芸術というものの世間的評価に、いかに「宣伝」がものを言うかという話は過去にも書いてきた。 メディアで繰り返し、「素晴らしい、素晴らしい」と言われれば、タダの石ころでも次第にダイヤモンドに見えてくる。 フィギュアも例外ではない。 メディアが誰を持ち上げるかで、一般のファンのその選手に対する見方も変わる。 奇妙なことにフィギュアの女子選手について日本のマスコミの多くは、自国に目を見張る逸材がいるにもかかわらず、他国の選手をしきりと誉めそやす。 日本に現世界女王がいるのに、わざわざキム・ヨナを「フィギュアの世界女王」などとレポーターに呼ばせたりする。 このいかにも胡散臭い報道姿勢については、のエントリーが緻密で詳しい。 だが、男子に関しては、こうした奇妙な現象はあまり見られない。 現在の男子シングルでプロトコル上の最強選手はパトリック・チャンだし、4回転を決める確率がもっとも高いのも、恐らくチャンだと言っていいだろう。 ところが、チャンに関しては、キム・ヨナに見られるようなメディアによる過剰な持ち上げは見られない。 むしろ、「高橋大輔、世界選手権2連覇へ」で、衆目を集めようとしているようだ。 浅田VSキムに見られるような、高橋VSチャンの過剰な煽りもない。 男子と女子に見られるこの不可解なメディア報道の不均衡の裏に何があるのかないのか、Mizumizuとしては知る由もないのだが、高橋大輔選手に関して言えば、その実力に見合ったメディアからの厚遇が得られているといって差し支えないと思う。 もっとダイレクトに言えば、日本フィギュアスケート選手で最も「宣伝」がうまくいっているのが高橋選手なのだ。 特に日経新聞は好意的で良質な記事を書いてくれていた。 シーズン初めに出た高橋選手の談話記事(高橋大輔「格好いいか、悪いか。 流れと表現力を磨く」)は、同選手がスケート選手として、また同時に身体を使った表現者として何を最も大事に思っているかを詳しく掘り下げた興味深い内容になっていた )。 この中でMizumizuが最も核心的だと思うのは、「僕が思う男子フィギュアは簡単に言えば、『格好いいか、悪いか』だと思います。 形は大事だけれど、それ以上に心をわしづかみするような演技ができるかだと思います」というくだりだ。 そして、その「格好よさ」をどうやって作り上げるか。 そのプロセスについても解説しているのだが、それは意外なものだった。 「毎年プログラムの滑り始めに『これって変?』と、長光歌子コーチに聞いています」「僕はあまり鏡とかは見ません。 動きをイメージしながらやってみて、コーチに意見を聞いて、調整していきます」。 つまり、高橋選手は自分で鏡を見ながら自分自身で自分の思い描く「格好よさ」を作っていくのではなく、長光コーチに「格好いいか、変か」を見てもらい、「変だ」と言われれば、それを修正していくという、かなり受身な手法を取っているということだ。 自分がどう見えるかを鏡で気にするのではなく、第三者の目を借りて、どう見せるかを最初から意識している。 長光コーチはこの場合、コーチであると同時に、観客(もっと言ってしまえば一般のファン)の目で高橋選手を評価しているのだろうと思う。 コーチでありながら、ファンの目も持つ・・・これはできそうで、簡単にはできないことだ。 長年かけて培った長光コーチと高橋選手の信頼関係とお互いの感覚のマッチングがうまくいってこそ、成果を出している手法だろう。 これは意外でもあったが、納得でもあった。 Mizumizuがこのブログでも常々指摘しているように、高橋選手は演技に深く入り込みながら、どこが冷静な第三者の目で自分を突き放して見ているような部分がある。 それは、本当に優れた表現者にしか達し得ない境地で、しかもフィギュアスケーターに限定されるものではない。 たとえば、イタリアの名優マルチェロ・マストロヤンニは、「泣く」演技について、「自分が泣くのは、観客を泣かせるため。 自分が本当に感情移入してしまうことはない。 ただ、1度だけ、本気で泣いてしまったことがあり、そのとき、もう1人の自分が、『おいおい、この人物の人生はお前のものではないんだよ』と諌めてきた」と語っている。 同じようなことを高橋選手も言っている。 「表現力が大切といいましたが、感情移入しても、自分に酔うことはありません。 自分に酔ってしまったら伝わりません」。 この台詞は頭で作り上げた言葉ではない。 こう言えと言われて言ったものでもない。 高橋選手自身の言葉だ。 こうした実感をもった話ができるのは、恐らく現在のアマチュアスケーターでは高橋選手だけだ。 キム・ヨナ選手にも同じ傾向の才能があるようにも思うのだが、彼女の場合は、アイドル歌手の振り付けのような単純でインパクト重視の大衆性に傾いていってしまったのが、個人的には残念なのだ。 「あげひばり」のころに見せた腕全体、指の先まで繊細に使った、こちらのイメージを刺激するような表現がなくなり、かわりにやたらとハッタリをきかせた、パターン化した演技ばかりを繰り返すようになった。 だからキム・ヨナの演技は1度見れば、それで十分になってしまった。 2度めからはどんどん平凡でスカスカでつまらなく見えてくる。 ワールド一発勝負に出るのは、キム・ヨナ陣営が、彼女のプログラムは底が浅いという欠点を実は自覚しているからではないかとさえ思う。 次のワールドで、「それだけではないキム・ヨナ」を見せてくれると嬉しいのだが、どうだろうか。 なにはともあれ、「アリラン」には個人的に期待している。 「あげひばり」以上のものができるとすれば、それは韓国人の彼女にしか演じられない「アリラン」をおいて他にはないように思う。 どう見えるかを気にするのではなく、どう見せるかを常に考えている。 自分に酔っているようでいて、冷静に「それを見る人たちの反応」を予想し、確認し、そこからまた自分の表現に工夫を加えていく。 それが一流の表現者の姿勢なのだ。 ただ単に自分を格好よく見せたいだけの役者が一流になれないのは、格好いい自分に酔おうとするからだ。 キム・ヨナの演技がつまらなくなったのは、アイドル的な見かけのよさばかりを追求したからだ。 あっという間に忘れ去られるアイドルならばそれでいいだろう。 だが、アイドルと一流の役者は違う。 一流の役者なら、格好よい自分を作り上げるのはそれが必要とされているからであって、同じ情熱をもって、たとえば「惨めな」自分を作り上げることもできる。 そうした才能を高橋選手も持っている。 その能力が現在のアマチュアのフィギュアスケート界で、最も傑出してるのが高橋選手だ。 よく「世界一のステップ」と技術的な面で賞賛される同選手だが、高橋大輔の魅力がそれだけに留まらないのは、彼がアマチュアスケーターの範疇を超えた、一流の表現者に普遍的に要求される能力と姿勢を兼ね備えているからに他ならない。 パトリック・チャンの演技にどうしても感動できないのは、彼にこうした表現者としての才能が欠けているからだろう。 彼の演技はまるでよくできた機械のようだ。 いくら上手にすいすい滑っても、オーバーなアクションをしても、クルクル器用にスピンを回っても、肝心の本人のエモーショナルな部分での深みと成熟が伴わない。 今年のフリープログラム、「オペラ座の怪人」は、つなぎも濃く、技術的には素晴らしい。 だが、かつて高橋大輔が氷上で仮面を剥ぎ取るモーションをしたときに彼の身体全体から発散された異形の存在のもつ孤独感、そしてそこから解放されたいという内的なエネルギーの爆発を思い浮かべるとき、チャンのプログラムは一瞬で色褪せる。 音楽の使い方も、高橋大輔のプログラムでは、あえて皆が知っている旋律を極力使わない、通で凝った編集がなされていたが、チャンの場合は、オペラ座の怪人の中でも最もポピュラーな旋律をタイトルナンバーから取ってきた大衆的なものだ。 実につまらない。 信じられないことに、今のフィギュアスケート界は、「 組織と密接なコネをもった有力な 振付師兼コーチがジャッジに宣伝をしてくれる」選手が、「ジャッジに愛され」て、高い得点をもらえるらしい。 こうした演技ばかりにプロトコル上で天井知らずの演技構成点を与えている現状が、フィギュアスケートの表現世界の可能性を狭めている。 日本以外でのフィギュア人気の凋落ぶりが、それを裏付けている。 日本は選手の独創的で素晴らしい演技が沸騰するフィギュア人気を支えている。 高橋選手の場合は、「高橋大輔の格好よさ」を作り上げるのに、彼自身の才能に加え、コーチやもちろん振付師の能力がうまく噛みあっている。 また、それを宣伝する道筋もスムーズでうまく行っている。 先に挙げた日経の記事もそうだが、たとえばこの宮沢賢治・・・じゃなくて、宮本賢二氏の解説。 あの名プログラム「eye」を作る前だが、いかに振付師・宮本賢二がスケーター・高橋大輔の才能に惚れこんでいるかよくわかる。 最初はなぜかパンツの色と髪型の個人的好みから始まり(苦笑)、アナウンサーが織田選手との「激闘」に話を振っても、まったく意に介さず、高橋ワールドの「唇」の話をしている(再苦笑)。 それはつまり、宮本賢二自身が、髪型や衣装、そしてモーションやポーズに関して、「こういう大輔が格好いい」という強いイメージとビジョンを持っているということだ。 それをふまえた上で、高橋大輔表現のキーワードである「格好いい」を連発する。 ここまで、「格好いい」と言われれば、本当に格好よく見えてくる。 なぜ格好いいのかという説明も的を射ているからなおさらだ。 「ジャンプもすごい」「世界一のステップ」という一般的な解説に加えて、「楽器を表現できる。 バイオリンならこう伸びるような動き、ピアノならこう叩くような動き(つまり、弦と打の音質の違いを表現できるという意味)」「どこもかしこも動いている(つまり、全身を使った身体表現がエネルギッシュで卓越していることを言っている)」といった普通のファンにはあまり気づかないような点にも言及している。 しかもありえないほどの熱を込めて(笑)。 これも、解説者自身が実感していなければ話せない内容で、かつ解説者が振付師でもあることから、その説得力は勢い増すことになる。 <明日へ続く>.
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カラーではありませんでした) ラストポーズの背中を撮った一枚が とても美しくて 「あぁ・・・大輔君の「G線上~」・・・」と 泣きそうになったことを覚えています。 フル映像見られる時が来るとは・・・ フジテレビさん。 協力してくださった関大さん。 何より映像を残しておいてくださった方に 心から感謝いたします。 本当にありがとうございます。 お膝をケガをされた当時 スケートをしている 大輔君を見られるようになるまで 時間がかかったけれど 見られるようになってからは 繰り返し繰り返し見て 氷上に帰って来てくださるのを 待っていたなぁ・・・ あの黒豹のような「eye」 高画質で残せるのは嬉しいですよね。 大輔君やっぱり凄いなぁ。 と リピリピ止まらなくなってます。 もし あの演技ならば 非常に嬉しいので 高画質で録画予約しました。 演技計17本放送というのも楽しみです。 今回も一緒に行きました。 予定変更にも「そうだね。 いいね」と(^^ おでかけはいつでも出来るし。 ) 入場時の手指の消毒とマスク着用 サーモグラフィで体温チェック 座席は一席ずつ空けて座ったり 上映後は即消毒用スプレーを持った スタッフさんが入って来たり 感染対策もしっかりされてましたし 人が少なくてゆったり見られました。 あんなにゆったり見られたの初めてかも。 もっとかな?)確認。 行って良かったです(^^ また映画館で見られる機会をくださって ありがとうございます 「次」に繋がると良いなぁ ********* またスクリーンで光の君を見ることが出来て とても嬉しかったのですが あの場所にいられたのが 昨年の事だというのが なんだか信じられないくらいで この光景 (たっくさんの観客と降り注ぐ歓声。 楽しく盛り上がって手拍子して・・・) 再び見られるのはいつだろう。 と ちょっと寂しくなってしまいました。 大輔君のスケート。 見たいなぁ 本当に貴重な時間だったのだなぁ また見られる時が戻ったら 可能な限り行こう 行ける時に行こう あらためて (何度あらたまるのか)思います。 でも見るなら やっぱり映画館で見たいしなぁ 円盤化(まだ言う)まで とっておこう (?)かな。 ********* 「氷上の表現者」見ましたー! 「メモリーズ」の再放送なのかな?なんて 思ってしまって すみませんでした。 アイスダンスで 大輔君のエッジワークを存分に見られる時が 本当に本当に楽しみ! メッセージもありがとう LIVE配信も見ました〜 時間が時間なだけに 一緒には出来ませんでしたが(^^; お二人ともさすがだなぁ。 全部は出来ませんが (腕立てムリ) 見ながら頑張ろうと思います(^^ 大輔君も哉中ちゃんも 大変な状況かと思いますが どうかお身体に気を付けて 健やかに「今」をお過ごしください。 海外・寄付の返礼品とはいえ 出版社が無断使用とは・・・ クラファンはキャンセルしました。 素敵な記事と写真ありがとうございました 少しでも協力させていただければ。 と 思ってのことだったので 残念です・・・ USMさん お知らせありがとうございました。 歌子先生の表情。 見ていて涙出そうになりました・・・ いろいろな角度からの映像を たくさん残しておいてくださり こうして見せてくださったこと 心から感謝いたします。 なんといっても 「ここだけ」のモノクロお写真に すごく惹かれました。 ・・・・。 貴重な一枚ではありますが うーん・・・ モノクロの一枚だったら即決だったなぁ 絶対素敵だもの。 飾りたいもの。 ほんと素敵な歌声・・・ またパワーをいただきました。 ありがとう 「リンクからみんなの笑顔がみたい」 というメッセージには 私もリンクの大輔君の笑顔がみたいよー!!と 叫びたくなりましたよ~ 「上を向いて歩こう」もそうですが 歌の力・エンタメの力を しみじみと感じています。 現地で「生」で楽しめる時が 早く戻ると良いなぁ・・・ あぁ。 大輔君のスケート見に行きたい。 哉中ちゃん&大輔君の ダンススピン見られたし チャーリーさんのお言葉も嬉しかった(^^ 演技を見られる時がとてもとても楽しみ!! リモートご出演もすっごく嬉しかった~ 日本に帰国されていると知って ちょっとほっとしました。 大輔君ありがとう 今はいろいろ貯えながら がんばります。 リンクの大輔君の笑顔を見られる時が 早く戻りますように。 昨日「every」でアースジェットCM 捕獲できましたー! ありがとうございます!! 「できないよ~」と ブログ書いた後だったので タイミングの良さに驚きましたが(^^; 捕獲することが出来て大喜びです。 一安心。 たまったJスポさんと 海外ドラマ見ます。 早1週間(以上)・・・ 疲れてきましたよー(^^; コカコーラさんの「コーチ」CMの時は わりと早く捕獲できたのだけどなぁ アースさん製品多いからな~ ノーマットCM見るようになってきたので アースジェットCMもお願いいたします。 お待ちしております アースさんお衣装 何気に (?)ウェストひらひらだし なんといっても肩が~ あぁ。 早くリピリピしたい。 まだまだいろいろ録画しながら 捕獲がんばろー テレビ画面で見たい~ テレビでYouTube見ればいいのかもですが。 捕獲したいの! 色が指定されているので楽。 「どうぶつの森」もずっとやってます。 気長に続けます。 昔から時間操作はしない派です。
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「物語を旅する」をテーマに世界各地、日本全国に伝わる神話、伝説、昔話などの伝承地にフィクションとノン・フィクションの接点を求め旅を重ねている。 米国の探検家クラブ(ニューヨーク)と英国の王立地理学協会(ロンドン)のフェロー会員。 1966年 秋田市出身。 2005年1月ナショナル・ジオグラフィック・ソサエティ(アメリカ ワシントンDC)から支援を受けたロビンソン・クルーソー島国際探検隊でエクスペディション・リーダー(探検隊長)を務め、実在したロビンソン・クルーソーの住居跡を発見した。 (雑誌『ナショナル・ジオグラフィック』2005年10月号掲載) 2011年1月〜2月 ライカ・カメラAG(ドイツ)が主催するライカ・エクスプローラーに世界から選ばれた10人のひとりとして参加。 キャプテン・ジェームズ・クックの足跡をたどって太平洋の旅に出た。 髙橋大輔探検隊 aplatinumapple yahoo. jp 無人島長平没後199年祭へのメッセージ 探検家 高橋大輔 無人島長平がこの世を去ってから今年で199年。 時代は江戸か ら令和へと移り、社会は大きく様変わりした。 交通手段の発達とグ ローバル化が加速し、人々の興味関心も地球規模に広がっている。 現代に生きるわれわれは無人島長平から何を学び、いかに次代へつ なげていけばいいのだろうか。 わたしが長平の漂流した伊豆鳥島に渡ったのは2010年のこと。 東京から約580キロメートル南に位置する絶海の孤島だ。 伊豆 鳥島へは中継地となる八丈島からヨットで荒波の海を渡り約24時 間かかる。 そこは真水のない活火山島であり、サバイバル同然の過 酷さが待っていた。 手持ちの飲料水が日ごとに少なくなっていき、 死が隣り合わせに存在する恐怖を味わった。 伊豆鳥島で12年4ヶ月も生き延びた長平は不幸にも仲間と死に 別れて孤独の身となった。 希望を失わず、新たにやってきた漂流者 らと力を合わせ島から脱出しようと決意した。 だが船を作ろうにも 木が生えない島では流れ着く流木だけが頼りだ。 釘や金槌を十分に持たない彼らは、沈没船の碇を海底から引き揚げ 、ふいごで溶かした鉄を打ち直して作った。 創意工夫とチャレンジ の連続。 ようやく船が完成した時には約7年もの歳月が流れ、命を落とし た仲間もいた。 長平らは彼らの遺骨ばかりか、故郷に戻れぬまま野 たれ死にした見知らぬ漂流者たちの遺骨をも拾い、 完成した船に積みこんだ。 そして出発間際、「船は浮いた、乗れ」 と霊魂に呼びかけた。 自分の命をつなぎ止めるだけで精一杯の状況 にありながら、長平は死者の霊魂まで救おうとしたのだ。 いや、そ ればかりではない。 彼は洞窟に鍋や釜などを残し、将来、不幸にも 上陸するであろう漂流者に救いの手を差しのべようとした。
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