あらかじめ 裏切ら れ た 革命。 あらかじめ裏切られた革命 / 岩上 安身【著】

岩上安身

あらかじめ 裏切ら れ た 革命

「歴史は繰り返す。 一度目は悲劇として、そして二度目は喜劇として。 1991年、その社会主義ソ連が崩壊する。 これまた人類史上初めての<社会主義から資本主義への革命>だった。 しかし、それは、共産党幹部、軍部、マフィア達の利権、汚職、打算によって、 『あらかじめ裏切られた革命』だったというのが本書だと思う。 92年5月、ベラルーシのキルシャ駅、民間の協同組合貸切の貨物列車に、新品 のT72戦車24輌が貨物列車に積載。 輸送許可証には「旧型の戦車を廃棄・解体し たスクラップ」と記載。 その民間協同組合の出資者の半分は軍人。 CISでは、軍が独自に商業ルートを通じ、所有している武器以外の軍需物資を 売却することは法的に禁じられていない。 武器密売には、三つのレベルがあるという。 ソ連社会における汚職とは、機能不全を起こしている公的な権力システムを、 汚職のピラミッドが補完する、ある意味では完成された社会のサブ・システム ソ連崩壊によって、誰が持ち主だか分からない世界最大の帝国が競売に出され るという、人類史上空前の、一度きりしかないゲームへの突入 古いノーメンクラトゥーラ(特権的共産党官僚)と、利権を奪おうとする ニューリッチ(新興成金)の利害対立 軍部のビジネス:エリツィンが最高権力を掌握してから、真っ先にサインした 大統領令が、近代国家の軍隊では類例のない、ビジネスの自由化の許可だった。 政治家のマフィア化、軍隊のビジネス化、これら政治マフィアと 本物のマフィアの連合、現在のロシアの政治権力を、「マフィア資本主義」と 著者は規定している。 93年の逮捕者総数は126万人、窃盗犯の60%、収賄容疑で摘発された汚職官僚 の三分の二は保釈金を払って釈放。 92年の西側からロシアへの投資額は10億ドル超、こんなマフィア資本主義の国に 投資が増えているという不可思議なパラドックスの答えはマネー・ロンダリング 94年に新設された私企業の大半約4万社がマフィア所有・支配下(内務省発表) マフィア実業家=ジェリツィ:ロシア・マフィア資本主義の真の主人公 「全体主義的独裁がマフィアによる独裁に取って代わられた」 街中をマフィアが闊歩する。 警察は恐れて手も出せない。 病院もまともに機能していないようだ。 厚生行政の腐敗。 「ロシアの病院に入院したら最後、あとは死ぬのを待つだけ」 <第6章 ロシアの<他社>なるチェチェン> 91年ドゥダーエフが大統領に選出される。 しかし、エリツィンはこれを認めず、 チェチェンの旧政権=チェチェンの共産党政権を正式政府とした。 しかし、チェチェンの旧共産党政権は、91年の8月クーデター事件の時、 非常事態委員会を支持していた。 エリツィンは、これらの勢力と闘い、倒して 政権に就いたのだが。 エリツィンは、ドルダーエフ政権はロシア共和国憲法に違反しているとして 承認しなかった。 しかし、エリツィン政権自らが、ロシア共和国憲法の上位に位置するソ連憲法に 違反して、ソ連共産党の活動を停止し、最高会議を無視し、新憲法草案提出し、 議会の解散令。 (「二重基準」=ダブルスタンダード) 唯一の外貨獲得手段である石油産業も、ロシアのエンジニアが立ち去れば、操業 できなくなる。 経済合理性を考えたら、独立は無謀であり、ほとんど自殺に等し い。 ・91年11月、ソ連軍とチェチェン市民との間は良好な関係でした。 ・11月9日、モスクワから内務省の部隊・スペッツナズが派遣される。 チェチェン市民20万人が基地を包囲し、内務省部隊は15台のバスで北オセチア のウラジカフカスへ無事移送。 ・チェチェン・マフィアの代表が50万ルーブリを寄付 ・ドゥダーエフ大統領:アフガン戦争の空軍パイロット「愛国的英雄」 チェチェン人初の将軍(少将) エストニアの空軍師団の指令官に就任。 毎週日曜日に市民に基地を開放 基地区域内の美術館を返還 アルメニア地震の翌日、協力を申し出る 91年1月、ゴルバチョフがバルト3国への弾圧を命じた時、その命令に従わず、 中央から命令されたテレビ塔の占拠を行わず、懲罰を受けた。 ・チェチェン・マフィアにとって、ロシアからの『半独立』は、非常に都合が 良かった。 ・サハロフ博士:「ソ連で唯一、腐敗していなかったのはKGBである」 ・ロシア市民もそうだが、チェチェンの一般市民は、独立よりも何よりもまず、 汚職官僚の追放を願った。 社会の隅々に蔓延る不公正は、生活に密着した切実な課題だった。 <第7章 グルジア> ・グルジア:シュワルナゼ大統領に次ぐナンバー2(副議長)に、グルジア・ マフィアのボスが就任。 ・グルジア:アブハジアのロシア軍を紛争当事国であるにもかかわらず国連が PKFと認める <第16章> ロシアの将軍達は国費を使って不当に高い値段で品物を買い込み、差額をポケ ットにしまい、更にその品々を自分達が作った会社へタダ同然の値段で払い下げ て再転売している。 二重、三重にオイシイ「ビジネス」! そもそもロシア軍の軍人が企業を設立し、「ビジネス」に参画することが許さ れたのは、91年8月のクーデター事件直後に、エリツィン大統領が自らサインし た大統領令による。 <17章> チェチェンはもともと国家予算の90%近くをロシア連邦からの補助金に頼って いた。 その補助金が入らなくなり、更に国内唯一の産業である石油の採掘・精製 に携わっていたロシア人技術者達が次々と出国し始めると、92年の工業生産高は 前年より60%ものマイナスを記録し、労働者の平均給与はロシア全体の4割以下 にまで落ち込んだ。 合法的な収入が絶たれれば、生き残る為に残された手段は 唯一つ犯罪しかない。 一番手っ取り早いのは強盗である。 チェチェンを通過する幹線鉄道の貨物車輌や 幹線道路のトラックが武装強盗に襲撃される事件は年間二千件近くも頻発した。 第二は、武器と麻薬の売買。 チェチェン全体が大型兵器の大規模取引の中継地。 グローズヌイ空港は世界中の組織犯罪のハブ空港となり、独立航空会社の飛行機 が武器や麻薬を積み込んで、月に百から百五十便も離着陸する「賑わい」 独立チェチェンは世界中のどの国家にも承認されなかったが、全世界のマフィア やテロ集団に歓迎され、チェチェンの死の商人達は全世界に暗躍。 第三のビジネスは、紙幣の偽造や手形詐欺。 93年にロシアで発見された93億 ルーブルの偽造紙幣の内、37億ルーブルがチェチェン製。 証券の偽造は4兆ルーブル。 こうした大胆かつ大規模な犯罪はチェチェン人のみによって計画、遂行された のではなく、モスクワの高級官僚や将軍達の中にその同盟者がいなければ不可能 だった。 列車強盗は事前に情報を入手、ロシア軍の内部に武器を売り出す連中が存在す ることないしには不可能。 チェチェンという「自由犯罪解放区」を利用して大儲けした同盟者達は、その 存続を密かに願っていた。 佐瀬昌盛防衛大学教授は「諸君!」95年3月号で、OSCE 欧州安全保障協力会議 首脳会議の合意文書に「民族自決」という文言が入らなかったことを指摘し、 「旧ユーゴの処理問題でも失敗し、もはや分離主義者による小単位の民族自決 主義は欧州では封じ込めなければならないという雰囲気が、どこの国にも強く ある」と述べている。 チェチェン武力介入のタイミングが、このCSCE首脳会議から「一週間と経てい ない」。 民族自決主義原則が無制限に拡大して少数民族の独立が広がり、地球規 模の「アウト・オブ・コントロール」を招くことを西欧諸国が恐れていたことを 見抜いた上で、エリツィンは武力介入に踏み切ったのではないか。 94年の戦闘で捕虜となった暫定評議会部隊の中に、ロシア連邦防諜局とロシア 軍の将兵が混じっていた。 「チェチェン内部での政争にロシアは無関係」と言い 張っていたロシア政府のプロパガンダの化けの皮が剥がれてしまった。 捕虜となった将校達は「反ドゥダーエフ派の軍事計画には、ロシア連邦民族対策 委員会や連邦防諜局の指導部などが加わっていた」とあっさり白状。 暫定評議会部隊のグローズヌイ攻撃は、実は連邦防諜局が秘密裏にお膳立てして 、ロシア軍のカンテミール戦車師団の将兵を送り込んで行った「特別任務」だっ たことが明るみ出てしまった。 チェチェン共和国内部の政争を内戦のレベルにまで激化させることを目的と したこの秘密作戦は、全てエリツィン大統領、連邦防諜局長、大統領警護局長、 国防相、内相らの承認の下で遂行された。 <終わりなき終章> 96年1月サルマン・ラドゥーエフ率いるドゥダーエフ大統領側の部隊がダゲス タン共和国のキズリャルで、二千人の人質をとって病院などを占拠した。 ロシア軍の爆撃ヘリ基地を叩く為に出動したが、途中で発覚した為、人質を取り 、チェチェンへ無事帰還する為の保証を要求した。 ロシア側が要求を受け入れた為、約束通り大半の人質を解放し、チェチェンへと 向かった。 ところが途中でロシア内務省の特殊部隊に行く手を阻まれた為、国境 付近のペルボマイスコエ村に逃げ込んだ。 ロシア側は1月25日「チェチェン部隊 が人質を射殺し始めた」という情報を流して一斉攻撃を開始し、二日後の17日に は「人質は既に全員射殺され、一人も生存していない」と決め付け、ミサイル攻 撃まで行い、村に生存していた人間全てを無差別に殺戮するという暴挙に出た。 ところが、ロシア側の流した情報は真っ赤な嘘で、実際には人質は生存していた のである。 ロシア側にとっては人質の生命などどうでもよかったのだろう。 全員 殺してしまえば「死人口なし」であり、全てをチェチェン人の所業とすることが できると踏んでいたのだろう。 ラドゥーエフ部隊は、ミサイル攻撃の前に、人質を連れてロシア側の包囲網を 突破し、チェチェン領内へと逃れていた。 ここで約束通り、人質を無事解放した。 解放された村人達は記者会見で、「チェチェンの武装集団と一緒に逃げなけれ ば我々もロシア軍に殺されるところだった。 我々はロシアに裏切られた」と怒り を込めて語った。 諸民族のエスノナショナリズムの無制限な容認は、ミクロ・レベルの国家の 乱立につながり、地球規模の無秩序を招くことになりかねない。 こうした危機を回避するには、各民族の相対的な自治権を認める一方で、地域 ごとに安定した連邦体制を形成していく他に道はない。 多民族混住地域はどこで も、「文明的同居」の模索をしなくてはならない。 ロシア大統領評議会の故ヴォルコゴーノフは、生前に、ドゥダーエフ大統領の 提案を携えた使者が、チェチェン侵攻直前の97年11月にモスクワを訪れた事実を 明らかにしている。 提案は、ロシアがドゥダーエフ政権の正統性を承認すること を条件に、ドゥダーエフ側もチェチェンがロシア連邦に編入されることに合意す るという内容だった。 大統領評議会はその方向での解決を勧めたが、エリツィン はこの提案を拒み、チェチェン問題の平和的解決の芽をつぶして、武力行使に 踏み切ったのである。 ロシア軍は攻撃を停止していると毎日のようにコメントを出す一方、 チェチェンにおけるロシア軍の「戦果」が報じられている。 チェチェン人は自国民であり、チェチェンは自国の領土だと言いながら、 公然と続行される無差別殺戮。 こうなると、もはや欺瞞は欺瞞ではないし、嘘はもう嘘ではない。 真偽の二項対立は崩れ、言葉は全く意味をなさなくなってしまう。

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裏切られた革命

あらかじめ 裏切ら れ た 革命

来歴・人物 [ ] 公式サイトにて 出身。 、卒業。 (58年)に大学卒業後、に入社、編集者となる。 退職後、週刊誌記者を経て、(昭和62年)よりフリーとなった。 芸能事務所にも所属している。 『』、『』、『』、『』、『』、『』、『』、『』など各誌にを寄稿。 (元年)から(平成6年)まで6年間かけて旧・圏を取材し、(平成8年)にとのの実相を描いた『』(講談社)を出版。 同年、同書で第18回を受賞。 テレビのドキュメンタリー番組のリポーターやコメンテーターも務める。 (平成12年)10月からフジテレビ系『』のレギュラーコメンテーター(〜(平成23年)6月)。 (平成18年)4月から関西テレビ『スーパーニュースアンカー』の金曜日レギュラーコメンテーター(〜(平成19年)9月)。 TBSラジオ『アクセス』 終了 、ニッポン放送『ごごばん!』、文化放送『夕やけ寺ちゃん、活動中』など、ラジオでも、ニュース解説のコメンテーターを務める。 取材・執筆対象は、政治、国際関係、経済、事件、医療・社会保障問題、思想・宗教問題、家族問題、文化、スポーツなど。 90年代後半からは、人口問題、少子高齢化問題と経済・社会とのかかわりについて、長期的な取材、執筆、発言を続けており、近年は、政権交代とともに、日本の政治中枢への取材を精力的に行う。 を活動拠点とする株式会社「IWJ(インディペンデント・ウェブ・ジャーナル)」を設立し、以降、市民中継員などのボランティアを登用した報道を展開している。 支援者からのカンパを主な収益源としている。 主張・発言 [ ]• について「外交・安全保障の素人に過ぎない北村滋氏が、こんな重責を任されるのは、日本の安全保障のトップは国内の監視と締め付けだけしていればいいという判断あってのことだろう。 国民の大量監視のために、の本部におうかがいを立てに行った男に、戦略もなく、日本の安全保障を委ねる。 何のために?」と発言している。 著作 [ ] 単著 [ ]• 『あらかじめ裏切られた革命』講談社、1996年6月。 『あらかじめ裏切られた革命』講談社〈講談社文庫〉、2000年10月。 - 年表あり。 『百人百話 故郷にとどまる故郷を離れるそれぞれの選択』第1集、三一書房、2012年3月。 『百人百話 時は、残酷なまでに立ち止まろうとはしない。 』第2集、三一書房、2014年4月。 共著 [ ]• 共著『娼婦とマフィアのペレストロイカ マルクスの国の闇経済』JICC出版局〈JICCブックレット Acute〉、1990年6月。 岩上安身 ほか『ソ連と呼ばれた国に生きて』JICC出版局、1992年10月。 - 付:ソ連・略年表。 岩上安身「「怪文書」の筆者は誰か?」『オウム真理教=サリン事件怪文書 戦後最大の事件の謎が、ここに隠されている』宝島30編集部 編、宝島社〈別冊宝島〉、1995年8月。 岩上安身と明日の住まい研究会『「都心マンション」成功する選び方』小学館〈小学館文庫〉、2001年4月。 「少子高齢化・人口減少問題のもたらす影響と対策」『21世紀の家族と法 小野幸二教授古稀記念論集』法学書院、2007年3月。 - 英語併載。 岩上安身 述「リアルタイムメディアが拓くジャーナリズムの新たな可能性」『リアルタイムメディアが動かす社会 市民運動・世論形成・ジャーナリズムの新たな地平』東京書籍、2011年9月。 - 著者:・・・岩上安身・・・・。 、 共著『前夜 日本国憲法と自民党改憲案を読み解く』現代書館、2013年12月。 編著 [ ]• 『医者が金持ちになる本当の理由』岩上安身 責任編集、メディアワークス 出版 主婦の友社 発売 〈オルタブックス 7〉、1998年1月。 出演 [ ] テレビ番組 [ ]• 10月から6月まで『』レギュラーコメンテーター(木曜日担当から一時期月曜日に移ったが、木曜日に戻り、最後は隔週金曜日)。 降板理由は岩上のツイッターによると「(環太平洋パートナーシップ協定)を番組内で批判したため」と主張している。 () - 金曜コメンテーター( - 9月28日)• () - ダンディ(コメンテーター)(2012年10月 - 2014年3月)• (テレビ朝日) - 火曜コメンテーター(2014年4月1日 -2015年3月24日 ) ラジオ番組 [ ]• () - 月曜コメンテーター(2010年10月 - 2013年3月 )• () - 木曜コメンテーター(2011年10月 - ) 脚注 [ ] [].

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あらかじめ 裏切ら れ た 革命

『 裏切られた革命』(うらぎられたかくめい)とは、に出版されたの著作。 、: The Revolution Betrayed: What Is the Soviet Union and Where Is It Going? の指導者のトロツキーが、死後ののと発展を分析し批判した書籍である。 トロツキーはへ中だった1936年に執筆した。 最初の翻訳はVictor Serge による版で、最も有名なのは、1937年に刊行されたMax Eastman による版である。 内容 [ ] この書籍はソビエト連邦とその支配者達を幅広く批判し、者によるを転覆させて者のを実現するための新しいを提唱している。 レーニン死後のソビエト連邦の積極的な経済的優位を電力、農産物、工業などの成長を引用して賞賛するが、この経済的優位の制約となる新しい支配の特徴について記述し、スターリン主義者の支配の結果としてソビエト連邦は最終的に破滅すると予想する。 この書籍はの方法論による分析を重視し、数十年後に発生するであろう事柄を含む複数の重要な観察と予想を行っている。 最初の数章では、による政策の「 ジグザグ」(試行錯誤)を検証し、政策の急激なうろたえた変更の直接的な結果、民主主義の欠落を招いたとした。 トロツキーは経済政策分野の重要な「ジグザグ」に焦点を当て、スターリンとによる自発的な集約化への反対、土地の私有化の増大などを批判した。 トロツキーは次に、後半で派が武力で実権を握った事を指す「」の語を使用して「 ソビエトのテルミドール」を分析した。 彼はスターリンの勝利、ボルシェビズムからの党の分裂、官僚的な階層の台頭を解析した。 この章の重要性はトロツキーの観察結果で、ソビエト連邦の支配構造は者でも労働者でもなく、むしろ帝政時代から残された官僚と非政治化された労働者階級の両方に影響された、自分自身の階級の根源からされた労働者階級の1部分であるとした。 トロツキーは、フランスの独裁者がフランス革命後に国家を奪取した事との類似性を引用し、スターリン主義を「 」の1体制と呼んだ。 彼は次にソビエト連邦の日々の生活を、経済的に不平等で、新プロレタリアートに抑圧されていると論じた。 彼はスターリン主義の台頭と女性や家族の扱いに対する保守主義の増大を関連づけ、革命前の時代と比較した。 更にソビエト連邦の外交政策と軍事を論じ、打倒の失敗や身分の再構築、軍の損失、ソビエト連邦の未来への実験の終了を述べた。 脚注 [ ].

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