千田麻未 霊視。 吉川友梨ちゃん行方不明事件の真相&両親や兄など家族まとめ!霊視の結果とは

未解決事件簿『室蘭女子高生失踪事件』

千田麻未 霊視

当時高校 1 年生だった 千田麻未さんは、自宅からアルバイト先であるパン屋へ向かう途中で姿を消し、 18 年経った現在も発見には至っていません。 人通りの多い繁華街で白昼に起きた失踪事件は謎が多く、不可解な点もあったため、全国で大きな話題となりました。 事件が起きた当日は公立 高校入試日だったため、千田麻未さんの通っていた北海道立室蘭栄高校を含め、周辺の高校は全て休校でした。 千田麻未さんは普段、自宅からほど近いパン屋でアルバイトをしていましたが、この日は 自宅から 7km ほど離れたパン屋の本店でコーヒーの講習を受ける予定だったと言います。 パン屋の本店で 13 時過ぎにオーナーと会う約束をしていて、ジーンズにベージュのブレザーで、バーバリーのマフラーに緑色の革靴姿で自宅を出た千田麻未さん。 しかし、 13 時 46 分に千田麻未さんは 交際相手と PHS で会話をしたのを最後に、消息を絶ったのです。 自宅を出発しパン屋の本店へ向かうまでの間、 千田麻未さんは数々の不可解な行動をとっていたことや、これだけの繁華街にも関わらず、有力な目撃情報もなかったことなどから捜査は難航。 事件に巻き込まれたのか、家出だったのか、真実は分からないまま、そして千田麻未さんの行方も安否も分からないまま、捜査は幕引きとなりました。 naver. 忽然と姿を消した当時 16 歳の千田麻未さんとは、どのような人物だったのでしょうか。 千田麻未さんが通っていた北海道立 室蘭栄高校は、市内でも有数の進学校で、千田麻未さんはその中でも トップクラスの成績を誇る優等生でした。 また、容姿端麗で男子生徒のファンも多かったと言い、噂では ファンクラブまで存在していたと言います。 そのファンクラブには他校の生徒もメンバーとして加わっていたとも噂されていて、まさに才色兼備な人気者だったようです。 さらに友人の話によれば、 とても真面目で几帳面な性格だったそうで、手帳を作るのが好きだったそう。 きちんと予定を管理し、時間通りに行動する性格だったため、事件当日の千田麻未さんの行動にはより一層疑問が残る、と友人たちは口を揃えて証言しています。 室蘭女子高生失踪事件当日の千田麻未さんの足取りまとめ 事件が起きた 2001 年 3 月 6 日、千田麻未さんの足取りを以下にまとめました。 ただし、これらは全て千田麻未さんの関係者や目撃者からの証言を基にしたものであるため、その証言が全て正しいと仮定した上での足取りです。 証言した人の中に嘘を言っている者がいたことも考えられますが、警察の捜査上では関係者や目撃者の証言に嘘があったという情報もありませんでした。 【 11 時 30 分頃】 「午後 1 時過ぎに行きたいのですが、オーナー 同店長 はいますか?」と、女性従業員と会話しています。 普段、千田麻未さんは自宅から 4km 程のところにある、このパン屋の支店でアルバイトをしていましたが、学校帰りに行けるようにと 本店での勤務を希望したそうです。 しかし、そのためにはコーヒーの講習を受ける必要があり、この日その講習のために本店へ向かおうとしていました。 また、この日は公立高校入試のため、千田麻未さんも学校が休みで、制服ではなく 私服で出かけました。 ジーンズにベージュのブレザーで、バーバリーのマフラーに緑色の革靴姿で、至って普通の女子高生ファッションだったそうです。 電話で、直接はオーナーと話はしていませんが 13 時過ぎに会うアポを取り、千田麻未さんは自宅を出ました。 千田麻未さんがバスに乗り込むと、後部座席にすでに友人が乗車しており、この友人の証言ではバスに乗った千田麻未さんが自分に向かって手を振っていたと言います。 バスで 30 分ほどのところにパン屋の本店があるため、この時すでに 約束の時間に間に合うギリギリでした。 しかし、ここから千田麻未さんはとても不可解な行動に出ます。 【 12 時 56 分】 千田麻未さんが乗ったバスは、パン屋本店の最寄りバス停である「東通り」に 12 時 56 分に到着しました。 しかし、千田麻未さんはなぜかここで 下車せず、そのままバスに乗って最寄りバス停を通り過ぎたのです。 パン屋の本店に行くと言った 約束の 13 時を過ぎているにもかかわらず、千田麻未さんはバスを降りると室蘭サティに立ち寄って時間を潰すようにうろついていたと言います。 13 時 04 分から 13 時 26 分の間、化粧品売り場で何もせずに過ごしている千田麻未さんの姿が店の防犯カメラに映っていたので、この情報は正しいものと考えられます。 20 分以上の時間をそこで潰した後で、千田麻未さんがサティを出たところで、 同級生の男子生徒が千田麻未さんを見かけ、道路越しに挨拶をしたと証言しています。 【 13 時 31 分】 店を出た千田麻未さんは「東町 2 丁目」のバス停を 13 時 31 分に発車するバスに乗り、 「東通り」のバス停で 13 時 41 分頃に下車したと推測されます。 しかし、実はこのバスには 23 人もの乗客が居たのに、千田麻未さんの目撃したという情報は得られていません。 道南バスによれば、この時通学定期券を使って乗車した人が 1 人だけだったことから、これが千田麻未さんだったのではないかと考えられますが、残念ながらあくまで推測でしかありません。 【 13 時 42 分】 千田麻未さんがバスを降りてすぐ、当時交際していた男性が千田麻未さんの PHS に電話をかけ、「 今、下に着いたよ」と言ったそうです。 室蘭市では、市街地のことを「下」、千田麻未さんが住んでいた高台の白鳥台のことを「山」と言う習慣があるそうです。 千田麻未さんがこの時言ったのは、パン屋本店のある市街地に到着したという意味だと考えられます。 また当時、 PHS の記録を見てもアンテナの中継場所がパン屋本店のある東通り付近を示していたことが分かっているので、この時間にパン屋本店付近にいたことは間違い無いでしょう。 【 13 時 46 分】 その後、再び交際相手が千田麻未さんに電話をかけた際には、千田麻未さんは「 今話せないから、あとで掛け直すね」と言って電話を切ったそう。 これが、千田麻未さんが消息を絶つ前の 最後の会話となってしまいました。 この時、話をした交際相手は千田麻未さんが「 室内にいる気がした」と証言していて、「特に緊迫した様子などはなかった」と話しています。 では、なぜ千田麻未 さんは、約束の時間を過ぎているにもかかわらず、パン屋本店の最寄りバス停を通り過ぎて、 ショッピングモールの化粧品売り場をウロウロしていたのでしょうか。 しかも、 少し時間を潰した後、わざわざバスに乗ってパン屋本店の最寄りバス停へ戻っていたという行動はかなり不可解です。 考えられるのは、千田麻未さんがパン屋の本店に電話をしてアポを取った際、対応した女性従業員が証言した「 13 時過ぎ」という約束の時間自体が記憶違いだったという可能性です。 もし、女性従業員の記憶違いだったとすれば、今度は会う約束をしていたオーナーの証言も重要になってきます。 パン屋本店のオーナーは「昼過ぎに来ると思い、 13 時 30 分まで店で待っていたが来なかったため外出しました。 その後体調がすぐれなかったので、家で寝ていました」と証言。 ということは、やはり約束の時間は 13 時過ぎで、女性従業員の証言は正しかったと思われます。 オーナーは、時間になっても現れない千田麻未さんのことを気にかけて彼女を探しに外出したと話しています。 時間に遅れた時点で何かあったのかと心配するのは当然です。 しかし、まず電話をして、繋がらなくて心配になり、探しに行く…というのが一般的に考えられる順序だと思います。 ましてや、几帳面で真面目な性格で知られていた千田麻未さんの場合はなおさらです。 千田麻未さんの PHSに連絡はせず、店を出して探しにいって、見つからなくて家へ戻って寝ていた、というオーナーの話はやはり筋が通っているとは思えません。 youtube. また、最後の電話で、交際相手の男性は「室内にいる気がした」と話していることから、千田麻未さんが失踪する直前に最後に会っていたと考えられるのが、パン屋のオーナーです。 オーナーの証言は信憑性に欠けることや、最後に会った人物として最も有力だと考えられること、そしてオーナーが体調不良で家で寝ていたというアリバイを証言する人もいませんでした。 さらに、これは警察から公表された情報ではありませんが、 そもそもコーヒーの講習など存在しないと証言している従業員もいたそう。 しかし、コーヒーの講習を行うという名目で麻美さんはパン屋の本店に向かったわけですから、やはりオーナーへの疑いは拭いきれません。 また、当時この事件を独自に調べていた自称探偵の人のサイトには、「パン屋の本店が入っていたビルはオーナー所有のビルであり、階上の空き室を居住スペースに使っていた可能性がある」と記述されています。 そのため、空室で千田麻未さんを監禁殺害したという説を支持する人も多いそう。 繁華街で起きた事件と言っても、パン屋の本店を少し入れば人通りが少なめの中央分離帯のある道で、もう少し裏手には森もあったり、近くで大きな工事が行われていたため騒音で紛れることも可能でした。 つまり、実際には人目につかないように犯行に及ぶことが可能な環境だったようです。 そのため、警察もまず初めにパン屋のオーナーを疑い、 3 日間に渡って任意の事情聴取を行いました。 そして、所有する車両の押収、自宅と店の捜索などありとあらゆる手を尽くしてオーナーが事件に関わっている証拠を掴もうと、懸命に捜索が行われました。 しかし、事件の手がかりとなる、 千田麻未さんの髪の毛1本見つけることができず、オーナーは釈放されています。 ただ、その後も執念深くオーナーの周辺は調べられており、オーナーが被疑者として疑われていることが噂になると、 パン屋は閉店を余儀なくされました。 オーナーはその後、別の土地へと移り住む際に 自身が住んでいた家を取り壊したそうです。 これを怪しんだ警察は、更地になった土地をわざわざ重機を使って掘り起こして基礎の部分まで徹底的に調べました。 もしかしたら千田麻未さんの死体が埋まっているかもしれない、と思ったからです。 しかし、そこまで調べても千田麻未さんの手がかりは何1つ出ては来ませんでした。 なぜなら、ファンクラブができるほどの人気者だった千田麻未さんに、 交際相手がいるという話は一切誰も知らなかったからです。 千田麻未さんは成績優秀、真面目で、顔立ちもとても綺麗な、まさに才色兼備な女性でしたから、特に男性からの人気が高かったと言います。 男性たちは寄ってたかって千田麻未さんと「お近づきになりたい」「交際したい」という願望を持っていたはずですし、高嶺の花な存在だったはずです。 もし千田麻未さんに交際相手がいたら、誰か 1 人くらいその事実を知っていてもおかしくありません。 取り巻きの男性たちも、千田麻未さんと親しかった友人も、交際相手の存在を知らなかったというのは確かにちょっと不思議です。 また、パン屋のオーナーの証言によると、千田麻未さんは当時 ストーカー被害に遭っていたと言います。 オーナーによると、「いたずら電話が多いから、知らない電話番号は出ないようにしている」と話し、自宅近くにもストーカーがいるため、アルバイトを早番にしてほしいとの相談も受けていたそうです。 周囲が千田麻未さんと交際相手のことを知らなかったことから、実際には交際相手ではなく、ストーカーだったのではないかという噂が流れたのです。 ただ、思春期の男女なので交際を周りに話していないというケースも珍しくないですし、交際して間もなかったとしたら、まだ知られていなかったことにも納得できます。 千田麻未さんが最後に電話で会話をしたと思われるのも交際相手で、千田麻未さんの足取りに関して重要な証言も彼から得られています。 ですから、交際相手が犯人なのではないかというのは、事件が解決に至らなかったため、様々な憶測が飛び、地元の人たちの間で流れた単なる噂でしかありません。 最後の電話の様子や会話の内容など、重要な証言をしていますが、それ以外には警察から疑いをかけられたという話もなかったので、捜査の中で交際相手に不可解な点はなかったと言えます。 拉致被害者として知られる横田めぐみさんも、同様に白昼堂々、人通りの多いところで拉致されています。 北朝鮮の工作員による拉致は、特定の場所で行われることが多いとされ、千田麻未さんが拉致された付近でも過去に 1 件例があったため、この説が疑われています。 また、千田麻未さんが室蘭サティからパン屋本店に向かうために乗ったバスには 23 人の乗客が乗っていましたが、実は 3 人の身元が分かっていないという情報があります。 これだけ白昼堂々、女子高生を拉致してどこかに監禁し、殺害、死体遺棄までを誰にも見つからず、しかも証拠も残さず行うというのは、現実的には不可能に思えます。 sankei. 本来、失踪事件や誘拐事件だと考えられる場合には、即座に警察犬が捜査に導入されます。 しかし、なぜかこの捜査では初期の時点で警察犬を導入しなかったため、千田麻未さんの行方が分からなかったのです。 失踪当日の時点で警察犬を導入していれば、千田麻未さんの足取りは掴めたはずですし、もしも監禁されていた場合や、殺害され遺棄されていた場合にも、発見に至った可能性が高いです。 本人の行方が分からない以上、残念ながら捜査は難航して当然です。 友人や交際相手からは証言を得られましたが、街での聞き込みなどでの証言はあまり得られませんでした。 その理由として、この日千田麻未さんが私服で出かけたため、制服を着ていなかったということが挙げられます。 制服を着ていれば、どこの高校の生徒なのかということがひと目で分かりますから、バスに乗っていても街を歩いていても人の目につきやすいものです。 しかし、私服を着ていた千田麻未さんは、 街に溶け込んでしまい、なかなか重要な目撃情報を得ることできなかったと考えられます。 行方不明者の捜索には目撃情報が必須となるので、目撃情報が極端に少なかったこの事件は未解決となってしまったと言えます。 naver. テレビ番組でも扱われ、 霊視による犯人探しや 千田麻未さんの居場所探しが行われたこともあります。 しかし、これも解決には至りませんでした。 未解決事件として処理され、その真相は闇の中ですが、 ご家族、特にご両親の心中を察すると本当に胸が痛くなります。 ご家族はそれでも、もしかしたら元気な姿で帰ってくるのではと信じて待っているでしょう。 何か1つでも手掛かりになる情報をお持ちの方は、是非とも室蘭警察署まで一報をお願いしたいです。 千田麻未さんの無事を祈るばかりです。 まとめ 2001 年に起きた室蘭女子高生失踪事件は白昼堂々、繁華街で起きました。 千田麻未さんの行動や、関係者の行動、証言について不可解な点がいくつもある事件でしたが、結局真相の解明には至っていません。 せめて千田麻未さんの発見を、と願いますが、それさえも叶わず、未解決事件となっています。 どんな些細なことでも千田麻未さんに関する情報が室蘭警察署に届き、1日も早く千田麻未さんが家族の元へ帰る日を願うばかりです。

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日本で起きた神隠し事件17 【真相】と【考えられる原因】

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知恵袋での貴方様のプロファイリングに感銘を受けた者です。 特に、下のご回答の正確性には驚嘆いたしました。 また、世田谷一家殺害事件のものについても、興味深く読ませていただきました。 もしよろしければ、室蘭女子高生失踪事件についても、プロファイリングをしていただきたいのですが、お願いできますでしょうか? この事件は、解決が簡単そうに思えたので、当時から、どうして見つからないのかと不思議に思っていました。 それと、貴方様は、どのようにして、プロファイリングの能力(?)を磨かれたのでしょうか? やはり、書籍等で学ばれたのでしょうか? 以前存在していた「プロファイル研究所」というサイトのアカデミックな分析が、私は好きでした。 (私は、犯罪心理学とは無関係な学生です。 ) そのサイトの管理人の方は、大学院で犯罪心理学を学ばれた方のように感じました。 差支えなければ、教えていただけますと幸いです。 よろしくお願い申し上げます。 まずは、取り掛かりが遅くなりました事、お詫び致します。 当方、事件概要は把握しておりましたがこの事件について語るのは初めてとなります。 事件は、平成13年3月6日(火)北海道にある9万人程度のさほど大きくない港町、室蘭市でその失踪事件は発生した。 失踪当時、室蘭栄高校に通う高校一年生、千田 麻未(ちだあさみ)さん、高校仲間の間では【ちっちゃん】というあだ名の少女。 この事件を語るにあたり、怪しい人物として、やはり、麻未さんがバイトに通っていたパン屋のオーナー(O氏)をのぞいてしまっては、話にならない。 時間になっても、バイト先のパン屋に麻未さんが現れないという事で、13時40分頃、O氏が「車で麻未さんを探してくる」とパン屋でパート従業員をするおばちゃんに伝え、O氏はパン屋を出ている。 それっきり、その日はO氏はパン屋に現れなかった。 店を閉める時間になり、パート従業員がO氏の自宅に電話したが、O氏の代わりに電話に出たO氏のお母さんが「息子はもう寝た」と伝え、O氏はパン屋に現れることはなかった。 6日のO氏の後午13時40分以降のアリバイが無い事から、警察も当初からO氏の徹底マークを行った。 麻未さんと連絡が取れなくなった翌日から、警察は3日間、O氏を警察署に拘束し、事情聴取を行うが証拠をつかめずに解放。 O氏は、TV局の麻未さん失踪に関する取材に対しても【モザイクを掛けることを条件】に取材には応じている。 覚えていない。 家に帰って、具合が悪いので寝た。 という証言ばかり。 O氏の母親も、O氏と同様の供述をしているが、身内の証言は証拠にならない。 「O氏は麻未さんの事が好きだったんでしょうね。 そのうちの、3階、4階はO氏が自由に出入りできる空き部屋だったが、警察の見落としで、その3階、4階は未捜査。 PHSの13時46分頃の電波はパン屋から徒歩1分程度しか離れていない「東通」停留所付近だった事がわかっている。 ちなみに、O氏は当時独身で、パン屋の主婦従業員(30歳後半)と不倫中であった。 O氏の好みの女性は、細身の若い女性というのが、当時のパン屋従業員の中で広まっていた。 また、こんな噂もある。 当時事件に従事した捜査員が漏らした内容とのことであるが、「O氏宛てに数本のビデオが梱包された小包がビデオ業者から届いていた。 内容はすべて、女子高生監禁レイプ関係であったと」 これも事実だとしたら、麻未さんは好みの女性ドストライクという事になる。 しかし、捜査もむなしく、いまだ犯人逮捕には至っていない。 当方は、警察でも事件関係者でもないが、O氏の捜査見落としがまだあったのではないかと思います。 O氏が「6日後午13時に、コーヒー講習の為に麻未さんがパン屋に出勤する」という供述をしていますが、実は、麻未さんとは【14時にパン屋に来るように】としていたのではないかと推測します。 学校での態度も真面目で、頭も良いと評判の麻未さんが14時を13時と聞き間違ったとも考えにくい。 バイト先での勤務態度も問題なかったとされる麻未さんが、事件当日だけ、のうのうとサティ(百貨店)で待ち合わせ時間が迫る中、化粧品コーナーで時間を潰すとも考えにくい。 O氏だけ【麻未さんは14時にパン屋に来る】と知っていたら、13時40分頃、パン屋の外で待ち構えて、バスから降りてくる麻未さんをパン屋の従業員に見つかることなく拉致することも可能だったのではないかと。 そうなると、O氏が犯人だとした場合、つじつまが合ってくる。 O氏も現在、室蘭市で珈琲ショップを経営し、生きているだろうと思われ、これ以上の事は控えますが、いまだにO氏の拭えない部分があることは間違いない。 麻未さんが生きていたとしたら、事件発生から13年経過するので、29歳かそろそろ30歳になる頃だろうか。 勤勉で家族思いの一面もあったという麻未さんが、自由な状態にあるとしたら、この長い失踪期間に家族へ連絡くらいは入れているだろう。 それも無いということは、完全に軟禁、または拘束状態にあるか、最悪、この世に存在していない可能性も考えなくてはならない。 少なくとも、麻未さんが望んでいる環境下に置かれていない事は間違いない。 犯人は事件当時【室蘭市に在住していた人物】【男性】【麻未さんがストーカーと言っていた人物】となると【麻未さんが言っていた年上の男性】【麻未さんを拉致・監禁できる準備をしていた人物】【若年女性に興味のある人物】。 申し訳ないが、O氏は当方のいずれの推測にも該当する。 パン屋は、麻未さん失踪事件後、閉店している。 地元では、やはりオーナーであるO氏の疑いが残り、パン屋の利用客も激減したことにあるらしい。 室蘭警察署並びに、北海道警察は犯人を逮捕できずにいるが、既に接触している人物に犯人はいたのではないだろうか。 証拠不十分のため、犯人を追い詰めることができなかった事件例だと思います。 千田麻未さんが元気な姿で家族のもとに帰ることができることを祈ります。 最後に 当方のプロファイリングについてお聞きしたいということでしたので。 犯人像に迫る時は、自分自身を事件の犯人に置き換え、警察から逃げるための行動や考えを脳内シュミレートします。 事件自体もそうです。 犯行現場から見えてくる、物証、痕跡から、何故そんな状況のまま事件現場は残されていたのか、何故そうしなければならなかったのか、大きな観点から小さな観点に集中していき、自然な流れの中から解決の糸口を探ります。 当然、犯人も捕まりたくないので、隠蔽しようと様々な【だまし】を現場に残す可能性もありますが、【騙しきれない】部分も必ず残します。 そこを解決の糸口に犯人像に近づくのが当方のやり方です。 道を間違えたかなと思うことも40歳過ぎてから思うこともあります。 知恵袋上でプロファイリングをし、手応えを掴んだのは、栃木小1女児殺人事件でしょうか。 逮捕後、当方も目を疑う程犯人像が当たっていました。 あれは、結構閲覧数も伸び「お前が犯人だろ!」と数回叩かれました。 要は当方、弟ですね。 当方の親は兄を立てるため(名目上)兄には新品のもの、弟には兄のお古をという習慣の家で育ちました。 なので、兄のおもちゃを、兄がいない少ない時間で、兄のおもちゃで遊び、最後には、慎重かつ丁寧に兄にバレないように、元の場所に戻す。 これが当方の習性となりました。 なので、今でも、何か事を起こすとき、最初の状態を理解し記憶してから、何事も行動を起こすという癖が抜けていません。 その習性を利用して、事件後の現場現場を映像で見たり、情報を聞き取るだけで、他の人とは何段階か違う視点から最初の状態を見ようとし、そこからの違和点を見つけて掘り下げているのかもしれません。 室蘭女子高生失踪事件も含め、参考になったかわかりませんが、こんなところです。 未解決事件を風化させない為にも、自分達の様な存在は必要だともあらためて思います。 コナン野郎と言われようとも、続けていきます。 今までの当方投稿プロファイリング ・伊藤華奈さん行方不明事件で感じたこと (厚別女性死体遺棄事件・容疑者死亡のままH27・1・22起訴・立件) ・札幌市で遺体が発見されましたが… (厚別女性死体遺棄事件・容疑者死亡のまま起訴・立件) ・福井県九頭竜湖での女性死体遺棄事件 (まどかさん九頭竜湖冷蔵庫死体遺棄事件) 今後も、未解決事件または、今後起こるであろう難解な事件が発生した場合、ご連絡いただければと思います。 今後とも、よろしくお願い致します。

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北海道室蘭女子高生失踪事件 千田麻未さんの行方

千田麻未 霊視

「吉川友梨ちゃん行方不明事件」とは、2003年5月20日に大阪府熊取町で、当時町立北小学校4年生だった 9歳の吉川友梨ちゃんが、下校中に行方不明になった事件です。 普段は遅くても午後5時までには帰宅していた吉川友梨ちゃんが、この日はその時間を過ぎても帰ってくる様子がありませんでした。 心配になった父親と母親、兄は3人で近所を探し回り、心当たりのある場所は全て当たるも、吉川友梨ちゃんは見つらず、午後7時半頃になって警察に通報しました。 駆けつけた警察は誘拐事件と判断し、吉川友梨ちゃんの自宅で犯人からの連絡を待ちました。 しかし、一晩たっても連絡がなかったことから、翌日には公開捜査に切り替えられることになります。 公開捜査に切り替えるも有力な手がかりが見つからないまま… 警察が公開捜査に切り替えたことで、すぐに情報提供を呼びかける吉川友梨ちゃんの特徴を書いたビラが配られましたが、犯人特定に繋がる有力な情報は得られませんでした。 そして、 延べ7万人の警察官を動員し、吉川友梨ちゃんの行方が徹底的に捜索されました。 大阪府警は、吉川友梨ちゃんが失踪した現場と見られている七山周辺で聞き込みをし、車両のナンバープレートを記録するNシステムの解析などを行いました。 その結果、周辺をうろついていた「黒色セダン」「赤色乗用車」「白色ワゴン」「白色ライトバン」の4台が不審車両として浮上しましたが、これらの車の所有者を特定できませんでした。 また、翌2004年5月には、新たに「白いセダン」「白いライトバン」の目撃情報が寄せられていますが、こちらに関してもその後の進展はなかったようです。 行方不明になる直前の吉川友梨ちゃんの足取り 吉川友梨ちゃんは、失踪したその日は学校の社会科見学で大阪市此花区にある下水道科学館を訪れており、学校に帰ってきて午後2時半頃に解散していました。 その約2分後には、自宅まで約400mの場所で同級生の男の子が自転車ですれ違い、挨拶を交わしています。 吉川友梨ちゃんは、この目撃情報を最後に忽然と姿を消したのです。 周辺で少女の悲鳴を聞いたという証言もなく、男の子と会った場所から少し先にある食料品店「大阪屋」の前を、吉川友梨ちゃんが通り過ぎることもありませんでした。 「吉川友梨ちゃん行方不明事件」の真相とは 【10年後に新証言も】 【2013年5月】 「白いクラウン」の目撃情報が寄せられる 事件発生から10年後の2013年5月、吉川友梨ちゃんの足取りが途絶えた2003年5月20日の午後3時頃に現場近くに停まっていたとされる 「白いクラウン」の目撃情報が寄せられました。 以降、警察はこの目撃情報の詳細を、吉川友梨ちゃんが失踪した5月を区切りとして、少しずつ小出しにして発表していくんですよね。 【2017年5月】 「白いクラウン」に関する詳細情報が発表される 2017年5月、吉川友梨ちゃんが行方不明になってから14年目に、警察から2013年5月の目撃情報にあった 「白いクラウン」は、1983年から1990年製の可能性ありとの発表がありました。 白いクラウン130系TOYOTA 車種 特定 公開。 この型の車を15年前に所有していた方の情報を下記の連絡先に提供して下さい。 対象車両 2300台中1500台は捜査終了。 残りは800台です。 abema. クラウンは、友梨さんの自宅から南西へ約300メートル離れた民家沿いの丁字路で、西向きに止まっていた。 目撃した女性も車を運転中で、クラウンの横を通り過ぎるときに車内を見たところ、男と目が合い、にらまれたという。 男は運転席に座り、 助手席に白い服を着た小学生くらいの女児がいた。 女児は仰ぐような様子だった。 女性は男の印象について 「顔の輪郭はほっそりとして、目尻がつりあがっていた。 中年ぐらいに見えた」と証言した。 白いクラウンについては女性以外にも2人が目撃していることから、捜査本部は女性の証言について信憑(しんぴょう)性が高いと判断している。 sankei. この「白いクラウン」について大阪府警は対象車両を2300台に絞り込み、特定を進めましたが、現在までに犯人特定に繋がる有力な情報は得られていないようです。 abema. もしもこの「白いクラウン」に乗っていた目尻がつりあがった男が犯人だったとすれば、目撃者はそんな人物と目が合ってしまったわけで、証言する勇気が出なかったのかも知れません。 しかし、事件が起きた直後、つまり目撃してすぐにこの情報が警察に寄せられていれば、もしかすると吉川友梨ちゃんは無事に見つかった可能性があるかもしれませんね。 警察が節目となるタイミングで情報を小出しに公表する理由 このように 警察が事件の節目となるタイミングで、握っている目撃情報などを小出しに公表していく理由について、犯罪学が専門の小宮信夫・立正大学教授は、次のように解説されています。 abema. 警察の意識も締め直して、地域にも発信する。 いいタイミングで情報を出して、事件解決への機運を盛りあげようとしていると思う。 まだ色々な情報を持ってはいるだろうが、 出してしまうことによって証拠隠滅や逃亡される危険性があるので、小出しにせざるを得ない面もある。 abema. 「吉川友梨ちゃん行方不明事件」の被害者家族(父・母・兄)とは 【詐欺被害も発生】 吉川友梨ちゃんの家族が7,000万円もの詐欺の二次被害に遭う 「吉川友梨ちゃん行方不明事件」では、二次被害も起きているようです。 「友梨ちゃんを捜してあげる」と両親に嘘をついて近づき、2004年7月から 合計7,000万円もの大金を、約470回に渡って騙し取った男女が逮捕されています。 「自分の弟も誘拐された。 その時助けてくれた人がいる。 あなたもプロに頼んだらど~や? その人を紹介する」 プロというのは中谷容疑者で、その日のうちに、「私はプロや、だいたい居場所は知っている。 三重県にいる」とだまし、まず交通費として10万円を騙し取った。 その後2人は、「友梨さんが見つかった」「保護する際にカネがいる」「精神的に静養が必要で、生活費がいる」などといって騙し、指定した口座に振り込ませた。 その額4年間で7000万円余りという。 j-cast. この点について、吉川友梨ちゃんが行方不明になって以降、情報を呼びかけるビラ配布などの支援をしてきたNPO法人の関係者は、当時の父親の心境について次のように語っています。 「 200万円の謝礼金のことでバッシングがあり、父親は精神的に疲労困憊していた。 j-cast. 一方、お金を要求していた犯人らは、高級ホテルでギャンブル三昧の日々を過ごしており、コンビニやタバコを買いに行くにもタクシーを使うなど、贅沢な暮らしをしていたそうです。 人の弱みに付け込んだ悪質極まりない犯行で、 主犯の中谷浩気には懲役9年の実刑判決、共犯の川上佳代には懲役2年・執行猶予4年という、なんとも軽すぎる判決が下りています。 行方不明から15年経過した吉川友梨ちゃんの父親が手記を発表 吉川友梨ちゃんが行方不明になってから15年が経過した2018年5月17日、吉川友梨ちゃんの父親が、事件から現在までの心境を手記にして発表されました。 15年という時間はすべての事柄を過去のものにしてしまう。 でも、私たち家族や当の本人の友梨にとっては、まったく過去どころか、たった今さっき事件がおこったような感覚です。 その感覚のまま、何もできないまま、じりじりと時間だけが過ぎてきました。 なぜこんなことが起こったのか? しかもそれがなぜ、友梨なのか? まったく私には理解できません。 怒りを感じようにも、悲しいとかの感情を持つ前に、なぜ? どうしたらあの娘がかえってくるのか? いったい何がどうしたのか、どう気持ちを保っていたらいいのか、気持ちの悪い憂鬱(ゆううつ)な1日1日が積み重なって、ついに15年なんて、とんでもない時間が過ぎてしまいました。 こんな想像をしたってなんの意味もないですが、何もなければ、今頃友梨は24歳の普通の社会人。 でも、その成長した姿を想像することすらできなくて、頭の中では9歳の誕生日のバースデーケーキを目の前にして、嬉(うれ)しそうな満面の笑みで写真に収まっていた姿しか出てきません。 そしていつも最後は、私より誰より苦しい思いをしているのは、友梨本人なのだから、それを思うと私の気持ちなんか別にどうでもいいのだと どうか、こんな理不尽なことが起こったまま、そのまま15年間もそのまま、というのを感じてみてください。 あの子がどんな思いで15年間過ごしているのか、想像してみてください。 そして、なにがしか、どんな些細(ささい)な情報であっても教えてください。 なぜ、こんなことになってしまっているのか、教えてください。 お願いします。 asahi. asahi. ご協力お願いします」と声をかけながら、駅利用者らに友梨さんの写真入りのビラを配布。 大阪府警の捜査員十数人も参加し、府警が作成したチラシ約800枚を渡した。 「あいうえお」代表理事の三本松義春さん(72)は「友梨さんの両親の姿を見ると、なんとかしたいという思いが募る。 活動はこれからも続けていく」と話していた。 sankei. 「こういう質の悪いワルにもすがらなければならないくらい、家族の焦燥感が募っていた。 警察に届けた後、情報のパイプが無くなってしまうんですね~。 事件でないと警察はなかなか動いてくれない。 j-cast. blog. その松居泉典さんが、被害者家族から依頼があったわけでもないのに、「吉川友梨ちゃん行方不明事件」を解決するために、わざわざ現地に赴いて霊視をしたことをブログで言及したのです。 僕も師匠を一緒に友梨ちゃんの霊視に何回も行きました。 なんとなくわかるんですけどね… 決定的な所が出てこない… 悔しいですよね。 その他に現在行方不明になってる人はたくさんいますよね。 辻出紀子さん 北山結子さん 千田麻未さん… 以前室蘭に出張した際に千田麻未さんも霊視をしてきたり僕自身どの方もとっても気になっています。 霊視した結果を警察に言うと…「そこまでわかっているということはお前が犯人だな」と言われました。 下手なことは言えないですね。 引用:行方不明者 事件 — 霊泉館『幸せへの道~』 霊能者 松居泉典 — Yahoo! yahoo. 当時、ネット上でも「吉川友梨ちゃん行方不明事件」が注目されていたことから、サイトへのアクセス稼ぎに利用しようとでもしたのでしょうか。 もしかすると、 このブログを見た被害者家族が相談に来てくれることを期待しての撒き餌だった可能性も否めませんね。 livedoor. 松居泉典さんが本物の霊能者だとすれば話は別ですが…。 ちなみに、松居泉典さんが運営する「霊泉館」に関しては、 5ちゃんねるにも被害者の会スレッドが立っているくらいですから、有名っちゃ有名みたいですね。 悪い意味で。 5ch. 2019年5月20日には、大阪府警の捜査員や子供の見守り活動をするNPO法人の職員ら約30人が、大阪の南海難波駅前で 情報提供を呼びかけるチラシを配布しています。 asahi. sankei. また、大阪府泉佐野警察署捜査本部では、 成人した吉川友梨ちゃんを想定した似顔絵も作成し、新たな情報提供を呼びかけています。 プロフィール 名前:吉川 友梨(よしかわ ゆり) 年齢:1994年3月31日生(当時9歳) 失跡当時の特徴 身長:135cm 体格:細身(ぽっちゃり顔) 特徴: 右小鼻に1ミリメートル大のホクロ 右尻下部に1センチメートル大のあざ なお、警視庁は「吉川友梨ちゃん行方不明事件」解決に結びつく有力情報の提供者には、 最高300万円を支払う捜査特別報奨金制度の対象としています。 情報提供は泉佐野署捜査本部 (072・464・1234) まとめ いかがでしたでしょうか。 2003年5月20日に大阪府熊取町で発生した、当時小学4年生だった9歳の吉川友梨ちゃんが、下校途中に行方不明になった「吉川友梨ちゃん行方不明事件」についてまとめてみました。 吉川友梨ちゃんが行方不明になってから16年が経過した現在も、被害者家族(父・母・兄)は吉川友梨ちゃんが無事に戻ってくることを信じて疑っていません。 asahi.

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