公式サイト「実名報道をお控えいただくよう、書面で申入れをしております」 京アニ公式サイトには、「7月18日に発生した事件について」と題したコメントが掲載されている。 2019年7月21日に公開され、24日に更新されたこの文章では、メディア対応を弁護士に任せるとし、当面の間、会社や社員、その親族や遺族らへの直接取材を控えるよう求めている。 また「警察及び報道に対し、本件に関する実名報道をお控えいただくよう、書面で申入れをしております」と説明し、 「遭難した弊社社員の氏名等につきましては、ご家族・ご親族、ご遺族のご意向を最優先とさせていただきつつ、少なくともお弔いが終えられるまでの間は、弊社より公表する予定はございません」 と続けている。 一方で、亡くなった34人全員の身元が25日までに判明し、遺族への遺体引き渡しが始まると、犠牲者の氏名を見出しに取った記事を、各メディアが続々と掲載し始めた。 なかには有名監督の訃報もあり、27日朝には「〇〇監督の悲報」(以下、伏せ字はJ-CASTニュース編集部)がツイッターのトレンド入りし、 「なんで実名報道されてるの... 」 「実名報道禁止してるのにトレンドかい」 といったツイートが出ている一方で、それらの記事を拡散するファンに対しても、 「京アニさんから言われるまではデマかもって無視すんのが1番でしょ」 「マスコミが実名出したとかでその記事をネットで拡散させてたらやってる事が一緒な気がするなぁ」 などと、いさめる声が見られている。 また、これらの取材が直接でなく、弁護士を通した正規のルートで行われている可能性や、遺族の意向をくんだ結果、あえて実名報道にしているのでは、と指摘するユーザーもいるが、多くはメディアに対して批判的な声だ。 では、主要メディアでは、どのように報道されているのか。 各社報道を比較してみると NHK NEWS WEBは7月25日午後、「『苦しかったろ やっと連れて帰れる』京アニ 色彩担当者の両親」のタイトルで、女性アニメーターの死亡確認を両親が明かしたと報じた。 家族への取材をもとに、NHKが報じた犠牲者とは異なる、女性アニメーターの死亡を確認したと伝えた。 前半の伏せ字には作品名、後半にはその作品を手掛けた男性監督の名字が入れられている。 この記事では、親族への取材で死亡が確認されたとし、父親が日経に対して語ったコメントが載せられているが、後半部分は日経電子版の会員のみが読める形となっている。 27日にトレンド入りしたのはこの記事だ。 なお朝日、読売、毎日の3紙では、被害者の氏名や、遺族への取材記事は載っていなかった。
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下請け会社から成長 京都アニメーションは、手塚治虫が率いて「鉄腕アトム」などを手がけていたアニメ会社「虫プロダクション」に源流がある。 虫プロダクションで、セル画の輪郭線の内側を単色で塗りつぶす「仕上げ」の作業経験があった八田陽子さんが独立。 他のスタジオの仕上げ作業をするようになった。 八田さんが結婚を機に京都へ移り住み、1981年に仕上げ作業専門の「京都アニメスタジオ」を立ち上げら、タツノコプロやサンライズの下受けを手がけるようになった。 85年には夫の八田英明さんを代表として「京都アニメーション」として法人化した。 80~90年代には『紅の豚』や『魔女の宅急便』などのスタジオジブリ作品の仕上げにも参加している。 長年の下受けを経てノウハウを蓄え、2003年の『フルメタル・パニック?ふもっふ』から、元請けとしてアニメ作品の制作を行うようになった。 2006年に『涼宮ハルヒの憂鬱』、2009年の『けいおん!』を手がけ、社会現象になるほどのヒット作となった。 2016年9月に劇場公開された『映画 聲の形』は日本アカデミー賞の優秀アニメーション作品賞を受賞している。 【参考文献】.
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mokuji• 京アニ放火事件の概略 2019年7月18日午前10時半ごろ、京都市伏見区の新興住宅街にある「京都アニメーション」第1スタジオで火災が起きた。 爆発音のあと、3階建ての社屋は炎と煙に包まれた。 死者35人、重軽傷者33人。 未来あるアニメーターの命が一瞬のうちに奪われた。 犯人は青葉真司(41)。 青葉は1階でガソリンをまき、「死ね!」と叫びながらライターで火をつけた。 わずか1分足らずの出来事だった。 青葉は逃走。 現場から100mほど離れた住宅街で、かけつけた警察官に身柄を拘束される。 警察官の問いかけに対して、「小説をパクりやがって」と怒りに満ちた表情でわめき散らした。 その後、青葉は意識を失う。 自身も全身やけどを負っていた。 病院に運ばれて治療をうけた。 事件から1週間が過ぎた26日に青葉は目を覚ます。 だが、いまだ動機は不明だ。 詳しくは下記リンク先にまとめている。 京アニ放火事件犯人・青葉真司の半生 青葉真司は1987年に3人きょうだいの次男として生まれた。 2歳上に兄、1歳下に妹がいる。 埼玉県内の小学校に進む。 低学年時のクラスメイトによると「クラスでも浮いた存在」だった。 友だちは少なかった。 どこにでもいる「普通の子」だったと振り返る同級生もいる。 友人たちといっしょに放課後はボール遊びや鬼ごっこをしていた。 この頃から体格はよかった。 クラスメイトと並ぶと、頭ひとつほど背が高かった。 当時流行っていた『北斗の拳』のラオウと青葉の「ば」をかけて、「バオウ」と呼ばれていた。 ネグレクトだった。 自宅は木造のアパートで、室内はゴミ屋敷だった。 食べ終わったコンビニ弁当の容器やゴミ袋が部屋中に散らばっていた。 足の踏み場もないほどだった。 暮らしは貧しかった。 毎日、同じ服を着ていた。 Gジャンにトレーナー姿だった。 お菓子を買うお金もなかった。 青葉は万引きの常習犯だった。 10代になる前から犯罪に手を染めていた。 万引きに友人を誘うこともあった。 小学校3年生のとき、両親は離婚する。 きょうだい3人は父親と4人で暮らし始める。 1991年に地元の公立中学校に進む。 中学では柔道部に入る。 練習熱心だったが、部内での評判はよくなかった。 反則技を多用して、練習相手と揉め事をよく起こした。 誰も青葉と組みたがらなかった。 青葉真司は中学校を転校する。 クラスメイトはもちろん、担任の先生も転校を知らなかったという。 突然いなくなった。 転校先は誰も知らなかった。 家賃の滞納で、アパートを追い出されたのが原因のようだ。 青葉は埼玉県内の別の中学校に移った。 ここで不登校になる。 いじめを受けていたとの話もある。 当時のクラスメイトは卒業写真を見てもほとんど覚えていないと口を揃える。 1994年に埼玉県立浦和高校の定時制に入学する。 在学中に、県庁の文書課で非常勤職員として働く。 庁内の郵便物や通知の集配をしていた。 1日6時間・週5日で勤務した。 県庁を辞めた後は、埼玉県内のコンビニで働き始める。 1999年に実家を出て、春日部市内でひとり暮らしを始める。 といっても、家族仲は良好だった。 ひとり暮らしを始めてからも、青葉はたびたび実家に顔を出した。 だが、その関係は崩れる。 タクシー運転手だった父が交通事故を起こして怪我を負う。 父親は松葉杖生活を余儀なくされる。 仕事ができない。 家賃が払えないほど家計が苦しくなる。 そして青葉容疑者が21歳の時、一家を悲劇が襲う。 1999年12月30日、父が自殺する。 生活苦による自殺だった。 残された子どもたちはさらに家賃を滞納。 家を追い出された。 この頃から青葉真司はまわりと距離をとり始める。 兄とも疎遠になっていく。 近隣住民とたびたびトラブルを起こすようになる。 2006年に事件を起こす。 ある日警察がアパートにやってきて青葉を連れて行く。 下着泥棒だった。 執行猶予の判決を受ける。 この時期に青葉は母親を頼っている。 母親は再婚して別の家庭を築いていたが、青葉を金銭面で支援した。 社会復帰した青葉は人材派遣会社に登録する。 関東近郊で派遣社員の仕事を転々とする。 2010年に常総市内の雇用促進住宅に入る。 雇用促進住宅は、賃金の安い非正規労働者や、無職の人向けの家賃の安い住宅だ。 ここで郵便局の配達員の仕事を得たが、長くは続かなかった。 2012年6月にコンビニ強盗を起こす。 坂東市内のコンビニに深夜に押し入った。 包丁を突きつけ、現金約2万円を奪って逃げた。 自首して強盗と銃刀法違反で疑いで逮捕された。 検察の取り調べに対して青葉は、「仕事で理不尽な扱いを受けた。 社会で生きていくのが嫌になった」と犯行の理由を述べた。 2012年9月、懲役3年6ヶ月の実刑判決を受けた。 この事件で、肉親でゆいいつ青葉を支援していた母とのつながりも切れた。 警察とアパートの管理人は家宅捜査のため青葉容疑者の部屋に入った。 部屋の中はひどい状態だった。 3DKの室内には物が散乱。 足の置き場もなかった。 テーブルの上にはカップラーメンやコンビニ弁当の容器がそのまま置いてある。 直に畳においた赤いノートパソコンは、画面もキーボードもぐちゃぐちゃに壊れていた。 窓ガラスは割れて、部屋の壁には2カ所穴が開いていた。 部屋にはハンマーがあった。 冷蔵庫からは液体が漏れだし、悪臭を放っていた。 住人とのドラブルも多かった。 夜中の0時4分になると毎晩、目覚まし時計を大音量で鳴り響きかせながら壁を叩いた。 青葉真司の奇行は刑務所内で加速する。 心はさらに病んでいった。 昼は大人しいが、夜になると暴れた。 監房にある木の机を振り回した。 自殺を試みたこともある。 懲罰房での作業も青葉だけ別だった。 他の受刑者が千羽鶴を折るなか、青葉だけがグラウンドで草むしりやドブ掃除をした。 「あいつは危ないから」が理由だった。 刑務所内では小説を書くのがゆいいつの楽しみだった。 刑務官にノートとペンを借りては、夕食から消灯までの間、小説を書いて過ごした。 青葉は2016年に出所した。 服役後はさいたま市内の更生保護施設に半年間入居。 2016年7月に現住所であるさいたま市見沼区大和田町のワンルームに移る。 家賃4万円のレオパレスだ。 ここでもアパートの住人と騒音トラブルをたびたび起こしている。 平日は夜中0時すぎになると重低音が聞こえてきた。 休日は数分のゲームサウンドっぽい音が1時間ほど繰り返される。 通報を受け、警察が訪ねてくることが複数回あった。 京アニ火災の4日前の7月14日に、青葉は隣人とトラブルを起こす。 深夜に奇声を発しながら何度も壁を叩いた。 隣人が青葉の部屋のドアをノックすると、飛び出してきて胸ぐらと髪をつかんだ。 「お前殺すぞ!」「こっちは失うもの何もねぇんだ!」。 大声で何度も繰り返した。 10分ほど続いた。 無精髭でニキビ面、180センチ近い青葉の太った体からはすえた臭いがした。 その4日後、「失うものはない」との言葉通り、放火による大量殺人事件を起こす。 京アニ放火事件犯人・青葉真司の父と母 青葉の父は茨城県西部の農家に生まれた。 働きもせず、選挙運動ばかりに熱をあげていた。 地元の市会議員の選挙を熱心に手伝っていた。 その議員の口利きで、仕事を得る。 幼稚園の送迎バスの運転手だ。 青葉の父と母はこの幼稚園で出会う。 不倫だった。 ふたりは駆け落ちする。 当時、青葉の父は既婚者だった。 奥さんとの間には6人の子ともがいた。 だが、彼は妻子を裏切る。 それだけではなく、土地建物も売り払っていた。 残された妻子は家を追い出された。 青葉の母は、高校をでて幼稚園で働き始める。 運転手である青葉の父とすぐに恋に落ちる。 実家からは勘当される。 ふたりは3人の子宝に恵まれたが、やがて離婚する。 結婚生活は10年足らずで終わった。 母は家を追い出された。 子供とは離れ離れになる。 青葉の母は上京して都内で働き始める。 その後は再婚して、茨城県内に引っ越す。 父の自殺後、青葉がコンビニ強盗で服役するまでは、金銭面で支援していた。 京アニ放火事件犯人・青葉真司は死刑か、それとも無罪か 京都府警は記者会見で「(青葉真司には)精神的な疾患があるとの情報を把握している」と述べた。 報道される青葉の言動から、統合失調症ではないかと指摘する識者もいる。 また、週刊誌では精神障害2級との話もでている。 精神障害者保健福祉手帳の障害等級は1級から3級まである。 2級は食事や通院、服薬、他者との意思疎通で援助が必要な人に交付される。 統合失調症になると、幻覚や妄想が現れる。 自分と外の世界の境目があいまいになって、自身の行動や思考が他人に操られていると感じるなど、自我障害が起こる。 青葉真司の言動からは、統合失調症のいくつかの症状が見て取れる。 ひとつは「思考奪取」。 これは自分の考えを盗まれたと感じる症状だ。 青葉は小説をパクられたという被害妄想を抱いていた。 被害妄想が強くなると、他者に対する攻撃を仕返しとして正当化しがちになる。 もうひとつは「幻聴」だ。 青葉は騒音トラブルをたびたび起こしている。 これは大きな音で幻聴をかき消そうとしていたとも考えられる。 青葉真司が統合失調症を患っていて、精神障害者手帳2級を持っているとすると、責任能力が疑問視される。 精神鑑定をおこなう流れになる。 責任能力は「物事の良し悪しが区別できる」能力と、「やってはいけないことをやらない判断ができる」能力をいう。 精神鑑定では、犯行時に「心神喪失」または「心身耗弱」状態にあったかどうかが争点になる。 心神喪失と判断されると、刑法第39条により無罪となる可能性がある。 心身耗弱と認められると、無期懲役になる恐れもある。 だが、青葉の犯行は明らかに計画的だった。 事件3日前に京都に入り、下見をしている姿が防犯カメラに映っている。 目撃証言もある。 ガソリン以外の凶器も用意してあった。 周囲に怪しまれないように工夫もしている。 包丁やハンマー、携帯缶は複数回に分けてホームセンターで買っている。 ガソリン購入の際には「発電機に使う」と嘘をついた。 これらの行動を司法がどのように判断するかはわからない。 日本は国民感情より法が優先される国だ。 被害者遺族が望む判決がでることを願う。 まとめ 幼少期の両親の離婚、貧しい生活、ネグレクト、父親の自殺など、青葉真司の半生は恵まれたものではない。 まわりの環境の変化が彼の精神を蝕み、殺人鬼へと導いた一面もある。 何不自由なく育っていたら、青葉には違う人生が待っていたのかもしれない。 それは否定できない。 だが、どれだけ不幸な人生を歩んできたとしても、青葉の罪は許されるものではない。 彼は罪のない多くの命を奪った。 それだけではない。 多くの人の未来をも狂わせた。 被害者遺族は悲しみを抱えたまま、これからを生きていかなくてはいけない。 生き残った京アニスタッフは傷の痛みと、事件の記憶に苦しむことになる。 なんの非もない人たちがなぜ悲しみ、なぜ苦しまないといけない? こんなことがあっていいのだろうか。 責任能力があろうがなかろうが、精神障害があろうがなかろうが、そんなことはどうでもいい。 司法がどのような判断を下そうが、青葉真司の罪は消えない。
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