『ジャイアント馬場没20年追善興行』が19日に東京・両国国技館で開催され、体調不安説がささやかれているアントニオ猪木氏(76)が健在ぶりをアピールした。 「元気ですか!! 元気があれば何でもできる。 馬場さんは1999年1月31日に61歳で亡くなったが、「(普通は)20年たつと忘れられてしまうが、会場にたくさん人が駆けつけてくれて、ジャイアント馬場に成り代わってお礼を申し上げます」と頭を下げ超満員の観衆を沸かせた。 猪木氏は昨年9月に北朝鮮から帰国した際、車椅子姿でファンを心配させたが、76歳の誕生日(20日)を翌日に控えたこの日は歩いてリングサイドへ。 現役時代からの持病である糖尿病が悪化しているとの説もあり、「年を取るのはしようがない。 「私がいつも挑戦し続けたので、馬場さんも困っただろうと思う。 最後にもらった手紙に『さんずの川で待っている』と。 挑戦を受けるべきか、逆に私が困りました」とエピソードを披露。 馬場さんとはライバルだったため、今回はまさかの登場で「みなさんに乗せられた部分もある。 喜んでもらうことはいいことだ。 馬場さんも喜んでくれているんじゃないですかね」と感慨深げに語った。
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Contents• 国民民主党・アントニオ猪木議員:「元気ですか!長いような短いような、ちょうど体調を壊したもんですから。 元気を売れなくなっちゃったけど、国会がこのままで、次の皆さんが本当に改革っていうのを言葉だけじゃなく、実行してもらいたいと思います。 選挙もそうですけど、そういう意味での意表を突くとか、そういうことが一つの長い歴史で、人生のなかで、そのなかで今回の野党連合がそういう知恵がないというか。 本当に政権を取ってやろうという何か仕掛けていくとか、そういうプロデューサー的な役割がいなかった」 猪木氏は、これまで取り組んできた北朝鮮問題については「この何十年の歴史でチャンネルを持っている。 自分なりの外交をやっていく」と意欲を示しました。 猪木氏は1989年の参院選でスポーツ平和党を結成して初当選し、レスラー出身初の国会議員となりました。 その後、1995年に落選しましたが、6年前の参院選で政界に復帰し、今年2月から国民民主党の参議院会派で活動していました。 出典:ヤフーニュース 体調不良で政界を引退するアントニオ猪木の病状はどうなっている? アントニオ猪木議員が政界を引退する考えを表明 体調不良などが理由 — かな 倉科明日香FC 21001997 アントニオ猪木と言えば政界では、北朝鮮問題に取り組んできましたが、2018年9月9日に北朝鮮で開催された式典では、車いすで姿を現しました。 そのころからアントニオ猪木は、腰の治療のため長期の入院をしていました。 そして、長期の入院が原因で、腰だけではなく、足までも弱ってしましました。 体重も依然と比べて落ちているようにも見えます・・・ アントニオ猪木は体調不良を理由に政界を引退することとなりましたが、アントニオ猪木の口からは現在の病状については具体的に語られることはありませんでした。 なので、現在どういった病状なのか詳しく分かっていませんが、闘魂と言われた男が体調不良を原因に政界を引退するので、病状は申告なのかもしれません。 アントニオ猪木の病状について具体的に分かれば情報を更新していきます。 アントニオ猪木の余命はわずか?医者からは余命宣告などはされてる? 43年前の6月26日、アントニオ猪木vs. モハメッド・アリ戦が行われました。 本日は「 」であります。 現在では、医者から余命宣告などは受けている様子はないので、すぐに亡くなってしまうということはなさそうですね。 昔からのプロレスファンからするとアントニオ猪木の元気がない姿は、悲しく感じるのではないでしょうか? これまで国民のために体を張って頑張って来たので、これからの人生はゆっくり休んでもらいたいですね!.
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アントニオ猪木の妻:橋本田鶴子夫人が死去!死因は? 妻の田鶴子(たづこ)夫人について猪木さんは次のようにツイートしています。 8月27日未明、妻・田鶴子が永眠致しました。 生前のご厚誼に深く感謝致します。 カメラマンとして私の写真を撮りながら、 いつも献身的に尽くしてくれました。 今は感謝の言葉しかありません。 故人の遺志により、葬儀は家族葬で行います。 弔問、香典、供花はご辞退申し上げます。 ただ、「日刊スポーツ」によれば、晩年の彼女は体調を崩していたようです。 田鶴子さんは数カ月前から体調を崩し、 入院していたという。 ただ、 6月からオンエアされたソフトバンクのCM「ギガ王」のスチール撮影も担当し、 入院中の病院から現場に赴き、 撮影したという。 (2019年8月27日配信) 田鶴子夫人の死因については公式発表があり次第、追記します。 橋本田鶴子とは何者? 田鶴子夫人はカメラマンでありながら、猪木氏が社長を務める「コーラルゼット」の副社長でもあります。 彼の仕事には常に同行し、かつては北朝鮮にも足を運んだ経験もあるのです。 関係者によると、 田鶴子さんは猪木氏が自ら社長を務める肖像権、商標権、著作権管理をするマネジメント会社コーラルゼットの副社長で、専属カメラマンだった。 猪木氏が行う仕事の撮影や、 北朝鮮を訪朝した際に現地の要人との記念撮影などを担当し、 その際は「橋本田鶴子」名義で、 報道各社ににオフィシャル写真として提供していた。 1人で何役もこなす田鶴子夫人は、猪木さんにとってなくてはならない存在と言えます。
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