陽性 と は どういう こと です か。 がん検診「陽性」でも99%は問題なし?意外と知らないデータの真実(市川衛)

「PCR検査は陽性だが、感染力ない」ってどういうこと:朝日新聞デジタル

陽性 と は どういう こと です か

HPV検査を受けると結果として• 陽性(ハイリスク型のHPVに感染している)• 陰性(ハイリスク型のHPVに感染していない) かどちらかがわかります。 HPV検査で陰性なら話は終わりです。 HPV検査で陰性なら子宮頸がんになる可能性はほぼゼロだからです。 もしHPV検査で陽性だったら・・・ 子宮頸がんに感染している可能性が高いわけです。 そんな場合、治療はどうするのでしょうか? 結論から申しますと、HPV自体を消し去る治療法が存在しません。 HPVはウイルスです。 ウイルスの特効薬はまだ存在していないからです。 ただ、HPV検査で陽性だった場合、 しかも子宮頸がん検診で異常な細胞が見つかったのなら 手術を受けることで、子宮頸がんの治療をすることができます。 子宮頸がん検診で異常な細胞が見つかっても HPV検査で陰性なら、その異常な細胞は子宮頸がんになる可能性はほぼありません。 様子を見ることが多いです。 でも、HPV検査が陽性で異常な細胞が見つかったなら その細胞は将来子宮頸がんに変化することがあるため 治療の一つとして手術を行うことがあるということです。 最後にまとめますと、HPV検査で陽性であっても ウイルス自体を撲滅する治療は存在しません。 ただ、子宮頸がん検診で異常な細胞が存在していて しかもHPV検査が陽性なら治療として手術をすすめられることもあります。 HPV(ヒトパピローマウイルス).

次の

日本の国会議員『陽性』『陰性』すら理解していないことが判明 : ZAPZAP!

陽性 と は どういう こと です か

まず、偽陽性の場合。 通常、陽性の結果が出た後に、精密検査が行われる。 そこで、病気にかかっていなかったことが判明する。 やれやれ、という話になるが、そう簡単なことではない。 陽性の結果を受けた人は、精密検査の結果が出るまで、精神的な負担を抱えることが一般的である。 また、通常、精密検査は、費用が高く、人手もかかる。 したがって、検診で偽陽性が多いことは、検査を受ける人の心理の面でも、検査にかかる費用や手間の面でも、負荷が大きい。 一方、偽陰性の場合。 検診を受けたにも関わらず、病気が判明しない。 従って、何も治療が開始されない。 そして、後日、病気が悪化して、症状が表面化してから、ようやく診断や治療が始まることとなる。 このように、診断や治療が後手に回った結果、生命の危険にさらされる場合もある。 偽陽性と偽陰性は、一方を低下させようとすると、もう一方が上昇してしまうという、相反する関係にある。 例えば、偽陰性を低下させようとして、病気にかかっている場合には、かなり正確に陽性の結果が出るように、検診の感度を高めると、偽陽性の出現頻度も上昇してしまう。 がん検診を例に、モデルを使って、この様子を数字で見てみることにしよう。 がん検診モデル 10,000人の集団を考える。 この集団が、全員、がん検診を受ける。 モデルに、パーセント単位の数字が3つもあって、少し混乱してしまうかもしれない。 そこで、割合ではなく、実際の人数に直して、このモデルの様子を、表の形で示すと、次のようになる。 このモデルでは、陽性結果のうち、8割以上は偽陽性となった。 陽性の結果が出ても、あまり気に病むべきではないと言えるだろう。 ただ、これほど多くの偽陽性が出ると、そもそもこの検診には意味があったのか、という感じがするかもしれない。 しかし、がんにかかっている人の大半を、594人にまで絞り込むことに成功しており、検診の効果はあったと見ることができる。 むしろ、気になるのは、1人とはいえ、偽陰性の人が出た点だ。 がん検診の目的は、健常者の中から、がんにかかっている集団を絞り込むことにあり、あまりやたらに偽陽性を増やさないことが求められる。 その結果、どうしてもこのように偽陰性が出てしまう。 偽陰性は、検診を定期的に受けることで、減らすことができる。 このため、実際のがん検診では、陰性の結果が出ても、定期的に検診を受けるよう勧めている。 同じ医療の検査でも、臨床検査は、がん検診とは異なる。 臨床検査は、患者や、病気の疑いがある人を対象にして、がんにかかっている場合に、そのがんを検出することを目的としており、偽陰性を減らすことが求められる。 即ち、検診の感度 陽性の判定 を高める必要がある。 臨床検査モデル 10,000人の集団を考える。 この集団が、全員、臨床検査を受ける。 がんにかかっている人は、検査の結果99. この臨床検査モデルでは、偽陰性は0人となったが、偽陽性の割合は、9割以上にまで上昇する。 このように、がん検診や臨床検査に完璧なものはなく、ある程度の偽陽性や偽陰性が出てしまう。 このことを理解したうえで、まずは定期的に検診を受けるべきと思われるが、いかがだろうか。

次の

日本の国会議員『陽性』『陰性』すら理解していないことが判明 : ZAPZAP!

陽性 と は どういう こと です か

陽性率の正確な定義 日本のような体制の場合、感染者の数を単純に分析しても意味がないことが多くの科学者によって指摘されているが、なかなかそれが一般の人々に届かないのがもどかしく感じている人は多いはずだ。 山中先生も、玉川氏も、岡田先生も、その言葉の端々にそんな感じがにじんでいる。 この方達は、「陽性率」という概念を導入して、検査数の不備が感染者数という統計データの質を劣化させていることをなんとか伝えようとしているのだが、なかなかうまくいかないようだ。 おまけに、劣化した情報を(わざとかどうかは知らないが)流している張本人たちから「その陽性率の計算は間違っている!」などと指摘されて、状況は混沌としてきてしまった。 そこで、「陽性率」を海外ではどのように扱っているのか調べてみることにした。 の場合 「陽性率」という概念は、そもそもの検査で導入されたようだ(確認はしてない)。 があるので読んでみたのだが、一読したかぎりではその意義はよくわからなかった。 の流行を把握するために、利用する指標の一つだということだけはわかった。 ただ、「陽性率を流行の指標とするためには、の流行が発生している地域で90%以上の住民が検査に参加することが望ましい」とある。 これは陽性率の本来の使い方だろう。 (ただ、においては「陽性率を使って流行の有無を判断するのは意外に難しい」という議論もあるらしいが、それはそうだろうと思う。 ここで気をつけるべきは、研究と における検査についての陽性率の 使い方とでは、意味合いが違うことである。 ) ちなみに、英語では"test-positive rate"とか"Test positivity rate"とか書き表し、省略して TPRというらしい。 直訳すると「検査陽性率」となる。 での 検査の場合 COVID-19で「陽性率」を使う理由は、発表される「感染者数」が信頼できるデータかどうか判断する指標となりえるからだ。 もちろん、当初は、のように「流行度」に対する指標として使っていた。 しかし、日本政府のような検査の絞り込みを目の前で見せられた科学者たちは、「こんなことやってたら、陽性率がバカみたいに上がってしまうじゃないか!」と憤りを覚えるも、そのうち「これは逆に解釈して、がまともに行われていないことを示す指標に使えるんじゃないか」と思いついたということである。 さて、何はともあれ、まずはの記事を見てみよう。 今回の目的は国際的にTPR(陽性率)がどのように使われているかを知ることである。 日本語ではなく、の方が適当だろう。 残念ながら、このページにはTPRについての定義は書いてなかったし、国際的にこの指標が日本の科学者が使っているような意味で使われているかどうかも記述がない。 しかし、ひとつ面白いことを発見したのである。 それは「」にあった。 CasesとSamplesの違い? この表を見ると、検査数や陽性者数などの統計データが書いてあるのだが、その数に対して「単位」がつけてあったのだ。 一方で、ドイツの場合を見てみると、検査数に関しては"2,547,052 samples"とある。 韓国とは「単位」が違うことになる。 色々な国のデータを見ていくと、"Cases"と"Samples"が使い分けられていることがわかった。 どちらの場合も、この陽性率の値は素晴らしい値であり、この2つの「政府が発表する感染者数」は「 真の感染者数」にかなり近いと言えるだろう。 このような 徹底的な検査の下において、陽性率はほぼ感染率に等しいと言える。 (では感染率は0. ) の用語か? Cases とSamplesの違いについてググってみた。 すると、した。 どうやら、の用語らしい。 そこには「貝殻拾い」の例が載っていた。 貝の種類、たとえば、赤い、青い、穴がある、穴がない、などの形質の違い、に着目して、拾ってきた貝を数えるときはCasesになるという。 つまり「種数」ということだ。 一方、拾ってきた全ての貝を数えるときはSamplesとなる。 浜辺には無数の貝殻が落ちているが、そこから有限の数だけ「選んで」拾ってきた時、その数をSamplesで数えるらしい。 検査でいえば、検体数=Samplesで、検査人数=Casesではないだろうか?検査は精度の問題もあって同一人物が複数回検査を行うことがある。 例えば、Aが5回検査を行ったとする。 このとき、Samplesは5であり、Casesは1となるはずだ。 これってどこかでみたことあるな... と思ったら、だった。 東京都の発表の仕方 東京都のCOVID-19情報サイトには「検査実施人数」と「検査実施件数」の2つの数字の統計データが公開されている。 前者には保険適用された「民間検査」系の数字は反映されておらず、後者はなんとか考慮されている(場合が多い)らしい。 、その値が高いことを示して、東京の感染者数は信頼できない、ということを訴えようとした。 ところが、統計データを発表する側が、陽性者数と検査実施人数を首尾一貫した定義によって公表していないため、「山中の計算は過大評価だ」と逆に指摘され謝罪することになったのだ。 謝罪すべきは、首尾一貫したデータを公表していない側なのに、論点がずれてしまっている。 山中先生の話はよりレベルの高い「ミス」だが、もっと単純な疑問もある。 つまり、陽性率の割り算で分母に来るのは「検査実施人数」なのか「それとも検査実施件数」なのかという疑問である。 サイトを見ると、後者は保険適用された場合も考慮されているのだという。 そうすると、素人は陽性者数/実施件数という計算を「陽性率」と考えたくなるだろう。 この値は小さめに出るが、やはり定義的に間違っているのではないか?という意見もあるだろう。 個人的には、山中式こそが意味のある陽性率だと思う。 しかし、ドイツのように大量に検査するのが目的であって、いちいちダブりはチェックできない、という国もあるだろう。 そういうところでは、陽性率はあまり気にしてないのではないか? 国際的な「陽性率」の使用法/定義の確認 陽性率を気にした記事がなかなか見つけられず困っていたが、についにその記事を見つけた。 4/16の記事なので、比較的最近の記事だ。 カでも検査の少なさが問題となっているが、日本と比べればはるかに多くの件数を扱っているから、これは次元の違う悩みだろう。 例えば、と東京都の検査数を比べれば、違いは明らかだ。 東京都は本日の検査数は発表していない。 最新のものでも4月30日、つまり4日も前で、その数は437件/日である。 一方のは時差があるにも関わらず、東京よりも最近の5月1日の結果が公表されていて、31,579件/日とある。 なんと、72倍!の違いである。 これでも、イタリアやドイツ、韓国などに比べると、カの検査数は少ない、と批判されている。 その批判を展開しているのがこのThe Atlanticの記事なのである。 The Atlanticによると、「米国のTPR(陽性率)は20%であ流のに対し、韓国は2%である」と書いてある。 ここでは、The Atlanticは山中式の定義を採用しているようだ。 ここでは「素人式」の計算と一致している。 なにやら混在している気配が... ここで一文を引用してみよう。 「陽性率が25%の国と、2%の国では、その感染流行の度合いには雲泥の差があり、当然ながら2%の方がずっと状況がよいのだ」とある。 また、 In an ideal testing regime—and in before the United States can end its lockdowns—anyone with a fever and a dry cough would be tested immediately. A very large portion, if not , of those people would turn out not to be infected with the new coronavirus, --2, because humans are susceptible to many other respiratory infections. But when tests are rationed so strictly, only people with severe symptoms make it into the testing pool, ensuring that the positivity rate will be extremely high. 「 理想としては、発熱し、乾いた咳をちょっとでもしている人が全員すぐさま検査を受けられるようにすべきだ。 大半の人は陰性という結果に終わるだろう。 ところが、検査をきつく絞り、深刻な症状を示す人だけを検査するとなると、陽性率は非常に高くなってしまう」とある。 後半のような状況(つまりこれは日本の状況と同じだ)は、感染が蔓延し、混乱が広がり、理想とは程遠い、まともな検査ができなくなった国が行うタイプの検査なのだという指摘が書かれている。 カでは、「陽性率」を日本の学者たちとほぼ同じニュアンスで使っている感じである。 日本の陽性率 日本のメディアの中には「陽性率は計算が困難」という報道をするところまで出てきて、陽性率を用いた議論を封じ込めようとしている感じがある。 学者が主張するのだから、陽性率が重要であることは間違いない。 しかし、学者が要求するような水準で数字を用意することができないのだ、と予防線を張ったということだろう。 彼らは、陽性率が正しく計算できるようになると、日本の「感染者数」は目に見えないお化けのように実は膨れ上がっていて、「発表される数は信用できず、目に見えない感染者が無数にいるだろう」という底なしの恐怖を国民に誘引してしまうことを知っている。 だからこそ、陽性率を議論しようとするものを徹底的に叩こうとするのであろう。 しかし、The Atlanticの記事で見たように、陽性率はそもそもいい加減な概念で、どっちで割ってもだいたいの値が出ればそれで十分な感じである。 だから、2つの定義で陽性率をそれぞれ出してみればよいのだ! すくなくとも、東京の「検査実施件数」のほうは保険適用の件数も含まれているから、首尾一貫している数字となりうる。 ただ、同じ人間がなんども検査するので、「新規感染者」の情報が欠落してしてしまう。 しかし、「下限値」と解釈することは可能だ。 つまり、どんなに誤差があったとしても、下限値よりは小さくはならない、というストッパーみたいなものだ。 のように、「集計が大変で、陽性率を計算するためのデータがそろうまでに時間がかかりすぎるので、陽性率を計算するのは無駄」という論調は、まさにThe Atlanticが指摘している「混乱して、まともな検査ができず、陽性率が上がってしまう二流国」の典型例に適合している、と言わざるを得ない。 感染が蔓延しておらず、余裕がある国は、速やかに統計処理を行うことができ、大量の検査を行い、大量のデータを効率よく処理できるから、陽性率が低くなるのだ。 つまり、「大変だ、大変だ」といえばいうほど、「おれは二流国だ、いや三流国だ!」と叫んでいることになるのだ。 だいたい、東京の「大変だ」が宇宙の真理ならば、東京の70倍も多くの検査を毎日行うの統計の方が東京よりも早く出てくるのは「ニューヨークが嘘つき」と主張するようなものだ。 東京の最近の陽性率 さて、いろいろ書いたが、東京の陽性率を計算してみよう。 陽性者は46人、検査人数は437人、検査件数は530件だ。 それぞれで計算すると、10. 平均値をとってみよう。 陽性者は47人、検査人数は189人、検査件数は491件。 計算すると、24. こういう時は判断に困るが、10. 何れにせよ、カの20%の陽性率よりは、最近の東京は「まし」になってきているのかもしれないが、2%の陽性率を叩き出している韓国に比べれば、日本ははるかに「混乱」しているし、ドイツなどに比べても陽性率は2倍以上の差があるということになるから、やはり「混乱」しているのである。 日本の発表の仕方は「混乱」している国の発表の仕方そのものであり、首尾一貫し、統一の定義によって集計されたデータが発表できない時点で、すでに「負けている」。 すくなくとも、まともな統計データを公表し、まともに「負けた」方がなんとか「一流国」と認めてもらえるだろう。 ちなみに、ことを、今初めて知ったのだが、「検査実施人数」と「検査実施件数」はなんと訳されているだろうか? 期待を胸にのぞいてみると、なんと.... 「件数」の単位はcasesとあり、人数の方はpersonsとある。 後者に関しては中学生がよくやるタイプの「日本語直訳式」で思わず笑いを誘う... が、それはいいとして、前者に関してはcasesとsamplesが逆転していて、ちょっと国際的には「恥ずかしい」状態である。 The Atlanticの記者がこの情報サイトを見たら、「まさに混乱している」と感じるのではないかと思うと、今日は心配で寝付けないかもしれない。 jippinius.

次の