マルクス ガブリエル。 なぜ世界は存在しないのか (講談社選書メチエ)

現代思想の若きスター「マルクス・ガブリエル」はいまなぜ注目されるのか

マルクス ガブリエル

略歴 [ ] 哲学、、近代ドイツ文学、ドイツ学を、ボン大学、で学んだ。 2005年、の指導のもと、後期の研究によりハイデルベルク大学から博士号を取得した。 2005年にの客員研究員、2006年から2008年にかけての研究員としてハイデルベルクに滞在した。 2008年には古代哲学におけるとについての研究によりハイデルベルクにて(大学教授資格試験)に合格する。 2008年から2009年にかけて、の哲学部で助教を務めた。 2009年7月にボン大学に着任し、・近現代哲学講座を担当すると同時に、同大学国際哲学センターのディレクターも務めている。 過去にはの客員教授も務めた。 複数の言語(、、、、、、)を自在に操り、また古典語(、、)にも習熟している [ ]。 ガブリエルは既婚者である。 哲学 [ ] 2013年、ガブリエルは『Transcendental Ontology: Essays in German Idealism』を上梓した。 による書評が『』に掲載され、次のように評価されている。 「英語で書かれた本書は、ガブリエルによるの読解がこれまでで最も包括的に提示されたものである。 […]豊かなアイデアが限られた紙幅に凝縮されているため、読者は予めかなりの関連知識を有していることが求められる」。 あるインタビューにて、ガブリエルは次のように述べている。 「現代の形而上学者の殆どは、自らの研究テーマを特徴づけることに失敗しています。 彼らは『世界』や『現実』のような言葉を、特に明確な説明を与えることなく、しばしば同じ意味で用いています。 私見では、こうした全体性を表す表現は、存在するという性質をもつものを指示することはできません」。 また次のようにも説明している。 私はメタ存在論とメタという以来の伝統を復活させようとしています。 周知の通り、メタ存在論という言葉を導入したのはであり、また彼はカントの哲学が「形而上学についての形而上学」であるとも明言しています。 私が用いるメタ形而上学的という言葉の意味とは、世界など存在しない、つまり、世界についてその究極的本性、本質、構造、構成、カテゴリー的輪郭などが問われるとき、その問いかけには意図されているような概念的内容が欠けている、ということです。 万物を絶対的に構成している何か大きなものがあるという考えは、それが自然的なものであれ理性が不可避的に有する性質であれ、幻想なのです。 現代の議論において影響力を持っているネオ・カルナップ主義者たちも同様の結論に至っていますね。 彼らの研究で言われていることの多くに私は賛同しており、それをカント的、ポスト・カント的哲学におけるメタ存在論/メタ形而上学の伝統と連結させようと試みているのです。 剽窃疑惑 [ ] ルーマニアの哲学者(Gabriel Vacariu)は、マルクス・ガブリエルによって自分のアイデアを剽窃されたと訴えている。 ヴァカリウの主張によれば、彼の論文「Mind, Brain and Epistemologically Different Worlds」(2005年12月)で展開されている議論が、出典を明らかにすることなくマルクス・ガブリエルに盗用されたという。 ボン大学の弁護士で、科学における不正行為に関する事件のである()によれば、ヴァカリウの申し立ては不当であるという。 著作 [ ]• An den Grenzen der Erkenntnistheorie. Die notwendige Endlichkeit des objektiven Wissens als Lektion des Skeptizismus. Karl Alber, Freiburg i. Junius, Hamburg 2008,. Zus. mit : Mythology, Madness, and Laughter: Subjectivity in German Idealism. Skeptizismus und Idealismus in der Antike. Suhrkamp, Frankfurt a. 2009. Die Erkenntnis der Welt. Karl Alber, Freiburg i. Warum es die Welt nicht gibt. Ullstein, Berlin 2013,. 『なぜ世界は存在しないのか』 訳、選書メチエ、2018年。. , , 23. Juli 2013. , , 24. August 2013. , , 29. August 2013. Fields of Sense: A New Realist Ontology. Edinburgh University Press, Edinburgh 2015,. 脚注 [ ].

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哲学的になりすぎないこと~マルクス・ガブリエル氏との対談を終えて(國分 功一郎)

マルクス ガブリエル

マルクス・ガブリエル 1980年生まれ。 史上最年少の29歳で、200年以上の伝統を誇るボン大学の哲学科・正教授に。 西洋哲学の伝統に根ざしつつ、「新しい実在論」を提唱して世界的に注目される。 また、著書『なぜ世界は存在しないのか』(講談社選書メチエ)は世界中でベストセラーとなった。 NHK・Eテレ『欲望の時代の哲学』等への出演も話題に。 他著書に『「私」は脳ではない』(講談社選書メチエ)、『新実存主義』(岩波新書)、『神話・狂気・哄笑』(S・ジジェク他との共著、堀之内出版)など。 内外のネットワークを駆使し、「今」を伝えるニュース&解説コーナー。 マルクス・ガブリエル氏 写真:大岩央 「世界で最も注目を浴びる天才哲学者」と呼ばれるマルクス・ガブリエル氏。 すべてがフラットになり、あらゆる情報が氾濫し、何が真実なのか、真実など存在するのかわからなくなった現代を、彼はどう見ているのか。 日本の読者に向けて行われた独占インタビューを基にしたマルクス・ガブリエル氏の最新作から一部を抜粋して、世界が直面している危機に対する彼の舌鋒鋭い意見を紹介する。 (マルクス・ガブリエル、訳/大野和基) 我々はGAFAに「タダ働き」させられている 彼らを規制すべき理由 GAFA(Google・Amazon・Facebook・Apple)は、今や世界を統治しているとも言える状況にあります。 GAFAの統治を止めるべく、何か規則や法律を設けるべきだと私は思います。 身動きできないくらい徹底的に規制すべきです。 どのような理由、方法、法制度で、など議論の余地はありますが、私の提案はこうです。 GAFAはデータで利益を得ていますね。 データム(データの単数形)とは、アルゴリズムと私が行うインプットの間にある差異です。 まず、インプットとは何かについてお話ししましょう。 私がバーベキューパーティを主催したとする。 写真を撮ってアップする。 フェイスブックやグーグルは、そのアップされた写真から利益を得ます。 バーベキューパーティ自体からでは当然ありません。 でも、バーベキューパーティを主催して写真を撮るのは私です。 これは労働と言っていい。 私が手を動かしているのです。 歯牙にもかけないような会社のために価値を生み出しています。 フェイスブックが存在する前は、写真のアップなんてしようとも思わなかった。 フェイスブックがなかったからです。 恐らく写真を撮ることすらなかったでしょう。 家族のアルバム用には撮ったかもしれません。 それが、今や人々はフェイスブックのために写真を撮っている。 これはつまり、人々がフェイスブックに雇われているということです。 フェイスブックのために、文字通り働いているんです。 フェイスブックは彼らにいくら払っているか?ゼロです。 ですから、我々はフェイスブックに税金を課すべきです。 それが解決策の一つですが、法的な問題などがいろいろありますから、難しいでしょうね。 もっといいのは、税金の代わりにベーシックインカムを払わせることです。 想像してみてください。 GAFA企業が、彼らのサービスを使っている人々に分単位でベーシックインカムを払わなければならなくなったとしたら。 ドイツでの最低賃金は一時間約10ユーロです。 ですから、私がGAFAのいずれかのサービスをネット上で一時間使ったとする。 彼らはユーザーが何時間消費するか簡単にわかります。 GAFAのユーザーなら当然アカウントがありますから、彼らが提供する価値からマイナスして、私が生み出した価値を私のアカウントに紐づけることができる。 彼らは私にデータを提供してくれます。 レストランに行きたいと思ったら、レストランに関するデータをくれます。 その彼らがくれる価値を10ユーロからマイナスして払ってもらえばいい。 きっと金額に換算できます。 そんなに難しいことではない。 私の推定では、1時間につき7ユーロか8ユーロくらいになるでしょう。 これが、よりよい解決策です。 各国政府は、我々国民がGAFAに雇われているという事実を認識したほうがいい。 近いうちに、GAFAはすべてを変えるか我々にお金を支払うかのどちらかを行うと思います。 それで経済的な問題の多くは解決されるでしょう。 ネット検索をするだけでお金持ちになれるのですから(笑)。 富豪は言い過ぎかもしれませんが、十分食べていくことはできるでしょう。

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マルクス・ガブリエルはどんな存在でも認める都合のいい欲張り存在論者か?

マルクス ガブリエル

弱冠29歳で名門ドイツ・ボン大学の哲学科教授に就任したマルクス・ガブリエル氏。 彼は、日本で重要な役割を担った仏教とドイツ観念論を比較し、両国における価値観の決定的違いを指摘する。 世界最高の知性が語る、哲学の深淵とは。 日常会話で日本語は主語を使わないことからもわかるように、日本人は環境と人間が一体となった「一元論」の世界で生きているといえる。 これはドイツ人の世界認識の方法とは異なるでしょうね。 【ガブリエル】 私の日本社会に対する最近の印象を単刀直入にいうと、お互いに自己主張をしないで、ぶつからないようにする洗練された社会です。 そのやりとりは「メンタル空手」といってもいいでしょう。 アウトサイダーとしてこれを理解するのは無理ですが、それが存在していることはわかります。 日本語には「メンタル空手」を表す複雑な語彙がありますが、上下関係によって変化しますね。 それは明らかにドイツのモデルではありません。 ドイツの場合は「私対残りの現実(me against the rest of reality)」です。 「私はエゴイズムの中心であり、彼女もエゴイズムの中心である」というように、完全に自律しています。 ドイツの哲学者、ヨハン・ゴットリープ・フィヒテはイマヌエル・カントの哲学に大きく影響を受けた人です。 フィヒテの人間の営みに関する哲学は、現代のドイツの政治哲学と制度上の現実に一致していると思います。 一方、日本の歴史にとって重要なのは仏教です。 仏教の社会的現実が日本人にエゴを減らせ、と命じています。 実際、横浜を含めると3700万人が住んでいる大都市の秩序をどうやって維持し、運営するのでしょうか。 エゴを減らさないとできません。 ドイツの最大の都市はベルリンですが、3700万人もいれば、市民戦争が起きるでしょう。 ドイツの国内は混乱しています。 ドイツを統一された1つの国と考えてはいけません。 1989年に東西ドイツが統一されましたが、あまりに人工的です。 ドイツのある州から別の州に行くと、まったく違う国のようです。 フランス人は少し遅れてくる。 ドイツ人は時間どおりに来る。 スペイン人は、今日も来ないかもしれません。 しかし、そこで30分は待ってみるのが日本人です。 【ガブリエル】 それは非常に当たっていると思います。 日本は規律正しい国です。 でも、その裏にはカオスが隠れている。 日本は戦後いろいろな点で静かになった国ですが、私が編集者とお金について交渉しているとき、戦争のような気質が見られます。 日本社会にはバイオレンスも散見されます。 それは抑圧されたバイオレンスです。 日本に行くと、私の友人はそういう隠された裏の面を見せてくれます。 【ガブリエル】 ドイツの観念論は、思考の絶対的パワーを信じることです。 カントは有名な観念論者でした。 彼はドイツ観念論の源です。 カントは思考のために完璧な1日を過ごしました。 儀式をもったのです。 毎日がほとんど同じです。 ランチやディナーのために人を招待したときは例外ですが、会話のテーマによって飲み物も選択していました。 彼が行なうすべてのことは哲学について解明することでした。 他のことはどうでもよかったのです。 肉体は、Critique of Pure Reason(『純粋理性批判』)のための手段であった。 それが真のドイツの観念論です。 イデア(世界の個物の原型。 純粋な理性的思考によって認識できるとされる)の永遠性を信じることです。

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