怖い 歌。 こわい短歌特集

意味がわかると怖いコピペ…じゃなくて本当は怖い歌詞!まとめ 輪になって踊ろう~

怖い 歌

怖い意味が隠されていそうな歌詞の童謡 なんか一度通ると、二度とは帰ってこられない門(あるいは関所?)を思わせる内容の歌詞です。 意味としては、七五三の神社のお参り(七つのお祝いだから女の子か?)して札を納めにいくときのことのようなのですが、なぜ、帰りは怖いのか、ということになります。 口減らしのために、子供を殺してしまうことを歌った歌だという説も。。。 色々と謎の多い歌詞ですが、「鶴と亀と滑った」は流産を連想させますし、「後ろの正面だあれ?」は幽霊や妖怪的なものを感じさせます。 また、罪人が首を切られ、その首が後ろの正面を向いたという説も。。。 「かごめかごめ」の遊びは、大勢で一人を取り囲んでぐるぐる回りますが、これは、どこかに閉じ込められている人のことを連想させ、遊女のことを歌った歌という説もあります。 小学校の先生の解説 では、お姉さんはお嫁に行ったのではなく、人身売買でどこかに売られていってしまったということでした。 しかし実際は、赤とんぼの歌は、作詞者の三木露風の個人的な体験に基づいているようで、家を出て行ってしまった母親と、昔、桑の実をつみに行ったことや、母親の代わりにめんどうを見ていてくれた姐(おそらく実の姉ではない)が、十五で嫁にいってしまったことなどが歌われています。 なお、「赤とんぼ=ゼロ戦」説もあります。 人身売買の歌という話もありますが、単に、遊びで友達を交換する遊び歌という気がします。 「勝って」や「負けて」の歌詞が、「買って」や「値引き」の意味にとれなくはありません。 「花いちもんめ」は、一匁の重さ分の紅の花という意味で、それなりに高価になるそうです。 歌詞を7文字づつに区切って一番右を縦に読むと 「とが無くて死す」と読めることから、無実の罪で死刑になった人が暗号の意味でよんだ歌であるという 都市伝説があります。 幼女の手毬が大名行列に飛び込んでしまい、手打ちにあってしまったのでしょうか??不思議な歌詞から妄想が膨らむということではダントツの曲です。 メダカ=水子という説や川に沈められた人柱の歌などの説がありますが。。。 北原白秋の作詞ですが、「金魚」「曼珠沙華」など、けっこう怖い内容の歌詞も書いています。 少し変わった人だったのかもしれません。 この曲では、「ずぶぬれで、柳のねかたで泣いている」という内容の歌詞が人々の想像をかきたてるようです。 なぜ花嫁が一人で雨の中、傘をさしてお嫁にいくのかの意味がよくわかりません。 一説によると、花嫁は死んでしまった娘のことで天国に一人で旅だつ様子を描いているというものがあります。 東北の娘が人身売買されることを歌った歌だという説もあります。 作詞者にその意図はなかったと思いますが、空が真っ赤になるという歌詞は、戦争や災害を連想させるようです。 怖い歌詞ということではありませんが、歌詞の内容が差別にあたるのでは、という問題があるそうです。 残酷な歌詞の童謡 後半の歌詞で「おもしろい、おもしろい、のこらず鬼を攻めふせて、ぶんどりものをえんやらや」というのがでてきます。 正義の味方というより、単なる泥棒なのでは。。。。 歌詞の最後が、「驚きまどう鬼どもを、ひとり残さず斬りころし、酒顛童子の首をとり、めでたく都に帰りけり」となっています。 何か歴史上の残酷な出来事にもとづいた話っぽい匂いがします。 歌詞は、てるてる坊主に、明日が天気になるようにお願いする内容ですが、もし天気にならなければ首を切ってしまうぞ、という童謡らしからぬ部分も。。。 「はさみでちょんぎるぞ」というのが歌詞の中に入ってます。 「それをりょうしが、てっぽうでうってさ、にてさ、やいてさ、たべてさ」というタヌキにとっては残酷な内容の歌詞です。 針を千本も飲んだら、死んでしまいます。。。 猫を袋に押し込んで蹴りまわすなど、動物虐待ではないでしょうか? 残酷というほどではないですが、少し可哀そうかも。。。 むちを振り回すなど、学校の先生が厳しすぎます。。。 歌を忘れてしまったカナリヤを、捨てたり、埋めたり、むちでぶったりと、けっこう残酷な歌詞です。 作詞者の西條八十は、家が破産してしまったために大学での研究や詩人になることをあきらめてしまったことと、歌を忘れたカナリヤとを関連付けていたようです。 難解な方言のため、歌詞の内容を全部理解できませんでしたが、タイトル自体が既に怖いです。 泣きやまなければ耳をきってしまうぞ、と子供を脅かす歌らしいのですが。。。 もともとの童話がそういう話ですが、恩を仇で返す的な話です。 何も悪いことをしていなくても、楽な生活をしているだけでバチが当たるという教訓なのでしょうか? あわて床屋 蟹の床屋が誤って兎の耳を切り落としてしまうという歌詞です。 最後のほうに熊をハメる落とし穴をつくるという内容の歌詞がでてきます。 けっきょく熊は穴をのぞいただけで逃げていくのですが。。。 悲しい逸話がある童謡 女の子が異人さんにつれられて行ってしまう話ですが、作詞者が見聞きした実話をベースにしているという説があります。 事情があって、アメリカ人の宣教師にもらわれた「きみ」という女の子が歌のモデルのようです。 さらわれたわけではないのですが、最終的には、この宣教師とも離れ離れになってしまったようです。 作詞者が幼くして死んでしまった子供のことを思って作ったという説があります。 作詞者の野口雨情の演奏旅行中に2歳で亡くなった次女のことを歌っているという説が有力です。 (流産説もありますが、作詞者の野口雨情は男性です。 ) 余談ですが、「しゃぼん玉」と「赤とんぼ」の出だしのメロディは、そっくりです。 逸話というより都市伝説ですが、さっちゃんは死んでしまった女の子の歌という話があります。 詳しくは左のリンク先のページでご覧ください。 作詞者が死んでしまった子供のことを思って作ったという説があります。 カラスは通常は不吉な鳥ですが、この歌ではそのイメージはありません。 7つの子が7歳の子なのか、7羽の子なのかについては、「たくさん」という意味で使っていたことをうかがわせる文章が残っているようです。 また、カラスは炭坑労働者を意味しているという説もあります。 作詞は海野厚という人ですが、柱のきずが去年のものではなく、おととしのものであることが問題です。 病弱だった作詞者は、5月5日に静岡の実家に帰れない年があり、それで弟の成長をはかる柱のきずが1年分、抜けてしまったということです。 作詞者は結局、若くしてお亡くなりになってしまったそうです。 作詞者のサトウ・ハチローが離婚したあと、引き取った二人の女の子を思って書いた歌詞という話があります。 「うれしいひなまつり」と言っているわりに、曲調も暗いです。。。 なぜかメキシコでは別の歌詞がつけられ、「悲しきみなしご」というタイトルで知られているようです。 からたちの花 作曲者の山田耕筰の活版工場でのつらい思い出を北原白秋が詩にしたものです。 不思議な歌詞の童謡・歌詞に謎がある童謡 無限ループに陥ってしまうという、ある意味、怖い歌詞かもしれません。 2名が会話する感じで歌詞が進んでいきますが、会話の主が不明です。 会話は人間の母親と子供の間なのか、象の母子の間なのか。 また、歌詞に関して、鼻が長いという身体的な特徴を否定的なものとしてとらえ、さらにそれが遺伝によるものであるということから、それを母親が子供に受け入れるように促しているという解釈があります。 かなりこじつけているようにも思えますが。。。。 と同じく、歌詞が母子の会話のようになっています。 「七つの子」が七羽なのか、七歳なのか、意見が分かれるところです。 真偽は分かりませんが、子供の死亡率が高かった頃に、7歳まで無事に生きてこられた、という意味がこめられているという説があります。

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「ハナミズキ」歌詞の意味が怖い?9.11テロ事件への想いが込められていた

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怖いとたけけの歌ランキングを紹介します(私的に) まず5位のけけミロンガはそこまで怖くはありませんが 音質とパッケージの絵がやや不気味です。 とたけけに髭がある?… 4位のミニマルおんがくは何度も同じフレーズをアレンジしながら流していく内容です。 パッケージの絵のとたけけの中に一人だけ表情が違うのが居ます。 3位のこわいうたはお化け屋敷を思わせる音質だったり シャシャシャーーーン!という音が出たりしてびびります。 2位のけけトロニカはいきなり嫌な機械音から始まり プツップッという音が聴こえたりして怖いです。 夢のアイカ村に使われている様です。 1位のうたたねのゆめはいきなり低音から始まりうたたねを思わす音で怖いです。 それにパッケージが非常に怖いです。 うたた寝とも夢とも関係のないただ不気味に描かれたとたけけが一人居るだけです。 どうでしたか?.

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パプリカの歌が怖いし不安になる?理由は4つ!米津玄師のMVも怖い? | Voyage of Life 21

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概要 [ ] は目を隠して中央に座り、その周りを他の子が輪になって歌を歌いながら回る。 歌が終わった時に鬼は自分の真後ろ(つまり後ろの正面)に誰がいるのかを当てる。 各地方で異なった歌詞が伝わっていたが、初期にによって記録されたの歌が全国へと伝わり現在に至った。 野田市が発祥地といわれることから、のの前に「かごめの唄の碑」が建立されている。 を扱っている歌だとされるため、東京では放送できるが大阪では放送できず排除される形となっている。 歌詞 [ ] 地方により歌詞が異なる。 かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀 と滑った 後ろの正面だあれ?• かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀 が滑った 後ろの正面だあれ?• かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀が統べった 後ろの正面だあれ?• かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に つるつる滑った 鍋の鍋の底抜け 底抜いてたもれ• かごめかごめ 籠の中の鳥は いつもかつもお鳴きゃぁる(お鳴きやる) 八日の晩に 鶴と亀が滑ったとさ、ひと山 ふた山 み山 越えて ヤイトを すえて やれ 熱つ や(お灸を据えて、やれ熱や)• 籠目籠目 加護の中の鳥居は いついつ出会う 夜明けの番人 つるっと亀が滑った 後ろの少年だあれ?• かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出会う 夜明けの晩に 鶴と亀が滑った 後ろの正面だぁれ?• かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出会う 夜明けの番人 鶴と亀が滑った 後ろの少年だあれ? なお、文献では、このかごめかごめは中期以降に現れる。 『後ろの正面』という表現は、末期以前の文献では確認されていない。 さらに、『鶴と亀』『滑った』についても、明治以前の文献で確認されていない。 現存する文献 [ ] 「竹堂随筆」 竹堂随筆 ちくどうずいしゅう :3年()頃に編纂 浅草覚吽院に住した修験僧「行智」の編んだ童謡集で、・年間( - )頃に収録された童謡集 「かァごめかごめ。 かーごのなかの鳥は。 いついつでやる。 夜あけのばんに。 つるつるつっぺぇつた。 なべのなべのそこぬけ。 そこぬいてーたーァもれ。 」 「戻橋背御摂」 戻橋背御摂(もどりばしせなのごひいき :10年()、江戸市村座で初演された芝居 鶴屋南北の作で、芝居に取り入れた子供の遊び唄。 戻橋背御摂に関しては大南北全集 春陽堂 、鶴屋南北全集 三一書房 などで確認できる。 「かごめかごめ籠の中の鳥は、いついつ出やる、夜明けの晩に、つるつるつっはいた」(大南北全集) 「かご目かご目篭の中の鳥はいついつ出やる、夜明けの晩につるつるつるはいつた」(鶴屋南北全集) 「月花茲友鳥」 月花茲友鳥 つきとはなここにともどり :文政6年()、市村座で初演された浄瑠璃。 清元全集 日本音曲全集刊行會 、日本歌謡集成 春秋社 などで確認できる。 「かごめかごめ籠の中の鳥は、いついつ出やる、夜明けの晩に、つるつるつるつゝぱつた」 「幼稚遊昔雛形」 幼稚遊昔雛形 おさなあそびむかしのひながた :15年()に刊行された万亭応賀編の童謡童遊集 「かごめ かごめ かごのなかへ(の)とりは いついつねやる よあけのまえに つるつるつッペッた なべの なべの そこぬけ そこぬけたらどんかちこ そこいれてたもれ(孫引き)」 「俚謡集拾遺」 俚謡集拾遺 りようしゅうしゅうい :(4年)刊行 (38年)、文部省により各都道府県から集められ、(大正3年)に刊行された「俚謡集」に収録されなかったものを集めたのが俚謡集拾遺である。 「籠目かごめ、籠の中の鳥は、いついつでやる、夜明けの晩に、ツルツル辷(つ)ウベッた。 」 東京 「籠目かごめ、籠の中のますは、何時何時出やる、十日の晩に、鶴亀ひきこめひきこめ。 」 長野県 「かごめかごめ、籠の中の鳥は、いついつ出やる、よあけの晩げつゝらつゥ」 新潟県 「かごめかごめ」に関する俗説 [ ] この節にはが含まれているおそれがあります。 問題箇所をしして、記事の改善にご協力ください。 議論はを参照してください。 ( 2011年8月) この歌の歌詞が表現する一風変わった(ある意味神秘的な)光景に関しては、その意味を巡って様々な解釈がある。 ただ、『鶴と亀』以降の表現は明治期以降に成立したと思われるため、それらの解釈に古い起源などを求めることは困難である。 また、この歌の発祥の地についても不詳である。 姑によって後ろから突き飛ばされ流産する妊婦や、監視された環境から抜け出せない、の所在を謡ったものとする俗説などがある。 歌詞の解釈 [ ] 解釈に際しては、歌詞を文節毎に区切り、それぞれを何かの例えであると推定し、その後で全体像を論じる形をとっているものが多い。 以下に一部を紹介する。 「かごめ」 [ ]• 籠目、すなわち竹で編まれた籠の編み目を表す。 「囲め」が訛ったもの。 つまり、かごめ遊びをする際に、皆で「囲め、囲め」と呼び合っている。 「屈め」が訛ったもの。 つまり、かごめ遊びをする際に、オニに対して「屈め、屈め」と言っている。 籠目の形、すなわち六角形のことである。 籠目の形、すなわちのことである。 「籠女」と書き、見た目が籠を抱いているような女性、すなわち妊婦のことである。 「カーゴ(Cargo)」に乗る役目。 処刑場を囲んだ竹垣を表している。 「かごめ」は「神具女」(かぐめ)若しくは「神宮女」(かぐめ)である。 即ち、神の雰囲気を具える女、日本で古くから厚く信仰されていた祈祷を行う「巫女」 ミコ、預言者 や「斎宮」の意味である。 「かごのなかのとり」 [ ]• 「籠の中の鳥」であり、当時の風俗から考えて鳥は鶏である。 かごめ遊びの中で、オニとなった人を「籠の中の鳥」に喩えている。 「籠の中の鳥居」と解釈し、籠に囲まれた小さな鳥居、もしくは竹垣に囲まれた神社を表している。 ある点を籠目の形(六角形または五芒星)に結んで出来た図形の中心に存在する物を指している。 籠目の形をした空間の中心に存在する物を指している。 籠女(妊婦)の中にいるもの、つまり胎児のことを指す。 子供のことである。 「とり」=トリをとる人。 祭り等で、最後の締めをやる人。 最後尾に就いて、取り溢しが無いように皆を追い上げて、締めをする人。 「いついつでやる」 [ ]• 「何時、何時、出会う」であり、「何時になったら出会うの?」「いつになったら出て来るの?」と疑問を投げかけている。 「何時、何時、出遣る」であり、「何時になったら出て行くの?」と疑問を投げかけている。 「何時、何時、出遣る」であり、「何時になったら出て行けるの?」と疑問を投げかけている。 「何時、何時、出遣る」であり、「いつ、出現するか?」「いつ、出て来るのか?」と疑問を投げかけている。 「何時、何時、出やる」であり、「何時になったら出るのかな?」と疑問を投げかけるのであるが、「出やる」の「やる」は西日本で、目下の者や愛玩動物に対して親しみを込めて使う敬語的語彙であり、共通語で的確な訳語がないが、「出やがる」に親しみのニュアンスを持たせたとでも云うべき意味を持つ。 「よあけのばんに」 [ ]• 「夜明けの晩」つまり「夜明け=夜の終り、朝の始まり」「晩=夕暮れ、夜」であり、「真夜中過ぎ」を指している。 「夜明けの番人」であり、籠の中の鳥、つまり鶏のことである。 「夜明けの晩に」は「夜明けから晩に至るまで」という意味であり、「朝早くから夜遅くまで」という時間の経過を表している。 「夜明けの晩」つまりは光を見る前であり、胎児からの視点では臨月に当たる。 「夜明け」は夜が明けたときで、「晩」は夜のこと。 つまり「夜明けの晩」とは「存在しない時間」のこと。 「夜明けの晩」つまり「夜明け」の「晩=終り(朝が始まりなら晩は終り)」であり、「夜が明ける終りの部分」つまり「日の出=日光を見る(日光東照宮の方向を見る)」を指している。 「夜明けの晩」つまり「夜明けとも言える晩」であり、午前4時前後の時間帯を指している。 「つるとかめがすべった」 [ ]• 「鶴と亀が滑った」であり、縁起の良い象徴の2つが滑るということで、吉兆(もしくは凶兆)を表している。 「鶴と亀が統べた」であり、鶴および亀に象徴される為政者(または建造物)を表している。 「鶴と亀が統べった」であり、鶴および亀に象徴される為政者が、「統治した」と「滑った」を掛けてある。 京都に伝わる童謡の歌詞「つるつる つっぱいた」が変化したもので、「ずるずると引っ張った」という意味である。 の「月花茲友鳥」より、「つるつるつるつっぱいた」が変化したもので、「するすると突っ込んで入っていった」という意味である。 「鶴と亀が滑った」であり、長寿の象徴である2つが滑るということで、死を表している。 とを統べるでが統治。 「鶴と亀」とは、日光東照宮御宝塔(御墓所)の真前に(側近くに)置かれている「鶴(飛ぶ=天)」と「亀(泳ぐ=海)」のことであり、徳川家康の側近つまりが「統治する(陰で操る)」という意味である。 「うしろのしょうめん だあれ」 [ ]• 「後ろの正面」は、真後ろを表し、「真後ろにいるのは誰?」と問うている。 「後ろの正面」は「鬼」の背面(背中側)を指す。 「後ろの正面、誰?」は、「後ろを向いた時に正面に居る人は誰?」との意味。 転じて、逆の存在・影の指揮者・取り憑いていた存在等を表す。 江戸時代、京都で「正面」と言えば大仏殿を指し、正面の後ろに葬られた人物()を連想させている。 された首が転がって、体は正面を向いているけれど首が後ろを向いて、「私を殺したのは誰?」と問うている。 または、死んだことに気付かず目の前の首がない体は誰のものだろうと疑問に思っている様子を表している。 ただし、この「しょうめん」の部分の歌詞は、一部の地域では「しょうねん 少年 」とする場合もある。 の出身地 から の方向を向くと、「後ろの正面」はちょうど、日本で唯一、明智光秀のを所蔵している がある()になる。 歌全体の解釈 [ ] 「かごめかごめ」はその歌詞の、論理のおかしさ、普通ではなく合理的でない所が、人間の類推の能力に働きかけ、聞く人を楽しませる、面白味のある言葉遊びの歌として日本中に流行したとする説。 主に女児の遊ぶ「かごめかごめ」は、歌の冒頭で一人の目の見えない状態の女児を複数の女児が取り囲み「かごめ かごめ」と囃し立てるところから始まる。 ここでの「かごめ」は、「囲め」と「籠のなかの女」と「格子状で隙間のある」等の複数の意味を持つとなっている。 次に「かごのなかのとりは」で、冒頭の「かごめ」の意味を「鳥類のかもめ」 の意味へ一転させ、取り囲まれた女児を「鳥が囲まれている(とりかこまれている)」「籠の中の鳥」等と意味付けている。 次に「いついつでやる」で、「鳥はいつ籠から出ていくのか」「答え合わせはいつだろう」という期待感を持たせると同時に「鳥が誰かと会う」ことをし、多義性を持たせている。 次に「よあけのばんに」で「夜が明けた晩」という、「朝と夜の順序が逆」というを用い、疑問と混乱を誘うおかしみを出している。 そして「つるとかめがすべった」で、「鳥は鶴だった」と「かもめ」から一転させ、「鳥が出会ったのは亀であった」という拍子抜けを誘い、「縁起の良い鶴と亀が滑って転んだ」という失敗へのを持たせ、最後に「うしろのしょうめんだあれ」で「後ろなのに正面」という、「誰が真後ろにいるかを当てて頂戴」という多義性を持たせている。 後ろの正面は誰?」と解釈する。 ただし「鶴と亀がすべった」の部分については「語呂やリズムを合わせる為」と曖昧にしているものが多い。 遊女説(提唱者不明) 一日中(夜明けの晩に)男性の相手をさせられ(鶴と亀が滑った)、いつここから抜け出せるのだろう(いついつ出やる)と嘆いているうちにもう次の相手の顔(後ろの正面だあれ)が見え隠れしている、という自由のない遊女(籠の中の鳥)の悲哀を表している。 説(提唱者不明。 埋蔵金と結びつけてテレビ番組等で紹介されている) 日光東照宮の三神庫と呼ばれる建築物群や奥院には鶴と亀が対になって飾られている所があり、歌詞中の「鶴と亀が統べった」はこの彫刻を指しているとしている。 豊國廟説(など) 正面とは京都の周辺(現在の正面通り)を指し、を神格化する際に邪魔となった豊臣秀吉を神の座から引き摺り降ろす為に行われた、豊国神社の打ち壊しと、秀吉の棺を掘り返して庶民と同じ屈葬にして埋め直した事件を表したものである。 埋蔵金説(提唱者不明) 「鶴と亀」はそれぞれ芦名家の城の別名であり、埋蔵金の隠し場所を示している。 陰謀説(提唱者不明) 「かごめ」は 籠女と書いてお腹に籠を抱いているような女=妊婦を示し、「かごの中の鳥」とはお腹の中にいる子供を示す。 その妊婦の家は相続争いで争っている最中で、1人でも相続人の候補が増えることに快く思わないものもいた。 出産予定日もそろそろというある夜明けの晩、階段を降りようとした妊婦は誰かに背中を押されて落ちてしてしまった。 自分を落とし子供を殺したのは誰だという母親の恨みの歌という説である。 囚人説(提唱者不明) かごめは、籠つまり牢屋を指していて「籠め籠め」と牢屋に聞いている様。 籠の中の鳥=オニは囚人である。 鶴と亀が滑った=縁起の良くないこと、つまり脱走や死刑を表す。 後ろの正面だあれ=死刑囚を呼びにきた監視、又は脱獄の手助けをするもの。 いったい誰が来るのか? どんな運命になるのか? という説である。 明智光秀・南光坊天海同一人物説() の正体が、に敗れた後も生き延びたであることを示唆しているとする説。 鶴と亀には、日光東照宮の彫刻の他にとの意味もあるとする。 ただし前述のように、「鶴と亀」の部分が明治期以前に存在していたことを示す文献は確認されていない。 神示説(提唱者不明) 「かごの中の鳥」は「肉体に自己同化し、肉体に閉じ込められた人」、「いついつ出やる」は「いつになったら肉体が自分でないことに気づくのか」、「鶴と亀がすべった」は「陰と陽が統べった」即ち「目覚めた」ときに、「うしろの正面だあれ?」=「自分」とは誰なのでしょう?という意味の、人の精神的目覚め・開悟を歌っているとする説。 歌詞解釈以外の俗説 [ ] 降霊術説 「カゴの中の鳥は」と歌っているところで円の中に人がいなければ霊を呼び出すという、と同様のに使われる歌であるという説もある。 呪術説 真ん中の子供に神様を宿らせるまじないであったとする説。 遊戯説 影の支配者を当てる遊戯。 関連項目 [ ]• 「」 - 著の児童文学作品• 「」 - の楽曲(作詞:将/作曲:アリス九號)。 「うしろの正面だあれ」 - の楽曲。 アルバム『』収録。 「」 - の楽曲(作詞:/作曲:)。 曲中に引用。 「カゴノトリ」 - ("橙色特別室"名義)による『』『』の楽曲。 曲中に引用。 - ヤングカジュアル婦人服を中心とした企画・製造・販売会社。 CMに「かごめかごめ」の替え歌が使用されている。 出典・脚注 [ ] []• 『-第五版』、。 『民間伝承論』共立社、1934年、181頁。 『放送禁止歌』知恵の森文庫、2003年 30、231頁。 原書は活字に起こされ『続日本歌謡集成』((36年) - (昭和39年))にて出版。 この説をとるものとして、例えば、柳田國男「こども風土記」がある(定本柳田國男全集21巻8頁)。 日光の慈眼堂には天海の廟所がある。 もと貝塚市鳥羽にあった海雲寺が、岸和田藩主の命で現地に移され、寺号も本徳寺と改められた。 『陰謀と暗号の歴史ミステリー』2008年4月15日発行 SAKURA MOOK33 編集発行人 西塚裕一 発行所 株式会社• 国土交通省北陸地方整備局. 2015年11月12日閲覧。 2006年10月7日時点の [ ]をアーカイブ。 参考文献 [ ].

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