アルバート 坊や の 実験。 心理学者ワトソンやピアジェの心理的な考え方と明言

古典的条件づけ(レスポンデント条件付け)

アルバート 坊や の 実験

【行動主義の考え方・内容】 心理学が科学であるためには、客観的に観察可能なものでなければならない。 従って、意識を内観する従来の方法は間違いであり、刺激と反応の関係を明らかにすることによって、行動を予知し統制することのできる法則・原理を見出す必要がある。 S-R理論 ワトソンは、内観法を捨て、 刺激 Stimulus と 反応 Response の関係に注目した S-R理論により、行動の予測と制御が可能であると述べた。 ワトソンは、人間の反応を生起させる環境条件が確認されていれば、習慣のコントロールをすることが可能になるという知見から、 人間の本能的な行動は極めて限られたものとして扱い、成熟することで人間のすべての行動を抑制できるという大胆な考え方を主張した。 【実験内容の要点】 生後11カ月のアルバートが白ねずみを触ろうとした時、大きな音 恐怖を感じる音 を鳴らすことを続けると、最初は白ねずみを怖がっていなかったアルバートだったが、やがて白ねずみを怖がるようになった。 やがて、白ねずみだけではなく、白くふわふわしたもの全般を怖がるようになった。 古典的条件付けの般化の原理。 ダブラ・ラサ 心理学の源流として行動主義に関連する、代表的な哲学的思想である ダブラ・ラサ Tabula rasa を紹介する。 ダブラ・ラサとは、イギリスのロックが提唱したものであり、「心は白紙の状態から始まり、経験を通して獲得される 経験説 」と考えるものである。 これは、デカルトの、心は生得的なものであり 生得説 、別の存在である身体 心身二元論 と相互的に働くという考え方と対立した。 ポイント ワトソンの極端な環境主義的な考え方 人間の行動、情動、パーソナリティのほとんどが環境要因に影響を受ける は、特にアメリカの心理学界に大きな影響を与えました。 現在では、まともな心理学者であれば環境と生得的な素因は相互に影響し合い、どちらかがすべてを決定するわけではないと考えるのが普通です。 しかし行動主義は、多くの学習理論の根底にある考え方であると言え、非常に重要な心理学の立場です。 ワトソンの発言や、アルバート坊やの実験の内容はぜひチェックしてみてください。

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心理学用語:行動主義|サイエンス.COM

アルバート 坊や の 実験

スポンサーリンク このウェブページでは、「行動主義と新行動主義」の用語解説をしています。 ワトソンの古典的行動主義 19世紀以前の心理学研究は自分の内面心理を自分で内省する 『内観法 introspective method 』が主流であり、1879年にライプチヒ大学で世界初の心理学実験室を開設した W. ヴント 1832-1920 も内観法に基づく要素主義の心理学を構想していた。 では心理臨床の実践・観察に基づく 『臨床法 clinical method 』によって各種の精神分析理論が構築されたが、内観法も臨床法も客観的な結果の測定ができず『主観的・抽象的な研究方法』に留まるという一定の限界を持っていた。 そこで登場してきたのが、心理学の第二勢力とも呼ばれたJ. ワトソンやソーンダイクに代表される 行動主義心理学(行動科学)である。 行動主義 behaviorism では客観的・実証的な研究方法として、環境条件を統制して実験を行う 『実験法 experimental method 』と客観的な行動記録を行う 『観察法 observational method 』が採用された。 ワトソン 1878-1958 に代表される古典的行動主義では、科学的心理学を確立するために 『抽象的な内面』ではなく 『客観的な行動』を研究対象として、行動の生成・変化・消去のメカニズムを解明する行動実験が実施された。 ワトソンは人間の行動を 『刺激 S:Stimulus 』に対する 『反応 R:Response 』として理解する S-R理論(S-R連合)を提唱したが、ワトソンは 『先天的な遺伝・資質』よりも 『後天的な環境・経験』が人間の行動形成や目標達成を規定すると考えていた。 ワトソンがこのような環境決定論に近い考えを持っていた一つの例証として、『私に健康で発育の良い1ダースの子どもと彼らを養育するために私が自由に設定できる環境とを与えてほしい。 そうすれば、その子ども達に適切な環境と経験を与えて、医師や弁護士、芸術家、経営者、ホームレス、泥棒などにすることができるだろう』と豪語したという伝説的なエピソードが残されている。 ワトソンは 『アルバート坊やの実験』で、大きな音の刺激と白いねずみのおもちゃを用いた恐怖反応の条件づけに成功しているが、実際には個人の人生全般をコントロールできるような条件づけを行うことは出来ない。 ワトソンの古典的行動主義は、の 『パヴロフの犬の実験(ベルの音に対する唾液分泌)』で証明された 『条件反射の理論 conditioned response 』の影響を受けていて、S-R理論は古典的条件づけ(レスポンデント条件づけ)の応用的な理論と見ることもできる。 古典的条件づけ(レスポンデント条件づけ)というのは 『無条件刺激(梅干)に対する無条件反応(唾液分泌)』を 『条件刺激(梅干と関連づけた刺激)に対する条件反射(唾液分泌)』に置き換えていく条件づけのことである。 ワトソンは『特定の刺激』に対して『特定の反応(行動)』が結びつくというS-R理論によって『人間行動の一般法則・因果関係』を明らかにしようとしたが、同一の刺激に対して異なる反応(行動)が起こるという反証によって、古典的行動主義による行動原理の一般法則化(行動生起の環境決定論)は否定された。 楽天AD C. ハルやB. スキナーの新行動主義 neo-behaviorism 新行動主義 neo-behaviourism に分類される クラーク・L・ハル 1884-1952 と E. トルーマン 1886-1959 は、方法論的行動主義の研究方法と『媒介変数』の導入によって、J. ワトソンの古典的行動主義(S-R図式)の限界を克服しようとした。 ハルやトルーマンは人間の行動をシンプルな刺激(S に対する反応(R と見なすのではなく、刺激に対する反応(行動)を規定する 『媒介変数』を設定することで人間の複雑な行動を理解することができると考えた。 ハル C. Hull, 1884-1952 は、1943年の『行動の原理』の中でS-R理論を改良したS-O-R理論 Stimulus-Organism-Response Theory を提示しているが、この理論における 『O Organism, 有機体 』が刺激・反応に影響を与える媒介変数になっている。 『O Organism, 有機体 』というのは有機体である生物・人間の内的要因(認知的情報処理)のことであり、同一刺激を受けても有機体の内的な情報処理によって出力される反応(行動)が変化してくるのである。 同じ学習時間(学習内容)を経験しても、個体によってその学習効果は大きく異なってくることがあるが、それも『有機体の内的要因=organism』の差異によって合理的に理解することができる。 ハルの提示したS-O-R理論 Stimulus-Organism-Response Theory は、人間の行動の生成変化を統合的・論理的に説明できる理論であり、人間行動の一般法則化に成功しているのだが、媒介変数のO(有機体)が抽象的なブラックボックスになっているという問題が残されている。 トルーマン E. Tolman の考案した 『サイン・ゲシュタルト説』は、記号 sign と意味 signification の相関を類推することで学習が成立するという 『S-S理論』の一種である。 トルーマンのサイン・ゲシュタルト説では、外部世界にある部分的なサイン(記号)を見出すことで、問題解決のヒントとなる 『認知地図』を作成するというアフォーダンスの前提があり、部分性(サイン)から全体性(ゲシュタルト)が予測されることで行動が形成・変化すると考えられている。 急進的行動主義(徹底的行動主義, radical behaviourism に分類される B. スキナー 1904-1990 はC. ハルの仮説演繹的な理論に批判的であり、実証主義・操作主義を前提とする自然科学としての行動主義(行動科学)を確立しようとした。 スキナーはE. ソーンダイクの試行錯誤行動を参照して、『スキナー箱』を用いたオペラント条件付け(道具的条件付け)の実験を行い、人間が自発的な行動(オペラント行動)を形成するための条件を研究したのである。 スキナー箱というのは、ネズミが餌を取る為の仕掛け(レバー式の餌入れ)を施した箱のことであるが、ネズミはいったん仕掛けを操作する餌の取り方を試行錯誤して学習すれば、レバーを押して自分から自発的に行動して餌を取ることができるようになる。 スキナーは自発的行動の発生頻度を増加させることを『強化』と呼んだが、ネズミは餌という『正の強化子』によって自発的な行動を形成するようになるのである。 オペラント条件付け(道具的条件付け)とは、報酬(快の刺激)を得られる『正の強化子』と罰(不快な刺激)を与える『負の強化子』を用いることで行動の発現・形成を条件付けするものである。 報酬を用いた正の強化によって『目的とする行動』の生起頻度は増えるが、反対に罰則を用いた負の強化によって行動の生起頻度は減ることになる。 オペラント条件づけとは『飴と鞭の論理』であり、人間行動の形成と消去を合理的に説明するだけでなく、正・負の強化子を用いることで実際に人間の行動発現をある程度コントロールすることができる。 スキナーは研究者自身の行動も研究対象にすべきであるという徹底的行動主義を主張したが、ハルの方法論的行動主義にも異議を唱えて『意識』も『行動』の一部として行動主義の研究対象に取り込もうと計画した。

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【再現不可能】ダメージ大きすぎ!怖すぎる心理実験の数々「アルバート坊やの条件づけ実験」 (2015年4月14日)

アルバート 坊や の 実験

行動主義は、ワトソンが「行動主義者の見た心理学」という論文を1913年に発表して以来、アメリカで支配的となった心理学派の一つである。 ワトソンの行動主義は、ヴントの構成心理学を批判し、心理学を科学の研究対象とするためにも、その出発点を「意識におかないで、より確実なものとして、外部的に捉えることのできる「行動」におこうとしたことから始まった。 つまり、心理学の対象を観察できるものにおかなければならないと考えたワトソンは、人間の一定の行動を刺激 Stimulus と反応 Response という形式でまず捉えた。 刺激とは、特定の環境にあるもの、あるいは生理的条件に基づく動物の筋や腺や神経組織内の変化であり、反応とはこの刺激によって起こる動物の行動の全て、例えば、音を聞いて飛び上がるとか、より高度に組織化された活動としては、摩天楼を建てることなどである。 このように分析した結果、得られたものは反射である。 反射は行動の要素とみなされる。 行動主義の立場では、行動は個々の反射の機械的な連鎖によって説明される。 そこでワトソンは、まず犬の前肢に電極を固定し、それに電気的衝撃(無条件刺激)を与えると、犬は前肢を屈曲する(無条件反射)ことを確認し、次に衝撃と同時にベル(条件刺激)を鳴らすことを繰り返し、ついにはベルが鳴るだけで犬は前肢を屈曲する(条件反射)ようになるという実験を行った。 これにより条件付けによって、新しい反射が結びついたことを証明したのである。 これをさらに人間にも応用し、アルバート坊やの実験では、生後11ヶ月のアルバートにネズミを見せ、好奇心からネズミに触ろうとした瞬間に、彼の背後でびっくりするような大音響を聴かせる。 これを何度か繰り返すことによって、アルバートはネズミを見ただけでも怖がるようになってしまい、ネズミと同じ白い物を見ただけでも怖がってしまうようになった。 これらの実験からワトソンは、「一切の人間行動は筋、腺、内臓の機械的な反射運動にすぎない」と考えるまでになり、「私に健康でいいからだをした1ダースの赤ん坊と,彼らを育てるための私自身の特殊な世界を与えたまえ。 」と豪語した。 これは終局的には、人間の身体は思考を持たないひとつの「有機的機械」とみなすことと同じである。 すなわち無条件反射も条件反射も等質の行動であり、人間の複雑な行動も単純な無条件反射と条件反射の単なる結合、連鎖であると考えたのである。 このようなことが当時のアメリカで受け入れられた背景の一つには、外部的行動から心理を捉えようとする考えに、人々の関心が高まったことが挙げられる。 アメリカは、封建的な社会を経験していないため、上下の身分の関係が稀薄であり、日常生活での対人関係における表現は、もっぱら各人の表情、身振り、言いまわしなどによって、尊敬、卑下、軽侮の表明が行われていたからである。 そしてもう一点は、アメリカで資本主義が発達し、国富は著しく増大したが、その富は不公正に分配され、機械化とともに貧しい労働者には能率だけが求められるようになり、人間の気持ちなどはどうでもよい、労働者を一種のロボット化することに経済がシフトしていったことが挙げられる。 このようなワトソンの理論がアメリカ社会に受け止められ、「労働力管理」、「作業管理」、「賃金管理」、「企業管理」の近代化方式が推し進められたのである。 確かにそれまでの心理学では、「意識」を出発点としているため、どうしても不確実なものに陥りやすかった。 そのことからもワトソンの行動主義が発展したわけであるが、実際にこのような人間のすべての行動を「条件反射」原理で説明することには限界がある。 それは彼の理論は、大脳の機能を全く無視し、複雑な人間の行動を、筋肉や腺などの「末梢」で成立すると考えたからである。 この立場によれば、人間の高次神経活動は無視され、複雑で微妙な感情の動きは、「行動」のなかに解消してしまうことになる。 実験のように制約された刺激条件と、自然における刺激条件とでは大きく異なり、ましてや人間の場合、多様な言語と文化を持っており、それぞれに価値基準も異なり、それに従って反応も異なってくるのである。 「人間の行動を予言し支配する」という人間観は、人間を単純化し、感情の豊かさを捨て、人間性を失わせることにもつながってしまうのである。

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