力があり、毎年多くの観客で賑わっています。 祭りの起源は1783年の浅間山の大噴火の災害からの復興を祈願したのが始まりと伝えられています。 230余年の歴史を持つ久喜提燈祭り「天王様」は長い歴史の中で、先人たちから受け継いできた久喜市の指定無形民族文化財でもあります。 賑やかなお囃子、力強く提灯山車を曳く人々の姿、一つ一つ丁寧に飾り付けられ、明かりが灯された提灯山車を多くの方に御覧頂き、日本中に元気を届けたいという想いと令和の時代が希望にあふれた時代となるよう願いを込めて、提灯山車の運行を行います。 総合演出 黛りんたろう• 奉祝曲 作詞 岡田惠和、作曲 菅野よう子 ピアノ 辻󠄀井伸行 歌唱 嵐• 司会 谷原章介、有働由美子• お祝いメッセージ発表者 松本白鸚、芦田愛菜• 奉祝演奏 マークエステル(画家、作品協力)、鬼太鼓座、大田楽(九世野村万蔵、わざおぎ)、森谷真理(東京二期会・ソプラノ歌手)• 第2部の一般公募は約1万人です。 辻󠄀井伸行 つじいのぶゆき 2009年6月、「第13回ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクール」で日本人として初優勝して以来、国際的に活躍している。 ニューヨークのカーネギーホールの主催公演、イギリス最大の音楽祭「プロムス」へのBBCフィルとの出演、ウィーン楽友協会やベルリン・フィルハーモニー、パリのシャンゼリゼ劇場などの世界の著名なホールでの演奏会はいずれも絶賛され、ゲルギエフやアシュケナージなどの世界的指揮者との共演も常に高い評価を受けている。 CDも積極的に発表し、2度の日本ゴールドディスク大賞を受賞。 作曲家としても高い人気を誇り、映画《神様のカルテ》で「第21回日本映画批評家大賞」受賞したほか、数多くの映画やドラマのテーマ曲を手掛けている。 マークエステル・スキャルシャフィ 1943年パリに生まれる。 1960年パリ大学で経済学学士号、国立東洋学校で中国語とロシア語の学士号を取得。 1968年ラオスのフランス大使館勤務。 翌年、モーリス・シューマン外務大臣秘書となる。 1970年大阪万博を訪れた際、清水寺で水墨画の神秘的な墨の滲みに感銘し、画家に転身。 岡本太郎氏との交流が始まる。 1996年「お伊勢さん2000年」を記念し、伊勢市が日本神話を主題にした個展を開催。 伊勢神宮に天照大御神を主題にしたブロンズ像を奉納(神社への最初の奉納)。 2006年「日本神話by MARCESTEL」(7カ国語に翻訳)を出版。 2007年神道文化会より「文化奨励賞」を授与。 2013年BS-TBSで「フランス人画家マークエステルが巡る日本神話の旅」が放映される。 2014年「文化関係者文部科学大臣表彰」を授与。 2015年九州国立博物館で「マークエステル日本神話展」を開催。 2017年明治神宮会館で絵と音と舞による舞台芸術「日本神話by マークエステル」開催。 伊勢神宮から始まった神社への作品奉納は、現在(2019年9月)180社となっている。 鬼太鼓座 おんでこざ 1969年新潟県佐渡島にて結成。 1975年ボストンマラソンを完走後、そのまま舞台へ駆け上がり三尺八寸の大太鼓を演奏するという衝撃的なデビューを飾る。 小澤征爾指揮のボストン交響楽団との共演を行う。 1990年カーネギーホール公演を皮切りに1万4910キロを走破する「全米一周完走公演」を行う。 1999年「天皇陛下御即位10年をお祝いする国民祭典」にて演奏。 2009年「天皇陛下御即位20年をお祝いする国民祭典」にて演奏。 2012年東日本大震災から1年、各国の支援に対するお礼の旅「東日本大震災を乗り越えて・世界ツアー(国際交流基金主催)」を東北の芸能団体と共に行う。 2016年IOC公認イベント「ハンドオーバーRIO to TOKYO(お台場フジテレビ)、世界中のロックアーティストの祭典「クラッシックロックアワード2016」に出演。 大田楽 だいでんがく 平安時代から室町時代にかけて400年近く日本全国で大流行した芸能「田楽」を狂言師五世野村万之丞(八世万蔵1959-2004)が学者や音楽家や舞踊家と一緒に現代に再生した祝祭。 五穀豊穣と平和を祈り、老若男女が躍るお祭りとして国内外で公演されています。 長野パラリンピック閉会式は大田楽で構成されました。 (故野村万之丞は天皇陛下のご学友) 「特定非営利活動法人ACT. JT」とは? 古典芸能、中世芸能による地域活性化、社会教育、海外文化交流を行う団体。 理事長は人間国宝野村萬(日本芸能実演家団体協議会会長、能楽協会顧問) 「わざおぎ」とは? 大田楽を継承し、日々研鑽を積んでいるACT. JTのメンバー。 東京、加賀、伊東、京都、高崎、新潟六ケ所にあり、活動を展開している。 古事記、日本書紀に記された「わざおぎ」という俳優の起源から命名。 出演者 田主:九世野村万蔵 狂言野村万蔵家九代目当主(秋篠宮皇嗣殿下のご学友) 音楽:稲葉明徳(雅楽)和田啓(打楽器)ほか 躍り:わざおぎ、市民参加 森谷真理 もりやまり メトロポリタン・オペラ『魔笛』(J. レヴァイン指揮)夜の女王で出演。 その後もウィーン・フォルクスオーパー、ドイツ・ライプツィヒ・オペラなど欧米の歌劇場に出演するほか、リンツ州立劇場の専属歌手として活躍。 コンサートではポーランド国立放送交響楽団、ワシントン・ナショナル交響楽団などと共演。 国内では東京二期会『ばらの騎士』元帥夫人、びわ湖ホール『ワルキューレ』ジークリンデ、東京二期会『サロメ』タイトルロールなど、常に高い評価を得ている。 19年東京二期会『蝶々夫人』タイトルロール、藤沢市民オペラ『湖上の美人』エレナ、20年びわ湖ホール『神々の黄昏』にグートルーネ、NISSAY OPERA『ランメルモールのルチア』タイトルロールで出演予定。 二期会会員。

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国民祭典で何度も続いた万歳三唱 担当者は「予定通りの実施」

11 月 9 日 国民 祭典

北海道・東北• 東海・甲信越• 近畿・北陸• 中国・四国• 九州・沖縄• 皇居前広場で9日夕に開かれた、天皇陛下の即位を祝う「国民祭典」の祝賀式典。 芸能やスポーツ、経済界の著名人を含む約3万人が集まり、天皇、皇后両陛下は笑顔で祝福にこたえた。 関係者によると、長女愛子さまもお忍びで訪れ、皇居の正門付近から一部始終を見守った。 両陛下は午後6時過ぎから30分ほど出席した。 安倍晋三首相が祝辞を述べた後、この日のためにつくられた組曲が披露された。 3部構成で、オーケストラの演奏、ピアニストの辻井伸行さんのピアノ演奏に続き、嵐の5人が登場。 ダークスーツに黒いちょうネクタイ姿で、深々と一礼した後、第3楽章の「Journey to Harmony」を歌った。 作曲はNHKの東日本大震災復興支援ソング「花は咲く」などで知られる菅野よう子さん。 作詞は、NHKの朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」などを手がけた脚本家の岡田恵和(よしかず)さん。 歌詞には、天皇陛下が水問題の研究をライフワークとしていることから「僕らの幸せも大河にすればいい」など、水に関連するフレーズが盛り込まれた。 嵐のメンバーはいつものダンスを「封印」し、その場に立ったままで熱唱した。 両陛下は笑顔で聴き入り、演奏後に拍手を送った。 皇后雅子さまは涙ぐむなど感激した様子だった。 その後、ソプラノ歌手が国歌独唱し、続いて、国歌斉唱が呼びかけられ、集まった人らで「君が代」を歌った。 都内の主婦(70代)は、「両陛下がとっても幸せそうで、これから日本と世界のために活躍してくれるだろうと思った」と話した。 国民祭典は上皇さまの即位10年、20年を祝してそれぞれ行われた。 いずれも超党派の国会議員連盟や、経団連などでつくる「奉祝委員会」が中心となって開催した。 この日の行事の最後は、両陛下に向かって一同が繰り返し万歳をする形で締めくくられた。 都内の大学に通う女性(20)は「初めて万歳をした。 普段『日本』とか意識していないけど今日は私も日本人なんだーと思いました」。 嵐のファンだという別の大学生の女性(19)は「戦争の時代にタイムスリップしたみたいでびっくりした。 なかなかできない経験でした」と話していた。 (長谷文、).

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