ジェーン ドゥ の 解剖 続編。 「ジェーン・ドウの解剖」解剖シーンがリアルすぎる全編遺体安置所のみで繰り広げられるシンプルホラー映画【あらすじ・見どころ】

ジェーン・ドウの解剖

ジェーン ドゥ の 解剖 続編

ごきげんよう、Leecaです。 2017年残りわずかということで、今日も2017年に日本で公開されたホラー映画のご紹介をしたいと思います。 お目当ての映画は『 ジェーン・ドウの解剖(原題:The Autopsy of Jane Doe 』。 2016年イギリス製作の映画です。 監督を務めるは、映画『 トロール・ハンター(原題:Trolljegeren)』で有名なノルウェー人のアンドレ・ウーヴレダル。 プロデューサーには『 ラ・ラ・ランド 』を手掛けたフレッド・バーガーを迎え、大御所俳優ブライアン・コックスと実力派俳優エミール・ハーシュの共演もある作品です。 それでは早速、 ざっくり本作の内容と筆者の感想&考察をつらつらと綴ってみたいと思います。 父トミーはベテラン検死官。 2年前に妻を亡くし、今は息子オースティンとの二人暮らし。 父親想いのオースティンも、父と二人三脚、検死に忙しい毎日を送っている。 そして、ある日。 オースティンが、彼女エマとデートのため遺体安置所を後にしようとしたタイミングで、また新たな遺体が運ばれてきた。 遺体は「ジェーン・ドウ(Jane Doe)」と呼ばれる身元不明の女性であった。 遺体を運んで来たパーク保安官は、「 翌朝までに検死結果がほしい」と緊急の依頼であることを父トミーに告げる。 どうやら、ジェーン・ドウは一家惨殺殺人現場の地下から発見されたのだが、その一家と接点もなく、奇妙なことに目に見える外傷が見当たらないらしい。 それを傍で聞いていたオースティンも父一人には任せておけないと、最終的に彼女エマに事情を話し、レイトショーに連れて行くからまた後で来てほしい、と何とか時間をズラしてもらう。 そうして始まった親子での検死。 いつも通り淡々と作業をすすめていく二人。 が、ジェーン・ドウの体内に隠された衝撃の事実を知り、次第に恐怖を抱きはじめるオースティン。 そして数々の怪奇現象が起きはじめ、外も暴風雨で逃げ場を失う二人。 この時には父トミーも、得体の知れない恐怖に包まれ始めていた。 一体、名もなき遺体ジェーン・ドウの正体とは。 親子二人はこの危機的状況から逃れることができるのか。 昼なのになぜか薄暗い雰囲気をまとった、今はなき地元の病院の廊下を思い出してしまいました。 あの緑色のタイルとかリアル。 あんた人形かいなってレベル これは人形か)。 すきっ歯だけど(でもフランスではモテるんですって)。 でもすぐに解剖シーンが始まり、気づけば検死親子と一緒に謎解きスタート。 ブライアン・コックス演じる父トミーが非常にいい味を出していて、こんなベテラン検死官いそう!って思わせてくれる好演でした。 舞台もこなしていたからか、声も通る。 胸のY字切開、流れる血、臓器・脳みそ取り出しまで、 がっつり。 なんて語ってる筆者ですが、実はモノによってはこういうグロシーンが苦手。 しかしこの映画では なぜか全く恐怖を感じず。 むしろ、巨大なハサミ(ホームセンターにありそうな)でバツバツ肋骨を解体していくシーンでは、思わずすごいな〜と感心しきり。 おそらく、ジェーン・ドウを演じているオルウェン・ケリーの美しさがグロさ抑止力になっていたような。 解剖対象が綺麗なお姉さんでよかたー。 実際の解剖に立ち会ったことなんてない一般人なので、「 検死って本当にこんな感じで行われているんだろうなぁ。 」と、実際のところは謎ですが、妙に納得してしまうレベルの解剖シーンでした。 実際に映画制作にあたって、ロスの遺体安置所に視察に行ったそうです。 そういう意味でも解剖シーンからは、 映画制作側のリアリティ追及の本気度が感じられたし、その誤魔化さない姿勢が素敵だなと思いましたよ。 やがて解剖によって、遺体がありえない状態にあること、そして遺体内から次々と不思議なものが発見されていくわけですが。 ・目が灰色 ・舌が抜かれている ・手足首が粉々に砕かれている ・膣内に多数の傷 ・胃の中にはjimson weed(チョウセンアサガオの1種) 私も上の断片的な情報だけで、「 もしや性的虐待を受け殺された被害者・・・?」なんてあらぬ方向にいってしまったわけですが。 その他の情報をまとめれば、明らかに辻褄があわず。 しまいには、「 きっとオカルト信者の何者かが、死者を復活させるために巧妙にしくんだ組織犯罪に違いない 」「 現代版生け贄の儀式だな 」とか、こじつけもいい加減になさいという感じで、うまいこと脱線していき ワケワカメ。 と、ここまでは良かった。 異様に細いウエスト、アメリカ北東部(ニューイングランド)、皮膚に描かれた呪文、「Leviticus 20:27」&ローマ数字1693と書かれた布・・・・ 「Leviticus 20:27」は レビ記20章27節のこと。 男か女で、霊媒や口寄せがいるなら、その者は必ず殺されなければならない。 彼らは石で打ち殺されなければならない。 彼らの血の責任は彼らにある。 ー 出典: これらが一つに繋がって「 魔女狩り」という言葉が浮かんだときには、 がっかり。 てことは、オカルト苦手な人のほうが案外すんなり受け入れられるのかも知れない・・・・ 確かに現代ホラー映画において、西洋でウケる飛び上がるようなジャンプスケアに頼らない、じわじわ迫る東洋ホラーの要素で勝負するのは勇気がいることだと思う。 更にはオリジナリティも問われるだろうし。 しかも舞台は「遺体安置所」という密室で、本当の意味で生きた登場人物はたったの3人と、設定はあえて おそろしく限定されている。 おまけに微動だにしないジェーン・ドウを、得体の知れない怖いものに仕立て上げるのには労力(カメラワーク含め)が要る。 でも、そうは言っても、 やっぱり附に落ちないというか、なんというか。 凹みました。 彼女が単なる「魔女」ではない、なにか違う展開に期待していたのでしょうか。 個人的には、オカルトでもないような、そしてホラーでもないような、どっちつかずな印象を受けてしまいました。 オリジナリティのある作品と評価されているようですが、う〜んオリジナル=良作ではないよなぁと首を傾げたくなる感じ。 いつも映画の評価がわたしと一致する主人とも、今回は意見が分かれる結果に。 主人は「 オリジナリティに溢れてて俺はいいと思った!」と高評価でした。 なぜ今作への評価が「 微妙」なのか、うまく説明できずにモヤモヤしております。 まぁ、単なる好みの問題かもしれませんね。 そうは言っても解剖シーンは本当に素晴らしかったですし、俳優・女優ともに素晴らしい演技だったので、十分楽しめる作品だと思います。 あと、伏線としてラジオのチャンネルが切り替わるのも不気味でしたね。 あれ、面白くなってきた・・・・(今更なにを)。 〜 ジェーン・ドウはそもそも魔女なのか 〜 ここまでジェーン・ドウは魔女という設定でお話してきました。 おそらく魔女狩りで処刑された犠牲者の一人だろう、と。 とすると気になるのが、 彼女が本物の魔女だったのかどうかという点。 魔女狩りで処刑(絞首刑)された人々の大半は、じつは本物の魔女ではなかったとされているので、彼女の魔力はどこからやって来たんだろう?と疑問が残ります。 ・ 無実の人にまじり彼女だけは本当の魔女だった ・ 死に際にどういう訳か魔力が目覚めた とか色々考えて、辻褄合わないな〜なんて思うも、「 まぁどっちでもいいや!」って結論に至り。 でもやっぱり気になって、魔女についてさくっと調べてみたんですね。 そしたら!こんなものを発見。 昨今、魔女が屍骸を掘り返して人を殺傷することに用いることが慣習となっている。 とりわけ死罪や絞首刑に処せられた人間の屍骸が用いられる。 魔女はかくもおぞましき材料から魔力を更新するのみならず、処刑に際して用いられた道具すなわちロープや鎖や杭や鉄製品も重用する。 これを見て、ぴん!と浮かんだ一つのアイディア。 ジェーン・ドウの遺体の女性は、もともと魔女でもなんでもなかった。 がしかし、魔女狩りかなんかで絞首刑にされて亡くなり、遺体として墓に埋められた。 それを魔女たちが掘りおこして、自分たちの魔力を代々受け継がせるものとして利用した。 どうですかね、このアイディア。 こう考えると、この映画が一気に面白く感じてきたぞ〜。 実はまだ気になる点が他にもあるのですが、長くなったので、ここまで。 それでは、これにて退散。 See you!

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焚刑と鉄槌(「ジェーン・ドウの解剖」ネタバレ考察)

ジェーン ドゥ の 解剖 続編

解説とあらすじ・スタッフとキャスト 解説 : 「トロール・ハンター」のアンドレ・ウーヴレダル監督によるホラー。 検死官トミーと息子オースティンは、緊急の依頼を受け、 3 人が惨殺された家屋から裸で見つかった女性の検死を行う。 だが解剖を進めるにつれ、怪現象が発生。 遺体に隠されたある事実が判明する。 出演は「ローン・サバイバー」のエミール・ハーシュ、「猿の惑星:創世記 ジェネシス 」のブライアン・コックス。 あらすじ : バージニア州の田舎町。 経験豊富な検死官トミー ブライアン・ コックス は、息子のオースティン エミール・ハーシュ とともに遺体安置所と火葬場を経営している。 ある夜、地元の保安官から緊急の検死依頼が舞い込む。 いつも通りの検死だと思われたが、メスを入れる度にその遺体に隠された戦慄の事実が判明し、次々に怪奇現象が発生。 外では嵐が吹き荒れ、遺体安置所という閉ざされた空間で逃げ場のない恐怖がはじまろうとしていた ……。 でも、そんなに恐ろしさを感じる内容でもなかったような。 見どころとなるのは、遺体であり物語に恐怖をもたらす存在となるジェーン・ドゥだろう。 日本語に訳すと「名無しのゴンベイ」たる彼女、エロスは感じないものの、最初から最後まで美しい死体である。 ここは本作の大きな見どころであると思った。 登場人物の過去が知りたい 個人的にはもう少し検視官の親父(トミー)と奥さん、そして息子(オースティン)の関わりを説明してほしかった。 トミーは奥さんを数年前に亡くしているらしく、つまりオースティンも母に死なれているわけだが、奥さんは恐らく自殺したんだと思われる。 「太陽のような女性だった」とトミーは振り返るが、実は内面にはかなりの闇というか苦しみを抱えていたらしい。 それが何だったのはよくわからんし、自殺したというのは俺の想像なんで、本当のところは謎。 ただ、オースティンは妻を亡くしたトミーのことを気遣っているようで、家を出ていきたいのに出ていけない。 それを自分の彼女にたしなめられたりするので、かなり父親思いの好青年であることがわかる。 だけど、そうした人間関係があまり活かされていないようなところは残念ポイントだ。 ジェーンはオースティンをどうしたかった? てなことで、いろいろあってトミー、オースティン、オースティンの彼女の主要人物3人は、ジェーン・ドゥの魔力? によって全員死亡する不幸なラストを迎える。 ジェーン・ドゥが元から魔女だったのか、魔女狩りみたいなのにあって拷問を受けた末に魔女的力を得たのか、どっちかはよくわからん。 わからんけど、そこはまぁどうでもいい。 気になったのは、息子の死に様である。 トミーが息子を守りたいがために、「あんたの味方をするから、息子を苦しめないでくれ」と懇願する。 で、トミーはジェーン・ドゥが受けた拷問と同じ苦しみを味あわせられることに。 トミーがその苦しみを受けている間、解剖されて腹が開かれているジェーンの体はどんどんと復元していく。 なるほど。 トミーが犠牲になることで、ジェーンは元の死体としての肉体に戻ろうとしているらしい。 トミーは死亡する。 てことは犠牲になったのだから、オースティンは助けてもらえるのかと思ったら、そうはならないのだ。 なぜなのか。 トミーはあまりの苦痛に耐えられず、オースティンにナイフで心臓を刺してもらう。 ジェーンにしてみれば、それは不満なのではないか。 なぜなら、自分の受けた苦痛を最後まで味わうことなく楽になることだから。 そこで、ジェーンは、やはりオースティンも殺すことにした。 ただ、「苦しませないでくれ」という約束は守ってやる。 だからオースティンの死に様は一瞬で絶命に至る転落死であったのだ。 とはいえ、仮にトミーが苦痛を全て受けた上で死んだとしても、オースティンが助かったのかどうかはわからない。 いずれにしてもジェーンは、彼を苦しめずに死なせたのかもしれない。 最後のシーンが謎すぎる あと、最後のシーンが俺にとっては謎であった。 ジェーンがどっかの大学に運ばれることになる、その輸送中のシーンだ。 ドライバーの保安官? が「もう二度としないよ、約束する」と車の後方に寝かせられているジェーンのほうを振り向きながら述べるけど、あれって何なの? あの保安官はその言葉をジェーンに向かって言っているのか? そうだとしたら、彼は何者なのか。 それとも、自分の彼女に向かって話でもしているのか。 でも、運転中だし、携帯を持って話しているわけでもないし、肩につけた無線に向かって話しているようには見えない。 そもそも、自分の恋人と仕事で使う無線で話すとは思えない。 だとするとやはり、ジェーンに向かって喋ったと考えるのが妥当と思うのだが。 その部分を何度繰り返して観てもよくわからんかった。 もしかして鼻歌なのかとも思ったがそうでもないようだ。 で、ラジオからは聖書のへブル書の第四章がどうのという音が流れたあと、作中で出てきた歌が流れてエンドロールに入る。 聖書の言葉に意味があるのかと該当の部分を調べて読んでみたけど、核心に触れるようなところは発見できず、けっきょく何だかよくわからんのであった。 もしかしたらあの保安官? はらすと以外のシーンにも登場していたのだろうか?? でも、他のレビューとか探してみても、そこに気になって言及している人の文は見つからないので、気にしているのは俺だけのようだ。 なんか、妙に納得できる指摘でした。 2018年10月8日 同年11月28日、別の方から「Bluetoothイヤホンで恋人と通話中だった」というコメントもいただきました!(記事末参照) マジか、ぜんぜん気付かなかった(笑)。 いずれにしても、短くまとまっていて、なかなか楽しめた作品である。

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映画『ジェーン・ドウの解剖』のネタバレあらすじ

ジェーン ドゥ の 解剖 続編

2016年のアメリカ映画「ジェーン・ドゥの解剖」。 突然運ばれてきた美女の死体には、秘密があった…という内容は一見ありふれているようにも思えますが、死体を検死する施設を舞台に、親子の検視医と死体だけのほぼ3人劇で進みます。 舞台にしてもすごくおもしろそうだと思うほど、脚本が素晴らしい。 しかし、この描写は映像でなければできない!と感じる点も多く、とにかく映画としての完成度が高い印象。 監督は「トロール・ハンター」のアンドレ・ウーヴレダル。 食わず嫌いしていたのですが、「トロール・ハンター」見ようかな。 ネタバレ 父のトミーと息子のオースティンは、家業である検死官の仕事に没頭していた。 オースティンの彼女であるエマは、デートの約束をすぐにすっぽかすオースティンに怒りながらも、興味本位でずかずかと検死用の部屋に入ってくる。 父は快く、彼女に死体を見せる。 その死体の手には鈴がある。 それがなったら、まだ生きているという証拠なのだ。 息子はこの家を出ようと考えているが、それを父に言い出せないままだ。 彼女の遺体は目が白濁しているのに、死後硬直はない。 ウエストが異常に細い。 手首と足首が折れている。 外傷はないが、舌がちぎられたようにない。 泥炭が爪や髪についている。 彼女は売春がらみで、手足を折られていたのだろうか? その鼻からは血が出てきて、ハエが這い出す。 口からは糸が出てくるし、膣には傷がある。 検死中、親子が流しているラジオに雑音が入る。 解剖した瞬間、血が噴き出してくる死体。 肺はタバコを毎日10箱吸わなければならないくらい、真っ黒だ。 心臓も傷だらけだし、この死体はおかしい。 死体を入れておくロッカーの扉が、突然開く。 北部にしかない朝鮮朝顔のタネが検出されるし、体内からは抜いた歯を紙に包んで飲ませた痕がある。 儀式なのか、生贄なのか。 誰が彼女の手足を拘束し、舌を切り、毒を飲ませ、内臓をズタズタにしたのだろう。 突然、父がかわいがっていたネコが、死にかけdえ見つかる。 父は、ネコを救うため、その首を折ってしまう。 外では大雨が降り注ぎ、洪水警報もあったようだ。 親子は解剖を進めるが、停電に見舞われる。 外に出ようとしても、出ることができない。 地響きが聞こえてくる。 そして、死体が持っている鈴の音が響いてくる。 あの死体のせいだ。 父の手には、解剖中についた謎の傷もある。 父のいる部屋の隅に、女の裸足が見える。 1人だけ閉じ込められた父は、何かに転ばされる。 死体の腐敗が進んでいる。 それだけではないが、火葬をしようとする2人。 しかし、ドアが閉じ、足がのぞく。 死体がこっちを見ている。 目を縫い付けられた死体。 口を開けると、それは粘っこく広がっていく。 しかも、死体が発火する。 慌てて消し止めようとするが、勝手に火は消えていく。 しかも、死体自体は燃えていない。 エレベーターに乗り、移動しようとする親子。 しかし、鈴の音が近付いてくる。 顔のない死体を倒す父だが、次の瞬間、それはエマの死体になっている! 妻のことを思い出して、後悔している父。 父が連れ去られそうになるが、それを助けるオースティン。 ジェーン・ドゥの脳を調べるが、彼女が死んでいないとわかる父。 心臓はないが、彼女を生かしている何かがある。 そして、歯を包んでいた布から、セーラムの魔女裁判の存在が浮かび上がってくる。 親子は推測する。 子の死体は、無実の罪で殺されたのだ。 自分が受けた拷問や解剖の痛みを、他人に味合わせようとしている。 だから、彼らを殺さない。 復讐だから。 これが彼女の儀式だから。 たまたま居合わせただけでも、彼女のターゲットになる。 彼女は今も苦しんでいる。 「私は味方だ、息子を傷つけないでくれ。 息子を助けたい」 死体に囁く父。 父は苦しみ出す。 一方、ジェーン・ドゥの解剖の痕はなくなっていく。 傷は閉じ、血も引いていく。 父の手は砕かれ、関節が歪む。 父の目が濁り、ジェーン・ドゥの目は元通りの色になっていく。 父は息子に懇願し、オースティンは自分の手で苦しむ父を殺す。 オースティンは取り残されるが、外で保安官のバーグが木を切ってくれていることに気が付く。 しかし、途中からバーグの声がおかしくなっていく。 それは、ジェーン・ドゥからのメッセージのように、彼を脅しにかかる。 気が付くと彼の背後には、死んだはずの父がいる。 驚いたオースティンは、踊り場から落下して死亡する。 本物のバーグが取り調べをしている翌朝。 その夜は雨なんて降っていなかった。 彼らは真相を突き止めようとするが、まったくわからない。 ジェーン・ドゥだけ、大学病院に運ぶことになった。 死体を運ぶ車。 カーラジオが、昨日、検死室で流れていた曲を流し始める。 そして、死体の足指がピクリと動く。 感想 最後、ジェーン・ドゥがエマを自分の死体としてすりかえたのかな?と思ったのですが、エマの死体がピクピク動く意味がわからないから、たぶん違うと思う。 (すみません、2人とも美人過ぎて裸になると見分けがつかないのよ) このお父さんと息子の関係性、嫁を亡くしてすりへっている父、そこから巣立ちたい息子の関係もなんだか好き。 また、ジェーン・ドゥの思惑がまったくわからないところ、最後まで残酷なところもホラー映画らしくていいですね。 This entry was posted in and tagged , , , , , , , , ,. Bookmark the. Post navigation.

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