復活の日 小松左京。 小松左京はなぜ『復活の日』を書いたのか 『復活の日』

楽天ブックス: 復活の日新装版

復活の日 小松左京

ってどこかで聞いた話のような? そう、まさに現在、2020年の新型コロナウイルス大流行を預言しているかのごとき内容で、SNSを中心に話題沸騰なんだそうな。 いや、気付いて発掘してきた人スゴイよね。 本書で描かれている「未知のウイルス」により世の中が大混乱に陥っていく過程。 現代社会は、まさにそれを現在進行形でなぞっているように思えて、半世紀以上前にこれを著した小松左京氏の慧眼にマジで恐れ入ります。 最初は小さな扱いだった新聞のウイルスの記事がトップ記事扱いへと変わり、国際面もウイルスの記事ばかりになり、各国が緊急措置命令を次々と打ち出す。 国内では、スポーツも娯楽もイベントが軒並み中止となり、経済指標がどんどん悪化していく。 やがて「報道の向こう側」にあったウイルスの流行が我が事へと迫り、病院へ人々が殺到して診察や治療を受けるために数時間も行列を作って待つ事態に。 病院では他科の医師や看護師までが駆り出されてさながら戦争状態。 そして医師や看護師も次々とウイルスにより命を失っていく。 死体は片付けられる余裕もなく、院内の廊下や台に放置されたまま。 日本政府は非常事態宣言を出すかどうか、自衛隊を出動させるかどうかで紛糾。 都会から逃げ出して、(ウイルスが蔓延していないように見える)地方へ疎開しようとする人々と、そんな人々を入れまいとする地方の人々の間で発生する小競り合い。 ・・・これ、現在のことじゃないですよ。 この小説で描かれていることですよ。 しかも蔓延し始めた季節が春の始め頃という設定までもが現在の状況と重なっていて、よりリアル。 こんな昔に描かれた大混乱を、50年以上も経った世界に生きる私たちが全く同じようになぞっている・・・。 人間は進歩しているのだろうか?と愕然とさせられます。 ちなみに、本書の中にはこんな文章があって。 病原体は、それ自体のもっている 毒性以外のさまざまな要素によって、はじめて社会的問題になる。 まずその病原体が、まだどこでも知られていないこと。 (真偽のほどは定かではないものの)新型コロナウイルスも人為的に作られたものが漏れ出したのでは?なんて噂もありますが、もし仮にそれが真実だったとしたら、社会に与えるインパクトを最大化するよう絶妙に計算された毒性と感染力だな・・・と思わずにいられないですよね。 ただ、既存のいくつかの薬が新型コロナウイルスには効果がありそうだと言われていることが、この小説の設定とは異なるせめてもの救いでしょうか・・・。 行き着く先は・・・ とは言え、こうも現代とそっくりの過程が描かれていると、その先はどうなるの?ってやっぱり気になりますよね。 結論から言いますと・・・。 さらなる悲惨な日々が描かれた後に。 1万人程度の人間を残して、ほぼ人類は全滅するというストーリーです。 ま、小説だからね!と片付けてしまうのは簡単なのですが、でも種の滅びというのは、こういう形で気付かないうちに密やかに始まるのかもしれないな・・・と思わされるリアルさがありました。 今だから読みたい1冊であると同時に、あまりのリアルさに今読むには刺激が強すぎる1冊とも言えますかね。 新型コロナとの戦いが無事に終わった暁には、全力でおススメしたいですが。 ただ、タイトルに「復活の日」とあるように、人類滅亡でストーリーが終わるわけではありません。 とあることをきっかけに蔓延していたウイルスが無毒化され、残された1万人余りの人々が復活へ向けて歩み始めるシーンで終わるのですが、このウイルスを無毒化したものもまた、かつて人類を恐怖に陥れた軍事競争の産物だったという、なんともアイロニックな結末で。 希望のラストシーンなのか、再び悲劇へと邁進するラストシーンなのか・・・、何とも言えない読後感の1冊でありました。 おススメですが至極難解 ということで、後半にいくほど先が気になってページをめくる手が早くなってしまう本書ですが。 正直言いますと。 めちゃくちゃ読みにくいです。 ウイルスの説明なんかも専門的で小難しいし、比喩も多くて文章は回りくどいし、登場人物や場面が次から次へと変わるのでなかなか頭に入ってこない。 いやぁ・・・。 昔の小説って難解だよね。 とつくづく思いました。 この時代って、皆さんこんな難解な小説を娯楽として楽しんでいたんですかね。 最近はサラッと読みやすい小説が多いので、なかなかこういう難解な文章は取っつきにくく、 人間ってだんだんバカになっているのかもしれんのぅ。 なんて思ってしまいました。 え?バカなの私だけ? たまにはこういう難解な文章を読んで、易きに流れがちな脳の力を鍛えた方がいいかもしれませんね。 今月はこれでやっと2冊目と、読書量がめちゃくちゃスローペースです・・・。

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復活の日 改版の通販/小松 左京 角川文庫

復活の日 小松左京

ってどこかで聞いた話のような? そう、まさに現在、2020年の新型コロナウイルス大流行を預言しているかのごとき内容で、SNSを中心に話題沸騰なんだそうな。 いや、気付いて発掘してきた人スゴイよね。 本書で描かれている「未知のウイルス」により世の中が大混乱に陥っていく過程。 現代社会は、まさにそれを現在進行形でなぞっているように思えて、半世紀以上前にこれを著した小松左京氏の慧眼にマジで恐れ入ります。 最初は小さな扱いだった新聞のウイルスの記事がトップ記事扱いへと変わり、国際面もウイルスの記事ばかりになり、各国が緊急措置命令を次々と打ち出す。 国内では、スポーツも娯楽もイベントが軒並み中止となり、経済指標がどんどん悪化していく。 やがて「報道の向こう側」にあったウイルスの流行が我が事へと迫り、病院へ人々が殺到して診察や治療を受けるために数時間も行列を作って待つ事態に。 病院では他科の医師や看護師までが駆り出されてさながら戦争状態。 そして医師や看護師も次々とウイルスにより命を失っていく。 死体は片付けられる余裕もなく、院内の廊下や台に放置されたまま。 日本政府は非常事態宣言を出すかどうか、自衛隊を出動させるかどうかで紛糾。 都会から逃げ出して、(ウイルスが蔓延していないように見える)地方へ疎開しようとする人々と、そんな人々を入れまいとする地方の人々の間で発生する小競り合い。 ・・・これ、現在のことじゃないですよ。 この小説で描かれていることですよ。 しかも蔓延し始めた季節が春の始め頃という設定までもが現在の状況と重なっていて、よりリアル。 こんな昔に描かれた大混乱を、50年以上も経った世界に生きる私たちが全く同じようになぞっている・・・。 人間は進歩しているのだろうか?と愕然とさせられます。 ちなみに、本書の中にはこんな文章があって。 病原体は、それ自体のもっている 毒性以外のさまざまな要素によって、はじめて社会的問題になる。 まずその病原体が、まだどこでも知られていないこと。 (真偽のほどは定かではないものの)新型コロナウイルスも人為的に作られたものが漏れ出したのでは?なんて噂もありますが、もし仮にそれが真実だったとしたら、社会に与えるインパクトを最大化するよう絶妙に計算された毒性と感染力だな・・・と思わずにいられないですよね。 ただ、既存のいくつかの薬が新型コロナウイルスには効果がありそうだと言われていることが、この小説の設定とは異なるせめてもの救いでしょうか・・・。 行き着く先は・・・ とは言え、こうも現代とそっくりの過程が描かれていると、その先はどうなるの?ってやっぱり気になりますよね。 結論から言いますと・・・。 さらなる悲惨な日々が描かれた後に。 1万人程度の人間を残して、ほぼ人類は全滅するというストーリーです。 ま、小説だからね!と片付けてしまうのは簡単なのですが、でも種の滅びというのは、こういう形で気付かないうちに密やかに始まるのかもしれないな・・・と思わされるリアルさがありました。 今だから読みたい1冊であると同時に、あまりのリアルさに今読むには刺激が強すぎる1冊とも言えますかね。 新型コロナとの戦いが無事に終わった暁には、全力でおススメしたいですが。 ただ、タイトルに「復活の日」とあるように、人類滅亡でストーリーが終わるわけではありません。 とあることをきっかけに蔓延していたウイルスが無毒化され、残された1万人余りの人々が復活へ向けて歩み始めるシーンで終わるのですが、このウイルスを無毒化したものもまた、かつて人類を恐怖に陥れた軍事競争の産物だったという、なんともアイロニックな結末で。 希望のラストシーンなのか、再び悲劇へと邁進するラストシーンなのか・・・、何とも言えない読後感の1冊でありました。 おススメですが至極難解 ということで、後半にいくほど先が気になってページをめくる手が早くなってしまう本書ですが。 正直言いますと。 めちゃくちゃ読みにくいです。 ウイルスの説明なんかも専門的で小難しいし、比喩も多くて文章は回りくどいし、登場人物や場面が次から次へと変わるのでなかなか頭に入ってこない。 いやぁ・・・。 昔の小説って難解だよね。 とつくづく思いました。 この時代って、皆さんこんな難解な小説を娯楽として楽しんでいたんですかね。 最近はサラッと読みやすい小説が多いので、なかなかこういう難解な文章は取っつきにくく、 人間ってだんだんバカになっているのかもしれんのぅ。 なんて思ってしまいました。 え?バカなの私だけ? たまにはこういう難解な文章を読んで、易きに流れがちな脳の力を鍛えた方がいいかもしれませんね。 今月はこれでやっと2冊目と、読書量がめちゃくちゃスローペースです・・・。

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小松左京「復活の日」?

復活の日 小松左京

も、未読やったらいっぺん読んでみ、ですよね〜! なぜ私は今の歳まで小松作品に出会わなかったのか…。 ハルキ文庫が田舎の本屋には置いてなかったとか、知的レベルが追い付いてなかったとか… はまあ置いといて。 以下ネタバレもあります*印象に残ったとこ。 物語は南極で幕を開けるんですね〜 「南極大陸」放映中でタイムリー。 後半で「南極は象徴だ」ていうのが出てきて、あ〜うまいこと言う。 パンが行き渡った世界で人間はどう生きるか。 これ先進国ではまさに皆の問題。 テレビ講座最終回で哲学の役割を一章まるまる使って話す教授の言。 学問が人類のためにできること、やらなければならないこと。 東日本大震災を思う。 そして無人の世界での核兵器の応酬という悪夢。 核酸だけで増殖するウイルスが、細菌を隠れ蓑にして人体を破壊する、というアイディアも刺激的。 しかも元々は宇宙産でCB兵器の研究から漏れたやつ。 あとがきで出てくる、「有限性」というキーワード。 がんばらないとこれを意識できない昨今の若者たる私。 死はそばにあるのに…見えてない。 繰り返し出てくるイメージ… 宇宙、地球、人類の儚さ。 あの大地震も津波も、ほんのちょっと皺がよったりゆらめいたりする程度のことなのだという感覚。 語りだすときりがないな。 これが昭和39年に書かれてるんやね…。 インターネットとか出てこないのに、古くないんだよな、ふしぎ。 初の小松左京作品だが、 書かれてから何十年と経っているにもかかわらず 全く色褪せない傑作を読み終えた満足感に胸がいっぱい。 終末・破局ものというジャンルに位置づけられるが どうして終末を迎えてしまったのかという原因と どのようにして終末に至っていったかという過程の 描写が緻密かつ秀逸で、 終末ものというジャンルは今でも数が多いが 今の作品群とは比較にならないくらい 設定と描写が練りこまれている。 良くも悪くも単なるSF娯楽小説に留まらない 作者による文明論、人類論、ヒューマニズムが 色濃く投影されていて、昨今の小説では そういった作品が少なくなっているだけに 好き嫌いはあるだろうが、 作品に深みを与えていたように思う。 映画は学生時代に草刈正雄主演で観ていた。 1998年に820円の定価だったものが今回1500円以上になっていました。 コロナだったから購入したのか、何なのか動機は忘れましたが、映画の原作でもありますし、読むことにしました。 今のコロナ騒ぎと本当にリンクしてびっくりです。 終わり方は映画と原作では大分違いました。 付箋 ・「祖国」を口笛で ・ウイルス! この世の中の宰相の生命体。 物質と生命との境界領域にひろがる、極微の謎。 解明のメスが進むにつれ、そのはらむ複雑性はますます深まって ・「人類」にとって、災厄というものは、常に一過性のものにすぎない 小ぢんまりとした「文明」を享受してきた日本の人々には、文明と国土に対する無条件の信頼があった ・だれかがそれをやらねばならないから、やむを得ずそれをやるのだ。 とても面白かった…。 まず第一部。 インフルエンザ怖い。 ウイルス怖い。 おいおいふざけんな、ってくらいに人間の愚かしさが不運に乗って波状攻撃を仕掛けてくるので、なにもそこまでせんでも!と天を仰ぎたくなりました。 実に絶望的滅亡。 しかしタイトルが『復活の日』であるからには、ここから人類は復活を遂げるはずである、と思って読んでも読んでも全然その兆しがない。 …まあ、というよりは滅亡までの道のりが実に丁寧に描かれているのだけど。 そしてようやく訪れる第二部復活の日。 ここは思いの外勢いよく話がすすみました。 しかし最後の最後まで人は自らの愚かしさに祟られるのか…。 ここまでくるとむしろ楽しくなってくる。 そして最後に語られる人類復活の要因は…これも皮肉。 うん、実にしびれました。 いやあ、面白かった。 小松左京の傑作SF長編小説。 未知のウィルスが猛威を振るって世界中の人間達が死に絶えてゆく過程を丹念に描きながら、南極基地に残された僅か一万人という人類の生き残りが、人類の文明社会が復活する日を待ち望んで苦闘し続ける話。 さすが名作中の名作、SF界の金字塔、文句なしに面白い。 もはやSFというジャンルを超えた、人類の未来を問う重厚で壮大な哲学書のようでした。 作者が丹念に人間という存在を描き込んでいるため随所にリアリティが感じられ、もう何十年も前の作品なのにまったく古臭さを感じない。 現代では新しい技術や知識が大量に出回っている筈なのに、最後まで圧倒されっぱなしだった。 やはり戦時中に作者が多感な少年期を過ごし、敗戦体験とそこからの復興を肌で知る世代だからこそ、ここまで真に迫る人類の破滅と未来について描ききるだけの思想が培われたのだろうなあと思った。 小松左京(こまつ さきょう) 1931年大阪生まれ。 京都大学文学部卒(イタリア文学専攻)。 経済誌記者、放送作家などを経て、1962年『S-Fマガジン』誌に登場。 代表作に『復活の日』『果しなき流れの果に』『日本沈没』(日本推理作家協会賞)『首都消失』(日本SF大賞)など。 『大震災'95』『未来の思想』『歴史と文明の旅』ほかノンフィクション作品も多数。 大阪万博ではサブテーマ委員、テーマ館サブプロデューサーを務めた。 2011年7月26日逝去、享年80。 2011年、第42回星雲賞特別賞受賞。 2012年、日本SF作家クラブ特別功労賞受賞。 「2020年 『生賴範義画集 〈SAKYO〉』 で使われていた紹介文から引用しています。

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