2人の出会った当初の写真は? 浜崎あゆみさんと、エイベックス社長の 松浦勝人さんとの出会いは 1995年。 六本木の伝説のディスコクラブ 「ヴェルファーレ」のVIP席だったそうです。 当時、エイベックスの専務であり 音楽プロデューサーとして 数多くの楽曲を手がけていた松浦勝人さん。 VIP席でお酒を嗜んでいたところ、 当日女優として活動していた 浜崎あゆみさんが年齢を偽って入店w そしてVIP席で出会ったそうです。 この頃の浜崎あゆみさんは こんな感じでした。 初々しい! めちゃくちゃ可愛いですね!! 2人の交際エピソードや画像は? 浜崎あゆみさんと松浦勝人さんは 1998年4月8日に1stシングル「poker face」で 浜崎あゆみさんがソロ歌手として デビューしたのと同時に 交際をスタートさせます。 その頃の浜崎あゆみさんが こんな感じ。 若くて初々しい感じ、 可愛いですね〜! この後浜崎あゆみさんは 松浦勝人さんのプロデュースの元、 どんどん人気歌手へと成長していきました。 2人の交際は秘密とされていましたが、 同棲していたそうです。 なんと当時松浦勝人さんが31歳、 浜崎あゆみさんが20歳で 11歳差のカップル! しかも松浦勝人さんは離婚歴も あったようです。 このキス写真は 1999年の夏頃に 撮影されたもののようです。 2人の親密な関係が 伝わってきますよね! スポンサーリンク 浜崎あゆみと松浦勝人の破局エピソードと当時の画像 浜崎あゆみさんは大人気アーティストとして 成功を収めましたが、その裏で 2人の関係は崩れていきました。 松浦勝人さんは浜崎あゆみさんを 歌手として認識していく一方、 浜崎あゆみさんは松浦さんを 純粋に好きになりすぎていたため、 そんな思いの違いが2人にすれ違いを 生じていたといいます。 ある時浜崎あゆみさんが 松浦勝人さんのマンションに行くと、 そこには女性に囲まれ 酔いつぶれている松浦さんの姿… それにショックを受けた浜崎あゆみさん。 これがきっかけとなり、 2人の関係は修復不可能になり破局。 その時松浦勝人さんはあゆに こう伝えたと言います。 「歌うんだ、あゆ。 そしてアーティストとして立派に振るまえ。 ファンのためにも、会社のためにも。 今はあゆを俺一人のものにするなんて今はできない」 なんだか身勝手な感じも受けてしまうのは 私だけでしょうか… 破局直後の1999年12月24日、 出演した番組「ミュージックステーション」 で涙をこらえることができない 浜崎あゆみさんが映し出されていました。 スポンサーリンク まとめ 歌手の浜崎あゆみさんと エイベックス社長の松浦勝人さんの 熱愛についてまとめました。 結果は切ない恋愛だったかもしれませんが、 この恋愛があってあゆの歌が 生まれたと思うと、なんだか 感慨深いですよね。 現在はお互いとてもいい関係が 築けているようです。 どうかこれからも社長と歌手として、 支え合える関係でいて欲しいですね。
次のA子さんはエイベックス退社後に松浦氏と親交を深め、一時期は「毎週のように松浦さんと大麻を吸っていました」という。 ライターであるA子さんは出版社の依頼を受け、2016年12月から松浦氏の自伝本執筆のために密着取材をスタートさせた。 「気を抜いた時にしか出ない本音もあるだろうからと、できる限りボイスレコーダーを回し続けました。 お酒を飲んでいる場でも、遊んでいる場でも、そして時には大麻を吸っている場でも」 記録されたのは、40時間に及ぶ松浦氏の肉声がおさめられた音声データや、松浦氏とA子さんによるLINEのやりとり、膨大な数の画像データ。 そしてエイベックス所属のアーティストの周辺にも、違法薬物が当たり前のようにあったようだ。 2016年12月ごろ、A子さんがエイベックス所属のアーティストについて聞いたインタビューの音声には、松浦氏のこのような発言が記録されている。 《クスリやってるとかさ、そういうの俺目の当たりにして、ありえねえだろうと思って。 20年やってないって、てめえこないだやってたじゃないかって(笑)》 「歌姫」とも呼ばれた有名女性アーティストについて、インタビューの中で松浦氏は《ヤンキーだよ。 シャブやってたし》と、赤裸々に明かすこともあった。 大麻の調達は側近のC氏。 キッチンで大麻を紙で巻いてくれる A子さんが大麻を吸うのは、主に松浦氏の自宅やエイベックスが所有するクラブ「X」だった。 大麻は松浦氏の寝室の金庫に保管されており、調達を行なっていたのは松浦氏の個人的な秘書である男性のC氏だったという。
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『M愛すべき人がいて』は浜崎あゆみと松浦勝人の恋愛白書!? 「M愛すべき人がいて」は歌手・浜崎あゆみさんと松浦勝人さんの大恋愛を基にしたフィクション小説です。 『M 愛すべき人がいて』(エム あいすべきひとがいて)は、ノンフィクション作家小松成美による「事実を基にした」フィクション小説。 歌手・浜崎あゆみが1990年代後半から2000年代にかけスターダムに駆け上がるまでのデビュー秘話と、デビューのきっかけをもたらしたエイベックス株式会社代表取締役会長CEO・松浦勝人(当時専務)との出会い、大恋愛から別れまでを、2人へのインタビュー取材を元に浜崎の視点による一人称形式で赤裸々に描かれている。 引用: 浜崎あゆみさんと松浦勝人さんの秘められた出会いと別れの物語を、赤裸々に描き出した小説です。 松浦勝人さんや浜崎あゆみさんなど実在する人物が実名のまま登場し、渋谷109などの具体的な場所や生々しい会話のやりとりなど、臨場感に溢れています。 浜崎あゆみと松浦勝人の出会い~別れまで 浜崎あゆみが松浦勝人と出会い! 浜崎あゆみさんと勝浦勝人さんが出会ったのは 1995年。 浜崎あゆみさんが 17歳の時でした。 当時まだ未成年だった浜崎あゆみさんは年齢をごまかして東京・六本木のディスコクラブ「 ベルファーレ」に通っていました。 高校1年生だった16歳の時からヴェルファーレに通い、友人の メイと歳を2つごまかし、18歳と言って夜な夜な六本木ヴェルファーレに通っていたようです。 そこで働いていたスタッフも二人が歳をごましているのは承知の上だったそうです。 自伝書「M愛すべき人がいて」には以下の通り書かれていました。 ヴェルファーレへ週に二度、三度訪れるうちに、フロントマンもスタッフも皆、 顔見知りになっていった。 「十八」と二つ年齢をごまかしていることをみんな知っていた。 やがて、駆け出しの芸能人であることが知れ渡る。 出演していたドラマや、グラビアの掲載された雑誌を、みんなが知ることになっても、 私は大人のように振る舞った。 それはただ、知らんぷりをして入店を許してくれているスタッフのためでもあった。 引用:『M 愛すべき人がいて』 今じゃかなり大問題ですね! 昔は年齢に関してもっと緩かったですね・・・。 浜崎あゆみさんはヴェルファーレに週2~3回程通っていたそうです。 そして通い始めてから1年程経ったある日、そこのVIPルームで当時エイベックスのチーフプロデューサーだった松浦勝人さんと衝撃的な出会いをしました。 初めて出会ったときから松浦氏が浜崎に一目惚れし、当時はサンミュージック所属の売れないアイドルだった浜崎の歌手になる夢を叶えるべく、松浦氏と男女の関係に落ちたという。 引用: 当時まだ浜崎あゆみさんは駆け出し中の女優。 浜崎あゆみさんは小学生の時からモデル活動をし、1993年には女優デビュー。 以下はドラマ『 未成年』に出演していた時の浜崎あゆみさんです。 幼いころから芸能活動をするもブレイクからは程遠く、どうにかして芸能界でやっていくためにドラマMのようにプロデューサーに会うために通っていたのでしょうか。 いずれにせよ、公私ともに出会ったときからパートナーとしてお互いを意識していたのは確実そうですね。 松浦勝人は当時既婚者だった! 浜崎あゆみさんと出会った当時、松浦勝人さんは 既婚者でした。 1995年に モデルの 原口香と 結婚されていました。 5(1996年1月発売)に収録されています。 その楽曲が以下の動画です。 曲の出だしも「This is the story of Max and Kaori…」と始まります。 曲を作る位、結婚当初はラブラブだったんでしょうね。 しかし結婚は1年程しか続かず、その後 離婚されました。 従って 離婚されたのは 1996年ということになります。 松浦勝人さんと原口香さんの離婚理由について調べてみましたが残念ながら情報はありませんでした。 ただ松浦勝人さんは浜崎あゆみさんと出会い一目惚れしたと言われています。 憶測ではありますが、一緒に行動するにつれ惹かれ、当時の奥さんだった原口香さんとの関係がぎくしゃくしてしまったのかもしれませんね。 浜崎あゆみさんとの出会いが原口香さんとの離婚に関係があるのではないかと勘繰ってしまいます。 残念ながらお二人は不倫関係にあったのかは自伝書「M愛すべき人がいて」では語られていませんでした。 真実はお二人と「神のみぞが知る」ですね。 松浦勝人が浜崎あゆみに猛アプローチしてた? 松浦勝人さんと浜崎あゆみさんが2回目に会った時に電話番号を聞き、それから何度か会うようになったそうです。 あれは僕が31歳のころだから15年近く前のことになる。 ヴェルファーレで働く人間の紹介でayuと会う。 「今、ドラマ 未成年 に出てる」とか「今度、歌も出す」 とか、たわいもない話をした中、 まだ当時、たいしたことのないはずの自分は偉そうに、 「歌はそんなに簡単に売れないよ」なんてayuに言っていた覚えがある。 それから、何故か、割と頻繁に会うようになる。 引用: それと同時に松浦勝人さんから「エイベックスに引き抜くため」に猛アプローチされたそうです。 浜崎あゆみさんは1996年末に当時所属していたサンミュージックとの契約が切れた後、ボイストレーニングのためニューヨークへと渡り、エイベックスからの歌手デビューへの準備が始まりました。 浜崎あゆみと松浦勝人が付き合い始めたのは? 浜崎あゆみさんと松浦勝人さんが付き合い始めたのは出会ってから 3年後の 1998年でした。 浜崎あゆみさんが1998年4月8日発売の1stシングル「 poker face」でソロデビューするのと 同時期でした。 「 poker face」は松浦勝人さんが浜崎あゆみさんに、 「作曲してみないか?」 と言われ、浜崎あゆみさんが松浦勝人さんに対し芽生え始めていた恋心を書いた曲なんだそうです。 秘めた恋心があっても現実ではシンガーである浜崎あゆみさんとプロデューサーの松浦勝人さんはビジネスパートナー。 しかし次第に浜崎あゆみさんの気持ちが募り、自分の心に区切りを付けようと松浦勝人さん宛てにFAXを送付しました。 その内容というのが、 「一生、隠しておこうと決めていた想いですが、告白します。 あなたが好きです。 ヴェルファーレで出会った時から、ずっと好きです。 私はあなたから愛されることはないでしょう。 だから今日限り、あなたを諦めます。 ここから、あなたがこの世界に生み出したアーティスト浜崎あゆみは、プロデューサー max matsuuraと歩んでいきます。 」 引用: 翌日、松浦勝人さんはFAXで、 「マンションでお母さんと一緒に待っていて欲しい」 引用: と伝え、浜崎あゆみさんを家まで迎えに行ったそうです。 そこで浜崎あゆみさんのお母さんに 「あゆみさんと付き合っています。 真剣です」 と宣言。 ここからお二人の交際が始まりました。 浜崎あゆみさんは 当時19歳。 松浦勝人さんは浜崎あゆみさんより 14歳年上の 33歳。 所属アーティストとプロデューサーという関係上、この交際は周囲には秘密の禁断の愛だったそうです。 それに14歳もの年齢差。 知れ渡ってしまったら駆け出しの浜崎あゆみさんにとっては致命的なスキャンダルに繋がっていたかもですね。 浜崎あゆみさんは「M」や「Boys&Girls」などのヒット曲の作詞も担当。 いずれも2人の交際の中で生まれた歌詞を綴っているのだそうです。 浜崎あゆみと松浦勝人との別れ お二人は交際直後からほぼ同棲生活をされていたそうです。 そして浜崎あゆみさんの人気が出てくると同時に、お二人のキス写真が流出。 上記写真は1999年の夏ごろ撮られた写真だったそうです。 かなりラブラブの雰囲気ですね! 1999年11月10日に発売された浜崎あゆみさんの11枚目シングル「appears」にはお二人の恋愛のエピソードが歌詞として綴られています。 初めての電話は受話器を持つ手が震えていた 2回目の電話は留守電にメッセージが残ってた 7回目の電話で「今から会おうよ」って そんな普通の毎日の中始まった しかし同時に二人の関係が終わりに近づこうとしていることも歌っていました。 恋人達は とても幸せそうに 手をつないで歩いているからね まるで全てが そうまるで何もかも 全てのことが 上手くいっている かのように見えるよね 真実の ところなんて 誰にもわからない 2000年にはお二人は完全に破局。 浜崎あゆみさんが2000年4月にリリースした「 vogue」、5月「 Far away」、6月「 SEASONS」はいずれも別れの悲しみを歌っており、ファンには「 絶望3部作」と呼ばれています。 その別れの原因というのが、お互いの すれ違い。 浜崎あゆみさんは歌手として成功し、スターダムをのし上がると同時に多忙に。 そしてプロデューサーだった松浦勝人さんはもエイベックスを背負う重圧から逃れるように、仕事の付き合いで飲む酒の量が増え、毎日記憶を失うような生活をしていったそうです。 ある日、浜崎あゆみさんが松浦勝人氏のマンションへ行くと、そこには女性に囲まれ酔いつぶれている松浦氏の姿が・・・。 浜崎あゆみさんはこれを目にしかなりショックを受けたそうです。 そしてすれ違っていった2人は結局破局。 破局はされましたが、今でもその後は友人として関係は良好そうです。 まとめ 『浜崎あゆみと松浦勝人は不倫関係だった?出会いから時系列にまとめてみた!』と題し、浜崎あゆみさんと松浦勝人さんの交際は不倫関係だったのかまとめてみました。 結論から言うと、不倫ではなく松浦勝人さんが離婚された後に浜崎あゆみさんと交際されていました。 しかし出会われた際は松浦勝人さんは既婚者でしたが浜崎あゆみさんに一目ぼれしたそうなので、離婚に関係があるのではないかという疑いは残りますね。 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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