人それぞれ、好き嫌い、得て不得手があって当たり前です。 私は甘いもの全般大好きですが、姪っこ達はそれぞれで、お土産に悩みます。 スポンジは苦手で生クリームは大丈夫とか、逆に生クリームは食べれないとか、抹茶が好きだけどあんこは苦手とか。 なのでお土産を買う時は、いろいろ種類を買って、選べる物を探します。 ケーキを買う時も、チーズケーキやチョコケーキ、ミルクレープやタルトなど…。 ただ、難点は好きな物が1個でかぶってしまって喧嘩になっちゃう事。 最近は好き嫌いもだいぶツボを得てきて、なんとなくこれは誰かなみたいなのがあって、うまくハマると嬉しいです。 また、ケーキじゃないですが、わが家では主人も私もお酒は飲みませんが、ずっとお中元やお歳暮でビールを送ってくる方がいました。 主人が何かの時にお酒が飲めないと知ったようで、ある年からハムになりました。 相手からしても、喜んでもらいたくて贈っているわけですし、人伝に聞いてどんな気持ちだったかと申し訳なく思いました。 なので、カミングアウトしていいと思います。 例えば、何かの会話の時、お土産がケーキ何種類かだった時とか、私チーズケーキ好きなんだ~とか、最近生クリーム苦手になっちゃったんだよねとか。 ロールケーキなど頂いた時に言ったらダメですけど…。 逆にお土産を持って行く時とかに、自分のオススメを持っていき、会話の中にさりげなく、自分の苦手なもの、これは平気なものを伝えるといいです。 私はですが、なるべくよく会う友達の好き嫌いは覚えるようにしています。 今まで頂いて食べていたとしても、「最近」好みが変わったと伝えてみてはどうでしょう。
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解説 [ ] 通常はと異なり、とを使ったぜいたくな食べ物であり、身分の高い女性が庶民の暮らしに疎いことを示す台詞として引用される。 ただし異論として、ブリオッシュの単価が高騰時のパンより安い事から代用パンとして表現したと言う解釈(小麦の質の悪さを混ぜてごまかしたか、適する小麦粉の種類の違いで値が安定していたのか、流通の違いで値のつり上げが起こりにくかったのか、事情詳細は別として)もある [ ]が、通常時では安物というよりむしろ副材料の割合が非常に多い高級な嗜好品と考えてよいことや、何より以下の記述の通り、マリーにとって濡れ衣ではあっても当時彼女の無知を嘲る悪口として理解されていた。 ルソー『告白』の記述 [ ] ジャン=ジャック・ルソー(画) 「ケーキを食べればいいじゃない」は通常、王妃の言葉とされるが 、実際にアントワネットが発したという記録はみつかっていない。 この台詞はの自伝的な『』(出版はであるが、最初の6巻がに書かれたときにマリー・アントワネットは9歳だった)に出てくることで知られる。 まずルソーは盗んだの供にパンを求めていることが前段にあるのだが、そのときの格好が瀟洒に過ぎてただのパン屋へは行きかねた。 そこで彼はある「たいへんに身分の高い女性」の言葉を思い出すのである。 6巻にはこう書かれている。 とうとうある王女がこまったあげくに言ったという言葉を思いだした。 百姓どもには食べるパンがございません、といわれて、「ではブリオシュ〔パン菓子〕を食べるがいい」と答えたというその言葉である。 そしてルソーはブリオッシュのようなぜいたく品しか売っていない高級な店に行くのである。 この「たいへんに身分の高い女性」が誰とは名指されていないままである。 『告白』が概して非常に不正確な自伝であることを考慮すると、これはルソーの考えた(小咄)だともいえる。 至るところでルソーは「事実」を包み隠すことなく認めるのだが、現代の研究者が検証した限りでは、誤っていたり歪められていたり、そもそも存在しなかったりするとされる。 しかし彼の著作は最も古い「ケーキを食べればいいじゃない」という言葉の典拠となっている。 誰の言葉か [ ] の「ブリオッシュのある静物」 マリー・アントワネットの言葉として引かれてきた「ケーキを食べればいいじゃない」は、その夫であるの治世下ので起こったの最中に発せられたと考えられてきた。 各地でパンが不足し始めているために人々が苦しんでいると窘められて、王妃は「それならブリオッシュを食べれば良い」と返す。 に書かれたドイツのによる児童書「」の中にこのは初めて現れるのだが 、の時代にの反対者の側で引用されたことはなかった。 後代にこの台詞が非常に象徴的な意味合いを持ったのは、革命派の歴史家が当時のフランス上流階級の人間がいかに物忘れが激しく傲慢であるかの実例を求めたときである。 あるアントワネットの伝記作家は、この言葉は引用するにはいかにも都合のいいものだったということを記している。 なぜなら「フランスの農民と労働者階級にとってパンとは欠くべからざる食料であった。 収入に占める支出の割合が、燃料であれば5パーセントであるのに対して、パンのそれは50パーセントに達したほどだ。 したがってパンに関する話題ともなればなんでも脅迫的なまでに国家的関心事となった」。 〔「ケーキを食べればいいじゃない」〕は先立つこと100年前のの王妃の言葉である。 この台詞は無関心でものを知らない人間によるものだが、マリー・アントワネットはそのどちらでもなかった しかし、この説も信憑性に乏しい。 フレーザーはマリー・テレーズ説の根拠としての回想録を用いているが、ルソーの『告白』が書かれたときにルイ18世はわずか14歳であり、その自伝が出版されるのはずっと後のことである。 そしてその中でマリー・アントワネットには言及しておらず、有名な台詞は古いにあるものだと述べられている。 また家族の間では1660年代にルイ14世と結婚したの王女(マリー・テレーズを指す)の言葉だとずっと信じられていた、とも書いている。 したがってルイ18世もやはり他の人と同じだけ、急速に広まったルソーの本来の言葉を歪めた言説に影響を受けた記憶を語っているのである。 フレーザーが伝記のなかで指摘しているように、マリー・アントワネットは寛大な慈善家であり、耳に届く貧しい人々の惨状には心を痛めていた。 したがってこの言葉はアントワネットの性格からいって大いに問題がある。 こう考えると、マリー・アントワネットの発言とするのは疑わしくなる。 また、ルイ16世の在位中に本当の意味での飢饉が起こったことはなかった。 深刻なパン不足が起こったのは二度だけである。 一度目は王が即位する直前の数週間である(の4-5月)。 二度目はで、この年はフランス革命の前年である。 前者は として有名な暴動につながり、フランス南部を除く地域でこの名がついた事件が起こっているが、マリー・アントワネットは当時にいた家族にこのに触れた手紙を送っており、そこでは「ケーキを食べればいいじゃない」の精神とはまったく相容れないかのような態度がつまびらかになっている。 「不幸せな暮らしをしながら私たちに尽くす人々をみたならば、幸せのためにこれまで以上に身を粉にして働くのが私たちのつとめだということはごくごく当然のことです。 陛下はこの真実を理解していらっしゃるように思います」 発言の主を巡る議論は年代というさらなる問題を抱えている。 最初にルソーの著書が出版されたときマリー・アントワネットは若すぎるばかりか、そもそもフランスにいなかった。 『告白』はに出た本だが、マリー・アントワネットがオーストリアからに行くのは、14歳のときで、この若きオーストリア大公女を当時本を執筆中だったルソーが知っていたはずがなく、『告白』で述べられた「たいへんに身分の高い女性」にはなりえない。 この言葉がマリー・アントワネットのものだということになっていく過程を辿る上で重要なのは、フランス革命が勃発する直前の時期には、この王妃が本格的に人望をなくしていたという観点である。 ルイ16世と結婚したアントワネットの軽薄さやたいへんな浪費はフランスのひどい財政的な逼迫の唯一の要因としてしばしば言及された。 という出自を持った女性であることも、とがいまだ国政において幅をきかせていた国では大きな要因となった。 事実、少なからぬ反君主制を唱える人間にとって(不正確ではあれ)マリー・アントワネットがひとりでフランス経済を悪化させたということは納得がいくことだった。 だからこそには「赤字夫人」というあだ名がつけられた。 くわえて反王政のはやその取り巻きを攻撃する物語や記事を出版したが、そこにはやの事件、全くのが含まれていた。 したがって王やその妃に向けられる怒りや不満が沸き立つように高まる中で、不平を鳴らす人間が「マリー・アントワネットの口から出てきた」という話を仕立て上げたとしても全く不思議ではない。 それ以前には、例えばの娘であるやといったの姫君たちがこの言葉を言ったことにされたことがあった。 東洋における同様のエピソード [ ] でも『』恵帝紀元年()に同じような話が伝わっている。 当時、社会が混乱をきわめ、ついに餓死者が出るほどであったが、当時の皇帝であるのは、これを知って「 何不食肉糜(なんぞ肉糜を食わざる、なぜひき肉で作った粥を食べないのかの意)」と述べた。 ただし、このときの恵帝は継母である皇太后から命をねらわれている立場であり、暗愚なふりをして身を守ろうとしたのだという解釈もある [ ]。 また日本では天明7年(1787年)、により米価が高騰し深刻な不足が起こった際、北は町民からのお救い米の要求に応じず、「以前の飢饉では猫1匹が3匁した、今回はそれほどでもない」 や、「犬を食え」、「猫を食え」と放言したとか、「町人は米を食うものではない、米が無ければ何でも食うが良い」と叱りつけたとされた。 ただし、お救い願いに対して実際に曲淵がどのような発言をしたのかについては伝わっておらず、困窮した江戸町民の訴えに耳を貸そうとしない町奉行に対して広まった風説とされている。 5月頃から江戸ではが発生し、曲渕は6月1日に西丸留守居に左遷された。 曲渕はその後の時代に復権し、を務めている。 昭和25年12月7日、が米価の統制について質問された際に、「米と麦との価格の問題につきましても、日本古来の習慣に合つたようなやり方をして行きたい。 お百姓さんに小麦を食え、而も米の一〇〇に対して九五の小麦を食えと言つてもお百姓さんはなかなか食わぬ。 」「大所得者も小所得者も同じような米麦の比率でやつております。 これは完全な統制であります。 私は所得に応じて、所得の少い人は麦を多く食う、所得の多い人は米を食うというような、経済の原則に副つたほうへ持つて行きたいというのが、私の念願であります。 」と答弁した。 質問者のは「所得の少い者は麦を食え、例えば農村に例をとればお百姓さんは昔のように稗です粟でも食え、米を食うのは主食の統制の結果だ。 それだから食習慣を昔に戻すためにこういう食糧の価格体系を考えたのである。 こういうような答弁でありました」と批判し、議場からも「問題発言だ」と声が上がった。 この答弁はしばしば池田が「貧乏人は麦を食え」と述べたこととされている。 大衆文化における言及 [ ] 英語の語句「 Let them eat cake」や、その口語的表現「 Let 'em eat cake」は、の大衆文化の中でしばしば使用される。 『 』は、作曲、初演。 『』第2シリーズ第32話「Let Them Eat Cake」(1993年放映)は、邦題「結婚式のケーキ」。 『』第1シーズン第22話「」(2004年放映)は、邦題「ウソ発見器についたウソ? 『』第5シーズン第10話「」(2008年放映)は、邦題「ダイエットの罠」。 のマンガ作品『』は、18世紀のフランスに日本人のがいたという架空の設定による話であるが、その中では(通説とは異なり)ブリオッシュがぜいたく品ではなかったとする解釈が示されている。 脚注 [ ]• Fraser, Antonia Lady , Marie Antoinette: The Journey, p. 63—65; Lanser, Susan S. , article Eating Cake: The Ab uses of Marie-Antoinette, published in Marie-Antoinette: Writings on the Body of a Queen, ed. Dena Goodman , pp. 273—290. Rousseau trans. Angela Scholar , Jean-Jacques 2000. Confessions. New York: Oxford University Press. 262• Rousseau trans. Angela Scholar , Jean-Jacques 2000. Confessions. New York: Oxford University Press. 262• ルソー『告白錄』中巻、訳、新潮社〈新潮文庫〉、1958年、69ページより引用。 ポール・ジョンソン『インテレクチュアルズ』別宮貞徳訳、共同通信社、1990年、32-35ページ。。 Fraser, p. 135. Lady Antonia Fraser, Marie Antoinette: The Journey, p. 124n• Fraser, Marie Antoinette, pp. 284—285• Lettres de Marie-Antoinette, volume 1, p. Gary Martin. 2012年5月3日閲覧。 Fraser, pp. 473—474. こうした当時の状況については、Lynn Hunt の Eroticism and the Body Politic: The Family Romance of the French Revolution、Chantal Thomas 教授の The Wicked Queen: The Origins of the Myth of Marie-Antoinette に詳しく述べられている。 Fraser, pp. 254—255. 千田豊「西晋の太子師傅」『歴史文化社会論講座紀要』第16巻、京都大学大学院人間・環境学研究科歴史文化社会論講座、2019年、 29-44頁。 今日傳媒 股 公司 2007年10月23日. 2012年5月3日閲覧。 朝日日本歴史人物事典、安藤優一郎『』 -• 『天明の江戸打ちこわし』 新日本出版社 2001年、『近世都市騒擾の研究』 吉川弘文館 2004年• 日本大百科全書 荒敬『』 - 参考文献 [ ]• Barker, Nancy N. , Let Them Eat Cake: The Mythical Marie Antoinette and the French Revolution, Historian, Summer 1993, 55:4:709. 327.
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