Sponsored Link アングラ演劇がルーツ? 特に、印象的なのが、身体の動かし方です。 ゆっくりというか、静けさを感じる、 独特の身のこなしをされます。 その源は、 劇団での長い下積み時代にあるようです。 品川さんが在籍されていた、劇団 「転形劇場」は、 アングラ演劇、つまりアンダーグラウンドな演劇で、 それまでの商業演劇とは違う、 独特の世界感のある演劇をされています。 2時間以上ある舞台で、セリフが全くなかったり、 1m進むのに5分かけたり・・・ かなりマニアックですね。 舞台を見る方も疲れそうな・・・ でも、そのアングラ演劇という、 独特な舞台をされていたからこそ、 普通のテレビドラマに出演されると、 ひときわ、その異質な感じが、 ドラマを引き締めるというか、メリハリが付いて、 いいんでしょうね。 そんな品川さんを世間に押し出したのが、 2003年のテレビドラマ 「白い巨塔」です。 67歳だったかな? 食えないで芝居をやってた僕の転機になった作品です。 本当にね、フジテレビの方々や、 推薦してくれたディレクターさんにはね、 本当に感謝してるんです。 とおっしゃっています。 でも、67歳まで下積みって・・・ 辛過ぎます。 他の職を探すことはされなかったんですか? との質問に、 ないですね。 「私を見つけてくれる人がいるはずだ」 「自分には才能がある」 という思いが、 妄想のようにいつも頭の中にありましたね(笑い)。 「その日のために生きてた」 みたいなね。 それが僕を支えてくれた。 と答えておられます。 ん~素晴らしい! というか、かっこいいです。 自分に自信を持つということは、 それだけのことをやってきた、 という自負があるから。 「人知を尽くして天命を待つ」 を実践されていたんですね。 龍三と七人の子分たち! 重厚な役で注目を集め、 役者としての地位を築いてこられた品川さんですが、 2015年4月には、北野武監督の映画 「龍三と七人の子分たち」 に出演され、新境地を開拓されました! 今回の「ジジイガキ」みたいな役は楽しかったね。 僕は重厚な役ばかりで、最近は杖をついたり、 車イスやベッドで寝てる老人の役が多いから(笑)。 こういう役は初めてですね。 見たら「えっ!? 」って驚くかもしれないね(笑) とおっしゃっているとおり、 この映画では、お茶目なジジイ役を演じておられます。 でも、結婚歴は2回あるそうです。 1人目の奥さんは、57歳で亡くなってしまい、 その奥さんとの間に、娘さんが1人いらっしゃるそうです。 娘さんといっても、もう結構な年齢だと思いますが、 情報がなかったので、 芸能界には入られなかったようですね。 2人目の奥さんは、 なんと、20歳以上も年下の女性だったとか。 僕はワガママでね。 時間の許す限り、ジムにも行かれているとか。 いつも何かに追い立てられてね。 足腰弱ると、役者ができなくなるからね。 とはいえ、さんみたいに家を建てたりはできないけど、 まあ細々とですよ。 でも、何かひとつ賞が欲しいなぁ。 無理だろうけど(笑い)。 元気でね、やれてるだけでありがたいなと思ってますよ。 とおっしゃっています。 意外なことに、 品川さんは賞を取られたことがないんですね~ でも、あれだけの存在感です。 必ずや近々、何かしら受賞されるに違いありません。 ブログを拝見すると、 品川さんは結構こまめに更新されていて、 出演された番組の司会者の方への感謝や、 視聴者からのメッセージ、ブログへの書き込みに対して、 丁寧に感謝の意を表しておられました。 品川さんのお話を聞いていると、 とてもたくさん感謝という言葉が出てきます。 重厚感のイメージが大きい品川さんですが、 その重厚感は、そういう誠実な内面から、 発せられるものでもあるように思われました。 1935年生まれというから、もう80歳の品川さんですが、 これからもお元気で、独特の渋い演技を見せ続けてほしいですね。 応援しています!!.
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Sponsored Link アングラ演劇がルーツ? 特に、印象的なのが、身体の動かし方です。 ゆっくりというか、静けさを感じる、 独特の身のこなしをされます。 その源は、 劇団での長い下積み時代にあるようです。 品川さんが在籍されていた、劇団 「転形劇場」は、 アングラ演劇、つまりアンダーグラウンドな演劇で、 それまでの商業演劇とは違う、 独特の世界感のある演劇をされています。 2時間以上ある舞台で、セリフが全くなかったり、 1m進むのに5分かけたり・・・ かなりマニアックですね。 舞台を見る方も疲れそうな・・・ でも、そのアングラ演劇という、 独特な舞台をされていたからこそ、 普通のテレビドラマに出演されると、 ひときわ、その異質な感じが、 ドラマを引き締めるというか、メリハリが付いて、 いいんでしょうね。 そんな品川さんを世間に押し出したのが、 2003年のテレビドラマ 「白い巨塔」です。 67歳だったかな? 食えないで芝居をやってた僕の転機になった作品です。 本当にね、フジテレビの方々や、 推薦してくれたディレクターさんにはね、 本当に感謝してるんです。 とおっしゃっています。 でも、67歳まで下積みって・・・ 辛過ぎます。 他の職を探すことはされなかったんですか? との質問に、 ないですね。 「私を見つけてくれる人がいるはずだ」 「自分には才能がある」 という思いが、 妄想のようにいつも頭の中にありましたね(笑い)。 「その日のために生きてた」 みたいなね。 それが僕を支えてくれた。 と答えておられます。 ん~素晴らしい! というか、かっこいいです。 自分に自信を持つということは、 それだけのことをやってきた、 という自負があるから。 「人知を尽くして天命を待つ」 を実践されていたんですね。 龍三と七人の子分たち! 重厚な役で注目を集め、 役者としての地位を築いてこられた品川さんですが、 2015年4月には、北野武監督の映画 「龍三と七人の子分たち」 に出演され、新境地を開拓されました! 今回の「ジジイガキ」みたいな役は楽しかったね。 僕は重厚な役ばかりで、最近は杖をついたり、 車イスやベッドで寝てる老人の役が多いから(笑)。 こういう役は初めてですね。 見たら「えっ!? 」って驚くかもしれないね(笑) とおっしゃっているとおり、 この映画では、お茶目なジジイ役を演じておられます。 でも、結婚歴は2回あるそうです。 1人目の奥さんは、57歳で亡くなってしまい、 その奥さんとの間に、娘さんが1人いらっしゃるそうです。 娘さんといっても、もう結構な年齢だと思いますが、 情報がなかったので、 芸能界には入られなかったようですね。 2人目の奥さんは、 なんと、20歳以上も年下の女性だったとか。 僕はワガママでね。 時間の許す限り、ジムにも行かれているとか。 いつも何かに追い立てられてね。 足腰弱ると、役者ができなくなるからね。 とはいえ、さんみたいに家を建てたりはできないけど、 まあ細々とですよ。 でも、何かひとつ賞が欲しいなぁ。 無理だろうけど(笑い)。 元気でね、やれてるだけでありがたいなと思ってますよ。 とおっしゃっています。 意外なことに、 品川さんは賞を取られたことがないんですね~ でも、あれだけの存在感です。 必ずや近々、何かしら受賞されるに違いありません。 ブログを拝見すると、 品川さんは結構こまめに更新されていて、 出演された番組の司会者の方への感謝や、 視聴者からのメッセージ、ブログへの書き込みに対して、 丁寧に感謝の意を表しておられました。 品川さんのお話を聞いていると、 とてもたくさん感謝という言葉が出てきます。 重厚感のイメージが大きい品川さんですが、 その重厚感は、そういう誠実な内面から、 発せられるものでもあるように思われました。 1935年生まれというから、もう80歳の品川さんですが、 これからもお元気で、独特の渋い演技を見せ続けてほしいですね。 応援しています!!.
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この記事の目次• 野心的で自信家の財前や医学部長の鵜飼も、大河内教授を前にしてタジログ場面もあるほどです。 物語のネタバレになりますが、ここでは大河内教授のかっこいいエピソードを経歴を交えながら、まとめていきます。 病理医の大家であり、原作では「大河内が癌と診断すれば癌になり、癌でないと診断すれば癌でなくなる」といわれるほどの腕を持っています。 学士院恩賜賞の受賞者であり、鵜飼医学部長の前の医学部長を務めており、浪速大学に多大な影響力を及ぼしています。 恩賜賞(おんししょう)とは日本学士院の賞である。 日本学士院は学術上特にすぐれた論文、著書その他の研究業績に対する授賞事業を行っている(日本学士院法第8条1項1号)。 日本学士院による賞は、日本の学術賞としては最も権威ある賞である。 (引用:ja. wikipedia. org) 国立の医学部長を務めると、定年は5年延びるとのことことで、大河内「教授」として大学病院に在籍をしています。 東教授が退官しているのに対し、大河内教授が在籍している理由は、このような背景があります。 作中で鵜飼学部長も、大河内教授の前では遠慮しているのも、実力やキャリアが明らかに自分より優れているからであり、学内を超えて医学界全体に大きな影響を与えている人物だからです。 不正を許さない清廉高潔な医学者 大河内教授は、白い巨塔の中で最も凄いキャリアを持ちながら、最も高潔な医学者でもあります。 不正を許さず、原作では「奈良の大仏のような堅物」といわれています。 原作・ドラマともに、東教授の後任を決める第一外科の教授選では、選挙運動が白熱することを見越して自ら選考委員に名乗り出ます。 作中でも詳しく描かれていますが、選挙では賄賂・買収工作が盛んに行われており、その姿勢を少しでも正す理由がありました。 教授選では候補者を3名に絞り込んだ後、上記のような選挙運動を無くすく、即時の投票を進言するものの、鵜飼医学部長によりかわさてしまいました。 医学士としての能力や人望から、学内の選挙ではかなり影響を及ぼす人物。 傲慢な財前ですら、教授選での辞退強要疑惑を晴らそうと大河内の元へ行こうと試みるも躊躇してしまい、同期の里見に伝言役を依頼するほどの存在です。 他にも、財前の誤診により死亡した佐々木の病理解剖を引き受け、執刀します。 死因が術後肺炎ではなく、癌性肋膜炎であると診断するだけでなく、裁判でも証言台にたち、私情を交えずに医学的な見解を正確に述べています。 里見脩二の再就職先を斡旋 作中では、大河内教授は里見の再就職先を斡旋しており、面倒見が良いです。 里見は、財前の誤診により死亡した佐々木さんの裁判では、遺族側の証人として出廷します。 病院に不利な立場を働いたことで鵜飼医学部長により左遷されてしまいますが、それを断り医局から離れます。 そんな時、大河内教授の紹介で近畿がんセンター第一診断部次長(2003年版では千成病院内科医長)のポストを紹介され、就任する ことになります。 大河内教授は里見を研究者として非常に評価しており、見捨てることはできなかったのでしょう。 2人は出世には興味はなく、患者のための研究を第一にする医学士・医者として描かれており、年齢こそ違えど同じタイプです。 白い巨塔では、大学病院の表面的には決して見ることができない、政治的な動きや汚いシーンも多いです。 ただ、その中で大河内教授、また、その愛弟子の里見に関しては、良心的な心で患者に接していくため、視聴者からの人気も高いです。 【白い巨塔】の大河内教授の経歴プロフィールまとめ ここでは、簡単に白い巨塔の大河内教授の経歴とプロフィールを整理していきます。 原作では苗字のみ。 ドラマでは2003年は大河内清作、2019年大河内恒夫となり。 浪速大学の退官が63歳であり、大河内教授はそれ以上の年齢であることは確か。 ただし、教授職のため最低でも1,000万円以上はある。 また、大河内教授クラスになれば、講演会や執筆業なども請け負っていることが予想されるため、数千万はあると推定 【白い巨塔】の大河内教授の歴代俳優まとめ 加藤嘉(映画版、1978年版) 役者の力量のおかげで、大河内教授ー里見(ー谷山くん)vs財前君とそれを取り巻く濃いオヤジたちの正義と悪または聖俗の対立などという薄っぺらいものになっていないただし島田陽子きみはオヤジたちの愛憎の中で役不足だった。 大河内は変人であって聖人じゃない可愛い — でこくーる( ・ ェ ・ ) decocooln 佐々木孝丸(1967年版) 佐々木孝丸の存在感 — H. zuma zuma1968 下元勉(1990年版) 豪華出演陣の中で公家崩れの医者を演じていた下元勉さんがとても素敵だった。 — 植本純米 kimono4men 品川徹(2003年版) 品川徹の大河内先生は最高です。 白衣がかっこよすぎ。 野心むきだしの財前をあまり快くは思っておらず、教授選に公正を期すため選考委員に名乗りを上げる。 FODプレミアムという動画視聴サービスで取り扱いをしており、今ならアマゾンアカウントをお持ちの方は「1ヶ月無料のお試し」視聴ができます。 アマゾンアカウントをそのまま使用するため、登録も1〜2分で完了します。 「1ヶ月無料のお試し」期間で解約をすれば料金が発生しないのもいいですね。 2003年版は全21話ですが、1ヶ月あれば十分全て視聴ができますね。 白い巨塔2003年版はフジテレビ系列のため、その系列のFODのみでの配信になっており、今が視聴のチャンスです。 FODプレミアムのホームページはから。 また、FODプレミアムの登録方法をより詳しく知りたい方は下記リンクをどうぞ。
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