1934年12月28日 兵庫県神戸市に生まれる。 幼少期を北海道小樽市で過ごす。 父は汽船会社重役。 日本人離れした長い足で慶応高校時代はバスケットに熱中した。 1956年、兄・慎太郎の芥川受賞作の映画化『太陽の季節』に脇役として出演。 慶大を中退して日活に入社し、『狂った果実』で主演デビュー。 またたくまに銀幕の大スターとなる。 1963年、石原プロモーション設立。 第1回作品『太平洋ひとりぼっち』は第18回芸術祭賞を受賞。 70年代に入ると活躍の舞台をテレビに移し、「太陽にほえろ!」「西部警察」で頼れる "ボス" と、幅広い世代に支持される。 同時に歌手としても500曲以上を吹き込み、「銀座の恋の物語」「ブランデーグラス」などのヒット作を生み出した。 1987年7月17日、逝去(享年52)。 プロフィール.
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故・石原裕次郎が設立し、個性豊かな「石原軍団」のエピソードに彩られた「石原プロモーション」が、その歴史に幕を下ろそうとしている。 いくつかの関連会社はすでに清算され、来年1月頃の「解散」に向けての準備が進められているという。 *** 石原プロは1963年に設立され、裕次郎自身が社長に就任。 渡哲也や舘ひろしが合流し、所属タレントたちは「石原軍団」と呼ばれるようになったのは知られた通り。 裕次郎亡き後も事務所は存続となったが、これには異論もあったようだ。 石原プロ関係者はこう振り返る。 それでも、これまで女性誌などで幾度も「解散説」が報じられてきたが、今回、それが最終決定されたという。 「会社を完全に閉じるのは来年1月頃の予定。 その際、会見を開くことは今のところ考えていません」(同) そのきっかけの一つになったと目されるのが、昨年の裕次郎の「弔い上げ」だ。 「昨年、横浜の総持寺で裕次郎さんの三十三回忌の法要が営まれた際に、まき子さんから『今年をもって弔い上げとします』との話がありました」(同) 実際に石原プロの関連会社の登記簿謄本を確認しても、解散への準備が着々と進んでいることがうかがえる。 例えば、「石原音楽出版社」の登記簿の目的欄には、この7月3日付で「石原裕次郎の遺品の維持管理、展示及び賃貸」という一文が加わり、また「石原インターナショナル」の登記簿を見ると、同じく7月3日付で「清算結了」したことが分かる。 昨年には「石原ミュージック」の清算も行われ、現在も残っているのは石原プロと石原音楽出版のみ。 石原家のことを知る芸能関係者によると、 「石原プロを解散した後は、石原音楽出版に一本化して、版権収入やカラオケの歌唱印税の管理などをすることになるでしょう」 こうした動きの背景には、まき子夫人と養子縁組した甥っ子の存在も見え隠れする。 7月16日発売の週刊新潮では、残された内部留保金25億円の行方と共に詳しく報じる。 【移動に関する感染対策】 ・感染が流行している地域からの移動、感染が流行している地域への移動は控える ・帰省や旅行はひかえめに 出張はやむを得ない場合に ・発症したときのため誰とどこで会ったかをメモにする ・地域の感染状況に注意する• 3 日常生活の各場面別の生活様式 【買い物】 ・通販も利用 ・1人または少人数ですいた時間に ・電子決済の利用 ・計画を立てて素早く済ます ・サンプルなど展示品への接触は控えめに ・レジに並ぶときは前後にスペース• 【公共交通機関の利用】 ・会話は控えめに ・混んでいる時間帯は避けて ・徒歩や自転車利用も併用する• 【食事】 ・持ち帰りや出前 デリバリーも ・屋外空間で気持ちよく ・大皿は避けて料理は個々に ・対面ではなく横並びで座ろう ・料理に集中 おしゃべりは控えめに ・お酌 グラスやお猪口の回し飲みは避けて• 【娯楽 スポーツ等】 ・公園はすいた時間や場所を選ぶ ・筋トレやヨガは自宅で動画を活用 ・ジョギングは少人数で ・すれ違うときは距離をとるマナー ・予約制を利用してゆったりと ・狭い部屋での長居は無用 ・歌や応援は十分な距離かオンライン• 【冠婚葬祭などの親族行事】 ・多人数での会食は避けて ・発熱やかぜの症状がある場合は参加しない.
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石原プロは1963年に設立され、裕次郎自身が社長に就任。 渡哲也や舘ひろしが合流し、所属タレントたちは「石原軍団」と呼ばれるようになったのは知られた通り。 裕次郎亡き後も事務所は存続となったが、これには異論もあったようだ。 石原プロ関係者はこう振り返る。 それでも、これまで女性誌などで幾度も「解散説」が報じられてきたが、今回、それが最終決定されたという。 「会社を完全に閉じるのは来年1月頃の予定。 その際、会見を開くことは今のところ考えていません」(同) そのきっかけの一つになったと目されるのが、昨年の裕次郎の「弔い上げ」だ。 「昨年、横浜の総持寺で裕次郎さんの三十三回忌の法要が営まれた際に、まき子さんから『今年をもって弔い上げとします』との話がありました」(同) 実際に石原プロの関連会社の登記簿謄本を確認しても、解散への準備が着々と進んでいることがうかがえる。 例えば、「石原音楽出版社」の登記簿の目的欄には、この7月3日付で「石原裕次郎の遺品の維持管理、展示及び賃貸」という一文が加わり、また「石原インターナショナル」の登記簿を見ると、同じく7月3日付で「清算結了」したことが分かる。 昨年には「石原ミュージック」の清算も行われ、現在も残っているのは石原プロと石原音楽出版のみ。 石原家のことを知る芸能関係者によると、 「石原プロを解散した後は、石原音楽出版に一本化して、版権収入やカラオケの歌唱印税の管理などをすることになるでしょう」 こうした動きの背景には、まき子夫人と養子縁組した甥っ子の存在も見え隠れする。 7月16日発売の週刊新潮では、残された内部留保金25億円の行方と共に詳しく報じる。 「週刊新潮」2020年7月23日号 掲載 新潮社.
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