一方の松陰寺さんは、そもそもなぜピン芸人を? 松陰寺 高校時代からバンドをやってて、音楽の道に進みたいと思って大阪のレコーディング専門学校に通ってたんすけど、そのまま卒業してどうするかってときに……ああ、そうだ、就職活動を一応したんだった。 そこは中途オッケーみたいなとこで、いろんな人がいて。 シュウペイ 中東? 松陰寺 中東情勢の中東じゃない、中途採用。 シュウペイ ああ、中途採用。 中東系の人がめっちゃいる会社かと思った。 松陰寺 違う違う(笑)。 で、そこのグループ面接でディスカッションみたいなことをしたときにマジで何も言葉が出てこなくて……。 自分は法人向けにコピー機を売る仕事に興味が持てないなと感じ、バンドをやろうと思って東京に出てきました。 でも、メンバーを探してる人同士でスタジオに入ったとき、みんなうまくてレベルが違いすぎて、ミュージシャンは無理だって悟ったんですよ。 それで誰でも出られるお笑いライブをネットで見つけ、いっちょ出てみるかってなって。 『エンタの神様』(日本テレビ)を観てたら「俺でもイケるんじゃないか」って思っちゃったんですよね。 そのまま月に1回ライブに出るか出ないかくらいのペースでピン芸人をつづけ、そんなときにシュウペイと出会ったわけです。 俺たちのざっくりとしたフィストリー、まとまったかな。 シュウペイのツッコミに向けられた「嫌な笑い」 シュウペイの唐突なボケに対し、ホストのような出で立ちの松陰寺がツッコミかけて許容するという芸風がとにかく特徴的だ。 松陰寺 コンビを結成した2008年はお笑いブームの最中で、M-1やエンタのほかにも『爆笑オンエアバトル』(NHK)や『爆笑レッドカーペット』(フジテレビ)といったネタ見せ番組がたくさんあった。 僕らも簡単に出られるかなと思ってたんですが、全然引っかからず……とにかく「人と違うことをやろう」っていろいろ模索してました。 シュウペイ ネタは松陰寺さんが書いてくれてるんですが、最初はスーツ着て時事ネタを斬る漫才をやったり、ヒップホップ漫才とかボーイズラブ漫才もやったよね。 ただ、僕らがおもしろいと思ったとかじゃなく、女子の方たちが喜ぶかなっていう、すごくよくない考えで……。 当然うまく行くわけなく、しかもボケ担当だった相方が全然ネタを覚えられなかったんで、結成3年目くらいで一度ボケとツッコミを入れ替えたんです。 「俺が変なことをやるから、お前はただそれを注意してくれればいいから」って。 シュウペイ 「ちょっとちょっと、松陰寺さ〜ん」みたいなね。 松陰寺 そうそう。 でも、シュウペイがツッコむと舞台袖で仲間の芸人たちが笑うんですよ。 それがなんか、嫌な笑い方で。 シュウペイ いつもはチョケてるやつがマジメに正してるってのがめちゃくちゃ違和感あったんでしょうね。 「シュウペイそんなんじゃないだろ」みたいな笑いでした。 シュウペイ 松陰寺 まあでも、確かにそうだったんですよね。 そもそも一番大事な時期にサッカー辞めてギャル男になるようなやつだし、芸人なのにお笑い全然見なくて。 『オンエアバトル』はどんな番組だっけ? シュウペイ バケツ運ぶ番組。 松陰寺 ヤバイっすよね、恐ろしい……。 こんなやつにツッコミをやらせるなんて無理があるし、やっぱ嘘はダメだなと反省し、もう一度ボケとツッコミを入れ替えました。 そしたらやっぱり弾け方が違って、出会ったころのシュウペイに戻って。 シュウペイ 出会ったころのように? ELTみたいに言うな! 松陰寺 ……こういうツッコミです。 やっぱり無理するのはよくない(笑)。
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最高のロンリネスをファリガトウ。 もう時は戻さない、とも言い切れない。 シュウペイさんがボケ担当で、松陰寺太勇(しょういんじ たいゆう)さんがツッコミです。 バイトしていた居酒屋の先輩、後輩の関係で出会った二人。 ピン芸人としてライブ活動していた松陰寺さんが、シュウペイさんを誘ってお試しでコンビを結成し、そのまま今に至っているそうです。 ちなみに、コンビに誘われ、松陰寺さんのライブを観に行ったシュウペイさんですが、あまり面白くないので断っていたとかww 2018年のM-1グランプリでは、準々決勝進出。 2019年1月にはぐるナイのおもしろ荘で優勝しています。 さてと、、、 口笛を鳴らすだけ。 ぱっと見では「ああ、なんかウザイな・・・。 」と思ってしまうような芸風です。 事実、M-1でも審査員の立川志らくさんに「最初は、ボクの嫌いなタイプの芸で嫌だなと思った」と言われていました。 しかし、同じシチュエーションを繰り返すときに言う「時を戻そう」というセリフや、シュウペイさんのボケに対して「悪くないだろう」と返すセリフなどは、何度も聞くうちにジワジワと面白くなります。 「間違いはふるさとだ、誰にでもある」というセリフや「相方をふぁい方と呼ぶ」なども、何度も見たくなる、そしてジワジワと笑いがこみ上げる。 そんなタイプのお笑いです。 そして、SNSでも最も評価が高かったのは「ノリ突っ込まない」という新しい芸風。 ツッコミそうになりつつも、最後は納得してしまう、もしくは自分が悪いことにしてしまいます。 誰もバカにしないし、陥れない。 何も傷つけないし、人に優しくてとても好感が持てました。 キザでとっつきにくそうなキャラから、優しい笑い。 あの独特な面白さは、そんなギャップが生む相乗効果でもあるのかもしれませんね。 ネタの中でも「このキャラ芸人!」というシュウペイさんのセリフに対して 「キャラを決めきれず迷っている。 」と答えるシーンがあって笑えました。 やはりお笑いの世界は大変で、これまで大変な苦労があったようです。 しかし、ついにお笑いの最高峰であるM-1グランプリで決勝戦にまで進出した「ぺこぱ」。 一気に名前を売ったことでしょうから、これからどどーんとテレビでの露出が増えてくると思います。 「ぺこぱ」のこれからのブレイクが楽しみです。
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今年もが終わった。 TV初漫才のミルクボーイが優勝して、常連組の、和牛が涙をのんだ。 そんなことはどうでも良くて、ぼくはぺこぱの漫才を見ていて鳥肌が立った。 1stステージのネタ、「タクシー運転手」の中にこういうくだりがあった。 (ボケのシュウペイがタクシー運転手を、ツッコミの松陰寺太勇がタクシーを呼び止めるシチュエーションを演じている) シュウペイ:(タクシーを運転しながら)スー・・・ 松陰寺:いや、「ブー」じゃなくて「スー」・・・の車がもう街中に溢れてる。 文字に起こすと分かりづらいのだけれど、松陰寺は「ノリツッコまない」という芸風で漫才をしていて、「いや、『ブー』じゃなくて『スー』て!」というツッコミの途中で方向転換をして「そういう車はもう街中に溢れてるよね」と、ボケに「注意・訂正」するのではなくて「許容・受容」 する。 この漫才の形式については後半で詳しく論じるとして、この箇所を見ていてぼくは雷に打たれた感覚になった。 ぼくの頭の中では、今年何度も聴いたある楽曲が鳴り響いていた。 タイトルが示す通り、この曲はイーラン・マスクが設立した電気自動車メーカー、テスラがテーマになっている。 この曲にはこんな歌詞が含まれている(上の動画だと2:46くらい)。 Your engine go "Vroom" and my engine go... お前の車のエンジンは「ブーン」、でも俺の車は... 」の箇所は楽曲中では全くの無音になり、テスラの自動車の静かさを歌っている。 そう、ぺこぱの漫才と全く同じ発想なのだ。 科学技術の進化は、我々の日常生活の「当たり前」を書き換えていく。 時代のコードを相対化する・ユーモア ぺこぱはこの「タクシー運転手」でファイナルステージに進出し、2本目のネタ「」を披露した。 おじいちゃんに席を譲ろう、という設定の中、「おじいちゃんがおじいちゃんに席を譲る時代がもうそこまで来てる」「(パラパラを覚えいているおじいさんを見て)いや、おかしいだろ!と言えるのもあと30年だ」「(おじいちゃんに「ハゲ!」と言われて)ハゲてない、のは今だけなのかもしれない。 未来のことはわからない」と、「時代」「未来」という言葉を多用し我々のものの見方を相対化してみせた。 この「相対化」こそが彼らのネタの魅力の一つだ。 ボケのシュウペイの奇想天外、自由奔放な発言を聞いた松陰寺は、その間違いを違う角度から見て相対化することで受け入れ、突っ込むのではなく優しくその発言を受容するのである。 しかし、その「相対化」という手法こそが最も「ツッコミ然」としていることに我々は気付かされる。 千葉雅也『勉强の哲学』内で論じられる「=ツッコミ」の実践をまさに漫才のツッコミが担っているとはなんとも出来すぎた話だ。 「タクシー運転手」の中で松陰寺は日本のの低さに言及している。 シュウペイが急に休憩を取り出す、というのはこれまでの漫才では単なるボケであり、「急に休憩すんな」とツッコまれておしまいになるのが当たり前だった。 しかし松陰寺はそのボケにツッコむのではなく、「仕事中に急に休憩を取る=おかしいこと」という常識にまでさかのぼってツッコんでいる。 だからこそ「日本人は勤勉で真面目だが、休憩を取らなさ過ぎる。 だから他の先進国に比べてが低いんじゃないのか!」と叫ぶ。 それは相方の発言の許容である一方、この国を支配する「当たり前=コード」への「ツッコミ=」なのだ。 他のコンビはどうだっただろうか。 の富澤がミルクボーイを評して「何も考えず見れる、それがよかった」みたいなことを言っていたが、その発言に象徴されるように他のコンビはまるで、あのステージ、あのスタジオが社会から切断されているかのように振る舞っているように見えた。 しかし、その相対化は今度は「ユーモア=ボケ」としての相対化である。 ヒップホップと車文化の交流の歴史は長い。 詳しくはこの動画に譲る。 大まかに言えば、ヒップホップという音楽がメインストリームになるにつれて、ラッパーたちは各々の地元に根ざしたカスタムカー文化とも共振し合いながら、曲の中で絶えず車についてラップをしてきた。 そしてヒップホップが完全に天下を取ってしまった現在では、そこに登場するのは、ポルシェ、、などなど高級車が多い。 自分の成功の象徴としての「クルマ」。 けたたましいエンジンを空ぶかしし、タイヤを空転させ、華々しいカスタムを施し、その象徴をこれでもかと見せびらかすのがこれまでのヒップホップ界のコードだった。 ぺこぱのネタとInjury Reserveの楽曲から見えてくるのは、世の中のコードを問い直し、その転覆を試みるようなエンターテインメントの、この上ないスリリングさだ。 当たり前の再生産よりも、それを相対化する「浮いた人たち」にぼくは共感する。 平成が終わり、令和が始まるんだということを毎日毎日繰り返し喧伝している日本の大衆=マスメディアが、の優勝にぺこぱを選ばなかったのは明らかに間違っている。 ああ、今年も何も変わらなかった。 来年も何も変わらないのだろう。 だったらぼくは、望んで「浮いた人」になろうと思う。
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