森山 良子。 森山良子の歌詞一覧リスト

森山良子の歌詞一覧リスト

森山 良子

森山 良子(もりやま りょうこ、1948年(昭和23年)1月18日 - )は、日本の歌手、女優。 本名同じ。 東京都出身。 平成18年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。 平成20年秋紫綬褒章受章。 長女は元ミュージシャンの森山奈歩。 長男はシンガーソングライターの森山直太朗。 来歴 サンフランシスコ生まれの日系2世ジャズ・トランペッターの森山久を父として、元ジャズシンガーの浅田陽子を母として誕生し、兄がいる(かまやつひろしは従兄(母の甥)、その長男かまやつ太郎は従甥)。 成城学園高等学校に入学、1年間の留年を経て卒業(同級生に小宮山洋子がいる)。 高校時代、先輩の黒澤久雄に手渡されたジョーン・バエズのレコードがきっかけで友人らとフォークグループを結成した。 作品がラジオで流れたのがきっかけで、19歳になった1967年に、黒澤プロダクション所属のソロ歌手として、「この広い野原いっぱい」でレコードデビュー。 黒澤プロの所属になったのは、黒澤家をたびたび訪問し歌も披露していた森山が歌手になると聞いた黒澤明の意向だった。 1960年代後半から1970年代にかけてヒット曲を数多く生んだ。 当時は主に村井邦彦や森田公一といった作家陣による楽曲を歌っていた。 一時期、出産のため活動休止するが、1972年に「遠い遠いあの野原」で復帰。 同年の『第23回NHK紅白歌合戦』に出場し、「美しい星」を歌う。 1998年長野オリンピック開会式では、テーマソングの「明日こそ、子供たちが…」を子供達と一緒に長野オリンピックスタジアムで歌を披露、世界中に放映された。 1998〜2000年頃にいくつかのアルバムで発表した「 涙そうそう」(沖縄出身音楽バンドのBEGINとの合作で森山は作詞、BEGINは作曲)も話題となった。 「 さとうきび畑」で、2002年『第44回日本レコード大賞』の最優秀歌唱賞を受賞。 同大賞では、作詞した「涙そうそう」が夏川りみの歌唱で金賞となり、森山自身もこの曲で作詩賞を受賞した。 2003年には、(フォークを歌い始める前からの念願だった)初のジャズアルバム「The Jazz … 出典:.

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森山良子、ちくちくでマスク作成!

森山 良子

この項目では、楽曲について説明しています。 映画については「」をご覧ください。 「 涙そうそう」(なだそうそう)は、作詞、作曲による楽曲。 「涙そうそう」の意味は、がポロポロこぼれる様子であり、森山が、2人だけの年子の兄妹で、早世した兄への思いを歌詞に込めたものである。 幼少期には取っ組み合いのけんかをし、同じ高校で同じバスケットボール部に所属。 死の直後は誰を見ても兄に見え、思い出すのも辛く、家族も誰も兄の話題を口にしなかった。 森山は居間の棚から赤い革表紙のアルバムを取り出しては、兄の影を追ってひとり泣いた。 そんなある日、を見上げると星が瞬いた時、「メソメソすんなよ。 助けてあげられなくて悪いけど、お前もがんばれよ」と森山には、兄が語りかけてきたような気がした。 そんな思いを歌詞にしたもので、現在でも一日の出来事や思いを、一番星に向かってそっと打ち明けているという。 概要 [ ] 森山良子が、ライブで共演したBEGINと意気投合して、の曲を依頼した。 BEGINから送られたデモテープのタイトルに書いてあった「涙そうそう」は沖縄の言葉で「涙がぽろぽろこぼれ落ちる」という意味であると聞き、森山が若くしてこの世を去った兄を想う歌詞をつけた(しかし、別れの歌、卒業ソングとして親しまれている)。 に森山良子のアルバム『TIME IS LONELY』に収録された。 また後に、発売のシングル「」のカップリングとして収録されている。 調は (BEGINバージョンは)。 BEGINのシングル [ ] 「 涙そうそう」 の 初出アルバム『BEGIN』 かりゆしの夜(2000年盤) (2002年盤) リリース (再発) 時間 19分(2000年盤) (2000年盤) (2002年盤) 、 チャート最高順位• 159位() シングル 年表 愛を捨てないで (1999年) 涙そうそう (2000年) 空に星があるように (2000年) 年表 (2002年) 涙そうそう/島人ぬ宝 (2002年) オジー自慢のオリオンビール エイサー・バージョン (2003年) 18枚目のシングルとしてに発売された。 には、『』とのカップリングでで発売された。 収録曲 [ ] 2000年盤 [ ]• 涙そうそう• かりゆしの夜• 花(LiveVersion)• 涙そうそう(オリジナル・カラオケ) 2002年盤 [ ]• 涙そうそう• 涙そうそう(オリジナル・カラオケ)• 涙そうそう(三線バージョン)• 涙そうそう(三線ウチナーグチバージョン)• 島人ぬ宝• 島人ぬ宝(オリジナル・カラオケ) 夏川りみのカバー・シングル [ ] 「 涙そうそう」 の 初出アルバム『 他』 あなたの風 リリース 、 チャート最高順位• 週間8位()• 2002年度年間87位(オリコン)• 2003年度年間21位(オリコン)• 2004年度年間58位(オリコン)• 2005年度年間175位(オリコン)• 登場回数232回(オリコン) シングル 年表 涙そうそう () の現在の名義における3枚目のシングルとしてに発売。 夏川は、のテレビ中継でBEGINがこの曲を演奏しているのを見て、カバーしたいと思うようになった。 BEGINは夏川の依頼に応えて「あなたの風」を提供するが、夏川はなおも「涙そうそう」にこだわり、最終的にカバーが実現した。 沖縄県の大手CDショップ「照屋楽器店」の売上ランキングでは発売1週目にしての「」に次ぐ2位を記録。 2001年、沖縄のラジオ3局(、、)で年間チャート1位となる。 全国に知られるようになるまでには時間がかかったものの、から3年あまりに渡ってヒットし続けた。 累計売上は120万枚突破。 付までのオリコン週間シングルランキングでのトップ100ランクイン週数は通算157週であり、の「」、の「」に続いて歴代3位である。 収録曲 [ ]• 涙そうそう• あなたの風• BEGINが作詞・作曲したバラードソング• 花になる(アコースティック・ヴァージョン)• 涙そうそう(インストゥルメンタル・ヴァージョン)• あなたの風(インストゥルメンタル・ヴァージョン) その他のカバー [ ]• に森山良子のアルバム『TIME IS LONELY』に収録された。 3月23日にBEGINがシングル曲としてリリース。 7月21日リリースの島唄アルバム『』には、三線バージョンと三線ウチナーグチバージョン 訳詞: が収録された。 2001年の夏川りみによるカバーがヒットして以降は、国内外の多くのアーティストにカバーされている。 以上は、作詞・作曲者によるオリジナルと見なせる演奏。 以下は、カバー。 2001年3月23日にBEGINと同郷のがシングルカバーし120万枚突破 の大ヒット。 、夏川の歌が(日本郵便・・など)のCMで使用される。 にのがアルバム『簡單情歌』にカバー「白鷺鷥」を収録。 2006年12月8日に黄品源は「白鷺鷥」に続き、ベストアルバム『淚光閃閃, 源來有你』の中に新曲として今度はで2度目のカバー「淚光閃閃」を収録。 3月12日に「森山良子 with BEGIN・夏川りみ」名義でTBSラジオ「森山良子ハートオブポップス」公開録音(12月5日)バージョンがシングル発売され、ヒットした。 6月23日にがシングル発売(アルバム『島唄2』からのシングルカット)。 2004年にがハワイアンにアレンジしたカバー曲「Ka Nohona Pili Kai」を発表した。 同作を含むアルバム「Ke'alaokamaile」は同年ハワイのグラミー賞と呼ばれるナ・ホク・ハノハノ・アワードで7部門を受賞し、「Ka Nohona Pili Kai」はSong of the Yearに輝くなど大ヒットとなった。 、ケアリイの歌がの携帯電話「」のCMソングに採用され日本でも話題となった。 2004年9月9日にシンガポールの(英語名:ジョイ・ツァイ)がアルバム『日出』に北京語カバー「陪我看日出 私と日の出を見に行こう 」を収録。 後に2006年11月10日に台湾でリリースされたベストアルバム『淳佳精選17首』にも収録され中華圏全体でヒットする。 中華圏での複数のカバーのうち最も有名なカバーとなった。 4月27日にSISTER KAYAがアルバム『たからもの』でカバー。 2005年5月18日にがアルバム『登紀子情歌~LOVE SONGS~』でカバー。 2005年9月14日にがアルバム『』でカバー。 2006年に吹奏楽バージョンとしてに登場。 演奏は、編曲は山里佐和子。 にがアルバム『Treasure 〜私の宝物』の日本盤で英語バージョンをカバー。 1月15日にがコンピレーションアルバム『琉球ラヴァーズロック』でカバー。 2008年2月20日にがアルバム『』でカバー。 2008年6月25日にがオムニバスアルバム『こどもと歌いたい! ファミリーヒットソング〜おしえて・花の子ルンルン・世界中の誰よりきっと〜』でカバー。 2008年7月16日にがアルバム『』でカバー。 2008年7月16日に()がTVアニメ「」のキャラクターとして比嘉中名義のミニアルバム『美ら唄』内でカバー。 2008年8月27日にがアルバム『Feel the Jazz breeze』で、英語詞及びジャズ風にカバー。 2008年11月5日にがアルバム『STANDARDS 3』でカバー。 』に韓国語カバー「ヌンムリ ナヨ 눈물이 나요 」を収録。 2008年に元のがアルバム『』でカバー。 2008年、カバー 桑田佳祐 映像作品• にがアルバム『Love Music』でカバー。 にがアルバム『演歌大将 大江裕~日本列島 歌飛脚I~』でカバー。 2010年7月7日にalanが、5種類リリースされたシングル『』の一つでカップリング曲として二胡演奏でカバー。 2010年に()が『THE IDOLM STER2 MASTER ARTIST2 -FIRST SEASON- 02』でカバー。 にがアルバム『etc. works 2』でとカバー。 6月5日にがアルバム『Heart Song』でカバー。 2013年、(アルバム『』にてカバー)• 2018年4月24日、()が韓国語でカバー。 タイトルは『눈물이 주룩주룩』。 映像作品 [ ] 2006年にはの開局50年記念として、この作品をモチーフにした・主演の映画が2006年秋に公開された。 他、これにリンクして視聴者の手記を基にしたドラマを放映している。 これまでに「」(出演)、「」(出演)が映像化された。 2019年10月17日閲覧。 Jトータルミュージック. 2016年8月6日閲覧。 2015年6月26日閲覧。 、、2001年4月25日。 (のキャッシュ)• 、、2002年1月20日。 (インターネット・アーカイブのキャッシュ)• 、、2007年12月26日。 (インターネット・アーカイブのキャッシュ)• 、ORICON NEWS、2019年9月20日。 、、2007年12月26日。 (のキャッシュ)• 2019年2月28日閲覧。 関連項目 [ ]• (JP日本郵便・JP郵便局・JPゆうちょ銀行・JPかんぽ生命) グループ各社のCMソングとして民営化PRの段階から使われている。

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森山良子の楽曲一覧

森山 良子

「涙そうそう」や「さとうきび畑」などでおなじみの森山良子さん。 歌手としての活動だけでなくバラエティー番組やドラマなどにも出演されていて、女優としても活躍されていますね。 最近では、森山直太朗さんのお母さんと言った方が分かりやすい人も多いかもしれません。 そこで、今回は歌手で女優の森山良子さんを取り上げたいと思います。 最初の旦那とのドロドロ離婚劇!? おっとりとしたイメージで「涙そうそう」の舞台となる沖縄がピッタリの森山良子さんですが、実は過去に 2回の離婚歴があるそうです。 最初の旦那さんは1歳年上の一般男性で、1969年の4月に浜松で行われた森山良子さんのショーで知り合いました。 順調に交際を続けて婚約や挙式を行った後、二人の関係がギクシャクしなかなか入籍に踏み切れなかったそうですが、1971年5月に森山良子さんが妊娠したのが分かり入籍。 ただ、その次の月の6月に森山良子さんは、浜松から実家へと帰ってしまったそうです。 実は、その男性は浜松にある鉄工所の経営者の跡取り息子で、いわゆる 金持ちのボンボン。 1969年に知り合った時も大学在学中で、ほとんど社会人経験がなく親から欲しいものは何でも買ってもらっていて、大人になりきれない事に嫌気がさしたんだとか。 確かに、自分が金持ちでもないのにそういう人と生活するのは、感覚が違いすぎて大変でしょうね。。。 その後、森山良子さんは実家近くで、後におぎやはぎの小木博明さんと結婚する長女の森山奈歩さんを出産し、離婚を決意。 ただ、その男性は離婚を拒否した上で「娘に会いたい」と要求したそうですが、森山さんは会わせることを拒否し続けました。 どちらも譲らない状況がしばらく続いて、1974年に森山さんが娘を浜松に連れて行き、旦那さんも離婚に向けて話し合いを行うようになり、1975年3月にようやく離婚が成立しました。 ただ、それだけでは終わらず。。。 (笑) その半年後の1975年9月に歌手で音楽プロデューサーのジェームス滝さんと再婚。 実は 離婚協議中から交際していて、再婚まで考えていたそうです。 浜松を飛び出してから4年間、寂しかったのもあるかもしれませんね。 その後、森山直太朗さんが誕生したものの、結局はジェームス滝さんとも離婚してしまいました。 「今度こそは」と思ったと思いますが、なかなかうまくは行かないものなんでしょうか。。。 泉谷しげるが恐怖? 1999年にムッシュかまやつさんの還暦記念パーティーで、若い頃の吉田拓郎さんと泉谷しげるさんが 大ゲンカに。。。 その時の様子について、森山良子さんがラジオで語っていました。 かまやつひろしさんの還暦パーティーで、吉田さんが泉谷さんにこう絡んだのがケンカの原因とか。 おまえは音楽を愛していない おれはすべての芸術を愛している まずは、泉谷さんから殴りかかり乱闘騒ぎに。 松任谷由実さんもけしかけていたそうですね。 (笑) 結局は、森山良子さんが「外行ってやんなさいよ」と叱りつけてケンカが収まったそうです。 後に泉谷しげるさんは、あの時の森山良子さんを振り返って 「世界で一番怖い」と語っていました。 2013年末の紅白では観客にキレる(?)ほどの泉谷しげるさんですが、怖いものがあったんですね。。。 (笑).

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