新しくなった東広島市役所の新庁舎10Fに、一般の人も利用できる展望ロビー食堂があります。 西条駅からも近く、酒蔵通りなどが見渡せる気持ちのいい景色が広がります。 酒処であり広島大学のキャンパスもある東広島市西条。 この町の市役所が2013年9月1日に新しく建て替えられ、綺麗に生まれ変わっています。 東広島市役所は、JR西条駅から直線で伸びるブールバール沿い約600mの場所にあり、歩いても10分弱で到着します。 この立派な新庁舎は10階建てで、最上階の10Fに「展望ロビー食堂」があります。 金曜日はバイキングデー、東広島市役所 展望ロビー食堂 東広島市役所の新庁舎に入ると、入口から正面突き当りにエレベーターがあるので、10Fまで上がります。 写真は新庁舎1Fの様子 10Fに到着すると、すぐ食堂の入口になっています。 市役所の社員食堂のため、手軽な価格で食事が出来、一般の人も利用することが出来ます。 入口脇にある券売機でメニューを選ぶ。 週末の金曜日にはバイキングを実施しており、この日は金曜日。 なんと580円で食べ放題です。 大食漢の男性には嬉しいかもしれません。 食券を購入したら、入口でスタッフの方に券を渡して料理を選びます。 この日はお肉と野菜メニューが中心。 お味噌汁やカレーライス、デザートもありました。 席は好きな席を選べるため、眺めの良い窓際に向かいます。 風景を眺めながらまったり過ごしたくなる、パノラマビュー! ガラス張りになっている窓際へ向かうと、窓に沿うように作られた長いカウンターテーブルが。 窓際は明るく、空間もゆったりしています。 食事が終わっても、ゆっくり過ごす人の姿も多い。 席につくと、こんな感じ。 が広がります。 目の前の建物の屋上には「酒」の字も。 窓際の両端にはソファ席もあり、フリーwifiも利用可能となっています。 にも近いため、休憩がてら立ち寄ってみては。 東広島市役所・展望ロビー食堂 住所 広島県東広島市西条栄町8-29 10F 時間 11:00~14:00 定休日 土、日、祝 問合せ 082-422-2111 備考 駐車場あり、バイキングは金曜日のみ。 予告なく変更される場合がありますので、ご利用の際は事前にご確認ください。
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概要 [ ] 酒都()・吟醸酒発祥の地()と2つの歴史的な酒処がある日本有数のの産地。 西条・・で日本三大酒処として知られる。 狭い地域に多くの酒蔵が軒を連ねて並ぶ「」には、白壁や、のなど独特な建物が並んでいる。 毎年には「」が催され、多くの観光客が訪れる。 (平成7年)に東京から醸造研究所が移転してきた(現在のがより移転して来て2015年までは規模を縮小した事務所や全国新酒鑑評会が東京に残されていた)。 東広島のにおける赤瓦は特筆すべきものであり、行政の指導ではなく自生的に保持されてきたものである。 盆地の周囲を囲む山々や里山のアカマツ林を背景に、赤瓦と白壁の建物が点在し、その手前に水田が広がるという典型景観をなしている。 旧市役所庁舎 賀茂学園都市 [ ] を中心としたづくりがなされている。 広島大学は1973年にの統合移転を決定し、大学が移転する地域は旧賀茂郡を対象として地域計画の検討を大学側から広島県に要請され、これを受けて統合移転地の検討を県と旧とで開始された。 1974年に「賀茂学園都市建設基本構想」を発表、翌年1975年に「賀茂学園都市建設基本計画」が策定された。 『広島大学統合移転記念誌』では県内十数カ所の候補地について検討を行っており、広島市可部地区、佐伯郡五日市町(現広島市佐伯区)の他に現在の東広島市となる賀茂郡西条町が取り上げられ、移転が決定し、都市開発が行われることになった。 その後、広島中央の指定を受けたことによって高度産業の集積が進んでおり、広島中央サイエンスパークが建設される。 また、に隣接しており、としての性格も持っている。 こうした性格からの中では人口増加率が高く、や、研修生等の外国人も増加している。 のは4,695人(12月末)であり、人口の約2. 賀茂学園都市でが担当した「地方都市開発事業」の事業採択面積は500ヘクタールであり、広島大学のキャンパスが約300ヘクタールで、更に約200ヘクタールの整備区域を必要としたため、高屋地区の丘陵部が開発され、(東広島ニュータウン)が生み出されている。 都市計画道路西条駅大学線地区(通称ブールバール)は、沿道は公共施設の建設に赤瓦などを用いた点が評価され、1997年にに選定されている。 地理 [ ] 市域は沿岸から中山間部にまでわたり標高差が大きい。 県で最も広いであるを中心にその周辺に点在する小盆地から構成される。 東へは、南へは、西へはと、各河川本流の源流となっている。 さらに、、の支流もあり、北部ではがかすめている。 盆地であるため、と、とで寒暖の差が大きい。 その気候が、酒造りには適しているといわれる。 一方、市の中心部との間を蚊無峠(かなしとうげ)で隔てられた安芸津町は瀬戸内海に面しており、比較的温暖である。 市の中央を、、が東西に横断している。 また、南部の安芸津町にはが通っている。 市役所10階から眺めた西条駅前。 中央上に西条駅があり、その右横に酒蔵が立ち並んでいる。 市の中心部にあたり、や、や本部(JA広島中央)があり、ブールバール沿いでは銀行・信用金庫の支店や、証券・生命保険会社などが並ぶオフィス街になっている。 も段階的に行われており、前も2006年4月整備が終了した。 しかし、郊外の各所に大型商業施設が出来たため、駅前に往年の活気は無い。 また、以前は中心部に在った家電量販店などが相次いで郊外の御薗宇バイパス沿いに移転するなど、中心部の位置付けも以前と変わっている。 現在の駅前商店街・中央通りは、スナック、居酒屋などが並び、商店街からへと変化している。 中心部は市政の中心を担っている。 東側にはや吉行工業団地があり、流通・工業地域の顔がある。 また、日本の酒どころの町でもあり、酒蔵が多い。 西条中央地区 中心部より南側に位置している。 と呼ばれる大通り沿いには小学校が2校、ファミリーレストランや分譲マンションが立地しているほか、多くの団地が造成され、住宅が立ち並ぶ。 また、国道375号旧道も通っており、やが入った複合施設や自動車用品店やが立ち並ぶ。 鏡山・下見・田口地区 広島大学や広島中央サイエンスパークなどの学術研究施設が集積、大型ショッピングセンターや金融機関も多数立地している。 学生アパートを中心とした建物も多い。 一方、人口が密集している割に若い世代のが少ないため、の数も少ない。 鏡山地区には鏡山城跡があり、が整備されている。 また、その麓の南側には広島中央サイエンスパークや県内でも広い敷地面積を持つがある。 田口地区にはがあり、の競技、の競技の会場に使用された体育館や第2種公認の陸上競技場や、サッカーなどができる多目的広場やテニスコートなどがあり、各種公認の大会が行われているほか、遊具がある広場があり、休日には親子連れで楽しめる場所となっている。 三永地区 新幹線があるが、他の公共交通機関との接続が悪い。 の停車も決まり、利用者増が期待されている。 主に県外からの利用客が東広島に入る際の玄関口となっている。 駅周辺の造成は段階的に進んでおり、ビジネスホテルや、、などが立ち並ぶ。 西条駅、西条中央、下見地区などに次ぐ市街化地域となった。 郷曽・馬木・森近地区 西条町の南側に位置する。 国道375号が通っているが、周りには田畑が広がっている。 が2007年より開通し、2010年には山陽自動車道へ連絡することから、山陽道へのアクセスが良くなり、2015年3月の全線開通により呉市へのアクセスも改善された。 また、の起点部分であり、沿線には自動車学校やアパートが立地している。 この地区が旧東広島市と黒瀬町との境界である。 土与丸・助実・御薗宇地区 が通っており、このバイパスの開通以降ロードサイド型の店舗や家電量販店、大型ショッピングモール()が相次いで開業や中心部から移転している。 2011年12月暮れにも土与丸の隣に位置する西条上市町から御薗宇バイパス沿線に移設し、ますます発展しつつある。 以前はバイパスがなために渋滞問題も発生していたが、2014年に御薗宇交差点まで完成4車線化し、慢性的な渋滞は解消しつつある。 土与丸地区を通っている国道375号旧道沿いにもがあり、休日には多くの買い物客で周辺は渋滞も起きる。 寺家地区 西条地区西部の東西南北に広がる大きな地区である。 もともとは畑が多く、西条中央に比べても閑静な地区であったが、2000年代以降はやなどの中規模スーパー、、や、、などが(旧2号)沿いに立ち並ぶようになり、変化してきている。 また、山陽本線を設置することをJRと合意し2017年3月に開業した。 それにあわせて、再開発が行われ駅周辺には病院やコンビニや住宅が立ち並びつつある。 南にはが通っており、上下分離ランプがある。 八本松町 磯松・正力・篠地区 八本松地区の北部。 磯松工業団地(磯松地区)や八本松工業団地(篠地区)など工場が多数立地している。 また、正力・篠地区では田畑も広がっている。 下組・向原・宗吉地区 八本松地区の中部。 国道486号や国道2号()、が通っている。 があり、駅周辺にはコンビニやショッピングセンターがあるほか、銀行や信用金庫が支店を置いている。 1990年代以降団地造成が行われ、多くの住宅が立ち並ぶ。 国道486号沿いには飲食店やカーディーラーなどのロードサイド型の店舗が多く立ち並んでおり、西条に次いで多い。 原・吉川地区 八本松地区の南部。 田畑が広がっており、とても閑静な場所だが、吉川工業団地が造成されて以降多くの工業施設が立地している。 原地区は広島大学にも近いことから、多くの学生用アパートや自動車学校がある。 志和町 が志和堀から西志和地区にかけて横断しており、旧福富町地区や広島市安芸区に繋がっている。 が志和東から志和堀にかけて縦断しており、八本松地区や広島市安佐北区に繋がっている。 志和堀地区 旧志和町の中心部で商店街や主要県道が交差している。 清冽な環境で、蛍の里として有名になり、志和堀小学校の行事であったホタルまつりは、いまや観光の目玉にもなっている。 半川(はんかわ)沿いの(寛延2年(1749年)志賀屋 森格兵衛創業。 明治初年、姓を森から竹尾と改める)周辺には、6月初旬にが乱舞する。 覚醒の鐘とも鐘撞堂とも呼ばれた「」(国の)があり、教会式の鐘が取り付けられている珍しい建物である。 東志和地区 と呼ばれる寺院があり、その近くには温泉施設があるため、温泉客が多く来る。 周りには田畑が多い。 工業団地もあり、西志和と同じく工業も盛ん。 別府・西志和地区 があるという地理条件から、流通団地が造成されたり、地元の清涼飲料製造会社の工場や在阪企業の自動車部品工場があるため、工業が盛んである。 高屋町 現在は西条の次に人口が多い地区となっている。 西高屋・中島・高美が丘・高屋東地区 西高屋駅があり、駅前には銀行・信用金庫の支店や大型書店がある。 が大規模な社宅(マツダタウン高屋)を建設してから人口が急激に増加した。 その後、マツダタウンは取り壊されたが、東広島ニュータウン()などの住宅団地が開発されたり、広島キャンパスができるなど、現在では人口が増加しているため、ニュータウン入口にはショッピングセンターが建設され、利便性が以前よりも良くなりつつある。 また、駅前には県立の中高一貫校があり、ニュータウン付近には近畿大学工学部や付属の中高一貫校があり教育施設も多くある。 そのため、駅の利用者は年々増加している。 2010年3月にはやと接続するが高屋東付近まで部分開通し、山陽道や呉方面へのアクセスが良くなった。 白市・小谷地区 白市駅があるが、西高屋駅に比べて周辺は閑散としている。 白市駅からは広島空港に連絡するバスがある。 当初は白市駅から広島空港へ連絡する鉄道が計画されていたが、断念している。 小谷地区にはおおぞら台団地が造成されており、多くの家が立ち並んでいる。 その裏には山陽自動車道小谷SAがある。 黒瀬町 市の南西部にあたり、広島市に近いことからベッドタウンとしての性格も持つ。 業者ブランド「」の生産地である。 との結びつきも強い。 東広島呉自動車道の黒瀬IC - 阿賀IC間が2012年に開通し、呉へのアクセスが以前より改善されたほか、供用区間の現道の混み具合が改善された。 2015年3月に残りの馬木IC - 黒瀬IC間が完成し東広島中心部へのアクセスも改善された。 国道375号が町内を縦断している。 道幅が狭く交通量が多いため、朝と夕方には呉 - 東広島を行き来する車で混雑するが、2015年3月の東広島呉自動車道全線開通で改善されることが期待される。 福富町 市の北部に位置する。 田畑が多く人口は少ない。 久芳地区には、沼田川総合開発の一環で洪水調節、既得取水の安定化、河川環境の保全等および水道用水の供給を目的とした、が2009年に竣工し、多くの家屋や田畑が水没し、様変わりが激しい。 福富ダム竣工に伴い、福富豊栄バイパスが一部供用開始し、にがオープン。 休憩所や物産施設だけでなく、子供が遊べる遊具やダムが一望できる公園があるなど、市内外からここを目的として訪れる。 国道375号が町内を縦断している他、広島県道33号が志和地区から通っており、三原市本郷地区へと繋がっている。 33号沿いには、上記の道の駅が設置される前より物産施設などが軒を連ねている。 賀茂郡時代は、豊栄町と広島県の中央(へそ)争いをしていた。 豊栄町 市の最北部に位置する。 人口は少ない。 賀茂郡時代は、福富町と広島県の中央(へそ)争いをしていた。 地区の中に旧であった地域が含まれている。 江の川水源の魚ヶ筒石神社がある。 ライトプレーン専用飛行場(豊栄飛行場)がある。 河内町 市の最東部に位置する。 に近いことや、山陽自動車道があることから、物流地域の顔を持つ。 住宅団地「グリューネン入野」の整備が後半から行われている。 安芸津地区 市の最南部に位置する。 や業が盛んである。 安芸津の名の由来は、かつて安芸の国の表玄関の港であったことに因る。 西条にはこの安芸国の国府があったと言われ、現在も国分寺などが残っている。 国府の近くには、1日の行程の所に港(津)が定められていたようで、古代から重要な関係にあった。 また、吟醸酒の産みの親である三浦仙三郎は安芸津出身であり、酒造の盛んな地域()として知られている。 酒どころ西条とは明治以降も縁が深い。 東広島市が誕生して以降は市や議会、民間レベルでの交流も盛んで、安芸津が東広島市と結びついたのは、単なる平成の大合併の思い付きであったとは言えない。 元々、安芸津は豊田郡となる前は古来より賀茂郡だったので、古からの結び付きも強い。 沿線のや呉市との結びつきも強い。 侵食などにより消滅寸前の小島、がある。 木谷の赤崎地区は名の示す通り、真っ赤な赤土の大地の岬で、ホボロ島と同じ岩石で出来ている。 と噴石が固まって出来たもので、含まれる鉄分で真っ赤な色となる。 しかし比較的水はけもよく、程よい保湿力もあり、赤碕のはとてもよい出来で、特産ブランドとして出荷されている。 気候 [ ] であるが、内陸部に位置しているため寒暖の差が激しい。 2011年1月31日には観測史上最低気温となる-12. 3 64. 9 20. 7 69. 3 23. 4 74. 1 29. 2 84. 6 31. 2 88. 2 34. 0 93. 2 37. 0 98. 6 36. 7 98. 1 35. 5 95. 9 29. 9 85. 8 24. 0 75. 2 19. 9 67. 8 37. 0 98. 5 45. 5 8. 5 47. 3 12. 3 54. 1 18. 6 65. 5 23. 2 73. 8 26. 4 79. 5 29. 8 85. 6 31. 3 88. 3 27. 2 81 21. 6 70. 9 15. 7 60. 3 10. 3 50. 5 19. 37 66. 1 35. 8 2. 9 37. 2 6. 2 43. 2 11. 9 53. 4 16. 9 62. 4 21. 0 69. 8 24. 8 76. 6 25. 6 78. 1 21. 6 70. 9 15. 1 59. 2 9. 2 48. 6 4. 2 39. 6 13. 5 56. 9 26. 4 27. 7 0. 3 32. 5 5. 2 41. 4 10. 8 51. 4 16. 3 61. 3 20. 7 69. 3 21. 1 70 16. 9 62. 4 9. 5 49. 1 3. 5 38. 1 30 8. 16 46. 6 9. 9 10. 3 18. 8 25. 3 31. 5 7. 9 46. 2 12. 7 54. 9 13. 4 56. 1 4. 5 40. 8 30. 3 24. 7 16. 6 9. 3 mm inch 45. 6 1. 795 62. 0 2. 441 108. 6 4. 276 125. 0 4. 921 158. 3 6. 232 219. 7 8. 65 236. 8 9. 323 124. 6 4. 906 165. 4 6. 512 90. 6 3. 567 67. 8 2. 669 41. 4 1. 63 1,445. 8 56. 0 mm 6. 6 7. 5 10. 6 10. 0 10. 3 11. 1 10. 5 7. 8 9. 9 7. 1 6. 7 5. 8 103. 9 平均月間 123. 3 130. 9 161. 1 186. 9 196. 5 150. 5 167. 0 192. 6 154. 2 170. 7 144. 1 136. 3 1,914. 1 出典: 隣接している自治体・行政区 [ ] 冬の東広島市市街地• (、)• (海上で隣接) 歴史 [ ] 都市としての東広島市の歴史は浅い。 に広島大学の統合移転先が旧に決定したことを受け、大学を中心とした学園都市建設の機運が高まり、に西条町他周辺3町が合併して東広島市となった。 市名は広島市の東側に位置することに由来する。 前史 [ ] 広島大学の敷地内にやの遺跡が重なる地域があり、最古のものでは2万2千年前の住居跡が複数見つかっている。 これは旧石器時代の人々が岩陰に住んでいたという定説を覆す重要な発見だったが、遺跡地としての整備は行われていない。 広島大学移転開始当時は遺跡を省みることなく建設が進められたが、職員からの異論もあり積極的に発掘を行ったところ重要な遺跡が数多く発見された。 西条盆地は弥生時代にムラが爆発的に増加。 西本遺跡群や東広島ニュータウン地内遺跡群など県内でも最大規模を誇る遺跡が多く存在する。 西条町からは中期の産のも出土しており、広く他地域との交流があったものと思われる。 にはとしては県内一の規模である「」が造成された。 被葬者はこの地域を支配していた級のだと考えられている。 同古墳からは小型のや鉄剣、人骨などが出土しており、昭和57年に国の史跡に指定され、史跡公園として復元整備されている。 また高屋町宮領の南にそびえる御山(白鳥山)のより日本製と考えられるが出土している。 これらの遺物は県内でほかに出土例がなく貴重である。 いずれの鏡も、現在、三ッ城古墳横の中央図書館内のガイダンスコーナーに展示されている。 にはが建立され、安芸がこの地に置かれていたといわれている。 現在の西条駅北側には、(太宰府と都を結ぶ重要な道)があり、御建(みたてと読む、国府の建物を尊んで呼んだミタチが変化したものか)の地にはかつて国府の中に祀ることが命じられた祇園社がある。 周囲には大蔵、大地面(おおじめ)などの国府の存在を感じさせるような地名が多く残っている。 近年 [ ]、大地面で国府附属施設の特徴を持った建物跡が検出されており、今後の発掘と調査・分析が期待されている。 安芸国分寺跡を整備(昭和11年に塔跡が国史跡に指定、昭和57年に主要伽藍部分が、平成7年に西側部分が追加指定、現在に至る)。 として整備された。 国府があったと思われる区域にはが施行され、半尾川を境に東条郷と西条郷に分けられ区画された。 いずれにしてもこの時代、西条盆地に有力な政治勢力が存在していたことは事実のようである。 東條郷と西條郷はやがて東西条(とうさいじょう)の名前に一括され、東西条は旧東広島地域に福富・熊野・広・三津までを含めた呼称となる。 によれば、東広島市内には賀茂、志芳、造果、高屋、入農、訓養、香津、木綿、大弓の9つの郷があったことがわかる。 賀茂とは西条地区、志芳とは志和地区、造果とは造賀地区、入農とは入野地区、訓養は「やなくに」と読んで黒瀬地区の柳国、香津は三永地区、木綿は「ゆう」と読み寺家地区、大弓は大山の誤りで八本松地区である。 また、古代が整備され、によれば、鹿附、木綿、大山の3駅が置かれた。 鹿附がどこにあたるのかは不明瞭であるが、「広島県史」は高屋付近を推定している。 前期、当地にも本格的な支配が及び、その後、現在のに国府が移ったとされる。 当市域の大部分は安芸国の賀茂郡、豊田郡に属したが、一部(現在の豊栄町飯田、豊栄町吉原)は世羅郡に属した。 以後、賀茂郡と豊田郡の境界は幾度か変更されているが、現在の市域は(備後国に属した地区も含めて)すべて賀茂郡に属した期間を有する。 平安時代からにかけては東西条はであったが、仁治3年()宣陽門院下文をもってに寄付され東寺の経営となる。 また、造賀、志和、高屋などにもが形成され、の誕生、承久の乱を経て東国の武士たちがこれらの荘園のに任命された。 高屋の地頭となり土着してを居城とし造賀にまで勢力を伸ばした、志和の地頭となり土着したなどが知られる。 東西条は守護領となったようで、地頭は置かれなかった。 の争乱がおこると、観応3年()に山口のが安芸国退治と称し、東寺の国衙分者らを糾合して東西条を押領する。 貞治3年()に幕府と和解するが、守護人や国人の反乱に手をやいた幕府は大内弘世に応安元年()に東寺雑掌の沙汰で御教書を出し東西条の平定を命じ、これを口実に大内弘世が東西条を制圧する。 大内氏は安芸国支配の拠点として西条御薗宇にを築城し、西条と瀬戸内海を結ぶ黒瀬川沿いに連絡道と城塞網を築きあげた。 大内氏の東西条支配は200年余りに及んだが、戦国期に台頭したによりこの地はが支配する地となる。 毛利氏が後に防長二国に移された後は、、そしての領地となった。 になると東西条は西国街道の宿場町として栄え、四日市宿の本陣は藩内最大の規模を誇った。 東は古川、西は半尾川に挟まれた範囲を西條四日市宿という。 西条の酒造が始まったのもこのころだが、この時期には全国的に名が知られたわけではなかった。 この節のが望まれています。 沿革 [ ]• 1973年(昭和48年)2月 - 広島大学の統合移転地が西条町に決定。 1974年(昭和49年) - 西条町・・・が合併(新設合併)し施行、 東広島市となる。 (平成4年) - 人口10万人突破。 (平成17年) - 賀茂郡・・・、を編入する。 - 人口19万人突破。 (平成30年)7月6日 - により死者・行方不明者21人(災害関連死を含む)。 行政 [ ] 市長 [ ]• 市長:(2018年2月4日就任、1期目) 代 氏名 就任年月日 退任年月日 備考 初代 武則一水 1974年5月 1978年5月 2-6代 讃岐照夫 1978年5月 1998年5月 7-8代 1998年5月 2006年4月27日 直腸がんのため死去 9-11代 2006年4月28日 2017年12月21日 交通事故による体調不良により辞職 職務代理者 槇原晃二 2017年12月22日 2018年2月4日 副市長 12代 2018年2月4日 現職 政府所管法人 [ ] 国立研究開発法人 [ ]• (農研機構)管理本部(西日本管理部安芸津事業場)• 果樹茶業研究部門ブドウ・カキ研究領域 経済 [ ] 産業 [ ]• (西条・黒瀬・志和・安芸津・八本松)• 関連部品・特装• (安芸津)• 養殖 (安芸津)• (安芸津)• 小電力機• 主な企業 [ ] ア• イームル工業 (小電力発電機・中国電力資本) カ• 西条工場 サ• 本社・工場 (精米機器・検査機器・環境機器)(電車や高速エレベータのモーター等)• サイエンスパーク (日本で唯一の酒類の総合研究所)• 東広島工場 (携帯電話機の一大生産拠点である)• 工場(ステンレス製ケミカルタンカー等)• 広島工場(特装車)• 広島工場• 広島工場 タ• 本社(100円ショップ ダイソー)• 本社、八本松工場(自動車樹脂部品)• 広島第一営業所、広島第二営業所 ハ• 富士機械工業東広島工場・八本松製作所• 豊国工業 (ダム・水門・立体駐車場・小水力発電・風力発電。 平成10年11月本社を西条町御薗宇に移転)• 宝積飲料(清涼飲料水製造。 東広島周辺地域では「PRIO」ブランドで知られる他、OEM製造も行う。 ベバストジャパン本社工場 ドイツのサンルーフメーカーベバストの日本法人 マ• 東広島工場• 広島事業所志和製造部 (計測器の製造)(計測器の計測を行う計測器など有名)• 呉工場安芸津地区• 株式会社東広島工場 吉川工業団地内 工業団地 [ ]• 飯田研究団地• 磯松工業団地• 黒瀬工業団地• 河内臨空団地• 寺家産業団地• 志和流通団地• 田口地区研究団地• テクノタウン東広島• 原地区工業団地• 東広島中核工業団地・高屋東地区工業団地• 広島中央サイエンスパーク• 御薗宇工業団地• 吉川地区工業団地• 吉行工業団地(賀茂工業団地) 軍事施設 [ ]• :地域最大規模の弾薬庫• の原村演習場 姉妹都市・提携都市 [ ] 国内 [ ]• 海外 [ ]• () 地域 [ ] 人口 [ ] 東広島市と全国の年齢別人口分布(2005年) 東広島市の年齢・男女別人口分布(2005年) 広島県立中学校• ( 中高一貫校) 私立中学校• 高等学校 [ ] 広島県立高等学校• ( 中高一貫校) 私立高等学校• 大学・短期大学 [ ]• (東広島キャンパス)• (西条学舎)• (工学部キャンパス)• (東広島キャンパス) 教育施設以外の学校 [ ] 自動車教習所• 賀茂自動車学校(西条中央)• 東広島自動車学校(西条町郷曽)• 道祖園自動車学校(八本松町原)• ニューチーム石田自動車教習所(黒瀬町) 交通 [ ] 鉄道 [ ]• : - - - - - -• : -• 中心となる駅:西条駅 道路 [ ]• :、、、• :高屋JCT、、、、• (西条町上三永~八本松町宗吉)• 安芸津バイパス(一部供用中)• 福富豊栄バイパス(福富町の一部供用中)• (西条町吉行~同町御薗宇)• 東広島市 - 岡山県総社市• 船舶 [ ]• ( - 大西港) バス [ ]• (広島国際大学・広島大学 志和IC・西条IC - 広島)〈〉• (呉・広島国際大学・広島大学 - 大阪(夜行のみ神戸経由))〈中国ジェイアールバス〉• 青春ドリーム広島号(広島・東広島-大阪・京都)〈中国ジェイアールバス・〉• (夜行:広島・東広島 - 東京)〈中国ジェイアールバス・〉• (夜行:広島・東広島・福山 - 町田(東京)・横浜)〈中国バス〉• 一般路線• 芸陽バス• 中国ジェイアールバス• -市南部(黒瀬地域)• コミュニティFM局 [ ]• 新聞 [ ]• 東広島支局• 東広島支局• 東広島通信部 地域紙• 地域ポータルサイト• 施設 [ ] 図書館 [ ] 東広島市立図書館• 中央図書館• 黒瀬図書館• 安芸津図書館• 河内こども図書館• サンスクエア児童青少年図書館 美術館 [ ]• ホール [ ]• 観光・文化・催事・名産品 [ ] 酒蔵通り 名所・旧跡・観光スポット [ ]• 跡 - 国の。 現在は真言宗御室派国分寺。 奈良時代の金堂、講堂、塔、中門、南門などの跡が確認され、として整備されている。 - 国の史跡(日本の歴史公園100選)。 跡 - 国の史跡。 :県指定史跡。 :県指定史跡。 :県指定史跡。 10月には西条駅周辺ではが行われにぎわう。 藤棚や桜の名所、呉市の所有。 - 行基の建立を伝える古寺。 本堂は国の。 三重塔は東京都の椿山荘に移築された。 ゆかりの寺。 - 奈良時代の創建と伝え、平安時代中期に当地に移転。 平安時代末期には源平氏の戦いの舞台にもなった。 本堂内の厨子と須弥壇は国の。 境内の巨樹群は、県指定天然記念物。 源頼政の室と一族所縁の寺。 - 行基の建立と伝える古寺。 - 国の重要文化財。 芸南一の豪商、木原家の住宅、地頭平賀氏より分れ、木原城主となり関ヶ原の戦い以後、木原屋を起こす。 住宅奥では、酒造が行われていた。 忠海では塩田業などを営んでいた。 - 桜の名所。 - 安芸津町風早にあり、この地を読んだ万葉集2首の歌碑と陶壁がある。 :市指定史跡• 跡(そばがじょう)• 跡(おうぎやまじょう) - の七男が天野氏の養子に入り、城主となる。 の室が連れた子が亡くなり、滝のそばに墓を造り、御堂で覆い吾妻子観音が祀られる。 勝谷右京()宝篋印塔(ほうきょういんとう)(東広島市指定文化財)西条町御薗宇 にあり。 鵺退治で知られた源頼政の郎党で、菖蒲前に従い安芸国現在の御薗宇に落ち延びてくる。 レジャー [ ]• (アクアパーク)• (東広島アクアスタジアム)• 龍王島自然体験村 祭り [ ]• 安芸津かきまつり(1月中旬)• 御建神社祇園祭り(7月初旬)(西条)• 三津祇園祭り(7月初旬)(安芸津)• 安芸津住吉祭り花火大会(7月29日)• 西条盆踊り大会(8月下旬)(8月下旬・御建グラウンド)• 豊栄ヘソ祭(8月)• (10月初旬)• 火とグルメの祭典 (11月中旬) 特産物・名物 [ ]• - 広島の酒三大恩人、、橋爪陽、木村静彦の銅像がすべて市内にある。 西条柿 - 西条町寺家の長福寺は西条柿の発祥地。 病の鎌倉将軍に献上して病気が治り、後に献上品となったと伝えられている。 - 赤崎のジャガイモ。 赤崎の地質は赤土でもサラッとして、保水力も水はけも程よく生育に適している。 - 八本松周辺の山々一帯はかつて「まつたけ山」と呼ばれ、最寄駅である八本松駅から大量のマツタケを列車で広島市内へと運んでいたという。 現在の収穫は大幅に減っているが今なお主要産地である。 - 西条には豊富な粘土があり、近隣の田万里ではの釉薬に用いた「来待石」と同様の石が産出される。 江戸時代に瓦職人が石州より移り住み、いわゆる西條の赤瓦が製造されるようになった。 赤瓦の生地は花崗岩の地質から流れた鉄分を多く含む真砂土から堆積した粘土が、焼成時点で赤くなった物だが、赤瓦の名称は来待釉の茶色にピンクがかったメタリックな色合いからそう呼ばれるようになった。 - 日本国内の主要生産地である安芸津の赤土から作り出される。 - 安芸津の高野川河口に定置網を仕掛ける。 産卵のために川を遡上するシロウオを捕獲する。 素魚と書く。 スポーツチーム [ ]• - の企業チーム。 シークリューザ東広島-社会人サッカーチーム その他 [ ] 市外局番は、黒瀬地区が0823、安芸津地区が0846(20 - 49)、その他が082(400 - 409、420 - 439、490 - 499)となっている。 082(400 - 409、420 - 439、490 - 499)エリア(東広島MA)• 東広島市(黒瀬・安芸津地区を除く)• 0823エリア(呉MA)• ・東広島市(黒瀬地区)・• 0846(20 - 49)エリア(竹原MA)• ・東広島市(安芸津地区) なお、以下の地区との通話は市外局番が必要である。 082(200 - 299、500 - 599、800 - 909、921 - 929、941 - 943、960 - 969、990 - 999)エリア(広島MA)• (湯来地区を除く)・・・・• 0846(60 - 79)エリア(木江MA)• 郵便物の集配は以下のが担当している。 : 739-00xx、739-85xx、739-86xx、739-87xx• 八本松郵便局 : 739-01xx、739-02xx• : 739-21xx• : 739-22xx• : 739-23xx• : 739-24xx• 板城郵便局 : 739-25xx• : 739-26xx• : 739-27xx 自動車のナンバープレートは広島ナンバーである。 警察はが管轄する。 消防はが管轄する。 東広島市出身の有名人 [ ] 第24回 1番ホール 岡本綾子のテイーショット(2005年4月23日撮影)• (現高田川親方・元):安芸津町• (初代監督)西条町の墓に眠る。 (・元、)• (副会長、(JOC)専務理事)八本松町原出身• (安芸晶子・)• (映画プロデューサー)• (元)• (プロ野球・元外野手)• (幕末 勤皇僧) 生まれは広だが墓は両親の眠る八本松町吉川の西福寺にある。 (、広島県民栄誉賞受賞、名誉市民):安芸津町• (元社長、会長、名誉市民) :• (・ 創始者)• 旧賀茂郡檜山村(現東広島市高屋町)庄屋出身。 広島藩に控えの城、八条原城・諸隊神機隊建白。 (西条酒造(現福美人酒造)・西条南方酒造・賀茂鶴酒造を次々株式会社として設立)酒都西条の恩人の一人• (僧)高屋町稲木を中心にが残る。 広島県重要文化財。 () :• (元、・社長)• (安芸東西条 城代)墓、平泰寺にある、• (プロゴルファー)• (、司令官) : 八本松町(旧賀茂郡)• ( 創業者)動力式精米機を開発した 西条酒造の恩人の一人• (、のデカレッド役)(八本松町)• (元)• (二代目市長5期20年間)西条町出身 八本松町原にうまれる• ((旧名「September」)、)• (、 理事長、元 学長) : 賀茂郡• (在)• (昭和期の医師 元・広島原爆病院長)• (元)• (元長官、、代理)()• (元衆議院議員・広島カープ設立に尽力・谷川和穂の父)• (、作品の多くを担当)• (・) - 出身は東京都新宿と言われる [ ]。 (元・創設者)• (仏教伝道協会創設者、 創業者) : 賀茂郡志和町• (酒造技師)広島県西条清酒醸造支場場長として西条に赴任。 西条に適した酒造法を開発。 西条酒の恩人の一人・• (元):豊田郡安芸津町• ():黒瀬町(神奈川県相模原市育ち)• (元西条小学校校長)教育方針を独創とする。 荒れた宿場町 西条四日市を教育で立て直すため、27歳で西条中学に招かれた。 (): 賀茂郡• (江戸時代の漂流者、初めてに上陸した日本人):豊田郡木谷村• (60年代広島のサッカー界の大黒柱的存在、広島サッカーの発展に大きな尽力)• (江戸~明治の医師)徳行・孝義により緑樹褒章受章• (:)• (アナウンサー)• (元神官 松本商業高校(現創設者)• (、発明者、の産みの親、開発) :• (、、「広島天国」や「それ行けカープ」を歌う):安芸津町• (・第4代長)• (プロ野球・の元)• (日本の普及者) : 賀茂郡(現東広島市西条町)• (歌手、元)• (プロデューサー、他)• ();西条町生まれ• (、名誉教授)• (元)• (陸上部) 脚注 [ ] [] 出典 [ ].
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データ出典:国土交通省 国土政策局 国土数値情報 「」 平成24年度 をもとに株式会社LIFULLが編集・加工• 出典元の国土数値情報(浸水想定区域データ)は、以下のような適用限界がある事にご注意ください• 最新の情報および詳細は、各自治体の公表しているデータをご確認ください。 表示される浸水想定区域のデータは、原典データを加工したものであり、実際の法令の適用の範囲については、ご自身でご確認ください。 原典資料に浸水想定区域がなかったものは整備の対象外となるため、データには欠落・誤差が含まれますのでご注意ください。 河川により、浸水シミュレーションの前提となる計画降雨が異なります。 また、計画降雨の異なる河川の浸水想定区域が同一レイヤに表示されることになるため、注意する必要があります。 データは、都道府県単位で提供しています。 従って、浸水想定区域が複数都道府県にまたがる場合は、範囲に含まれる全ての都道府県のデータを確認する必要があります。 一辺76mのメッシュ単位の中で、想定最大浸水深が最も高い地点の情報を表示しています。 厳密に地点を特定した情報については各自治体のデータをご確認ください。 ハザードマップの利用により、ご利用者様又は第三者に生じた損害については、ご利用者様がその責任を負うものとし、当社および出典元である国土交通省国土情報課、各データの原典作成者は一切責任を負いません。 ハザードマップの詳細な情報は「」でご確認いただけます。
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