突然ですが皆さん、中島みゆき、聞いてますか? 人生について考えたいなら、中島みゆきを聞こう そうアドバイスしたいくらい、中島みゆきの曲には名歌詞が出てくるのです。 中島みゆきの曲が「何となく暗い感じ」だと思ってる若者は、とにかく最後まで読んで欲しい。 中島みゆきの曲の真骨頂は、一曲通して聞くと一本のショートフィルムを見終わった感覚になることです。 想像力をはたらかせてください。 情景を想像したら、どんどん泣けてきます。 苦労人のタクシードライバーは、余計なことを喋ったり、気の利いたセリフを言ったりしない(できない)のです。 彼にできるのはせいぜい 天気の話と野球の話くらい。 特に、乗ってきた泣いている若い女性にかける優しい言葉など持ってはいないのです。 でもそんな無骨で不器用なタクシードライバーの態度が、「忘れてしまいたい望みを隠すためバカ騒ぎ」した後の「あたし」の心に染みるのです。 何と美しい一曲なのでしょうか。 僕も昔「バカ騒ぎ」した後に聞いて、泣きました。 「友情」ってこういうことだよなあ、と僕はいつも思います。 「別に今さらお前の顔見てそばなんて…」と悪態をつきつつ、それでも出かけてしまう。 他愛無い話の中にポッと出てきた一言に、思わず泣いてしまったりする。 こんなにもさりげなく、そしてこんなにも美しく友情を描いた歌詞が他にあるでしょうか? この「蕎麦屋」に比べると、巷にあふれる友情讃歌は全部胡散臭く感じてしまいます。 「いつまでも友達だぜ」的な歌詞は馴れ合いに感じてしまいます。 「友達」なんて言葉は一言も使わないで、友情を描き出す。 中島みゆきの曲の真骨頂はここにあります。 情景を感じさせて、メッセージを伝えています。 泣く度に、人は生まれ変わっているのかもしれません。 この曲は何回聞いても泣いてしまいます。 生きることへの勇気を、何度でもくれる歌です。 ごちゃごちゃここで書くよりも、何回でも皆に聞いて欲しい。 1番では、自分の容姿や何もかもに自信が持てず卑屈になっている「私」が「彼女」に出会います。 「私」はただ「彼女」を妬むばかりで、「真似できない」と感じています。 それが2番で急転直下、時が流れて、 「彼女」はもうこの世にいないことが判明します。 おそらく病死でしょう。 「私」が妬んでいた「彼女」には、未来がなかったのです。 「恵まれているってどういうことなんだろう?」と私はひたすら思い悩みます。 答えは出ず、「Tell Me Sister」と問い続けて曲が終わります。 幸せって何なんでしょうね? でもきっと、若くして死んでしまう運命の「彼女」よりも、「私」の方が幸せになれる可能性は高いのでしょう。 卑屈になって「真似させておくれよ」と思うのではなく、そのままで生きるのが幸せなのではないでしょうか。 行き場の無い気持ちと共に「生きること」や「幸せ」の意味を問い直す名曲です。 「君の心が分かるとたやすく誓える男に なぜ女はついていくのだろう」 これに近いことを感じたことがある男性は多いのではないでしょうか。 テーマは「タクシードライバー」同様で、不器用な男を讃えています。 「僕」は、上手く調子のいいことを言える小器用な男ではなく、ただ「君」に愛を向ける不器用な男です。 そしてそんな不器用な男の真実の愛。 なんと普遍的で美しいテーマでしょうか。 「君の心が分かる」なんて気楽に誓える奴は、僕は嫌いです。 不器用な人間であろう。 「愛」の力強さを感じさせられる。 中島みゆきの歌詞には、「報われない愛情」がたくさん出てきます。 どんなに自分が愛していても、あの人は振り向いてくれない そんな状況下の「 想い人」にも「 想われ人」にも勇気を与えるのが中島みゆきの素晴らしいところ。 「いつか実りをもらうため 君を大事にするわけじゃない」のです。 報われなくても、ただ愛している。 そして、その愛を「悩まないで受け取ればいいんだよ」と諭してくれます。 「応えてくれ」ではなく「答えてくれ」なのがポイントです。 見返りは何もいらない。 応じてくれなくて構わない。 ただ、受け取ってくれればそれでいい。 そんな愛情の力強さと、少しの哀しさが一気に伝わってくる名曲。 個人的には「 進撃の巨人」の主題歌に一番ピッタリなのはこの曲だと思います。 このシーンと合わせて聞きたい。 何かの足しにもなれずに生きて、何にもなれずに消えていく そんな感覚になることもあるでしょう。 そんな人生だと思う人もいるでしょう。 しかし「名もなき君にも名も無き僕にも」、命には「心」があるのです。 尋常でないほど力強く歌い上げる曲調に、思わず 命の息吹を感じます。 生きるって何て素晴らしいんだろう、と思わずにはいられません。 心臓を掴まれるような迫ってくる歌声が、問答無用で「生きよう」と思わせてくれる名曲です。 闘う君の唄を 闘わない奴等が笑うだろう ファイト! 冷たい水の中を ふるえながらのぼってゆけ ラジオのリスナーの手紙から生まれたというこの名曲「ファイト!」 悔しさに打ち震えながら書いたであろう「女の子の手紙」への中島みゆきの返答です。 勇気を出した決断をするとき、人は必ず批判を受けたり笑われたりします。 僕もそれで何度も悲しい思いをしてきましたが、この歌に元気をもらってきました。 ファイト!闘う君の唄を 闘わない奴らが笑うだろう ファイト! 冷たい水の中を ふるえながらのぼってゆけ 批判を受けて辛いとき、是非お聞き下さい。 この曲のポイントは、 故郷に帰れないことです。 「ふるさとへ向かう最終に 乗れる人は急ぎなさい」と、駅長が叫びますが、曲中では彼(女?)は電車に乗ることはできません。 汽車の中では、「帰りびとが笑」っています。 それを羨ましく見て、「走りだせば間に合うだろう」と思いつつも、彼は電車には乗れません。 空色のキップ(=ふるさと行きの乗車券)が手元に溜まっていくばかりです。 電車に乗れない理由は「かざり荷物」がたくさんあるからなのでしょう。 この気持ちはものすごく分かります。 時折 全てを捨ててフラっと故郷に帰りたくなるけれど、実際にはそうはしない。 なぜなら、東京にかざり荷物(=やらなければならないこと)があるからです。 それでも、心はいつもふるさとに帰るホームに立っているし、ふるさとを感じている。 それを知ってか知らずか、「優しい優しい声の駅長が」街中にアナウンスするのです。 ああ、なんと美しい情景でしょうか。 おそらくは社会的地位のある男と、若い間の一瞬だけ恋仲にあった女の歌。 子供ができて、「忘れてやって下さい」と男の両親が謝りに来ても、どこか冷めたままの女。 女は、蒼い時代のことを、どこか別世界のことのように認識しているようです。 「あなたといることだけしか思わなかった」と、振り返っています。 そして、それは「とうに今の暮らしに変わっ」た私にとっては、昔の話だ、とも。 しかし、「 蒼い時代」という表現と「 陽だまりの日々」という表現は微妙に食い違っています。 前者は若さと未熟さを冷たく切り捨てる表現、後者は温かみを持って過去を振り返る表現です。 この食い違いは、最後の一節で解決します。 蒼い時代のことなんか幻でした 約束は信じてなんかいませんでした これで良かったのよね 「これで良かったのよね」と自分(と、おそらく過去の相手の男)に投げかける発言。 おそらくは二度と会えないであろう地位を持った男のためを思って、身を引く悲しさがあります。 きっと、まだ恋仲だった頃に、一緒になろうという「約束」をしたのでしょう。 それはきっと叶わないことだと薄々感じながらも、「過去も未来もないことにして 固く抱き合った」日々。 そして今、彼女は彼のために、「蒼い時代」を切り捨てています。 本当は「陽だまりの日々」だったのに。 「幻でした」と。 「約束は信じてなんかいませんでした」と。 聞けば聞くほど背後のストーリーを思って泣けてくるし、本当に美しい情景を感じる曲です。 まとめ ということで、中島みゆきの素晴らしい歌詞10選でした。 ちなみに、10曲じゃ全然足りなかったです。 時間が許せば全部解説したいくらいです。 今回紹介できなかった曲も含めて、中島みゆきは歌詞の文学性が本当に素晴らしいので、是非皆さん聞いてみてください。 まずはベストアルバム「大吟醸」がオススメ!.
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とても良いドラマだなーって思いました。 抱いていた期待、いや期待以上の感想を第一回目で持ちました。 こういうのを待ってました!って感じですねー。 透明感があってピュアで、見ていて癒されるような、気持ちが暖かくなり、そして心が洗われる感じです。 見ていて、そして見終わったあとこんな気持ちになるドラマってなかなか無かったんですよねぇ。 自信持って今回オススメのドラマです。 春の太陽、雨、風、音や香りを感じられる映像のなか、 りえちゃん、上川さん、藤原君から感じるピュアな透明感と優しさ、 そしてちょっと懐かしい感じの音楽などから春の包み込むようなあたたかな空気を感じました。 オープニングで流れた歌の女性ボーカルは、なんとこのドラマの参考図書にもなってる「自閉症だった私へ 」の著書ウィリアムズ・ドナさんが歌った曲だそうです。 最後のタイトルバックもみずみずしく、とっても綺麗な映像で、ため息がでちゃいます。 天使や妖精が舞い降りてきそう!その時、流れる主題歌の「Love Again」やシーン中に流れる千住さんの音楽もとてもいい!「Love Again」は、もいい! この爽やかなキャスティングに天気予報を得意とする繭ちゃんという設定もいいですね。 りえちゃんの洋服もステキ。 私も着てみたいぞ。 だけどりえちゃんだから似合うんだろうな?白中心で繭のピュアな感じが出ていました。 あのピンクの傘もかわいくって、思わず第1回の放映が終わって最初の日曜日、メーカーもわからないのに、梅田でうろちょろとその傘を探していました。 そのなかに、宅麻さんとカトチャンと慎一さんの亡くなった恋人の妹のレナは寒色系の人物といったところ。 私は、自閉症とは精神的な病と思いこんでいたのですが、実は先天的な脳の機能障害だということです。 このドラマを書かれた武田さんは、徹底的に自閉症のことを勉強され、ドラマの準備に1年間かけて制作にあてられたそうです。 スタッフやりえちゃん、もえちゃんらは実際に岐阜で開かれた自閉症の人たちのワークショップに参加されもしたそうです。 武田さんのコメントはこちらです。 ドラマが始まる前から、某掲示板でも、私はネットの方と自閉症の方や自閉症の方をもつ家族の方にも喜んでもらえるドラマになればな、と話していました。 今回、繭子は天気の予知や記憶力に優れた(映画「レインマン」でダスティン・ホフマンが演じた役もそうでした!)高機能自閉症(知的障害の無い自閉症)の女の子。 私は、身の回りに自閉症の人はいないので、比べたりすることができないけれど、ドラマ自体、いろんな点で丁寧に作ってあって、制作側の誠意や真摯な姿勢が伝わってくる感じをとても持ちました。 視聴率主義に走らない感じはしています。 番組のやyahooの掲示板でも好意的というか、出演者のファンでという視点というより物語を真摯に受け止めてな意見が多くて嬉しかったです。 掲示板には、自閉症児の親御さん、ご兄弟をや、自ら何らかの障害を持ったかた(PTSDも含め)や、その親族、 医療や福祉に携わる方、いじめにあってる中学生の女の子、健常者など、いろんな方からの書き込みがたくさんありました。 とっても読み応えがあります。 この番組を通じて、掲示板でこうやって普段、このような方の話を聞く機会が持てたってことは私にとって、貴重な場所です。 自閉症者は、ご親族の方は一番何を求めてらっしゃるのか、そして私たちは何をしなければならないのか、とかいろいろ知ったり考えたり。 ドラマでも、その高機能自閉症の症例を繭子の日常生活のなかで起こる具体的 な事柄でわかりやすく伝えてくださっています。 人の感情をうまく理解できないとか、自分の気持ちを表現しづらいとか 突然のパニックや…。 それで掲示板では、自閉症をお子さんにもつ親御さんの反応もいろいろですし、 見ている方も作る側も真摯にドラマをとらえ、 作り手、見る側とも浮ついた気持ち、軽い気持ちではなくいろいろと意見を述べ、 理解を深めあって言っていること、すばらしいなって思います。 自閉症にも高機能自閉症とそうでない自閉症とでもずいぶんと症例が違うみたいですね。 親御さんの中には、りえちゃんの演技に「うちの娘とそっくりだ」とか 「よく勉強なさっているので感心します」という意見もたくさんあるなか 自閉症とはあんなものではないというご意見もあるのも事実です。 自閉症も100人いれば100人の症例があるんだなーと思いました。 それほど、このドラマはデリケートで、とても難しいんだなって思いました。 ただ、医学監修もお二人、ドラマについてらっしゃるし、医学的な見地からはそのお二人の責任の元、脚本が書かれていたり、ともさかさんもよく勉強して演じておられる姿は、感じます。 その医学監修の先生も、高機能自閉症の医師としても今一番注目を浴びてるお医者様だと自閉症児の親御さんが掲示板で書かれていました。 そういう、先ほどのような否定的なご意見も、番組サイドは真摯に受け止め、 きちんと掲示板に載せてる辺りからも、とても好意が持てる番組です。 ともさかさんの演技はあまり見たことがなくて、どうなんだろうな?って思っていたのですが、難しい役を 繊細に表現されて、1シーン1シーンとてもいいです、うまいです。 家の前でカメラのフラッシュを浴びてパニックになるところ、パーティ会場でパニックになるところは、特に。 パーティ会場で混乱してパニックになったところ、慎一さんがやってきて、少し落ち着き慎一さんの言葉に涙して泣きじゃくるところなんて、何度見ても感動してしまいました…。 ともさかさんと上川さんのコンビネーションも抜群ですね。 繭ちゃんがともさかさんで大正解です!最初、話を頂いたときには自分には難しすぎるので断ろうと思ったともさかさんですが、いろいろスタッフの方からお話を聞いて、引き受けることにして、それからいろんな本を読んだり、自閉症の人のワークショップに出かけたり真摯に取り組んでらっしゃる姿に感心しています。 藤原君も姉思いの弟っぷりがステキでした。 うちの弟もこんなんだったらいいのにな、って思ってしまいました。 繭ちゃんは「春が嫌い」「うっとおしい春」「暖かくなると自分が不安になる」という女の子なんだけど、慎一さんとの出会いでこの春がとてもいいものになればなって思います。 そして、慎一さんも繭ちゃんとの心のコミュニケーションで、涙(悲しみの感情)を取り戻すことができますように。 心も目も乾きが取れて潤いますように。 とてもいい感じでスタートしたドラマ、どうか最後までこの調子を維持していい作品になってほしいなって思います。 期待しています。 でもね、きっとね、中盤「春の嵐」が二人に吹くと思うんです。 でも、慎一さんと繭ちゃんの「魂と魂の指切り」で乗り越えていってくれると思います。 私の予想だと、潤くんは兄弟以上の思いを姉に抱いていて、最初は、潤くんは姉を救ってほしいと慎一さんにお願いしたけど、段々、大事な姉が、自分より慎一さんを頼っていくあたりで慎一に嫉妬を覚えて行くんじゃないかと…。 そして、亡くなった恋人の妹と、もちろん水島代議士も要注意人物。 今回のドラマ、心底、多くの人に見ていただきたいドラマですね。 見ている私たちに何かを残してくれる、教えてくれる、伝えてくれる、そういうドラマに上川さんがご出演されたこと、 とても光栄に思っています。 では、恒例、上川さんのシーンを振り返ってみます…。 軒下で雨宿りをしている慎一。 屋根のひさしからこぼれる雨に興味をもった繭子は、軒下に近づき、そこで慎一のバッグにかかっているキーホルダーに関心をもつ。 向こうからやってくる自転車から彼女を守るため、彼女を引き寄せる慎一。 その後、繭子はキーホルダーを取ってその場から去っていきます。 繭子の語りとともに季節が徐々に春に向かっていくシーンの連続のなか(ここのBGMがとってもステキ!)で、ぱっと雨音が聞こえて屋根の庇の下にはいる一人の青年。 なんか、映像が綺麗で海外の映画の雰囲気。 繭子のピンクの傘、とってもかわいいー。 どこの傘だろう?? 慎一さんの目、可愛いですね。 ちょっと恥じらって、「持ってて良かったね、傘」って最初から、あったかい雰囲気が醸し出されてました。 街でこんな人に出会ったら、即一目ぼれですね。 何の科目の先生なのか、放映が始まる前から興味津々だったんだけど、化学でしたね。 さすが、理系の人。 慎一さんが先生だったら、浪人しちゃってもいいかも? で、この格好と髪型、「新・同棲時代」の頃を彷彿させますが、でも、中味が全く違うんですよねぇ。 体温も違うっていうか…。 授業が終わったあとの講師控え室でのシーン。 目薬持ってる慎一さんを見て、「あ、私と同じ、ドライアイなんだー、嬉しい!」と単純なことしか思わなかったんですよ。 でも、彼が抱えてるPTSDから来るドライアイと知ったのは、もう少し経ってからでした。 ごめんなさい、慎一さん。 繭子の弟、潤はこの予備校に通う生徒。 元精神科医である慎一に姉に一度会ってほしい、と頼むけれど、自分の専門外だから、と断ります。 ふと、漏らした「物足りないぐらいってことが幸せなこともある」って言葉が気になりました。 きっとトラウマから発した言葉なんだろうな。 呼吸があった感じで、とても好きです。 斎藤さんとは97年の「青の時代」で一話分だけご一緒した上川さんです。 しきりに「病院に戻ってこないか」と先輩に言われ、最後には、もう、その話は勘弁してください、と言わんばかりに去る 瞬間のあの手の震え、頬の震え…コレ、コレ!! こんなの演技で出来るモノじゃない。 なんで、ここまで入りこめてしまうんでしょうねーー。 そして夜の街を歩く慎一さんが立ち止まった時の丸い背中が、哀しかった。 昔の回想シーンでスーツ姿で恋人のところへ走っていく慎一。 若いです!前作、「シンデレラ…」と全く違う(当たり前ですが)。 やっぱりすごいよ。 「シンデレラは…」の撮影がクランクアップして次の日か、二日後にはもう、慎一さんとして撮影が始まった上川さん。 たった1日で、このように変身して慎一さんがいらっしゃいました。 この後、目薬を差す慎一さん、見ていてとても切なかったです。 心の苦しみを取り除いてあげたい。 やっぱり、ほっとけなかったんですね。 自転車(予備校のね)こいで公園に着くと、繭子がブランコをこいでいました。 あの雨の日に会った彼女だ、と思いだし、微笑む慎一。 なんて、人柄にじみ出るあったかい表情なんでしょう。 潤君を通して、繭子を紹介してもらう慎一。 繭子「こんにちは、雨宮繭子です」慎一「こんにちは、狭山慎一です。 …初めてじゃないんだけど…」の やりとりに流れる空気が爽やか〜〜。 この慎一の顔、ほんと、しつこく他のドラマの感想でも言ってますけど 、 若い人と向き合う目の綺麗なこと。 純粋、優しさそのもの。 「だめじゃん」…自転車で公園に向かうんだけど、行く手が階段になっててつぶやいた言葉。 なんかかわいかったです。 どうも、姉とは対称的な性格のようですね。 ここでの慎一さんは、繭子や潤や佐久間先生との接し方と違います。 その自分の弱いところを知りながらも、そこへ踏みいられてしまい、穏やかな気持ちではいられないみたいです。 彼女の死を思い出してしまうのがこわいからなのでしょうか? リナも慎一のことを励まそうとしています。 「こんなとき、精神科医だったら何て言うのかな?」 って。 佐久間先生に先日の無礼(急にお店から去っていたこと)) を謝りに来ました。 そして、病院へは戻る気はないともう一度伝えました。 佐久間先生に「君に診てもらいたい子がいるんだ」 と言われるけど 「すみません。 人の心が重たいんです」 と慎一。 慎一は佐久間先生に患者を診てる間、別の部屋で待ってるように言われたのですが、 帰ろうと部屋を出て廊下を歩いてると、繭子が。 そう、予想通り、佐久間先生の患者は繭子だったんです。 繭子に話しかける慎一の表情…いやぁ、全く、そのーあったかいっ。 「君…ひょっとして…」って。 繭子の後ろ姿を見る体全体から気持ち、届いてます。 目薬を差してる慎一に繭子は話しかけます 「涙の練習?」 「涙の練習みたいなものかな?」 「涙は温かい?それとも冷たいですか?」 「どっちだったかな?」 「ほんとに忘れた?」(笑い出す繭子) 「笑うなよ…そんなにおかしい?」 「だって、忘れる人、初めてだったから」 「みな、練習しないでも泣けるんでしょ」「そうだな」 「悲しいってどんな感じ?」「…」「それも忘れたの?」 「見るなよ…」 「悲しいって感じるのは、心ですか?それとも魂?」「魂?」 「涙を忘れた魂はきっと、悲鳴をあげてる…」 「…」「あなたの魂もそう?」 やっぱり、涙のことを聞かれると慎一はつらいみたいで、 ちょっと痛い表情、厳しい表情になっちゃいますね。 立ち上がって空を見上げる繭子。 「空、好きなんだ。 空は君に嘘をつかないだろうなー。 実はね、待ってたんだ。 君がここに来るだろうと思って。 一度ゆっくり話しがしてみたかったんだ。 」 「あたしが人と違ってて変だから?」 「どうかな?俺も人と違うところがあるからかな?」 何か草むらから音が。 そこから子猫が。 猫を抱える繭子に「かわいい?」「猫は好き?」と聞くこの表情、声に彼の優しさがにじみ出てます。 「飼いたいの?でもダメなんだ。 (可愛く、子猫に話しかけるように) しょうがないな。 連れて帰ろうか。 名前は何にする?次会うときまで決めといて?」 「次?」「じゃぁ、明日」「明日、13日木曜午後3:25分」 約束の指切りをして別れます。 このシーンの後半部分最高だなー。 こんな顔されちゃ…。 どうしてこうもあったかいんでしょうか。 表現することばも見つからないです。 猫を抱えて、猫に話しかける慎一さん、めちゃ、セクシー。 慎一が公園に着いたときは、もう繭子はいなくてメモがありました 「約束を守らないということは嘘をつくことと同じです。 もう約束はしません。 」 と。 慎一はどうしても繭子にあいたくて、潤から繭子の行き先を聞き出し、パーティ会場へ行きます。 そこでは、水島が繭子の障害のことをベラベラと話しています。 自分の障害をどう思うと水島に聞かれ 「障害はどういうものなのかよくわかりません」と答える繭子。 「彼女の障害は人の心が理解しづらい、自分の気持ちを表現しづらい…人間にとって大切な愛情さえもうまく伝えられない、理解されない障害なのです」とまだベラベラと話し 「愛情は魂と魂の指切りです」 と繭子。 ついに、繭子は自分が自閉症だということを水島から知らされたのです。 そうしてたくさんのマスコミのフラッシュを浴びて、パニックになって混乱してしまいます。 そのとき、慎一は客席を飛び出し、彼女を落ち着かせます。 彼女を抱き寄せ、背中を優しくたたき 「大丈夫…君はここにいる」 そして、今そうすると繭子は気分が収まり、 繭子は「私は、ここにいる…」とつぶやき、慎一は、今度は 床をコンコンと叩きながら 「君はここにいる」 と優しく力強く繭子ちゃんに言います。 その言葉に、繭子は、ボロボロと泣きじゃくりました。 必死に慎一が繭子ちゃんのところへ行こうとしている姿 と 「君はココにいるんだ」は、私の気持ちがヒートアップしましたね。 多くの人に感動を与えた一言だったと思います。 全身からにじみ出たあの表情、上川さんだからこそ、って思いましたね。 一言一言、言葉を大切に扱う上川さん、こんなに短い言葉に繭子へのいっぱいの気持ちを込めて大感動。 ともさかさんの演技もほんと先ほども述べましたが、秀逸です。 なんど、このシーンを見てもともさかさんの演技に見入ってしまいます。 そこにはともさかさんの姿が見えないんですもの。 この二人、ブラウン管を忘れさせてくれました。 水島、許せないです。 私があの場所にいたら、大声で「やめて!」と叫びます。 一体、何を考えてるのでしょうか?あの時、慎一さんの口から出た言葉は「君はここにいる」。 なかなか、あぁいう場では出てこない言葉です。 すっごく感動しました。 「知らなかったんだよね。 君は、自閉症なんだ。 高機能の」 「自閉症。 高機能…」 「つまり、知的障害のない自閉症だ」 「私は、ばかじゃないの。 あなたは私を馬鹿にしてます。 」 「してないよ」「じゃ、笑わないでください」「わかった」 「私はずっと自分だけが人と違うと思ってました」 「そんなことないよ」 「わたしはずっと友達ができませんでした」 「君のせいじゃないよ」 「わたしはずっといじめられてきました」 「君のせいじゃない」 「私は自分のこと、悪い人間だと思ってました」 「君は悪い人間なんかじゃない。 君は一人じゃない…約束しよう。 君は一人じゃない」 「私はひとりじゃない…?」 なんて目と声情に説得力あるんでしょうか?段々と慎一さんの 声のトーンが優しさ>強さ、優しさ=強さ、優しさ<強さ、といった感じになってきました。 この最後の一言一言の力強さと優しさが 合わさった言い方。 見て聞いてるうちに、胸が熱くなりました。 ほんとに大感動です。 こんなとき「君のせいじゃない」「一人じゃない」って言えることがすごいです。 どんなに繭ちゃんの寂しい気持ち、悲しい気持ちを取り除いてあげたことか!こう、自分で書いて読み返してても、涙ぐんでしまいます。 パーティ会場での「君はココにいる」の一言だって、そう。 慎一さんは、どうしてこんな思いもつかないくらいの優しくて強い言葉が出てくるの?私も、誰かを支えてあげられる人になりたい、本当に慎一さんみたいな人になりたいです。 今回の上川さん、初回から既に一言一言、眼差しから役が浸みてる印象がしました。 さすがだ。 慎一さんの心の痛みも言葉以上に既にからだ全体から伝わってくるあたりからも感じました。 慎一さんのあったかい眼差しと、人とのあったかい接し方に 心が洗われる思いです。 慎一は自分が病んでいて、繭ちゃんみたいに人の気持ちに敏感で、ナイーブで、なおかつ、元精神科医ということもあるからこそ沸き起こる気持ちから、どう言葉に表していいのかわからないんですけど、会って間もない繭ちゃんのことを放っておけないんですね。 自分も相当苦しいんだけど、周りの人も助けたい。 そんな気持ちの展開が自然でしたよね。 最近ますます上川さんの役に向き合う姿、役への解釈、などうまく言葉に言えないんですが、尊敬してしまいます。 こういう繊細な気持ちを演じさせても、というか、こういう繊細な人物をやらせたら、ピカイチですよね。 普段からナイーブな感覚が備わっておいでだし、とっても感受性の豊かなひとだから。 上川さんは、kinkiの剛君も言ってたけどドラマ中、よく泣いちゃうんですよね。 今回は、その逆で、涙が出ないという難役です。 yahooの掲示板のコーナーで「ドラマ」の部門「演技力のある人、ない人」や「俳優」部門の「魂をゆさぶる役者」で、上川隆也と言う名前がたくさん上げられてとても嬉しかったです。 他の役者さんや他の描き方だったら、年齢差あるのに?とか出会っても間もないのに…そうなる?とか漫画チックやななんて思ったりしたかもしれないのですが、その年齢差を感じさせないドラマというか演技派キャスティングもピッタリですね。 もう、ダイスキ! ほーーんと、ドラマ自体の仕上がり、とっても良いです!! まだ、ご覧になられてない皆さん、十分に期待しててください。
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とても良いドラマだなーって思いました。 抱いていた期待、いや期待以上の感想を第一回目で持ちました。 こういうのを待ってました!って感じですねー。 透明感があってピュアで、見ていて癒されるような、気持ちが暖かくなり、そして心が洗われる感じです。 見ていて、そして見終わったあとこんな気持ちになるドラマってなかなか無かったんですよねぇ。 自信持って今回オススメのドラマです。 春の太陽、雨、風、音や香りを感じられる映像のなか、 りえちゃん、上川さん、藤原君から感じるピュアな透明感と優しさ、 そしてちょっと懐かしい感じの音楽などから春の包み込むようなあたたかな空気を感じました。 オープニングで流れた歌の女性ボーカルは、なんとこのドラマの参考図書にもなってる「自閉症だった私へ 」の著書ウィリアムズ・ドナさんが歌った曲だそうです。 最後のタイトルバックもみずみずしく、とっても綺麗な映像で、ため息がでちゃいます。 天使や妖精が舞い降りてきそう!その時、流れる主題歌の「Love Again」やシーン中に流れる千住さんの音楽もとてもいい!「Love Again」は、もいい! この爽やかなキャスティングに天気予報を得意とする繭ちゃんという設定もいいですね。 りえちゃんの洋服もステキ。 私も着てみたいぞ。 だけどりえちゃんだから似合うんだろうな?白中心で繭のピュアな感じが出ていました。 あのピンクの傘もかわいくって、思わず第1回の放映が終わって最初の日曜日、メーカーもわからないのに、梅田でうろちょろとその傘を探していました。 そのなかに、宅麻さんとカトチャンと慎一さんの亡くなった恋人の妹のレナは寒色系の人物といったところ。 私は、自閉症とは精神的な病と思いこんでいたのですが、実は先天的な脳の機能障害だということです。 このドラマを書かれた武田さんは、徹底的に自閉症のことを勉強され、ドラマの準備に1年間かけて制作にあてられたそうです。 スタッフやりえちゃん、もえちゃんらは実際に岐阜で開かれた自閉症の人たちのワークショップに参加されもしたそうです。 武田さんのコメントはこちらです。 ドラマが始まる前から、某掲示板でも、私はネットの方と自閉症の方や自閉症の方をもつ家族の方にも喜んでもらえるドラマになればな、と話していました。 今回、繭子は天気の予知や記憶力に優れた(映画「レインマン」でダスティン・ホフマンが演じた役もそうでした!)高機能自閉症(知的障害の無い自閉症)の女の子。 私は、身の回りに自閉症の人はいないので、比べたりすることができないけれど、ドラマ自体、いろんな点で丁寧に作ってあって、制作側の誠意や真摯な姿勢が伝わってくる感じをとても持ちました。 視聴率主義に走らない感じはしています。 番組のやyahooの掲示板でも好意的というか、出演者のファンでという視点というより物語を真摯に受け止めてな意見が多くて嬉しかったです。 掲示板には、自閉症児の親御さん、ご兄弟をや、自ら何らかの障害を持ったかた(PTSDも含め)や、その親族、 医療や福祉に携わる方、いじめにあってる中学生の女の子、健常者など、いろんな方からの書き込みがたくさんありました。 とっても読み応えがあります。 この番組を通じて、掲示板でこうやって普段、このような方の話を聞く機会が持てたってことは私にとって、貴重な場所です。 自閉症者は、ご親族の方は一番何を求めてらっしゃるのか、そして私たちは何をしなければならないのか、とかいろいろ知ったり考えたり。 ドラマでも、その高機能自閉症の症例を繭子の日常生活のなかで起こる具体的 な事柄でわかりやすく伝えてくださっています。 人の感情をうまく理解できないとか、自分の気持ちを表現しづらいとか 突然のパニックや…。 それで掲示板では、自閉症をお子さんにもつ親御さんの反応もいろいろですし、 見ている方も作る側も真摯にドラマをとらえ、 作り手、見る側とも浮ついた気持ち、軽い気持ちではなくいろいろと意見を述べ、 理解を深めあって言っていること、すばらしいなって思います。 自閉症にも高機能自閉症とそうでない自閉症とでもずいぶんと症例が違うみたいですね。 親御さんの中には、りえちゃんの演技に「うちの娘とそっくりだ」とか 「よく勉強なさっているので感心します」という意見もたくさんあるなか 自閉症とはあんなものではないというご意見もあるのも事実です。 自閉症も100人いれば100人の症例があるんだなーと思いました。 それほど、このドラマはデリケートで、とても難しいんだなって思いました。 ただ、医学監修もお二人、ドラマについてらっしゃるし、医学的な見地からはそのお二人の責任の元、脚本が書かれていたり、ともさかさんもよく勉強して演じておられる姿は、感じます。 その医学監修の先生も、高機能自閉症の医師としても今一番注目を浴びてるお医者様だと自閉症児の親御さんが掲示板で書かれていました。 そういう、先ほどのような否定的なご意見も、番組サイドは真摯に受け止め、 きちんと掲示板に載せてる辺りからも、とても好意が持てる番組です。 ともさかさんの演技はあまり見たことがなくて、どうなんだろうな?って思っていたのですが、難しい役を 繊細に表現されて、1シーン1シーンとてもいいです、うまいです。 家の前でカメラのフラッシュを浴びてパニックになるところ、パーティ会場でパニックになるところは、特に。 パーティ会場で混乱してパニックになったところ、慎一さんがやってきて、少し落ち着き慎一さんの言葉に涙して泣きじゃくるところなんて、何度見ても感動してしまいました…。 ともさかさんと上川さんのコンビネーションも抜群ですね。 繭ちゃんがともさかさんで大正解です!最初、話を頂いたときには自分には難しすぎるので断ろうと思ったともさかさんですが、いろいろスタッフの方からお話を聞いて、引き受けることにして、それからいろんな本を読んだり、自閉症の人のワークショップに出かけたり真摯に取り組んでらっしゃる姿に感心しています。 藤原君も姉思いの弟っぷりがステキでした。 うちの弟もこんなんだったらいいのにな、って思ってしまいました。 繭ちゃんは「春が嫌い」「うっとおしい春」「暖かくなると自分が不安になる」という女の子なんだけど、慎一さんとの出会いでこの春がとてもいいものになればなって思います。 そして、慎一さんも繭ちゃんとの心のコミュニケーションで、涙(悲しみの感情)を取り戻すことができますように。 心も目も乾きが取れて潤いますように。 とてもいい感じでスタートしたドラマ、どうか最後までこの調子を維持していい作品になってほしいなって思います。 期待しています。 でもね、きっとね、中盤「春の嵐」が二人に吹くと思うんです。 でも、慎一さんと繭ちゃんの「魂と魂の指切り」で乗り越えていってくれると思います。 私の予想だと、潤くんは兄弟以上の思いを姉に抱いていて、最初は、潤くんは姉を救ってほしいと慎一さんにお願いしたけど、段々、大事な姉が、自分より慎一さんを頼っていくあたりで慎一に嫉妬を覚えて行くんじゃないかと…。 そして、亡くなった恋人の妹と、もちろん水島代議士も要注意人物。 今回のドラマ、心底、多くの人に見ていただきたいドラマですね。 見ている私たちに何かを残してくれる、教えてくれる、伝えてくれる、そういうドラマに上川さんがご出演されたこと、 とても光栄に思っています。 では、恒例、上川さんのシーンを振り返ってみます…。 軒下で雨宿りをしている慎一。 屋根のひさしからこぼれる雨に興味をもった繭子は、軒下に近づき、そこで慎一のバッグにかかっているキーホルダーに関心をもつ。 向こうからやってくる自転車から彼女を守るため、彼女を引き寄せる慎一。 その後、繭子はキーホルダーを取ってその場から去っていきます。 繭子の語りとともに季節が徐々に春に向かっていくシーンの連続のなか(ここのBGMがとってもステキ!)で、ぱっと雨音が聞こえて屋根の庇の下にはいる一人の青年。 なんか、映像が綺麗で海外の映画の雰囲気。 繭子のピンクの傘、とってもかわいいー。 どこの傘だろう?? 慎一さんの目、可愛いですね。 ちょっと恥じらって、「持ってて良かったね、傘」って最初から、あったかい雰囲気が醸し出されてました。 街でこんな人に出会ったら、即一目ぼれですね。 何の科目の先生なのか、放映が始まる前から興味津々だったんだけど、化学でしたね。 さすが、理系の人。 慎一さんが先生だったら、浪人しちゃってもいいかも? で、この格好と髪型、「新・同棲時代」の頃を彷彿させますが、でも、中味が全く違うんですよねぇ。 体温も違うっていうか…。 授業が終わったあとの講師控え室でのシーン。 目薬持ってる慎一さんを見て、「あ、私と同じ、ドライアイなんだー、嬉しい!」と単純なことしか思わなかったんですよ。 でも、彼が抱えてるPTSDから来るドライアイと知ったのは、もう少し経ってからでした。 ごめんなさい、慎一さん。 繭子の弟、潤はこの予備校に通う生徒。 元精神科医である慎一に姉に一度会ってほしい、と頼むけれど、自分の専門外だから、と断ります。 ふと、漏らした「物足りないぐらいってことが幸せなこともある」って言葉が気になりました。 きっとトラウマから発した言葉なんだろうな。 呼吸があった感じで、とても好きです。 斎藤さんとは97年の「青の時代」で一話分だけご一緒した上川さんです。 しきりに「病院に戻ってこないか」と先輩に言われ、最後には、もう、その話は勘弁してください、と言わんばかりに去る 瞬間のあの手の震え、頬の震え…コレ、コレ!! こんなの演技で出来るモノじゃない。 なんで、ここまで入りこめてしまうんでしょうねーー。 そして夜の街を歩く慎一さんが立ち止まった時の丸い背中が、哀しかった。 昔の回想シーンでスーツ姿で恋人のところへ走っていく慎一。 若いです!前作、「シンデレラ…」と全く違う(当たり前ですが)。 やっぱりすごいよ。 「シンデレラは…」の撮影がクランクアップして次の日か、二日後にはもう、慎一さんとして撮影が始まった上川さん。 たった1日で、このように変身して慎一さんがいらっしゃいました。 この後、目薬を差す慎一さん、見ていてとても切なかったです。 心の苦しみを取り除いてあげたい。 やっぱり、ほっとけなかったんですね。 自転車(予備校のね)こいで公園に着くと、繭子がブランコをこいでいました。 あの雨の日に会った彼女だ、と思いだし、微笑む慎一。 なんて、人柄にじみ出るあったかい表情なんでしょう。 潤君を通して、繭子を紹介してもらう慎一。 繭子「こんにちは、雨宮繭子です」慎一「こんにちは、狭山慎一です。 …初めてじゃないんだけど…」の やりとりに流れる空気が爽やか〜〜。 この慎一の顔、ほんと、しつこく他のドラマの感想でも言ってますけど 、 若い人と向き合う目の綺麗なこと。 純粋、優しさそのもの。 「だめじゃん」…自転車で公園に向かうんだけど、行く手が階段になっててつぶやいた言葉。 なんかかわいかったです。 どうも、姉とは対称的な性格のようですね。 ここでの慎一さんは、繭子や潤や佐久間先生との接し方と違います。 その自分の弱いところを知りながらも、そこへ踏みいられてしまい、穏やかな気持ちではいられないみたいです。 彼女の死を思い出してしまうのがこわいからなのでしょうか? リナも慎一のことを励まそうとしています。 「こんなとき、精神科医だったら何て言うのかな?」 って。 佐久間先生に先日の無礼(急にお店から去っていたこと)) を謝りに来ました。 そして、病院へは戻る気はないともう一度伝えました。 佐久間先生に「君に診てもらいたい子がいるんだ」 と言われるけど 「すみません。 人の心が重たいんです」 と慎一。 慎一は佐久間先生に患者を診てる間、別の部屋で待ってるように言われたのですが、 帰ろうと部屋を出て廊下を歩いてると、繭子が。 そう、予想通り、佐久間先生の患者は繭子だったんです。 繭子に話しかける慎一の表情…いやぁ、全く、そのーあったかいっ。 「君…ひょっとして…」って。 繭子の後ろ姿を見る体全体から気持ち、届いてます。 目薬を差してる慎一に繭子は話しかけます 「涙の練習?」 「涙の練習みたいなものかな?」 「涙は温かい?それとも冷たいですか?」 「どっちだったかな?」 「ほんとに忘れた?」(笑い出す繭子) 「笑うなよ…そんなにおかしい?」 「だって、忘れる人、初めてだったから」 「みな、練習しないでも泣けるんでしょ」「そうだな」 「悲しいってどんな感じ?」「…」「それも忘れたの?」 「見るなよ…」 「悲しいって感じるのは、心ですか?それとも魂?」「魂?」 「涙を忘れた魂はきっと、悲鳴をあげてる…」 「…」「あなたの魂もそう?」 やっぱり、涙のことを聞かれると慎一はつらいみたいで、 ちょっと痛い表情、厳しい表情になっちゃいますね。 立ち上がって空を見上げる繭子。 「空、好きなんだ。 空は君に嘘をつかないだろうなー。 実はね、待ってたんだ。 君がここに来るだろうと思って。 一度ゆっくり話しがしてみたかったんだ。 」 「あたしが人と違ってて変だから?」 「どうかな?俺も人と違うところがあるからかな?」 何か草むらから音が。 そこから子猫が。 猫を抱える繭子に「かわいい?」「猫は好き?」と聞くこの表情、声に彼の優しさがにじみ出てます。 「飼いたいの?でもダメなんだ。 (可愛く、子猫に話しかけるように) しょうがないな。 連れて帰ろうか。 名前は何にする?次会うときまで決めといて?」 「次?」「じゃぁ、明日」「明日、13日木曜午後3:25分」 約束の指切りをして別れます。 このシーンの後半部分最高だなー。 こんな顔されちゃ…。 どうしてこうもあったかいんでしょうか。 表現することばも見つからないです。 猫を抱えて、猫に話しかける慎一さん、めちゃ、セクシー。 慎一が公園に着いたときは、もう繭子はいなくてメモがありました 「約束を守らないということは嘘をつくことと同じです。 もう約束はしません。 」 と。 慎一はどうしても繭子にあいたくて、潤から繭子の行き先を聞き出し、パーティ会場へ行きます。 そこでは、水島が繭子の障害のことをベラベラと話しています。 自分の障害をどう思うと水島に聞かれ 「障害はどういうものなのかよくわかりません」と答える繭子。 「彼女の障害は人の心が理解しづらい、自分の気持ちを表現しづらい…人間にとって大切な愛情さえもうまく伝えられない、理解されない障害なのです」とまだベラベラと話し 「愛情は魂と魂の指切りです」 と繭子。 ついに、繭子は自分が自閉症だということを水島から知らされたのです。 そうしてたくさんのマスコミのフラッシュを浴びて、パニックになって混乱してしまいます。 そのとき、慎一は客席を飛び出し、彼女を落ち着かせます。 彼女を抱き寄せ、背中を優しくたたき 「大丈夫…君はここにいる」 そして、今そうすると繭子は気分が収まり、 繭子は「私は、ここにいる…」とつぶやき、慎一は、今度は 床をコンコンと叩きながら 「君はここにいる」 と優しく力強く繭子ちゃんに言います。 その言葉に、繭子は、ボロボロと泣きじゃくりました。 必死に慎一が繭子ちゃんのところへ行こうとしている姿 と 「君はココにいるんだ」は、私の気持ちがヒートアップしましたね。 多くの人に感動を与えた一言だったと思います。 全身からにじみ出たあの表情、上川さんだからこそ、って思いましたね。 一言一言、言葉を大切に扱う上川さん、こんなに短い言葉に繭子へのいっぱいの気持ちを込めて大感動。 ともさかさんの演技もほんと先ほども述べましたが、秀逸です。 なんど、このシーンを見てもともさかさんの演技に見入ってしまいます。 そこにはともさかさんの姿が見えないんですもの。 この二人、ブラウン管を忘れさせてくれました。 水島、許せないです。 私があの場所にいたら、大声で「やめて!」と叫びます。 一体、何を考えてるのでしょうか?あの時、慎一さんの口から出た言葉は「君はここにいる」。 なかなか、あぁいう場では出てこない言葉です。 すっごく感動しました。 「知らなかったんだよね。 君は、自閉症なんだ。 高機能の」 「自閉症。 高機能…」 「つまり、知的障害のない自閉症だ」 「私は、ばかじゃないの。 あなたは私を馬鹿にしてます。 」 「してないよ」「じゃ、笑わないでください」「わかった」 「私はずっと自分だけが人と違うと思ってました」 「そんなことないよ」 「わたしはずっと友達ができませんでした」 「君のせいじゃないよ」 「わたしはずっといじめられてきました」 「君のせいじゃない」 「私は自分のこと、悪い人間だと思ってました」 「君は悪い人間なんかじゃない。 君は一人じゃない…約束しよう。 君は一人じゃない」 「私はひとりじゃない…?」 なんて目と声情に説得力あるんでしょうか?段々と慎一さんの 声のトーンが優しさ>強さ、優しさ=強さ、優しさ<強さ、といった感じになってきました。 この最後の一言一言の力強さと優しさが 合わさった言い方。 見て聞いてるうちに、胸が熱くなりました。 ほんとに大感動です。 こんなとき「君のせいじゃない」「一人じゃない」って言えることがすごいです。 どんなに繭ちゃんの寂しい気持ち、悲しい気持ちを取り除いてあげたことか!こう、自分で書いて読み返してても、涙ぐんでしまいます。 パーティ会場での「君はココにいる」の一言だって、そう。 慎一さんは、どうしてこんな思いもつかないくらいの優しくて強い言葉が出てくるの?私も、誰かを支えてあげられる人になりたい、本当に慎一さんみたいな人になりたいです。 今回の上川さん、初回から既に一言一言、眼差しから役が浸みてる印象がしました。 さすがだ。 慎一さんの心の痛みも言葉以上に既にからだ全体から伝わってくるあたりからも感じました。 慎一さんのあったかい眼差しと、人とのあったかい接し方に 心が洗われる思いです。 慎一は自分が病んでいて、繭ちゃんみたいに人の気持ちに敏感で、ナイーブで、なおかつ、元精神科医ということもあるからこそ沸き起こる気持ちから、どう言葉に表していいのかわからないんですけど、会って間もない繭ちゃんのことを放っておけないんですね。 自分も相当苦しいんだけど、周りの人も助けたい。 そんな気持ちの展開が自然でしたよね。 最近ますます上川さんの役に向き合う姿、役への解釈、などうまく言葉に言えないんですが、尊敬してしまいます。 こういう繊細な気持ちを演じさせても、というか、こういう繊細な人物をやらせたら、ピカイチですよね。 普段からナイーブな感覚が備わっておいでだし、とっても感受性の豊かなひとだから。 上川さんは、kinkiの剛君も言ってたけどドラマ中、よく泣いちゃうんですよね。 今回は、その逆で、涙が出ないという難役です。 yahooの掲示板のコーナーで「ドラマ」の部門「演技力のある人、ない人」や「俳優」部門の「魂をゆさぶる役者」で、上川隆也と言う名前がたくさん上げられてとても嬉しかったです。 他の役者さんや他の描き方だったら、年齢差あるのに?とか出会っても間もないのに…そうなる?とか漫画チックやななんて思ったりしたかもしれないのですが、その年齢差を感じさせないドラマというか演技派キャスティングもピッタリですね。 もう、ダイスキ! ほーーんと、ドラマ自体の仕上がり、とっても良いです!! まだ、ご覧になられてない皆さん、十分に期待しててください。
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