天気の子えろ。 【天気の子】伏線回収と小ネタ&トリビアまとめ!神話考察も

天気の子で夏美(本田翼)の演技に手の平返し続出!棒読みだった理由も判明!

天気の子えろ

『天気の子』で瀧と三葉の結婚写真がおばあちゃん家に!? 2019年公開の映画に、瀧と三葉が再登場します。 映画では瀧と三葉のその後の関係までは詳しく描かれないのですが、 原作小説では、実は 瀧が結婚していたことがわかります。 帆高が瀧のおばあちゃん、立花富美を訪ねるシーンで、 瀧の結婚写真が飾られていたのです。 しかし、の世界が 2021年の夏であることを考えると、 2022年の春瀧と三葉は再会できず、 瀧の結婚相手は三葉ではない可能性が高いです・・・。 スポンサーリンク 『君の名は。 』その後の話が小説で読める!? 映画ではラスト、 彗星災害から8年後に、 瀧と三葉はついに再会を果たします。 新海誠監督自身が手掛けた のラストでは、 瀧と三葉、2人のその後が描かれるのでは!? と期待した人も多いのではないでしょうか。 そして俺たちは、同時に口を開く。 いっせーのでとタイミングをとりあう子どもみたいに、私たちは声をそろえる。 ---君の、名前は、と。 原作小説も、映画と同じく、 瀧と三葉が階段で再会したところで終わります。 原作小説でもその後は描かれないんですね~・・・。 残念・・・! だがしかし!! 映画パンフレットVol. 2で、 新海監督が2人のその後についてヒントをいろいろ語ってくれていたので、見ていきたいと思います! スポンサーリンク 三葉はデザイナーに 三葉は会社に通うため、 東京で一人暮らしをしています。 三葉は大人になってどんな仕事に就いたのでしょうか? 新海誠「組紐や裁縫のスキルを活かして、服飾関係のお仕事かも。 デザイナーとかパタンナーとか」 宮水神社は彗星災害で失くなってしまったので、 やはり三葉は神社を継いで巫女さんにはならなかったんですね・・・。 ちなみに、おばあちゃんは四つ葉と東京で二人暮らしをしています。 新海誠「あるいは、糸守町からそう遠くない場所に暮らしているのかもしれません。 長生きして欲しいですよね」 再会した時の三葉の年齢は? 瀧と三葉の間には3歳の年齢差があり、 再会した時瀧が就活中だったことを考えると、 瀧は22歳、三葉は25歳ですね。 新海誠監督の作品で 『言の葉の庭』のユキノ、 『秒速5センチメートル』のラストシーンの貴樹は27歳です。 ラスト、瀧と再会した時、三葉も25歳で、同じような年頃です。 新海監督にとって27歳は特別な思い入れがある・・・? 実は、新海監督が『彼女と彼女の猫』という最初の映像作品を作ったのが、27歳なんです。 新海誠「自分が何をやりたいのか、何が出来るのかを真剣に探していた、特別な季節でした」 スポンサーリンク 奥寺先輩の結婚相手は誰? ラストの少し前、 奥寺先輩と瀧が再会するシーン。 奥寺先輩「仕事でこっちまで来たから、久しぶりに瀧くんの顔を見ておこうと思って」 奥寺先輩は大手アパレルチェーンに就職し、 今は千葉にある支店で働いています。 奥寺先輩「君もいつか、ちゃんと、しあわせになりなさい」 そう言う 奥寺先輩の左手の薬指の指輪が超気になる・・・!! では、 私結婚するの と瀧に報告しています。 奥寺先輩は誰と結婚するのか・・・!? 実は、答えのヒントはすぐ前のシーンにあったんですね~。 カフェで、瀧が高木・司と3人で話しているシーンで、 高木「面接今日で何社目?」 瀧「数えてねえよ」 藤井司「受かる気がしないな」 司の左手の薬指にも指輪があったのに、お気づきでしたでしょうか。 そう、 奥寺先輩の結婚相手は司です。 新海監督いわく、司は奥寺先輩と婚約したのでした。 内定8社も出ている司なので、 結婚しても安泰でしょう(笑) 糸守町への旅が、 奥寺先輩と司が付き合うきっかけになったのではないかな~と思います。 スポンサーリンク 瀧と三葉のその後を勝手に予想! 新海誠「『この人を昔から知っているかもしれない』と思えてしまう感覚(錯覚)は、僕たちの日常でも希にありますよね。 瀧と三葉もあの段階で、そのようなささやかな核心だけを抱えて、ごく普通の男女として初めて出会ったのです。 そこから先の物語は、僕は観客の皆さんに手渡したいと思っています」 ということなので、瀧と三葉のその後を勝手に予想してみたいと思います! 村上春樹の 「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」 が原風景の一つになっていると新海監督が語るように、 瀧にとっては三葉が100パーセントの女の子で、 三葉にとって瀧は100パーセントの男の子で、 やっぱりお互い「運命の人」とも言える相手なのではないかと思います。 再会した2人は、その後自然に距離が近くなって、 付き合って、結婚・・・なんて流れになるのかな~と。 宮水神社を三葉が継がないことで 瀧くんが養子に入る必要もなくなったので、 東京で2人で暮らしていくのかもしれないですね。 三葉はお父さんが家を出てしまって、 おばあちゃんと四葉の3人で暮らしていたので、 どこか寂しかったのではないでしょうか。 一方瀧も、両親が離婚し、 数年前に母親が家を出て父親と2人で暮らしています。 新海誠「そういうことは当たり前に起こり得ることだし、瀧も特に執着したりはしていないのです」 瀧と三葉なら、きっとあたたかい家庭を作ることでしょう。 そしてもし子供が生まれたら、 娘なら名前は「五葉」ですね(笑)• 三葉(みつは)• 十葉はもうキビシイな(笑) スポンサーリンク 『君の名は。 』を無料で見たい人はコチラ! 『君の名は。 』を無料でみたい人には という動画配信サイトがおすすめです。 U-NEXTなら新海誠監督の過去作品に加えて、 新海誠監督の最初の作品 『彼女と彼女の猫』のアニメ版もあわせて見れます! 31日間の無料期間もあるのでぜひ一度登録してみてください! (31日以内に解約すれば料金は一切かかりません).

次の

『天気の子』の深すぎる「10」の盲点

天気の子えろ

事実、新海誠監督は『天気の子』の小説版のあとがきにて、映画というメディアにおける(小説とは異なる)表現方法について、こう記しています。 「映画の台詞は基本的に短ければ短いほど優れている(と僕は思ってる)。 それは単なる文章ではなく、映像の表情と色、声の感情とリズム、さらには効果音と音楽等々の膨大な情報が上乗せされて完成形となるからだ」と。 だからこそ、『天気の子』は1つ1つのシーンそれぞれに「これはこういうことなんだろう」と深読みができる、登場人物のそれぞれの気持ちを考えてみるとさらなる感動がある、重層的な物語構造も持った豊かな作品になったのでしょう。 なお、項目2. 参考としつつ、観た方がそれぞれの解釈を見つけていただけたら幸いです。 例えば、序盤の彼は頰と鼻にバンソウコウを貼っていて、漫画喫茶で過ごしていくうちに剥がしています。 実は、小説版では帆高が「親父に殴られた」という記述があるのです。 映画でのバンソウコウは、その殴られた時の傷を治すためのものだったのでしょう。 そんな帆高は、後に反社会的な行動を繰り返してしまいます。 しかしながら、彼は序盤でお酒を並べられ乾杯を促されても「未成年だから」とジュースを自ら選び取っていて、終盤でもバイクで二人乗りをする時にヘルメットを(あごひもは忘れていますが)ちゃんと被っています。 須賀にはご飯を奢って恩を返していますし、後にアメと名付ける迷子の猫にも栄養機能食品をあげています。 彼は客観的に見れば正しくない、はっきり犯罪と言える行動をしているようで、根っこでは最低限の社会性もあったのでしょう。 その過去を明確に描かなかったことも、観客それぞれの経験や過去を彼に投影しやすくなりという点でもプラスであったと、肯定したいです。 具体的には、彼は冨美という老婦人の家に訪れたとき、肩たたきや肩もみをしてあげているんですよね。 しかも、姉の陽菜が母を亡くしてからずっとバイトをしている理由について「きっと俺のためなんだ。 俺、まだガキだからさ」と、姉が自分のことを大切にしているということを、子供であることも自覚しつつ言葉にしているのですから。 また、凪は終盤に「カナ、こちらアヤネさん。 アヤネ、こちらカナちゃん。 こちら、婦警の佐々木さん」と丁寧にその場にいる人を紹介しています(このカナとアヤネという女の子の名前は演じている人気声優の花澤香菜と佐倉綾音から取られており、それぞれの名前と苗字が入れ替わっています)。 実は、序盤では姉の陽菜も同様に「帆高、この子、弟の凪。 この人、帆高。 私のビジネスパートナー!」と丁寧に紹介しているんですよね。 凪はお姉ちゃんの行動から素直に学び取っている、お姉ちゃんっ子であることもわかるのです。 で後述します)。 鑑賞後にお読みください。

次の

天気の子陽菜の性格や髪型やり方は?父親と母親や実家とバイト先は?|マシュとマロのふたりごと

天気の子えろ

事実、新海誠監督は『天気の子』の小説版のあとがきにて、映画というメディアにおける(小説とは異なる)表現方法について、こう記しています。 「映画の台詞は基本的に短ければ短いほど優れている(と僕は思ってる)。 それは単なる文章ではなく、映像の表情と色、声の感情とリズム、さらには効果音と音楽等々の膨大な情報が上乗せされて完成形となるからだ」と。 だからこそ、『天気の子』は1つ1つのシーンそれぞれに「これはこういうことなんだろう」と深読みができる、登場人物のそれぞれの気持ちを考えてみるとさらなる感動がある、重層的な物語構造も持った豊かな作品になったのでしょう。 なお、項目2. 参考としつつ、観た方がそれぞれの解釈を見つけていただけたら幸いです。 例えば、序盤の彼は頰と鼻にバンソウコウを貼っていて、漫画喫茶で過ごしていくうちに剥がしています。 実は、小説版では帆高が「親父に殴られた」という記述があるのです。 映画でのバンソウコウは、その殴られた時の傷を治すためのものだったのでしょう。 そんな帆高は、後に反社会的な行動を繰り返してしまいます。 しかしながら、彼は序盤でお酒を並べられ乾杯を促されても「未成年だから」とジュースを自ら選び取っていて、終盤でもバイクで二人乗りをする時にヘルメットを(あごひもは忘れていますが)ちゃんと被っています。 須賀にはご飯を奢って恩を返していますし、後にアメと名付ける迷子の猫にも栄養機能食品をあげています。 彼は客観的に見れば正しくない、はっきり犯罪と言える行動をしているようで、根っこでは最低限の社会性もあったのでしょう。 その過去を明確に描かなかったことも、観客それぞれの経験や過去を彼に投影しやすくなりという点でもプラスであったと、肯定したいです。 具体的には、彼は冨美という老婦人の家に訪れたとき、肩たたきや肩もみをしてあげているんですよね。 しかも、姉の陽菜が母を亡くしてからずっとバイトをしている理由について「きっと俺のためなんだ。 俺、まだガキだからさ」と、姉が自分のことを大切にしているということを、子供であることも自覚しつつ言葉にしているのですから。 また、凪は終盤に「カナ、こちらアヤネさん。 アヤネ、こちらカナちゃん。 こちら、婦警の佐々木さん」と丁寧にその場にいる人を紹介しています(このカナとアヤネという女の子の名前は演じている人気声優の花澤香菜と佐倉綾音から取られており、それぞれの名前と苗字が入れ替わっています)。 実は、序盤では姉の陽菜も同様に「帆高、この子、弟の凪。 この人、帆高。 私のビジネスパートナー!」と丁寧に紹介しているんですよね。 凪はお姉ちゃんの行動から素直に学び取っている、お姉ちゃんっ子であることもわかるのです。 で後述します)。 鑑賞後にお読みください。

次の