呼べよ花の名前を。 米津玄師 馬と鹿 歌詞

馬と鹿(米津玄師) / コード譜 / ギター

呼べよ花の名前を

この曲は、TBSテレビ日曜劇場 ノーサイド・ゲームの主題歌になっています。 残念ながら私は1回も見たことがありません。 しかし、ストーリーだけはネタバレサイトで見ております… そのうちビデオになったら一気に全部見ようかなと目論んでいます。 このMVを見た時から何となく無性に米津玄師がどんなことをを考えてこの曲とこのMVを作ったのか考えたくなりました。 最初パッと見て、不思議すぎて何のことかさっぱりわからなかったのでw 今日の時点ではまだCDも発売されていない状態ですし、正解は何もわかりませんが、私なりに『こんな感じなのかなー』という考察をしてみたいと思います。 最初に謝っておきます。 では、批判に負けず書きます! もくじ• 4足歩行である• 哺乳類である• 草食動物である• 鹿のオスは角が生える(トナカイはメスも生える)馬は生えない• 馬は人が乗れるほど大きく成長する 鹿は馬に比べるとサイズ的に小さい• 馬には鬣(たてがみ)がある これを読んだ上で下のジャケット写真をご覧ください。 これは米津さん自らが書いたそうです。 米津さんは絵がうまいことでも有名ですよね。 MVなんかでもよく登場します。 おそらく 『雄の馬+鹿』 強い馬をベースにして、さらに雄鹿のチカラの象徴である角を足しています。 最強ですね。 簡単に言えば『蛇足』です。 一見『馬鹿な絵』ということになるのでしょうか。 しかし、米津玄師が考える『馬鹿』というのは 『こうまで強く見せられる』んだというメッセージであるように見えます。 『馬鹿』=『強い』、馬鹿になるくらい人は強くなれるんだよという 『馬鹿になってでも強く生きろよ』という強烈なメッセージのように私には感じます。 そして、これがこの曲の考え方に大きく影響してきます。 2.MV考察 先ほども書きましたが、MVは米津ワールド全開です。 本来なら画像を差し込みながら解説をしたいところですが著作権的にちょっと怪しそうなので文章で書いていきたいと思います。 米津さんの歌のテーマで多いのが『 愛と孤独です』。 米津さんにとって 『愛はいつでもかけがえのない大切なもの』。 孤独は 『常に人間(自分)に付きまとうもの』。 という定義があるような気がします。 『孤独だけど愛に気づけば何でもできる』みたいな。 おそらくこの歌の大きな設定としては2つあって• 社会の色々なルールやしがらみ、競争からの脱却• モヤモヤした人間の色々な感情が愛に気づくことによって解放 1に関しては勿論主題歌なのでドラマノーサイド・ゲームに合わせた視点です。 しかし、米津さんはさらにそこに2の『愛』というテーマも歌に盛り込みます。 この歌の物語、主人公は男で、もしかしたら最愛のパートナーを亡くしている設定かもしれません。 昨日まで一緒にいた大切なパートナーが不意に亡くなってしまったり、京アニ事件などで急に最愛の人を亡くしてしまった人たちへのメッセージと、亡くなった人達への鎮魂歌のような位置づけなのかもしれません。 『君を亡くして今はボロボロだけど、君との愛に気づいたから強く生きていこう』 『馬鹿になるほど狂おしいくらい君を愛していることに気づいた』 『亡くなった君も天国で僕の愛に気づいてほしい』 そんな感じの歌のようにも聞こえます。 MVのポイント MVのポイントは次の5つになりそうです。 最初見た感じは何となく『蜘蛛の糸』を連想させるシーンだけが印象に残りますが、何回もよく見ていくと感情の変化に引き込まれます。 これはMVを何度も見てもらうためにわざと層を作って視聴者を飽きさせないようにしている工夫のように見えます。 歌の冒頭部分、米津さんは屋上にいます。 辺りも明るい風景です。 米津さんの表情も普通な映像。 これはおそらく『地獄から脱出後の映像(愛に気づいた後)』だと思われます。 0:44あたりから組体操のような人が大勢いて何かのオブジェ(女性器っぽい?)を作っている映像が出てきます。 この人たちはよく見るとみんな女性です。 しかも割と屈強そうな女性がたくさん。 女性の力強さを表しているのかもしれません。 女性を表したいのであれば、普通きれいな女性やかわいい女性を1人カメラに写せばいいのですが米津さんの芸術性がそれを許しません。 『屈強な女性を使って女性の力強さを女性のシンボルマークを使って表している』ようにも見えます。 そうだとすれば手が込んでいるというか一般人は考えもつかない領域ですね。 歌に合わせてダンサーたちは『人の感情』を表現しているように見えます。 女性の感情がそのオブジェに詰まっているかのような動きですね。 そして、 1:23あたりで米津さんは右側に消えていきます。 次の映像からおそらく過去映像です。 最初、米津さんは松明を1つだけ持ってただ広い暗闇にいます。 地獄の入り口ですかね。 孤独で弱く、何も一人ではできない状態からのスタートです。 この時点ではまだ 弱いただの『孤独な一匹の馬』です。 愛に気づいていません。 しかし、今の自分では登ることは出来ないとやはり一瞬であきらめてしまいます。 そして、フードをかぶって自分の殻の中に閉じこもってしまいます。 色々とあーでもない、こーでもないと悩みます。 1;59頃に光を見つけます。 歌も『 まだ歩けるか 噛み締めた砂の味 夜露で濡れた芝生の上』 と映像に合わせています。 そこに何かあるかもしれないと気づきます。 その後たくさんのライバルたち(天国に行こうとする大勢)が少しの間登場します。 2:21頃にもう一度天国への出口を見据えて歌い上げます。 2:46頃ライバルたちが一斉に上を目指して1本のロープに群がります。 ここは『蜘蛛の糸』の話で出てくる場面です。 しかし、米津さんにはすでに上る(脱出する)決意があります。 2:59頃米津さんは覚醒します。 愛を掴むために強くなろうと決心します。 3:29いわゆる菅田将暉演出。 これは『死ぬことさえ怖くないくらいの強い決意』の表れでしょうか。 米津さんは菅田さんに曲も提供していますし、仲が良いのでわざとかぶせた演出かもしれません。 3:36からはクライマックスです。 もみくちゃにされながらもなんとか強い力で前へ前へと進んでいく、まさに『火事場の馬鹿力』を出す場面。 愛を携えた人の決意です。 4:17頃の米津さんの目には『生きる意志』が見えます。 そして生還。 誰もいない海です。 その感情に打ち勝つためには強い意志や決意が必要。 馬鹿力を出して『愛』をつかみ取る。 しかし、モヤモヤした感情を打破しても、死んだ人は帰ってこない。 結局孤独であることには変わりがない。 それも現実。 このMVの三層構造を理解すると割とすんなり解釈できるような気がします。 そして、最後に海を出すことで海つながりで次の曲 『海の幽霊』につなげる。 という解釈です。 少し強引なところもあるかもしれませんが私はこんな風に感じました。 MVを見ながら読み直してもらえるとありがたいです。 3.歌詞の考察 上記MV考察を加味しながら歌詞を読み進んでいくと歌詞はだいぶ理解できるところが多くなります。 それでも難しいところもありますがw 歌は基本的にMVのポイントの2と3『社会(ノーサイドゲーム)と愛』の2層構造です。 しかし、歌の方はどちらかというと『人の愛』に重点が置かれています(MVとは逆)。 この歌をMVで表現化するために、表面上にほぼ誰でも知っている(学校の教科書にも載っています)『蜘蛛の糸』を米津さんは選んでいます。 歪んで 傷だらけの春 麻酔も打たずに歩いた 体の奥底で響く 生き足りないと強く まだ味わうさ 噛み終えたガムの味 覚めきれないままの心で ひとつひとつ 無くした果てに ようやく残ったもの 前半パートです。 様々なことに疲れ、傷だらけの自分。 行き足りないと嘆きながら、やる気だったり、生きる力だったりを失ってたどり着いた果てに残ったものが1つだけある。 最愛の人を亡くし、弱い自分に何とか鞭を打って生きている状態とも取れます。 これが愛じゃなければ 何と呼ぶのか 僕は知らなかった 呼べよ 花の名前を ただひとつだけ 張り裂けるくらいに 鼻先が触れる 呼吸が止まる 痛みは消えないままでいい サビです。 テーマ『愛』の解釈 たくさん悩んだけど君への愛だけは無くしていなかった、そのことを知らなかった。 たった一人愛した人、大きな声で叫びたいくらい愛している。 君のそばにいることで呼吸が止まるほど愛を感じる。 痛みは関係ないくらいに。 愛を感じることで 様々なことに疲れ、傷だらけだった自分のやる気や生きる力が回復していきます。 ここはスクラムを組んでる感じですかね。 勝利することに集中している様子がうかがえます。 疲れた その目で何を言う 傷跡隠して歩いた そのくせ 影をばら撒いた 気づいて欲しかった まだ歩けるか 噛み締めた砂の味 夜露で濡れた芝生の上 逸 はや る胸に 尋ねる言葉 終わるにはまだ早いだろう 2番の前半パートです。 1番の前半パートと感情の変化はほぼ同じです。 日々疲れた目をして、体もボロボロになりながらお客さんに愛想笑いをして、あっち行ったりこっち行ったり、自分という存在を認めてほしくて、自分の影をばらまきます。 生きることに疲れてしまい、もう終わりかなと考えるが、ちょっと待てよと思い直す。 誰も悲しまぬように 微笑むことが 上手くできなかった ひとつ ただひとつでいい 守れるだけで それでよかったのに あまりにくだらない 願いが消えない 誰にも奪えない魂 2番のサビです。 1番の歌詞と違うところは、愛を前面に押し出していない所です。 どちらかというと 『後悔』や 『欲望』に近いもののように感じます。 周りの人に合わせられず不器用な自分を後悔している。 特にたった一人の自分の最愛の人を守れなかったことを後悔しています。 くだらない願いとは 『時間を元に戻してやり直しがしたい』という欲か、 『亡くなってしまった最愛の人を生き返らせてほしいと』いう欲か、いずれにしても叶うはずのないくだらない願いです。 何に喩えよう 君と僕を 踵に残る似た傷を 晴れ間を結えば まだ続く 行こう 花も咲かない内に Cメロです。 ここで初めて『君』という2人称が登場します。 この、君が出てくることによって、この歌は 『君』に対して歌っていることが確定的になります。 僕も傷ついているけれど、君も同じように傷ついている。 踵には似た傷が残っている。 だから一緒に少しでも早く行こう。 花が咲くのなんか待っていられないという、愛する人に1分1秒でも早く会いたいという気持ちが込められています。 余談ですが『 踵(かかと)』という言葉は先日発売したパプリカにも出てきています。 おそらく意識していると思われます。 『恐れずに』ではなくて『恐れるままに』という言葉を使うところがうまいですね。 弱い自分を否定していません。 どんなことでも最初は怖い。 でも、 怖がりながらでもいい『まずはやってみろ』と米津さんが言っています。 1番、2番の今までの重要な言葉をまとめています。 米津さんの歌の手法の特徴でもありますね。 最後に『止まない』という 新しい言葉を1つだけ入れるのも特徴的です。 4.最後に いかがでしたでしょうか。 ノーサイド・ゲームという題材だけで歌を書くとなると、そこまで厚みや深さを持たせることは出来ないという米津さんの感性が『愛』をプラスすることによって何倍にも膨らませることに成功しています。 ノーサイド・ゲームというドラマの本質を損なわず、それでいて様々な人の共感を得るような曲を書ける米津玄師という人物は、やはり誰もが認める天才です。 本人は謙遜していますが、結果がこれだけ証明しています。 たくさんのアーティストが存在する中で自分の色をしっかりと世間に広めています。 決して一般人がマネできるものではありませんが、同じ時代に生きて、彼の歌を聴けるということは幸福なことなのかもしれません。 今後もたくさんのヒット曲を出してくれることでしょう。 ファンの一人として楽しみに待ちたいと思います。

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米津玄師 馬と鹿

呼べよ花の名前を

Contents• 間違っているところ、聞き取れなかったところもあります。 歪んで傷だらけの春 麻酔も打たずに歩くと 体の奥底で響く 生き足りないと強く また始まるさ 噛み終えたガムの味 きれないままの心で ひとつひとつ無くした果てに ようやく残ったもの これが愛じゃなければ 何と呼ぶのか僕は知らなかった 呼べよ花の名前を ただひとつだけ 張り裂けるくらいに 鼻先が触れる 呼吸が止まる 痛みは消えないままでいい oh 何に例えよう 君と僕を 踵に残る似た傷を 晴れ間結えば まだ続く 行こう花の咲かないうちに oh これが愛じゃなければ 何と呼ぶのか僕は知らなかった 呼べよ恐れぬままに 花の名前を 君じゃなきゃ駄目だと 鼻先が触れる 呼吸が止まる 痛みは消えないままでいい あまりにくだらない世界が綺麗だ ???? 完全不意打ちでファンも騒然! 「海の幽霊」リリースから約一ヶ月だったのでまさかここで新曲があるとは思っていませんでした。 それも突然。 SNSでも大変話題になっていましたよね。 トレンドランキング1位でした。 それもそのはず、ドラマの終盤にいきなり米津さんの声が流れ出してびっくり。 ちょっとパニックになりました。 池井戸潤さんと米津玄師さんのコラボ…夢のようです。 池井戸潤さんの作品といえば音楽は服部隆之さん。 全員豪華ですね。 ドラマの主題歌は事前に発表されていなかったこと、池井戸潤さんが手がけるTBSのドラマは主題歌がないこともあるので今回も無いと思われていました。 それがまさか米津玄師さんだったとは…。 こんな解禁があるんですね。 最高のサプライズでした。 まとめ ドラマ「ノーサイド・ゲーム」のために書き下ろされた、米津玄師さんの新曲「馬と鹿」は歌詞とサビの力強い米津さんの歌声がとても素敵でした。 池井戸潤さんの作品の特徴でもある逆境から這い上がる姿、見ている人に勇気と見終わったあとスカッとした清々しい気持ちにさせてくれますよね。 今回のドラマも主演の大泉洋さん演じる君嶋がエリート街道を進んでいた大手自動車メーカーを左遷され、左遷先の会社のラグビーチームを再建していくとうお話です。 そんな逆境の中で奮闘していくドラマにピッタリな今回の新曲。 米津さんもTwitterの中で「逆境の中をひとつひとつ進んで行く様をどうにか音楽にできないかと探っていた末にこの曲が出来ました」とおっしゃっていました。 君島がどうやって這い上がっていくのかも気になりますし、ドラマと合わせてこの曲が流れると更に感動するものになると思います。

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呼べよ花の名前を

歪んで傷だらけの春 麻酔も打たずに歩いた 身体の奥底で響く 生き足りないと強く ああ 始まるさ 噛み終えたガムの味 噛み切れないままの心で 一つ一つ無くした果てに ようやく残ったもの これが愛じゃなければ 何と呼ぶのか僕は知らなかった 呼べよ花の名前を ただ一つだけ張り裂けるくらいに 鼻先が触れる 呼吸が止まる 痛みは消えないままでいい Wow wow… 何に喩えよう 君と僕を 踵に残る似た傷を 枯葉を揺れば まだ続く 行こう花の咲かないうちに Wow wow… これが愛じゃなければ 何と呼ぶのか僕は知らなかった 呼べよ恐れるままに花の名前を 君じゃなきゃ駄目だと 鼻先が触れる 呼吸が止まる 痛みは消えないままでいい あまりにくだらない世界が消えない 馬と鹿が主題歌のノーサイドゲームってどんなドラマ? 米津玄師の馬と鹿が主題歌のノーサイドゲームとはどんなドラマなのでしょうか?Wikipediaにあらすじがありましたので、楽曲を詳しく理解するためにも前提知識として引用します。 トキワ自動車経営戦略室次長の君嶋隼人は、滝川桂一郎が出したカザマ商事買収案件に反対する意見書で、滝川と対峙していた。 この案件は、結局取締役会で見送られたが、それからおよそ3か月後、君嶋は横浜工場総務部長に左遷させられる。 横浜工場総務部長は、トキワ自動車のラグビー部・アストロズのゼネラルマネージャー兼務と決まっていて、君嶋はラグビーについてまったくの素人ながら、着任早々監督選びに悪戦苦闘することになる。 アナリストの佐倉多英やキャプテンの岸和田徹の助言を受けながら、新監督は柴門琢磨に決まり、いよいよ新生アストロズが始動し、快進撃を続ける。 そして、君嶋は元上司・脇坂賢治から、見送られたはずのカザマ商事買収案件が復活したことを聞く。 引用: どうやらノーサイドゲームというドラマは企業エンターテイメントドラマのようですね!様々な 困難や逆境に立ち向かっていく様が描かれているのでしょう。 この逆境という言葉。 歌詞の意味を理解する上でかなり重要になりそうです。 なぜなら、米津玄師さんが以下のようなツイートをしているから。 逆境に立ち向かっていくヒーロー的なキャラを音楽で描くのはかなり難しいですが、一体どんな楽曲に仕上がっているのでしょうか。 歌詞の意味をしっかりみていきましょう。 「馬と鹿」とは動物の名前ですが、どういう意味で曲名として使われているのでしょうか? 馬と鹿。 この文字を見ただけで「馬鹿(バカ)」という言葉が頭によぎりますが、なぜ米津玄師は馬鹿を馬と鹿と表現したのでしょう。 考えていてもわからないので、まずは「馬と鹿」を分けて考えてみましょう。 まず、馬という動物から。 馬は昔から 高貴で縁起がいい動物であるとされています。 また、 綺麗 清潔か否かではないほう)というイメージがある動物ですよね。 現代でも競馬など賭け事や牧場の愛されつ動物の一つとして活躍している動物です。 次に鹿という動物。 鹿は、「古事記」に鹿の神「アメノカク(天迦久)」が登場したり、 神の使いとして鹿が使われたりするなど、古くから鹿は 神格化されている動物です。 また、鹿島神宮や春日大社では鹿が神の使いとして丁重に保護されているようです。 また、日本では勝利の象徴として、鹿が用いられていたそうです。 参考:) これらを包括すると、馬と鹿には「 高貴なもの」というイメージがあるわけです。 馬鹿という言葉とは全く真逆なイメージですよね。 つまり、米津玄師さんがあえて「馬と鹿」と曲名にしているということは馬鹿という意味で曲名にしたのではなく、 「高貴」や「大切にされるもの」という意味を込めるために「馬と鹿」という曲名をつけたのでしょう。 解釈 色々なものに傷つけられる春。 そんな痛みがあるにもかかわらず麻酔のようなものはあえて打たない。 自分の心の奥底から「もっと強く生きろ」と声が聞こえる。 噛み終えたガムのように味がないけれど、決してガムが切れないように強い心で前に進む。 一つ一つ着実に無くしてった果てにようやく残ったものが今だから。 米津玄師さんが言っていた通り、逆境の中をひとつひとつ進んでいく様をストレートに表現した歌詞ですね。 歪んで傷だらけという歌詞は、単純に外傷だけではなく、 心の傷も含まれるのだと思います。 この曲の主人公は「今」の環境以外に残っているものはないのかもしれませんね。 だから、たとえ傷だらけでも痛みを感じないように麻酔を打って、痛みを感じないようにしようなんて甘えずに、 今の環境を維持しようとなんとか しがみつきながら前に進んでいるのかもしれません。 これが愛じゃなければ 何と呼ぶのか僕は知らなかった 呼べよ花の名前を ただ一つだけ 張り裂けるぐらいに 鼻先が触れる 呼吸が止まる 痛みは消えないままでいい 解釈 この感情が愛ではないなら他になんと呼んだらいいのだろうか。 ただ一つだけの大切な人に想いを伝えろよ。 張り裂けるくらい。 ああ、鼻先が触れて、唇が触れて、呼吸が止まる... 痛みは消えないままでいい。 「呼べよ花の名前」という歌詞。 ここは、主人公が感じている「愛」の対象の女性のことを言っているのだと思います。 また、呼吸が止まるという表現。 これは、主人公が想いの女性に告白して、付き合った後 キスをするシーンを表現しているのでしょう。 つまり、後に続く「痛みは消えないままでいい。 」という歌詞の痛みは、 キスの最中に感じているということになります。 では、この「痛み」という歌詞にはどんな意味が込められているのでしょうか。 おそらくですが、先ほど歌われていた傷の痛みではなく、 張り裂けるぐらい好きだったのに想いを伝えられなっかった過去の自分の痛みのことを指しているのだと思います。 過去の無力な自分は消さずに、好きな人とキスという人生で一番幸せな時間を過ごすなんて、きっと主人公は自分を 決して否定しない人物なのでしょうね。 何にたとえよう 君と僕を 踵に残る似た傷を 晴れ間を癒えば まだ続く 行こう花の咲かないうちに Wow….. 解釈 君と僕は何に例えられるかな。 踵に残る傷が似ている僕が馬で君が鹿だろうか。 雷雲が避けて晴れ間が出るように、君と出会えたことは美しいものだ。 まだ、僕たちの物語は始まったばかりだ。 急いで行こう。 この天気で花が咲く前に。 踵とは「かかと」という意味ですが、馬にも蹄の踵と書いて 蹄踵(ていしょう)と呼ぶ部分があります。 わかりやすい画像がありましたので、引用させていただきます。 この蹄踵(ていしょう)という部分。 馬の第二の心臓と呼ばれるほど大切なものらしいです。 なんでも、蹄踵(ていしょう)が原因で 命を落とす馬がいるほどとか。 曲の冒頭の歌詞で、主人公は心も傷を負っていると解釈しましたが、 その心の傷は死にたくなるほど辛いものだったということを「踵に残る似た傷」という歌詞で表現しているのだと思います。 そんな死にそうな主人公も、大切な「君」と出会うことで、雷雲が避けて晴れ間出るように、心が晴れて言ったのかもしれませんね。 これが愛じゃなければ 何と呼ぶのか僕は知らなかった 呼べよ恐れるままに 花の名前を 君じゃなきゃ駄目だと 鼻先が触れる 呼吸が止まる 痛みは消えないままでいい あまりにくだらない世界が綺麗だ 馬鹿臭い.

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