キリスト教の世界三大宗派というと、カトリック、プロテスタント、 東方正教会のことをいいます。 日本ではよくカトリックとプロテスタントについては聞きますが、 日本における東方正教会は、別名ロシア正教会、日本正教会と言われ、 全国各地にその教会があり、多くの信者を抱えています。 世界的に見てみると、キリスト教徒が大変多く、2位のイスラム教を大きく 突き放して1番目に多くの信者を抱えている宗教になっています。 日本では、神道や仏教の歴史のほうが深く、そのこともあってか、 キリスト教徒の割合は少ないです。 これは世界規模で見ると、非常に珍しいことのようで、アジア諸国でも、 仏教徒とキリスト教徒の比率にここまで差が出ている国はほかにないようです。 しかし、日本国内を巡ってみると、実に多くのお寺や神社を見つけることが できる一方で、教会を見つけることはそんなに多くなく、初詣におみくじを 引くという習慣は、ひと目見たら宗教概念を超越していますが、よく考えると、 神社は神道の社です。 そのように日本に根付く文化を考えていくと、キリスト教徒が少ない現実にも 納得ができます。 再び世界に戻ると、カトリック信者が多いのは南ヨーロッパや南米、 プロテスタントは中欧及び北欧に信徒が多く、東方正教会は、東欧や アフリカの一部の国と地域に多くの信者を抱えている、とされています。 Attributes of the three primary divisions The three primary divisions of Christianity are Roman Catholicism, Protestantism, and Eastern Orthodoxy. I often hear about Catholicism and Protestantism in Japan. Eastern Orthodoxy in Japan is also known as Russian Orthodoxy or Japan Orthodoxy and churches are located throughout the country, which has many believers. Christianity is the world's largest religion with Muslim greatly in the world, which suggests a religion which has most believers. In Japan, there are the long histories of Shinto and Buddhism, so that the proportion of Christians is small. This seems to be very rare in the world, and there seems to be no other country even in Asia where the ratio of Buddhists and Christians has such a large gap. However, looking around Japan, while you can find a lot of temples and shrines, you cannot find so much churches. The habit of drawing sacred lots in the first temple visit of the year exceeds the concept of religion, but the shrine is for Shinto. Thinking about such a culture rooted in Japan, it can be convinced that there are few Christians. Returning to the world again, most Catholics are in Southern Europe, South America. Most Protestants are in Central Europe and Northern Europe, and Eastern Orthodoxy has believers mostly in Eastern Europe and some countries and regions of Africa.
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1)イースター(復活祭 キリスト教徒が最も大事にしているお祭りが「 イースター(復活祭 」です。 イースターとは、十字架の磔刑を受けて天に召された イエス・キリストが亡くなった当日から三日目の日曜日に復活した日であり、 キリストの復活をお祝いする日なのです。 人々の前に復活したキリストは、地の隅々にまで福音を教え広めるよう命じた、とされています。 また、イースターは「春分の日より後の最初の満月から数えた最初の日曜日」がキリストが復活した日であるとされているため、毎年日にちが変更( 移動祝日)します。 暦をみると、一般的なイースターの準備はイースターの40日前である「 パンケーキデー」から始まっています。 パンケーキデーには、卵や乳製品などの食べ納めをして「 レント(四旬節、受難節)」という質素な生活にはいります。 2)ペンテコステ(精霊降臨祭) ペンテコステとは、イースター(復活祭)から数えて50日目に キリストの弟子たちに聖霊が降臨した日をお祝いする日です。 なんのこっちゃ??日本では馴染みのないペンテコステですが、簡単に言うと「 キリスト教会が誕生した日」となります。 キリストは復活後の40日で昇天します。 それから10日たった日、集まって祈りを捧げている120人の使徒達に突然激しい風音とともに 天から聖霊が降臨。 使徒達はさまざなは言語で語り始め、世界中にキリストの教えを伝道することができるようになりました。 3)クリスマス(降誕祭) クリスマスとは、 イエス・キリストの「降誕を記念する祭日」です。 降誕って何?誕生日じゃないの? 実はキリストの誕生日ははっきりしていません。 宗教的には12月1日から「アドベント」と呼ばれるイエス・キリストの降誕を待ち望むシーズンが始まり、25日に降誕祭で誕生をお祝いします。
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結論から言います。 不明です。 あまりに細分化されすぎて数え切れません。 もっと言えばこの記事を読んでいる最中にも増えていると言えます。 キリスト教の宗派の種類、派閥と聞かれたら何を思い浮かべるでしょうか?比較的多いのは、カトリックとプロテスタントだと思います。 歴史でも習いますからね。 キリスト教は微々たる解釈の違いにより何度も分裂して新しい宗派ができていたのですが、大きいところを言えば、初期のキリスト教が11世紀ごろ東西に分かれます。 ここで東方教会と西方教会に別れます。 後に更に細分化(特に西方)され、今では数え切れないキリスト教の宗派があります。 そもそも国ごとにキリスト教を基とする宗派がたくさんあります。 キリスト教の宗派の種類の歴史を語る上で一番大きい出来事は11世紀に起きた東西教会の分裂でしょう。 キリスト教がヨーロッパ大陸で広く普及してきた時代から小さな宗派の分裂はあったのですが、395年にヨーロッパ全土に渡っていたローマ帝国が東西に別れ、476年に西ローマ帝国滅亡すると東西両教会の派閥は交流が薄くなり、数百年の間に教義の解釈の違い、礼拝方式の違い、教会組織のあり方の違いなどいよいよ東西の宗派の対立が増大していきます。 1054年、首位教会としての権利をめぐって争うようになった西方教会であるローマ教会は、とうとう教会統一を諦め、東方教会であるコンスタンティノープル教会に対して破門を宣言します。 それをうけた東方側も西方に対し破門を宣言します。 これが東西教会の分裂、いわゆる『相互破門』です。 その後、西方教会はローマ・カトリック教会 、東方教会は正教会と呼ばれることとなります。 レオ10世は1513年にローマ教皇に就任しました。 彼は、教会内でも贅沢な暮らしを求めました。 ドイツの豪商から借金をするようになり、その額は巨大になっていきました。 また、1514年にはドイツにおける最高聖職位であるマインツ大司教のアルブレヒトも、その権力を得るための工作資金として多額の借金を抱えていました。 ローマ教皇とマインツ大司教は「大聖堂の再建費用」ということを捧げ贖宥状を発行します。 もちろん本当の目的は借金返済のためでした。 贖宥状とは簡単に言えば「買えば罪が許される」というものです。 カトリック教会が最初に贖宥状を販売したのは1096年の第1回十字軍のときだったとされています。 教会は兵士を集めるため、十字軍遠征に加わった兵士には贖宥状を発行したのです。 これは過去に起こした罪と、これから十字軍遠征で人を殺すという罪を許すという主旨でした。 しかし十字軍に兵士として参加できない女性や、病人などからも求められることが多く、軍費を負担することにより贖宥状を買えるようにしました。 これに味を占めたローマ教皇とマインツ大司教は贖宥状を個人の借金の返済のために矢継ぎ早に発行しました。 1900年ごろ、アメリカではペンテコステ運動というものが始まります。 ペンテコステのような体験をするものが現れ、それを広めていきペンテコステ派というものが創立されます。 元々はキリスト教のなかでもプロテスタント信仰でした。 アメリカ人の指導者のチャールズ・F・パーハムと複数の学生は「聖霊からの洗礼」を体験し「意味不明な言語」を用いて神をほめたことが始まりとされます。 またその学生の一人、アメリカ人牧師のウィリアム・シーモアが集会を行うと、聴衆の信徒も「聖霊からの洗礼」を受けやはり「意味不明な言語」を喋ります。 このことは新聞で広まって話題になります。 この後もペンテコステ運動はカナダやイギリス、ヨーロッパなどに広まり、世界中からアメリカのペンテコステ派の集会に来るようになります。
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