遊園 地 事故。 悲惨な結果…日本国内で発生したジェットコースターの事故

小山ゆうえんち

遊園 地 事故

詳細は「」を参照 昇降機・輸送機など [ ] エレベーター [ ]• (大正11年)12月31日 - のの従業員が、貨物用運搬中エレベーターに接触し死亡。 (昭和2年)5月19日 - 東京都にあるの女性従業員が、乗降口から転落死。 (昭和29年)1月 - にあるのエレベーターで、客を満載して8階から下降中ドアが開き、43歳の男性客が、エレベーターのかご部分と建物に挟まれる事故が発生。 (昭和30年)6月29日 - の柵原鉱業所で入坑用エレベーターのワイヤーロープが断裂、4人が死亡。 (昭和38年)9月1日 - 東京都にあるの患者用エレベータのドアが故障、19人が40分間にわたり閉じ込められる。 (昭和41年)9月10日 - のスポーツセンターのエレベーターで小学生2人が暴れて遊んでいたことから急停止、1人が非常口から脱出を試みるも転落し重傷。 (昭和51年)• 6月18日 - 愛知県名古屋市の自宅兼自社ビルでエレベーターが違った階に止まり、開いたドアから女性が転落死。 6月20日 - 東京都の団地で幼児2人が誤って非常停止ボタンを押して急停止、非常口から脱出を試みるが転落して1人死亡。 (昭和57年)12月4日 - 東京都にあるの展望台直通エレベーターが57階付近で突然停止、28人が1時間45分にわたり閉じ込められる。 (昭和59年)8月8日 - 神奈川県の天王町店(現・イオン天王町店)で乗降扱い中に突然かごが作動し、乳母車を引いて降りようとした主婦1名がカゴと建物の間に挟まれ死亡。 事故を起こしたエレベーターは前日に点検したばかりだったが、その後の調査で設計の不備から安全装置が作動しなかったものと判明した。 事故後エレベーターは撤去されている。 なお、このエレベーターは社製であった。 (平成6年) - の神戸会館の貨物搬送用エレベーターが2階部分で停止、手動で作動させようとしたところワイヤーが断裂し、エレベーターが1階部分まで落下。 乗っていた4人のうち、3人が軽傷・1人が重傷。 (平成11年) - の飲食店が入居しているビルでが滑車に挟まりエレベーターが停止、乗っていた70歳の女性が一晩中閉じ込められ、翌日昼ごろに救出された。 (平成16年)10月23日 - 東京都にあるでエレベーター6機がのによって損傷。 (平成18年) - 東京都港区にある23階建ての住宅「シティハイツ竹芝」で高校2年生がエレベーターのかご部分と建物の天井との間に挟まれる事故が発生。 事故が発生したエレベーターの製造元であるのずさんな体質が明らかになり、全国的に不祥事として報道された。 (平成19年) - 東京都港区にある六本木ヒルズでワイヤーロープ破断からボヤが発生。 (平成24年) - にある金沢駅前支店で、清掃作業員の女性が、かご部分とエレベーター床に挟まれ死亡。 このエレベーターは2006年に事故を起こしたシンドラー社製であった。 エスカレーター [ ] 「」も参照• (昭和32年)7月28日、8月1日 - 東京都にあるのエスカレーターのステップがつかえて縦に断裂、けが人はなし。 (昭和38年)3月11日 - 神奈川県にあるの船内エスカレーターで右側手すりだけが停止、見学中の中学生19人が将棋倒しとなり負傷。 (昭和41年)• 3月21日 - ののエスカレーターで、4歳の幼児が転んだはずみで服を巻き込まれ首の骨を折って死亡。 6月1日 - 東京都のビルのエスカレーターが点検・清掃中に急作動、作業員1人がステップに首を挟まれて死亡。 (昭和43年)4月14日 - にあるで展示中の製エスカレーターが突然停止して逆方向に作動、7人が負傷。 (昭和48年)1月12日 - 東京都にある上板橋店のエスカレーターで幼児がベルトと床の間の隙間に首を挟まれ、一時重体。 (昭和59年)12月7日 - 東京都の地上出口エスカレーターでベルトが急停止、ステップは作動したため乗っていた小学生ら28人が転倒し負傷。 (平成元年) - で開催されていたのメイン会場でエスカレーターの手すり部が停止し、博覧会に見学に来た小学生36人が転倒・負傷。 翌日にも事故を起こしたエスカレーターが再び停止し、主催者側は20日から2日間かけて会場内の全エスカレーターを停止し検査する事態になった。 (平成20年)• 5月 - のので、エスカレーターが急停止して14人が負傷。 8月 - 東京都ので、開催中に西ホールの1階から4階を結ぶ上りエスカレーターが急停止し、下り方向に逆走した。 乗っていた約120人のうち60人が転倒し10人が軽いけが。 (平成26年) - 神奈川県のの上りエスカレーターが急停止の後に逆走し、11人が重軽傷を負った。 自動ドア [ ]• (昭和50年)5月5日 - にあるの2階正面口の回転ドアで、幼児がドアと外枠の間の隙間に挟まれ重傷。 (平成16年) - 東京都・港区にある2階正面口の自動回転ドアに、6歳児が挟まれて死亡。 家財道具・ごみ屋敷 [ ]• - の邸で家財道具に埋もれていた形で兄弟が遺体として発見。 検死によって兄は・弟は防犯用の落とし穴に落ちたと結論づけられた。 - で、の会社員が積み上げていた蔵書の下敷きに遭い。 蔵書数は500キロあったという。 - の女性会社員が、で崩れた蔵書を収納していたプラスチック容器類の下敷きになり窒息死。 - の会社員が、地震で崩れた蔵書などで身動きが取れずで死亡。 - で深夜に住宅火災が発生し全焼、焼け跡から住民の無職男性が遺体で発見された。 全焼した家はとして近隣住民ともトラブルを生じており、同年3月末に市当局がで散乱していたごみなどの撤去を行ったばかりだった。 (昭和33年)• - の(東宝劇場)で「アイヌ恋歌」上演中に事故があり、出演中の所属児童俳優2名(15歳、9歳)、所属俳優1名(16歳)計3名が死亡、16人が負傷。 - ので、出演中のに所属するがにを挟まれて仕掛けに巻き込まれ、衣装の金属製ベルトでを切断され死亡。 が原因の上演中劇場事故による日本国内唯一の死者。 (昭和35年) -。 (昭和53年) - ので行われたのコンサートにて、聴衆がステージ前方に殺到し、観客1名が死亡。 その後の日本のロック・コンサート会場の警備体制を大きく変更する契機になった。 (昭和56年)11月 - の特設広場で行われたショーで、演出用の花火や爆竹の導火線の火花が怪獣の着ぐるみに引火して火だるま状態になり、すぐに消し止められたものの中に入っていたスーツアクターの大学生が全身に火傷を負い焼死。 この事故を契機に特撮ヒーロー物の舞台ショーでは爆竹や火薬類が使用禁止となった。 観客にはけが人はなく、むしろ演出の一環だと思って拍手喝采であったという。 (昭和62年) -。 (昭和63年) -。 (平成元年) - 東京都のでミュージカル「」「」のフライング舞台技術者だった男性が、早朝帰宅直後に心臓発作を起こし、で死亡。 (平成6年) - 東京都・新宿区の新宿コマ劇場で舞台の照明器具の撤去作業をしていた舞台照明会社の男性社員が、握っていたロープとともに約7メートル吊り下げられ、ロープを離して床に転落、首の骨が折れ間もなく死亡。 (平成8年) - の大ホールで、舞台照明をローリングタワーにて調整中に照明技師が転落し死亡。 (平成11年) - 東京都ので「新ピーターパン」中に、アメリカ人技術者通訳の女性がセットに引っかかった袖幕を取り除こうとしてに気づかず、15. 7メートル下に転落して頭部打撲で死亡。 (平成13年) - さくらホールで装置を定期点検していたメンテナンス会社「横浜技術サービス」の社員ら5人が舞台とセリの間にはさまれ、1人が頭蓋骨骨折で即死、その後2人が病院で死亡、2人が重傷。 (平成24年) - の郊外で行われる予定だったの野外コンサートで使用するステージが開演前に突然崩壊。 コンサートスタッフの男性1人が死亡し、3人が負傷。 シルク・ドゥ・ソレイユのショーとしては初めての死亡事故となった。 遊具・遊園地設備事故 [ ]• (昭和24年) - ので雑踏に押された幼児が、豆汽車に轢かれて死亡。 (昭和38年) - 東京都ので、父親に抱かれた生後7か月の男児がローラーコースターから3メートル下に転落して死亡。 (昭和39年) - 東京都のプールで準備体操せずに泳いだ小学生が、を起こして死亡。 (昭和40年) - のにある(の前身、娯楽センターは1979年閉鎖)ので、遠足に来ていた5歳の女児が3歳の弟と観覧車に乗っていた際、誤ってゴンドラのドアを開けてしまい、5歳女児がゴンドラから転落して死亡。 (昭和42年) - ので、に乗っていた33歳主婦の長髪がエンジンシャフトに巻きつき、背板に頭を強打して首の骨を折り即死。 (昭和46年) - 東京都ので、に乗っていた13歳の男子中学生が、首に巻いていた長さ1. 5メートルのの端が走行中に車軸に巻きつき、マフラーが引っ張られる形で首が絞まって即死。 (昭和46年) - ので、アルバイト中の16歳高校生がの乗客が落とした財布を取ろうと線路内に入った際、高速で突っ込んできた4両編成のジェットコースターに撥ねられて死亡。 (昭和47年) - ので、当時未完成で立ち入り禁止になっていたジャンボすべり台で遊んでいた11歳の男児が勢い余ってカーブでコースを逸脱して転落、5メートル下にあった岩に頭を強打して死亡。 なお、このすべり台は老朽化のため3月に撤去されており現存しない。 (昭和48年) - の中庭の噴水池で、親の買い物中に1人で遊んでいた3歳女児が水死。 (平成4年) - 東京都練馬区のとしまえんで、開園前にフライングカーペットの試運転をしていた58歳男性作業員が遊具と床の間に挟まれて死亡。 (平成7年) - (現・)のの回転式大型ゴンドラ「レインボー・アトラクション」で、制限を満たしていた小学1年生の少女が安全バーをすり抜け10メートルの高さから転落し死亡。 (平成14年) - ので遊戯用車のバギーカーに乗っていた仙台市の26歳の会社員の女性が、エンジン部分の歯車にマフラーを巻き込まれ窒息死。 (平成15年) - ので10時50分ごろ、走行中のジェットコースター、スチールドラゴン2000の車輪88個のうち半分に相当する44個が落下し、乗客1名とコースター下のプールサイドにいた客1名の計2名が重傷となる事故が発生。 事故1か月前の定期点検の際に請け負い業者が車輪の部品を不要な部分にまで取りつけていたことが原因と見られている。 2006年8月12日より試運転を重ね、同年9月3日より営業を再開した。 (平成15年) - のでが脱輪事故を起こし、2004年2月18日まで運転を中止した。 時速5キロと低速で走行中だったため、けが人はいなかった。 (平成17年)• 東京都ので、男性がの機「ビバ・スカイダイビング」から転落し死亡。 - 東京都ののアトラクション「地獄旅館」で、開園前に旅館内にある演出物の点検を行っていた女性アルバイトが、誤作動を起こした装置に挟まれ意識不明の重体。 (平成18年) - ので、小学校2年生の女児が給水口に吸い込まれた。 約6時間後に発見され、病院に搬送されたが、死亡が確認された。 (平成19年) - のの「風神雷神II」で車軸が折れ脱線。 乗客1名死亡、約20名が重軽傷。 事故後、エキスポランドは8月9日まで休園、翌10日に「風神雷神II」を除き営業を再開したが、事故の影響で客足が減少したため、同年12月10日をもって再度休園し、そのまま閉園となった。 (平成20年) - 東京都練馬区のとしまえんのフライングカーペットに乗っていた高等部1年の男子生徒が自ら安全バーから抜け出し、地上に落下して重傷。 (平成23年) - 東京都のの「」に乗っていた男性が8メートルの高さから投げ出され転落死。 (平成24年) - 千葉県・浦安市のので8席中1席の安全バーが上がった状態のまま発車し、この席に座っていた男性1名が身の危険を感じて降りようとした際、右足を捻挫するなどの軽傷を負った。 パーク内のアトラクションによってゲストが負傷する事故は、東京ディズニーリゾートでは開業して初めて。 東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドは同アトラクションを当面の間休止した。 6月4日、オリエンタルランドは事故の原因を従業員の操作手順ミスと発表し、同社はマニュアルの見直しを進めるとともに、役員報酬について1か月10 - 30パーセント減額することを決定した。 6月12日、安全が確認されたため6月14日に運営再開することを発表した。 なお、安全確認を徹底するためにシングルライダーは当面休止となっている。 令和元年 - 栃木県・那須町ののクライミングアトラクション「ノボランマ」で男性1名がおよそ5メートルの高さから落下し、頭を強く打って死亡。 スポーツ [ ] フォーミュラ1 [ ] 「」および「」も参照• (大正13年)12月27日 - の国鉄で、構内岸壁で荷役中の火薬()10トンが爆発。 死者行方不明者94名、負傷者300名以上。 (昭和14年)3月1日 - 枚方町(現・)の陸軍で砲弾解体中に発火し、弾薬に引火して爆発。 死者94人、負傷者602人。 (昭和20年)• 4月23日 -。 (現・)で起きた爆発事故。 最大の戦災となった。 死傷者424人、倒壊焼失家屋431戸。 11月12日 -。 添田の二又トンネルで、旧陸軍の隠していた火薬約532トンを米軍が焼却処分しようとしたところ爆発。 山ひとつと多数の民家が吹き飛び、死者147人、負傷者149人。 (昭和30年)• 2月4日 -。 の建設現場にて爆発事故。 死者19名、負傷者多数。 8月2日 -。 の火薬工場で爆発事故。 死者3名、重軽傷者19名。 (昭和34年)12月11日 -。 神奈川県・横浜市ので4トンを積んだがに遭い爆発。 半径500メートル内にあった民家31棟が全壊した。 (昭和38年)11月9日 -。 福岡県で発生した戦後最大の炭鉱事故。 (昭和39年)7月14日 -。 東京都に貯蔵されていたが暑さのため自然発火。 19人が死亡、114人負傷。 貯蔵品の中にが約2トンあり、それが誘爆して被害拡大。 (昭和45年)4月8日 -。 での工事中にガス漏れし引火。 が被害を拡大。 (昭和55年)8月16日 -。 静岡県で発生。 メタンガスに引火し爆発したため、都市ガス管が破損しガスが漏れ、さらに大きな爆発が発生したとされる。 死者15人、負傷者223人。 が適用される事態になった。 (昭和58年) -。 静岡県の施設で発生。 死者14名、負傷者27名。 事故の原因は模様替えの際、作業員が末端のガス栓を閉め忘れて31か所の器具を撤去したため。 営業再開後一斉にガス漏れが発生し大爆発となった。 (平成17年) - 大阪府・枚方市の産廃収集運搬業「大宝化成」と同「大昭産業」付近で爆発があり2人が死傷した。 爆発は同じ敷地内にある両社の工場のうち、大昭産業の工場で発生。 作業中、工場内の可燃性の産廃が何らかの原因で引火、爆発した。 (平成19年) -。 東京都で発生。 死者3名、重傷者3名。 温泉の汲み上げの際に混入する天然ガスが充満し、何らかの原因で引火した疑い。 この施設には、天然ガスを分離する装置の設備変更や「ガス検知器」が設置されていなかったなどの問題点が明らかになった。 (平成20年) - 大阪府枚方市の枚方第二清掃工場(東部清掃工場)作業員が爆風で飛ばされたが、けがはなかった。 清掃工場の設備は焼却主灰貯留槽が変形して裂け、点検用の通路も変形した。 (平成21年) - 大阪市のの工場で、三フッ化ホウ素ガスを造る直径約3. 2メートルの鉄製タンクが爆発、近くで作業をしていた従業員4名が死亡した。 (平成24年) - の姫路製造所で、アクリル酸混じりの廃液を貯蔵するタンクの温度が異常上昇し爆発。 隣のアクリル酸タンク、トルエンタンクにも延焼した。 なお、この爆発火災で消火活動を行っていた網干消防署の消防隊員1名が爆発に巻き込まれ殉職。 そのほか、活動中の消防隊員、警察官、作業員など20名以上が負傷した。 また、消火に当たっていた数台にも延焼した。 (平成25年)8月15日 -。 の「」で露店で使用されていた発電機に給油中、容器からガソリンが噴出し即座に爆発火災に至った。 見物客ら59人が負傷、のち3名が重度の火傷により死亡。 (平成26年)8月1日 -。 ので住民からのの通報に対処中、地下に埋設されていたから漏れたガスが爆発。 被害は2 - 3キロの広い範囲に及び、30名が死亡、2名が行方不明。 (平成27年)6月27日 -。 台湾ののウォーターパーク「八仙楽園」でがあり、15人が死亡、400人以上が負傷。 花火事故 [ ]• (昭和25年) - で爆発、10人が死亡。 (昭和30年) -。 近辺の花火問屋で爆発、住民18人が死亡。 上記日本カーリット工場爆発事故の前日に発生した。 (昭和33年) -。 の丸玉小勝花火製造所が爆発し、作業員ら13人が死亡。 同社の関連工場は(昭和28年)(死者21人)、(昭和31年)(死者1人)と続けて爆発事故を起こしており、社長と工場長を違反でした。 (昭和34年) -。 (現・)の内山煙火製造所で爆発、経営者夫婦と従業員、付近で爆風に巻き込まれた小学生の計7人が死亡。 (平成元年) - ので打ち上げが行われていたで爆発、花火師2人が死亡。 (平成4年) - (現・)の煙火製造工場内倉庫、薬品庫で爆発が発生。 工場内で3人死亡、負傷者58名。 (平成15年) - の南国花火製造所で、花火の詰め作業を行っていた最中に爆発。 作業員10人全員が死亡。 (平成20年) - の「津野町夏祭り」で暴発、10人が重軽傷。 火災事故 [ ] 「」も参照 車両火災 [ ]• (昭和42年) - の側入口より40メートル地点で大型トラックがエンジンのを起こし、積載していた製品に引火。 死者はなかったものの、車輌13台が焼失した。 (昭和54年)7月11日 -。 の内で乗用車2台とトラック4台による追突事故が発生、事故車両に可燃物を積んだトラックが含まれていたこともあって65時間にわたって延焼、173台もの車両を焼失した。 人的被害は死者7名、負傷者2名。 (平成20年) -。 の下りとの合流地点を走行していたタンクローリーがカーブで横転・炎上した。 死者はなかったが、の路線部は甚大な被害を受け、単独車両による事故としては国内史上最大規模の損壊事故となった。 (平成28年) - のでからしていた車列にトラックが衝突、12台が玉突き状に衝突した上に5台が焼失し2人が死亡、71人が負傷した。 電気事故 [ ]• (大正15年) - で電気会社の作業員8人が、風に煽られて高圧電線と接触・感電。 (昭和4年) - (現・)で工員2人が感電し1人死亡、一帯が40分間停電した。 (昭和25年) - 千葉県富里村(現・)で漏電していた電柱に犬を繋いだ中学生が感電、救助しようとした家族3人も巻き込まれ父親が死亡。 (平成11年) - で航空自衛隊の航空機が墜落、高圧送電線を切断。 首都圏約80万世帯が停電。 (平成18年) -。 東京都と千葉県の間を流れるで、船が東京電力の高圧送電線に接触し損傷。 東京都心部など139万軒以上が停電。 (平成20年) - にある構内で、16歳の少年が特急電車の屋根に登り感電、重症。 (平成26年) - にあるで、海水浴帰りの高校生男女8名のうち、男子高校生1名が持っていた長さ約5メートルの製のを振り回して遊んでいるうちに誤って架線に接触させ感電、両手両足に重い火傷を負い重傷。 2014年(平成26年) - に停車中の新幹線電車に25歳の無職男性がよじ登り、架線に触れて感電し火傷を負うなどして死亡。 (平成27年) - で漏電したに7人が感電し2人死亡。 2017年(平成29年) - 南部の都市で、人々が衛星放送でサッカーヨーロッパリーグを観戦していた建物に高圧線が落下し、少なくとも7人が死亡、11人が負傷して病院に搬送された。 群集事故 [ ] 「」および「」も参照• (4年) - 現在ののの落橋事故。 死者440人、負傷者・行方不明者を入れると1,400人以上。 「永代と かけたる橋は 落ちにけり きょうは祭礼 あすは葬礼」 ()• - ので、皇帝即位記念に配給された食物を求める人々が将棋倒しとなり、1,389人が死亡。 (明治30年) - にかかるの崩壊事故。 両国川開きの花火を見ようと詰めかけた見物人の重みで欄干が壊れ、見物人が川に落ちた。 死傷者数十名を出し、花火は中止となった。 (明治36年)12月30日 - のの火災。 逃げ惑う観客がパニックとなり、焼死者の他に多くの圧死者を出した。 火災全体で602人死亡。 (昭和9年)1月8日 -。 ので発生した入隊の見送り客による群衆雪崩事故。 (昭和21年)3月9日 -。 ので行われた試合で将棋倒しが発生し33人が死亡、400人以上が負傷。 (昭和22年) - のの見物を終えた群衆が方面に殺到し、6人が圧死。 (昭和23年)• - ので、前身にあたる「川開き」の見物に集まった群衆が殺到、欄干が落下し群集が転落した。 - ので、プロ野球の創設15周年記念無料オープン戦(対戦は、、の3球団からの選抜チーム)観戦に集まった群衆を時間を繰り上げて入場させたところ、将棋倒しが起き死者2名、重軽傷者29名が発生した。 (昭和25年) - ので、プロ野球公式戦観戦に集まった群衆を時間を繰り上げて入場させた際、入口のトンネルでの転倒により将棋倒しが発生、3名が死亡した。 (昭和29年) -。 東京都のでのに集まった群衆がとなった。 (昭和31年) -。 のでに集まった参拝者が将棋倒しとなり、124人が死亡した。 (昭和34年) - のにあるでに開催された野外市民コンサートの途中で突然の豪雨が降り、これにより3万人もの観客が屋根のある出口付近に殺到。 67名が圧死した。 犠牲者の大半は子どもだった。 (昭和35年)• - 韓国のにての客で混雑していたで列車に乗ろうとした乗客が将棋倒し、31人が死亡。 3月2日 -。 の体育館で行われた『』公開録音の開門時に殺到した観客が将棋倒し、12人が死亡・14人が重軽傷。 主催したラジオ関東(現・)が、会場の収容定員を上回る招待券を出していたことが原因。 (昭和36年) - (現・)の松尾鉱山小学校で行われた祝賀会のあとで、映画鑑賞会へ向かう小学生などがとなり10人が死亡、10人が負傷。 (昭和39年)5月24日 -。 ので行われたサッカーの国際試合の判定を巡って観客が暴徒化し、警官隊が鎮圧のため催涙弾を使用。 出口に殺到した観客が将棋倒しとなり319人が死亡、500人が負傷。 (昭和42年) - ので一般開放していたで、観客の1人が転倒したことから観客が将棋倒し。 女性1人が死亡し、27人が負傷。 (昭和46年)1月2日 -。 ので行われた対のサッカーリーグ戦の試合後、出口へ向かう観客が階段上で将棋倒しとなり10数メートル下まで転落。 66名が死亡、負傷者約200名。 (昭和48年) - にあるでNETテレビ(日本教育テレビ。 現・)の公開録画が行われたが、開門時に殺到した観客が将棋倒しになり11人が重軽傷を負った。 会場の収容定員を上回る招待券を出していたことが原因。 (昭和51年) - の複数の販売所で買い求めに集まった客が殺到。 との会場で各1名が死亡、全国で40名以上が負傷。 この事故を受け、翌年より購入は往復はがきによる申し込み制に変更された(1995年まで)。 (昭和54年) - の開催中ので、入場券売り場前にいた群衆が販売が開始されたと思いこんで殺到、倒れた小学生2名が死亡。 (昭和57年)• の(現・イオンフードスタイル新松戸店)で当時大ブームだったアニメーション番組『』のを購入するため、開店と同時にエスカレーターに殺到した小中学生250人による将棋倒し事故が発生した。 のレーニン・スタジアム(現・)で発生した将棋倒し。 公称の死者は66人と発表されたが、後年、死者340人超と推定されている。 (昭和60年)5月29日 -。 のにあるヘイゼル・スタジアム(現・)で、暴徒化したサポーターが相手チームの観客席になだれ込み、老朽化した競技場の一部が崩壊。 死者39名、負傷者400名以上を出す大惨事になった。 (昭和62年)• ので行われたロックバンドのコンサート中に観客がステージ前に殺到、に。 死者3名重軽傷者27人。 LAUGHIN' NOSEは引責謹慎。 担当していたラジオ番組も降板した。 - ()。 のにある陸家嘴で自転車に乗った乗客らが殺到、将棋倒しとなり66人が死亡、30人近くが重軽傷。 現場は2014年に起きた群集事故(後述)と至近距離にあり、27年後に同様の事故が発生したことで、このときの教訓が生かされなかった。 (平成元年)4月15日 -。 イギリスのにあるで、立見席に観客が詰め込まれ、圧死者96人、負傷200人以上のイングランドサッカー史上最悪の事故となった。 これ以後、イギリスのスタジアムから立見席が廃止されることとなった。 (平成2年) - ()。 の大巡礼の群集がからミナへ通じるトンネル内で将棋倒しを起こし、1,426人が死亡。 ハッジでの群集事故としては当時史上最悪のものとなった。 事故発生地点は(左)と(右)の境界• (平成5年)1月1日 - ()。 午前0時過ぎ、のランカイフォン(蘭桂坊)にて新年を迎える人々が揉み合い状態になりとの境界地点で将棋倒しが発生、1人を含む21人が死亡し62人が重軽傷を負った。 (平成13年)7月21日 -。 兵庫県の花火大会後に付近ので発生した事故。 (平成15年) - にあるで行われた対戦の終了後(試合は阪神が7-2で勝利)にがグラウンドに乱入し中日ファンを挑発、中日ファンもグラウンドに乱入し乱闘となった。 その際に防犯用の唐辛子系催涙スプレーとみられるものが噴射され、観客53人が目やのどの痛みで治療を受け、うち31人が病院搬送、7人が入院する事態となった。 この一件以降、中日は阪神との主催地方試合の開催を(平成25年)まで行わなかった。 (平成17年)• ので巡礼者が移動中、の流言が流れパニックとなる。 将棋倒しにより965人が死亡。 - 韓国のの競技場で行われたコンサートで将棋倒しが発生、11名が死亡し70名あまりが負傷。 (平成20年) - のので将棋倒しとなり、約150人が死亡、50人以上が負傷。 (平成22年)• - ので芸能人が見られるとの噂が立ち、人々が殺到して将棋倒しとなる事故が発生。 - ので行われたで、2つのルートから会場に入ろうとする人と、会場に入れずに帰ろうとする人が一か所に押し詰められる状況となり、21人が圧死、500人以上が負傷した。 この結果、ラブパレードは廃止されることとなった。 - ので、年中行事「水祭り」で夜に行われたボート競技に集まった見物客が、にかかる橋の上で倒れるなどして、345人以上の死者と、300人以上の負傷者が生じた。 この日は祭りの最終日で、全国から300万人以上の観客が集まっていた。 (平成26年) -。 上海市ので年越しを迎えようとした市民が、広場の階段で揉み合い状態になった挙句に転倒。 36人が死亡、47人が負傷した。 (平成27年) -。 ハッジに訪れていた多数の巡礼者が将棋倒しとなり2,181人以上が圧死。 ハッジでの群集事故として1990年の事故を上回り史上最悪となった。 自然災害 [ ] 火山災害 [ ] 「」および「」を参照 土砂災害 [ ]• (13年) - (北部)のがによって山腹が崩落。 大量の土砂が近くにあったおよび城下町を埋没させた。 これによって城主以下の一族郎党や領民たちが死亡し、日本史的にも類を見ない「天変地異による大名家の滅亡」となった。 (大正15年) ー (現・)で大雨からが発生、家屋21戸が流出し24人が死亡。 2年後のにも、同様の土石流災害による被害を被った。 (昭和10年) - 日立町(現・)で折からの豪雨で山腹が崩落、斜面を造成して建てられていたの鉱夫住宅が巻き込まれ30人が死亡。 (昭和10年) - の北海道硫黄・小串鉱業所一帯が崩壊、鉱業所や事務所・鉱夫住宅や学校の分教場が埋没し245人が死亡。 (昭和28年) - のが崩落し別院などが埋没。 投宿していた(現・)町長夫妻や学童など28人が死亡。 (昭和36年) -。 のが折からのによる豪雨で、山裾を流れていた小渋川対岸まで被害が及び42人が死亡。 (昭和38年) - ののの周囲の山で大規模な地すべりが発生。 ダム湖の水が溢れ、下流の村落が飲み込まれる。 死者2,125人。 (昭和40年) - 神奈川県(現・川崎市久末)で住宅地裏に廃棄されていたの山が突然崩壊し、4万立方メートルの石炭灰が住宅15棟を飲み込み60人が生き埋め、24人が死亡した。 (昭和41年) -。 にてによる豪雨で大規模崩落が発生。 (現・)根場集落を襲い94人が死亡・行方不明。 またのでも山津波から旅館9軒が倒壊し、宿泊客など32人が死亡。 (昭和43年) -。 岐阜県ので、2台のバスが集中豪雨に伴う土砂崩れに巻き込まれて増水していた飛騨川に転落。 死者104名。 (昭和46年)11月11日 -。 神奈川県・川崎市ので・通商産業省(現・)・が合同して行った斜面崩落実験が、当初想定以上の崩壊を起こす。 実験の関係者や取材陣が巻き込まれ、15人が死亡。 (昭和47年) -。 (現・)の追廻山がによる集中豪雨から断続的に崩壊。 最初の小崩壊で巻き込まれた員を捜索していたところに大規模な崩壊が襲い()、救援活動にあたっていた関係者やの駅員さらには駅に停車中の列車の乗客・乗員など60人が死亡。 (昭和53年) - (現・)で雪解け水から河岸一帯の地盤が緩み、が発生。 断続的に地滑りが発生し、救助隊も巻き込まれる二次災害も発生した。 (昭和60年) -。 ので集中豪雨から地すべり発生。 が寸断され、中腹にあったが崩壊し26人が死亡。 (平成11年) -。 の活発化による豪雨からの崩壊による土石流がとを中心に発生。 下だけでも31人が死亡し、1人が行方不明。 (平成18年)2月17日 - ので地震の後に地滑りが発生し、村一つを飲み込む。 50人の死者を確認、また約1,500人が行方不明となった。 (平成21年) - の小林村(現・)で、台風によって山が崩壊()。 大量の土砂が村を埋没させた。 これにより491人が行方不明となった。 (平成25年) - 東京都のからの噴出物からなる地盤がによる大雨によって崩落。 元町地区を中心に建物が損壊し、47人が死亡・行方不明となる。 (平成26年) -。 と一帯で局地的豪雨により土石流が発生。 水没事故 [ ]• (大正4年) - 沖を採掘していたで落盤から海水が流入し水没、235人が死亡・行方不明。 (大正10年) - の坑道が落盤し周防灘の海水が流入、34人が死亡。 坑道は閉鎖され、の一部として採掘が続けられた。 (昭和13年) - の建設現場が折からの豪雨で水没、作業員1人が死亡。 (昭和17年) - 長生炭鉱の坑道が落盤し海水が流入、183人が死亡。 (昭和35年) - で、による中元寺川の増水から河底を採掘していた上尊鉱業豊州炭鉱が落盤。 川の水が大量に流れ込み坑内が水没、67人が死亡。 (昭和40年) - の工事現場で潜函工法作業中のところ圧縮空気を送っていたポンプが故障、が水没し作業員6人が死亡。 (昭和44年) - に架かるの基礎工事作業中に水止めの鋼矢板が崩壊して水没、の作業員8人が死亡。 (昭和51年) - 東京都室町での工事現場で、の水が流入。 や建物にヒビが入る被害が出て、同地域一帯での工事は2か月以上中断した。 - のにて、湖底下の塩坑に水が流入。 島やメキシコ湾の海水も巻き込んだことで、湖がと化した。 (平成3年) -。 の放水路トンネル建設現場に氾濫したの水が流れ込み、作業員7人が死亡。 (平成20年) - 東京都の下水道工事現場で、工事中の下水道内で急激な増水により5人が流されて死亡。 落雷事故 [ ] 「」も参照• (昭和30年) - でキャンプ中のテントに落雷。 4人死亡、5人負傷。 の上空を飛行中の旅客機が落雷のため空中爆発し墜落。 81人死亡。 (昭和42年) -。 の2年生の登山パーティーが登山中に雷雨に遭遇、避難中に落雷の直撃を受け11人死亡、13人負傷。 (昭和56年) - の秋川渓谷でキャンプ中に落雷。 1人死亡、2人負傷。 (平成2年) - で開催中のスーパーバイク世界選手権で、午後のレース待ち時に雷雨。 主催者の用意したテントに入りきれなかった一部観客が松林で雨宿りしていたところに落雷が直撃、15人が負傷。 (平成8年)• - (現・)で風呂場付近の落雷が原因で火災が発生、小学生2人が焼死、4人負傷。 - でサッカーの試合中に落雷、頭部に直撃を受けた高校サッカー部男子生徒(当時16歳)が両眼失明、下肢機能全廃、上肢運動能力減弱、言語障害の重度後遺障害を負う。 試合を主催した市体育協会などが3億円の賠償金を支払うことになった。 (平成17年) - のの火薬工場に落雷、直後に大爆発。 作業員19人が死亡、10人負傷。 (平成19年) - 中国の重慶市の小学校校舎に落雷。 避雷工事が未実施の校舎で窓から2教室内に雷が侵入、窓近くの壁に体を接して着席していた学童7人が死亡、44人が負傷。 (平成25年) - で5日から翌にかけてによる天候悪化から落雷が多発、子ども9人を含む32人が死亡。 (平成26年) - で野球部所属の男子生徒投手(当時17歳)が試合中、ピッチャーマウンドで落雷を受け死亡。 洞窟事故 [ ] 「」も参照 異物混入 [ ]• - ()。 ので屋台で売られていた菓子にが混入、児童ら200人以上が死亡しイギリスで食の安全に対する法的整備が進むきっかけとなった。 - ある業者がの嵩増し用にを混入。 30名がメタノールの中毒で死亡し、など多くの被害者を生んだ。 が製造した粉ミルクにヒ素が混入。 結果、1万3,000名もの乳児がヒ素中毒になり、130名以上が中毒死、多数に後遺症が残った。 食用油脱臭のために熱媒体として使用されていたが配管作業ミスによる配管部から漏れて混入し、加熱によりに変化。 結果、多数が健康被害を受けた。 - ()。 やから輸入されたで消毒済みのやの種子が誤って食用に供せられ、公式発表で650人が死亡。 実際にはその10倍以上もの死者が出たと推定される。 - ()。 に有毒な工業用の油が混入、全土で2万5,000人が発症し、600人が死亡。 - にて露天商が販売していたの揚げ物に誤って系の農薬が混入し、小学生ら27人が死亡し100人以上が入院。 食中毒 [ ] 詳細は「」を参照 製品・機器・器具事故 [ ] に絡む事故。 一酸化炭素中毒事故 [ ]• (昭和37年) - の畔の別荘で、準工業用の調整器を取りつけていたことから、が発生。 泊まりに来ていた10人が一酸化炭素中毒死。 (平成17年) -。 松下電器産業(現・)が販売した使用による一酸化炭素中毒事故で死亡者が出たことが発覚。 対象機種の引き取りもしくは点検修理を継続して告知している。 (平成18年) -。 パロマ工業(現・)が製造した屋内設置型のFE式瞬間湯沸器で、不完全燃焼による一酸化炭素中毒事故が多数発生していたことが経済産業省により発表され、最終的に28件、21人が死亡していた。 前述のパナソニック同様、点検・回収作業の告知を継続して実施している。 (平成20年) - の製パン店「石窯パンの店 ベーカリーファクトリー ゴッホ」で、強制排気装置をアルバイト店員が誤って止めたために、客と従業員計12人が一酸化炭素中毒となった。 発煙・発火・破裂事故 [ ]• (平成13年) - 、において、発煙・発火事故 (2001年(平成13年)8月から2003年(平成15年)4月)。 交通事故 [ ]• (平成12年) - (平成16年) -。 製の自動車に構造的欠陥があったにもかかわらず同社はリコールを隠蔽し、脱輪などに起因する人身事故が数十件発生。 建造物崩壊 [ ] サウスフォークダム崩壊によるジョーンズタウン市街地の被害• のにて醸造中の樽が破裂して大量のビールが噴出、2棟が全壊し9人が死亡。 イギリスのにあるが嵐に襲われ、走行中の列車を巻き込んで崩壊。 75人が死亡した。 - ののが激しい雨のため崩壊し、2,209人の死者を出す大惨事となった。 アメリカ合衆国のにあった糖蜜貯蔵用の貯槽(容量約870万リットル)が崩壊し、糖蜜の津波(高さ2. 5 - 4. 5メートル、時速60キロ)が市街地に押し寄せた。 21人が死亡、150人以上が負傷した。 - アメリカ合衆国の海峡に架かるが、当時いまだ耐風設計技術が未熟だったことにより施工中から風により激しく揺られ、竣工後間もなく落橋。 死傷者はなかった(ただし、橋上の車にいた犬が死亡している)。 (昭和30年) -。 の安倍鉱業でからが崩壊。 麓の45戸を押し潰した。 - フランスののにあったが大雨で湛水中に基礎地盤の地すべりが発生しダム本体が崩壊、下流の村を巻き込む水害となり死者421人。 (昭和50年) - ので豪雨に伴い流域の河川が増水、、など大小合わせて62か所のダムが連鎖的に決壊。 流域の住民や救援活動を行っていた軍兵士ら1,827人が死亡、全体でも推定2万6,000人が死亡したといわれている。 ののにあった空中通路が設計のミスにより崩壊。 ダンス大会に集まっていた人々を直撃し、114人が死亡した。 (昭和61年) - ので、設計ミスから建物が倒壊。 33人が死亡。 (平成元年)• 玉川の脇の岩盤が崩壊。 現場を走行中のマイクロバスを押し潰し、バスに乗っていた15人が死亡した。 の(ファンヘブクト)の(クムチョングン)を流れる礼成江(レソンガン)で工事中の橋が崩壊し、橋上で工事中の軍人500人以上が死亡。 金日成の誕生日までに完成せよとの指示を受け、無理な短縮工事をしたことが原因。 (平成6年) - のにあるが手抜き工事のため崩壊し、橋を通行中の乗用車やスクールバスが巻き込まれ、32人が死亡した。 (平成7年) - 韓国のソウル特別市にあるが営業中、突然5階建ての建物の半分が崩壊し、死者502人を出した。 (平成8年) - のにある平側坑口の約44メートルで岩盤が崩落して、乗用車1台と路線バス1台が下敷きになった。 20人が死亡。 - アメリカ合衆国ので建設中のが生の流し込み作業中に崩落、1人死亡、10人が重軽傷。 橋の構造や作業に問題はなかったが、乾燥した状態よりはるかに重い生コンクリートの重量に耐えられなかった(同様の事故は以前にも発生している)。 - イスラエルのにあった4階建てのベルサイユ結婚式場で、結婚式の最中に3階の大部分が1階まで崩落して23人が死亡し380人が負傷。 違法工事が原因だった。 - アメリカ合衆国の中心街の、のが崩壊し、オペレーターが重傷を負った。 のちの調査で建設計画のから構造上の欠陥が発見されたが、毎年定期検査を行っているにもかかわらず38年間崩落するまでその部分は問題とはならなかった。 アメリカ合衆国のにある - 間を結ぶ35W号線が崩落。 ラッシュアワーと重なり60台以上の車が転落、9人が死亡、4人が行方不明。 - のにて完成間もない5万人規模のの屋根が崩落。 競技などは開催されていなかったため死傷者は出なかった。 のにあるで天井板のコンクリート板がおよそ110メートルにわたって落下。 3台の車が巻き込まれ、9人が死亡。 ので建設中の7階建てビルが突然倒壊。 74人が死亡した。 の近郊の8階建ての商業ビルが崩壊。 死者1,127人、負傷者2,500人以上。 のにあるスーパーマーケットの屋根が突然崩壊。 二次被害の犠牲者も合わせて死者50人以上。 - の平川区域の23階建てのアパートが建設中に崩壊。 すでに入居中の労働党や軍関係者、新興資本家勢力ら多数の死者を出した。 - のにある、5名が死亡した、12名が負傷 その他 [ ] 放送事故 [ ] 詳細は「」を参照• (昭和63年) - の新入生歓迎会で、同大学の新入生が約5合を一気飲みして急性アルコール中毒になって死亡。 (平成3年) - の学園祭で一気飲みコンテストに参加した、他大学の学生がとなり死亡。 - アメリカ合衆国のでラジオ局が主催した大量の水を飲むことを競うイベントにて、7. 6リットルの水をトイレに行かずに飲み干した28歳の女性がにより死亡。 (平成20年) - 小平国際キャンパス内の自治学生寮で行われた新入生歓迎コンパに参加していた同大1年の男子学生が急性アルコール中毒で死亡。 一気喰い [ ] 食料品を一気に食べることなどにより、中毒やになりする事故。 (平成14年) - (現・)の中3男児が、友人らとの早食い競争でパンをに詰まらせ窒息死。 この事故は同年に報道されたが、これをきっかけに、当時放映されていたを題材とした番組が制作をとりやめた。 (平成20年) - で小6男児が給食パンをのどに詰まらせ窒息死。 誤食・誤飲事故 [ ] 乳幼児や高齢者に多く、食料品や飲料品以外のものを食べたり飲んだりして窒息や中毒を起こす事故。 誤食・誤飲には、、、お金、薬などがある。 「」および「」も参照• のの農薬工場で爆発が発生。 が飛散し周辺住民や家畜が被曝。 8月 - のにあるでウイルスが漏洩。 大学職員のが天然痘に罹患し死亡(天然痘による世界最後の死者)。 - のスヴェルドロフスク(現・)の生物兵器研究所において、炭疽菌の流出事故が発生。 詳細は「」の「スヴェルドロフスクの研究所事故」を参照。 のの化学工場からが流出し、数か月以内に3,500人以上、最終的には1万5,000人から2万5,000人が死亡したともされる。 9月 -。 ので廃病院に放置されていた放射線治療用機器から放射線源が盗み出され、放射線源と気づかれないまま解体業者に引き渡され放射性物質が漏出。 同年12月までに249人が汚染され、20人が入院治療を要し、4人が死亡した。 のの化学工場からが漏出。 5人が死亡、消防隊員・周辺住民合わせて4,000人あまりが診察または治療を受けた。 また、農地や家畜への被害のほか、500台以上の自動車の腐食が報告された。 リング禍(格闘技の試合中における事故) [ ]• 「買物客はさまれ死亡、名古屋の百貨店で、エレベーターのドア開く」『 大阪版』1954年(昭和29年)1月5日(大阪府立中央図書館所蔵)• J-CASTニュース ジェイ・キャスト. 2006年6月8日. 田才益夫. 2017年9月24日閲覧。 東京法律事務所. 2017年9月24日閲覧。 CINEMATODAY Inc.. シネマトゥデイ. 2013年11月12日閲覧。 朝日新聞東京本社版1967年10月23日付朝刊15面、「死のゴーカート遊び」「母親、髪を巻込まる」「むきだしのエンジン」「カバーさえあれば」「故障していた監視用テレビ」• 国立公文書館 アジア歴史資料センター. 2019年9月9日閲覧。 MSN産経ニュース 産経デジタル. 2008年8月16日. の2009年3月8日時点におけるアーカイブ。 海難審判庁 2006年9月22日. 2006年10月21日時点の [ ]よりアーカイブ。 2013年6月6日閲覧。 FNNニュース フジニュースネットワーク. 2008年8月2日. の2008年8月11日時点におけるアーカイブ。 きままに備忘録and TIPS きままに備忘録. 2014年7月26日. 2016年5月26日閲覧。 2015年6月8日. 2015年6月8日時点の [ ]よりアーカイブ。 2015年10月20日閲覧。 2015年7月26日. 2020年2月6日閲覧。 AFP AFP. 2017年4月21日. 2017年4月21日閲覧。 ・第97回(江戸の大事故)、2014年2月10日放送• 』 青春出版社〈青春文庫〉、2004年3月20日、186-188頁• 沢柳政義『野球場大事典』大空社、1990年、p. 288• 沢柳政義『野球場大事典』大空社、1990年、p. 292。 これとは別の群衆がフェンスを乗り越えようとぶら下がった際にフェンスが転倒し、合計41人の重軽傷者を出している。 YOMIURI ONLINE 読売新聞社. 2008年11月4日. なお、松本市での死者の死因はである。 阪神球団主催の中日戦については、高校野球期間中を中心に関西圏・岡山県での開催が行われた。 寒川旭『秀吉を襲った大地震』平凡社新書、2010年• 寒川旭 『地震の日本史』 中公新書、2007年• YOMIURI ONLINE 読売新聞社. 2008年9月17日. の2008年9月20日時点におけるアーカイブ。 しんぶん赤旗 2005年2月• アプライアンス社. パナソニック 2008年10月1日. 2017年9月24日閲覧。 パロマ. 2017年9月24日閲覧。 MSN産経ニュース 産経デジタル. 2008年8月13日. の2009年1月29日時点におけるアーカイブ。 日立アプライアンス 2008年2月18日. 2013年6月6日閲覧。 TVBS 2019年10月2日. 2019年10月2日閲覧。 毎日jp 毎日新聞社. 2008年10月21日. の2008年10月21日時点におけるアーカイブ。 Report. IAEA. 1988. 外部リンク [ ]•

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【閲覧注意】日本と海外で実際に起きた遊園地の事故・死亡事故まとめ

遊園 地 事故

詳細は「」を参照 昇降機・輸送機など [ ] エレベーター [ ]• (大正11年)12月31日 - のの従業員が、貨物用運搬中エレベーターに接触し死亡。 (昭和2年)5月19日 - 東京都にあるの女性従業員が、乗降口から転落死。 (昭和29年)1月 - にあるのエレベーターで、客を満載して8階から下降中ドアが開き、43歳の男性客が、エレベーターのかご部分と建物に挟まれる事故が発生。 (昭和30年)6月29日 - の柵原鉱業所で入坑用エレベーターのワイヤーロープが断裂、4人が死亡。 (昭和38年)9月1日 - 東京都にあるの患者用エレベータのドアが故障、19人が40分間にわたり閉じ込められる。 (昭和41年)9月10日 - のスポーツセンターのエレベーターで小学生2人が暴れて遊んでいたことから急停止、1人が非常口から脱出を試みるも転落し重傷。 (昭和51年)• 6月18日 - 愛知県名古屋市の自宅兼自社ビルでエレベーターが違った階に止まり、開いたドアから女性が転落死。 6月20日 - 東京都の団地で幼児2人が誤って非常停止ボタンを押して急停止、非常口から脱出を試みるが転落して1人死亡。 (昭和57年)12月4日 - 東京都にあるの展望台直通エレベーターが57階付近で突然停止、28人が1時間45分にわたり閉じ込められる。 (昭和59年)8月8日 - 神奈川県の天王町店(現・イオン天王町店)で乗降扱い中に突然かごが作動し、乳母車を引いて降りようとした主婦1名がカゴと建物の間に挟まれ死亡。 事故を起こしたエレベーターは前日に点検したばかりだったが、その後の調査で設計の不備から安全装置が作動しなかったものと判明した。 事故後エレベーターは撤去されている。 なお、このエレベーターは社製であった。 (平成6年) - の神戸会館の貨物搬送用エレベーターが2階部分で停止、手動で作動させようとしたところワイヤーが断裂し、エレベーターが1階部分まで落下。 乗っていた4人のうち、3人が軽傷・1人が重傷。 (平成11年) - の飲食店が入居しているビルでが滑車に挟まりエレベーターが停止、乗っていた70歳の女性が一晩中閉じ込められ、翌日昼ごろに救出された。 (平成16年)10月23日 - 東京都にあるでエレベーター6機がのによって損傷。 (平成18年) - 東京都港区にある23階建ての住宅「シティハイツ竹芝」で高校2年生がエレベーターのかご部分と建物の天井との間に挟まれる事故が発生。 事故が発生したエレベーターの製造元であるのずさんな体質が明らかになり、全国的に不祥事として報道された。 (平成19年) - 東京都港区にある六本木ヒルズでワイヤーロープ破断からボヤが発生。 (平成24年) - にある金沢駅前支店で、清掃作業員の女性が、かご部分とエレベーター床に挟まれ死亡。 このエレベーターは2006年に事故を起こしたシンドラー社製であった。 エスカレーター [ ] 「」も参照• (昭和32年)7月28日、8月1日 - 東京都にあるのエスカレーターのステップがつかえて縦に断裂、けが人はなし。 (昭和38年)3月11日 - 神奈川県にあるの船内エスカレーターで右側手すりだけが停止、見学中の中学生19人が将棋倒しとなり負傷。 (昭和41年)• 3月21日 - ののエスカレーターで、4歳の幼児が転んだはずみで服を巻き込まれ首の骨を折って死亡。 6月1日 - 東京都のビルのエスカレーターが点検・清掃中に急作動、作業員1人がステップに首を挟まれて死亡。 (昭和43年)4月14日 - にあるで展示中の製エスカレーターが突然停止して逆方向に作動、7人が負傷。 (昭和48年)1月12日 - 東京都にある上板橋店のエスカレーターで幼児がベルトと床の間の隙間に首を挟まれ、一時重体。 (昭和59年)12月7日 - 東京都の地上出口エスカレーターでベルトが急停止、ステップは作動したため乗っていた小学生ら28人が転倒し負傷。 (平成元年) - で開催されていたのメイン会場でエスカレーターの手すり部が停止し、博覧会に見学に来た小学生36人が転倒・負傷。 翌日にも事故を起こしたエスカレーターが再び停止し、主催者側は20日から2日間かけて会場内の全エスカレーターを停止し検査する事態になった。 (平成20年)• 5月 - のので、エスカレーターが急停止して14人が負傷。 8月 - 東京都ので、開催中に西ホールの1階から4階を結ぶ上りエスカレーターが急停止し、下り方向に逆走した。 乗っていた約120人のうち60人が転倒し10人が軽いけが。 (平成26年) - 神奈川県のの上りエスカレーターが急停止の後に逆走し、11人が重軽傷を負った。 自動ドア [ ]• (昭和50年)5月5日 - にあるの2階正面口の回転ドアで、幼児がドアと外枠の間の隙間に挟まれ重傷。 (平成16年) - 東京都・港区にある2階正面口の自動回転ドアに、6歳児が挟まれて死亡。 家財道具・ごみ屋敷 [ ]• - の邸で家財道具に埋もれていた形で兄弟が遺体として発見。 検死によって兄は・弟は防犯用の落とし穴に落ちたと結論づけられた。 - で、の会社員が積み上げていた蔵書の下敷きに遭い。 蔵書数は500キロあったという。 - の女性会社員が、で崩れた蔵書を収納していたプラスチック容器類の下敷きになり窒息死。 - の会社員が、地震で崩れた蔵書などで身動きが取れずで死亡。 - で深夜に住宅火災が発生し全焼、焼け跡から住民の無職男性が遺体で発見された。 全焼した家はとして近隣住民ともトラブルを生じており、同年3月末に市当局がで散乱していたごみなどの撤去を行ったばかりだった。 (昭和33年)• - の(東宝劇場)で「アイヌ恋歌」上演中に事故があり、出演中の所属児童俳優2名(15歳、9歳)、所属俳優1名(16歳)計3名が死亡、16人が負傷。 - ので、出演中のに所属するがにを挟まれて仕掛けに巻き込まれ、衣装の金属製ベルトでを切断され死亡。 が原因の上演中劇場事故による日本国内唯一の死者。 (昭和35年) -。 (昭和53年) - ので行われたのコンサートにて、聴衆がステージ前方に殺到し、観客1名が死亡。 その後の日本のロック・コンサート会場の警備体制を大きく変更する契機になった。 (昭和56年)11月 - の特設広場で行われたショーで、演出用の花火や爆竹の導火線の火花が怪獣の着ぐるみに引火して火だるま状態になり、すぐに消し止められたものの中に入っていたスーツアクターの大学生が全身に火傷を負い焼死。 この事故を契機に特撮ヒーロー物の舞台ショーでは爆竹や火薬類が使用禁止となった。 観客にはけが人はなく、むしろ演出の一環だと思って拍手喝采であったという。 (昭和62年) -。 (昭和63年) -。 (平成元年) - 東京都のでミュージカル「」「」のフライング舞台技術者だった男性が、早朝帰宅直後に心臓発作を起こし、で死亡。 (平成6年) - 東京都・新宿区の新宿コマ劇場で舞台の照明器具の撤去作業をしていた舞台照明会社の男性社員が、握っていたロープとともに約7メートル吊り下げられ、ロープを離して床に転落、首の骨が折れ間もなく死亡。 (平成8年) - の大ホールで、舞台照明をローリングタワーにて調整中に照明技師が転落し死亡。 (平成11年) - 東京都ので「新ピーターパン」中に、アメリカ人技術者通訳の女性がセットに引っかかった袖幕を取り除こうとしてに気づかず、15. 7メートル下に転落して頭部打撲で死亡。 (平成13年) - さくらホールで装置を定期点検していたメンテナンス会社「横浜技術サービス」の社員ら5人が舞台とセリの間にはさまれ、1人が頭蓋骨骨折で即死、その後2人が病院で死亡、2人が重傷。 (平成24年) - の郊外で行われる予定だったの野外コンサートで使用するステージが開演前に突然崩壊。 コンサートスタッフの男性1人が死亡し、3人が負傷。 シルク・ドゥ・ソレイユのショーとしては初めての死亡事故となった。 遊具・遊園地設備事故 [ ]• (昭和24年) - ので雑踏に押された幼児が、豆汽車に轢かれて死亡。 (昭和38年) - 東京都ので、父親に抱かれた生後7か月の男児がローラーコースターから3メートル下に転落して死亡。 (昭和39年) - 東京都のプールで準備体操せずに泳いだ小学生が、を起こして死亡。 (昭和40年) - のにある(の前身、娯楽センターは1979年閉鎖)ので、遠足に来ていた5歳の女児が3歳の弟と観覧車に乗っていた際、誤ってゴンドラのドアを開けてしまい、5歳女児がゴンドラから転落して死亡。 (昭和42年) - ので、に乗っていた33歳主婦の長髪がエンジンシャフトに巻きつき、背板に頭を強打して首の骨を折り即死。 (昭和46年) - 東京都ので、に乗っていた13歳の男子中学生が、首に巻いていた長さ1. 5メートルのの端が走行中に車軸に巻きつき、マフラーが引っ張られる形で首が絞まって即死。 (昭和46年) - ので、アルバイト中の16歳高校生がの乗客が落とした財布を取ろうと線路内に入った際、高速で突っ込んできた4両編成のジェットコースターに撥ねられて死亡。 (昭和47年) - ので、当時未完成で立ち入り禁止になっていたジャンボすべり台で遊んでいた11歳の男児が勢い余ってカーブでコースを逸脱して転落、5メートル下にあった岩に頭を強打して死亡。 なお、このすべり台は老朽化のため3月に撤去されており現存しない。 (昭和48年) - の中庭の噴水池で、親の買い物中に1人で遊んでいた3歳女児が水死。 (平成4年) - 東京都練馬区のとしまえんで、開園前にフライングカーペットの試運転をしていた58歳男性作業員が遊具と床の間に挟まれて死亡。 (平成7年) - (現・)のの回転式大型ゴンドラ「レインボー・アトラクション」で、制限を満たしていた小学1年生の少女が安全バーをすり抜け10メートルの高さから転落し死亡。 (平成14年) - ので遊戯用車のバギーカーに乗っていた仙台市の26歳の会社員の女性が、エンジン部分の歯車にマフラーを巻き込まれ窒息死。 (平成15年) - ので10時50分ごろ、走行中のジェットコースター、スチールドラゴン2000の車輪88個のうち半分に相当する44個が落下し、乗客1名とコースター下のプールサイドにいた客1名の計2名が重傷となる事故が発生。 事故1か月前の定期点検の際に請け負い業者が車輪の部品を不要な部分にまで取りつけていたことが原因と見られている。 2006年8月12日より試運転を重ね、同年9月3日より営業を再開した。 (平成15年) - のでが脱輪事故を起こし、2004年2月18日まで運転を中止した。 時速5キロと低速で走行中だったため、けが人はいなかった。 (平成17年)• 東京都ので、男性がの機「ビバ・スカイダイビング」から転落し死亡。 - 東京都ののアトラクション「地獄旅館」で、開園前に旅館内にある演出物の点検を行っていた女性アルバイトが、誤作動を起こした装置に挟まれ意識不明の重体。 (平成18年) - ので、小学校2年生の女児が給水口に吸い込まれた。 約6時間後に発見され、病院に搬送されたが、死亡が確認された。 (平成19年) - のの「風神雷神II」で車軸が折れ脱線。 乗客1名死亡、約20名が重軽傷。 事故後、エキスポランドは8月9日まで休園、翌10日に「風神雷神II」を除き営業を再開したが、事故の影響で客足が減少したため、同年12月10日をもって再度休園し、そのまま閉園となった。 (平成20年) - 東京都練馬区のとしまえんのフライングカーペットに乗っていた高等部1年の男子生徒が自ら安全バーから抜け出し、地上に落下して重傷。 (平成23年) - 東京都のの「」に乗っていた男性が8メートルの高さから投げ出され転落死。 (平成24年) - 千葉県・浦安市のので8席中1席の安全バーが上がった状態のまま発車し、この席に座っていた男性1名が身の危険を感じて降りようとした際、右足を捻挫するなどの軽傷を負った。 パーク内のアトラクションによってゲストが負傷する事故は、東京ディズニーリゾートでは開業して初めて。 東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドは同アトラクションを当面の間休止した。 6月4日、オリエンタルランドは事故の原因を従業員の操作手順ミスと発表し、同社はマニュアルの見直しを進めるとともに、役員報酬について1か月10 - 30パーセント減額することを決定した。 6月12日、安全が確認されたため6月14日に運営再開することを発表した。 なお、安全確認を徹底するためにシングルライダーは当面休止となっている。 令和元年 - 栃木県・那須町ののクライミングアトラクション「ノボランマ」で男性1名がおよそ5メートルの高さから落下し、頭を強く打って死亡。 スポーツ [ ] フォーミュラ1 [ ] 「」および「」も参照• (大正13年)12月27日 - の国鉄で、構内岸壁で荷役中の火薬()10トンが爆発。 死者行方不明者94名、負傷者300名以上。 (昭和14年)3月1日 - 枚方町(現・)の陸軍で砲弾解体中に発火し、弾薬に引火して爆発。 死者94人、負傷者602人。 (昭和20年)• 4月23日 -。 (現・)で起きた爆発事故。 最大の戦災となった。 死傷者424人、倒壊焼失家屋431戸。 11月12日 -。 添田の二又トンネルで、旧陸軍の隠していた火薬約532トンを米軍が焼却処分しようとしたところ爆発。 山ひとつと多数の民家が吹き飛び、死者147人、負傷者149人。 (昭和30年)• 2月4日 -。 の建設現場にて爆発事故。 死者19名、負傷者多数。 8月2日 -。 の火薬工場で爆発事故。 死者3名、重軽傷者19名。 (昭和34年)12月11日 -。 神奈川県・横浜市ので4トンを積んだがに遭い爆発。 半径500メートル内にあった民家31棟が全壊した。 (昭和38年)11月9日 -。 福岡県で発生した戦後最大の炭鉱事故。 (昭和39年)7月14日 -。 東京都に貯蔵されていたが暑さのため自然発火。 19人が死亡、114人負傷。 貯蔵品の中にが約2トンあり、それが誘爆して被害拡大。 (昭和45年)4月8日 -。 での工事中にガス漏れし引火。 が被害を拡大。 (昭和55年)8月16日 -。 静岡県で発生。 メタンガスに引火し爆発したため、都市ガス管が破損しガスが漏れ、さらに大きな爆発が発生したとされる。 死者15人、負傷者223人。 が適用される事態になった。 (昭和58年) -。 静岡県の施設で発生。 死者14名、負傷者27名。 事故の原因は模様替えの際、作業員が末端のガス栓を閉め忘れて31か所の器具を撤去したため。 営業再開後一斉にガス漏れが発生し大爆発となった。 (平成17年) - 大阪府・枚方市の産廃収集運搬業「大宝化成」と同「大昭産業」付近で爆発があり2人が死傷した。 爆発は同じ敷地内にある両社の工場のうち、大昭産業の工場で発生。 作業中、工場内の可燃性の産廃が何らかの原因で引火、爆発した。 (平成19年) -。 東京都で発生。 死者3名、重傷者3名。 温泉の汲み上げの際に混入する天然ガスが充満し、何らかの原因で引火した疑い。 この施設には、天然ガスを分離する装置の設備変更や「ガス検知器」が設置されていなかったなどの問題点が明らかになった。 (平成20年) - 大阪府枚方市の枚方第二清掃工場(東部清掃工場)作業員が爆風で飛ばされたが、けがはなかった。 清掃工場の設備は焼却主灰貯留槽が変形して裂け、点検用の通路も変形した。 (平成21年) - 大阪市のの工場で、三フッ化ホウ素ガスを造る直径約3. 2メートルの鉄製タンクが爆発、近くで作業をしていた従業員4名が死亡した。 (平成24年) - の姫路製造所で、アクリル酸混じりの廃液を貯蔵するタンクの温度が異常上昇し爆発。 隣のアクリル酸タンク、トルエンタンクにも延焼した。 なお、この爆発火災で消火活動を行っていた網干消防署の消防隊員1名が爆発に巻き込まれ殉職。 そのほか、活動中の消防隊員、警察官、作業員など20名以上が負傷した。 また、消火に当たっていた数台にも延焼した。 (平成25年)8月15日 -。 の「」で露店で使用されていた発電機に給油中、容器からガソリンが噴出し即座に爆発火災に至った。 見物客ら59人が負傷、のち3名が重度の火傷により死亡。 (平成26年)8月1日 -。 ので住民からのの通報に対処中、地下に埋設されていたから漏れたガスが爆発。 被害は2 - 3キロの広い範囲に及び、30名が死亡、2名が行方不明。 (平成27年)6月27日 -。 台湾ののウォーターパーク「八仙楽園」でがあり、15人が死亡、400人以上が負傷。 花火事故 [ ]• (昭和25年) - で爆発、10人が死亡。 (昭和30年) -。 近辺の花火問屋で爆発、住民18人が死亡。 上記日本カーリット工場爆発事故の前日に発生した。 (昭和33年) -。 の丸玉小勝花火製造所が爆発し、作業員ら13人が死亡。 同社の関連工場は(昭和28年)(死者21人)、(昭和31年)(死者1人)と続けて爆発事故を起こしており、社長と工場長を違反でした。 (昭和34年) -。 (現・)の内山煙火製造所で爆発、経営者夫婦と従業員、付近で爆風に巻き込まれた小学生の計7人が死亡。 (平成元年) - ので打ち上げが行われていたで爆発、花火師2人が死亡。 (平成4年) - (現・)の煙火製造工場内倉庫、薬品庫で爆発が発生。 工場内で3人死亡、負傷者58名。 (平成15年) - の南国花火製造所で、花火の詰め作業を行っていた最中に爆発。 作業員10人全員が死亡。 (平成20年) - の「津野町夏祭り」で暴発、10人が重軽傷。 火災事故 [ ] 「」も参照 車両火災 [ ]• (昭和42年) - の側入口より40メートル地点で大型トラックがエンジンのを起こし、積載していた製品に引火。 死者はなかったものの、車輌13台が焼失した。 (昭和54年)7月11日 -。 の内で乗用車2台とトラック4台による追突事故が発生、事故車両に可燃物を積んだトラックが含まれていたこともあって65時間にわたって延焼、173台もの車両を焼失した。 人的被害は死者7名、負傷者2名。 (平成20年) -。 の下りとの合流地点を走行していたタンクローリーがカーブで横転・炎上した。 死者はなかったが、の路線部は甚大な被害を受け、単独車両による事故としては国内史上最大規模の損壊事故となった。 (平成28年) - のでからしていた車列にトラックが衝突、12台が玉突き状に衝突した上に5台が焼失し2人が死亡、71人が負傷した。 電気事故 [ ]• (大正15年) - で電気会社の作業員8人が、風に煽られて高圧電線と接触・感電。 (昭和4年) - (現・)で工員2人が感電し1人死亡、一帯が40分間停電した。 (昭和25年) - 千葉県富里村(現・)で漏電していた電柱に犬を繋いだ中学生が感電、救助しようとした家族3人も巻き込まれ父親が死亡。 (平成11年) - で航空自衛隊の航空機が墜落、高圧送電線を切断。 首都圏約80万世帯が停電。 (平成18年) -。 東京都と千葉県の間を流れるで、船が東京電力の高圧送電線に接触し損傷。 東京都心部など139万軒以上が停電。 (平成20年) - にある構内で、16歳の少年が特急電車の屋根に登り感電、重症。 (平成26年) - にあるで、海水浴帰りの高校生男女8名のうち、男子高校生1名が持っていた長さ約5メートルの製のを振り回して遊んでいるうちに誤って架線に接触させ感電、両手両足に重い火傷を負い重傷。 2014年(平成26年) - に停車中の新幹線電車に25歳の無職男性がよじ登り、架線に触れて感電し火傷を負うなどして死亡。 (平成27年) - で漏電したに7人が感電し2人死亡。 2017年(平成29年) - 南部の都市で、人々が衛星放送でサッカーヨーロッパリーグを観戦していた建物に高圧線が落下し、少なくとも7人が死亡、11人が負傷して病院に搬送された。 群集事故 [ ] 「」および「」も参照• (4年) - 現在ののの落橋事故。 死者440人、負傷者・行方不明者を入れると1,400人以上。 「永代と かけたる橋は 落ちにけり きょうは祭礼 あすは葬礼」 ()• - ので、皇帝即位記念に配給された食物を求める人々が将棋倒しとなり、1,389人が死亡。 (明治30年) - にかかるの崩壊事故。 両国川開きの花火を見ようと詰めかけた見物人の重みで欄干が壊れ、見物人が川に落ちた。 死傷者数十名を出し、花火は中止となった。 (明治36年)12月30日 - のの火災。 逃げ惑う観客がパニックとなり、焼死者の他に多くの圧死者を出した。 火災全体で602人死亡。 (昭和9年)1月8日 -。 ので発生した入隊の見送り客による群衆雪崩事故。 (昭和21年)3月9日 -。 ので行われた試合で将棋倒しが発生し33人が死亡、400人以上が負傷。 (昭和22年) - のの見物を終えた群衆が方面に殺到し、6人が圧死。 (昭和23年)• - ので、前身にあたる「川開き」の見物に集まった群衆が殺到、欄干が落下し群集が転落した。 - ので、プロ野球の創設15周年記念無料オープン戦(対戦は、、の3球団からの選抜チーム)観戦に集まった群衆を時間を繰り上げて入場させたところ、将棋倒しが起き死者2名、重軽傷者29名が発生した。 (昭和25年) - ので、プロ野球公式戦観戦に集まった群衆を時間を繰り上げて入場させた際、入口のトンネルでの転倒により将棋倒しが発生、3名が死亡した。 (昭和29年) -。 東京都のでのに集まった群衆がとなった。 (昭和31年) -。 のでに集まった参拝者が将棋倒しとなり、124人が死亡した。 (昭和34年) - のにあるでに開催された野外市民コンサートの途中で突然の豪雨が降り、これにより3万人もの観客が屋根のある出口付近に殺到。 67名が圧死した。 犠牲者の大半は子どもだった。 (昭和35年)• - 韓国のにての客で混雑していたで列車に乗ろうとした乗客が将棋倒し、31人が死亡。 3月2日 -。 の体育館で行われた『』公開録音の開門時に殺到した観客が将棋倒し、12人が死亡・14人が重軽傷。 主催したラジオ関東(現・)が、会場の収容定員を上回る招待券を出していたことが原因。 (昭和36年) - (現・)の松尾鉱山小学校で行われた祝賀会のあとで、映画鑑賞会へ向かう小学生などがとなり10人が死亡、10人が負傷。 (昭和39年)5月24日 -。 ので行われたサッカーの国際試合の判定を巡って観客が暴徒化し、警官隊が鎮圧のため催涙弾を使用。 出口に殺到した観客が将棋倒しとなり319人が死亡、500人が負傷。 (昭和42年) - ので一般開放していたで、観客の1人が転倒したことから観客が将棋倒し。 女性1人が死亡し、27人が負傷。 (昭和46年)1月2日 -。 ので行われた対のサッカーリーグ戦の試合後、出口へ向かう観客が階段上で将棋倒しとなり10数メートル下まで転落。 66名が死亡、負傷者約200名。 (昭和48年) - にあるでNETテレビ(日本教育テレビ。 現・)の公開録画が行われたが、開門時に殺到した観客が将棋倒しになり11人が重軽傷を負った。 会場の収容定員を上回る招待券を出していたことが原因。 (昭和51年) - の複数の販売所で買い求めに集まった客が殺到。 との会場で各1名が死亡、全国で40名以上が負傷。 この事故を受け、翌年より購入は往復はがきによる申し込み制に変更された(1995年まで)。 (昭和54年) - の開催中ので、入場券売り場前にいた群衆が販売が開始されたと思いこんで殺到、倒れた小学生2名が死亡。 (昭和57年)• の(現・イオンフードスタイル新松戸店)で当時大ブームだったアニメーション番組『』のを購入するため、開店と同時にエスカレーターに殺到した小中学生250人による将棋倒し事故が発生した。 のレーニン・スタジアム(現・)で発生した将棋倒し。 公称の死者は66人と発表されたが、後年、死者340人超と推定されている。 (昭和60年)5月29日 -。 のにあるヘイゼル・スタジアム(現・)で、暴徒化したサポーターが相手チームの観客席になだれ込み、老朽化した競技場の一部が崩壊。 死者39名、負傷者400名以上を出す大惨事になった。 (昭和62年)• ので行われたロックバンドのコンサート中に観客がステージ前に殺到、に。 死者3名重軽傷者27人。 LAUGHIN' NOSEは引責謹慎。 担当していたラジオ番組も降板した。 - ()。 のにある陸家嘴で自転車に乗った乗客らが殺到、将棋倒しとなり66人が死亡、30人近くが重軽傷。 現場は2014年に起きた群集事故(後述)と至近距離にあり、27年後に同様の事故が発生したことで、このときの教訓が生かされなかった。 (平成元年)4月15日 -。 イギリスのにあるで、立見席に観客が詰め込まれ、圧死者96人、負傷200人以上のイングランドサッカー史上最悪の事故となった。 これ以後、イギリスのスタジアムから立見席が廃止されることとなった。 (平成2年) - ()。 の大巡礼の群集がからミナへ通じるトンネル内で将棋倒しを起こし、1,426人が死亡。 ハッジでの群集事故としては当時史上最悪のものとなった。 事故発生地点は(左)と(右)の境界• (平成5年)1月1日 - ()。 午前0時過ぎ、のランカイフォン(蘭桂坊)にて新年を迎える人々が揉み合い状態になりとの境界地点で将棋倒しが発生、1人を含む21人が死亡し62人が重軽傷を負った。 (平成13年)7月21日 -。 兵庫県の花火大会後に付近ので発生した事故。 (平成15年) - にあるで行われた対戦の終了後(試合は阪神が7-2で勝利)にがグラウンドに乱入し中日ファンを挑発、中日ファンもグラウンドに乱入し乱闘となった。 その際に防犯用の唐辛子系催涙スプレーとみられるものが噴射され、観客53人が目やのどの痛みで治療を受け、うち31人が病院搬送、7人が入院する事態となった。 この一件以降、中日は阪神との主催地方試合の開催を(平成25年)まで行わなかった。 (平成17年)• ので巡礼者が移動中、の流言が流れパニックとなる。 将棋倒しにより965人が死亡。 - 韓国のの競技場で行われたコンサートで将棋倒しが発生、11名が死亡し70名あまりが負傷。 (平成20年) - のので将棋倒しとなり、約150人が死亡、50人以上が負傷。 (平成22年)• - ので芸能人が見られるとの噂が立ち、人々が殺到して将棋倒しとなる事故が発生。 - ので行われたで、2つのルートから会場に入ろうとする人と、会場に入れずに帰ろうとする人が一か所に押し詰められる状況となり、21人が圧死、500人以上が負傷した。 この結果、ラブパレードは廃止されることとなった。 - ので、年中行事「水祭り」で夜に行われたボート競技に集まった見物客が、にかかる橋の上で倒れるなどして、345人以上の死者と、300人以上の負傷者が生じた。 この日は祭りの最終日で、全国から300万人以上の観客が集まっていた。 (平成26年) -。 上海市ので年越しを迎えようとした市民が、広場の階段で揉み合い状態になった挙句に転倒。 36人が死亡、47人が負傷した。 (平成27年) -。 ハッジに訪れていた多数の巡礼者が将棋倒しとなり2,181人以上が圧死。 ハッジでの群集事故として1990年の事故を上回り史上最悪となった。 自然災害 [ ] 火山災害 [ ] 「」および「」を参照 土砂災害 [ ]• (13年) - (北部)のがによって山腹が崩落。 大量の土砂が近くにあったおよび城下町を埋没させた。 これによって城主以下の一族郎党や領民たちが死亡し、日本史的にも類を見ない「天変地異による大名家の滅亡」となった。 (大正15年) ー (現・)で大雨からが発生、家屋21戸が流出し24人が死亡。 2年後のにも、同様の土石流災害による被害を被った。 (昭和10年) - 日立町(現・)で折からの豪雨で山腹が崩落、斜面を造成して建てられていたの鉱夫住宅が巻き込まれ30人が死亡。 (昭和10年) - の北海道硫黄・小串鉱業所一帯が崩壊、鉱業所や事務所・鉱夫住宅や学校の分教場が埋没し245人が死亡。 (昭和28年) - のが崩落し別院などが埋没。 投宿していた(現・)町長夫妻や学童など28人が死亡。 (昭和36年) -。 のが折からのによる豪雨で、山裾を流れていた小渋川対岸まで被害が及び42人が死亡。 (昭和38年) - ののの周囲の山で大規模な地すべりが発生。 ダム湖の水が溢れ、下流の村落が飲み込まれる。 死者2,125人。 (昭和40年) - 神奈川県(現・川崎市久末)で住宅地裏に廃棄されていたの山が突然崩壊し、4万立方メートルの石炭灰が住宅15棟を飲み込み60人が生き埋め、24人が死亡した。 (昭和41年) -。 にてによる豪雨で大規模崩落が発生。 (現・)根場集落を襲い94人が死亡・行方不明。 またのでも山津波から旅館9軒が倒壊し、宿泊客など32人が死亡。 (昭和43年) -。 岐阜県ので、2台のバスが集中豪雨に伴う土砂崩れに巻き込まれて増水していた飛騨川に転落。 死者104名。 (昭和46年)11月11日 -。 神奈川県・川崎市ので・通商産業省(現・)・が合同して行った斜面崩落実験が、当初想定以上の崩壊を起こす。 実験の関係者や取材陣が巻き込まれ、15人が死亡。 (昭和47年) -。 (現・)の追廻山がによる集中豪雨から断続的に崩壊。 最初の小崩壊で巻き込まれた員を捜索していたところに大規模な崩壊が襲い()、救援活動にあたっていた関係者やの駅員さらには駅に停車中の列車の乗客・乗員など60人が死亡。 (昭和53年) - (現・)で雪解け水から河岸一帯の地盤が緩み、が発生。 断続的に地滑りが発生し、救助隊も巻き込まれる二次災害も発生した。 (昭和60年) -。 ので集中豪雨から地すべり発生。 が寸断され、中腹にあったが崩壊し26人が死亡。 (平成11年) -。 の活発化による豪雨からの崩壊による土石流がとを中心に発生。 下だけでも31人が死亡し、1人が行方不明。 (平成18年)2月17日 - ので地震の後に地滑りが発生し、村一つを飲み込む。 50人の死者を確認、また約1,500人が行方不明となった。 (平成21年) - の小林村(現・)で、台風によって山が崩壊()。 大量の土砂が村を埋没させた。 これにより491人が行方不明となった。 (平成25年) - 東京都のからの噴出物からなる地盤がによる大雨によって崩落。 元町地区を中心に建物が損壊し、47人が死亡・行方不明となる。 (平成26年) -。 と一帯で局地的豪雨により土石流が発生。 水没事故 [ ]• (大正4年) - 沖を採掘していたで落盤から海水が流入し水没、235人が死亡・行方不明。 (大正10年) - の坑道が落盤し周防灘の海水が流入、34人が死亡。 坑道は閉鎖され、の一部として採掘が続けられた。 (昭和13年) - の建設現場が折からの豪雨で水没、作業員1人が死亡。 (昭和17年) - 長生炭鉱の坑道が落盤し海水が流入、183人が死亡。 (昭和35年) - で、による中元寺川の増水から河底を採掘していた上尊鉱業豊州炭鉱が落盤。 川の水が大量に流れ込み坑内が水没、67人が死亡。 (昭和40年) - の工事現場で潜函工法作業中のところ圧縮空気を送っていたポンプが故障、が水没し作業員6人が死亡。 (昭和44年) - に架かるの基礎工事作業中に水止めの鋼矢板が崩壊して水没、の作業員8人が死亡。 (昭和51年) - 東京都室町での工事現場で、の水が流入。 や建物にヒビが入る被害が出て、同地域一帯での工事は2か月以上中断した。 - のにて、湖底下の塩坑に水が流入。 島やメキシコ湾の海水も巻き込んだことで、湖がと化した。 (平成3年) -。 の放水路トンネル建設現場に氾濫したの水が流れ込み、作業員7人が死亡。 (平成20年) - 東京都の下水道工事現場で、工事中の下水道内で急激な増水により5人が流されて死亡。 落雷事故 [ ] 「」も参照• (昭和30年) - でキャンプ中のテントに落雷。 4人死亡、5人負傷。 の上空を飛行中の旅客機が落雷のため空中爆発し墜落。 81人死亡。 (昭和42年) -。 の2年生の登山パーティーが登山中に雷雨に遭遇、避難中に落雷の直撃を受け11人死亡、13人負傷。 (昭和56年) - の秋川渓谷でキャンプ中に落雷。 1人死亡、2人負傷。 (平成2年) - で開催中のスーパーバイク世界選手権で、午後のレース待ち時に雷雨。 主催者の用意したテントに入りきれなかった一部観客が松林で雨宿りしていたところに落雷が直撃、15人が負傷。 (平成8年)• - (現・)で風呂場付近の落雷が原因で火災が発生、小学生2人が焼死、4人負傷。 - でサッカーの試合中に落雷、頭部に直撃を受けた高校サッカー部男子生徒(当時16歳)が両眼失明、下肢機能全廃、上肢運動能力減弱、言語障害の重度後遺障害を負う。 試合を主催した市体育協会などが3億円の賠償金を支払うことになった。 (平成17年) - のの火薬工場に落雷、直後に大爆発。 作業員19人が死亡、10人負傷。 (平成19年) - 中国の重慶市の小学校校舎に落雷。 避雷工事が未実施の校舎で窓から2教室内に雷が侵入、窓近くの壁に体を接して着席していた学童7人が死亡、44人が負傷。 (平成25年) - で5日から翌にかけてによる天候悪化から落雷が多発、子ども9人を含む32人が死亡。 (平成26年) - で野球部所属の男子生徒投手(当時17歳)が試合中、ピッチャーマウンドで落雷を受け死亡。 洞窟事故 [ ] 「」も参照 異物混入 [ ]• - ()。 ので屋台で売られていた菓子にが混入、児童ら200人以上が死亡しイギリスで食の安全に対する法的整備が進むきっかけとなった。 - ある業者がの嵩増し用にを混入。 30名がメタノールの中毒で死亡し、など多くの被害者を生んだ。 が製造した粉ミルクにヒ素が混入。 結果、1万3,000名もの乳児がヒ素中毒になり、130名以上が中毒死、多数に後遺症が残った。 食用油脱臭のために熱媒体として使用されていたが配管作業ミスによる配管部から漏れて混入し、加熱によりに変化。 結果、多数が健康被害を受けた。 - ()。 やから輸入されたで消毒済みのやの種子が誤って食用に供せられ、公式発表で650人が死亡。 実際にはその10倍以上もの死者が出たと推定される。 - ()。 に有毒な工業用の油が混入、全土で2万5,000人が発症し、600人が死亡。 - にて露天商が販売していたの揚げ物に誤って系の農薬が混入し、小学生ら27人が死亡し100人以上が入院。 食中毒 [ ] 詳細は「」を参照 製品・機器・器具事故 [ ] に絡む事故。 一酸化炭素中毒事故 [ ]• (昭和37年) - の畔の別荘で、準工業用の調整器を取りつけていたことから、が発生。 泊まりに来ていた10人が一酸化炭素中毒死。 (平成17年) -。 松下電器産業(現・)が販売した使用による一酸化炭素中毒事故で死亡者が出たことが発覚。 対象機種の引き取りもしくは点検修理を継続して告知している。 (平成18年) -。 パロマ工業(現・)が製造した屋内設置型のFE式瞬間湯沸器で、不完全燃焼による一酸化炭素中毒事故が多数発生していたことが経済産業省により発表され、最終的に28件、21人が死亡していた。 前述のパナソニック同様、点検・回収作業の告知を継続して実施している。 (平成20年) - の製パン店「石窯パンの店 ベーカリーファクトリー ゴッホ」で、強制排気装置をアルバイト店員が誤って止めたために、客と従業員計12人が一酸化炭素中毒となった。 発煙・発火・破裂事故 [ ]• (平成13年) - 、において、発煙・発火事故 (2001年(平成13年)8月から2003年(平成15年)4月)。 交通事故 [ ]• (平成12年) - (平成16年) -。 製の自動車に構造的欠陥があったにもかかわらず同社はリコールを隠蔽し、脱輪などに起因する人身事故が数十件発生。 建造物崩壊 [ ] サウスフォークダム崩壊によるジョーンズタウン市街地の被害• のにて醸造中の樽が破裂して大量のビールが噴出、2棟が全壊し9人が死亡。 イギリスのにあるが嵐に襲われ、走行中の列車を巻き込んで崩壊。 75人が死亡した。 - ののが激しい雨のため崩壊し、2,209人の死者を出す大惨事となった。 アメリカ合衆国のにあった糖蜜貯蔵用の貯槽(容量約870万リットル)が崩壊し、糖蜜の津波(高さ2. 5 - 4. 5メートル、時速60キロ)が市街地に押し寄せた。 21人が死亡、150人以上が負傷した。 - アメリカ合衆国の海峡に架かるが、当時いまだ耐風設計技術が未熟だったことにより施工中から風により激しく揺られ、竣工後間もなく落橋。 死傷者はなかった(ただし、橋上の車にいた犬が死亡している)。 (昭和30年) -。 の安倍鉱業でからが崩壊。 麓の45戸を押し潰した。 - フランスののにあったが大雨で湛水中に基礎地盤の地すべりが発生しダム本体が崩壊、下流の村を巻き込む水害となり死者421人。 (昭和50年) - ので豪雨に伴い流域の河川が増水、、など大小合わせて62か所のダムが連鎖的に決壊。 流域の住民や救援活動を行っていた軍兵士ら1,827人が死亡、全体でも推定2万6,000人が死亡したといわれている。 ののにあった空中通路が設計のミスにより崩壊。 ダンス大会に集まっていた人々を直撃し、114人が死亡した。 (昭和61年) - ので、設計ミスから建物が倒壊。 33人が死亡。 (平成元年)• 玉川の脇の岩盤が崩壊。 現場を走行中のマイクロバスを押し潰し、バスに乗っていた15人が死亡した。 の(ファンヘブクト)の(クムチョングン)を流れる礼成江(レソンガン)で工事中の橋が崩壊し、橋上で工事中の軍人500人以上が死亡。 金日成の誕生日までに完成せよとの指示を受け、無理な短縮工事をしたことが原因。 (平成6年) - のにあるが手抜き工事のため崩壊し、橋を通行中の乗用車やスクールバスが巻き込まれ、32人が死亡した。 (平成7年) - 韓国のソウル特別市にあるが営業中、突然5階建ての建物の半分が崩壊し、死者502人を出した。 (平成8年) - のにある平側坑口の約44メートルで岩盤が崩落して、乗用車1台と路線バス1台が下敷きになった。 20人が死亡。 - アメリカ合衆国ので建設中のが生の流し込み作業中に崩落、1人死亡、10人が重軽傷。 橋の構造や作業に問題はなかったが、乾燥した状態よりはるかに重い生コンクリートの重量に耐えられなかった(同様の事故は以前にも発生している)。 - イスラエルのにあった4階建てのベルサイユ結婚式場で、結婚式の最中に3階の大部分が1階まで崩落して23人が死亡し380人が負傷。 違法工事が原因だった。 - アメリカ合衆国の中心街の、のが崩壊し、オペレーターが重傷を負った。 のちの調査で建設計画のから構造上の欠陥が発見されたが、毎年定期検査を行っているにもかかわらず38年間崩落するまでその部分は問題とはならなかった。 アメリカ合衆国のにある - 間を結ぶ35W号線が崩落。 ラッシュアワーと重なり60台以上の車が転落、9人が死亡、4人が行方不明。 - のにて完成間もない5万人規模のの屋根が崩落。 競技などは開催されていなかったため死傷者は出なかった。 のにあるで天井板のコンクリート板がおよそ110メートルにわたって落下。 3台の車が巻き込まれ、9人が死亡。 ので建設中の7階建てビルが突然倒壊。 74人が死亡した。 の近郊の8階建ての商業ビルが崩壊。 死者1,127人、負傷者2,500人以上。 のにあるスーパーマーケットの屋根が突然崩壊。 二次被害の犠牲者も合わせて死者50人以上。 - の平川区域の23階建てのアパートが建設中に崩壊。 すでに入居中の労働党や軍関係者、新興資本家勢力ら多数の死者を出した。 - のにある、5名が死亡した、12名が負傷 その他 [ ] 放送事故 [ ] 詳細は「」を参照• (昭和63年) - の新入生歓迎会で、同大学の新入生が約5合を一気飲みして急性アルコール中毒になって死亡。 (平成3年) - の学園祭で一気飲みコンテストに参加した、他大学の学生がとなり死亡。 - アメリカ合衆国のでラジオ局が主催した大量の水を飲むことを競うイベントにて、7. 6リットルの水をトイレに行かずに飲み干した28歳の女性がにより死亡。 (平成20年) - 小平国際キャンパス内の自治学生寮で行われた新入生歓迎コンパに参加していた同大1年の男子学生が急性アルコール中毒で死亡。 一気喰い [ ] 食料品を一気に食べることなどにより、中毒やになりする事故。 (平成14年) - (現・)の中3男児が、友人らとの早食い競争でパンをに詰まらせ窒息死。 この事故は同年に報道されたが、これをきっかけに、当時放映されていたを題材とした番組が制作をとりやめた。 (平成20年) - で小6男児が給食パンをのどに詰まらせ窒息死。 誤食・誤飲事故 [ ] 乳幼児や高齢者に多く、食料品や飲料品以外のものを食べたり飲んだりして窒息や中毒を起こす事故。 誤食・誤飲には、、、お金、薬などがある。 「」および「」も参照• のの農薬工場で爆発が発生。 が飛散し周辺住民や家畜が被曝。 8月 - のにあるでウイルスが漏洩。 大学職員のが天然痘に罹患し死亡(天然痘による世界最後の死者)。 - のスヴェルドロフスク(現・)の生物兵器研究所において、炭疽菌の流出事故が発生。 詳細は「」の「スヴェルドロフスクの研究所事故」を参照。 のの化学工場からが流出し、数か月以内に3,500人以上、最終的には1万5,000人から2万5,000人が死亡したともされる。 9月 -。 ので廃病院に放置されていた放射線治療用機器から放射線源が盗み出され、放射線源と気づかれないまま解体業者に引き渡され放射性物質が漏出。 同年12月までに249人が汚染され、20人が入院治療を要し、4人が死亡した。 のの化学工場からが漏出。 5人が死亡、消防隊員・周辺住民合わせて4,000人あまりが診察または治療を受けた。 また、農地や家畜への被害のほか、500台以上の自動車の腐食が報告された。 リング禍(格闘技の試合中における事故) [ ]• 「買物客はさまれ死亡、名古屋の百貨店で、エレベーターのドア開く」『 大阪版』1954年(昭和29年)1月5日(大阪府立中央図書館所蔵)• J-CASTニュース ジェイ・キャスト. 2006年6月8日. 田才益夫. 2017年9月24日閲覧。 東京法律事務所. 2017年9月24日閲覧。 CINEMATODAY Inc.. シネマトゥデイ. 2013年11月12日閲覧。 朝日新聞東京本社版1967年10月23日付朝刊15面、「死のゴーカート遊び」「母親、髪を巻込まる」「むきだしのエンジン」「カバーさえあれば」「故障していた監視用テレビ」• 国立公文書館 アジア歴史資料センター. 2019年9月9日閲覧。 MSN産経ニュース 産経デジタル. 2008年8月16日. の2009年3月8日時点におけるアーカイブ。 海難審判庁 2006年9月22日. 2006年10月21日時点の [ ]よりアーカイブ。 2013年6月6日閲覧。 FNNニュース フジニュースネットワーク. 2008年8月2日. の2008年8月11日時点におけるアーカイブ。 きままに備忘録and TIPS きままに備忘録. 2014年7月26日. 2016年5月26日閲覧。 2015年6月8日. 2015年6月8日時点の [ ]よりアーカイブ。 2015年10月20日閲覧。 2015年7月26日. 2020年2月6日閲覧。 AFP AFP. 2017年4月21日. 2017年4月21日閲覧。 ・第97回(江戸の大事故)、2014年2月10日放送• 』 青春出版社〈青春文庫〉、2004年3月20日、186-188頁• 沢柳政義『野球場大事典』大空社、1990年、p. 288• 沢柳政義『野球場大事典』大空社、1990年、p. 292。 これとは別の群衆がフェンスを乗り越えようとぶら下がった際にフェンスが転倒し、合計41人の重軽傷者を出している。 YOMIURI ONLINE 読売新聞社. 2008年11月4日. なお、松本市での死者の死因はである。 阪神球団主催の中日戦については、高校野球期間中を中心に関西圏・岡山県での開催が行われた。 寒川旭『秀吉を襲った大地震』平凡社新書、2010年• 寒川旭 『地震の日本史』 中公新書、2007年• YOMIURI ONLINE 読売新聞社. 2008年9月17日. の2008年9月20日時点におけるアーカイブ。 しんぶん赤旗 2005年2月• アプライアンス社. パナソニック 2008年10月1日. 2017年9月24日閲覧。 パロマ. 2017年9月24日閲覧。 MSN産経ニュース 産経デジタル. 2008年8月13日. の2009年1月29日時点におけるアーカイブ。 日立アプライアンス 2008年2月18日. 2013年6月6日閲覧。 TVBS 2019年10月2日. 2019年10月2日閲覧。 毎日jp 毎日新聞社. 2008年10月21日. の2008年10月21日時点におけるアーカイブ。 Report. IAEA. 1988. 外部リンク [ ]•

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遊園 地 事故

創業者は開園当初、創業地に「花の園」(通称:百花園)を開設して広く一般に公開をしていたところ、日本経済の好景気を背景に遊園地を開園するに至り、有限会社小山遊園地を起業して開園。 当初の名称は「小山遊園地」だったが、1969年から「小山ゆうえんち」に改称。 1979年4月「ゴールドプラン2000」(西暦2000年を見据えた将来のための第一次五ヶ年開発プラン)により誘致・企画し遊園地施設の拡張ゾーンに併設した4月13日小山ゆうえんち店(SC・テナント併設)が開業。 1980年3月、開園20周年を機会に『レインボーランド 小山ゆうえんち』の愛称を導入。 『レインボーランド』の意味は、西暦2000年を目標とした園内の将来開発で7つのテーマゾーンを設定したことに由来する。 その後、バブル崩壊やレジャーの縮小化と多様化の影響もあり、1992年に遊園地運営会社と経営会社が連鎖倒産。 晩年、1996年当時の開発規模は自社所有面積として約20万平方メートル(そのうち、開発済み所有面積は18万平方メートル)。 1960年 5月 - 創業者 林卯吉郎により花の園(通称:百花園)を創業地に開園。 1962年 4月 - 花の園(通称:百花園)に中・小規模遊具4機種(スカイバケットなど)を設置。 1964年 4月1日 - 有限会社 小山遊園地を創業。 1965年 4月 - 遊園地の運営会社を「思川観光株式会社」として新規会社を設立、初代社長に林卯吉郎が就任。 規模は約22万平方メートル。 1965年 11月 - アイススケート場をオープン、ヘルスセンター部門を別会社として思川観光株式会社を設立。 1966年 4月 - ヘルスセンター小山をオープン(現. )、レストハウスを開設、催事館完成。 1966年 7月 - 国内初の複線式ジェットコースターを導入、ボウリング場(全24レーン)が完成。 1967年 2月 - 初代社長の林卯吉郎急逝に伴い、二代目社長に林健太郎が就任。 1968年 4月 - 小山タワー(地上高120メートル、スイス ウィリービューラー社製、ストローク80メートル、建設費5億円)をオープン、タワービル完成、ウェディングプールが完成。 1969年 4月 - 小山遊園地の名称を『小山ゆうえんち』に改称、公式テーマソング(正式楽曲名「おやま! あれま! 」を導入、CIロゴ「小山ゆうえんち」を導入)。 1970年 7月 - サボテン苑が完成、(有)小山遊園地を思川観光(株)が合併し、経営統合。 1972年 7月 - 海浜プールが完成、大型観覧車を新規導入。 1973年 8月 - 動物園開園、をヘルスセンター小山前の記念撮影スポット付近に設置。 1975年 4月 - 回転ボートを新規導入。 1977年 4月 - 初の大型催事「昭和博覧会」開催。 1978年 4月 - 大型催事「のりもの博覧会」開催。 1979年 3月 - 不動産と遊戯機販売を目的とした思川企画株式会社を設立。 1979年 4月 - 「ゴールドプラン2000」に基づいた遊園地拡張用地に『ショッパーズプラザ』(株式会社ダイエー小山ゆうえんち店SC、ダイエーチェーン第160店目)を誘致・開業。 1979年 11月 - 日光市電工リンクを買収し、「屋内スケート場」として開設。 1980年 3月 - 開園20周年。 16億円を投じて4つの新アトラクション(スーパートレイン、シャトルループなど)を導入し、『レインボーランド 小山ゆうえんち』の愛称を導入。 1980年 8月15日~23日 - レインボーフェスティバル'80開催(8月15日「ミュージックフェスティバル」、8月23日・24日「スカイフェスティバル」)。 1981年 10月 - 米国ナッツベリーファーム社と提携、兼松、KGエンタープライズ社と提携し外部レジャー企画開発に進出。 1982年 11月 - スポーツプラザ「アメリカンビレッジ」が完成、新規開設。 1984年 3月 - 株式会社小山ゆうえんちの資本規模を4,000万円から3億円に増資。 1985年 3月 - ヘルスセンター小山を改修・リニューアルし、「ニューラドン温泉」オープン。 1986年 7月 - ニューバイキング、スピントップの2機種を新規導入。 1987年 3月 - ニューメイズを新規導入、(株)小山ゆうえんちの資本規模を4億8,000万円に再増資。 1988年 7月 - ウォーターパーク(流水プール、ダイビングプール、競泳プール、子供プール、スピードスライダープール、スパイラルウォータースライダー、造波プール、室内プール、屋外ステージ)を新規開設。 海洋水族館をオープン。 スカイパラシュートを小山タワーに併設・新規設置。 1992年 - 思川観光株式会社と思川観光企画株式会社が共に倒産。 1999年12月末 - 宇都宮地裁による会社更生・管財が認可され、翌年から新生「小山ゆうえんち」の開園が許可される。 2002年 1月 - 支援先の株式会社ダイエーが自社の経営改善と資源集中策で小山ゆうえんちの支援から撤退を表明。 2002年 8月 - ヘルスセンター小山を改築・改修してをオープン。 2005年 1月末 - 債権者集会で全事業を食品スーパーのに譲渡する更生計画(第三次変更計画)を承認、宇都宮地裁により即日認可される。 2005年 2月6日 - 小山ゆうえんち営業終了、同日に施設を閉鎖。 開店日:1979年(昭和54年)4月13日• 設計監理:大森一級建築士事務所、フジタ工業• 施工:フジタ工業、若築建設• 構造:鉄筋コンクリート造 地上二階建• 敷地面積:20,862平方メートル• 建築面積:11,548平方メートル• 延床面積:22,164平方メートル• 売場面積:16,381平方メートル(キーテナント9,725平方メートル、テナント4,108平方メートル、共有面積1,748平方メートル)• 店舗構成:ダイエー1階「食料品と味のフロア」、専門店街1階「センスと味のフロア」、ダイエー2階「ファッションとレジャーのフロア」、専門店街2階「ゆとりの生活ジョイフルフロア」• 駐車場設置規模:第1から第4駐車場 合計3,000台• 当年のゆうえんち事業は黒字ではあったものの、倒産と共に銀行からの借り入れが困難になったために休園日を増やすなどして対応していたが、維持費を下げるために一部の施設を閉鎖したのが裏目に出てしまい、入園者が減少して経営はさらに厳しくなっていった。 遊園地敷地内にとして出店していたが経営支援に乗り出し、再建を目指したが1月にはダイエー本体が経営危機のために支援から撤退してしまう。 このときにダイエーから支給されていた資金を元に敷地内に温泉を採掘して再建を目指すこととし、園内施設として開設済みだった「小山ヘルスセンター」を改修・増築する形で、2002年8月に日帰り入浴施設 「」をオープンさせて収益力の強化を図った。 しかし、2002年12月期から二期連続の赤字となり、「計画に基づく債務の弁済」が困難な見通しとなった。 頃には遊園地入場者数を温泉利用客が上回る状態となり、2004年3月には、温泉内に宿泊施設()が増築された。 閉園 [ ] 2005年に開かれた債権者集会で、全事業を食品スーパーのに譲渡する更生計画(第三次変更計画)を承認、宇都宮地裁により即日認可された。 思川観光は譲渡代金で金融機関など10社に対する債務を一括弁済、更生手続きを終結させ2月末をもって会社を清算し、同時に既設の温泉施設と宿泊施設を含めた敷地と所有権を分離独立させ『小山温泉 思川』とした。 経営権委譲後の2005年には小山ゆうえんちの閉園が正式に発表された(温泉施設などは運営を継続させる方針を示した)。 閉園後 [ ] 閉園後の跡地取得と再開発権利を有するザイマックス・プロパティーズの管理下で3月下旬から「小山タワー」を始めとした園内遊戯施設は順次解体され、春までに観覧車とメリーゴーラウンド(からの譲渡物)以外の撤去を完了して更地となった。 同年秋には大型商業施設 「」の建設に着手。 3月に一部開業、7月に全面開業した。 これらの遊戯施設はハーヴェストウォークの管理下で現在も稼動を続けている。 閉園前のおもな施設 [ ]• 小山打撃王• 小山わんわんふれあいパラダイス (エリア名『ふれあい動物広場』)• イチゴ狩り• ウォーターパーク小山• 小山ゆうえんち付属小山ペット総合学院• わんぱく芝生広場• 不思議の森• 中央案内所(救護所、授乳室併設)• 小山タワー• アマゾン下り• 催事館(常設屋内イベント施設。 レゴワールド、忍たま乱太郎3Dシアターなどを開催)• スーパートレイン()• 豆汽車• キディライド• ゴーカート• ココナッツランド• サークルボート• ジャイアントホイール()• シャトルループ• ジャングルマウス• スーパースイング• スカイサイクル• スカイパラシュート• スカイジェット• スピントップ• ダブルフェイスコースター• ティーカップ• バイキング• フライングカーペット• 豆自動車• ミステリーハウス ミステリーの館• ミラーハウス• メルヘンの館• ふわふわランド• キッズテラス• チャイニーズオープンカフェランチ「好好」(ハオハオ) エリア名『おまつりイベント広場』• わしょくやたい(温かい日本そば、うどんなどを提供)• カレーやたい(カレーライス類、米飯セットメニューなどを提供)• ラーメンやたい(各種ラーメン類を提供)• おまつりやたい(各種ドリンク、かき氷(夏季のみ)、温かいスープ、おでんなどを提供)• おまつりショップ(マスコットキャラクター商品、文具類、ファンシー小物類などを販売)• 特設中央ステージ(マスコットキャラクターのオリジナルショー、テレビキャラクターショーなどを開催)• サンテラス・レストラン(軽食メニュー、喫茶営業、休憩所兼用) エリア名『アメリカンビレッジ』• スイミングプール(夏季のみ営業)• ビリヤード場• ボウリング場• 卓球場• ゾウのファントくん、イヌのパヒーちゃん、コアラのニーラちゃん、ブタのブータン、ゴリラのリッキーくんで、彼らはそれぞれが意匠化され、園内各所のサインポールや看板類、遊戯物運転室に貼られていたダイカットステッカーなどにあしらわれていた。 また、着ぐるみも存在し、園内でグリーティングを行っていた。 2000年に新マスコットキャラクターの「ゆうき」と「きらら」(ブルーとピンク色のうさぎのキャラクター2体)が登場すると5体の存在は消滅した。 2000年から2005年2月までの約5年間は、新マスコットキャラクターのゆうきときららが園内に登場しグリーティングを行ったり、外部PRイベントに出演するとともに、園内で販売されていたオリジナルキャラクターグッズ類(定規、ボールペン、ノート類、お菓子類など)にプリントされた。 閉園前のグループ会社 [ ]• (株)小山ゆうえんち• 思川観光(株)• 思川企画(株)• 東京エーシーエー(株)• ACエージェンシー(株)• 柿木工業(株)• 喜沢建設(株)• (有)柿木石油• 思川産業(株)• 楽曲名:「おやま! あれま! 作詞:• 作曲:• 歌:ABCこどもコーラス• 付記:JASRAC全信託済、小山ゆうえんちCMソングもキダ・タロー作曲。 不祥事・事故 [ ] ジェットコースター衝突死亡事故 [ ] 1971年8月18日:アルバイト従業員の高校生がジェットコースターの乗客が落とした財布を取ろうと線路内に入った際、高速で突っ込んできた4両編成のジェットコースターに撥ねられて死亡した。 回転ブランコ負傷事故 [ ] 2003年10月13日:従業員が回転ブランコを始動させたが作動しなかったため、従業員が乗客に降りるよう指示した。 乗客が降りようとしたところ、突然遊具が動き出し、4人が負傷した。 その他 [ ]• 有名なの曲『おやま! あれま! 』(通称「小山ゆうえんちの唄」)は、作詞、作曲による。 時代や季節により歌詞や編曲が異なる数バージョンが存在するが、2004年現在、最新の2003年バージョン(小山温泉 思川バージョン)は小山ゆうえんちオフィシャルサイト内でも公開されておらず、歌詞の詳細は不明である。 この曲は、かつてテレビコマーシャルに出演していたの持ちギャグの1つになっているという説もあるが、詳細は不明である(テレビコマーシャルに桜が起用されたのは、ギャグが受けてゆうえんち側が「宣伝になる」と依頼したからである)。 同曲は2005年の閉鎖まで園内の一部でBGMとしてで流されていた。 施設が閉鎖された2005年以降は全く日の目を見なかったが、CDアルバム「CMソング傑作選」(2009年発売)、「のほんまにすべて」(2010年発売)の中に収録され、曲の一部が聴けるようになった。 などで朝に放映されたアニメ番組の提供クレジットには小山ゆうえんちではなく「 小山遊園地」と表記されていた。 かつて、小山ゆうえんちに2体いたの名は、 ゆうきと きららである。 「ゆうき」と「きらら」が登場した2000年以前、小山ゆうえんちのオリジナルマスコットは「 ニーラちゃん」たち合計5体のキャラクターだった。 同キャラクター達は園内のジェットコースターや券売所など各所にペイントされたり、ステッカーが貼られたりしていた。 また、横浜ドリームランドが閉鎖された2002年以降、同園で使用されていた着ぐるみの一部(ウサギ、パンダ、船長など)が小山ゆうえんちへ譲渡され、小山ゆうえんち園内のイベントステージに2003年まで出演していた。 小山ゆうえんちが閉鎖された2005年以降、「ゆうき」と「きらら」の2体のキャラクターはハーヴェストウォークの季節イベントに不定期で出演していたが、定期的なキャラクターグリーティング等のイベントは一切行われていない。 また、2009年以降「ゆうき」「きらら」は共に着ぐるみがリニューアルされた。 リニューアル後は以前の「ゆうき」と「きらら」に似た顔かたちではあるが、若干可愛らしさに欠ける造りになっている、とする意見がある。 1982年6月11日放送の「」第12話『遊園地へ急行せよ! UFO少年大ピンチ』の回で、小山タワーや園内施設での撮影が多数行われている。 "マクー空間"内にも園内施設の乗り物等が多数撮影されている。 「」第17話『むらさき色の遊園地!悪魔の墓場』で、ゴレンジャーと黒十字軍の戦闘シーンが小山遊園地(漢字表記)内で行われている。 映像にはスリルハウスや観覧車などが映っている。 「」第22話「お化け屋敷に風魔が出た!!」で、小山タワーや園内施設内での撮影に使用された。 アクセス [ ] 鉄道利用• 西口より小山駅西循環バスで「小山ゆうえんち」下車、または無料送迎バスを利用 自動車• 無料駐車場あり 脚注・出典 [ ] [].

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